デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
第一二話『よしのん』
十香が士道たちの高校に転入してから一ヶ月ほど経ったが、折紙と十香による喧騒は毎日のように起こっては士道の疲労が目に見えていた。
初めは夕騎に対して警戒心を持っていた十香だったが士道や琴里たちの助力もあってか無事に仲良くなり、調理実習で作ったらしいクッキーをひとつ貰えたぐらいには信用を得たようだ。何故か他の女子からも貰ったが。
クッキーは人間が作るものと何ら遜色はなかったが精霊に貰えただけでそれはそれはハッピーなことだ。
一方、零弥はあれから現界していない。
彼女が限界したとき、自分に何が出来るのかはわからない。だが、夕騎はもうジッとしていられなかった。
この一ヶ月間は必要最低限のこと以外はすべて自らの身を鍛えることに費やしていた。毎日自分の身が限界になるまで走り続け、時には身体に錘を着けながらトレーニングを繰り返す。
こんなことをしても意味はなく、むしろ身体を傷つけているだけ、そう言われたこともあったがずっと続けてきた。
こうしていなければ彼女の言った一言が延々と頭に繰り返されるのだ。
(嘘つき……)
それに無理なトレーニングでもきちんと効果は出ていた。夕騎自身が筋肉がつきやすい体質だったのか〈精霊喰い〉の性質が持ち主の気持ちを汲んでいるのかはわからないがみるみる力はついていた。
ただがむしゃらに鍛えていたわけではない。夕騎にも考えがあるのだ。
――戦うことになれば零弥を取り囲んでいるあの
もし話し合いで決着が着かなかった場合、当然互いは武力行為に出るだろう。正直に言えばいまの零弥とは話し合いなど到底出来るとは思っていない。だからこそ、戦う時は彼女の心の壁をすべて壊そうと決心している。
「……これが本当に零弥のためになるんだろうか」
ランニングを終え、ひと休憩したあとには雨が降り出していた。天気予報では晴れと見ていたのだが最近の天気予報は的中率が悪い。
念の為に持ってきていた折り畳み式傘が役に立つとは。もしかしたら士道はいま頃、傘を持っていなくて鞄を傘代わりにして走っているのかもしれない。
今日は何を食べようかとどうでも良いことを考えていると曲がり角を曲がろうとした瞬間、不意に人影が現れ避けきれずにぶつかり相手が尻餅をついてしまう。
「……ん?」
見てみれば尻餅をついているのは琴里と歳がそう変わらないような少女だった。可愛らしい意匠の施された外套に身を包んだ小柄な少女。ウサギの耳のような飾りが付いているのが特徴的だ。
加えていうのなら、まるでフランス人形のように綺麗な少女だ。いま気づいたが左手にはコミカルなウサギの
その少女は夕騎の姿を見ると尻餅をついたままズザザと少し距離を取る。こちらに怯えているような態度だ。
『ちょっとおにーさん、急に出てきたら危ないでしょーがー』
すると左手に装着されている人形が口をパクパク動かしながら夕騎にもう! といった態度で話しかけてくる。腹話術、というのか夕騎にはイマイチ判断出来なかったが妙に声が甲高い。
「危ないのはそっちだぞウサギさん。雨の日に突っ走るなんていまみたいに人にぶつかるか勝手に転ぶぞ」
『……なになにおにーさんエスパー? もしかしてよしのんたちが転ぶところ見てた?』
どうやらここでぶつかる前にすでに転んだ経験があるらしい。
少女の方を見てみると『よしのん』というパペットを盾にしてこちらの様子を伺っていた。どうして腹話術で話すのか意図は不明だが少女的に触れて欲しくなさそうなのでスルー。
「いんや見てねえよ。それより雨なのに傘も持たねえで風邪引くぞ、よしのんとやら」
『あははー、よしのんのナイスバディはこの程度の雨じゃあ揺らがないもんねー』
「ん、よしのんは大丈夫か。そんじゃあソッチのウサギガール、ほら」
呼ばれた少女はビクッと両方を揺らし、いまにも逃げ出しそうになるが夕騎は少女の方へ傘を向けているだけで動く様子はない。
――何で見ず知らずのウサギガールにここまでしてんだろうなぁ……。
何故かはわからないが無性にこの少女を保護したくなるのだが、そんなことをすればすぐに逃げられてしまうだろう。相手が傘を受け取るまでひたすら待っているとようやく少女が恐る恐る空いている右手を伸ばし、夕騎から傘を受け取った。
『ありがとねーおにーさん』
「おうおう構わねえよん」
夕騎はそう言って道を空け、
「通りたかったんだろ? どーぞお通りなさってくんせえ」
『おーおーおにーさん、何から何まであんがとねー!』
「いえいえー」
『よしのん』のお礼のあと少女はすぐさま走り去っていく。よほど自分が怖かったのか、そこまで怖がられるほどの人相ではないと思っていたがこればかりは少しショックだった。
「……帰るか」
謎の少女に遭遇したことでびしょ濡れになってしまった夕騎は深く考えるのをやめてとりあえず帰宅することにした。
「お金ゲッチュしたところで料理能力のない私は結局、お隣さん家にお世話になることになって誠に申し訳のうございまする」
「別にいいわよ、前にも家族って言ったんだし。盛大に甘えていいわ、中学生に」
「あざーっす!」
「料理とかしてるの全部俺なんだけどな!」
ようやくDEM社からの給料前払いでボンビー状態から抜け出したものの家庭的能力が皆無な夕騎は今日もまた五河家に夕食をご馳走になり、その後で琴里と乱闘テレビゲームをしていた。
五河家の変化と言えば士道が攻略した〈プリンセス〉、十香が一時的に同居することになったことだ。そこでも士道の新たな訓練『十香がいても緊張せずに普段通りにを生活すること』が課せられた。だが、琴里の巧妙な
現在、士道と琴里の間には謎の心理戦が行われている。
「士道。お風呂沸いたみたいだから、先に入っちゃって」
十香はいまリビングから離れていて、士道は思考を研ぎ澄ませる。すでに脱衣所でハプニングが起きたあとなのだから警戒するのも無理はない。
そこから幾度となく言葉を交わしながらも行われる五河兄妹の心理戦に夕騎は仲が良いことだーとのほほんとした思いで琴里が扱うキャラに猛ラッシュをしていく。高校生が中学生に普通に勝つ気である。
「琴里、ユーキ、待たせたな。さあ、勝負だ!」
その緊張感を破るようにリビングに現れたのはブランケットを持った十香だった。
どうやら今日は少し冷えるようで膝にかけるものを〈フラクシナス〉から送られた荷物の中から探していたらしい。夕騎はちょうどその頃にトイレに言っていたので知らなかったが。
「……ふろ、いってくる……」
何となく敗北感に襲われた士道はふらふらとリビングから出ていった。
「ふっふっふ、もうユーキの弱パンチコンボには嵌められんぞ!」
「いやいや十香ちゃーん、あれはゲーム初心者専用のガチャプレイってヤツだからあんま気にしなくてもいいんじゃねーのん」
「二人まとめて吹き飛ばしてやるわ」
三人による苛烈なバトルが始まる。ゲームで。
琴里は何か時を見計らっているようだがほぼ間違いなく風呂に入った士道に十香をけしかけるつもりだろう。ところどころ琴里の扱うキャラの動きが止まることがある。
「ユーキ」
「何だよ急にー」
十香がテレビ画面に視線を向けながら少し真剣な声音で話しかけてくる。それと夕騎の扱っているキャラが琴里に吹き飛ばされたのは同時だった。
「おまえは精霊の願いを叶えてくれると言ったな」
「んまあ、叶えられる範囲なら何でも叶えてあげるつもりだけど」
「なら、ひとつだけ頼みたいことがある」
「ん、どーぞ」
十香と話すようになってからそんなことを言った記憶があるな、と思い出しているとテレビ画面から不意に視線を外した十香は夕騎を見据えながら言う。
「――――――――――」
ゲームのBGMで聞こえにくかったもののいかにも十香らしい願いだった。
その願いを聞いた夕騎は自然と大笑いしてしまい、
「あはははははは! オッケーオッケーそんなことならやってやんよ、仕方ねえな精霊からのお願いとならば」
「そ、そんなに笑うことではないぞ! 私は真剣だ!」
「隙ありよ二人とも」
「「え」」
ゲームを放り出して十香が片手で夕騎の肩をぽかぽかと軽く殴っているといままで黙っていた琴里が二人まとめて必殺技で吹き飛ばして勝利を手にしてしまった。
「わ、ズリィぞ!」
「不意打ちとは卑怯な!」
夕騎と十香から同時に抗議の声が聞こえてくるが琴里は「油断してるのが悪いのよ」と言ってゲームのコントローラーを置き、
「十香もそろそろ風呂に入りなさい。士道はきっと上がってる頃だし、ゲームも一段落ついたでしょ」
「ぬ、それもそうだな。では、いってくるぞ」
琴里の言葉に何ひとつ不信感を抱かない十香はすぐに浴場へとリビングから出ていく。
ああ、これ士道っち終わったかも、などと思っていたが夕騎はあえて口には出さなかった。
「ことりんって意外にタチ悪いトコあるよな」
「大丈夫、零弥の力を封印したら次はあなたの番よ」
「おぅふ」
「ナースと巫女とメイド……どれがいいと思う? 朝に聞いてみたんだが五河はメイド派だった」
「ん?」
次の日の昼食時。ともに昼食を食べている男子メンバーの一人、殿町が真剣な様子で訪ねてくる。士道や十香と昼食をともにしたい気もあるのだが士道の近くには折紙がいてとてもじゃないが近づきにくい。
どうやら殿町が読んでいる雑誌で読者投票で次のグラビアのコスチュームが決まるらしく迷っているようであちこちに訪ねていたようだ。
んー、と夕騎は狂三の姿を思い出してはナース、メイド、巫女、の姿をした姿を想像していく。零弥はいまだに容貌を確認していないのでどんなのが似合うかわからないので今回は狂三で考える。
だが考えてみればどれもにあっていると思われる。ナース姿で下着はガーターベルト。メイドで白……下着まで考えるのは自分でも重症だと思う夕騎。
そして考え抜いた結果。
「……巫女だな。狂三には巫女が似合うはずだ!」
「くッ月明は巫女派か! 俺はナース派、五河はメイド派、このままでは三権分立してしまう!」
「意味まったく違うけどな、モンテスキューが聞いたら怒っちまうぞ」
狂三には似合うはずだ! と拳を握ってまで力説した夕騎はあまり言えない立場の気もするが――
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――
けたたましい警報。それは街中に響き渡る。
――空間震警報……か。
精霊が隣界から現れる予兆とも取れる空間震。
もしかしたら零弥が現れるかもしれない。
――今度こそ必ず……!
夕騎はASTからの指示も〈フラクシナス〉からの指示も待たずに教室から出て走り出す。
「……、」
緊張感の中、街中を走り回って激しくなった動悸を抑えながら建物の屋上から街の風景を見てみると異形な風景が視界に広がっていた。
街に穴が空いている。
数はひとつ。建物が並んでいた通りの一部が浅いすり鉢状に削られていたが十香の時とは違って小規模なものだった。
だがそれでも空間震は空間震。余波でさえ店や街灯、電柱など様々なものが瓦礫にされて地面に散らばっている。
零弥の姿はどこにも見えない。ただ代わりに空がどんどん暗くなってぽつぽつと雨が降り出す。
「雨か……?」
だがそれでも雨などどうでも良くなるくらいのことが確認される。
すり鉢状に空けられた地面の中心にいたのは――昨日出会ったウサギガール(夕騎名称)だった。
「精霊だったのかあのウサギガール」
ウサギの耳のようなものが付いたフードに青い髪、左手にはウサギのパペット『よしのん』が装着されている。見間違うことなくウサギガールだった。
それから少し経ったあとでASTが出現し、移動するウサギガールを追跡する。
『識別名〈ハーミット〉出現、攻撃します』
AST隊員の放つ夥しい量の弾丸やミサイルが〈ハーミット〉と識別された少女へと吸い込まれていく。ASTは世界に害をなす敵を駆除しているだけ。それを覆す方法はひとつしかない。でも〈ハーミット〉を救うのは、
――士道っち、任せたぞ。
爆煙が晴れ〈ハーミット〉の姿が見えたかと思えば、そこにあったのは純白の盾だった。
〈ハーミット〉より少し離れた場所、やはりいた。
精霊の想いから生まれた精霊――
夕騎が傷つけてしまった――零弥と名乗った少女。
「〈フォートレス〉の出現を確認した。警告する――いまから〈フォートレス〉に攻撃を仕掛けたヤツはあとで必ず見つけ出して殺す。以上」
警告するだけ警告し、ASTとの通信機の電源を切っては建物から出て零弥のもとへ駆け出す。
『夕騎、彼女の精神状態は安定してないわ。下手をすれば――』
「ことりん、俺を信じてくれ」
『……ッ!』
琴里の返答も聞かず〈フラクシナス〉との通信のためのインカムの電源さえも切る。
そのまま数分走り続けると、
「よぉ零弥、元気にしてたか?」
夕騎は純白の盾で作られたドームの前で話しかける。
『……まだ私に用があるのかしら。あんな重傷まで負って、次は私に復讐でもしたいの?』
「んなわけねえだろ。アレは俺がお前に嘘をついたせいで負った傷だ。――あの時は本当に悪かった、嘘をつかないって言ったのに勝手な理屈でASTじゃないって言っちまった。俺はただの嘘つきだ。だけどこれだけは信じてくれ、俺はお前を本当に救いたいんだ」
夕騎の真摯な言葉でも零弥は否定する。
『嘘よ、ASTにいる時点であなたは私の敵。精霊である私を救えるわけがないわ』
「それでも俺は絶対にお前の霊力を封印して救う。そして、もう一度『トモダチ』になるんだ」
『平行線ね。私は霊力を封印されない。救われない。「トモダチ」にもならないのよ』
「俺は諦めない。零弥がどれだけ拒絶しようが必ず成し遂げる。――俺はもう嘘をつかない」
互いに譲らない二人。
『このまま話していても埒が明かないわね』
「話し合いで決着をつけたかったんだがな。こうなったらひとつ決闘をしようぜ零弥」
『……決闘?』
夕騎はこうなることを正直想定していた。だから言う。
「――俺が負けたらお前の言うことを何でも聞く、俺が勝ったらお前の霊力を封印する。どうだ?」
――これは一体どういうこと?
零弥は単純に怪訝に思った。それは相手が提示したものに対しての疑問ではない。
どうしてこんなに夕騎は精霊である零弥に勝つ気でいるのか、そこが零弥には理解ができなかった。
零弥に対しては超人となったAST隊員も敵ではない。なのに
『受けて立つわ』
零弥は盾から砲台を出現させていく。夕騎の自信を打ち砕くために、そして零弥自身が想う願いを叶えてもらうために。
夕騎と零弥が互いに繰り出した霊力砲がぶつかり合い、地を揺るがした。