デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
第一話『精霊喰い』
――その時、彼の全てが変わった。
彼は特別な力を持っていた。
その力とは、人類から特殊災害指定生命体として天敵とされている精霊を殺すためだけに特化した牙の事だ。
特に夕騎の出自には特別な事はない。一般家庭で育ち、そして五年前に家族を失った。
そんな頃だった。自分自身の異変に気付いたのは。
異変を感じ取った後すぐに歯が牙へと生え変わり、偶然出会ってしまった精霊に
これにより夕騎の人生は大きく変わった。
夕騎は牙による力を認められ、半ば強引にDEM社……イギリスに本社を置く世界屈指の大企業に引き抜かれては日本を去る事となった。
精霊は人類の天敵。周りはそう言うが夕騎自身はむしろ好きである。
何せ個体によって容姿は様々だが共通点としては強大な戦闘能力を持ち、そして全員が若い女性の姿をしている。
何度か対話してみた事があるが、一応会話にはなった。それをDEM社からの派遣先では躍起になって武力で解決しようとする。
ASTは精霊討伐の際にCR―ユニットというものを扱うのだが、夕騎にはユニットの使用適正が一切なく扱えない。だが、それでも戦線では陸戦用として特別製の武器が与えられている。
現れた精霊を仕留めるチャンスは何度かあったが、夕騎は全てのチャンスを精霊を逃がすために使った。
その件に関しては派遣先の対精霊部隊メンバーからも不満が多い。
「次に精霊が現れた際には必ず始末しろ。さもなくば……お前の処遇を考えなければならない」
不満の声もあってか上官からの最終勧告が通告された。
ちょうど空間震警報も高鳴り始めた。さらに精霊の反応も検出されてしまい、対精霊部隊隊員たちは上官の指示のもと各々戦闘準備へと移行していた。
そして一人の精霊と運命的に出会い、
『識別名〈ナイトメア〉、いつもの小規模な空間震とは違って今回は中規模程度です。まるで私達に何かをアピールしてるのでしょうか……?』
左耳に装着されている通信用のインカムからオペレーターの声が響く。
いつもの、と言われても夕騎は〈ナイトメア〉と遭遇するのは今回が初めてなのでいつもがどれくらいかはよくわからない。
「俺に対するラヴコールて言うなら大賛成なんだがな」
『ふざけてないで戦闘準備を怠らないでください』
夕騎はユニットが使えない分、現場までの移動は遅く、こうして出撃する時には隊員の一人に運んでもらっているのだ。
『あなたは失敗すると今後の処遇が危ういのですよ? さすがに楽観的すぎます』
「だーかーらー昔一回だけ精霊を傷つけた事はあるが、それからは全然なんだって。DEM社なんて辞めてさっさと日本に帰って普通の青春ライフでも送りたいぜ」
『あなたの「牙」が完全に解析完了して武器に運用出来るようになれば考えられるのでは?』
「いやいやー、そんな上手い具合にいかねえんだよな。抜いても削ってもすぐに新しいのが生えてくるし、武器に加工したところで結局俺が使う場合にしか〈精霊喰い〉は発動しないじゃねえか」
DEM社では夕騎が持つ特異な牙の力を〈精霊喰い〉と呼んでいる。かといって実際に精霊を喰った事はないが。
『……少し話しすぎました。もうすぐ〈ナイトメア〉と交戦中の別動隊に合流します。あなたの「武器」は着いてから投下されますので頭上には注意してくださいね』
「ひでえな。あと別動隊は俺が交戦し始めたら撤退させるか後方射撃に切り替えてくれ。味方からの不意打ちで死にたくはないからな、ははは!」
笑いながら言うが夕騎のスペックは人間よりも少し力が強いだけで他は一般人と比べて目立った差はない。
そうするうちに夕騎は隊員の助力もあって交戦中の戦場へと踏み入れていく。空間震の影響で街はそれなりの打撃を受けており、クレーターが存在した。隊員たちが足止めしているうちに市民は避難を完了し、夕騎の到着によって本格的な戦闘へと移るのだ。
「じゃあ、ここで降ろしてくれ」
「わかったわ」
『〈ナイトメア〉の犠牲者になった被害者数は一万人以上だと言われています。空間震の規模からして……直接人殺しをしている精霊と考えられます』
「戦う寸前に、そういう嫌な情報ブチ込んでくるなよ……」
隊員に空中から降ろされ、〈ナイトメア〉との遭遇寸前に不吉すぎる情報を伝えられた夕騎は苦笑しながら降りていく。
「てか、降ろされる位置ミスったァああああああああああ! この高さはマズイぞォおおおおおおおお!!」
インカムで通信しながら降りる位置を適当に指定してしまったので案外高い位置から地上に降り注ぐ結果となってしまった。
前述通り、夕騎は普通の人間とスペックはほとんど変わらない。
つまり今地面に激突すれば――比喩でも何でもなく大怪我を負う事になる。
『あなたが場所を指定したんですから頑張ってください』
「〈ナイトメア〉戦前に死んだらマジでバカだろ!? とりあえず俺の『武器』を投下してくれェええええええええ!!」
夕騎がそう叫ぶと空から棺桶のような物体が投下される。
相当な重量があるのか棺桶は物凄いスピードで落下していき、夕騎は空中を平泳ぎで棺桶に追い付いて指紋認証を即座に済ませては中身を解放する。
棺桶から取り出したのは厚みのある刃が特徴的な一本の大剣だ。大剣の名は〈ボルテウス〉。
あまりの巨大さ故に夕騎の怪力であっても容易に振り回すのはなかなか困難で、より戦闘しやすくするために刃の反対側に補助として細かいジェット噴射機構をいくつも内蔵している。
刃自体は夕騎の牙を繊細に加工して作り出したものであり、本人が使うときのみ〈精霊喰い〉の能力を発揮する。
此度は、その細かなジェット噴射機構を地面に激突する前にフル出力で噴射させて勢いをなるべく殺して着地する。
「あらあら、随分とお元気なようですわ」
勢い余って瓦礫の上に仰向けになっていると不意に影が顔に重なる。
先ほどのハプニングで忘れかけていたが今は精霊との戦闘中なのだ。今までのは自分がドジをしただけで、ここからが本番なのだ。
「起き上がれないようでしたら手を貸しますわよ?」
そう言って手を差し伸べて来たのは一人の少女だった。
まず目に入ったのは相手の左目だ。金色の瞳には、まるで時計のように数字と針が浮かび上がっている。
「いやいや、自分で立てるとも。ドジって転落して女に手を借りるなんて恥ずかしいぜ」
「それは殊勝なことですわね」
頭部を覆うヘッドドレス。胴部をきつく締め上げるコルセットに装飾が凝られているフリルとレースで彩られたスカート。それらの色は全て闇を彷彿させる黒と血のように赤い光の膜で彩られていた。
最後には黒く伸びた髪を両サイド不均等に括っており、これまた時計の長針と短針のようだ。
夕騎が立ち上がって砂埃を払うのを見ると少女は、わざわざこちらを律儀に待ってくれている。
「で、まず質問するなら……お前と戦っていた
周りを見てみれば自分が投下されるまで〈ナイトメア〉と戦闘を繰り広げていたはずの隊員が一人残らず、この場から消え去っていた。
怪訝そうに問いかけた夕騎に少女はふふふ、と場違いなほど上品な笑みを浮かべて答える。
「あなたが転落しているうちに残さず
至って当たり前のように答える少女は、ほぼ確実に今回の標的とされている〈ナイトメア〉だろう。そして少女が身に纏っているのは精霊の身を護る絶対の盾とされている霊装。それに対を為すのは最強の矛となる天使だ。
その天使はまだ出していないようだが、精鋭とされている隊員たちをものの数十秒で全滅させたのを考えると〈ナイトメア〉の危険度が身に染みる。
「ハッ! もしかして踊り食いしちまったのか?」
特に憤る事はせずにさらに問いかけると少女を中心に影が広がり、そこから無数の白い手が伸び始める。
身の危険をダイレクトに感じた夕騎は数歩下がって少女から距離を取る。
「そんなに警戒しなくてよろしいですのよ?」
「普通、リアル3D貞子みたいなの見ちまえば大抵は警戒する」
「貞子が何だかわかりませんけども、あなたの到着までは暇潰しに遊んでいましたの。ですが、あなたが来てしまえば邪魔なだけですからこうやって処理しておきましましたわ。初めまして〈精霊喰い〉さん」
どうやら〈ナイトメア〉自身、〈精霊喰い〉の能力を持った夕騎の事を少なからず知っているようだ。
「〈精霊喰い〉なんて呼び方はやめてほしいね。俺の名は月明夕騎、よろしく〈ナイトメア〉」
「それなら私も〈ナイトメア〉なんて呼ばれたくありませんわ。
「名前あったのか。それは勉強になった、サンキュー狂三」
「ふふ、どういたしまして」
普通に会話しているが〈精霊喰い〉と精霊。互いに立場も逆で相容れないのだが、こうやって会話していると夕騎は精霊の対処法は武力ではないとますます考えてしまう。
『増援は必要ですか?』
「……要らねえよ」
そう言って耳に装着されていたインカムを耳から外しては地面に落とし、靴底で踏み潰す。
夕騎の様子を不審そうに見ていた狂三は小首を傾げながら問いかけてくる。
「仲間との連絡手段を自ら断ち切って良かったんですの?」
「お生憎様、DEM社にも仲間なんていないんでね。さっきの見て増援なんて飢えた獣に生肉をやるようなモンだろ」
「あら、その考えではわたくしが飢えた獣扱いですわ」
「たとえ話だよ。たとえ話」
「うふふ、わかっておりますわ」
「つか攻撃してこないんだな」
地面に〈ボルテウス〉を突き刺してから、ふと聞いてみると狂三は余裕を示すように言う。
「あなたに興味がありますの。精霊を生身で仕留めることが出来る人間なんて世界中を探してもあなた一人ですし」
「そのために空間震を中規模にしてアピールしてきたのか」
「わたくしの目的のためにはいずれ〈精霊喰い〉の力も必要になりますの」
何が目的なのかは皆目見当つかないが自分にとっては何一つ利益のあるような事ではないだろう。
「もしかして俺を食うってか?」
「……話が早くて助かりますわ。もう少し会話を楽しみたかったのですが仕方ありませんわ、仕方ありませんわ。恥ずかしながらわたくし、もう抑えられそうにありませんもの」
「俺は喰う立場だから食われるのはゴメンだね!」
先手を打ったのは狂三だ。広がった影から出現している白い手が無数に伸び、夕騎を捉えようと襲いかかる。
だが次に確認出来たのは白い手が夕騎を捉えている姿ではなく、白い手が一つ残さず無惨に食い荒らされた光景だった。
「小手調べだったらやめといた方がいいぜ。霊装でも白い手でも精霊の力が関わっていれば俺の牙は何でも喰えるんだからよ」
相手が戦意を見せて攻撃をしてきたならば仕方がない。〈精霊喰い〉の力を見せて相手の戦意を削ぎ、改めて話をする。
実は言うと夕騎は狂三に少しずつだが特別な感情を抱き始めているらしい。
――一目惚れ……ってヤツか?
救いたい。全ての精霊に対してそう思っているのは事実だが狂三に抱く気持ちは何となく違う。
――まあ今は気にせず狂三を止めるか。
「き、ひひひひ、さすがは〈精霊喰い〉ですわ」
愉快そうに笑う狂三に加えていた白い手を力として捕食し終え、さも消化不良気味に言う。
「……まだまだ序の口だぜ?」
〈精霊喰い〉の牙は精霊の力を喰うだけではなく、喰った箇所から精霊の力を奪い利用する事が出来る。この牙相手には絶対防御の霊装さえもただの服と変わらない。
「天使ってのは使わな――」
狂三は短銃を自らの影から出現させ、一切の迷い無く引き金を引く。
「いのがふッ!?」
「き、ひひひひひひ、ダメですわよ。戦闘中にお喋りなんて。口に銃弾が入る危険がありますもの」
短銃から放たれた銃弾は見事に夕騎の顔面に直撃し、そのまま倒れる。
そして倒れた夕騎に狂三はかつん、かつん、と靴底を鳴らしながら近づく。さらに生死を確認するように柔らかな両手で夕騎の頬に触れる。
「さて、死なないうちに食べてしまいましょう」
「
銃弾を牙で受け止めていた夕騎は自分に両太股を挟むように座っている狂三の左手首を片手で掴み、上体を時計回りに反してスペースを作り出して彼女を突き飛ばしてマウントから抜け出す。
勢いで引っ繰り返った狂三の長いスカートを喰い千切り、また力として吸収する。
長かったスカートは短くなってしまい、若干下着が見えてしまっているが不可抗力だ。
「夕騎さんは結構大胆なお方なのですね。ふふ、本当に面白いお方ですわ」
狂三はそう言って霊装の修復を試みるが何の反応もなくスカートは千切れたままだ。
さすがに不審そうな表情を向ける狂三に夕騎は当然のように答える。
「〈精霊喰い〉の牙のことは詳しく知らねえみたいだな。喰った霊装は力として吸収させてもらったぜ。そんでもって俺が喰った部分の力を持っている限り修復はかなり遅くなるぞ」
「なら返していただかないと」
「降参したら返してやるよ」
夕騎は会話をするために狂三の精霊の力を根こそぎ取ろうと今まで地面に突き刺していた〈ボルテウス〉を引き抜く。この大剣の刃は夕騎の牙を加工して作られたもの。すなわち夕騎が使う分には精霊喰いが宿っている。
近くの瓦礫に乗っていたコンクリートの破片が落ちる音を合図に夕騎は狂三との距離を詰めようとした。その時――
「――――ッ!」
「――ああ?」
数にして一〇条の光線が夕騎と狂三の間を裂くように駆け抜けた。
「増援なんて呼んだ覚えサラサラねえんだけど?」
不機嫌そうに光線が放たれた方に夕騎が目を向けると髪を一つ括りにした少女が佇んでいる。
「そういうわけにはいかねーんですよ。〈ナイトメア〉が出てきた以上、それを標的にしている私は黙って見過ごす意味がねーです」
「俺の獲物に手を出そうってのか真那ちゃん?」
「そういうことです。ところで何で精霊と仲良し小良しになっていやがるんですか」
「一目惚れってヤツぅ?」
「あら、まあ……」
やけに仲が良さそうに話す二人に増援に来た少女は苛立ちを声音に加えながら言う。
「上官からは待機を命じられてたんですが〈精霊喰い〉との連絡が途切れたからって急遽出撃することになりやがったんですよ」
どうやら夕騎がインカムを破壊した事でオペレーターが上官に報告したのだろう。そして特別製の機械の鎧を纏った、この少女がよりにもよって増援として駆り出された。
この少女は〈ナイトメア〉を目の敵にしていて現状では一番タチが悪い。
「ちゃっちゃと始末しますよ」
真那は狂三へと両肩に備え付けられた盾のような武器の砲口を向ける。ここで夕騎が断ったとなれば上官は確実に黙ってはいないだろう。真那のユニットには通信機もある。恐らく今も音声があちらへ届いているだろう。
だが、
「ことわァああああああああああああああああああるッ!!」
わざわざ通信越しでも聞こえるほどの大音量で夕騎は断ってしまった。
あまりの声量に敵であるはずの狂三も目を見開いて驚いている。
「……へ?」
真那は状況が意味不明すぎてあっけに取られ、つい間抜けな声を上げていた。