デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
「ここで特訓をしておけばー」
「シドーとの会話も上手くなる!」
「夕騎とー」
「十香の」
「「四糸乃レッスンぱんぱかぱーん!」」
〈フラクシナス〉に備え付けられている一室で夕騎と十香が胡散臭いテレビ番組のように高らかに宣言していた。
二人の背後にあるホワイトボードには『頑張ろう四糸乃!』と無駄に達筆な字で書かれているので書いたのは夕騎だろう。十香は字が上手くない。
その胡散臭いテレビ番組のようなものを見守るというか今回のレッスンターゲットである四糸乃はパイプ椅子に座って黙って聞いており、左手に装着されている『よしのん』はパチパチと小さな手で拍手している。
四糸乃の隣に座っているのは零弥で今回の役割は四糸乃の保護者枠と夕騎と十香のダブル馬鹿のブレーキ係。零弥も大変な係を請け負ってしまったようだ。
そもそも何故こんなレッスンが開かれることになったのかというと一時間ほど前に四糸乃が零弥(四糸乃にとって零弥はまさに姉の理想像らしい)に他者と上手くコミュニケーションが取れないと相談し、特に人見知りするわけでもない零弥はどうすればいいか困り、夕騎に相談すると張り切ってこの胡散臭いものを企画したのだ。
すると偶然〈フラクシナス〉にいた十香が「シドーとのコミュニケーションなら任せろ」と言って司会側に入ったのだ。
不安しかない、と零弥は正直に思う。こんなハジケリスト二人が集まるのだったら素直に自分がどうにかして特訓相手になっておけば良かったのではと軽く後悔しているほどだ。
「それじゃあまあ始めましょうか十香くん!」
「そうだな。四糸乃のために一肌脱ごうではないか!」
この二人ノリノリである。
「四糸乃は何と言っても恥ずかしがりというかウブっ子だからな。このままだと士道っちをデートにすら誘えないぞ!」
夕騎がズバッと言うと『デート』という単語を聞いた四糸乃の顔は見るからに赤くなって首をブンブン横に振る。
「と、いうわけで訓練の第一段階として十香アレ持ってきて」
「わかった」
夕騎が指示すると十香はそそくさとレッスン室から一時退室していく。
退室した十香に零弥と四糸乃は怪訝そうに見ると数分して戻って来た十香の脇には士道の人形(大体原寸大スケール)が抱えられていた。
「無駄に凝ってるわね」
「〈フラクシナス〉には士道っちのスゲー細かい情報があったしその情報を元に作ってもらいました!」
『あ、そこは夕騎くんが作ったわけじゃないんだ』
「俺がこんなの作れるわけねーじゃんか、よしのんくん」
士道人形はきちんと自立できるようで十香はホワイトボードの横あたりに配置する。
「ありがとう十香。検証と言っても簡単で四糸乃にはこの士道っち人形にただ挨拶をしてもらいます! 十香見本を頼みますわ」
すると十香はふふんと鼻を鳴らしながら士道人形の前に立つ。
『おはよう十香』
士道人形から本人の音声が流れたことで四糸乃は少しびっくりするが音声が流れることは事前に打ち合わせていたので十香は驚くことはなく至って元気に返す。
「おはようなのだシドー! 今日もいい天気だな!」
「はいよろしい。天気のことまで言えるのはさすがです」
パチパチパチーと夕騎が拍手したので零弥と四糸乃も拍手する。
拍手された十香は胸を張って得意げにしながら四糸乃に催促する。
「四糸乃もやってみるのだ」
「…………は……はいっ」
四糸乃は士道人形に怯えつつも一歩ずつ近づいていき『よしのん』を盾にしながら士道人形と向き合う。
『おはよう四糸乃!』
両肩をビクッと揺らしたかと思えばすぐさま士道人形の前から逃走し、保護者枠の零弥に抱きつく。よほど士道人形が怖かったのか『よしのん』ですら挨拶を返せなかったようだ。
「大丈夫よ四糸乃。あれは怖いものじゃないわ」
零弥も四糸乃からここまで信用を得ているのかいまいち理解していないがとりあえず宥めながらそっと抱きしめる。
「夕騎、その人形リアルすぎて怖いのじゃないかしら」
「うーむ……コレは思った以上に手ごわいな。てか零弥は何でそんなに懐かれてんの?」
「検査の時に頼れるのが同じ精霊の私しかいなかったから……でしょうね。四糸乃は十香に苦手意識があるようだし」
「ぐっ……」
はっきり言われた十香は眉を顰めるが夕騎はいつか解決するだろうとその問題は先送りしてとにかくレッスンを再開することにする。
「どうにか挨拶してもらわねえと話にならんぞえ。零弥、四糸乃が挨拶するのを手伝ってみてくれ」
「ええ、わかったわ」
困った夕騎はとにかくそう零弥に伝えると零弥は胸に顔を埋めて怯えている四糸乃の頭をそっと撫でると優しく諭すように言う。
「私も手伝ってあげるから頑張りましょ、ね? このままじゃあ何も変わらないわ。ちゃんと会話できるようになりたいのでしょ?」
四糸乃はその言葉を聞くと半泣きになっている顔を上げてうんうんと頷く。どうやら向上心はあるようだ。それを見て夕騎もひと安心する。
「一緒についててあげるから」
零弥は四糸乃の右手を優しく握って士道人形の前まで誘導し、隣についていてあげる。こうして見ると姉妹のようにしか思えない。無論、零弥は姉だ。
『おはよう四糸乃!』
先ほどと何も変わらない士道人形の挨拶。
『よしのん』の人格で挨拶するのは簡単かもしれないが四糸乃は四糸乃自身で挨拶という困難に立ち向かおうとしている。いま思えば士道人形はあまりにもリアルで気持ち悪い。はっきり言ってドン引きレベルだ。
ぎゅっと零弥の手を握り締める四糸乃。
「頑張れ、頑張れ……」
「四糸乃なら大丈夫だ……」
夕騎と十香が応援するなか、ゆっくりと四糸乃は口を開く。
「おっ……、おは……ようございます、士道さん……」
「よ、四糸乃が……挨拶できた……」
夕騎の涙腺が崩壊する、
ブワァッと流れる涙を袖で拭いながら感動していると十香も感動していた。
「四糸乃……頑張ったな」
「やりましたね……本当に」
「これ第一段階じゃなかったのかしら……?」
すでに最終局面と言わんばかりの感動だが零弥の言うとおりまだ第一段階だ。しかもまだ人形相手にしか挨拶できていない。
零弥はそれよりもさらに不審に思う点があった。
「どうして士道の人形も泣いてるの」
見れば士道人形も感動して泣いていたのだ。しかも先ほどの声は士道の音声でも何でもなく、聞いたことがある声だった。
「いやー人形の制作が間に合わなさそうだったので私が入ってみたのですよー。音声は士道くんのものですけど中身はげぼらぁ!?」
士道人形のなかから突如として現れた神無月に四糸乃は驚いて尻餅をついてしまい、零弥は神無月にボディブローを喰らわせ、壁を貫通させて排除する。
「もう大丈夫よ四糸乃、悪い人は私が殴り飛ばしたわ」
「ふぇ……っ、あ、ありがとうござい、ます…………」
怯え切った四糸乃に零弥は慌ててアフターフォローする。
さすが精霊を守るために生まれた精霊。殴られた神無月が生きているかはわからないが夕騎と十香は顔を見合わせる。
「まさか神無月くんがなかに入ってたなんてわからなかったぜ」
「うむ。運んでる時に何か重たいと感じてたがまさか神無月だったとは」
「反省しなさい」
「「ごめんなさい」」
知らぬとはいえ四糸乃を怯えさせてしまった罪は重く、殺気とも思える零弥の気迫に圧されて夕騎と十香は素直に謝った。
「挨拶の練習は反復練習として後ほどれーちんやことりん相手にやってもらうとして。レッスン第二段階に行くか十香、何かイイ案ある?」
この男ぶっつけ本番でしていたのか、と企画自体を怪しむようになってきた零弥はどうにか四糸乃を落ち着かせることに成功していた。あのまま下手をしていたらこの場で〈
「そうだな、先ほどので普通に話せるようにならんとまともに挨拶することも難しいということがわかった。つまりだ! 発声練習のために本を音読してみるのがいいと思うぞ!」
「珍しく十香からまともな意見が出たと思うわ」
零弥が素直に感心していると十香は一冊の本を開く。
「四糸乃、まず私が手本を見せる。そのあとで挑戦してみてくれ」
「は……はいっ」
いつにもなく真剣な様子で十香は文字が書かれているページを見つめる。
読み始めるかと思えば沈黙し、やがて夕騎の肩を持って零弥や四糸乃とは逆方向に向いて耳打ちする。
「(……夕騎、何て書いてあるかわからん)」
「(……ちょっと貸してみろって、これ英語で書かれてるじゃねえか! 何で読めないこんな本持ってきたわけよバ香ッ!)」
「(……バ、バカって言うな! 四糸乃の前で頑張ろうと難しそうな本を選んできたのだ!)」
「(……それこそバ香な考えだってばね! もうちょい簡単なの持ってこい!)」
「(……むむ、仕方ない)」
零弥が呆れ気味に見るなかで十香が次に用意したのはもはや本ではなく一枚の紙だった。
「夕騎、琴里から借りたのだがこれは何と読むのだ?」
「もう! また読めないもの持ってきてこの子は! どれどれ……『腐食した世界に捧ぐエチュード』?」
――士道の作品じゃねえかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!
これは士道の黒歴史である作品『腐食した世界に捧ぐエチュード』。士道が若かりし頃に漫画の影響を受けまくって制作した自作ポエムで第一回の訓練時に琴里によって誰かの下駄箱に放り投げられていたはずだがどうやらそれのコピーらしい。それを貸した琴里も存外性格が悪い。
「俺が何か簡単なヤツ持ってくるからそれ捨てとけっちゅうの」
そして夕騎が持ってきたのは日本人の誰もが知っているであろう童話『桃太郎』。初めの英語の本から随分とグレードダウンしたものだがさすがの十香でもこれは読めるだろう。
ざっくりと物語を説明するとある日お婆さんが拾った桃をお爺さんが切るとなかから赤ん坊が出てきてその赤ん坊が成長し、村を苦しめていた鬼を退治するために道中で犬、猿、雉を仲間にして鬼ヶ島まで向かい鬼を倒し財宝を手に入れて後ほど調子に乗るという至ってシンプルな物語だ。
「よし前振りが長くて悪かったな四糸乃。十香、それじゃあ見本よろしくお願いしやすッ!」
「わかったぞ! ……何て読むのだこれは」
「昔々」
「あるところにお……さんとお……さんが……んでいました」
「漢字だけ全部誤魔化すなよッ!? お爺さんとお婆さんが住んでいました! 何か両方おっさんみたいに聞こえたわ!」
結果、十香は漢字が読めませんでした。
「もう駄目ねこの二人」
『頼りないなー夕騎くん十香ちゃん』
「ぐ、反論できないのが悔しいぜよ」
それからも二人のレッスンは続いていたのだがどれもこれも目立った効果が得られずにただただ時間が過ぎていった。
「でもなぁ……こういうのは徐々に反復練習で頑張っていくしかないのよねえ。いきなり四糸乃が明るく陽気な子になったらそれはそれで怖い」
「うーむ、難しいな」
「夕騎は休んでて、私が思いついたことをやってみるわ」
「え、零弥たん何か思いついたの?」
「別に一発逆転の策じゃないわ。ただ少し四糸乃と話をするだけよ」
「でも零弥たんマジ天使ファァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
四糸乃と話をする前に邪魔となった夕騎をレッスン部屋から蹴り飛ばし、十香はあえて部屋のなかに残しておいて精霊だけの空間にする。
『これから何をするんだい零弥おねーさん?』
「特にレッスン的なことはしないわ。すると言っても俗に言う『ガールズトーク』というものね」
「『がーるずとーく』?」
そういうのに疎い十香は独特なイントネーションで怪訝そうに呟く。
零弥は一度首肯し、
「言い方を変えただけで女の子だけで行う他愛のない会話よ」
にこりと微笑む零弥に意味を何となく理解した十香は頷く。
「なるほど理解したぞ! で、どんなことを話すのだ?」
「そうね。あなたたちが人間のことをどう思っているか、一度聞いてみたかったの」
真意はわからなかったが十香はうーんと少しの間思案し、やがて口を開く。
「初めてこの世界に来た頃の私は人間のことをすべてメカメカ団のように私のことを殺そうとする奴らばかりだと思っていたぞ。シドーでさえそう見えたのだ。だがシドーと行動しているうちに人間は皆メカメカ団のように私を殺そうとしないとわかってきたのだ。シドーがこの世界にずっといればいいと言ってくれたのはとても嬉しかったぞ。その後はシドーが撃たれて色々してしまったが……」
「映像を見させて貰ったから把握してるわ。それと〈フラクシナス〉のクルーに対してはどう思ってるかしら?」
「琴里も令音も含めて皆いい奴ばかりだぞ!」
「最後に、士道はあなたにとってどういう存在なの?」
零弥の問いかけに十香はボッと火が灯るように顔を赤らめ、先程よりも長い思案の後で答える。
「シドーは……その、何と言えばいいのかわからんが、と、とにかく大切な存在だ!」
強引にまとめた十香は腕を組んでふんすっと鼻を鳴らすのを終了と見たのか零弥は四糸乃の方を向き十香の時と同じように問いかける。
「四糸乃、あなたは人間をどう思ってるの?」
「と……とにかく……怖かったです。気づいたらいつも攻撃……されてて、傷つけないようにするので……精一杯で」
『でも夕騎くんが傘貸してくれたことでよしのん的にはちょっと見る目変わったよー。んでもって士道くんに出会ってーここにいる人たちはよしのんや四糸乃に優しくしてくれてうっはうはだよー』
「士道のことは?」
「し、士道さんは……私のヒーローになってくれる……って言ってくれました。だから……士道さんは私のヒーローなんです」
『よしのんの知らないうちに急展開だったよー』
おどけた様子で言う『よしのん』を零弥はぽんぽんと撫でると、
「よしのんも含めて三人とも私と同じでいまは人間に悪い印象を抱いてないってことを知れただけで良かったわ」
『そーいう零弥おねーさんはどう思ってたの?』
『よしのん』がこのままだと零弥は答えずにこのトークが終わってしまいそうだったので逆に零弥に質問してみると零弥は手を顎に当てながら答える。
「私が初めて現界した時に私自身何をすればいいかわからなかったわ。すでに街は荒れてて武装したAST……十香風に言うとメカメカ団が空を飛んでいたの。だけど標的は私ではなかったわ。先に現界していた四糸乃、私はあなたを見たの」
「私……ですか?」
四糸乃の言葉に零弥は頷く。
「ええ、そうよ。その瞬間に私は本能的にこの子を守らないとって一種の強迫観念のようなものに駆られたわ。そのあとも何度か現界して人間の世界を見たの。ASTだけで人間すべてを判断するのは良くないと思ってね」
「おおーさすが零弥だな! 私には見当もつかなかったぞ」
「十香は目の前の敵で精一杯だっただろうし。精霊に危害を加える者は敵って判断してたから他の人間に対して私はそこまで敵意を抱いてなかったわ」
『じゃあ夕騎くんのことは?』
「何もなかった私を特別と言って愛してくれるとても大切な人よ。最初は変な人だと思ってたけどいまはそこも愛してるわ」
『確かに変わってるところあるよねー』
零弥は話に一段落着けると四糸乃の頭に手を置き、相手と視点を合わせてから言う。
「四糸乃、いままでの自分とは違うことをしようとするのはとても勇気が必要なことよ。誰だって初めて試みる行為に失敗するかもしれないという不安は拭えないわ。失敗することを恐れるなだなんて言わない。ただ――勇気を出していまよりも一歩進んでみなさい。そうすればその一歩は小さくても必ず何かが変わるわ」
「れ、零弥お姉様……」
「感動したぞ零弥ぁ!」
傍聴してた十香が思わず横から零弥に抱きつく。突然の不意打ちだったので零弥の身体はそのまま持っていかれて十香とともに床に倒れる。
「いたた……もう少し加減をしなさい。四糸乃、明日からでもこの〈フラクシナス〉にいるクルーに挨拶でもしてみたらいいわ。言葉に詰まってもきっと待ってくれるから」
倒れた零弥は苦笑いしながら言うと四糸乃は黙ってうんうんと何かを決心したように頷いた。
次の日、四糸乃が勇気を振り絞って夕騎に挨拶したところ挨拶された夕騎は嬉しすぎて鼻血を噴出させたのはまた別の話。