ォォォォォォォォォン
胎の奥まで響く爆音の残響がまだ耳の奥から抜けきらないうちに薫は事態の確認をすべく普段のだらけっぷりからは想像できないほど機敏に指示を出し始めた。じつは瀞霊廷の警戒網に感がありすでに警報が出ていたのだがすぐには薫たち特別補給班は気が付けなかった。
「オイ!今のがどこから聞こえてきたか分かるやつはいるか!」
「右です!」「いや後ろだ」「左から聞こえてきました!!」
次々に報告が上がるがみんな異なる方向を指さしては「こちらから聞こえた」という。
(チッやっぱりこう建物に囲まれてては・・・)
そう、薫たちがいるのは背の高い建物と塀に囲まれた路地、当然大きな音が響けばそこら中で音が乱反射して音の発生源などすぐにわかるはずもない。仕方なく薫が新しく指示を出そうとしたところで気の弱そうな班員から声が上がった。
「しかたない・・・それじゃあ―――「あの!」うん?」
「あの・・・」
「どうした?落ち着いて言ってみろ」
「はい、あの、たぶん音の発生源分かりました」
そういうと気の弱そうな班員は指を立てた。何のつもりだと思いつつその先を見てみると―――
「上です」
空が大きな波紋を立てて波打っていた。
「は?」
「いったい何が・・
バシュッ
次の瞬間、波紋の発生源から四つの光が発生し散り散りに分かれて瀞霊廷中に飛び散っていった。
あの後、これが緊急事態であることを察した薫はわけも説明せず班員全員を引き連れ四番隊舎にとんぼ返りしていた。
「よっし、お前ら今日は大人しく隊舎内で書類整理でもしてろ」
だが、あんなことがあった後だいくら新入隊員だからと言ってそれで大人しく命令通りにする筈もない。
「班長!いったいさっきのは何だったんですか!?」「急に予定変更をしたってことは緊急事態ですよね?瀞霊廷で何が起きてるんです?」
いいから黙って命令通りにしろこのボンクラどもがっといいたい気持ちを我慢して、薫は額に手をやると溜息を吐きながら説明をした。
「何が起きてるんです?ってお前・・・俺はさっきからお前らと一緒にいたんだぞ?お前らが知らないことを俺がどうして知ってるよ?」
「まあ、大まかな推測はできるが」
あくまで推測でしかなく事実とは異なっている可能性がある。それでも聞きたいか?と言おうとしたところで班員たちが今までで一番――薫が割と真面目な
お説教をした時も含めて――真剣な顔をしているのでこの問いは無駄だなと悟った薫はそのまま話を続けた。
「お前らも当然知っているとは思うが瀞霊廷の周囲を囲む瀞霊壁は殺気石というものでできている。殺気石は霊子を遮断する物質でその断面からも波動が出ていて
瀞霊廷を球状に覆う障壁を作っている」
「はい、遮魂膜でしたっけ霊術院で習いました。でもいったいそれがどうしたっていうんです」
「・・・瀞霊廷の東西南北には一つずつ流魂街との行き来を可能にする門がありそこに門番がいる以外は特に見張りがいるというわけでもない」
質問した班員の方をちらと見るとかまわず薫は続けた。
「見張りがいない、というのはする必要が無いってことだ。瀞霊廷の空を覆う強固な壁が突破されるなど想定されてこなかったわけだ」
「―--今日この日までは、な」
はっと息をのむ音があちこちから聞こえてくる。どうやら今になって先ほど起きたのがどれほどの緊急事態だったのか理解が追いついたらしい。そこでさらに
勝気そうな女の班員の声が上がる。
「ならば、なぜ私たちは隊舎に戻ってきたのですか?」
薫が何言ってんだこいつといった目で見ると、それに噛み付くように班員は続けた。
「我々護挺十三隊の役割は虚の討伐、及び瀞霊廷の守護にあるはずです」「ならば我々はあの時こんな風に逃げ帰るのではなく襲撃者のもとに行き捕縛すべきだったのでは?」
薫がめんどくさそうに頭をかきながら班員たちの顔を見やるとそれもそうだという顔とおびえた顔の者で半々に分かれていた。
「半分くらいの奴は分かっているみたいだから改めてわざわざ言うのは非常に恐縮なのだが――――」
薫は馬鹿丁寧な言葉とまゆ尻を下げ半笑いというふざけた表情で嘲笑うように告げた。
「お前らが行っても足手まといになるだけだ」
「なっ・・・」
「どういうことですか・・・なんで聞くなよ?」
反論を許さないといった風情でさらに続ける。
「いいか?奴らは殺気石の障壁を突破してきた。それはつまり障壁を突破するほどの高密度の霊子に身を包んで高速で飛来してきたということだ。そんな芸当
、生身でやるなら並の隊長格以上の強さだし何らかの道具を準備して突破したにしても少なくとも殺気石の障壁については知っていたってことだ。それなら当然
こちらの戦力を把握した上での襲撃だろう。つまり仮に隊長格の死神とかち合っても勝つ、ないしは逃げれる算段があるレベルの戦闘力を持っていると考えても
いい」
ここまで言ったところで勇ましげなことを言っていた連中も自分たちがいかに無謀なことをしようとしていたのか分かったらしい。全員顔が青ざめ、中には体を
震わせる者までいた。だが、薫は容赦なく最後の一押しをする。
「お前ら、そんな奴らと戦って勝てんの?」
班員たちは皆押し黙ってしまった。それも当然、危うく自ら死地に赴くところだったのだ。
(霊術院でお説教垂れてた教師の気持ちも分かるなぁ、なるほど、これはやりずらい)
ぱんっ
辛気臭い沈黙を破る音が聞こえた。薫が手を叩くと班員たちははっとしたように顔を上げた。
「まあとりあえずお前らはほかの班の雑用でもしてろ。四番隊に来たってことは戦闘には向かないんだろうし、そもそもお前ら新米のぺーぺーだしな」
(ま、身の程知らずの坊ちゃん嬢ちゃんがたもこれで静かになるだろ)
そういってそのまま薫が踵を返すとどこに行くんですか?という声が追いかけてきた。
「トイレに行くだけだよ。お前らは先に手伝いに行ってろ」
分かりやすい嘘をいうと薫は先ほどの爆音のせいでいまだ喧噪の渦に包まれている四番隊の隊舎を抜けて行った。