遊戯王 ~とある男の再出発は少女として~   作:7743

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みんな大好き霊使い。今回ほぼデュエルのみです。
*しばらくの間、更新が不定期極まりなくなります。ご了承ください。


水霊使い、使い

 シズカ・ラングフォードはユウヤの近くで両手を組み、じっと勝負の行く末を見守っていた。他の生徒が各々楽な姿勢をとっている中で背筋を伸ばした直立不動でいる彼女は、まるで自分がその場に立っているかのような緊張感を持って、暁・ユウヤと中村・周吾の間に広がるデュエルフィールドに視線を注いでいる。

 

 軽薄な笑みの表情を崩さない周吾に対し、ユウヤはやや無表情になって相手の出方を窺う姿勢となっている。だがそれは相手に興味をなくしたのではなく、怒りや憤りでもない。

 

(……楽しんでおられるようですね)

 

 初手の動きを完全に縛られ、相手にターンを渡してしまった。ユウヤの手の内で分からないのは2枚の伏せカードと1枚の手札。対して周吾の手札は無く、伏せていたカードも全て公開済み。秘められたるは1枚のモンスターカード。

 

 1ターン目が終了し、単純なアドバンテージ計算であれば、互いにカードの枚数は4。ライフポイントは共に4000。すなわち互角。ならば、ドローにより1枚分のアドバンテージを得る周吾の方が優位に立つ。

 

 それでも――それゆえに、ユウヤは楽しんでいるのだ。自分が不利に立たされていることすらも。それがシズカにも伝わってきたのか、ユウヤの横顔を見ているだけで体温が少しだけ上昇する。

 

 凛々しい方だ、とシズカはユウヤを評している。深窓から足を踏み出したことの少ない彼女にとって、ユウヤは数少ない同世代の男子だった。彼自身の顔の造作は悪いものではない上に、加えて窮地を助けられるという出会い方をしただけに、シズカは彼女が自覚している以上にユウヤのことを気にかけていた。

 

 しかし自覚のない彼女は胸の高鳴りを眼前のデュエルへの興奮の表れだと解釈している。ゆえに、彼女は思う。

 

(社交界の余興のようなそれとは違う、ほどよい緊張感。わたくしもあの場に立ちたいものです。そのためにも、今は精進あるのみ。――ユウヤさん、貴方のデュエル、見届けさせていただきます)

 

 

 

 

 

「俺のターン。いくぜユウヤ」

「……来いよ」

 

 周吾の漏らした笑みに、ユウヤはデュエルディスクを構え直す。その場にいる全員が注視する中で、周吾は一人、不敵に唇をゆがめる。

 

 もっと正確に言うのならば、力の抜けただらしのない笑いか。

 

「くくく……見せてやるよ」

 

 裏向きに伏せられたモンスターカードを手に取り、顔の前に掲げる。

 

「君の瞳はそこしれぬ深海。光を射こむように俺の視線を離さない。君の青碧の髪は磨き抜かれたサファイア。俺の心はその虜。皆の心がその虜。反転召喚、俺の元に現れろ――」

 

 叩きつけられたカードを読みとったデュエルディスクから、深海の泡のような粒子がフィールドを覆う。次々と連鎖的に大ぶりな泡がはじけ、最後に残った泡が膨らみ、中から飛び出してくるのは長髪の人影。

 

「俺の嫁……『水霊使いエリア』!」

 

 宙で衣装を見せつけるように横に一回転し、長い髪をなびかせながらフィールドに降り立つのは、腰までのローブを纏い長杖を構えた少女。杖をつきつける腕は細く、眉を立ててユウヤを見る顔も威嚇より可愛らしさが勝ってしまっている。攻撃力も相応に低い500ポイント。

 

「霊使いサイクルの1枚。『DNA移植手術』で水属性を指定したのはこのためか」

 

 

「サイクルとかいうんじゃねえ。この娘は唯一無二の俺の嫁だ」

 

 珍しくふざけた表情を打ち消し、憮然とする周吾に、ユウヤは肩をすくめて悪びれずに謝った。

 

「そりゃすまなかった。まぁ、続けてくれ」

 

「『水霊使いエリア』のリバース効果! その魅力に取りつかれた水属性モンスター1体のコントロールを得る! こい、『BF―蒼炎のシュラ』!」

 

 

 やぁ、と高い声で気合一閃。エリアが勢いよく振り上げた杖からほとばしる青い光がシュラの身を包みこみ、まるでエリアを守る騎士のように足元に跪く。

 

「荒々しいブラックフェザーすらも魅了するエリアの魅力……お前にも伝わってくるだろう?」

 

「俺のメインアタッカーなんだ。丁重に扱ってくれよな」

 

「すぐに返してやるよ。……いくぞ。俺のフィールド上に存在するエリアと、水属性モンスターを墓地に送ることで、『水霊使いエリア』は真の力を発揮する!」

 

 振りかざした周吾の腕の先、エリアとシュラの姿が、光の泡となって崩れていく。泡が集まり、幽かな人型を形作っていく。

 

 ぱぁん、と高い破裂音が鳴り響き、泡が一斉に砕け、ぼんやりとした人型から一回り成長したエリアの姿が現れた。

 

 背丈は伸び、顔も少しだけ大人びて、無風の湖面のような静かな光を変わらぬ青の瞳に湛えている。突きつける杖の先には、鋭く渦巻く水流。

 

「条件を満たすことで、デッキから『憑依装着エリア』を特殊召喚できる! レベルは1あがり、攻撃力は1850にアップ、可愛さは10割増しだ。さらに守備表示モンスターとの戦闘では貫通能力を持つ」

 

「……だが、レベルが上がったということは、グラヴィティ・バインドの制約をうけることになるぞ」

 

「あいにくと緊縛プレイは好みじゃあないんでね。魔法カード、『マジック・プランター』を発動。コストとして永続罠を1枚墓地に送る」

 

「それでグラヴィティ・バインドを解除する気――」

 

「俺が墓地に送るのは、『DNA移植手術』!」

 

 なに、という声がユウヤから漏れ、周りから零れた同種の驚きにこだました。なにをするつもりだ、という視線を浴びながら、周吾はデッキの上から2枚のカードを無手の手札に加える。その唇が半月に釣り上がった。

 

「答えはこれさ。フィールド魔法、『伝説の都―アトランティス』を発動!」

 

「おいおい、ちょっと待て、今引きにしちゃちょっと都合が良すぎないか?」

 

 半ばあきれた顔をするユウヤと当然と笑う周吾を包むのは、宙を泳ぐ魚の群れ。周吾の背後に、半透明の建造物が立ち上がる。重力に逆らうように、ふわりとエリアの衣装の裾が浮き上がる。ついでと言うように逆立ちかけた髪を、慌てて杖を持たない方の手で押しつける。

 その様子を頬を緩ませて観察する周吾――めくれ上がった裾の中を腰をかがめて観察しようとし、自らの使役するモンスターに睨まれる。

 

「なにやってんだ、お前」

 

「ソリッドビジョンの醍醐味っつったらこれだろーがよ。分かるか? むしろ、分かれ」

 

 その場にいた全員とエリアまでもがが凍てつく視線を周吾に浴びせかけ、眼鏡の下で半目を作った東教諭が腰に手を当てた。

 

「教室内で猥褻行為に及ぶような生徒は先生嫌いですよ? 次やったら放課後居残りです」

 

「つーかお前、これがクラス委員決めるデュエルだって忘れてないか? アホやってないで進めてくれ」

 

 自分の同室がコイツだという信じたくない事実に頭を痛めながら、ユウヤが先を促す。ひょいと肩をすくめた周吾が、カードの解説に入る。

 

「海中に沈むアトランティスは水属性モンスターの聖地。全ての水属性モンスターは攻撃力が200ポイントアップし、レベルが1ダウンする」

 

 エリアの持つ杖が纏う水流が、勢いを増した。レベルは1下がり、3――グラヴィティ・バインドから解き放たれる。軽々とバトンのように杖を回し、エリアの杖の先端がモンスターの消えたユウヤへと向けられた。攻撃力は2050、下級モンスターでは太刀打ちできない。

 

「バトルだ。 エリアで攻撃――!」

 

「罠カード、発動。『次元幽閉』! 攻撃モンスターを次元の狭間へと除外する!」

 

「俺の嫁は消させない! 手札から速攻魔法、『トーラの魔導書』を発動。『憑依装着エリア』はこのターン、罠カードの効果を受けなくなる!」

 

 エリアの前に立ちはだかる亜空間への空間の裂け目。しかし、周吾の脇に現れた分厚い魔導書から放たれた光がそれを打ち消し、身体を晒したユウヤへとうなりを上げる水流が直撃する。実体がないとはいえ、ダムが決壊したような勢いの水流を受けたユウヤが腕で顔を庇う。

 

「くっ……なんつー引きしてやがる」

 

「愛する心に限界なんかあり得ないのさ。俺とエリアのデュエルは誰にも妨げられない。無駄と分かっていて足掻くならかかってきな。ゴー!」

 

 ふふん、と自慢げに笑う主従。ソリッドビジョンのくせに、どうにも行動パターンの多い娘だ。『霊使い』はイラストの人気が高いカード故に力が込められているのかもしれない。

 わけがわからんと首を振りながらも、ユウヤは唇の端を舐め取った。手札は1枚、伏せカードも1枚。そのどちらもが、この状況への解答とはなり得ない。それはとても――愉快な状況だ。

 

「悪いが、俺もこんなところで負けていられないんだよ」

 

 横目で見るのは、琥珀色の髪の少女。目があった気もするが、彼女、奏は反応を返してはくれなかった。それでも、彼女の前で無様を晒すわけにはいかない。

 ライフポイントは残り1950。次のエリアの攻撃は受けきれない。

 

「ドロー!」

 

 引いたのは永続魔法、『黒い旋風』。BFの召喚成功時、その攻撃力未満のBFを手札に加える効果を持つカード。BFの展開を支える重要なカードだが、しかし、ユウヤの顔色は晴れなかった。

 

(手札にあるのは『BF―極北のブリザード』。コイツより下のBFなんて『アイツ』しかいないんだよな……)

 

 デッキ圧縮といきたいところだが、『アイツ』はデッキにいた方が使い勝手が良いのだ。つまり、これはほとんど無駄引きに近い。周吾の引きの良さに比べれば雲泥の差だ。だがそれでも、まだ負けたわけではない。

 

「スタンバイからメインフェイズ。いくぞ――手札から、『BF―極北のブリザード』を召喚!」

 

 甲高い鳴き声と共にフィールドに飛び出すのは、『ブラック・フェザー』という名に反して白い羽毛で全身をもっさりと覆った鳥。スマートな人型をしていたシュラとは違い、ほとんど球体に近い身体のブリザードだが、見た目とは裏腹に羽音で空気を震わせながら宙を舞う。

 

「召喚に成功したブリザードの効果発動。墓地からレベル4以下のBFを守備表示で特殊召喚できる。舞い戻れ、『BF―蒼炎のシュラ』!」

 

 再びのブリザードの鳴き声に呼ばれたかのように、蒼い羽毛を散らしながら、シュラが再びフィールドに立ちあがる。エリアが憮然とした顔で睨みつけるのを、鋭い眼光で押し返した。

 

「ブリザードのレベルは2、グラヴィティバインドの呪縛を突破できる……だが、攻撃力は1300に過ぎない。俺のエリアの敵じゃあないな」

 

「甘いな。ブリザードはチューナーモンスターだ。……いくぞ、レベル2、『BF―極北のブリザード』にレベル4『BF―蒼炎のシュラ』をチューニング!」

 

「シンクロ召喚だと――おぉ!?」

 

 何故か嬉しげな周吾の悲鳴と漆黒の羽毛を乗せた突風が巻き起こる。エリアが裾を抑えながら主を振り返り、そこに予想通りの表情をした周吾の顔を見つけて頬を膨らませる。ユウヤは構わずにデュエルディスクの脇から白いカードを引き抜いた。

 

「黒き烈風に貫けぬものなし。その力を武器に込め、今こそ我が前に顕現せよ。シンクロ召喚、『BF―アームズ・ウィング』!」

 

 風を裂き、残滓を引き裂き現れるのは、引き締まった四肢と黒い翼を持つ鳥人。片手に構える長銃までが漆黒に染められている中、たてがみだけが燃え上がるように赤く染められている。無機質なガラス玉のような仮面が鋭く光る。

 

「『アームズ・ウィング』はレベル6。グラヴィティ・バインドの影響を受けはするが――攻撃力は2300だ! 抜けるものなら抜いてみろ。ターン終了!」

 

「まだだ、そんなモンスターに俺とエリアは止められないっ。ドロー!」

 

 カードを一瞥し、周吾は表情を緊から嬉へと変える。

 

「悪いな、ユウヤ。そんなモンスター1体で俺たちを阻むことなんてできないぜ。永続魔法、発動!」

 

 フィールドに現れるカードを見、ユウヤの眉が跳ねあがる。

 

「『強者の苦痛』!?」

 

「このカードが存在する限り、相手フィールド上のモンスターの攻撃力はレベルかける100ポイントダウンする! さぁ、叩き込め! 『憑依装着エリア』で『アームズ・ウィング』を攻撃!」

 

 再びの水流が、今度はモンスターへと炸裂。『アームズ・ウィング』長銃の先に備えられた剣で濁流を引き裂くが、元より水に実体は無い。ただ勢いに押され、吹き飛ばされる。

 

「『アームズ・ウィング』まで――!」

 

「350の超過ダメージだ。残り1600。いつまで耐えられるかな? ゴー」 

 

 余裕の口調でターンを渡されたユウヤの手札には、単体では用を為さない『黒い旋風』。伏せカードも、未だその能力を発揮できない。

 

(デュエル・アカデミア……入学して正解だったな。奏に昨日の先輩に、周吾。面白い、まったく面白い!)

 

 ここでモンスターを引くことが出来なければ、敗北は必至。ならば。

 

(引くしかないだろう? 俺!)

 

「ドロー!」

 

 確信があった。何故かユウヤには、自分が引き当てたカードが見るまでもなく分かった。それは錯覚ではない――それを示すように、カードを指先で翻す。

 

「2枚目の――『BF―蒼炎のシュラ』! 永続魔法カード『黒い旋風』を発動し、シュラを召喚!」

 

「引きやがったのかよ……このタイミングで!」

 

 どこかで聞き覚えのあるようなセリフをはく周吾。ユウヤはふと、横目で奏を見た。やはり反応を返しては来ないが――その口元に、小さな、意識しなければ気付かないほど小さな笑みがある。

 

「『黒い旋風』の効果が誘発! デッキから『BF―黒槍のブラスト』を手札に加え、そのまま特殊召喚だ!」

 

 蒼炎のシュラと黒槍のブラスト。ブラック・フェザーの尖兵たる2体を前に、エリアが一歩後ずさる。

 

「厄介なグラヴィティ・バインドも強者の苦痛も――レベルを参照する効果だ。だったら、レベルを持たないモンスターで突破するまでさ!」

 

「――エクシーズ!」

 

「そう、エクシーズモンスターにレベルの概念は存在しない。俺は2体のレベル4ブラックフェザーでオーバーレイ・ネットワークを構築! 『零鳥獣シルフィーネ』をエクシーズ召喚!」

 

 氷の割れるような声とともに、氷山が現れた。それが割れるように変形し、中からあらわれるのは青白い氷の身体を持つ人型。

 

「『零鳥獣シルフィーネ』の効果を発動! オーバーレイ・ユニットを1つ取り除くことにより、相手フィールド上のすべてのカードの効果を無効にする!」

 

「な、に……アトランティスが、エリアが、凍りついていく……!?」

 

 周吾の言葉通り、シルフィーネから吹き荒れた氷の風がフィールドを包み、そのすべてを凍りつかせていく。展開した『グラヴィティ・バインド』『生贄封じの仮面』『強者の苦痛』はカード自体が氷に包まれた板と化し、静かな海底の神殿は霜を浮かせる。そしてエリアの杖に巻き付いた水流すら、彫刻のように凍てつき、重量に耐えきれない細腕が杖の頭を下ろす。

 

「さらにシルフィーネは表側表示で存在するカードの枚数分、攻撃力を300ポイントアップする。攻撃力が1500ポイントアップし、3500!」

 

「攻撃力が3000を超えるだって!?」

 

 愕然とする周吾だが、ユウヤは一息の休息すら与えない。

 

「いくぞ、シルフィーネでエリアを攻撃!」

 

「や、やめろぉ!」

 

 シルフィーネが氷山のような翼をはためかせる。触れるものすべてを凍てつかせる霜のブレスがエリアを襲い――粉々の粒子と化し、消し飛ばす。

 

「俺の、エリアが……」

 

 顔の横を流れるソリッドヴィジョンの残滓を掴もうとして宙を掻く、周吾の右手。それに多少の罪悪感を覚えながらも、ユウヤは気を抜かない。ここまで無駄な引きを一度もしてこなかった周吾だ。次に何が飛び出してくるか分かったものではない。

 

「ターン、エンド」

 

「まだだ、まだ終わらない!」

 

 周吾がカードを引き、

 

「魔法カード、『マジック・プランター』! コストは『生贄封じの仮面』! ドロー!」

 

 は、と息を吐き出し、生気の戻った眼でユウヤを睨む。

 

「俺は『水霊使いエリア』を召喚! そして魔法カード……『強制転移』を発動!」

 

「コントロール交換カード。嫁だのなんだの言ってた割にはお粗末な結果だな……罠カード発動」

 

 1ターン目からユウヤの伏せていた、そして今まで1度たりとも使う機会のなかったカード。それは――

 

 

「『ゴッドバード・アタック』だ! シルフィーネを生贄に、『グラヴィティ・バインド』と『水霊使いエリア』を破壊する!」

 

「な、ん――」

 

 シルフィーネの身体が、四散し、最期の息吹でフィールドを薙ぐ。砕かれる2枚のカード。もはや、周吾の手札は無く、フィールドにモンスターはいない。

 

「だが、俺のライフは2350。まだ負けたわけじゃない……ゴー」

 

「そうだな。ここからは単純に引き勝負だ。ドロー!」

 

 ユウヤが引いたカードは、茶色。モンスター・カード。

 

「『BF―月影のカルート』! さらに『黒い旋風』により、『BF―疾風のゲイル』を手札に。こいつもBFがいるときに自身を特殊召喚できる!」

 

 強者の苦痛により攻撃力は下がっているものの、カルートの攻撃力は1100、ゲイルの攻撃力は1000。

 

「バトルだ。ダイレクトアタック!」

 

「ぐあぁっ……まだだ、まだ、俺ならモンスターを、エリアを引ける!」

 

「さぁて、そいつはどうかね」

 

 ユウヤが不敵に笑う。

 

「さっきの強制転移……お前の嫁に対する仕打ちで、まだエリアが応えてくれるかな」

 

「う――」

 

 言葉に詰まる周吾。そのライフポイントはわずかに550。次のターンでモンスターを引けるかどうかで勝負は決する。

 

「まあ、やってみろよ。ターンエンドだ」

 

「ド、ロー」

 

 震える手で引いたカードは、

 

「モンスターカード、『水の精霊アクエリア』。墓地に存在する水属性モンスターを除外し、手札から特殊召喚する。除外コストは……『水霊使いエリア』」

 

 揺らぎながらも少女のカタチを作る、青い水の塊。霜の封印から解放されたアトランティスの支援を受け、攻撃力は1800.

 

 十分に状況を逆転できるカードを引きこんだにもかかわらず、周吾の表情は口の端を結んだまま緩まない。だが、後ろ髪を引かれる思いを断ち切るように、アクエリアに指示を飛ばす。

 

「このままで負けられるか! 『BF―疾風のゲイル』に攻撃!」

 

 アクエリアの周囲から延びた水の触手がゲイルを殴打。地面にたたきつけられる前に、その姿は粒子へと変換され宙に消える。

 

「このまま負けたら、それこそエリアに合わせる顔がねぇだろ。来い、ユウヤ。最後の勝負だ」

 

「おうよ。俺のターン」

 

「スタンバイフェイズに、アクエリアの効果が発動。相手モンスターの表示形式を変更し、このターン中の表示形式変更を封じる。――これでアクエリアが除去されても負けることはない」

 

「さぁて、それはどうかな」

 

「なんだって?」

 

 ユウヤの手札には、このターン引いた1枚のカード。それに目を落とすと、悪戯っぽい笑顔を作る。

 

「どうやらお前の嫁が、俺たちのデュエルの決着の決め手になりそうだ。俺が引いたのは、魔法カード『死者蘇生』!」

 

「『死者蘇生』!? 『憑依装着エリア』を奪うつもりかっ」

 

「いいや、違うね。俺が蘇生するのは、『BF―疾風のゲイル』!」

 

 ぎょろりとした大きな目が特徴の、黒い翼に緑のタテガミを備えたゲイルが、カルートの脇に降りたった。

 

「そして、2体のモンスターで再びオーバーレイ・ネットワークを構築! 黒羽の導きに答え、虚無の闇から風を巻き起こせ――『虚空海竜リヴァイエール』!」

 

「2体目の、モンスター・エクシーズ!?」

 

「『リヴァイエール』の効果発動! オーバーレイ・ユニットを1つ取り除くことにより、除外されたモンスター1体を特殊召喚できる!」

 

 ウミヘビのような長い身体を持つ翠竜が長い胴体で円を描く。それが次元のはざまとなり、召集に応じて現れるのは、水面色の髪。

 

「今度は俺がお前のモンスターを使う番だ。『水霊使いエリア』、特殊召喚!」

 

「な、エリア……」

 

 ユウヤのフィールドに降り立った少女は、柔らかく朱を帯びた頬を不満げに膨らませる。その視線はアクエリアの背に隠れるように身を縮こまらせた周吾を射抜いた。

 

「バトル! リヴァイエールでアクエリアを攻撃。攻撃力は1800同士で相討ちだ」

 

 リヴァイエールの放つ烈風とアクエリアの放つ水流が激突。あたり一面に白い靄を発生させて視界を遮る。それを突き抜ける小さな影。

 

「す、すまん、許してくれっ」

 

 身を固くした周吾に、靄の跡を引きながら飛び出したエリアの杖が思い切り振りおろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええと――中村君の負けで、クラス委員は暁君ということで、いいですね?」

 

 東教諭の確認に、席に着きなおした皆が拍手する。激戦を制したユウヤにはねぎらいの声がかけられ、周吾も第一声での印象を3割程度は払拭する健闘を見せたため、あえて責める者もいない。肩を落とした周吾はなにやらぶつぶつと――エリアに対する陳謝を垂れ流していた。まるで地獄から響く怨嗟のような声に苦笑いしつつ、ユウヤは立ち上がって「これからよろしく」と軽く頭を下げる。

 

「いつまで謝ってるんだよ。カードは返事をしてくれないぜ」

 

 着席し、茶化しながら声を掛けると、視線だけでユウヤを見た周吾は真面目そうな顔つきを作って言った。

 

「いや、俺のエリアは特別でさぁ。なんかこう、ときおり声が聞こえるわけよ」

 

「保健室で薬貰ってくるか? 頭の」

 

「信じないなら別にいいんだけどさ。そーいや保健室の先生がまた美人らしくて――」

 

 あっさりと流されると、逆に信用性が増す。ユウヤがついカードについてさらに訊こうとしたが、周吾はいつもの調子に戻って話を逸らしてしまっていた。

 

 東教諭が教室を見回す。

 

「じゃあもう一人、女子からもクラス委員を選びたいと思うんですけど、立候補者はいますか?」

 

「はい! わたくしが立候補いたします!」

 

 即座にピンと突き立つ手。それはシズカ・ラングフォードのものだ。どこかの誰かのように初っ端からマイナス印象をばら撒いているわけではなく、堂々と背筋を伸ばして座った姿すら凛々しく美しいシズカには、反対の声も他の立候補者も上がらなかった。

 

「ええと――じゃあ、ラングフォードさんと暁さんが、このクラスのクラス委員ということで。今日は午前授業ですが、放課後、2時からクラス委員の集まりが生徒会室の横の会議室であるので、そちらに出席して下さい」

 

 

 

 

 

 

「クラス委員なんて体のいい雑用ですよ。どーしてそんなことを自分から?」

 

「それは――その、わたくしはそういうものを経験したことがないので、せっかくだから、と」

 

 まったく、余計なことを。

 シズカと冴月が話しているのに聞き耳を立てながら、私は声にこそ出さないが、内心で毒づいた。シズカがクラス委員に、しかもユウヤと一緒になるというのは、私に与えられた任務への妨害以外の何物でもない。二人の距離を離すどころか親密になる一方だ。しかも昨日のメールの返信には「シズカの意思は可能な限り尊重しろ」という文言が盛り込まれていたため、私が立候補してシズカから職を奪うこともできない。それはそれでシズカから目を離すことになるので問題だが、ユウヤと二人きりにさせるよりはマシだったのだが。

 出だしから先の思いやられる展開に、小さくため息をつく。

 

「奏さん、次の授業は教室移動らしいですよ」

 

「そうか――次は2クラス合同の『デュエル基礎』、か」

 

 いわゆるアカデミアの授業で思い浮かべるものが、『デュエル基礎』らしい。これは2クラスずつの合同授業で、私たちは『オベリスク・ブルー』の生徒たちと共に授業を受けることになっている。

 

「『ブルー』の人たちも一緒なんですよね。――大丈夫かな」

 

 昨日のトラブルを思い出したのか、遥が小さく身を震わせた。

 

「ちょうどいい。『ブルー』の実力とやらを拝ませてもらおう。それに、奴らだって教師の前で昨日のような行動には出ないだろう」

 

「そうですよね……それに、奏さんがいれば大丈夫です!」

 

 どうやらすっかりと懐かれ、頼りにされている。私としては同室以上に思うことはないが――シズカの、ユウヤに対する感情が遥が私に向けるものと相違ないものだとすると、やはり二人を一緒にしておくのは気がかりだ。放課後の会合とやらについては、なにか手を打っておいた方がいいかもしれない。

 

 半分ほどの生徒が、教科書の入ったカバンを持って教室を出始めている。隣を見ると、ユウヤが周吾とかいう生徒に声を掛けていた。

 

 言動はともかく、あのユウヤに対して序盤から優位に立ち続けたのは大したものだ、と評せるだろう。人格的にはともかく、デュエルの腕で見るのならば結構なものか。そんな周吾でも『ラー・イエロー』なのだから、『ブルー』の実力やいかに、と言ったところだ。

 

「俺が悪かったからさぁ――いい加減許してくれよ」

 

 周吾は、何やらカードに話しかけていた。アカデミアの試験に人格検査は無かったはずだが、その様子を見ているとデュエルとは別のところで『ブルー』には入れなかったのではないかという疑念がわいてきたが、無視する。

 

「行くか」

 

「はい!」

 

 シズカ達も移動しようとしているのを見、大儀ぶって立ち上がる。忠犬よろしく、遥が背後から追ってくる。

 




話がー進まないー。
このテンポの悪さはどうにかしたいところです。デュエルよりキャラクターとかストーリーとか、そっちをどうにかしたいんです。つまりデュエルするなということですが、遊戯王の二次創作でリアルファイトで決着付けるのは……あれ、本編通りだ。まあ反対に「デュエルで奴を拘束しろ!」とかいう迷台詞もありますが。
次回がいつになるかは分かりませんが、おそらく体力と時間が無くなるのでまた少々期間が空いてしまうかもしれません。出来る限り善処はしますが、偶々新着見てあったらラッキー程度の感覚で待っていてくだされば。
まぁ、その。

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