遊戯王 ~とある男の再出発は少女として~   作:7743

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あー、えー、お久しぶりです。マドルチェに新規が来るようなので戻って参りました(嘘)


小さな背中

 場の流れ、というものがある。どちらが優勢か、劣勢か。それは単純に盤面を見ているだけで分かるものではない。その裏に隠れて流れる、運命の濁流とでもいうような、勝利を引き寄せる大きな渦だ。

 私は、その流れが逆流していくのを感じていた。眼前では、遥とシズカのデュエルが行われている。今までは、シズカに向かって流れていた運命が、地盤が傾いたように遥を包み込みつつある。

「『ミスティック・バイパー』を、リリース! カードを引き、互いにそれを確認しますっ」

 小柄な身体の中から、気力が溢れていた。理由は分からないが、いままでずっとシズカの動向だけを見ていた私は、その時初めてまともに遥の方を気にした。

 状況は、シズカが有利だ。高レベルモンスターを2体従え、伏せカードはおそらく蘇生カード『リビングデッドの呼び声』。矛と盾のどちらかを破壊しようとすぐに蘇生されてしまうし、放っておけば毎ターンのように墓地からモンスターが復帰する。

 対して、遥の場には、身を守る『強制終了』が一枚だけ。手札には3枚のカードを握っているが、そのうちの2枚はもはや用をなさない罠カード。

 最後の一枚と、ここで引くカード。それが、遥へ流れを引き寄せるのか。

 遥が、引いたカードを掲げる。

 全ての視線が、それに集まる。青いカード。

「儀式モンスター、『サクリファイス』。レベル1モンスターです」

「ここでお引きになられるとは……追加のドローをどうぞ」

 シズカは、流れに気づいているのだろうか。岡目八目ということわざがある。状況に隠された見えないものが感じられるか、というのは時にデュエリストとして求められるものだ。

 遥が、さらにカードを引く。二枚目は、公開する必要はない。

 ここで流れを引き寄せるのは、『サクリファイス』だろうと、私は思った。この状況を覆しうるモンスターだ。

 だが、その召喚には手間がかかる。それをすべてそろえているならば、私が感じた流れが本物だということだ。

 遥が、小さく吸い、吐いた。じっと、シズカを見る。ついさっきまで、白虎に圧倒されていた少女はその面影を引き、一人のデュエリストの目となっている。

「私は、魔法カード『イリュージョンの儀式』を発動」

 引いていた。私の叱咤に声を押し殺した群衆に、再び吐息と小声が満ち始める。その儀式魔法は、『サクリファイス』の召喚に必要なカードだ。来るぞ、と誰かが言った。

「手札またはフィールドから、レベルの合計が『サクリファイス』のレベル……つまり1以上となるように、モンスターをりリリースします。手札から、レベル1モンスター、『バトルフェーダー』を捨てます」

 フィールド上に、不気味な風が湧き上がる。白虎を囲う凍てつく空気を飲み込むように、闇が広がっていく。

 闇の中から浮きあがったのは、脈動する球体だった。それが、まるで孵化をするように展開していく。殻のように身体を覆っていたのは、幾枚もの羽根だった。球体の両側からは爪のはえた異形の腕。身体の中央から、引き出されるように伸ばされた細い首からは、ウィジャトを象った単眼が張り付いている。それが無表情に上下左右に動きまわるのは、吐き気を催すような気色の悪さだ。腹のあたりに、肉に包まれた穴のようなものが見える。

 不気味で奇怪。生理的嫌悪感を催す異界の怪物。小さな少女が頼みとするには余りにも邪悪さの滲み出るデザインのモンスター。

「供物はささげられた。我が命に従い、その姿を現せ! 深淵の闇より降臨せよ、『サクリファイス』!」

 吠えもせず、大地を揺らすことも無く。ただ静かに、その異形はフィールドに現れた。その静けさが、不可蝕の邪悪な雰囲気を際立たせる。

「『サクリファイス』……そのカードは、わたくしも存じております。一般にも、出回っているカードなのですね。イラストは拝見したことがありますが、実際に見るのでは迫力が違います」

 シズカも、ソリッドヴィジョンにより投影された『サクリファイス』の姿に若干辟易したように一歩を引く。

 『サクリファイス』――生贄の名を冠す儀式モンスター。その名前は、シズカで無くとも、この場の全員が知っていてもおかしくないものだった。なにせ、デュエルモンスターズの創造者であるペガサス・J・クロフォードが直々に作成し、自身でも使用したという曰くつきのカードなのだから。

 後に一般にも出回るようになったが、その評判は芳しくない。手間のかかる儀式召喚の上に、レベル1、攻撃力・守備力は共に0。使いこなせるのはペガサスくらいだとまで言われたカードだった。

「『サクリファイス』の効果を発動します」

 遥が、手を掲げた。呼応して、サクリファイスの腹部にある穴がイソギンチャクのように開いていく。

「相手モンスター1体を選択し、そのモンスターを装備カードとして吸収! 目標は、『氷結界の虎王 ドゥローレン』!」

 おおう、と空気が鳴り、白虎が意に反して『サクリファイス』へと引き寄せられていく。物理的な吸引ではなく、不可視の力により相手フィールドから引きずり出しているのだ。

 やがて、巨大な体躯が宙に浮いた。あ、と声を出す間もなく、貪られるように穴のなかに白虎の四肢が消えていく。

「『サクリファイス』は、『ドゥローレン』の元々の攻撃力、守備力を得ます。さらに、『サクリファイス』が戦闘破壊される場合は、代わりに装備した『ドゥローレン』が破壊されます」

「厄介な――そして、それ以上に面妖な」

 つぶやいたシズカの視線の先では、サクリファイスの羽根が閉じられ、そこに『ドゥローレン』の身体の半分だけが浮き出している。吸収したモンスターを盾とする効果の視覚的表現としては適切なのかもしれないが、それを再現しようとしたデュエルディスクの製作者の熱意というか真面目な仕事ぶりが、逆に恨めしい。

「バトルです、『サクリファイス』で『大僧正』を攻撃!」

「攻撃力2000のモンスターで、守備力2200のモンスターを攻撃なさるおつもりですか? ――いえ、たしか、『サクリファイス』の効果は」

「はい、『サクリファイス』の行う戦闘によって発生するダメージは、相手プレイヤーにも反射されますっ」

「この状況で発生するダメージは200。なればその程度のダメージは、甘んじてお受けいたします!」

 シズカが、胸を張った。『サクリファイス』の目から放たれた光が、虎を形作り『大僧正』へと襲いかかる。組んだ両腕に受け止められ、幻影の白虎が打ち砕かれた。遥のライフポイントは2100。シズカは、2200である。

 たった100ポイントのライフ差。だが、このまま『サクリファイス』での攻撃を続けても、遥に勝ち目はない。どこかで、それを覆せるのか。

「ターン、エンドです」

 遥の場には、『サクリファイス』と『強制終了』。『サクリファイス』は少なくとも一度は『ドゥローレン』を盾にすることで戦闘では破壊されず、二度目以降の戦闘を行おうとすれば、『強制終了』でバトルフェイズが終わらされる。そうなると、再びモンスターが吸収されてしまう。

 戦闘での除去は、不可能と考えていい。だからと言って放置すれば、やはり『強制終了』によって『ドゥローレン』が装備を外され、壁となっている『大僧正』を吸収される。意外と厄介な布陣を引く。

 私は、初めて遥の顔をまともに見た。中学生と言われても信じてしまうような幼顔が、赤く上気している。身体が小さいために配布されたデュエルディスクが相対的に大きく見えるが、構えた腕は下がっていない。小さな体から、全身から戦意があふれ出るようだ。シズカの試金石には少々物足りないとまで感じていた認識を、私は改めた。デュエルの腕や使用するカードとは別のところで、才能や強さとは垣間見れるものだ。少なくとも、成長する余地は十分にある。

 そしてどこか、必死だった。負けられない、という妙なプレッシャーを感じているのは間違いないだろう。それに飲まれそうになったが、立ちあがって流れを引き寄せていた。その原因が、私にはわからない。ただ単純にデュエルを楽しんでいるのではなく、シズカへの対抗心がその身を焦がしているようだ。

 対して、シズカはその名の通り、静寂を貫いている。大きな動揺を見せず、凛と遥を見据えている。こちらも、大きな動揺を見せずに冷静にデュエルを進めていた彼女は、令嬢の戦いとはかくあるべきかという気品のあるいでたちを未だ崩してはいない。そして、純粋にデュエルを楽しんでもいる。

 シズカのドロー。手札は四枚。うち一枚は『氷結界の破術師』で確定。伏せたカードが『リビングデッドの呼び声』だとすれば、未確定の三枚の中に、『サクリファイス』を打倒するカードを求める必要がある。

 シズカは、どう動くのか。

 力量を見ようと軽い気持ちで見守っていたデュエルの行く末が、気になって来た自分に気づく。

 

 

 

 

 

 

 

 よろしくありませんね。

 シズカは、口や表情にこそ出さないが、心の中で毒づいた。引いたのはモンスター・カードだった。残りの手札全ても、そうである。

 『ドゥローレン』を吸収した『サクリファイス』の攻撃力は2000で、通常召喚可能なレベル4以下のモンスターで対処できる数値ではない。手札には、2体の生贄によって通常召喚できる高レベルモンスターもいるが、セットされた『リビングデッドの呼び声』を使用して生贄をそろえたとしても、単体では『サクリファイス』には抗しえない。

「このような、使い手がいらっしゃるとは」

 つぶやいた。眼前の歳下にしか見えない少女は、癖の強い『サクリファイス』というカードを使いこなしているように見えた。まるでチェスのように複雑で、それよりも奥深い。社交界にすら入り込んだデュエルモンスターズの魅力はそこにある。

 始めは友人との付き合い程度だったデュエルだが、気付けばシズカは友人たちの間では負けなしになるほどに腕を磨いていた。ピアノやバレエなど、嗜みとして習わされたものではない、自分自身を磨く趣味としての地位を、デュエルはシズカの中で確立していた。それが高じ、こうしてデュエルアカデミアの入学まで果たしてしまったのだ。

 父は好きにしろと言い、母は難色を示したが、これからの名門の子女として嗜むべきはデュエルであると社交仲間から諭されて認めてくれた。全寮制の学校も、シズカにとっては未知の体験だ。

 シズカがアカデミアに入ったのは、純粋に自らを磨くためだ。そして今、シズカはそれが正解だったと感じている。シズカのエースモンスターをあっさりと除去することが出来る相手が、すぐそこにいた。強敵の存在。それは、感じたことの無い充実感をシズカに覚えさせてくれている。

 す、と息を吸い、フィールドを俯瞰した。相手の場には『サクリファイス』と『強制終了』。手札は2枚あるが、あれは『舞姫』の効果で戻した、現状では意味の無い罠カードのはずだ。自分の場には、『大僧正』と伏せられた『リビングデッドの呼び声』。手札に有効札は無い。ならば。

「わたくしは、伏せカードを発動。『リビングデッドの呼び声』が、墓地より『氷結界の軍師』を呼び起こします」

 先ほど、『強制終了』のコストとしてシズカの墓地に返ってきた『軍師』が、再びフィールドに現れた。

「そして『軍師』の効果を発動。コストとして、『破術師』を墓地へ」

「ドローまで、どうぞ」

 こちらの最初の行動が、不確定なドロー。手札に有効札が無いことは相手にも知られてしまったかもしれないが、どうしようもない。祈りを掲げて、カードを引く。

 魔法カード、『禁じられた聖杯』。モンスター1体の攻撃力を400ポイント上昇させるが、その代償として効果を封じられてしまう。

 『軍師』に使えば、『サクリファイス』と相討ちを取ることが出来る。だが、相手は破壊されずに場に残り、『大僧正』が次の相手ターンで吸収され、シズカの場にモンスターはいなくなってしまう。

 だが、このままでは追いつめられるばかりだ。シズカのターンにバトルフェイズを行わなくても、相手ターンのバトルフェイズで『強制終了』を使用すれば、『サクリファイス』は再び効果を使用できる。そうやってモンスターを減らされてしまうと、やがては直接攻撃を受けてしまう。

「どうすれば……」

 とりあえず、焼け石に水と知っていても『軍師』で『サクリファイス』との相討ちを狙うか。そうすれば、『ドゥローレン』は解放され、墓地に落ちる。次のターンに、『大僧正』を奪われても、ライフポイントは残る。

 分の悪い勝負だ。まだ、『聖杯』を伏せて、相手の攻撃を迎撃した方が良いように思える。

 状況は芳しくない。だが、シズカは表情を曇らせはしなかった。何かをかけたりしているわけではない練習試合だということもあるが、それ以上に、純粋にデュエルを楽しんでいるのだ。

 遥のデッキは、普段、見る価値もないカードとして軽んじられがちな低レベルモンスターたちにシナジーを見つけて、それを生かすデッキのようだ。見たことの無いデッキに触れることが、まず楽しい。

 そいて、『サクリファイス』と『強制終了』という2枚のカードによる強力なコンボ。こんなことが出来るのか、というデュエルの奥深さに触れることが出来た。これもまた楽しい。

 これで、もしも勝つことが出来たら、どれだけ楽しいのだろう。かなわない、と半ばあきらめつつ、シズカは再度手札を見なおした。

「――あら?」

 声が、漏れる。

 

 

 

 

 

 

 勝てる。遥は、そう思った。

 ライフポイントに、差はほとんど無い。100ポイントが勝敗を分ければ劇的だが、それはそうあることではない。机上の戦力では、互角以上だ。手札に温存している罠カードも、それを封じる『大僧正』さえ除去出来れば、機能出来る。

 『サクリファイス』は、遥のデッキのエースモンスターだった。シミュレーションとはいえ、このコンボが崩されたことは、ほとんど無い。

 対するシズカは、手札を見て考え込んでいる。視線を外して、遥は奏を見た。さっき、間違いなく、彼女の視線はこちらに向いた。それだけで、遥は天にも昇る思いだった。

 その奏の前で、遥は勝とうとしている。

 早く来て、とシズカに頼み込みたくなりそうだった。

 別に、防御を固めてもいい。毎ターン、衣をはがすように相手のモンスターを削り取っていくこともできる。

 逸る遥をよそに考えを纏めていたシズカが、顔を上げた。

「バトルフェイズに入ってもよろしいでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 仕掛けるか。

 私は、静かに宣言された言葉を聞き、目を細めて戦場を注視する。シズカが何をするつもりかは分からないが、流れは停滞しつつある。遥かに傾きかけた流れが、再びどちらかへ寄ろうとしているのだ。

 場は、遥が固めたように見える。そしてバトルフェイズへの移行宣言。戦闘では無敵を誇る『サクリファイス』を撃破する手段を構えたということか、それとも『強制終了』で『ドゥローレン』を浪費させるための、ただのブラフなのか。

 攻撃表示のモンスターは、『氷結界の軍師』のみ。その攻撃力は1600と、『ドゥローレン』を吸収した『サクリファイス』には及ばず、たとえ何らかの手段で攻撃力で上回ったとしても、ダメージは反射される上に『サクリファイス』は破壊できない。

 たとえば、バトルフェイズ中に追加でモンスターを特殊召喚する。そういうことが出来れば、『強制終了』をすり抜けて二度目の攻撃を叩き込むことが出来る。シズカが狙っているのはそれだろうか。

 違うな、と首を振る。見たところ、『氷結界』には魔法使い族モンスターが多い。それで頭に浮かぶのは、場の魔法使い族モンスター1体を墓地に送り別の魔法使い族モンスターを特殊召喚する『ディメンション・マジック』だが、あれには追加でモンスターを破壊する効果がある。それだけで『サクリファイス』を突破できる以上、ここまでで使っていない理由が無い。

 シズカの宣言に、遥はただ頷くだけだ。どんな敵が来ようとも、迎撃する自信があるのか。先ほどは流れを引き寄せていたそれが、急速に色あせているように、私は感じた。自信ではなく、慢心となってはいないか。勝負を急いでいるのではないか。

「『氷結界の軍師』で、『サクリファイス』を攻撃」

 シズカが、言い放った。遥は、僅かに口の端を上げるのみで、『強制終了』を発動する気配はない。そういう表情は似合っていなかった。

「バトルは、少し細かく分ければ、攻撃宣言、バトルステップ、ダメージステップの三つがあります。バトルステップに発動するカードはございますか?」

「ありません」

 まずい、と脳裏に走ったのは、直感が告げる声だ。それがブラフかどうかを判断したのは、思考ではなくデュエリストとしての勘。シズカはどうやってか、『サクリファイス』を戦闘破壊するつもりだ。

 自分の関わらないデュエルで、焦りを感じるのも妙な話だ、とどこかで冷静な自分がいう

。それだけ、眼前の戦いに観察以上の関心を持っているというのは、自分自身でも意外だった。

 老人が、扇子を突き出す。いくつもの氷柱が浮かび上がり、槍の穂先じみた先端が狙いを定める。異形が、羽根に埋め込まれた白虎を盾にするように『軍師』に向ける。

「『氷結界の軍師』の攻撃!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 氷柱が放たれた。遥はそれを、ブラフだと思っていた。あわてて『強制終了』を使えば、手札から追加のモンスターが現れて、『サクリファイス』を追撃してくる、と読んだのだ。攻撃力で勝っている以上、ここで動く必要はない。

 異形が、羽根をつきだした。

「ダメージステップ! 『サクリファイス』、迎撃を!」

「速攻魔法発動!」

 シズカの声が重なり、遥は思わず一歩踏み出した身体を凍らせた。このタイミングでの速攻魔法。攻撃力・守備力の増減に関わる魔法。

 『サクリファイス』は、戦闘破壊されないモンスターだ。攻撃力を上げようと、互いにダメージを受けるのみ。

「『禁じられた聖杯』!」

 カードが浮かび上がり、とっさにテキストに目を走らせる。

「攻撃力を400ポイントアップさせる効果……『ドゥローレン』との相討ち狙いですか!?」

 まさか、とシズカは凛々しい顔を崩さずに、優雅に笑った。思わず魂を抜かれそうになりながらも、次の一言に背筋が凍る。

「いいえ。わたくしが対象とするのは――『サクリファイス』!」

 なに、と言うまでも無く、『サクリファイス』の攻撃力が、上昇していく……『0』から『400』へと。

 『強制終了』は、発動できない。ダメージステップに発動できるのは、攻撃力の増減に関わる効果だけだからだ。

「『禁じられた聖杯』には、攻撃力を上げる代償として、効果を無効化する効果があります。効果が無効となった『サクリファイス』の攻撃力は元に戻り……」

 白い靄を上げながら、氷柱が異界の怪物を直撃した。針山のように幾本もの槍が丸い身体を貫き、地面に縫いとめる。

 全身にひびが入り、『サクリファイス』が崩壊していく。そして、爆散。白い噴煙に混じり、虎を象った魂が、シズカの場に消えていく。

「な、んで、『サクリファイス』がっ!」

「吸収したモンスターを盾とする能力も、無効となります。ゆえに、通常の戦闘処理によって、『サクリファイス』は戦闘破壊されたのです」

 遥のライフポイントが、一気に減少する。残り、1100。

「そんな――」

 ブラフではなく、ただ一度の攻撃で『サクリファイス』を撃破する。そんなことが出来るとは、思わなかった。

 実戦は、怖い。それを、痛感させられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一度、向かい合った二人の間で停滞した流れが、一瞬のうちに濁流となってシズカに押し寄せるのが、見えるようだった。

 シズカは、さらにモンスターを召喚し、ターンを終えた。遥は、自室茫然としながらもカードを引く。手札を二枚伏せ、ターンを送る。

 モンスターの数こそシズカがならべているが、遥の場には『強制終了』がある。それで、まだ耐えられるはずだ。

 だが、問題は盤面には無かった。自分が有利であると確信した状況での逆転。それは、どんな類の戦いであっても、精神的に大きなダメージを受けるものだ。実戦経験の少なさが出会ってから僅かな時間しか過ごしていない私でも感じられるほどに少ない遥は、それを受け止めきれないだろう。

 一応、デュエルは続いている。だが、それは敗北を先延ばしにしているにすぎない。デッキに逆転のカードが眠っているとしても、それを引く気が遥の方に無ければ、カードが応えることは無い。オカルトのようだが、それは真理だ。

 眼前で、つい先ほどとは打って変わって黙々と試合が展開されている。シズカの攻撃を、遥がいなしている。そう見ることもできるだろうが、当人たちは、そう感じてはいないだろう。

「『砂塵の大竜巻』により、『強制終了』を破壊いたします」

「あぁ――」

 ついに、遥の防壁が破られた。乾いた風が、投影されたカードを打ち砕く。それは、遥の闘志が折れる音にも聞こえた。

「『氷結界の虎将 ライホウ』で、プレイヤーにダイレクトアタック」

 決着は、静かについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遥は立ちすくみ、根が生えたかのようにその場から動くことが出来なかった。デュエルディスクからはソリッドヴィジョンの光が消え。戦いが終わったことを示している。

 重力に引かれ、力無く腕を下げた。

 周りからまばらな拍手が起き、それが次第に瀑布のような大きさへと成長していく。シズカが、手を挙げてそれに応えた。

 鎖から解き放たれたように、遥の身体が動いた。どうする、と思う間もなく、感情に突き動かされて、人の間を駆けた。

 もとより、運動は苦手な身体だ。それでも、広場からは逃げられた。

 そう、遥は、逃げたのだ。シズカから、それを囲む大衆から。とても、そこに居る気にはならなかった。

 奏からも、逃げた。建物の壁に背をつけて爆発しそうな心臓を押さえつけながら、酸欠にあえぐ脳の片隅でそれに気付いた時、遥はその場に崩れ落ちた。

 初めて出会った、憧れの人だった。もう、顔を合わせることなど出来そうにない。せめてあの場にとどまれば、声をかけてもらえただろうか。少なくとも、あの人の視線が遥に向くことは、無くなってしまった。

 荷物を纏めて、学園を出よう。そんなことまで考えた。遥のような負け犬が、居て良い場所ではないのだ。勝負から、奏から逃げた。学園からだって、逃げられる。そんな、ねじ曲がった方向への気持ちだけが、心の中を占めていく。

「おい」

 声が、降って来た。遥は、顔を上げなかった。こんな姿を、誰かに見られたくはなかった。だから、顔を伏せて遥はうずくまったまま、返事をしなかった。

「こんなところで、なにをしている」

 答えたくはなかった。

「答えないということは、それだけの矜持は残っているということだな。なら、いい」

 え、と思わず遥は顔を上げてしまった。こちらを無感動に見下ろす顔があった。それが誰か、一瞬だけ分からなかった。

「負けたのが悔しいか?」

「それは」

 何かを言おうとしたが、嗚咽がこみ上げて、続かない。吐きそうなほどの嗚咽と感情が胸の底から湧き出してくる。

「シズカに、負けたからか」

 声が出ない。遥は、首を縦に振る。

「それだけか」

 横に振った。

「なら、なんだ」

「それは」

 こみ上げるものがある。止めようのない言葉となって、口から漏れだした。

「奏さんが、あたし、同室なのに、シズカさん、ばっかり、見てて、それであたし……」

「……」

「でも、奏、さんは、あたしのこと見てくれなくて」

「……」

「勝てるって、思って、それなのに、負けたから、……もう」

「もう?」

 ぐい、と顎を持たれ、引き揚げさせられた。それほど強い力ではないが、有無を言わせない圧力を帯びている。涙に滲んだ視界に、琥珀色の瞳が映った。

「もう、なんだというんだ」

「かな、で……さん」

「はっきりと言え。自分の中だけで完結しようとするから、逃げ場がなくなる」

「逃げ――てなんか」

「なら、なぜここにいる」

 答える代りに、遥は音を立てて鼻を啜った。奏が、無言でハンカチを差し出した。それで、涙をぬぐう。黒地に灰色のラインの入った男物だ。

 また、嗚咽がこぼれそうになる。今度は耐えた。身体の震えを抑えようと、うずくまった。

 奏が隣に座るのがわかった。

 何も、言わなかった。何も、言われなかった。ただ、嗚咽をこらえるのに必死だった。

 

 

 

 

 

 

 

 三分か、五分か。その程度の時間が、遥には永遠に近いものに感じられただろう。

 いつの間にか、嗚咽が消えかけて肩の震えが止まりつつある。

 年頃の少女の心はいくらで泣けるが、身体は疲労に耐えきれないのだ。

 遥の気持ちが分かるなどとは言わない。途切れ途切れの台詞からは、なにかを勘違いした節があるが、ある意味では自分のエゴを押し通そうとしているようにも聞こえる。色々な意味で、純粋ではあるのだろう。

 私には遥を慰める気はなかった。デュエルとは、自分と相手の一対一の戦いだ。その結果は、すべて自分が被らなければならない。

 私はかつて、その結果を得た。それで、野に下った。

 うずくまる小さな少女の背中は、それを抱えるのには狭すぎる。肩代わりしてやることはできないが、押しつぶされるのを見捨てても置けなかった。

 どうすることもできず、遥の隣に腰を落とす。

 鼻をすする音が大きく響いた。




そんなわけで二カ月ほどぶりです。実は二か月前に書き終わっていたりしていたんですが、流れやら結びやらが気に食わず投稿していないままタイミングを逃していたものです。これからもマイペースで続けていきます。


これだけでは難なので、ちょっとしたコラムっぽいものでも。別名言い訳です。

タイトル:『プロデュエリスト』とはなんぞ?

 アニメなどには普通に出てくる職業ですが、実際のOCGではいわゆる『プロ』、カードゲームで生計を立てている人はいません(ショップ等は除いてですが)。
 ただ、プロシステムを採用しているTCGはあり、遊戯王(M&W)の元となった『マジック・ザ・ギャザリング』がそれにあたります。(過去には、ディメンション・ゼロという超絶高度な戦略TCGにもありましたが、数年でゲーム自体がショップから消えてしまいました。いいカードゲームでしたが、いかんせんプレイングの難度の高さからかそこまで流行りはしなかったように思います。)
 じゃあマジックのプロデュエリストが何をしているかというと、飛行機代とホテル代を出してもらって世界中を駆け回って大会に出る、というのが一応の仕事らしいです。それ以外にも公式ページやムック本でコラムを書いたり、カードゲームのデザインに関わったりということでお金を得ておられるようです。
 当然それだけの実力があり、たとえばある人などは「どんなデッキでも5.5割勝てるデッキを作る。それを私が使えば7割は勝てる」という言葉を残したりしています。
 シーズン中に結果を残さなければプロ資格をはく奪されてしまうので、大抵の場合、大会ごとに毎回デッキは変わります。その大会で流行りそうなデッキに勝てるデッキを用意していくのです。つまり、「○○使いの~さん」というのは基本的に存在しないわけです。
 ここまでが、現実の「カードゲームのプロ」の話。

 さて、遊戯王本編にも、プロデュエリストが登場します。初代のキースやRの賞金稼ぎ、GXのエド、5D's・ゼアルの大会参加者。なかにはなんでお前がプロなんだよ、というのもいますが、基本的にはカードでお金を稼いでいる人たちです。
 では彼らの実力はいかほど、となるわけですが、実際のカードゲーム環境とは違い、使用デッキによる「キャラ付け」がある以上、おそらく彼らの実力には相手次第でかなりのむらっ気があるはずです。無論苦手な相手をどうにかするのが構築力なわけですが、サイドなしの一本勝負、LP4000では秒殺の嵐です。キングが本気を出すまでもありません。メタも環境もない状況では、現実的に考えてプロ制度が出来るほどの奥深さは作れないのです。
 彼らが『プロ』である理由は、『プロ』としてキャラクター付けがされているからであって、必ずしも『環境にマッチしたデッキを構築し相手のデッキにあったサイドチェンジを行い、適切なプレイングを行う』という現実のプロとは乖離した存在なのです。
 結局、何が言いたいんだというといわれれば……「ぶっちゃけ、我々がアニメの世界にデッキ持っていったら最強になれない?」というのは誰もが思うことでしょう。つまり、結局のところ物語としての必要性もあり、アニメのデュエリストのレベルはその程度に収まらざるを得ないのです。

 そんなわけで、私の作品内の『プロデュエリスト』も、そうでないキャラクターとの実力の差が分かりにくいかもしれません。今回のデュエルでの反省点は、「初心者」を際立たせるために、余りにも不自然なプレイングを行っていることです。各キャラクターのレベルの違いを、メタ読みやサイドチェンジをせずにプレイングだけで示すというのは非常に困難なのです。
 駄目な小説にありがちな、『主人公が天才というより敵が馬鹿』という奴になってしまうわけです。
 私にできるのは、なんとか劇的な展開を思いつくようにカードを回し、それが無理ならハッタリをきかせて「なんか凄そう」と思わせることぐらいです。

 出来るかどうか? まあ、その。

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