デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第九八話『守るべき意思』

 

 「<土寵源地(ゾフィエル)>――【巨岩掌(ハントマーノ)】」

 城内から追い出され今もなお突き進む白盾の中にいた零那は城から出たのを感じると大地が隆起し、土の槍とはまた別の形となって巨大な掌が白盾を受け止める。

 続き隆起した大地は拳を作り追ってくる零弥に無数に放つ。

 追う零弥はすでに<土寵源地(ゾフィエル)>が大地を操る能力であることを知っている。

 驚くこともなく冷静に白盾を複数顕現して迫る拳に打ちつける。

 一撃一撃が鈍重な音が鳴り響けばそのうちにも零弥は零那を今も閉じ込めている白盾内に砲身を顕現させる。

 しかし砲身を顕現したものの霊力を撃とうとするがどうにも白盾が動かない。

 ――<土寵源地(ゾフィエル)>は大地を操るだけじゃない……?

 囲んでいた白盾はそれぞれ分けられ、中から無傷の零那が現れる。

 見れば白盾は零那の周りを土の手で握り締められながら浮遊しており、すでに囲んでいた白盾の操作は零那に奪われている。

 「零那、確かめたいことがあるの。聞いてくれないかしら?」

 「……話すことは何もない」

 零那は零弥の問いかけに答えず奪った白盾の砲身を顕現し、会話を拒絶するように霊力を撃ち出す。

 撃ち出された砲線の色は零弥のものとは違い、零弥はそれらを自らの白盾の砲線で相殺していく。

 零那に乗っ取られた白盾を見てみればまるで血管が広がるようにして霊力の線が広がっている。おそらくあれが白盾を乗っ取っているのだろう。

 さらに目を細めてみれば土の手も大地にも同じような霊力の線が広がっており、零弥は確信する。

 ――<土寵源地(ゾフィエル)>の能力はそもそも大地を操るというよりも……霊力を通じさせたものを操ると言った方が正しいわね。

 霊力を流せば操れるのだから能力圏内の大地の上に立つ零弥の身体はいつでも操れるはずだ。

 出来るならば零那なら一切容赦なくそうしているだろう。しかしそれをしないということは出来ない、ということだ。

 戦うには充分過ぎる情報だ。それを踏まえた上で零弥は戦える。

 だが零弥の目的は零那を倒すことではない。聞かねばならないのだ。

 「私にはあなたの声が聞こえたわ。夕騎の願いが叶ったとしても夕騎は報われないと、夕騎だけがいなくなってしまうと。それは一体どういうことなの?」

 「…………」

 その問いに零那は黙り込む。

 どうしてそんなことを知っているのかわからないが零弥と零那は繋がっている。

 ふとした拍子に零那の中にあった感情が零弥に流れたのだろう。

 「……そのままの意味。夕騎には夕騎の『目的』がある」

 「それで夕騎がいなくなってもあなたはいいって言うの!?」

 「私は夕騎を守るためだけに、夕騎の願いを叶えるために、ここにいる。だから夕騎が本懐を果たせるのなら、私はそれでいい」

 「夕騎がいなくなったらどうする気?」

 「私に生きる意味をくれたのは夕騎。彼がいなくなれば私が生きる意味がなくなる。黙って消える」

 静かに言う零那には覚悟と共にどこか諦めがあった。

 何があっても夕騎に止まる気はないと知っているから零那は尽力を尽くして夕騎を支えようとしているのだ。

 それでも零弥は納得出来なかった。拳を握り締め、怒りを露わにする。

 「本当は夕騎にいなくなって欲しくないと思ってるのにどうして止めないの!」

 「それが彼の意思だから……想いだから、最期の願いだから……。私の意思なんて、関係ない……ッ!」

 静止していた大地が再び動き出す。

 土の槍が、拳が、幾多もの武器となって零弥に襲い掛かる。

 『個』を守る精霊、『群』を守る精霊。

 それぞれ守るべき対象は同じだった。

 だが明確に違うところがある。

 片や己の想いを殺してでも守るべき者の意思を汲んで遂行するか。

 片や他のため己のために守るべき者の意思を殺してでも阻止するか。

 その違いだった。

 これ以上話しても会話は平行線。零弥は胸の奥に突っかかりを感じるがもう零那とは戦うしかないと感じた。

 無論零那もそのつもりだ。

 「夕騎に精霊(あなた)を近づけさせない。精霊(あなた)が夕騎に会ってしまえば躊躇いを生んでしまうかもしれない。だから――私が排除する」

 「私は必ず夕騎に会う。そして彼を必ず止める。その時は――あなたも一緒よ、零那」

 <聖剣白盾(ルシフェル)>と<土寵源地(ゾフィエル)>。

 互いに譲れないものを持って両者はぶつかり合う――

 

 ○

 

 「シドー、もう少しだ!」

 「ああ!」

 狂三達がいる『時の間』から突き進む士道達の先に一際大きな扉が現れる。

 その扉は前のように〈鏖殺公(サンダルフォン)〉で吹き飛ばす必要はなく十香達が接近すれば自動的に開き、中へ誘う。

 「――ようこそ五河士道、夜刀神十香。待っていたよ、いやホントに」

 士道と十香の侵入を快く迎え入れたのは玉座に雄々しく座った夕陽だった。

 その近くには士道が見たことがない精霊と何か妙な装置に閉じ込められた琴里。

 そして――

 「夕騎……」

 片腕もなく、右眼には義眼を埋め込んだ夕騎がいた。

 その手にはすでに長剣が携えられており、その双眸からは士道達に対する敵意が見られる。

 しかし誰であろうが止めなければならない。士道はその覚悟をしてここまで来たのだ。

 「夕陽、俺達はお前達を止めにきた」

 「へぇ、でもさ。もし仮に私達を止めたとしてどうするつもり? もう地上には誰もいない。そっちは知らないだろうけど八舞も四糸乃も美九も折紙も二条も真那も<フラクシナス>にいた連中もみぃんないないんだよ? 何のために戦うの? 戦って意味はあるの?」

 「……シドー、迷うな。シドーは憎しみで動く夕陽を止めたいと思った。それだけで充分だ。後のことなど夕陽を倒した後で考えればいい」

 「極論だねぇ、でもそれって問題の先送りだと思うけどね。流石バカの言うことは違うよ」

 「だったら、未来も見ずに自分の都合だけで全てを作り直そうとしている貴様は大馬鹿者だろう」

 「……言ってくれるじゃん」

 きのの時のように舐めた真似はしない。

 玉座から降り立てば拳を握ったり開いたりし、戦闘準備を万端にしていけば七罪がやや心配そうな表情で目をやる。

 その視線に気付いた夕陽は七罪の頭を撫でる。

 「大丈夫、私は負けない。何てったって私は最高最強だからね」

 安心させてやるつもりが七罪はそういうことを聞きたかったのではなくむしろ何か夕陽に伝えようとしていたのだが夕陽はジャケットを脱ぐとそのジャケットを七罪に被せる。

 「うわっ!?」

 「持ってて、それ戦闘になると邪魔だからさ」

 ジャケットを脱げば両袖がないボディスーツが露わになり、上半身にバツ字で巻きつくベルトがその姿を見せる。

 バチバチと電気の如く霊力を迸らせ夕陽は十香と相対する。

 「さあこちらは準備万端だよ、そっちは?」

 「無論だ」

 互いの間合いまで接近した二人は短く問答すれば拳を振るう。

 拳が合わされば雷鳴の如く轟音が鳴り響き、衝撃は地震のように城内に轟く。

 余波だけで吹き飛ばされそうな士道は何とか踏ん張りつつも夕騎を見る。平然と佇む夕騎は<ナジェージダ>ではない別の長剣を携えており、鞘から引き抜けば余波で飛んで来た七罪を受け止める。

 「七罪、頼む」

 「……ほんとにいいの?」

 「ああ、やってくれ」

 何か段取りを企てていたのか夕騎がそう言えば七罪はやや気は乗らないが<贋造魔女(ハニエル)>の鏡からの光を二人に当てる。

 「<贋造魔女(ハニエル)>――【幻想世界(イリュジオン)】っ!」

 士道と夕騎、二人は<贋造魔女(ハニエル)>の光に飲み込まれていく――

 

 ○

 

 「何だここは……?」

 士道を視線を彷徨わせれば周りには街の光景が広がっていた。

 その光景には士道も見覚えがある。十香達と良く来ていた商店街の一角だ。

 見れば塗装の脆い箇所や街の雰囲気、細かいところまで再現されているものの士道にはこの風景が模造品であることがわかった。

 「ここは七罪の<贋造魔女(ハニエル)>で再現したところだ。この世界自体が<贋造魔女(ハニエル)>で作られているんだが大事なのはそこじゃない」

 「夕騎……」

 士道から二メートルほど離れた先に夕騎はいた。

 その表情に感情は一切なく、今まで共に過ごしてきた夕騎とはまるで別人のように冷静な声音だ。

 「この世界では俺とお前に実力差はな(、、、、、)()。そのまま戦っても俺の勝利しかないからな、ハンデだ」

 「……お前は一体何がしたいんだ?」

 「精霊を救う、そして精霊が永久(とわ)に幸せに暮らせる世界を作る」

 「<ラタトスク>はそんな世界を作るための組織だったんだろ! <ラタトスク>じゃそれは無理だったのか!?」

 「それは違うな。<ラタトスク機関>は精霊の保護機関であっても、どれだけ創設者が精霊の幸せを望もうとも、ついてくる人間は野心に満ち溢れていた」

 夕騎は知っている。

 確かに<ラタトスク機関>創設者のウッドマンは精霊の幸せを願っていただろう。

 だが琴里にいつも指示を出している他の円卓の人間達はそんな考えを持っていなかった。

 ある者は霊力を封印しても精霊を危険視し、霊結晶(セフィラ)ごと殺し尽くそうと目論み。

 ある者は上納される手筈の霊結晶(セフィラ)で兵器を開発し、自分だけが利益を得ようと目論む。

 そんな汚い連中で溢れていた。

 「力を知れば知るほど人間は情を忘れ、非情になり、自分の利益しか求めなくなる。そんな人間が溢れている場所で精霊が幸せになれるわけがない」

 「だからって自分の都合の悪い人間を皆殺しにして世界をやり直すなんて間違ってる!!」

 「間違いだろうが何だろうが最後に立っている力のある奴が正しいんだよ……ッ! ウェストコットやエレンだけじゃない。今の世界には精霊の『敵』が溢れすぎている。だから俺はそんな奴らがいない世界を作るんだよ!!」

 「零弥達はそれをいつ望んだんだよ!!」

 「望もうが、望んでなかろうが関係ない。俺は精霊のために多くの人間を殺した!! かつての友を殺し、師までも殺したようなモンだ!! 俺の命を救ってくれた恩人も、自分の人間性さえも殺した!! お前は十香達のために誰かを殺したことはあるか? ないだろうが!! 汚れる仕事は全部俺がしてきたんだからよォ!!」

 夕騎の後ろに這い寄るのは今まで殺してきた者達の死の影。

 そして言葉に怒気を含む夕騎の右眼の義眼が異様なほど赤く光り輝く。

 「俺にはもう時間がない(、、、、、、、、、、)精霊(あいつ)らにしてやれることはもうこれしかないんだ。俺がいた証を……残すんだ!!」

 「俺は……ッ! お前達を止める、そのためにここまで来たんだ……ッ!!」

 「だったら剣を抜け。ここでは『覚悟』が勝敗を決める。お前の覚悟を俺に見せてみろ!!」

 士道は宙を掴む。

 何もないはずがそこから引き抜かれるのは士道の想いが込められた――〈鏖殺公(サンダルフォン)〉。

 裂帛の気合いが込められた二つの斬撃が今ここにぶつかり合う――

 

 ○

 

 空を舞うのは岩石を切り取って出来た無骨な岩片の弾丸。煌びやかな光を放つ聖剣。

 零那と零弥の激突は拮抗したものだった。

 <土寵源地(ゾフィエル)>が霊力を物体に侵蝕させて操るならば完全に侵蝕される前に消せばいい。

 <聖剣白盾(ルシフェル)>はその点において他の天使の追随を許さない。

 聖剣を岩片にぶつければ侵蝕し尽くされる前に聖剣を消し、その先で新たに顕現する。

 だがその手数に追いつくのが<土寵源地(ゾフィエル)>だ。

 どれだけ零弥が手数を増やそうともその分零那も手数を増やす。

 「まるで『自分』と戦っているようね……ッ!」

 「…………ッ!」

 拮抗した状態に終止符を打つために零弥は賭けに出るために前に出る。

 零那もそれを知ってのことか危険を顧みずに零弥と全く同時に前に出る。

 

 「【花弁綻ぶ明星の剣(ダイト・フロウ・ルシファー)】!!」

 「【大地滅ぼす原初の剣(ダイト・フレム・ゾフィエル)】!!」

 

 互いの最も威力を持った全力の一撃がぶつかり合う。

 その一撃が合わされば人工島を駆け回り、いとも容易く引き裂いていく。

 大地が抉られ割られ溢れ出す溶岩が空を舞い、余波で雲が消し飛ばされる。

 「は……っ!」

 「ぐ……っ!」

 ぶつかり合い互いに全力の想いを込めた一撃は相殺に終わり、砕かれるそれぞれの天使。

 衝撃で霊装が裂け身体から血が出ようとも二人は倒れようとはしなかった。倒れる寸前に足を地面に食い込ませるように地面に叩き込み、堪え、次には拳を放つ。

 互いの拳が頬に吸い込まれるように直撃し、仰け反ってもまた二人はぶつかり合う。

 二人共譲らなかった。

 何度も拳を打ち合い、どれだけ打ち込まれても倒れなかった。

 足下が覚束なくなっても、拳の威力が弱まろうとも、二人は止まらない。

 「夕騎は……死なせない!」

 「夕騎は願いを、叶える……。満たされて、最期を迎えるんだ……ッ!」

 最後に放たれた拳は互いを掠めるようにして逸れていく。

 勢いのまま二人は前に倒れ、額が触れ合いそのまま膝をついていく。

 荒げる息を上げる二人は間近で目を合わせ、地面に崩れ倒れる。

 倒れてなお二人は土を掴み、震える足で立ち上がっていく。

 「……私達は、似ているはずなのに正反対なのね……」

 「……相容れない。私は、私は……」

 零弥は<聖剣白盾(ルシフェル)>を顕現するも顕現された聖剣は刃もボロボロに崩れ、元の煌びやかさなどなく錆びているかのような暗色ですぐにでも崩れ落ちる。

 零那も<土寵源地(ゾフィエル)>を顕現するが細剣(レイピア)の切っ先はあらぬ方向に折れ曲がっており、霊力を張り巡らせようとしても上手く張り巡らせることが出来ない。

 互いに攻撃の一手をなくそうともその目から闘志は消えない。

 「まだ、終わりじゃないわよね……?」

 「……無論」

 弱っているというのにそれでも戦うことをやめない二人に霊力が渦を巻いて眩い光を放つ。

 消えない闘志が新たな奇跡となって顕現する。

 「<神剣星聖・零の極(ルシフェル・アラディアータ)>」

 零弥の霊装は全て修復され舞踏会に出るのかと言わんばかりに豪華絢爛なドレスへと変化していき、肩や腕に纏われるのは新たな篭手。篭手から飛び出す刃には紋章が全体に刻まれその剣は金の炎を纏う。

 「<岩寵祖武・零の極(ゾフィエル・パーラスト)>」

 零那の霊装もまた修復され背中に纏わりつくのは銀の岩石。張り付けば翼状に展開し、排気口らしき箇所からは光の粒子が噴き出す。

 さらに零那の周りには銀の岩石で形成された砲台のようなものが宙を浮遊し、照準を零弥へ定めている。

 携えられるのは零弥と同じく紋章が全体に刻まれた大剣。その大剣もまた銀の炎を纏う。

 「ふふ、どこまで行っても私達は似てるわね」

 「…………」

 剣から噴き出る炎を見ればどこまでも自分達は似ているのだと零弥は笑むが零那はどこまでも戦いに集中しているために口を開かない。

 <聖剣白盾(ルシフェル)>は進化したことによって盾と鎧をなくしたが零弥にとっては充分だった。

 盾も鎧も、自分を守るものはもう必要ない。誰かのために振るえる剣があればいい。

 <土寵源地(ゾフィエル)>もまた進化したことによって霊力を気脈のように通じさせて大地を操れなくなったがこの人工島が浮遊しているということはまだ効果が続いているのだろう。

 それだけ知れれば充分だった。

 あれだけ受けた傷は天使の進化によって完治した。あとは全力をもって相手を凌駕するだけだ。

 片や地を蹴り、片や排気口から光の粒子を噴出して肉薄する――


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