今回の新キャラは今までのキャラクターとは毛色がだいぶ違う感じです。
少々物足りない勢いのシャワーを浴びて、私は一日の疲れと汗を洗い流していく。あの後勢い込んで出陣したユウヤは健闘するも一歩及ばずに敗北し、そのまま歓迎会はお開きとなる。食堂で軽い夕食をとった後は、アカデミアの授業初日に備えて部屋で休息をとることにした。
バスユニットもない、タイルを敷いただけの狭い浴室は、寮の部屋に付いている簡素なものだ。ホテルではないのでシャンプー等は自前で用意しなければならないが、たかが学生寮に小さいとはいえシャワールームが併設されているとは驚きだった。
トイレと簡単な調理室、広い風呂は共同のものとなっており、寮生が持ち回りで掃除当番を担当するという話だ。ランドリーは有料で乾燥機付き、節約をするのなら外で手洗いも可能という。
寮の格によって待遇が全く違うというのは小耳にはさんだが、どうやら『オベリスク・ブルー』寮への侵入を果たしたらしい冴月の言では、あちらは高級ホテルと見まごうような設備が整っているらしい。『ラー・イエロー』と『オベリスク・ブルー』の差分を考えると最下位の『オシリス・レッド』の待遇が気になるところではある。
ともあれ、待遇が良すぎず悪すぎず、という『ラー・イエロー』寮での生活は悪くなさそうだ。普通に暮らしていく上で必要な設備は揃っているし、元々私の住んでいた部屋よりは日当たりも良い。遥と二人で使うことを考えると、私の個人的な領域はやや狭くなるが、どうせ碌な私物もないのでむしろ丁度よいくらいか。
少々硬めの蛇口をひねり、シャワーを止める。私が持ち込んだ洗面用品はケンタロウの秘書に用意させたものだが、リンスだのコンディショナーだの、男のまま生きていたら縁のなかった言葉の並ぶ容器がいくつも出てきた。
新しい身体のリハビリ中に身体の洗い方まで指導されたお陰でそれぞれの使い道は分かるが、何とも面倒なことだと思う。秘書曰く『若いころのケアは絶対必須です。若さで見えないものこそ女性にとっては財産となるのですから』という。
石鹸で泡立ったタオル越しに身体を洗っていると、いやがおうにも自分の身体が少女のそれであることを実感させられる。血管の透き通って見える肌は水にぬれて白く輝き、膨らみかけの胸の柔らかみは胸筋とは全く違う弾力を持ってタオルを押し返し、内また気味の太ももに挟まれた股間にはうっすらとした毛が散るのみ。肩幅は狭く、腕は掌で包めるかというほど細い。初めのころひと月は拭えなかった違和感が、ようやく薄れてきてはいるが、それでも自分の目で直接見ると実感がわかない。
女を抱いたことはあっても、年端の行かない少女に手を出したことはない。膨らみ切らないパンのような成熟途中の身体は、一応の凹凸の区別がつく程度で、色気よりも若く張りのあるエネルギッシュさが魅力な頃だろうか。曇ったガラスに映る影では健康的に絞まった少女の裸体が形作られている。それだけならば特に興味もわかないが、それが自分自身だと思うと妙な気恥ずかしさがある。
熱にあてられて薄桃色に染まった肌の上から石鹸を洗い流していく。癖のない髪が首筋に張り付くのを指で跳ね飛ばし身体の水分を拭い、、タオルを頭と身体に巻いて浴室を出た。
「すまない、待たせたな」
「い、いえ!全然ですっ」
4月とはいえ山の中の寮は少々冷える。湯気を立ち上らせて現れた私の声を聞き、二段ベッドの上から遥が顔をのぞかせる。
調度品は二段ベッドと小さな冷蔵庫、オフィスにでもありそうな灰色の机が二つ、壁に埋め込まれた私物用の違い棚とクローゼット。それだけの物があっても見た目のスペースはそれなりにあるし、照明が明るいので閉塞感も感じない。
着替えとタオルを抱えた遥が片手で梯子を握って降りてきた。二段ベッドの上下だけは、私が意見を通した――といっても遥が反論したわけではないが。彼女に入っていないが、夜にひっそりと寮を出るようなことがあった時に起こさないためだ。
着替えをベッドの上に置きっぱなしだったので、上半身をいれて引きずり出す。振り返ると、遥はまだ降りたままの体勢で立っている。
「浴室が温まっている間に入った方がいい」
「あ――は、はいっそうですね!」
何故か遥は顔を赤くして、それをタオルで隠して背中を向けた。狭い浴室に更衣室などというものはないので、浴室の前でいそいそと制服を脱ぎだす。着替えも畳まず、そのまま浴室に飛び込んでいった。
慌てたような動作に首をかしげながらも身体に巻いたタオルをはだけようとして――私はあぁ、と思い当った。どうも胸のふくらみが気になるので少々高めにタオルを寄せ上げていたせいか、股間のあたりはほとんど股下0センチというようなことになっているのだ。下着も履いていないので、尻のあたりなどどうにか膨らみにひっかけている風になっていて、その格好で上半身を下げれば後ろにいた遥からは丸見えだったはずだ。
同性だろうと、相手は多感な時期だろう。一応少しは気をつけようと心に刻む。
僅かばかりの罪悪感と羞恥心を無言で押しつぶし、下着とジャージを着こむ。寝苦しいので付けたくはないが、上半身にもナイトブラをひっかけておく。秘書に言われただけでなく、ジャージの裏地がこすれると痛くなることは経験済みだからだ。まったく、任務のためとはいえ女の身体というのも不便なものだった。体力などで機能的に不便を感じることは意外と少ないが、まるでガラス細工のように繊細だ。私の身体の使い方が少々がさつ過ぎるのかもしれない。
少々長めの髪は放っておいても中々乾かないだろう。軽く頭のタオルを触って湿り気を確認し、ドライヤーで軽く乾かす。指で髪を梳きながら携帯端末を握り、遥に声を掛ける。
「少し、夜風に当たってくる。鍵は持っていくから締めてもいい」
「は、いっ。大丈夫です、私も起きてますから!」
「気にするな、疲れただろう」
部屋にあったサンダルをつっかけ、念のために鍵をポケットに入れて部屋を出た。毛の短いカーペットが敷かれているので足音が響くことはないが、消灯時間は近いので出来る限り静かに廊下を進む。
山の上で木々に囲まれた土地だけあって、空気は澄み、みたこともないような満天の星空が広がっている。冷たい夜風が頬を撫でるのが心地よい。寮からカーテン越しに漏れる人口の光が無粋だが、都会とは比べ物にならない静かな夜だった。
夜風にあたる、というのは半分しか正解でない。もう半分は、依頼主への報告だ。念には念を入れて、誰もいない寮の裏庭に出て建物に背中を預け、短い文章を打ち込んでいく。とりあえずはシズカと合流できたこと、ユウヤとも再会したこと。それに、シズカの私生活にどの程度踏み込んで良いか、どこまでを報告すべきかも訊いておく。
片手で数行の報告を打ち終わり、送信する。機密保護と電波の悪い山の上という立地を考慮した特別な衛星回線を通したうえで、数分ごとにパスワードの変わるケンタロウ個人へのメールアドレスへの送信だ。多少時間がかかり、通信中を示すマークの点滅を瞳に移していると、近くから足音がした。
息をひそめ、画面の光を手のひらで隠す。
月明かりに照らされて現れたのは、昼間の最上級生、蓼科・京子だった。かるい散歩にでも出てきたのか、サンダル履きで寝間着の上にカーディガンを羽織っている。
指の隙間から見ると、通信は終了している。ならばこそこそと隠れているよりも、こちらから出て行った方が不審がられないだろう。
私が建物の陰から出るのと同時、相手もこちらを振り返った。唇が動いて何かを言おうとしたが、私の顔を見るとそれを飲み込む。表情を隠すように挨拶代わりの会釈をされ、顎を引く。
「奏――さんでしたっけ?」
「柚葉・奏。そちらは3年生の蓼科・京子、で良かったでしょうか」
私が言うと、月明かりの下で京子の白い顔がほほ笑んだ。
「覚えていてくれて嬉しいわ。こんな時間に、散歩?」
「少し夜風に当たって熱を冷ましていました。そちらは?」
「私は……いえ、私もそんな感じ」
星空に溶けるような黒髪を指先でいじりながら京子は答える。直感的に嘘だと感じたが、まさか私を追ってきたのでもないだろう。だから、私は追及しないことにした。
話題を探すように京子の視線が揺らぎ、また私へと戻る。
「お風呂では見なかったと思うけど」
「部屋の方を使ったので」
「あら、それは勿体ないわ。せっかく広い浴場があるんだから。どうせ掃除は皆でするし、使わない手はないんじゃない?」
そう言われても、私はあまり気が進まない。自分自身でで見るのでも気恥ずかしさがあるというのに、他人に裸を見られるというのには結構な抵抗があるのだ。ただ、広い浴場というのも魅力的ではあるので、人の少ない時間帯を上手く見計らって入ってみたいところでもあるが。
「考慮しておきます」
とりあえず頷いてそうかえすと、京子の目がじっと私を見つめているのに気づいた。
「なにか?」
「いえ――あなた、1年生よね?」
「そうですが」
「ちょっと大人びてるなって、ね。デュエル中はそうは思わなかったけど」
肩をすくめてごまかした。中身は三十路の男なのだから、その印象もあながち間違いではない。ただ、この姿になってからデュエル中に味わう高揚感は、かつて遥か昔にどこかへ置き忘れたと思っていたものだ。周りの若さにあてられているのか、外見に引っ張られているのか――冷めた自分の中で、デュエルだけは心の底を焦がしているのだ。
「昼は、ありがとうございました。まさか早々に敗北を喫することになろうとは思いませんでしたが、良い経験を得ました」
「こちらこそ、どうもありがとう。あなたのような将来有望なデュエリストが『ラー・イエロー』に入ってくれて嬉しいわ」
本音で言っているのか、少なくともただの世辞には聞こえなかった。デュエル中の言葉を鑑みるに、後輩の指導などが好きそうなタイプだ。
ならば、と少し踏み言った質問を飛ばしてみる。
「あなたこそ、あれほどの実力を持ちながら、なぜ『ラー・イエロー』に?」
「それは――」
一瞬だけ指先が長い髪に軽く触れ、どこか遠くを見る目をしたのを、私は見逃さなかった。京子はそれに気づいていないのか、ごまかすように小さな笑みを作って言った。
「私の力なんて及ばない人が、『オベリスク・ブルー』にはいるからね。あなたは頑張って、『ブルー』に上がれるといいわね」
一体誰を思い浮かべたのかは、私に知るすべはない。返答をする前に京子は自分のカーディアンを引き寄せ、名残惜しげにあたりに視線をさまよわせてから、私の方を向く。
「……少し、冷えて来たわ。私はお暇するけど、あなたも早く戻った方がいいわ。そろそろ消灯時間だからね」
そそくさと背中を向ける京子が探していたものを見つけようと辺りを見回すが、薄暗いヴェールの先には木々の影があるばかりだ。
否、見つからなかったというよりも、それは無かったのだろう。目的のものを見つけられなかったからこそ、京子は自分の部屋へ戻ったのだ。こんな夜中にふらふらと出てきて求めるものなど、そう多くはない。月明かりや夜風でないのなら、誰かとの待ち合わせ辺りが妥当なところか。だからこそ、私が現れたときに京子は誰かの名前を呼んだのだ。
それ以上は、考えても仕方がない。冴月辺りは喰いつきそうな話だが、余人が下手に首を突っ込むのは野暮というものかもしれない。とりあえずこの邂逅は私の心に秘めておこう、と思った。
部屋へ戻る間に京子の姿を見ることは無かった。寮は男女と学年で建物が分けられているからだ。
鍵はあけっぱなしだった。
「あ、お帰りなさい」
丁度風呂あがりなのか、髪を拭きながら遥が浴室から出るところだった。誰かに帰宅を迎えられるというのは新鮮な気分だ。
「外、どうでした? もうだいぶ暗くなってるみたいですけど」
湿った髪をとかしながら、遥が近寄ってくる。私の鼻の下あたりにある遥のうなじからは、かすかに石鹸か何かの香りがした。タオルを巻いた身体はまだ隆起の少ない少女のものだが、それでも女の香りはするものだな、とどうでもいいことを思う。
「山の中だけに陽が落ちるのは早いな。それに冷える。空調をセットしておいた方がいいかもしれん。あとは星が良く見えたな」
「星ですかぁ。いいな、私、あまりそういうの見たこと無くって」
興味を引かれたのか、カーテンを捲って窓を覗く。わぁ、と小さな歓声が上がった。
「凄い。いっぱい見えますよ」
私も近づき、狭い窓に顔を並べる。外で見るよりは手狭なうえに端には木の影がかかっている。部屋の明かりで小さな星は姿を隠していた。
だが、その分星座は探しやすい。顎と視線をやや上げたところに北斗七星がある。それを教えると、遥は目を輝かせた。
もっと近づこうと、遥が窓を上にスライドさせる。冷たい夜風で、彼女から上がっていた湯気が流され、せっけんの香りが鼻をくすぐる。それに乗って、あら、という鈴を転がすような声が聞こえた。
「シズカさんです」
遥の後ろから首を伸ばすと、隣室の窓が開き、そこからシズカが顔を出しているのが見えた。
「シズカさんも星を見てたんですか?」
「いえ、わたくしは少し風を入れようかと。……あら、そういえば、随分と星がきれいですね。この分なら、明日も晴れるでしょう」
シズカはそこまで感動した風でもない。彼女の育ったラングフォードの本家がどこにあるかは知らないが、狭いビルの隙間から伺うよりはずっと広い空を見てきたからだろうか。
「そうですね。せっかくの初めての授業なんだから、晴れるといいですよね」
星に視線を奪われながらも遥が相づちを打つ。身体が冷えたのか、小さく身震いするのが伝わってきた。流石に初日から風邪で休まれては目も当てられないので、手じかな椅子にかけてあった私の上着を取って肩にかけてやった。遥が振り向く。
「あ――ありがとうございます」
「あまり身体を冷やされるとよくありませんよ。ご自愛くださいね」
「そちらも気をつけろ。夜の山は冷えるからな」
遥の頭越しに送った忠告にシズカは小さくはい、と返し、窓枠に手を掛ける。
「では、わたくしはこれで。また明日お会いしましょう。おやすみなさい」
「ああ、お休み」
「おやすみなさいっ」
窓が閉まり鍵がかかる音で、遥も窓から首を抜いた。男女共用デザインのフリースを脱ぎ、私に手渡す。
「ありがとうございます。ちょっと身体が冷えちゃったみたい」
「倒れられても面倒は見られんぞ。気をつけろ」
「すみません……気をつけます」
私としては軽い忠告のつもりだったが、叱咤されたと思ったのか、遥は肩を落とす。見かねて、冗談だと小さく笑ってやる。
「まあ、薬くらいは貰ってきてやるさ。人間、風邪ぐらいひくこともある」
「大丈夫です! 奏さんにご迷惑なんて掛けられません!」
強い調子で言った後、恥ずかしげに頬を染めながら、遥は蚊の泣くような声を出す。
「か、奏さん、みたいな、素敵な人と一緒になれて……だから、迷惑なんて――」
「なんだ。言いたいことがあるならはっきりと言っておけ」
「あ、あの!」
遥の瞳がまっすぐにこちらを射抜く。
「これから、よろしくお願いしまぅっ!」
「……ああ、こちらこそ、だ」
笑って返してやると、噛んだのが恥ずかしいのか、顔を朱に染めた遥はごまかすようにベッドの上へのぼり、布団を被る。端から小さく顔だけを見せて、消えそうな声を落とした。
「その――おやすみ、なさい」
デュエル・アカデミア・イースト校の1年生はおよそ100名。その全員が同じ授業を受けるわけにはいかないため、いくつかの基礎課程では4つのクラスに分けられている。『オシリス・レッド』と『オベリスク・ブルー』で構成されたクラスが1つずつ、『ラー・イエロー』だけは2クラスに分けられた編成だ。半分の生徒が『ラー・イエロー』に編入されている関係らしい。
「というわけで、一応みなさんの担任となる、東・千歳(あずま・ちとせ)です。1年生の授業は基礎教養課程の『現代社会』と選択科目の『デュエル史』を受け持ってます」
教壇に立ってそういうのは、若い女教師だった。背は低く私たちと大差ない。銀縁の眼鏡越しでも眼が大きく見える童顔も相まって、スーツ姿でなければ生徒と言われても納得してしまいそうだ。
幸い、私とシズカは同じクラスに割り振られていた。互いの同室である遥と冴月もだ。ついでに言うのなら私の隣席にはユウヤが座っている。『暁』と『柚葉』でどういう並び方をしたらそんな偶然が起きるのか。まったく、入学以来私の運命の賽子はどこか歪んでいるようだ。
「みなさんは、基礎教養課程の――まあ、いわゆる普通の学校で習うような授業はこの教室で、選択科目はそれぞれ決まった教室で受けることになります。1年生のうちは基礎教養課程も多いですし、イベントの班分けなどもこのクラス内で行うので、一年間仲良くしていきましょうね」
「だってさ」
「……その必要があるなら、するさ」
ユウヤが小声を飛ばしながら視線だけをこちらに向けるのが分かったが、私は前を向いたままで返答する。
「ええと、1時間目はホームルームなので、このまま始めてしまいましょうか。まずは簡単に自己紹介でもしていきましょう。ええと……じゃあ、端の、八十丘くんから、お願いします」
「暁・ユウヤです。デュエルはともかく勉強とかは得意じゃないんで、色々教えてもらえると助かります。以上」
本当に簡単な自己紹介だけを済まして、ユウヤは早々に席に付く。ぱらぱらと散発的な拍手が鳴り、消える。これが地元の学校や大きな大会のエントリーならまた話は別だが、全国から生徒の集まったデュエル・アカデミアでは地元ネタで盛り上がることも、大きなことを言って注目を集めることもできない。それに、変に凝った自己紹介もしても――
「中村・周吾です! アカデミアには可愛い女の子がいっぱいいるって聞いてやってまいりました! いやぁ、噂にたがわぬ美人揃いで最高です! これで俺と付き合ってくれる子が除外ゾーンから奇跡の降臨してくれたら俺の愛情が激流葬しちゃうってやつですね! 過去未来現在で俺の恋人募集は発動中なんで、誰でもいいから声かけてください! 以上!」
拍手どころか、水を打ったような静寂。勢いよく立ちあがったユウヤの後席の少年から流れ出した演説に、ユウヤは無難な自己紹介というのがどれほど大切か知る。男子生徒から注がれる憐れみと、女子生徒から叩きつけられる侮蔑の視線。心臓に毛でも生えているのか、それらを気にすることなく、少年、周吾は満足げに席についた。
「あ――ええと、じゃあ、次、上野毛くん、お願いします」
生徒と共にあっけにとられていた東教諭が、我に返って周吾の後席の生徒を指名。再び時が流れ出す。
ユウヤの後頭部がシャーペンで小突かれた。
「どうだった、俺の自己紹介」
「周りの反応で察してくれよ……」
「おう、女子の熱烈な求愛の視線を感じるぜ」
周吾はユウヤの同室だった。昨日の夜遅くまで何やら原稿用紙と向き合っていると思ったら、どうやらあんな演説をひねり出すために格闘していたようだ。
首から上だけで振り向いて冷やかな視線を送ってやるが、鉄の心に弾かれ、周吾は小声で笑いを漏らす。
「いやぁ、マジでここ入って正解だったわ。このクラスだけでも平均レベル高いもんな。なんかもう誰でもいいっていうかどなたでもウェルカムってやつよ」
「……誰でもって、あんな自己紹介で声かけてくれる奇特な奴がいればの話だろ」
「このクラスだけで12人も女の子がいるんだぜ?」
「男が13人いて、その中からお前を選ぶ理由は?」
「そりゃお前、あふれ出る魅力ってやつよ」
「あぁ、まあ、色々あふれ出てはいるだろうよ。知性とかが零れおちるって意味で」
半端な金髪の下、制服の前をだらしなくあけ、安物のネックレスが垂れている。本人は恰好をつけているつもりかもしれないが、三文映画のチンピラ役でエキストラ出演する準備にしか見えない。相手にするのも馬鹿らしくなり、ユウヤは前を向いた。
ちょうど葉切・遥の自己紹介が終わるところだ。よろしくお願いします、と消え入りそうな声と共に一礼する少女に代わり席を立つのは、ユウヤの隣席。琥珀色のショートカットが照明の下で煌めく。無表情を僅かに不機嫌よりにしたような無愛想な少女。
「柚葉・奏だ。よろしく頼む」
おそらく今までで最短の自己紹介を終え、屈伸運動のように腰を落とす。ユウヤは視線でお疲れさんと伝えるが、返事はない。肩をすくめて次々と行われる自己紹介が過ぎていくのを聞き流す。どうやらシズカや冴月と言った面々も同じクラスらしい。眼が合うと、シズカは優雅にほほ笑み、冴月は執念深くメモ帳を構えて見せる。
「――ええと、これでみんな自己紹介は終わりましたね? じゃあ、男女一名のクラス委員を決めたいと思います。各種行事の打ち合わせの議長や連絡事項の伝達を行う役目ですが……」
「はい! 俺がやります!」
勢いよく背後から手が上がり、ユウヤは思わず机に突っ伏した。周囲からも正気を疑うような視線が飛び交うなか、堂々と背を伸ばして挙手した少年。その名は、言わずと知れた中村・周吾。
助けを求めるように東教諭が視線をさまよわせるが、男子生徒は逃れるように目をそらしていく。周吾に任せるのは不安だが、自分でそんな面倒な役割を担うのも御免、ということだ。
「ええと――他に、誰かいませんか? いなければ中村君で……」
仕方なく、ユウヤは手を上げた。
「あー、先生、俺も立候補します」
「あ、ユウヤ、裏切り者!?」
牙をむいて睨みつける周吾を、ユウヤは半目で見返した。
「お前、なんでクラス委員になりたいんだ」
「そりゃお前、連絡事項があるからって女の子に声かけて誰もいない教室に連れ込んでだな」
「そういうことを臆面もなく口にできる奴をクラス委員にするくらいなら、俺がなるってことだよ」
「バッカお前勘違いするなよ。俺は別にあんなことやこんなことを自分からするんじゃなくて、夕日に染まる二人きりの教室で一対一になり始めて俺の魅力に気付いた女の子が自分から制服のリボンを緩めて」
「わかったから、黙れ。な?」
力説する周吾に、偏頭痛を堪えて掌を見せて静止を促すユウヤ。コントじみたやりとりに、東教諭が水を差す。
「じゃあ、候補者が二人なので……投票ということで」
東教諭の至極妥当な提案。だが、それに対して、周吾が机をたたき、勢いよく立ちあがった。
「先生、ここはデュエルで決着をつけるべきです! ここはデュエル・アカデミア。なによりもまずはデュエルの腕前が大切でしょう。仮にもクラス代表といえばクラスの顔。それを決めるのに、出会ったばかりの人間たちによる投票などはナンセンスです。互いの力がはっきりとわかるデュエルでの決着こそ、デュエル・アカデミアの伝統にのっとった選任方法です!」
コイツ、とユウヤは内心で汗をかいた。ただの阿呆かと思ったら、必要以上に口が回るようだ。気圧されながらも東教諭は頷いた。
「じゃあ――そうしましょうか。お手数ですけど、みなさん、机を四隅に動かして真ん中にスペースを作ってくれますか?」
「悪いが手加減抜きだ。負けても泣くなよ」
「そりゃこっちの台詞だ」
クラスメートに囲まれたユウヤと省吾が、教室の真ん中でデュエルディスクを構えて向き合った。私は二人の間よりもややユウヤよりの場所で机に腰掛けて観戦体制をとっていた。他の生徒も唐突に始まったデュエルの行く末を見守る態勢となっている。
「俺のターンからだ、ドロー!」
周吾と名乗った少年が動くたび、安っぽいネックレスが光る。正直に言って、私はこの手の言動の軽い人間が嫌いだ。人によっては愛嬌があるというかもしれないが、私の目にはただ不真面目なだけに見えるからだ。
人格とデュエルの腕は必ずしも合致するものではないが、既に周吾に対する私の評価は赤点を割っている。どちらを応援するかと言えば選択肢はユウヤしかない。
私が冷やかな眼を送るのも気にせず、周吾は手札を一気につかみ、デュエルディスクに並べていく。
「モンスターをセット。さらに、カードを5枚セットだ。ゴー!」
なにか考えがあるのか、それとも無為無策なのか、はたまた無策をにおわせた釣りなのか。一気に手札を使いきり、無手の指先でターンを渡す周吾。ふざけた薄笑いからは、どのような意図も読みとれない。ユウヤも私と同じような表情で、デッキに手を掛ける。
「ドロー、スタンバイ……」
「そこだ、罠カードを一斉発動!」
このタイミングで仕掛けるというプレイングに、私を含めたその場の全員が目を剥いた。表側になるのは5枚のうち3枚。
「永続罠、『グラビティ・バインド ―超重力の網―』『生贄封じの仮面』『DNA移植手術』!」
「うわっ――キッツいもん伏せてやがったな……!」
「『グラビティ・バインド』が存在する限り、お互いのレベル4以上のモンスターは攻撃できない。さらに『生贄封じの仮面』によりいかなるリリースも不可能。そして『移植手術』は水属性を宣言! お互いのモンスターは水属性になる!」
「『生贄封じの仮面』だけは厄介だな」
ユウヤが手札を見て呟いた。
『グラビティ・バインド』はレベルを持たないエクシーズモンスターで突破できるし、『移植手術』が縛るのはフィールド上のモンスターのみなのでそこまで『ブラック・フェザー』ならば影響はない。
だが、あらゆるリリースという行為を封じる『生贄封じの仮面』。レベル4以下の、リリースなしで召喚できるモンスターが多い『ブラック・フェザー』に対しては碌な拘束力を持たないカードのように見えるこのカードは、おそらくユウヤのデッキに投入されている何枚かの『解答策』を大きく制限することになるだろう。確実に入っている鳥獣族の切り札『ゴッドバード・アタック』ともしかすると入っているかもしれない展開補助カード『スワローズ・ネスト』。相手が永続罠を多用して行動を縛るロック・デッキであれば『ゴッドバード・アタック』はロックを破る強力な一手となるため、それを封じられるだけでも相当に辛い。
だがまあ、言ってしまえば厄介程度。『ゴッドバード・アタック』以外の除去集団は普通に打てるのだから。
だからというように、ユウヤは手札から1枚のカードを引き抜いた。
「悪いな、『大嵐』だ。フィールド上のすべての魔法・罠を破壊する」
「おいおい、ちょっと待ってくれよっそりゃあ――」
余裕から一転顔を青ざめさせる周吾。しかし、さらに表情を反転させた。
「そりゃあ、早計ってやつじゃあないかねぇ! 永続罠カード発動、『宮廷のしきたり』だ! このカード以外の永続罠は破壊されないっ」
「チェーンして、手札から『サイクロン』を発動。そのカード、効果を発揮する前に割らせてもらうぜ」
「あぁ!? 二段構えかよぉ……そいつは困った」
頭を抱えてオーバーリアクションで嘆く。ユウヤと周りの人間がピエロのような言動に苦笑をこぼした。
瞬間――その口元が、弓の形に曲がり、喜色を示す。
「こまったこまった……まさか俺と同じく二段構えだなんてさぁっ」
「なに――っ」
ユウヤの顔が、初めて真剣な目つきになった。それを嘲笑うように、周吾が高らかにカードの発動を宣言する。
「さらにチェーンだ! 罠カード、『偽物の罠』!」
周吾の場に伏せられた、最後の一枚が反転する。そこに描かれるのは、『スカ』の墨字を掲げて相手を嘲笑う卑小なゴブリン。く、とユウヤが小さく呻いた。
「『偽物の罠』は罠カードを破壊するカードに対して発動し、代わりに破壊されるカードだっ」
『サイクロン』から噴き出した竜巻は、フィールドに展開する『しきたり』から物理法則を無視して進路を変え、『偽物の罠』を灰燼と化す。さらに吹き荒れる風がフィールドを覆うが、その結果として示されるのは『宮廷のしきたり』の破壊のみ。
二段構えの除去が弾かれ、3枚の永続罠がそのまま残ってしまったのだ。
「『大嵐』に対して『偽物の罠』を発動すればいいものを、『サイクロン』まで釣りだすのを待っていたのか。妙な態度に踊らされちまった」
ユウヤの悔悟。それに対し、周吾は嘲ることはしなかった。
かといって、誇るでもない。
むしろ呆気にとられたという顔をして――数秒後にそれを打ち消し、高笑いする。
「あー、ああ、それな、それだ。まんまと俺の超絶美麗プレイングに踊らされてたピエロに過ぎないのさ、お前は!」
はっはっはと乾いた笑いが教室に響く。ユウヤの解説で感心したような目を向ける生徒もいたというのに、それだけですべての視線が氷点下へと落ちるのはある意味才能かもしれない。
とはいえ、『ゴッドバード・アタック』が封じられた以上、ユウヤのデッキには魔法・罠への対処法がかなり少ない。あの『シルフィーネ』ならば全ての罠を突破できるが、伏せモンスター次第では痛い目を見かねない。
「……俺は『BF―蒼炎のシュラ』を召喚。さらにカードを2枚セット。ターンエンドだ」
蒼き炎のような髪の鳥人が周吾を睨みつけるが、その身は『グラビティ・バインド』に縛られている。相手の場には表向きの永続罠が3枚、手札が0という状況を考えると、『大嵐』の警戒はほとんどしなくてよいはずだ。それでも手札に残したということは、ユウヤの最後の手札は自らを特殊召喚する能力を持たないモンスターカードだろうか。
それに、周吾のデッキの正体は未だ知れない。『しきたり』『偽物の罠』から、永続罠を守るデッキだということは分かる。しかし、たとえば同じようなシズカの『氷結界』と比べると、何度も発動することでアドバンテージを得るカードを使うわけではなさそうだ。
リバースモンスターを使いまわす『サイクル・リバース』デッキ、もしくは相手の攻撃を封じながら直接攻撃を仕掛けるタイプのでデッキだろうか。
そのあたりが不透明なことに加えて、相手のオーバーアクションが集中力を乱す。何処までが演技なのかは知れないが、もしかすると、中村・周吾という少年は相当な使い手である可能性がある。
「悪いが、このデュエルは貰ったも同然だな。サンレンダァしてもいいんだぜ」
「それを言うならサレンダーだろうが。いいから来いよ」
可能性がある、という言葉に留めておく程度の可能性でしかないが。
と、今回はここまで。
中村・周吾。略して『なかしゅー』とは思えないような軽率なキャラクター(ネタ分かる人いたら友達になりましょう、というさらに東方旧作ネタ)で、この小説の雰囲気からは明らかに浮くようにしてみました。生物多様性的な。
でもまあ、ハーメルンだとこういうキャラクターも多いのかな、とおもってみたり。私個人としては苦手ですが(描きにくいので)。クラスに一人はいそうでいない感じです。
ここまで毎回1万文字を費やしながら、未だストーリーは序盤という、今明かされる驚愕の真実。まあ大半はデュエルシーンだからしょうがない。
キャラクターが増えても、漫画やアニメのようにガヤとして出すわけにもいかないのが小説なので難しいところですね。一応、名あり新キャラの登場はしばらくないはずですが、大人は嘘をつくものですのであしからず。まぁ、その。