デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第一六話『決着』

 ――くぁぁぁ……イッテェ……。

 立ち上がって威勢の良いことを言ったものの受けたダメージは相当のものだった。

 元から痺れが抜け切っていなかった右腕はダラリと下がってしばらくは動かせない。夕騎が密かに自信があった足運び(フットワーク)さえ膝が震えて封じられている。

 真の痛みは心を蝕むものであっても外傷で痛いものは痛い。

 ――だけど……。

 夕騎には応援してくれている『トモダチ』がいる。

 いまも〈フラクシナス〉からの通信でクルーたちから耳が痛いほど声援が聞こえてくる。

 少しは士道のサポートもするべきだと思うのだが夕騎にとっては嬉しい限りだ。

 ――おかげでまだ戦える……勝って帰ったら俺の奢りでメシにでも連れて行くか……ことりんや士道っちには一飯の恩もあるし……。

 左腕を上げ、身構えて夕騎は零弥に戦意を見せつける。

 チャンスは本当に一度だけ。

 それを逃せば勝機は完全に潰える。

 重い一歩を踏み出したと同時に零弥が加速し肉薄する。

 足を使っての回避はできない。上体だけを利用して躱そうとするのだが、

 『足が使えないことはわかってるわ』

 籠手の霊力加速、放たれるは腹部狙いの右のストレート。

 「――ッ!?」

 直撃。見るからに夕騎の表情が苦悶に歪む。

 さらに蹴り上げ、連続した追撃が夕騎の身を襲う。どれもこれもが速く重い。意識を刈り取るには充分すぎる攻撃だ。

 それでも夕騎の靴裏は地面から離れず、倒れることを頑として拒否していた。

 ――彼はまだ諦めてない。だから、徹底的に……ッ!

 倒れない夕騎に半ば勝負を焦った零弥はトドメと三度目の薙ぎ払いの加速蹴りを放つ。

 夕騎の目の色が変わる。

 夕騎はずっと狙っていたのだ。この蹴りを。

 蹴りを放った零弥の視界で夕騎の姿が一瞬消える。視線を下に向けてみると咄嗟に身を屈めて回避したのだ。

 だが、零弥のこの蹴りにはもう一撃ある。相手が一撃めを躱したとしても薙ぎ払った先で具足の爆発加速で後ろ蹴りを放つ。

 霊力の出力を変えているので微妙にタイミングをズラされた相手は何をされたかわからず、さらに衝撃(インパクト)の瞬間に加えて連続加速を行ってダメージを倍増させていたのだ。

 ――今度こそ……ッ!

 霊力による爆発加速が行われた。夕騎が顔を上げた瞬間に。

 狙い澄まされた返しの一撃は夕騎の側頭部に向かって繰り出される。夕騎はまだ反応できていない。

 直撃する。

 そう思っていた瞬間――

 不可解な衝撃とともに零弥の身体は地面から離れていた。

 

 

 

 ――どういうことなの……?

 地面から一メートルほど上に投げ出された零弥は状況の判断ができなかった。確かに零弥の蹴りは夕騎に直撃したはずだったが、何故か零弥が空中に飛ばされている。

 いや夕騎が行った行為はわかっている。零弥が行った二撃めの蹴りに対して夕騎はその蹴りの下から霊力の爆発を上に勢いを流すようにして放ったのだ。

 加速のためではなく攻撃のために。

 霊力を扱えることは戦闘途中から理解していた。霊力を扱えるのはあの不思議な牙の応用、それでも霊力は精霊である零弥の方がはるかに上。

 なのに何故押し負ける? 零弥の思考が追いつかない。ぐるぐると回ってまともな判断ができなくなっている。

 だが夕騎は確実に動いていた。

 両足を大きく開け、重心を極限まで地面に下げては力を限界まで溜めている。

 鎧とは地面に接していることで衝撃を地面に逃がしているのだが空中ではまるで逃げ場がない。

 いま打撃を受ければダメージを受けるのは必至。

 夕騎はずっと狙っていたのだ。どれだけ攻撃を受けようともずっと耐えていたのだ。

 零弥は失念していた。同じ技を三回も放てば読まれると、なおかつカウンターを打たれると。

 限界まで力を溜めた夕騎から放たれる渾身の一撃。

 

 「――【二地発勁(にじはっけい)】ッ!」

 

 直後鎧を打撃した【二地発勁】は重く鈍く、何より鎧を纏っている零弥の身体に深く響いた(、、、)

 発勁というものを零弥は知らない。夕騎もそこまで深く知らずに感覚で打っているのだが、絶対の防御力を誇る零弥の【花弁揺蕩う明星の鎧(アルマ・フロウ・ルシファー)】に対して効果は絶大なものだ。

 発勁とは普通の打撃と変わらない打撃。だが真理はその力の影響時間だ。

 外部からの衝撃では絶対に砕けない、ならば内部ならどうだろうか。

 力が長くそして鈍く伝わり続ける、加えて言えば霊力が篭められている発勁を受けた零弥は堅固な鎧が逆に衝撃を逃がす邪魔となり、地面に着地するまでの数秒間は発勁によって全身が衝撃によって際限なくダメージを受け続け苛まれる。

 ――な、んなのこれは……ッ!

 不可解な攻撃を受けた零弥は気絶してもおかしくないほどの痛みのなかでまだ動きを見せる。

 ――このま、ま倒れたらもう立ち上がれないわ……せめて……。

 零弥が地面に倒れる前に聖剣での斬撃で夕騎を倒す。

 往生際が悪い、そんなことは誰よりも理解している。それでも――

 ――……絶対に負けたくないの!

 だが、零弥の想いとは裏腹に顕現させた聖剣はどれもこれも何もせずに砕けていく。

 『どう、して……?』

 「……ホントはもうわかってるんだろ、自分は負けたんだって」

 鎧にひびが入る。あれだけ絶対防御だと、誰にも砕けないと思っていた零弥の最後の(プライド)が。

 『……私は』

 理解した。夕騎の精霊を救いたいという想いが零弥の想いを上回っていたのだと。

 ようやくわかったのだ。地面に倒れるまでの本当に短い時間が酷く長い。

 『人間の想いに負けたのね(、、、、、、、、、、、)……』

 零弥はそう言って地面に仰向けになって倒れる。

 夕騎は倒れた零弥を見て雨雲が晴れてきた天に向かって左腕を突き上げて言う。

 「ああ、人間(おれ)の勝利だよ」

 あとは零弥の霊力を封印するだけだ。

 

 

 

 「ぅ……ぅぅ……」

 ひびが入り始めた鎧の中で零弥の目からは自然と涙が溢れ出していた。

 身体は動かせない。動かそうにも反応してくれない。

 涙を流すのは負けたショック、ということも理由のひとつかもしれない。だが霊力を封印されたあとが不安で堪らないのだ。

 流す涙はどれもこれも大粒で、泣いている表情(かお)はこれから零弥の素顔を見ようとこちらに歩み寄ってくる夕騎には見せたくなかった。

 どうして夕騎の想いが零弥よりも上回ったのか。もう考えられない。

 何もかも真っ白になってただ泣きじゃくってしまう。

 思い返せばいままでずっと一人だったというのに、現界した精霊を守るために戦い続けていたというのに、ある日突然そんな『当たり前』を崩そうとする者が現れた。

 初めてその人物に出会ったのはひと月ほど前、いつものように精霊を守るためにASTと戦おうとしていた時だった。

 ASTに抱えられて何やら運送されようとしている少年がいたのだ。

 見てみるとASTは少年を抱えたまま〈プリンセス〉の方に向かっていた。何も知らない少年まで巻き込もうとしているのかと、見過ごせないと思った零弥は少年を持っていたASTを排除し、落下する少年を白盾を使って助けた。

 地面に下ろしたあとは勝手に避難するだろうと零弥は思っていたのだが、少年は瓦礫のなかをくぐり抜けてわざわざ零弥に会いに来たのだ。

 挨拶の仕方も何だかふざけていて零弥からの印象はなかなか悪かった。これなら助けなくても良かったのでは? と思ったほどに。

 だが怪我はしていないだろうか、不安になったために問いかけてみた。月明夕騎と名乗った少年は一瞬驚いた表情をしていたのも不思議だ。零弥が一応心配していたというのに。

 それが一度目の出会い。

 二度目の出会いはどこかの学校で何故かまた出会った。

 別に顔を見られても零弥は良かったのだが、夕騎には見せたくなかった。何故か夕騎には外見ではなく、零弥という精霊の内面を知って欲しかったのかもしれない。また会うことは避けたいと思っていたというのにおかしな話だ。

 そして『トモダチ』になりたいと言われた。

 人間は良くわからない生き物だ。精霊は人類にとって災厄を齎すだけの存在だというのに夕騎は零弥のことを愛せると言ったのだ。

 夕騎は零弥が無感情になりたいと言ったのを否定した。零弥がずっと悲しみながら敵に砲口を向けていたのを会って二度目の夕騎に見抜かれていたのだ。

 零弥は敵であろうが相手のことを考えてしまう。いま撃った相手には家族がいるのか、大切な人がいるのか、何もない零弥は本当に人間を撃っていいのだろうか。

 そんな零弥のことを夕騎は『優しい』と言ってくれた。苦しんでいる零弥を見逃せないと言ってくれた。

 はっきり言ってこの頃から零弥は夕騎のことを意識し始めたのかもしれない。

 だから零弥はあんな質問をしたのだ。精霊ではなくただの人間が困っていたとしたら、夕騎は気分次第と答えたが、零弥は少し嬉しかったのだ。

 何もない零弥のことを特別に想ってくれる夕騎にほんの少し惹かれてしまった。

 そのあとはまあよくわからない絞め技を喰らって解放条件が『デートすること』だった。

 『デート』は楽しかった。

 出会ってすぐに記念と言って抱きしめられたり、初めてハンバーガーを食べたり、コーラという機械人間(サイボーグ)の燃料にもなっている飲み物を飲んでみたり――露店で夕騎にペアブレスレットを買って貰ったり。鎧のなかで泣いているいまも右の手首に着けている。

 だが『デート』はASTの作戦だった。

 零弥はせっかく自分の抑えられない気持ちの正体に気づいたのに夕騎は零弥を裏切った。

 夕騎を斬り捨ててもう全部忘れようと、また精霊を守るためだけに力を振るおうと思っていたのに零弥のなかではもう夕騎は『心から愛する人間』と思ってしまっていたのだった。あの笑顔が偽りでも、零弥には忘れられないものになっていた。だからブレスレットは捨てられなかった。

 次に出会ったのはつい最近。夕騎は生きていた、それは本当に良かった。斬り捨てたのは零弥自身だったが零弥は安堵してしまった。

 もう夕騎は敵なんだとわかっていたというのに夕騎は零弥を救いたいと言いだしたのだ。これには零弥も驚いたが、希望などもう抱きたくない。

 拒絶しても夕騎は食い下がってくる。そして提案されたのが今回の『決闘』。

 夕騎が負けたら零弥の言うことを何でも聞く、夕騎が勝ったら零弥の霊力を封印する。

 不審には思った。だが、零弥にとってはある意味チャンスだった。

 ――私が勝ったら夕騎はASTを辞めて……私のところに……。

 実現できるかはわからない、それでも戦うには充分な理由だった。

 だが、結果は敗北。

 「零弥」

 「ぁ……」

 気づけば夕騎は零弥の傍まで迫っていた。やがて馬乗りになってくる。

 「面と向かって話したいんだ、この鎧消してくれ」

 こんな泣いている表情(かお)の零弥と面と向き合って話したいとは夕騎もある意味鬼畜なのだが、鎧はパラパラと崩れて光の粒子となっていく。

 持ち主との話をさせるために鎧は最後の役目として周りから見えないように二人の周りを観測機でも捉えられないほど濃密な粒子で照らしていったのだ。

 

 

 

 「天使が気を遣ってくれてるんだからさ……顔隠すのやめてくんね?」

 光の粒子によってドーム状に作られた二人きりの空間で夕騎は困った表情を浮かべていた。

 何故なら零弥が最後の抵抗と言わんばかりに顔を必死に両手で隠していたからだ。発勁のダメージも残っているだろうになかなかしぶとい。

 「あのな、俺も真面目に話しようとしてるんだってば」

 「ゃ……泣いてる顔なんて見られたくないわ……馬鹿ぁ……」

 初めて見られるのが泣き顔だなんて零弥も許せないのだろう。嗚咽交じりの言葉だったが懸命に顔を隠し続ける。

 「だったらもうそのまま聞いてくれ。俺はな、ASTに所属しているのはスパイみたいなモンなんだよ。籍はDEM社っつうトコロにあるんだが……まあいいか。本業はな、〈ラタトスク〉っつう組織に身を置いてるんだ」

 「〈ラタトスク〉……?」

 「そう〈ラタトスク〉。その組織は零弥みたいな精霊を救って保護しようとしているトコロなんだ。コレ初めに言ってたら良かったかもな」

 「馬鹿ぁ……もっと早く言ってくれたら……そんな傷は」

 敗者になったいまはもう夕騎の言葉を信じるしかない。零弥は指の隙間から夕騎の傷を見てまた涙が溢れてくる。深々と刻まれた斬撃による傷、裏切られたと勘違いして零弥が傷つけてしまった。

 「まあコレは説明不足すぎた俺への天罰とでも思ってくれればイイや」

 「そ、そんな簡単に……」

 「許す。俺は精霊を愛してるからな、むしろ誇りに思うね」

 「本当に馬鹿……」

 さらに見てみれば夕騎の左腕にはきちんとブレスレットが着けられている。涙も止まってあれだけ悲しみに包まれていたというのに羞恥心に変わって鎧があるならもう一度纏いたいと思うまで恥ずかしくなる。

 だが零弥にはまだ不安は残っている。

 「でも夕騎はきっと……霊力を封印したら私を特別と思ってくれなくなるわ……。それで、違う精霊が出たらそっちに夢中になって……私を見てくれなくなって……そんなの嫌よ……耐えられないわ…………」

 零弥が霊力を封印されて失えば普通の人間(、、、、、)と変わらなくなる。そうなった場合、夕騎は零弥を愛してくれなくなる可能性が零弥のなかではあるのだ。

 「バカめ」

 夕騎は否定する。

 「零弥は精霊であることに変わりねえし、愛してるに決まってるだろうが。愛してもらってないって確証ができたら迷わず言えよ、ブン殴ってくれても構わねえ。俺は反省するし成長する男だし!」

 「……馬鹿」

 本日何度めかわからない馬鹿と言われた馬鹿(ゆうき)はむむむ、と不満げに眉を顰めるが、零弥はそんなのお構いなしに顔を隠していた両手を夕騎の首裏に回す。

 その眼は少し垂れ目気味だが水晶のように美しい瞳を持っていて端正な顔立ち、黒の長髪がまた美しさを引き立たせていて、(夕騎は知らないが)街中で注目を浴びていたのが簡単に頷けてしまうほど綺麗な少女だった。

 そして、あのデートの日に言いたかった一言。

 

 「――愛してるわ、夕騎」

 

 夕騎は手に引き寄せられるまま零弥と顔を近づけ、灰色の雨雲が掻き消える頃に二人の唇は重なっていた。

 

 

 

 「なあ士道っち、確かお前のファ-ストキス相手って十香だったよな……」

 「……それがどうしたんだよ」

 「キスはレモンの味とか誰か言ってたけど……どんな味した?」

 零弥と四糸乃の力が封印されて二日。士道、夕騎、十香の三人は〈フラクシナス〉でみっちり検査を受けてようやく自宅に帰ったのだが、疲れきった表情で夕騎が不意にそんなことを問いかける。

 「……キスする前の昼頃に十香が食べてたパフェの味だったな」

 「マジかよ。俺さ、キスする前にボッコボコにされてたからさ。血の味がしたわ……零弥は何か満足してたけどな」

 「そうか……夕騎も精霊の力を封印できたんだな」

 もう士道も疲れきっているので対応も適当なものになっている。

 「もしかしたら士道っちみたいに封印できるかなーって試しにキスを利用して〈精霊喰い〉の力で霊力を一気に吸い取ってみたのよ。結果は成功、士道っちみたいに封印できたわ」

 「零弥って精霊も救えたんだな」

 「まあそのために俺の各部分の骨はヒビ入るわ折れるわ何か動かなくなるわで右腕なんてジョイントが緩くなったフィギュアみたいになってたからな」

 「やばい怪我じゃねえかそれ……」

 「でもな不思議なことに零弥の霊力をほぼ全部吸い取ったら治っちまったんだよ、ものの見事に。炎は出なかったトコロを考えると〈精霊喰い〉の力っぽい。あとな、もうそろそろツッコんでもイイと思うんだけどな……」

 「うん。俺もずっと思ってた」

 士道と夕騎は互いにふっと一息漏らし、そして二人の声が綺麗に揃う。

 

 「「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁッ!」」

 

 二日前まで何もない空き地だった月明家とは逆にある方の五河家の隣にマンションのような建物が聳えていたのだ。もう突然すぎて疲れなど吹き飛ぶ勢いだった。

 琴里の説明だとどうやら霊力を封印したあとの精霊たちが住むように建てられたようで十香は明日からそのマンションで暮らすらしい。

 零弥は本人の希望で明日からしばらく月明家で暮らすことになり、四糸乃は〈フラクシナス〉で検査を続けるそうだ。

 「精霊と同居か……瓶買わないとな」

 「瓶買ってどうするのよ」

 「え、零弥を先に風呂に入らせてから残った湯を採取して精霊から特殊なダシが出てないかをチェックす――」

 「その点を良く注意しておくわ、零弥に」

 「おぅふ、そりゃあねぇぜことりん……」

 何故か微妙な胸騒ぎがするものの夕騎は零弥の霊力を封印できたのだと実感しているのだった。


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