デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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狂三キラー
第一七話『来訪者』


 陸上自衛隊・天宮駐屯地の一角にあるブリーフィングルームに非戦闘員も含めたASTメンバーが勢揃いしていた。無論DEM社から出向している立場の夕騎も椅子にぐてぇっと座っていかにも気怠そうにしている。

 先日の件、つまり〈ハーミット〉と〈フォートレス〉同時現界で結局ASTは大きな成果をあげることなく帰投するしかなかったのだ。夕騎から空白の席を挟んだ位置に座っている鳶一折紙が見るからに不機嫌なのはそのせいだろう。

 一方、夕騎は〈フォートレス〉を討伐したことになっている。ASTとしては初の快挙とされ上官からはベタ褒めをされた。その際に表彰がどうと言われたが討伐なんてしていないのでとりあえず上官の知恵の輪マンを殴り飛ばしただけで終わったが。

 「さて皆集まってるわね。ブリーフィングを始める前に最っ高に愉快で最低なお知らせがあるわ」

 「はいそういうのは要らないからブリーフィングを始めようぜオカン!」

 「オカン言うな! ……コホン、お知らせっていうのは天宮って精霊現界が多い割にいまいち成果が上がってないでしょ? 給料泥棒の〈精霊喰い〉はようやく仕事をしてくれたけど」

 「軽くディスってくれやがりましたな……」

 「というわけで補充要員が充てられることになったのよ」

 補充要員という単語を聞いて隊員たちがざわつく。燎子は場がうるさくなってきたのを見てパンパンッ! と手を甲高く叩いて静けさせる。

 「顕現装置(リアライザ)の扱いにかけちゃ、世界で五指に入るほどの実力者よ。――実際、単独で精霊を殺したことがあるそうよ」

 ――ん? 何か聞いたことがあるっつうか見たことあるっつうか……。

 燎子の説明で夕騎はある人物が脳裏に浮かぶ。

 日本のASTに出向する前にいた対精霊部隊に同じくDEM社から出向していてスプラッター的追いかけっこをした少女。

 「――入ってきて」

 「はっ」

 随分と可愛らしい声で返事をした少女が入室してくる。その容姿はどう見ても中学生程度の女の子だ。

 後頭部で一つに括られた髪。利発そうな顔。左目の下にある泣き黒子が特徴的な少女。

 間違いなく夕騎が前に配属していた対精霊部隊にいて狂三の分身体を目の前で殺した――

 「――崇宮真那三尉であります。以後、お見知り置きを」

 「マァァァァァァナァァァァァァァァまたお前かよぉぉぉぉぉぉぉぉッ!! 何で俺の行くところにお前が配属されるんだっつうの! ストーカーか!? お前は俺のストーカーか!?」

 思わず座っていた椅子から夕騎は立ち上がり、敬礼している真那に指をさして大声を発する。

 「だ、誰がストーカーでいやがりますか!? 元はと言えばあなたが不甲斐ねーおかげで私が配属されやがったんですよ!」

 「言いやがりましたなクソヒンヌー教がァ! 俺に意見したかったら胸に栄養回してから出直せ!」

 「世の中には言っていいことと悪いことがあるって知らないんですか!? 馬鹿だからわかっていやがらないんですねハイハイ!」

 「顕現装置(リアライザ)の扱いしか能のない(笑)チミには言われたくないネ!」

 突然始まった口喧嘩にすっかり置いてけぼりになっている隊員たちは真那の容姿を見て不思議そうというか怪訝そうな表情を作っていた。

 いまにも取っ組み合いの喧嘩に発展しそうな真那だったが隊員たちの意図はおおよそ予想できたのか言葉を発する。

 「資質に年齢なんて関係ねーですよ。――それともこのなかに一人でも私に勝てる方がいやがるでしょうか?」

 それは何の嫌味でもない事実を述べるような一言。その一言で隊員たちは目を丸くする。

 「おーれーかーてーまーすー。らーくーしょーでーすー」

 一人除いて。

 「あなたが私に勝てる割合は条件にもよりやがりますが四○パーセント。それと――」

 と、真那は視線を折紙に向ける。

 「あなたはほんの数パーセントくらい見込みがありやがりますね」

 「ナメてますね、ハイ。いますぐシメてやるから表出やがれマナちゃ――」

 わざわざ燎子は夕騎を小突くためにこちらまで移動して、再び戻ると真那の頭を小突く。

 「無駄口叩くんじゃないの。いまから前の〈ハーミット〉戦と〈フォートレス〉戦の映像流すから空いてる席に座って」

 「はっ」

 綺麗な足取りで真那は進むと空いている席は夕騎と折紙の間しか座る席はなく、真那は夕騎の顔を見るとため息交じりにその席に座る。

 そして映像に僅かに映ってしまっていた士道に真那が漏らした言葉でで状況が少しややこしくなってしまったのだ。

 「――兄様……?」

 これのせいで折紙が反応してしまい、何とも夕騎には得がない展開が繰り広げられることになってしまったのだ。

 

 

 

 「うっわー面倒くせぇ……」

 真那が同じASTに配属された次の日に真那の実力を確かめるために特別演習場で一対一〇の特別演習が行われることになったのだ。先日の真那の発言で超人を自負するAST隊員の自尊心が傷つけられたのかやる気を出しており、折紙はやる気はなかったものの真那と裏で何やら話をしていたので恐らく何かを取り決めたのだろう。

 夕騎もその一〇人のなかに入っていた。自分の時にもこんなことやったなー的なことを思い浮かべながら廃墟という障害物に身を隠したまま身を潜めていた。

 真那相手に大見得を切ったのは良かったのだがさすがは世界で五指に入る実力者。もう夕騎と折紙以外はやられて地に伏してしまっている。

 零弥の霊力はすべて士道に譲渡してしまい、狂三から得た霊力もいまとなっては零弥戦で使いすぎてしまったおかげで狂三とのパスを考えれば残り霊力は使うべきではない。

 折紙と連携をするわけもないのでここは様子を見て時間切れを目指すべきか――いやこのまま時間切れになってしまえば真那に下に見られてしまう。階級は同じなのに。

 ――どうにか霊力を補給したいんだけどなぁ……。

 そう簡単に霊力なんて落ちていることはありえ……なくない。

 「(……く、狂三さーん。いたら返事してくださーい)」

 その場でしゃがんで自分の影を猛烈にノックする。確かに零弥との戦闘中に狂三は姿を現したのだ。

 ――イケる!

 「……夕騎さん、どうしましたの?」

 やはり夕騎を見守るために影に潜んでいた狂三が影から頭だけ現れる。

 「(いやぁあのですね……ちょっとヘッドドレス食べさせてくんね?)」

 直球すぎるのお願い。狂三はうーんと頭を悩ませる。

 「確かに夕騎さんと本体を繋ぐパスが限りなく弱くなっていますわね。仕方ありませんわ、これからは霊力の消費をちゃんと考えて戦ってくださいまし」

 「(……さすが俺の女神! あざっス!)」

 早速夕騎は狂三のヘッドドレスを手で取り、齧り付く。甘く濃厚な味が口に広がり、何度か咀嚼して飲み込む。これで少しの間は戦えそうだ。

 「それと夕騎さんに伝えなければいけないことがありますわ。後ほどお時間を戴けます?」

 「ん、おっけ」

 夕騎が了承すると狂三の頭はまた影のなかに引っ込んでいく。

 すでに折紙が真那に攻撃を仕掛けている。

 不意打ち、それしかいまの状況では真那に勝ち目はないだろう。折紙は囮として活用する、勝ちにいってる本人には悪いが夕騎にとって折紙は容易に切り捨てられる存在なのだ。

 突貫する折紙の動きに対応するので手一杯になっている真那。だが、ここではまだ攻撃を仕掛けない。誰しも油断する時がある、それを狙うのだ。

 それは――

 「残念、詰み(チェック)です」

 真那が身体をゆっくりと回転させ、折紙の肩口に光の刃を触れさせる。

 「属性(モード)〈ナイトメア〉。油断大敵、この言葉をよく覚えとけまーなちゃん!」

 勝利による一瞬の油断、そこを突いた夕騎の霊力の爆破加速による接近。真那の随意領域(テリトリー)に入ろうが夕騎の狂三領域(クルミリー)で知覚を遅らせる。節約したつもりだったが夕騎はやはり浪費家だったらしく、すでに貰った霊力の四分の一を使ってしまった。

 真那が振り向いた瞬間に夕騎は真那の額を指で弾く。

 頭上からブザーが鳴り響き、次いで通信機から音声が聞こえてきた。

 『演習終了(セット)。月明夕騎三尉の勝利です』

 「俺が最初に逃走したのを見て霊力を溜め込んでねえからって無害だと思ったか、甘い甘い」

 そう言われた真那は負けず嫌いだったのか顔が心底悔しそうなものとなっていた。ただし、これが演習ではなくただの殺し合いだとしたら夕騎に勝ち目はなかった。それをわかっているために夕騎はそこまで驕ることはしない。真那の頭を乱暴に撫でてから演習場を立ち去っていった。

 

 

 

 「凄かったですよ先輩! 世界で五指に入るとまで言われてる相手に勝利するなんて!」

 演習を終え夕騎がいつも休憩に使っている自動販売機の前にあるベンチで横になっていると不意にきのが興奮気味で顔を間近にして話しかけてくる。

 「顔ちけえよ」

 夕騎はぐいっときのの顔を退けると上体を起こし大きな欠伸をする。

 「でもさすが夕騎先輩です! 〈フォートレス〉相手にも肉弾戦で制してましたし。ところで先輩は本当に〈フォートレス〉を討伐してしまったんですか?」

 きのも夕騎と同じく精霊を武力で討伐することは間違っていると考えている。だからこそ少し不安に思ったのだろう。

 「ヴァーカ、勝ちはしたがトドメなんて刺すわけがねえ」

 「あいたっ、そうですよね。先輩が精霊を殺すわけありませんもんね」

 手刀を喰らったきのは両手で頭を押さえながらもえへへと間抜けな笑みを見せる。

 「何だ気持ち悪いな……イイコトでもあったの?」

 いつもより上機嫌で話すきのを見て夕騎は心底君が悪いものを見るような目で見るときのは特に気にするようなことはなく言う。

 「いやぁ日頃の先輩との対人戦とアドバイスのおかげもあって私もう少しで実働隊に配備されるかもしれないんですよ!」

 「……マジで?」

 「マジです! 隊長からも接近戦に関しては褒められててあとは射撃訓練を積んでいけばいいって言われました!」

 「良かったじゃねえか。射撃には何にも教えてやれねえけどこれでお前も精霊の魅力に気づくまであと一歩だな」

 後輩の成長を素直に喜んだ夕騎は徐に立ち上がると自動販売機の前に立つ。

 「褒美にどれでも欲しいものを買ってやろう!」

 割とケチな先輩だった。

 そんなケチな先輩でもきのは随分と慕っているようで、首を横に振ってから照れくさそうに言う。

 「い、いえ、お祝いは別に奢ってもらうのではなくて……『よくやった』って褒めてくれれば嬉しいです」

 両手の人差し指を合わせながら言う姿は小動物のようで夕騎は意図を掴めなかったがとりあえず本人がそう所望しているのできのの頭をガシガシと乱暴に撫でる。

 「よくやった、俺の後輩なだけはあるぞ」

 言ってやるときのは耳まで真っ赤にしてさぞかし満足したようにブンブンと頷き、

 「あ、ありがとうございます! これからも頑張りゃせてもらいましゅ!」

 言葉が噛み噛みになりながらも礼を言ってその場から立ち去っていった。夕騎は意味がわからないといった怪訝そうな顔をしており、これ以上考えても無駄かと思ってまたベンチに目を瞑って寝転がると後頭部に何やら柔らかい感触がした。

 「んにゃ? 何だコレ……」

 妙な感触に夕騎は瞼を上げると視界に入ってきたのはヘッドドレスがなくなっている狂三の顔だった。

 「うぉッ!?」

 「あらあらそんなに驚かなくてもよろしいですのに」

 ということはいま夕騎は狂三に膝枕をされているというわけである。

 狂三はくすくすと微笑みながら夕騎の頭に手を置くと口を開く。

 「こんなところを本体に見られたらわたくし殺されてしまうかもしれませんわ」

 「普通に怖いわ! そういえば狂三の本体に会ったことっていまだにないな」

 「今回はそのことについて夕騎さんに伝えておくことがありますの」

 「演習の時に言ってたな、うん」

 すると夕騎と話していた狂三とは別に自動販売機の影から新たな狂三が現れる。

 「それはこのわたくしが説明しますわ」

 「どんだけ俺の身の回りに狂三がいるんだよ……てかこんなところに姿現しても大丈夫なのか? 天宮駐屯地だぞココ」

 「ふふ、夕騎さんは心配性ですわね。心配なさらずとも大丈夫ですわ、いざとなったら夕騎さんに守ってもらいますもの」

 「俺頼りかよ……」

 少し心配になるところもあるのだがもう一人の狂三はそんなことはお構いなしに話を進める。同じ場に二人の狂三がいるのは何とも不気味な光景かもしれないが一種のハーレムだと思えばむしろ幸せな光景だ。

 「先ほど本体の話をされてましたけれどもう少しで会えますわよ?」

 「なぬ!?」

 自動販売機に背をもたれさせながら言う狂三の発言に驚いて飛び起きようとするが膝枕をしていた狂三と額をゴツンッ! とぶつけて再び狂三の膝枕に頭が戻る。

 額をぶつけられた狂三は若干涙ぐみながらも額に手を当てながら言う。

 「ゆ、夕騎さん落ち着いてくださいまし……」

 「す、すまねえ大丈夫か……」

 「あの、話を進めてよろしいですの?」

 痛がりながらも夕騎は手で催促するとあちらの狂三が説明を再開する。

 「本体がこの街に来る狙いは士道さんですわ」

 「なーんだ俺に会いに来るわけじゃねえのか」

 「でも会いに行くとは聞いておりますわ。だからそんなにむくれないでくださいまし」

 むくれて拗ねている夕騎の頭を狂三は微笑みながら宥めるように言う。

 狂三に言われては仕方ないと夕騎は機嫌を直しながら至って自然に思い浮かんだ疑問を口にする。

 「てか何で士道っちなの?」

 その素朴な疑問にもう一人の狂三は人差し指を立てて口元に当て、

 「それは本体の計画に関係するので詳しいことは言えませんわ。それに夕騎さんには『お願い』がありますの」

 「『お願い』?」

 狂三の言ったことを夕騎がオウム返しのように問いかけると狂三はふふふと笑みを浮かべて答える。

 「明日にわたくしたちとは別の分身体(わたくし)が来禅高校に少しの間、お世話になりますわ。夕騎さんはそのわたくしに過剰な反応はせずにおとなしくしていていただきたいのですわ」

 「要するに邪魔をせずに黙ってろってコトか、オーケー了解。絶対騒ぎまくってやる……」

 「もしも邪魔した場合は夕騎さんが死ぬまで影からくすぐり行為をさせてもらいますわ」

 「『お願い』じゃなくて脅迫ですね、わかります」

 「わかればよろしいですわ」

 『お願い』どころか脅迫されてしまった夕騎は頷くしか選択肢はなく渋々頷いたのだった。

 

 

 

 「夕騎、お弁当はちゃんと持った?」

 「持ちました持ちましたー」

 夕騎と零弥が同居し始めてから数日経ったが生活はそれはそれは充実してものだった。

 家に帰れば誰かがいる喜び。ASTの訓練や〈フラクシナス〉の雑用で疲れきっていても家に帰れば零弥がきちんと出迎えてくれる。まさに新婚と言わんばかりな生活だ。

 夕騎は基本掃除以外の家事ができない。零弥が住み始めて最初は夕騎が包丁を握っていたのだが零弥から「包丁を武器のように持つ子は絶対に料理ができないわ」と言われて零弥が料理を担当することになったのだ。

 零弥は料理ができるようになりたいと愛妻願望的なものを持っていたらしく調理技術は毎日の如く上がっていっており、弁当などもうお手の物だ。夕騎はもう食べる専門で十香とそう変わらない。

 ちなみに精霊のダシの件は琴里から零弥にきちんと伝えられていて警戒され、何故かともに入浴している。

 ダシを取る以上のご褒美なのだが一歩間違えればお風呂場で間違いが起きてしまうと思うが零弥に至っては夕騎に対して信頼が高く一度全裸を見られているので恥じらいがなく、むしろ夕騎がタオルを腰に巻いてしまうほどだ。

 ちなみに寝る時は同じベッドで寝ている。零弥曰く「こうした方が落ち着くの」らしく夕騎は添い寝を意識することもないので毎日安眠である。

 「行きましょう」

 「ああ」

 今日は(分身体だが)狂三が転校してくるのでそれはもう楽しみで仕方がない。騒いだらくすぐり殺されてしまうのだが楽しみなことには変わりない。

 「随分と機嫌いいけど今日は何かあるの?」

 「まあ学校に行ってみればわかるっしょー、ふふふー」

 「いつもより変ね」

 「にゃはは、置いてくぞー」

 「あ、待ちなさい!」

 零弥を置いて走っていく夕騎を零弥は急いで家の扉を施錠し、後を追いかけていく。


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