デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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最終話『英雄という名を残して』

 「夕騎……」

 あれから一人になった世界で士道は夕騎が消えていった方をずっと見ていた。

 夕騎はどうなったのか、無事なのか。その心配ばかりが募る士道の目の前に次元の歪みが発生する。

 「――これは」

 現れたのはいくつもの霊結晶(セフィラ)。十香達に天使や霊装など絶大な力を与えていたものだ。

 それが今まで出会った精霊の分現れ、士道の前を浮遊する。

 霊結晶(セフィラ)に触れればそこから精霊の今までに抱いた感情や思い出が頭の中を巡る。

 触れて士道は理解した。ここにある全ての霊結晶(セフィラ)を使えば新たな世界を生み出せることを。

 夕陽が理想としていた世界も、令音が理想としていた世界も、絵空事ではなくこの力があれば創り出せることをはっきりと確信する。

 夕騎は言っていた。

 どんな世界を望むのか、考えておけと。

 おそらくこのことを見越して夕騎が士道にそう言っていたのだろう。

 最初から夕騎は兄として妹――夕陽の味方をし、士道達の敵になりながらも最後にはこうなることを目指し行動していたのだと今ならわかる。

 夕騎ならどうするか――と思わず考えそうになるがそれでは駄目だ。

 望まれているのは士道自身が考えて望んだ世界。

 だったら、願う世界は決まっている。

 絶大な力なんて要らない。ただ幸せに、前のように一緒に、平凡に、暮らせる世界を。

 「皆がいる世界を――」

 士道は静かに願えば世界は新たに創り出されていく――

 

 ○

 

 「ここは……?」

 十香が目を覚ました場所は戦闘を行っていた場所ではなくいつも士道と共にいた五河家のリビングだった。

 自分は令音と相対していたはずだったが突然夕騎に背後から斬られ、そのまま意識を失っていたはずだが――

 「……全員兄貴に救われたんだ」

 「夕陽……」

 近くに座っていたのは士道ではなく令音によって殺されたはずの夕陽だった。

 不機嫌そうに腕を組み、ソファにもたれかかる夕陽は目覚めた十香が夢ではないのかという反応を見せるので十香の頬を軽く引っ張る。

 「なっ! 何をする!」

 「夢じゃない。現に私達は一度全員死んだよ。でも兄貴が令音から霊結晶(セフィラ)を奪い返して士道が新たに世界を創り出した。その証拠に、これを見てみな」

 夕陽が手のひらに乗せていたものを十香に見せる。

 見れば何やら色を失った宝石のようなものが乗せられており、十香が上体を起こせば自らも似たようなものを持っていることに気付く。

 「む、何だこれは?」

 「私達精霊の身体の中に入ってた霊結晶(セフィラ)だよ。新たな世界を創り出すために霊力を根こそぎ使ったからもう二度と使えない。あんたも私も、もう精霊じゃない」

 つまり〈鏖殺公(サンダルフォン)〉も<雷天轟靂(ミカエル)>も霊結晶(セフィラ)が力を失ったためにもう使えなくなったということだ。

 「それでシドーはどこにいるのだ……?」

 「さあ? 私が目覚めた時には近くにあんたしかいなかったよ」

 「そうか。私はシドーを探してくる。留守番を頼んだぞ!」

 「はいはい、行ってきなって」

 夕陽に敵対心を見せるよりもシドーの安否を心配する十香は一目散に走り出し、家から飛び出していく。

 残された夕陽は再びソファにもたれかかるとキッチンの方を見つめる。

 「七罪、そこにいるんでしょ?」

 「……バレた?」

 「バレバレだっての」

 キッチンから恐る恐る顔を出したのは夕陽を庇って令音に殺されたはずの七罪だった。

 七罪が近付いてくるなり夕陽は七罪に向かって大きく頭を下げる。

 「本当にごめん」

 謝ることなどいくらでもあった。

 友達であるはずの七罪を殺そうとしたり、庇って貰ったのに何も出来なかったり、それでも七罪は彼女なりに不器用な笑みを浮かべる。

 「怒ってないからいいわよ別に。それに夕陽は私が死んだ時、怒ってくれたじゃん? 身体の感覚はなかったけどそれが見えてさ、何より嬉しかった」

 「七罪……」

 その言葉に思わず夕陽の目から大粒の涙が零れる。今まで積もり積もっていたものが音を立てて瓦解したかのように夕陽は涙が止まらなかった。

 「ありがとう……ありがとう、七罪……」

 「ちょ、な、泣かないでよ! 私が泣かせたみたいになるじゃん!!」

 唐突に泣かれた七罪はあたふたしながらも涙を流す夕陽のことを抱きしめる――

 

 ○

 

 「不審。夕弦はあの時死んだはずでは……」

 夕弦はどこかの建物の屋上で目を覚ました。

 あの時、人工島に向かう兆死を少しばかり泣いてから追おうとしていたが背後から不意討ちを受けて夕弦の意識は失われた。

 次に目を覚ませばここにいて、何故ここにいるかわからなかったが――

 「……夕弦?」

 「呼名。耶俱矢……?」

 そこにいたのは兆死によって命を奪われ、夕弦と一体化したはずの耶俱矢がすぐ傍にいたのだ。

 「あれ? あたし死ななかった――っけ!?」

 「抱擁。耶俱矢……耶俱矢……っ!」

 「ちょ、いきなり過ぎるし! く、苦しい!」

 何が起こったかまるでわからないがこうしてまた耶俱矢に会えた。夕弦にとってはそれだけで充分だった。

 何の加減もなく抱きしめられ耶俱矢は苦しそうに呻き声を上げる。

 「と、とにかくまた会えて良かったよ夕づりゅ……」

 「同調。はい……っ!」

 その様子を扉越しで見ている者がいた――兆死だ。

 「……」

 自分が一度引き裂いてしまった八舞姉妹。今さら会ったところで何を言えばいいのか。

 八舞姉妹によって救われた兆死はすでに少女と呼ぶよりも幼女になっていて、これ以上会っても迷惑をかけるだけだとそっと扉を閉じる。

 だが――

 「兆死、あんたもこっちに来なって」

 「同意。来てください兆死」

 気付いていた八舞姉妹は閉じられた扉を開き、二人揃って兆死の手を取る。

 そして挟むようにして二人揃って優しく兆死を抱きしめる。

 「……ごめん、なさい。ごめんなさい……」

 止めどころなく溢れる兆死の涙に、八舞姉妹は揃って微笑む。

 「謝ることないって。これでもう寂しくないし」

 「肯定。これからは絶対に一人じゃありません」

 八舞姉妹の優しさはどこまでも深く、兆死はどこまでも救われたのだった――

 

 ○

 

 「起きて、いつまでも眠ってちゃダメだよ」

 「…………二条……?」

 「うん、おはよう」

 折紙が目覚めればそこには二条の顔があった。

 後頭部に伝う柔らかい感触に折紙は二条に膝枕をされているのだと理解する。

 見渡してみればここは天宮市にある公園の一つで二条と折紙は公園のベンチに座ったいた。

 「私とあなたは確か……」

 「そうだね、確かに殺されたはずだけどこうして生きてるから考える必要はないよ。ボク達は救われたんだ」

 どこか寂しそうな声音で言えば二条は折紙の頭を撫でる。

 「この世界はユーくんが繋ぎ、士道が創り上げた新たな世界。士道は皆がいる世界を望んだんだ」

 「だったら他の人間も……」

 「うん、絶滅したはずの人間達は生きてるよ。学校のみんなも元通り」

 折紙が目覚める前に確認したから間違いはなかった。

 ただ一つだけ二条達と違うのはここ数日の記憶がなく、何が起こったのかわからずに集団記憶喪失で事が片付けられている点だ。

 「それに、ほら。もう君は一人じゃないよ」

 二条の膝から起き上がった折紙は指し示された方を見てみれば口に手を当てて絶句し、やがて涙を流し始める。

 「お父、さん……お母さん……」

 公園の入り口に五年前に精霊によって殺されてしまったはずの折紙の父親と母親の姿があった。

 二人共折紙に気付いたのか軽く手を振っており、二条は折紙の背中を軽く叩く。

 「行って」

 「……うんっ!」

 背を押された折紙は涙ぐんだ声で大きく頷くとベンチから立ち上がって両親に向かって駆けていく。

 その後ろ姿を見続けていると背後の草陰から何かざわざわと音が響き、二条はそれに気付いたのか息を吐く。

 「……わざわざ隠れなくていいのに」

 「ふふ、邪魔しちゃいけないと思いましてー」

 草陰から立ち上がって出てきたのは美九だった。

 頭に葉を乗せていたので二条はそれを手で払ってやると美九の胸に額を預け、埋める。

 「……良かった。本当に、良かった……」

 「はい、私も二条ちゃんとまた会えて嬉しいですよー。ちゅーしてあげますねー?」

 「ぐすっ……それはいらない」

 否定しながらも離れることはしない二条を美九はそっと優しく抱きしめる――

 

 ○

 

 「ここは……商店街、ですか……?」

 きのが目覚めたのは商店街の一角だった。

 思い出せる限りのことを思い出してみると自分は夕陽と相対し、最後は殺されてしまったはずだ。

 雷の一撃はきのの身体を塵一つ残さず、助かる余地などなかったはずだがそれでも今はこうして生きている。頬を強く抓ってみても痛いので夢ではない。

 どうやらオープンカフェの椅子に座っていたようで立ち上がってみると不意にきのの顔に影が重なる。

 「きの二等兵!」

 「おげふっ! ま、真那ちゃんですか!?」

 抱き疲れた衝撃で椅子を転がし大きく転倒したきのは顔を上げるとそこにいたのは真那だった。

 後頭部を摩りながら上体を起こしたきのに現れた真那はさらに抱きついてくる。

 「良かった……良かったでいやがります……」

 「真那ちゃん……あとずっと言おうとしてましたけど私もう軍人じゃないですからね?」

 「そんなのどうだっていいです! 真那にとってきの二等兵は永遠に二等兵でいやがりますから!」

 「ご、強引な解決ですね……」

 何だか『友達』というよりも真那が『妹』のように思えてきたきのは真那のことをそっと抱きしめ続けるのだった――

 

 ○

 

 「私は、死んだはずでは……?」

 目覚めたのは専用の執務室。碧眼の双眸を持つエレン・M・メイザースが目覚め、立ち上がって周りを見渡してみれば窓際にいたのは――

 「アイク……?」

 「……やっと目覚めたかい、エレン」

 エレンがアイクと愛称で呼んでいるウェストコットが立っていた。

 自分は零弥に負けて死んだのにどうしてここにいるのか、もしかするとここはウェストコットが創り上げた『不純物のない世界』なのではないか、そう考えるがウェストコットはその意を読んで否定する。

 「違うよ、この世界は五河士道によって創られた新たな世界だ。私は夕騎に敗れ一度は死んだ。だがつい先ほど目覚めてね、まだあまり状況を把握し切れていない」

 「だったらまた霊結晶(セフィラ)を奪ってアイクの望む世界を――」

 「もういいんだ、エレン」

 悲願を成し得ていないというのにも関わらずウェストコットはどこか満足げな笑みを浮かべる。

 どうしてなのかわからないエレンに尚も笑みを浮かべるウェストコットは何も事情を話さず、扉に向かって歩き出す。

 「どこに行くのですか?」

 「仕事だよ、全うに生きるのも悪くないと思ってね。エレン、秘書の君がいないと私は存分に仕事が出来ない。早く来てくれ」

 「は、はい!」

 よくわからぬまま呼ばれたエレンはウェストコットを追って執務室から飛び出していく――

 

 ○

 

 「……零那、何をしているの?」

 目覚めた零弥は高台の公園で空を見つめ続ける零那を見つけ声を掛ける。

 だが零那は零弥の存在に気付いていながらも空を見続け、やがて小さく言う。

 「……夕騎は言ってた。自由に生きてくれって。でもわからない。自由って何なのか、夕騎が教えてくれないとわからない」

 夕騎は零那に道を示してくれていたのだ。そしていつも教えてくれていた。

 何をして欲しいか夕騎が言って零那がそれを叶える。夕騎を守る時は自分で考えて行動するが夕騎の夢を果たした今どうしていいのかがわからない。

 だが零弥は首を横に振るう。

 「わからなくていいのよ。これからあなた自身が答えを見つけることを望んで夕騎はそう言ったんだと思うわ」

 零弥から見て零那は『夕騎』という存在に縛られ、視野が狭まっているように見えた。

 おそらく夕騎にもそう映っていたのだろう。だから夕騎は零那に最後の言葉として『課題』を与えた。

 その言葉に零那の瞳から涙が零れる。

 今までずっと我慢していた感情が濁流のように外に流れ出す。

 「私は……夕騎の傍にいられるだけで良かった。私は、夕騎とずっと一緒にいたかった。それだけで良かったのに……夕騎と引き換えの『自由』なんて要らないのに……」

 「零那……」

 その涙に彼女の本心を見た零弥は零那の肩を自身へ抱き寄せる。

 「あなたは絶対に一人にならないわ。私も皆もいる。それに夕騎は涙を見たいとは思ってないはずよ? だから笑ってる顔を、見せてあげて」

 そう言った零弥も涙を浮かべていた。それでも不器用な笑顔を浮かべて取り繕っている。

 二人共わかっているのだ。例え士道が世界を創り直そうとも、その世界に夕騎がいないことを。

 だから涙が止まらない。

 それでも零那は溢れ出す涙を懸命に押し殺し、口をきゅっと結べば今の自分が出来る最大の笑顔を作り、天へ向ける。

 「――夕騎、ありがとう。私に、居場所をくれて……ありがとう」

 絶対に忘れない、最後に零那はそう言って零弥と共に踵を返す――

 

 ○

 

 「狂三」

 「あら士道さん」

 狂三の影を感じ、家から出た士道はどこかわからない庭園に来ていた。

 そこには四季折々の花が咲き誇り、その中で狂三は後姿を見せながら立っている。

 いつもの喪服のように見える私服もこの時ばかりは本当の喪服に見え、士道は思わず次に何と声を掛けていいのかわからなくなってしまう。

 すると、狂三の方から振り向いて口を開く。

 「見てくださいまし、わたくしの中にあった霊結晶(セフィラ)が力を失いましたの」

 狂三の手のひらに乗せられていたのは色を失った霊結晶(セフィラ)

 世界創造のために内臓されていた霊力を使い果たした、その成れの果て。

 「わたくしはもう精霊ではない普通の人間。ですがわたくしはそれ以上に大きなものを失いましたわ」

 「……ごめんな」

 士道の謝罪に狂三は静かに首を横に振るう。

 「士道さんが謝ることはありませんわ。夕騎さんは夕陽さんの憎しみを断ち切り、始源の精霊をも救い、そして世界を元通りに直した……まさに英雄の所業ですもの。誰を裏切ろうとも誰に憎まれようともただ真っ直ぐ自分を貫き、成すべきことを果たしましたの」

 世界が創り直され、意識を取り戻した狂三は夕騎を探した。

 だが繋がっているはずの経路もなく行方は知れず、そして狂三の頭を過ぎったのは夕騎の最期の言葉。

 「全く……自分勝手ですわよね。あれだけわたくしに愛していると言って、わたくしに惚れさせておきながら最後は無責任に『俺のことは忘れて幸せに生きて欲しい』って……本当に自分勝手ですわ」

 風に煽られた狂三の髪が靡き、その目には涙が浮かんでいた。

 「わたくしはいつか夕騎さんのことを忘れてしまうのが恐ろしくてたまりませんの。いないことが当たり前になってしまうのが怖いのですわ。この世界に夕騎さんが存在した証なんてどこにもありませんもの」

 「いや、ある」

 「……?」

 涙を浮かべ怪訝そうな表情を浮かべる狂三に士道ははっきりと断言する。

 「夕騎は精霊に幸せに生きて欲しいから命を懸けて新しい世界までの道筋を作ったんだ。だから夕騎がこの世界に存在した証になるのはこれからこの世界で生きていく俺達自身なんだ」

 「わたくし達自身……」

 「おーいシドー! 何をしているのだー!」

 「十香!」

 呼ばれて振り向けばそこには皆がいた。

 皆それぞれに笑顔を浮かべていて夕騎が見たかったのもきっとこんな光景なのだろう。

 そして、突如として開いた次元の裂け目から庭園の地面に突き刺さった一振りの剣。

 「これは……」

 血に塗れた長大な剣に狂三も見覚えがあった。

 名に希望の意味を持つ――〈ナジェージダ〉。

 刃は欠け、何もかも損傷が酷い〈ナジェージダ〉だが狂三は服が汚れることも厭わずに抱きしめる。

 

 「――おかえりなさい、夕騎さん……」

 

 紡がれた世界で士道達はこれからも生きていく。

 月明夕騎という英雄の希望を残して――












今まで閲覧いただきありがとうございました。
またいつの日か個別エンドを書きたいと思いますが一先ずこれで最終回です。
応援していただいていた皆様、本当にありがとうございました。



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