デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
第一〇一話『理想の果てに』
――私は、生まれながらに『独り』だった。
物心ついた頃から夕陽はある施設で暮らしていた。
児童保護施設、聞こえはいいが夕陽にとってそこはあまり居心地の良いものではない。
夕陽の旧姓は
唯一両親について覚えていることと言えば夕陽をこの施設に捨てたということ。
(夕陽、少しだけここで待っていてね……?)
(父さん達は遠いところに行くんだ)
今思えばその言葉にどういった意味が込められていたかわからない。
待っていて、聞こえはいいが両親は夕陽をこの施設に預けたまま二度と姿を現すことはなかった。
要するに捨てるのを預けると言い換えただけで夕陽は見捨てられたのだ。
夕陽の心は歳二桁になるまでに荒んでいた。
誰も信じることが出来ず、誰も傍に置かず、一日中ただ部屋の隅に座って呆然と何を見るわけでもなく天井を見上げていた。
初めは施設の人間も子供も皆夕陽と仲良くしてくれようとしていたのだが夕陽は誰かが近寄ることを激しく拒絶した。
両親のように心を寄せれば裏切られると、裏切られるのならば最初から誰も自身に近づけなければ良いのだと幼い夕陽は理解していたからだ。
(おーい、夕陽ちゃんっ!)
(っ!)
それなのにある日突然夕陽の目の前に現れたのは夕陽の分の食事を持った同年齢ほどの少年だった。
(俺の名前は夕騎、元の苗字は……た、たー何だっけな。忘れたけど仲良くしようぜー)
(あっち行ってよ、私に関わらないで)
(そうツンツンすんなってぇのん。何も親に捨てられてココに来たのは夕陽ちゃんだけじゃないんよ)
拒絶しようとも夕騎は夕陽の隣に座り込み、手に持っていた自分のおにぎりを一口頬張る。
(ココに来たのはどんなヤツでも捨てられ身寄りのねえヤツらばっかなんだ。俺だってそう、俺なんて生まれた頃からここにいたらしいし? だからよ、そんなこの世の不幸全部背負い込んだみてえなツラすんなって。ほい、夕陽ちゃんの分)
(元から家族がいないあんたに……私の気持ちなんてわからないよ)
手渡されたおにぎりを眺めながら小さく呟く夕陽に夕騎はケラケラ笑いながら夕陽の頭に手を置く。
(他のヤツの気持ちを完璧にわかるヤツなんてこの世にいねえんだべよー。だから人間ってのは相手の気持ちを少しでも知るために顔を見たり目を見たり会話したりするんよ)
(…………)
(それによ、家族がいなくて寂しいなら俺の妹になれよ夕陽ちゃん)
(……は?)
唐突な夕騎の提案に夕陽は目を丸くする。
どういった経緯でそんな考えに至ったのか夕騎の思考回路がわからずに困惑する夕陽だが夕騎はそんなこと構わずに続ける。
(名前見たら同じ『夕』って漢字使われてるし運命感じちゃったしね! へいカモン!)
(何がカモンだよ……)
(ともかくだ! 見れば同じ年齢だけど俺の方が兄ってことで! これでもう夕陽ちゃんは一人じゃありませぇん!!)
夕騎は立ち上がり夕陽の前に立てば手を大きく伸ばす。
(兄妹になろうぜ夕陽。そしたら寂しくない)
伸ばされた手に夕陽は絶対に信じてはいけないと頭ではわかっているというのに、再び誰かの温もりを欲した夕陽はそっと夕騎の手に触れた――
○
「夕陽っ夕陽……っ!」
「…………七罪」
夕陽の瞼は徐に開く。
身体中が妙に痛く身を起き上がらせることも出来ずに目の前のものを見れば七罪が目に涙を浮かべながら夕陽のことを見ていた。
「……私は、負けたのか」
起き上がらせることの出来ない身体に、空が妙に遠いことに、夕陽は己の敗北を察する。
負けてしまえばそれで終わりなのだ。
「……終わりだな。私は最高最強じゃなくなった。これでもう、私には何もなくなった――」
「そんなことない!」
七罪の張り手が夕陽の頬を叩く。
痛くも何ともない張り手だったが何よりも目に止まったのは七罪から滴り落ちる涙の雫。
今まで受けたどの一撃よりも重く心に圧し掛かる。
「何で、泣いてるのさ。私はあんたを殺そうとしたんだよ? そんな女がどうなろうがあんたには関係ないでしょ」
「友達だからに決まってんでしょ!!
「友達……か」
自ら切ったはずなのに七罪はそれでも夕陽の友であり続けようとした。
夕陽の無事に安堵した七罪は夕陽の胸に顔を埋めて泣き咽ぶ。
その様子に夕陽も考えさせられることがあり、不意に夕陽の耳に声が聞こえてくる。
「……良かったな夕陽、お前が断ち切ろうとも切れない縁がもう一つあったみたいだな」
「……兄貴」
隣合うようにして寝かせられていた夕騎は零那からの治療を受けていた。
淡い光が傷口に当てられ、傷口は徐々に塞がっていく。
「零那、俺はいいから夕陽を――」
「駄目。まずは夕騎」
「……言うこと聞いてくれねえなぁ」
夕騎の言うことであっても何よりも夕騎の身体を最優先とする零那は言うことを聞かずに治療を続ける。
近くに零弥もいるのだが夕騎自身零弥と会話することを避けているのか、目を合わせることもしない。
空を見上げ、暗雲が晴れ陽が差し込むのを見れば夕騎は笑む。
「ヒトってのは結局どうあろうがどこかで繋がってるモンだ。だから俺はそれを俺の目を通して知って欲しいって思ってお前が眠りにつく前に『二度死ぬまで我慢してくれ』って言ったんだ。まあ、結局実際に見て感じないと駄目だったんだがな……」
「……教えてもらったよ、兄貴のおかげで誰かといる温もりがどれだけ温かなものなのかって。でも、どうであれ私は止まらなかった。兄貴が傷を負って<
世界をやり直すことに殉じていればおそらくこんな何も成せなかった結果になっていなかっただろう。
それなのに夕陽は『復讐』に執着を見せ、敗北した。
「夕陽……」
「五河琴里……」
夕陽の前に座り込んだのはあれだけ憎しみを抱いていた琴里だった。
だがどれだけ近くに座られても夕陽には手を出すことも、気もなかった。
「あの時は本当に――」
「……もういいよ。私だってやり返したんだ。今さら謝られても意味ない」
許すわけでもなくそう言えば夕陽は黙って空を見上げる。
澄み渡る青い空に夕陽はふと一息吐けば夕陽の顔に影が被さり、見れば十香が立っていた。
「貴様は大きな罪を犯した。その罪は一生をもって償わなければならない」
「償うにせよ、世界をやり直すしかないんだけどね。でも、あんたらが『時の間』を壊したおかげで七三億人分の時間も散ったし、数体分の霊力を体内に留める余力もなくなったし、どうしようもない」
「――どういうことですの、夕陽さん」
はは、と乾いた笑いを零す夕陽に狂三の声が響く。
狂三は予想外のことを聞いたようにそう呟けば歩兵銃と短銃を握り締める力が強くなる。
「何か策があると思ってわたくしは夕陽さんの『
「……悪いね狂三」
「悪い、で済まされるわけがありませんわ」
何分狂三の他に夕陽の力があってこその世界のやり直しだったが夕陽が倒れてしまえばそれで終わりだ。
詫びる夕陽だが狂三の双眸には殺意の炎が朦々と燃え上がり、銃口を夕陽へ向ける。
「こんな幼稚な茶番に付き合わされ、本懐も達成出来ないなんて許せませんわ……ッ!」
「狂三!」
「止めないでくださいまし、わたくしは――」
「違う、そうじゃない!!」
夕騎は狂三が夕陽を殺そうとするのを止めようとしたのではなく迫っていた敵の攻撃を察知していたのだ。
倒れていた体勢から立ち上がれば地を裂いて現れる攻撃に対し、近くにいた零那や零弥、狂三を突き飛ばす。
士道や十香は少々手が足りなかったために【三鳴衝撃】によって弾き飛ばし、回避させるが七罪や夕陽までは間に合わない。
七罪はそれを察したのか<
瞬間、針山でも現れたのかと錯覚するほどの夥しい何かが地面から飛び出す。
「夕騎!!」
「七罪っ!!」
その夥しい攻撃に飲み込まれたのは夕騎と七罪。
二人の姿は瞬きをする暇もなく飲み込まれていき、針山のようなものを目を凝らしてよく見れば――
「樹の枝……?」
それはまるで樹の枝のようで様々な色に輝きを変える宝石のような樹の枝が消えていけば夕騎は傷を負いながらも形を残しているが七罪は――
「な、七罪……?」
七罪がいたはずなのにその姿はなく、変わりに浮かんでいるのは緑色の
零那を除く誰もがその光景に呆気に取られる。零那が零弥との戦いの最中から感じていた嫌な予感は間違いなくこの者が放っていた異様な威圧感だ。
ここにいる者以外すでに世界には存在していないというのに一体誰が――
「ようやく、時が満ちたよ。この時をどれだけ待ち侘びたことか」
その顔に誰もが驚いた。
軍服の上から白衣に身を包み、何よりも彼女の特徴的なのは目の下にくっきりと浮かんだ隈だった。
覇気がなく、歩き方も覚束ないものだがこの場にいる誰もがその容貌を知っている――
「令音……さん……?」
「ああ、そうだよシン」
現れたのは<ラタトスク機関>で解析官をし、夕陽の雷撃によって<フラクシナス>ごと消されたはずの――村雨令音だった。
その容貌に夕陽も驚く。
「ど、どうしてあなたがここに……?」
「やあ夕陽、久しぶりだね。五年振り、と言ったところか」
夕陽も令音のことを知っていた。
五年前に果てしない心の闇に落ちそうになっていた夕陽に声を掛けてくれたのも、今回の世界の修復方法を教えてくれたのも、令音だった。
何一つ変わりないその容姿だが令音の周りに浮遊しているのは無数の
「それは……」
それぞれ別の輝きを放つ
「八舞、美九、四糸乃、二条、折紙のものさ。そして七罪のを含めれば六つ。十香、琴里、夕陽、狂三、君達から
「あなたは一体何者ですの……?」
あれだけ殺意に満ちていた狂三は一旦冷静に心を静めれば問いかける。
この質問に対し令音はあっさり答えた。
「君の仇、だよ狂三」
「――ッ!! 『始源の精霊』……ッ!!」
狂三がずっと追い続けて復讐を誓った相手――『始源の精霊』。
精霊全ての元であり、この世界に精霊というものを生み出した元凶が目の前に現れたのだ。
二条は言っていた。精霊では絶対に『始源の精霊』には敵わないと。
それを知っていてなお狂三の瞳に再び憎しみの炎が燃え上がる。
構わず、令音は言葉を続ける。
「これまで君達はずっと私の手のひらだったということだ。誰もかもが私の思い通りに動いてくれた。本当に感謝するよ。君達も知りたいだろう? 君達が何者で、どうしてこんなことになっているかを」
「知るかよそんなこと……ッ!」
いつもの物静かで冷静な雰囲気を漂わせる令音はやけに饒舌に話すが身体の痛みに苛まれながらも夕陽は立ち上がる。
バチバチと霊力を電気のように迸らせ明らかな敵意を令音に向ける。
「七罪を返せ……さもなくば殺す!!」
「血の気が多い子だ」
「【
腕に纏われた雷撃は螺旋状に絡まり合いながら莫大な雷の槍となって令音に向かって放たれる。
触れるだけで塵も残さない威力を秘めた一撃に令音は首を横に振るえば手を前に翳す。
雷撃の槍は遥か後方まで貫き、砂埃を巻き上げる。
「はぁ……はぁ……どうだクソ野郎。これで――」
「どうにかなるわけがないだろう」
令音の姿が砂煙で見えなくなったと思えば夕陽の身体が震える。
見れば黒い鎧に包まれた尻尾のようなものが夕陽の身体を霊装などまるでなかったかのように突き刺していた。
「夕陽っ!!」
「ち、くしょうが……」
士道が声を掛けるも夕陽の身体は光の粒子となって消えていく。
最期に夕陽は力なく夕騎の方へ手を伸ばすが儚くその手は消えていき、夕陽は完全に光となって空へ消える。
残されたのは黄色の
その
そして砂煙を引き裂き現れたのは――
「黒い……ドラゴン……?」
「ああ、これこそ<精霊喰い>の真の姿さ。私がずっと夕騎に預けていたものを返してもらったのさ」
地に四足をつけ、士道達の目の前に降臨したのはまさに
一○もの尾を生やし、全身を包むのは夕騎が身に纏っていた【
「<
令音を守るように佇む<
「さあこれで話を聞く気になったかな?」
「……あなたの言い分に興味なんてありませんわ。わたくしにとって重要なのは、あなたがわたくしの大切な人々を殺したことのみですわ!!」
靴底を地面に叩きつけるようにして一歩前に出た狂三は両手に歩兵銃と短銃を構え、その背後に巨大な時計を顕現する。
「<
大きくその
「これは<
「わたくしが今までに受けた痛みを、憎しみを、まとめてあなたに返して差し上げますわ……ッ!」
如何に<
狂三は<
「<
永きに渡る因縁にこれで決着をつける。
狂三は鈍重な引き金を引き、放たれるは狂三の全てを込めた一発の弾丸。
令音に向かって一直線に突き進み、ただの弾丸に見えるが令音にはその一弾に秘められた威力を知っている。
「受けたらひとたまりもないな」
だが、それは――
「
<
しかし、それだけだ。
本来なら狂三が今までに受けた全ての傷を相手に与えるはずなのだが敵は平然と立っている。
「ど、どうして……?」
「<
「そんな……」
全てを捨てて挑んだというのに。
今までの想いを全て込めたというのに。
一切通じなかった。
その事実が狂三の身体に重く圧し掛かり、狂三の身体は次第に脱力して地面に座り込む。
「一体何のためにわたくしは……」
「母なる私の元へ帰って来るといい」
<
地面を砕きながら突き進む死の化身に狂三は抗うことをしない。
すでに心が折れ、その目からは光が失われていた。どうしようもない力を前に抗う気力を失ったのだ。
それでも――必殺の一撃から狂三を庇う者がいた。
「……ママ、大丈夫?」
「き、ざし……?」
血で染めたかのような長い髪を揺らし、盾になるようにしてその少女は狂三を庇う。
その少女は狂三が利用し切り捨てたはずの兆死だった――