デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
『〈フォートレス〉は十香よりも警戒心が高いから私たちとの連絡は細心の注意を――』
「楽しんで参ります!」
士道が精霊である十香の霊力を封印した次の日。休日もあってか来禅高校に来るのは部活動の者たちだけ。夕騎はその来禅高校の正門付近を私服で歩いていた。
『あのねぇ今日は楽しむのもいいけど〈フォートレス〉の霊力を封印することが目的、それを理解しているの?』
「ああ、わかってるっつーのん。士道のでヒントっつーか答えは得たからな。俺でも封印できる、うんたぶんな」
『試してみないとわからない……か、まあいいわ。やるからには全力でサポートするわ。行ってきなさい』
「うん、行ってくる」
「誰と話していたの?」
琴里との会話に夢中で背後からの人影にまったく気付かなかった。恐る恐る顔を俯かせ下を見ているとそこには西洋剣の刃があり、背後からは剣呑としたオーラが感じられる。
姿を見てはいけないという
「来てくれたんだな零弥フゥウウウウウウウウウウッ!」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいから叫ぶのはやめなさい! 約束なんだから守るのは当然よ」
零弥は言いながら西洋剣を消す。それからくるりと身を翻すと、
「行きましょう、話は歩きながらにするわ」
「その前に後ろから抱きついてイイっスか記念に!」
「……何の記念よそれ」
顔を合わせていたのならば間違いなくジト目で見られていただろうが夕騎は無垢な眼差しで零弥の背中を見つめる。
――どうしたものかしら……。
考えてみればこれは彼が所望したデート、ならば彼の要望をできるだけ叶えるのが筋なのでは?
「少しだけならいいわ、どうぞ」
自分の中で答えを出した零弥は肘から両手を挙げて許可を出すと夕騎はわぁ……と瞳を爛々と輝かせて勢いよく抱きついてくる。こうして密着してみると夕騎の身体は何かと筋肉質で感触も零弥も悪くないと感じてしまう。
「くんかくんか」
「そうやって私の髪の匂いを嗅ぐのは禁止」
「おぅふ」
夕騎は女の子に抱きつくのがこれで初めてである。女性は男性と違って独特の柔らかさを持ち、匂いも何だか甘く、上手く言えないが捕食感を煽ってくるというか甘噛みしたくなってくる欲求に駆られる。精霊だからその点は余計に感じるのだろう。
「そろそろ行きましょう、抱きついているだけで一日が終わってしまうわ」
「はッ! あまりにも心地良くてすっかり忘れてた」
零弥を抱きしめている手を名残惜しそうに放すと先に進んでいく彼女のあとを追って夕騎もついていく。その光景はまさに行進のようでこれがデートと呼べるかは不安だ。
「もう不安でたまらないわ、これから先大丈夫かしら」
「……いまのところ心配な点は特に見られない。むしろ零弥の数値はユキが抱きついた時に少し上昇を見せたほどだね」
モニターでは夕騎と零弥が行進するように大通りに移動していく姿が見える。この場所は士道のデートの際にも利用された場所だ。
『結局、さっきのは誰と話していたの?』
『ん、友達だな。何せ初めてのデートなモンで拙者、緊張しているで御座候』
『でも携帯電話のような類のものを持ってなかったわ』
『インカムで話てんだよ、ほらコレ』
と、言って夕騎は精霊に対して秘密であるべきインカムを堂々と耳から外して前を進んでいる零弥に肩越しで渡す。琴里も慌ててインカムとのマイクをOFFにして難を逃れる。
「いきなりびっくりするじゃない!」
「でもあんな簡単に渡して良かったのか?」
今日は士道も〈フラクシナス〉の艦橋にいてメディカルチェックの間に夕騎のデートを見守ることになっている。少し癪なものなのだが夕騎にとって士道は精霊とのデートにおいて先輩なのだ。
「〈フォートレス〉の場合はそれで正解かも。さっきも言ったけど零弥は十香よりもはるかに警戒心が強いわ。だからなるべく警戒心は薄れさせてもらわないと」
「……ユキにはひとつ攻略において重大な欠点がある。人間性などではなく、シンプルにASTに出向している立場だ。それがもしもバレれば――」
「零弥から攻撃を受ける……ってことになるんですよね」
「……その通り、だからこそ零弥の力を封印するまで絶対に秘密にしておかなけれならない。これが今回の作戦の肝とも言える」
「何にせよ、見せてもらうしかないわ。〈ラタトスク〉対精霊用交渉人
「まるでイヤホンの先のようね」
「これが意外と高性能なんだよ、てか俺さ。この街のこと全然知らねえんだけど……」
「……デートに誘っておきながら無計画なのは良くないわ。まあいいわ、今日はあなたのためのデートだから――」
「ちょっと待った。俺のためだけのデートなんて言い方はやめよう。今日は精霊を守ることを忘れて一緒に楽しもうぜ、零弥」
いつもはふざけた口調で話すのにこういう時だけ急に真面目なトーンで話されると零弥は内心で驚いてしまう。どうたとえれば良いのかわからないが、とにかく心がギュッと締めつけられるというかとにかく形容しがたい感覚に陥るのだ。
「返すわ」
「ん」
この気持ちは何なのかイマイチ理解できない零弥はとにかくインカムという機械を後ろに手を回して渡すと今度は手と手が触れ合う。
「……ッ!?」
変に夕騎を意識してしまっているせいなのかまたギュッとする感覚に心が反応する。
――落ち着きなさい、私。こんなので惑わされていたらもしもの時に〈
心臓の鼓動が何故かやけに速く思える。
――もしかしたら……私は緊張しているのかしら? 確かに私もデートは初めて、いいえ一生することがないと思っていたわ。なるほど、だから緊張していたのね。この気持ちは緊張、何か問題を起こす前に解決して良かったわ。
自らの疑問を解決した零弥だったがここで早くも問題が起きる。
「夕騎、あなたはどこへ行きた……夕騎?」
いままでは背後に気配があったのだがすっかりなくなっている。インカムを手渡した時はきちんとついてきている気配はあったはずだ。
思案に暮れている間にはぐれてしまったのか。振り向いて周りを見てみればいつもよりも人通りが多く(零弥は休日というものを知らない)、夕騎の姿はどこにも見えない。
「もう何してるのかしら!」
半ば苛立たしげに来た道を戻っていく。すると自然に大通りを訪れていた人たちの視線が零弥に集まる。
零弥の格好は来禅高校で夕騎と会った時と同じもので霊装のように目立ったものではない。
それは彼女の容姿が周りを魅了して惹きつけてやまないほど整っているせいなのだが、いまとなっては煩わしいだけだ。
「デートを望んだ方が迷子ってどういうことよ……!」
その姿はまさしく迷子になった子を探す母親そのものだった。
来た道を戻っていると迷子になっていた
「デートをしたいと言いだしたのはあなただというのに何をしてるの?」
「あ、零弥見てみろよアレ。何か変な格好したおっさんが何か作ってる」
近づいて問いかけてみると、もう子供としか思えないような説明だったが彼の視線の先には
「おおすげえ、無駄にすげえ」
「バルーンアートってものね。私が見た限りでは幼児向けのものだったはずだけど」
「……あら恥ずかしいざます」
「もうはぐれちゃダメよ」
「大丈V!」
「心配で仕方ないわ……」
「ならば手を繋いどけば問題なし!」
不意に夕騎は零弥の手を優しく握る。夕騎の案に一理あると思った零弥は相手に合わせて握り返す。強引な気もするが彼女は気にしておらず、むしろこれ以降迷子になられる心配がなくなると安堵の息を吐くほどだった。
「それじゃあ改めてスタートしようか!」
「誰のせいで中断してたか教えてあげたいけど今回は許すわ、すぐ見つかったし。人通りも多いみたいだから放さないようにね」
「わかってますって!」
「主導権が相手に変わって攻略する側がされる側みたいなことになってるじゃないの!」
〈フラクシナス〉艦橋にて琴里は咥えていたチュッパチャプスを噛み砕く勢いでツッコむ。夕騎も普通に初デートを楽しんでいるようでインカムをポケットに突っ込んだまま装着すらしていない。これでは夕騎との連絡が一切取れない。
「……落ち着きたまえ。デートは順調に進んでいるじゃないか。ユキの精霊に対する積極性もあってか手も繋いでシンの時よりもスムーズに進んでいると思うよ。好感度的にも申し分ない」
「すいません手際が悪かって……」
「……君を責めているわけではない。互いの性格が違うのだから手順に差もつくのは当たり前だと言える。だがしかし、比較対象がなければユキが能なしのように扱われてしまう可能性を考慮したんだ」
「とりあえず夕騎くんにインカムを装着してもらわないと通信の手立てがありませんね。あ、昼食のためにハンバーガーショップに入ったようです」
デートも中盤に差し掛かったのか夕騎たちは昼食をとるために近くにあったハンバーガーショップへ足を踏み入れる。
無論そこにも〈ラタトスク〉のクルーたちを配置しており、ここでインカムを耳元につけるように催促できれば僥倖だ。幸い零弥は先に席を取っておくように言われ、夕騎から離れている。
『ハンバーガーセット二つで、ジュースはコーラと……零弥は何がいいんだろ?』
①夕騎と同じコーラ。
②彼女の雰囲気からしてコーヒー。
③本人に聞きに行く。
「もう! 何でこんな時にこんなどうでもいい選択肢が出るわけ!? ――総員選択!」
琴里の号令とともに選りすぐられたクルーたちが飲み物を決めるために手元のボタンを押していく。
「これは断然②ですね、何故な――」
「はい②よ! 勧めて!」
『それならばコーヒーなんてどうでしょう?』
『ん、じゃあそれで』
『かしこまりましたー』
「『かしこまりましたー』よりもインカム!」
ハンバーガーショップ店員の一人が奥で準備しているクルーたちに代わって懸命に耳元に向けてサインを送るが、夕騎はクルーだと気づかずにひたすら怪訝そうな表情をしている。
「もうバカ! 何で気づかないのよ!」
「……あまり待たせては怪しまれる。現に彼女は座ってる席からユキたちの様子を見ている。これでは下手に耳打ちもできない」
「本当に手ごわい精霊だわ〈フォートレス〉……」
「ハンバーガー……食べるのは初めてね」
「俺は五年振りくらい? 色々あってこんなファーストフードを食えなかったぜ」
零弥は物珍しそうにトレイに乗っているハンバーガーを見つめ、やがて包みをめくって小さく口を開けて食べ始める。
と、言っても彼女とは逆に向いている夕騎には食べている様子は微塵も見えないのだが。
「夕騎が飲んでるものは何?」
「ん、コーラ。人間なら一度は飲んだことがある炭酸飲料だよん」
今度は夕騎が飲んでいたコーラに興味が出たのか零弥の視線が夕騎のコップに向いた、気がする。
「零弥はコーヒーがイイかなって思ったんだが飲んでみる?」
「ええ。人間全員が飲んでるのなら味が気になるわ」
「どぞ」
手探りでコップをトレイごと零弥の方へ押す。零弥は受け取ったコップのストローを何の躊躇いもなく啜ると、途端に怪訝そうな表情になり、感想を述べる。ここで間接キスが行われてしまったのだが互いに気づいていない。
「不思議な味ね、喉元が焼けるみたい」
「おいおい言い方悪いぜ零弥。世の中にはこれを燃料にして動いてる
「それは素直に凄いと思えるわ」
「だろ?」
そして二人は昼食を終え、店内から出ていく。結局、インカムは着け忘れたままで琴里たちは夕騎と直接連絡ができないままだ。
「ねえ夕騎、あなたは本当にASTの一員じゃないのよね?」
とうとう顔を見なければ隣を歩いていいとまで許可を貰った夕騎は改めて確認してくるように言う零弥ににかっと笑みを浮かべながら答える。
「違う違う――俺は嘘はつかねえからな」
――ASTに出向ってことになってるし正式なASTの一員じゃねえからなぁ。大体、いまは〈ラタトスク〉メンバーとして、一人の男としてデートしてるワケだし。うん。
「そう。それなら良かった、本当に」
夕騎には見えないところで零弥は顔を俯かせ、数瞬だけ口元が緩んでしまう。
彼女から見て夕騎は邪険すべき相手ではない。敵対すべき相手でもない。それに――
――彼といるのも悪くないわ。
まだ途中だが今日のデートでわかったことと言えば夕騎には真面目なところもあれば逆に子供っぽいところもある。
そんな夕騎が言っていた精霊を守る以外に自分のやりたいことを見つけて欲しい。
本当にもしかしたらの話だが見つけてしまったのかもしれない。
「お、露店か」
また思案に暮れていると夕騎がアクセサリーが売っている露店を発見する。手を繋いでいなければ見失って再び迷子になっていたかもしれないが、今回はその心配は無用だ。
「お二人さんはカップルかな?」
「友達以上親友未満です!」
「それなら普通に友達って言えばいいじゃないですか」
近寄ってみると店主が気づいたのか二人に話しかけてくる。夕騎ですら気づいていないがこの店主は〈
「……、」
店主と夕騎が会話していると零弥は並べられている品々の中で金属製のブレスレット二つに目を向けていた。『カップルにオススメ!』などと書いていたが、片方には白の宝玉、もう片方には黄の宝玉が埋め込まれていて何とも綺麗なブレスレットだ。
「ん、欲しいのか?」
「い、いえ、何でもないわ」
「これくださいな」
「ありがとうございます!」
零弥が断ろうとしたのだが結局、夕騎は値段など意にも介さず会計をしてしまってブレスレットを両手に持って言う。
「どっちがいい? 両方あげるつもりだったけどペアものらしいから一人で二つ着けるのはおかしいってさ、だから選んでくれ」
「……白がいいわ」
「ほい」
「……ありがとう」
移動しながら白のブレスレットを渡されるとせっかく貰ったので早速、右腕に着けてみる。夕騎はそれと対になるように左腕にブレスレットを着ける。こうして見ると本当にカップルのようだ。
気づくと周りに居た大勢の人間たちがいなくなっている。何故かは不明だが、この機会は逃すべきではないと思った零弥は夕騎に話しかける。
「ねえ夕騎――ひとつ聞いて欲しいことがあるの」
デート中にずっと抱いていた気持ち。これは緊張から来るものだと零弥は結論づけていたが、どうやら違ったようだ。
ようやく気づいた気持ちを伝えるのは早い方がいいと思った零弥が口を開こうとした瞬間、
『夕騎、上よッ!』
それは酷く見覚えがある。
ASTのミサイルが、夕騎と零弥を目掛けて飛んできた。
琴里が異変に気づいたのはつい先ほど。
大通りを歩く一般市民が妙に慌ただしく去っていく光景を見てからだった。それも空間震警報は発令されていないのにも関わらずだ。ならばどうして?
疑問はすぐに解決される。携帯電話に直接メールで空間震警報が秘密裏に出されていた。しかもマナーモードにしていてもバイブレーションですぐに気づくように仕向けられていたのだ。
何故こんな手間のかかることを? 簡単な話だ。静粛現界した精霊を不意打ちで仕留めるためだ。十香の件から今日は特に観測機を回していたであろうASTに〈フォートレス〉の存在を勘づかれた。
――はっきり言って舐めていたわ、まさかこんな作戦を取ってくるなんて……。
今日の夕騎はインカム以外に支給されている携帯電話を持っていない。それを知らない上での警報。当然、零弥も気づくわけがなかった。
――〈精霊喰い〉は死なないと思ってこんな無茶な作戦を!
「夕騎、上よッ!」
ASTの反応が夕騎たちの頭上に現れていたのでもうなりふり構っていられない。琴里はマイクを使って夕騎のインカムに叫ぶ。
「仕留めたかしら……?」
現場指揮をしているASTの隊長格である燎子もこの作戦には無茶があると思ったが上からの命令には逆らえなかった。
――一般人の被害は何とか済んだけどさすがに無茶しすぎよ。
地面にはミサイルによっていくつものくぼみが生まれモクモクと黒煙が上がっている。〈精霊喰い〉もろともだったが夕騎は生きているのだろうか。上司は「負傷手当出せば大丈夫でしょ」などと抜かしていたが本当に重傷だった場合それだけでは済まされない。
すると先ほどまでは地上にいたはずの夕騎が〈フォートレス〉を抱えて建物の屋上に立っていた。ミサイルの飛来に合わせて彼女を抱えて跳躍したのだろう。人間離れした身体能力と様子から見て夕騎に異常はない。おかげで霊装を着ていない〈フォートレス〉さえも無傷だったが。
不意打ちは見事失敗、だが燎子から見て夕騎の行動は実に不可解だ。
「どうしてASTの一員であるあなたが〈フォートレス〉を庇っているの!?」
それは今回の〈フォートレス〉攻略において禁句だった。
「ぇ……」
零弥の声は自然と小さくなっていた。
そして思考が追いつく前にはすでに行動に出ていた。
いままで行動をともにしていた夕騎を突き飛ばし、何か反応を示す前に自らの武器である天使を、装飾が凝られている西洋剣を顕現し、躊躇もなく彼の身体を切り裂いた。
「……嘘つき」
混乱する頭の中で唯一絞り出した言葉が、それだった。