デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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エピローグ
狂三エンド


 五河士道が受け取った霊結晶(セフィラ)で世界の創成に成功した時、隣界では一人の男がたった一人で戦っていた。

 「お、あぁあああああ――ッ!!」

 その者は獣のような咆哮を上げ、希望の名を持つ長剣――<ナジェージダ>を振るい、眼前に現れた化物と戦っていた。

 名は月明夕騎。本来ならば五年前に命を落としていた少年。

 始源の精霊から生まれ、<精霊喰い>の力を与えられた上に『普通』とは程遠い『異常』な人生を歩み続け、最期は愛した者達の幸せを守るために一人で戦うことを決意し、今も戦っている。

 無理矢理身体に魂を定着させられたが故に身体はすでに限界を迎え、動かすたびに裂けては血が噴出し、苦痛に顔を歪めながらも戦うことをやめない。

 守るために、救うために、夕騎はどこまでも身を削って戦う。

 精霊を愛している。それは始源の精霊によって植えつけられた仮初の感情だったが夕騎は士道達と過ごし事実を突きつけられようがその感情が『本物』だと信じ、全てを捨ててまで『本物』だと証明した。

 眼前にいる化物だって元は始源の精霊が精霊を守る精霊を生み出すために隣界に放り込んだ霊結晶(セフィラ)が歪んだ結果で、精霊には変わりない。

 だから夕騎は化物でさえ救おうとした。過去に自分も『化物』だと蔑まれ、忌避された。そのつらさは誰よりも知っている。

 だが目の前にいる精霊達とは違って自分には自分を『友』と呼んでくれる者達がいた。名前で呼んでくれる人達がいた。

 孤独はいつしか満たされ、いつしか隣に寄り添ってくれる者がいた。目の前にいる精霊達にはそんな人物は誰もいなかった。

 「お前らは……もう一人じゃない……」

 夕騎は不器用な男だった。

 一度守ると決めれば自分の身など顧みず、そのせいで零弥と何度も衝突することになった。

 最後は零弥を討ち、愛する者全てを裏切った。繋がりを求めていたが結局は全て自分が捨てたのだ。

 後悔はあるのか、そう問われれば夕騎の答えは『ある』だろう。

 何度も謝りたいと思った。きのの死を侮辱し、零弥を傷つけ、士道を傷つけ、己のために全人類を一度は死に至らしめた。

 そして、もっと士道達と共にいたかった。

 もっと思い出を作っていきたかった。もっと笑っている顔を見たかった。

 自分が全てを捨てたくせに、そうわかっているというのに後悔は募っていく。

 不器用な故に士道のように新たな選択肢を見出せなかった。現に目の前にいる化物と化した精霊達も殺すことでその命を摘むことでしか救ってやれない。

 「俺は……本当に戦うことしか出来ねえな……」

 一人、また一人と<ナジェージダ>が命を奪っていく。苦しまないようにどれも即死するように。

 最後の一人の喉元に剣が突き刺さりその身が倒れていく。一種の現実逃避だろうか、夕騎の目には倒れていく精霊が最期に笑みを作ったように見えたのだ。

 隣界にいる全ての精霊を殺し、救った夕騎は身体中から力が抜け、<ナジェージダ>の剣脊を背もたれにして座り込んでいく。

 夕騎の身体もまた限界だった。もはや歩くことは敵わず、足は力なくうな垂れている。

 限界が訪れたのは夕騎だけではない。隣界もまた限界を迎えていた。

 隣界にいた精霊が全ていなくなったことで世界のバランスが崩れたのか一つの亀裂が生まれたかと思えばその亀裂が徐々に広がり、先に続くのは無限の闇だ。

 その闇に飲まれてしまえばどうなるのか、今にも死にそうな夕騎にはわからないだろう。

 夕騎は自らの死を受け入れていた。また満足もしていた。

 五年前に、過去に、死んだ自分が現在(いま)を生きていく士道達の礎になれた。夕陽が過去ではなく未来を見れるようになれたのだ。友としても、兄としても、どれだけ後悔があろうとも満足は出来る結果だ。

 手元に何も残らない結果だろうがこれで――

 「これは……」

 目を閉じようとした矢先、夕騎の懐からいくつもの封筒が落ちる。

 それを見て夕騎は思い出した。それらは全て自分に宛てられた手紙であり、読んでしまえば迷いが生まれてしまうと読まなかった手紙だ。

 狂三達が書いてくれた手紙、ほとんどが血に塗れ読めなくなってしまっているが一通だけ血に濡れていない封筒を見つける。

 思わず夕騎の口元に笑みが生まれる。

 残されていた封筒に書かれていた名前は自分が初めて『恋愛感情』を抱いた精霊――狂三。

 力を失った手にもう一度だけ力を込めて夕騎は封筒から手紙を取り出し読み始める――

 

 ○

 

『夕騎さんへ――

 こうして夕騎さんへ手紙を書くことは初めてで、手紙を書くのも随分と久しぶりなので少しばかり緊張していますわ。

 此度はいつも精霊のために頑張っている夕騎さんにわたくしから言えなかったことを綴りたいと思います。

 夕騎さんも気付いていたのでしょうがわたくしはあなたを利用する気で分身体を差し向けましたわ。<精霊喰い>の力が欲しくて近付きましたの。さらにわたくしは士道さんの精霊の霊力をその身に宿す力を求めましたわ。――全てはわたくしの目的を果たすために。

 わたくしの目的は始源の精霊を殺すことですわ。

 わたくしの家族を、姉を、殺す原因となった始源の精霊が憎くてわたくしは復讐を誓いましたの。

 ですからわたくしは目的を果たすために何を利用しようが構わないとそう思っていましたわ。

 ですが夕騎さんや零弥さんと接するうちにいつしかわたくしの中で迷いが生まれましたの。本当にこのまま復讐に殉ずるままで良いのか、そう迷いましたわ。

 わたくしは夕騎さんにかつてわたくしが惚れた殿方の影を被せてしまいましたわ。そしていつしか影を被せただけではなく、夕騎さんのことを真に愛してしまいましたの。

 人殺しをする精霊であってもわたくしを受け入れてくれるあなたの姿がとても眩しくて、いつも影だったわたくしの思いは募るばかり。

 もし復讐をやめていれば、もし霊力を封印してもらっていれば、夕騎さんはきっとわたくしのことを幸せにしてくれたでしょう。ですがそれでは駄目なのですわ。

 わたくしが復讐をやめてしまえば姉の魂が、死んでいった人達の魂が、どこまでも報われないのですわ。

 もうわたくしは止まれませんの。姉の死に背を向けるなんて出来ませんの。

 でも、始源の精霊との決着が着いたならどうかどんな形でもいいですわ。わたくしをあなたの傍にいさせてくださいませ。

 わたくしが始源の精霊を討てずに死んだとしても、その時は来世でお会い出来ることを心から祈っていますわ。

 最後にわたくしは夕騎さんのことを心から愛していますわ。

 時崎狂三より』

 

 ○

 

 「…………」

 狂三からの手紙を読み終えた夕騎は手紙を手放し、亀裂が割れて滅びていく隣界の空を見上げる。

 どうして読んでしまったのか、夕騎はまた後悔した。

 読まなければ狂三の気持ちなど知らずに死ねたのに。未練もなく死ねたというのに。

 読んだせいで――狂三の顔をもう一度だけ見たくなってしまった。どうしようもなく会いたくなった。

 「ちくしょう……いつまでも隠していてくれよそんな気持ち……」

 夕騎は手紙をこうして読むまで狂三が自分へ抱いていた気持ちを知らなかった。

 正直自分よりも士道へ気持ちが向いているのかもしれないと思っていた。だがそんなことはなかったのだ。

 「……そうか、そうだったのか……」

 事実を知れば夕騎はとても納得したような表情を浮かべた。

 その言葉を最期に夕騎は目を閉じ、動かなくなってしまう。零那が望んだ通り、満たされてその人生を終えたのだ――

 

 ○

 

 「…………」

 「ママ、どうしたの?」

 皿を洗っている途中で急に止まって何かを考え始めた狂三に兆死はエプロンの端を抓んで軽く引っ張る。

 「え、あ、何でもありませんわ」

 何か考え事をしていたのか兆死の声で目を丸くし、思わず皿を落としてしまう。

 床に落ちる寸前に兆死がそれをキャッチし、狂三へ手渡す。

 「パパのこと考えてたの?」

 「いえ、違いますわよ」

 兆死が問えば狂三は否定し、しゃがんでは兆死の頭を撫でる。

 あの人工島での決戦が終息し一年が経過した。学年も一つ上がり、狂三達はとうとう卒業も近付いてくる三年生となった。

 あれから狂三は今も在る<ラタトスク機関>の援助によって元精霊達が暮らすマンションに兆死と同居しており、他の精霊達とも上手くやって過ごしてきた。

 だがどうにも一年経った今でもふとした拍子に考えてしまう。

 もしかしたら何の前触れもなく夕騎が帰ってくるのでは――と。

 あの時夕騎は狂三に言った。自分のことを忘れて幸せになってくれと。

 出来るわけがなかった。どれだけ学校にいる男子から告白されようとも夕騎のようにどこまでも命を懸けて守ってくれる騎士のような男子は夕騎の他にいるはずがない。

 もう会えないというのに狂三はずっと夕騎のことを引き摺って生きてきた。笑みも表面上のものでこれでは姉が死んだ時と何一つ変わっていないではないか。

 忘れよう、何度思ったことだろうか。

 そんな狂三の様子を一番近くで見てきた兆死はそっと狂三を抱きしめる。

 「あのね、ママ。あるの、パパともう一度会える方法」

 「……え?」

 それは驚愕の一言だった。

 次に兆死は言葉よりも先に行動に出た。狂三から少し離れれば――

 「兆死、それは……っ」

 「うん、霊装だよ」

 兆死の背に顕現したのは夥しい数の翼。そして黄金の石版。

 そのどれもが小さいが兆死の霊装であることは間違いなかった。

 「どうしてですの……?」

 「キザシは精霊みんなの気持ちから生まれたでしょ? だからキザシは今でもみんなの気持ちでれーりょくが生み出されるの。ママのパパに会いたいって気持ちずっと感じてたよ?」

 兆死はそう言って狂三が首から下げていた霊結晶(セフィラ)のネックレスにそっと触れる。すると兆死の霊力が狂三のものに込められているのか徐々に狂三の霊結晶(セフィラ)が色を取り戻していく。

 「キザシはね、ママがパパと一緒にいて笑ってるところが好きなの。キザシはもう大丈夫だからママの力でパパを救ってあげて?」

 貯めるのに一年かけた霊力を全て狂三に譲渡すれば狂三の霊結晶(セフィラ)は一年前と同じ輝きを持ち始める。

 そうして娘から与えられた『愛』に、思わず狂三も涙を流しそうになる。

 「ダメだよ、パパに会うまで取っとかないと」

 「ええ、そうですわね……行ってきますわ」

 「うん、いってらっしゃい」

 迷うところはある。だが、娘がこれほどまでにお膳立てしてくれたのだ。行かなければそれこそ娘に対する裏切りとなる。

 最愛の娘に見送られれば狂三は久方振りに霊装を見に纏い、歩兵銃と短銃を構える。

 「<刻々帝(ザフキエェェェェル)>――ッ!!」

 どうすべきなのか、すでに心の中で答えは出ている――

 

 ○

 

 目を閉じ動かなくなった夕騎は静かに滅びの時を待っていた。

 隣界は限界を迎え、後数分も経たずに滅びる。そして自分自身もこの傀儡として過ごした人生に終止符を打てる。

 そう思っていた矢先、声が聞こえた――

 「夕騎さんッ!!」

 幻聴だろうか。今、狂三の声が聞こえた気がする。

 いやそんなわけはない。つい先程狂三の霊結晶(セフィラ)を人間界に戻したはずだ。

 だが今度は聴覚ではなく身体の感覚が触れられた感触を示す。

 「嘘だろ……?」

 「嘘ではありませんわ――夕騎さん」

 そこにいたのは――霊装を身に纏った姿の狂三。

 もう会えるはずのない少女が夕騎の頬に触れ、確かにそこにいたのだ。

 「……随分とかわいい死神だな」

 「ふふ、死神ではありません。あなたの精霊ですわ」

 どうか夢であってくれとそう願ったがどうにも夢ではなさそうだ。幻覚でもなく、確かな現実だった。

 考えるのは<刻々帝(ザフキエル)>を使って隣界を着地点にして時間を遡ってきたということ。

 「……どうして来たんだ?」

 「夕騎さんに会いたかったに決まっていますわ。それともう一つ――」

 狂三は小さく手を挙げると――そのまま思い切り夕騎の頬を平手打ちした。

 その行動に痛みよりも驚きが強く出た夕騎は呆然と狂三の表情を眺める。

 「これはわたくしに夕騎さんのことを忘れろ、なんて無粋なことを言った罰ですわ」

 「……今さら会いに来てどうしようってんだ。俺はこのまま隣界と一緒に死ぬ。それで終わりだ」

 「終わらせないためにわたくしはここまで来ましたの」

 最後の最後で会いたい人ともう一度会えた。夕騎にとってそれで充分だった。だが狂三にとっては何一つ満足出来ることはない。

 会ってこれからを共に過ごす、それこそが狂三の願いなのだから。

 ともかく今にも死にそうな夕騎をどうにかしなければならないと狂三は<刻々帝(ザフキエル)>を顕現させる。それは夕騎も見たことがないほど小型化された懐中時計だった。

 「<時刻皇帝・三ノ極(ザフキエラ・ビナー)>、わたくしの願いが新たな奇跡を呼びましたの」

 懐中時計は狂三が持つ短銃のリボルバーへ変化し、夕騎の身体に撃ち込まれる。

 「もうこの身体はどうにも――」

 「するための奇跡ですわ。夕騎さんの崩壊だけを停める、造作もないことですわ」

 「でもお前の時間が……」

 「<時刻皇帝・三ノ極(ザフキエラ・ビナー)>に代償は必要ありませんの。悪いことし放題ですわ」

 夕騎の魂を身体に固定、崩壊を停め、出血箇所の時間を巻き戻して直し、そうすることで傷一つなくなる夕騎。

 傷がなくなれば再び狂三は夕騎の頬へ触れる。

 「わたくしは夕騎さん以外の他の誰かと幸せになんてなりたくありませんわ。夕騎さんがわたくしを幸せにしてくださいまし」

 「俺は……」

 「夕騎さんはわたくしに言いましたわよね。どれだけ人に危害を加えようとも、何をしたとしても、幸せになっていいと。だったらわたくしも夕騎さんに同じ言葉を差し上げます」

 文化祭の時に言った言葉。それは夕騎が知らぬことだが、狂三が過去に姉の花蓮から伝えられた言葉と全く同じだった。

 どちらも大切な人から与えられた言葉。だからこそ、狂三は言った。

 

 「あなたが世界を一度滅ぼそうとも、今まで誰を殺してきてようとも――あなたは幸せになっていいのですわ」

 

 にこりと笑んだ狂三は最早夕騎の答えは聞かなかった。

 夕騎は一度決めたら最期までその目的のために殉じようとする。今も狂三がどう声を掛けようとも夕騎に動く気配はない。

 だから答えは聞かず、夕騎の身体を抱き上げたのだ。

 「行きましょう夕騎さん」

 「……話を聞いてくれ狂三」

 「少なくともここを出るまでは聞きませんわ」

 本当に話を聞く気がないのか狂三は夕騎の身体を抱いたまま隣界を見渡す。

 すでに崩壊が始まっているために様々な次元と繋がって最早元の世界に通ずるのがどれかすらわからない。

 だが狂三はどれでも構わなかった――

 「わたくしは夕騎さんと居られればそれだけでいいですわ。もうあなたを絶対に一人にはさせません」

 返事は聞かない。聞いても意思を変えるつもりはない。

 そう思いながら狂三は夕騎と共にヒビ割れた次元へと飛び込んで行く――

 

 

 「ここは、教会の中か……?」

 暗き次元を越えて光が差した先、夕騎はどこかの教会の中にいた。

 どの次元なのか、わからないがそれよりも夕騎の目を奪う存在が少し離れた位置に立っていた。

 「狂三、お前その格好……」

 「どういう理屈なのかわかりませんが気付けばこんな格好になっていましたわ」

 狂三が身に纏っているのは黒い霊装ではなく、正反対な純白のドレス。

 その美しさに見惚れ、しかし夕騎自身もスーツ姿となっていて疑問は尽きないが狂三はそんなことどうでも良いのか。夕騎の言葉を待っている。

 「夕騎さん、わたくしはずっとあなたの傍にいるつもりですわ。これから先何を言われようとも折れるつもりもありません。それを踏まえて何か言いたいことはありませんか?」

 「……ズルいなぁ狂三は」

 そこまで言われてしまえば夕騎に拒否権などなかった。

 ゆっくりと狂三の前に歩いて行けば狂三の手を取り、跪くと目を見据え――

 

 「もう何も残っていない俺だけど――どうか俺と結婚してください」

 

 その言葉をどれほど待ちわびただろうか。

 夕騎の告白に狂三も涙を堪えながらこくりと頷く。

 

 「……はい。わたくしと共に……幸せになりましょう」

 

 どこの世界にいるかもわからないが夕騎はこれだけははっきりとわかることがある。

 ――これで良かったんだ。

 自分の傍に誰も残らないと思っていたが、最後の最後で夕騎は満たされ『幸福』を得たのだった。

 この後、夕騎と狂三はどこへ行ったのか。それを知るのは当の二人にしかわからない――


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