美形ばかりのDグレの世界に動ける四十代のオッサンがいたら、という思いつき。

1 / 1
動けるオッサンの一日

 ―――四十代。この言葉で、「体力の限界が見え始める時期」と連想する者も少なからずいるだろう。更に言うなら「体力が衰え始めて運動に萎えて、結果的に太る」と考える者も居るだろう。実際、三十代を終えたばかりの四十代が、徐々に肥満体形に変わる姿を目撃した人もいる筈だ。そんな四十代。太り始めの時期。運動をしたくなくなる年―――だが。

 

 「さあさあコムイよ! 私に仕事を寄越せ!」

 

 千年伯爵と言う、人間にとって最も凶悪な人物を殺す為に設立された黒の教団内で、彼は敬意を持ってこう称される。

 

 ―――動けるオッサン、と。

 

 ×××

 

 身長百六十センチ弱である彼の体重は、疾うに八十キロをオーバーしている。筋肉だるまの体重が八十キロ、というならまだわからなくもないが、このオッサンは、見ればわかる通りの肥満体形だ。要は腹周りの柔らかそうな肉が異様に多いのである。歩けばたぷたぷと揺れた。

 何処かの盗人に居そうな短い真っ黒なひげを持った、脂肪が蓄えられて丸くなっている顔が映る鏡を見つめ、彼は素晴らしいドヤ顔を披露する。愛用する牛乳瓶の底そっくりの黒いサングラスをかけると、より一層盗人らしさが際立つ。

 

 「ふふふ……これでよし。さあ、仕事の始まりだぁああああ!!」

 

 雄叫びをあげ、空に向かってガッツポーズ。動けるオッサン、四十代真っただ中、見ればわかるほどの不摂生オヤジ、ベアト・アメルングの一日はこうやって始まる。

 

 ×××

 

 「さあさあさあさあ! 仕事はないのかね、仕事は!」

 

 腹の肉を揺らしながらベアトは周りに居る人々に詰め寄る。驚き悲鳴を上げて逃げる女性職員、苦笑してあしらう男性職員、対応は様々だが、これがいつも通りの光景だ。

 

 「コムイよーーーー!! たのもーーー!!」

 

 バァン!! と勢い良く扉を開け放つ。

 

 「も~、煩いなぁ。どうしたの、今日は」

 

 書類を山積みにした机に突っ伏していた男が、寝ぼけ眼を擦りながら顔を上げた。

 

 「キミの仕事は今日無いよ~……」

 

 「なっ……なん、だと……!?」

 

 「そんなこの世の終わりみたいな顔しなくてもいいじゃない。久しぶりの休みなんだからゆっくり……」

 

 「してるわけにはいかん!! 私は動かねば死ぬ!」

 

 「動いてるのに減らないんだよね、そのお腹のお肉」

 

 「きっ、貴様……事実を言うんじゃない!」

 

 貴様のようなスリム体系にはわからんのだあぁぁぁああ!! と悲鳴を上げながら部屋から逃げるベアト。その随分と丸っこい後ろ姿を見たコムイは、頬杖をついて溜息を一つ。

 

 「なんであんなに仕事やりたがるかなぁ」

 

 不思議そうにそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 動けるオッサン、ベアトはめげない。いや、一回めげてやる気を削ぎ落されたが―――すぐに復活した。今日は仕事が無いから羽を伸ばせ、といった事をコムイに言われたが、しかし羽の伸ばし方を碌に知らない彼は、とにかくひたすら延々と歩いていた。教団内を太い体で闊歩し、黒い瓶底サングラスをかけ直す。ドヤ顔が至極似会う彼の姿は、やはり盗賊そのものだ。

 

 ―――閑話休題。

 

 彼は休みたくない。言いかえれば、仕事中毒である。彼の上司は先程会ったメガネの男、コムイ・リーだ。ということはつまり、上司に頼めばなんとかなるんじゃないだろうか。とベアトは思考する。そして結論に至るのだが―――

 

 「私にAKUMA退治でもなんでもいいので仕事を寄越したまえ、コムイよ」

 

 「……ねえ、キミってボクの部下だよね。なんで上から目線?」

 

 すっかり意識が覚醒したのか、湯気の立つ淹れたてのコーヒーを啜り、コムイは首を傾げる。場所は先程の部屋―――司令室だ。

 

 「何せ暇なのだ。それに私は動かなければ死ぬ。止まると死ぬ。だから仕事を」

 

 「AKUMA退治ねぇ……。それだったら仕事が無い訳じゃないんだけど……近くに奇怪の噂が全くないんだよね」

 

 「無くていい。私は動ければそれでよいのだ」

 

 「んー……じゃ、仕方ないかなぁ。ボクとしては休んでほしいんだけど」

 

 コムイが嫌々差し出した紙を受け取ったベアトは、満足げににんまりと笑うのだった。

 

 ×××

 

 盗賊が闊歩する―――否、ベアトが闊歩する。サイズが合わないのでぴちぴちになってしまっている、彼の仕事着である黒いコート。胸には銀のローズクロスが鈍く輝く。

 仕事を得てご機嫌な彼の周りには、無数の異形が存在する。その殆どが逆卵型の、奇妙な物体。その体からは大砲が幾つも生えている。生き物と言うには少々無理があるが、だからといってその辺にある兵器と一慨に言えるか、といったらそうでもない。その兵器達には顔がついていた。逆卵型の丁度中央に、泣いているような、叫んでいるような人の顔面が張り付いているのだ。

 

 「ふむ」

 

 異形の数はおよそ三十。ベアトはひげを撫で、にんまりと笑う。

 

 「なかなか良い仕事を回してくれたのだな、コムイは」

 

 こうして、オッサンの無双は幕を開ける。




続きません(キッパリ
もしも書いてくれる人が居るならありがたいとは思いますが、これを書きたい人はいないだろうなぁ……。
でもこんなオッサンが居たら職場は愉快だろうとは思う。

2015/08/25:若干加筆。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。