遊戯王 ~とある男の再出発は少女として~   作:7743

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主人公の使うデッキは、ガチっぽいナニカ。色々と動かし甲斐があるデッキを選んだつもりですが、さて、どうなることやら。


アカデミア編入試験

 デュエル・アカデミアは、次世代のデュエリストを養成するための学校だ。通常の学校と同じような授業編成に加え、デュエリストとして必要な知識や能力を学ぶことが出来る。また、多くのプロデュエリストを輩出しているため、そのコネや指導を得ることが出来るのも、大きな魅力だ。

 

 したがって、この学校に入学を希望するものは多い。中等部からエスカレーター式に上がることもできるが、高等部からの編入者の方が多いという。どこかの孤島にあるという本校以外にもいくつもの分校があるが、どこも倍率は結構なものだ。

 

 ごった返す試験会場の前に立ち、私はそれを再確認させられた。本校ではなく、分校のイースト校の試験会場だが、それでも定員の倍近い人数が集まっているようだった。

 

 これを見たシズカがどんな反応をするか、私は気になった。話を聞く限り、シズカ・ラングフォードは純粋培養の箱入り娘だ。交友範囲は狭く、それも同じような良家の娘たちばかりだという。庶民の熱にあてられて倒れられでもしたら、すべてが台無しになってしまう。

 

 私は入り口に背をつけ、今か今かと彼女の到着を待ち構えていた。写真は見せてもらっている。母譲りなのか、すこし垂れ眼気味の碧眼に長い金髪。写真でもわかるきめ細かい肌には傷一つなく、まだ幼さを残しながらも女性としての魅力が現れ始めていた。端的に言って、美少女だ。少なくとも、今の私くらいには。

 

 造りものなだけあって、比較対象にしてみる程度には、私の容姿も整っている。にべもなく追い返したが、こうして待っている間にも何人かの少年に声をかけられ、軽く見積もってその五倍ほどの少年(わずかにだが少女)に視線を向けられている。

 

「すまないが、今、相手をしてやっている時間はない。他を当たってくれ」 

 

 そういって、しつこく会話を求めてきた少年を追い払っていると、視界に黒塗りのリムジンが見えた。番号を確認し、記憶と照合する。間違いなく、シズカはあれに乗っている。

 

 他に三台の車が、リムジンを囲むように停車した。中から黒服の男たちが飛び出し、周りの人間が何事かと色めき立つ。視線を気にするそぶりもせず、黒服の一人がゆっくりと後部座席の扉を開いた。

 

 まず出てきたのは、やはり黒服。サングラスをかけた顔で辺りを見回し、脇に退く。続いて見えたのは、陽に照らし出される豪奢な金髪だった。

 

 流れる金髪の下は、まごうこと無きシズカ・ラングフォードその人だ。場違いなまでに盛大に登場した美少女に、周囲からため息が漏れた。そのなかには、ついさっきまで私を口説いていた少年たちもいる。容姿では、負けかもしれない。

 

 騒ぎに、警備員が何事かと駆け寄ってきた。黒服と、何やら揉めている。試験会場に入ることが出来るのは受験者だけだ、ということに反発しているようだ。

 

 それを、シズカがなだめた。黒服は、それで折れたようだ。シズカだけが入口に向けて歩いてくる。旧約聖書の一幕のように、人の波が割れていく。

 

 これからどうするか、私は悩んだ。シズカに声をかけるべきか、否か。できれば入学前に顔見知りになっておきたいところだが、軟派な少年たちですら立ちすくんで見守っている今、声をかければ目立って仕方がない。だが、だからこそ印象に残る、というものだ。

 

 入口から背を離し、人ごみをかき分けようとする先で、シズカが首をかしげた。会場は広いため、どこへ行くかを迷ったのだろう。掲示板があるが、他でもないシズカが作った人ごみで隠れている。

 

 ちょうどいい、声をかける口実もできた。近づこうと決める。しかし、非力な女子のみでは、立ちはだかる人の壁をすり抜けられない。入り口を塞ぎかけていた黒服が、警備員に言われて車を移動させ始め、人ごみの半分ほどの視線がそちらに向かう。同時に、動きで起きた波に揉まれ、私は身動きが取れなくなってしまった。

 

 さらに、悪いことが重なった。シズカに、一人の少年が声をかけてしまったのだ。驚きながらも、シズカがおどおどと道を尋ねたのが遠目にも分かった。シズカがついていく形で、二人が移動してしまう。

 

 はやく、追わなければ。そう思っても、身体は思うようには進まない。髪の一部が跳ねるほどに人ごみに揉まれ、ようやく底から抜け出した時には、二人の姿は見えなくなっている。

 

 どこだ。とりあえず、移動していった方向に走る。不思議なことに、それは会場とは逆方向だった。嫌な予感が、私の背後から駆けていく。

 

 使われていない、人気のない建物が見えた。そこにいる。予感が告げて、それを裏打ちするように、声が走った。

 

「な、何をなさるのですかっ」

 

 人ごみに届くほどの大声ではない。だが、私には届いた。汗を飛ばし、建物の陰に飛び込む。

 

「誰だ!」

 

 誰何の声を上げたのは、シズカに声をかけたのとは別の少年だった。併せて四人。壁を背にしたシズカを囲っている。

 

「お前たちに、用はない。そちらの娘だけ、こっちに寄こしてもらう」

 

 威圧感を込めたつもりだが、少年たちは、私が少女だと分かると口の端を上げる。シズカから目をそらすが、彼女は逃げ出す素振りをみせない。どうにか立ってはいるが、膝が笑って今にも崩れ落ちそうだった。少年のうち、二人がこちらに近寄ってくる。

 

「あんたも受検者か?」

 

「だったら、なんだ」

 

「俺達も受検者なんだが、デッキを忘れちまってさ。ちょっと貸してもらえないかと交渉してただけだよ」

 

 明らかに、嘘をついている目だ。それを隠そうともしていない。私は拳を握り、構えた。見たところ、タダの少年以上の身体能力や技術は持ち合わせていないようだ。非力でも、サテライトの路地で覚えた技術はある。二人なら、やり方次第でどうにか勝てる。その間に、シズカが逃げてくれればいいし、そうでなくても騒げば人は集まるだろう。

 

 威圧するように、ゆっくりとこちらに近づいてくる二人の少年。あと一歩で、拳が届く距離。

 

 背後から、声が響いた。

 

「女の子相手に、何やってんだ、お前ら?」

 

「今度は誰だ!」

 

 二度目の乱入者に、少年たちが身構えた。構えを解かないまま、振り返る。逆光を背負った、背の高い少年がそこにいた。かすかに分かる顔の造作を見るに、まだ若い。高校生程度だろう。彼はゆったりとした身振りで両手を広げながら、陰に入ってくる。

 

「通りすがりのデュエリストだ。怪しいもんじゃない」

 

「俺たちは、こっちの嬢ちゃんと話があるんだ。通りすがるなら向こうに行け」

 

「いやいや、お前ら話し合う雰囲気じゃないだろ?」

 

 私の隣に立ち、さらに歩を進ませる。一瞬即発の空気に、何の構えも無しに触れた。

 

「……っの野郎!」

 

 風を切り、二人の少年のうち、一人の拳が飛ぶ。乱入者の腹部を狙った一撃は、しかし、流すようにかわされた。眼を見開きながら、たたらを踏む。

 

「危ないじゃないか。お前ら、毎年ここでデッキのカツアゲしてる集団だろ? やりすぎたな。今年は警備が増強されてるぜ。こんなところでぐだぐだやってるうちに、駆けつけるぐらいにはな」

 

 言葉に、少年たちは顔を見合わせる。余裕の態度の乱入者に、拳を構えた私。黙らせるには、手間がかかり過ぎると判断したのか、誰ともなしに顎を振り、影の外へと駆けだした。

 

 シズカが崩れ落ちる。あっと思った時には、乱入者が駆け寄り、手を差し伸べていた。

 

 味方だと判断したのだろう、遠慮がちにだが、シズカはそれを握った。出遅れたことを悔やみながら、私も近寄る。

 

「けがは無いかい?」

 

「はい、おかげさまで」

 

 囲まれていた恐怖が抜けきっていないのか、囁くような声だった。しかし、乱入者の少年は笑みを見せる。

 

「よかった。そっちの君は?」

 

「問題ない。一応、礼を言っておく」

 

 勝算がなかったわけではないが、助けられたのは事実だ。素直に頭を下げると、少年の笑みが深くなった。

 

「そうか。正直、怖かったんだけど、よかったよ。まだ心臓がバクバクいってる」

 

 姫君を守る騎士のように、手を握ったまま影を出る少年。ようやく、顔がよく見えた。くせ毛気味の黒髪の下、顔の造作はなかなか整っている。だが、どこかだらしなく口元を上げているのが脱力しているようにも見え、見た目以上に三枚目というような印象を受ける。

 

 私は眉を上げた。見知っている顔だったからだ。私の驚きを感じたのか、少年が振り返る。

 

「もしかして、俺のこと知ってる?」

 

(あかつき)・ユウヤか? セミプロの」

 

 何度か雑誌で見たことがある。出会うのは、これが初めてだ。ユウヤは恥ずかしげに後頭部をかく。

 

「名乗らずに去った方がカッコいいと思ったんだけどな。そう、俺は、暁ユウヤっつー通りすがりのデュエリストだ。お嬢さん方のお名前を訊いてもいいかい?」

 

「わたくしは、シズカ・ラングフォードと申します」

 

 今更になって手を握られていることを意識したのか、それとも興奮と恐怖が冷めないのか、シズカは紅い顔をしていた。

 

 ユウヤの視線に促され、私も名乗る。

 

「柚葉・奏だ」

 

「プロならともかく、セミプロの俺のこと、よく知ってたな。もしかして俺のファン?」

 

「偶然だ。セミプロでも若いほうだから、記憶に残っていた。それと、そちらのシズカ嬢の手を、いい加減離してやれ」

 

 からかうようににやける顔面に、鼻を鳴らして返した。シズカが控え目に腕を振っているのを見て、ユウヤが謝りながら手を離す。

 

「こりゃ失礼」

 

「いいえ。暁さん、助けていただき感謝いたします。そちらの方、柚葉さんも」

 

 ユウヤの毒気の無い笑顔に安心したのか、シズカはショックから立ち直りつつあるようだ。

 

「デッキは無事かい?」

 

「おかげさまで。あの、さっきの方々はいったい……」

 

「試験会場には、自慢のデッキを持ったデュエリストが集まるからな。そういう奴からデッキを巻き上げようってバカも混じってるんだ。しかも、デッキを巻き上げられ奴に、有料でデッキを貸し付ける奴もいる。当然そいつらはグルで、二重取りってことさ」

 

「巧妙だな」

 

 シズカは顔を青ざめさせたが、私はむしろ感心してうなづいた。そんなことをするより真面目に働いた方が儲けになるだろうが、カツアゲに一工夫加えて効率を上げるのはなかなかだ。

 

 ユウヤが呆れたように肩をすくめる。

 

「そんなことより、デッキが無事なら試験会場にいこうぜ」

 

「暁さんも受けられるのですか?」

 

 目を丸くするシズカ。私も、意外だった。ユウヤは苦笑いで返す。

 

「セミプロったって、受けちゃいけないわけじゃないだろ。俺はアカデミアに通ってたわけじゃないからな。これから上に行くために、改めて基礎を固めたいんだ」

 

「向上心、ですね。わたくしも、負けてはいられません」

 

 ユウヤが意気込んで拳を握ると、シズカも花が咲くように顔をほころばせた。どうやら、ユウヤには人を安心させる何かがあるようだ。連れ添うように並んで歩く二人の後ろを、私がつけていく。ユウヤに一歩劣るものの、とりあえずは顔見知りになることが出来た。ユウヤが通りすがりであることを考えれば、十分な成果だろう。

 

 五分ほど歩いたところに、試験会場はあった。かなり広い、体育館のような建物だ。受付だろうか、仮設テントに人が並んでいる。私たちも、それに続いた。

 

 受験票を見せ、デッキを渡す。何枚か指定されている使用禁止カードの有無を確認され、返却された。さらに、板のようなデュエルディスクも貸し出された。

 

「受験方法は知ってるか?」

 

「はい。確か、教員の方々とデュエルを行って、勝ち負けではなく過程を考査の上で、入学の可否とクラス分けが決まるんですよね」

 

 慣れない手つきでデュエルディスクを腕に嵌めつつ、ユウヤにシズカが応えた。だが、ユウヤは首を横に振る。

 

「このイースト校は、受験者が多いせいか、それだけじゃないらしい」

 

「え?」

 

「教員とデュエルするのは間違ってない。だけど、それは受験者の半分だけだ。残り半分は、そいつらがまた分かれて、審査員の前でデュエルさせられるらしい」

 

「そうなのですか?」

 

 口に手を当てて驚きを示すシズカに、私は頷いた。これが、最初の難関だ。もしもシズカと当たることになったら、よほどうまくやらない限り、三つあるクラスで分かたれてしまう可能性が高い。

 

 ケンタロウの言では、シズカの腕ではまだ最上位たる『オベリスク・ブルー』に入るのは難しいだろうということだった。本校では女子生徒は全員そこに入れられるというが、分校では勝手が違うらしい。

 

 つまり、実力的にシズカが配属されるのは二番手の『ラー・イエロー』。私が狙うのも、そこになる。

 

 シズカが教員と戦った場合は、問題ない。彼らもプロだし、きちんとシズカの実力を測ってくれるはずだ。他の参加者と戦うことになった場合は、相手の力量に幅がありすぎて、実力以上、もしくは実力以下の判定を下されかねないのが懸案事項か。

 

「どちらの形式になるか、わからないのですか?」

「さっき小耳に入れたんだが、単純に受験番号の末尾が偶数か奇数かで決めるらしい。偶数なら、教員相手だ」

 

「あ、私、偶数です」

 

 ユウヤの情報に、内心で胸をなでおろした。これで、シズカの方は問題ない。

 

「奏さんは?」

 

「奇数だ」

 

 馴れ馴れしく呼ばれ、短く返す。シズカのものと同時に出願されているため、受験番号は一つ違いだ。

 

 私の態度に気を悪くした様子は見せず、ユウヤは自分の受験票を振る。

 

「俺も奇数なんだ。どんな相手と当たるか楽しみだな。もしかしたら、奏さんと当たるかも」

 

「お手柔らかに、というつもりはない。だが、出来れば当たりたくはないな」

 

 言動は軽いが、ユウヤはかなりの実力者のはずだ。万が一にもあっさりと負ければ、最下位の『オシリス・レッド』に配属される可能性もある。かといって勝ってしまえば『オベリスク・ブルー』だ。とてつもなく面倒なデュエルになるだろう。

 

 嫌な予感がした。シズカを探している時と同じで、しかもあの時よりもそれは強い。

 

 杞憂だ、と視線を辺りに振って気を紛らわす。受験生たちが会場に入っていく。そろそろ、試験が始まるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……冗談だろう?」

 

「お手柔らかに、とは言わないんだっけ?」

 

 名前を呼ばれ、審査員の前に立った私は、対戦相手を見て愕然とした。対するユウヤも、運命のいたずらに苦笑を洩らす。

 

『では、お互いにデッキをカットアンドシャッフル』

 

 審査員の声に、互いにデッキを交換する。40枚の紙の束。それが、私の運命の半分を握っていると思うと、じんわりと嫌な汗が流れる。

 

「緊張してるのか? 力抜いていこうぜ」

 

 対するユウヤは、軽い口調で言った。私たちの番は遅い方だったらしく、試験を終えた受験生たちが遠巻きに観察している。ユウヤはそれに軽く手を振る余裕まで見せているが、こっちはそんな状況ではない。

 

 勝ってはならない。だが、簡単に敗北は出来ない。相手がいて、運も絡むデュエルでそれを成すのは至難の業だ。

 

 しかし、賽は振られてしまった。ならば、やるしかない。

 

 一度は死んだ身だと思えば、少しは楽になった。人生をやり直す機会を与えられているのだ。この程度の苦難、当然と思うことにした。

 

 握手を交わし、分かれる。デュエルディスクにデッキをセットし、手札となる5枚を引く。

 

 ライフポイントは4000。これを削りきった方が勝利となる。

 

「先攻は、柚葉・奏。では、始め!」

 

「私のターン、ドロー!」

 

 運命の戦いの開始は高々に。勢いよくカードを引き抜く。横目で確認し、手札に加える。

 6枚の手札。それをどう切るかで、運命が決まる。それを見通すのが、デュエリストの腕の見せ所だ。

 

 見えた気がした。相手のデッキも分からない。情報不足の、まだぼんやりとした幻影だが、それに向かって動くしかない。

 

「私は、『マドルチェ・マジョレーヌ』を召喚」

 

 デュエルディスクに置かれたカードの情報から、仮想フィールド上に実態のない立体映像が投影される。幅広い三角帽子を押さえ、浮き出すように魔女を模したぬいぐるみが浮きあがった。

 

 脇に表示されるのは、『攻撃力1400』の文字。この数値だけ、相手のライフポイントを削ることが出来る。

 

「『マジョレーヌ』は、召喚時にデッキから『マドルチェ』と名のつくモンスターカード1枚を手札に加える効果を持つ」

 

「こちらが手札から使うカードは無い。解決まで、どうぞ」

 

 ユウヤの言葉に頷き、デュエルディスクに指示を出す。デッキから自動的に1枚のカードが排出された。何が出てきたかは、相手もデュエルディスクで確認できる。

 

「手札に加えるのは、『マドルチェ・ミィルフィーヤ』」

 

 不正をしていない証拠として形式的にカードを見せ、手札に加える。別のカードを引き抜き、ディスクに挿入。

 

「さらに、永続魔法、『マドルチェ・チケット』を発動。このカードは、マドルチェという名を持つモンスターが手札かデッキに戻された場合、デッキから新たなマドルチェモンスターを加えることが出来るカードだ」

 

「ついでに言うのなら、1ターンに一度の制限があって、しかも戻ったら絶対に解決しなくちゃいけない。さらに、天使族のマドルチェが存在する場合は場に出すこともできる。あってるかな?」

 

「その通りだ」

 

 流石、セミプロというだけあって知識はある。マドルチェを主軸としたデッキはメジャーともマイナーとも言い難い地位にあるが、そのあたりのカードプールは把握済みか。

 

 情報の有無は、勝利のカギを握っている。その意味で、私は一歩不利に立った。こちらは相手のデッキを把握していない。

 

「これで、私はターンを終了する」

 

 ユウヤが頷き、ターンエンドを承認。ターン開始の合図として、カードを引く。

 

「ドロー、スタンバイフェイズ。なにか使うカードは?」

 

「ない」

 

「では、メインフェイズ」

 

 通常、確認をスキップされがちなスタンバイフェイズの確認。懐かしい感覚だった。だが、感傷に浸っている余裕はない。ユウヤの目が光る。

 

「俺は、『BF(ブラックフェザー)―蒼炎のシュラ』を召喚!」

 

 現れるのは、鳥の頭と黒羽根を持つ人型。鋭い目でこちらを睨みつける映像に、周囲が小さくざわめいた。

 

「び、BFだ!」

 

「BF!?」

 

「俺、当たらなくて良かった……」

 

 審査員が視線で静寂を促している。私だって、叫び声を上げたくなった。ブラックフェザー・デッキ。早い話が、強い。もちろん、使い手によるだろうが、間違いなくユウヤはそれを使いこなしてくるだろう。

 

「そのままバトルフェイズに入らせてもらおうかな」

 

 了承するしかない。しぶしぶ頷く。なら、とユウヤが声を上げた。

 

「シュラで、マジョレーヌを攻撃」

 

「攻撃は、通る……!」

 

 私のうめき声を合図としたかのように、蒼き鳥人が飛翔、脚の先の鋭いかぎ爪が煌めいた。名の通り黒き疾風となったシュラの爪が、目を閉じて箒を突きだしたぬいぐるみの魔女へ迫る。攻撃力1800。1400の彼女では、抗しきれない。

 

 一閃。

 

 私のモンスターは、光の粒子となり砕け散る。攻撃力の差分、400が私のライフポイントから引かれ、残りは3600。

 

 戦闘は終わった。だが、それだけではない。ユウヤが叫ぶ。

 

「相手モンスターの戦闘破壊をキーとし、シュラの効果を発動!」

 

「こちらも、マジョレーヌの効果を発動!」

 

 より後に発動した効果が、先に解決される。マジョレーヌの効果は、『相手によって破壊されたときにデッキに戻る』というもの。マドルチェモンスターの共通効果だ。解決し、墓地に落ちたマジョレーヌをデッキの一番上に置く。ディスクが自動的にデッキを切り分けてくれる。

 

 さらに、私のフィールドの上で、一枚のカードが輝きを放った。『マドルチェ・チケット』の効果発動条件が満たされたからだ。

 

「『チケット』により、デッキからマドルチェモンスター一体が、私の手札に加わる。『マドルチェ・メッセンジェラート』を選択」

 

 カードを確認し、ユウヤの目が光った。こちらのカードについての知識があるということは、ある程度戦略にも通じているということだ。マジョレーヌとチケットによるサーチ効果で、私の手札はすでに2枚が露見している。次に私が仕掛ける行動は、読まれていると言っていい。

 

「そちらの解決は終わったな。では、こちらのカードを解決する。シュラの効果により、デッキから攻撃力1500以下のBFモンスターを、デッキから特殊召喚できる。来い、『BF(ブラック・フェザー)―大旆大旆(たいはい)のヴァーユ』!」

 

 煌びやかな光の中から、鶏に似た一体の鳥人が姿を現した。守備表示。を示すため両腕で体を隠す。ブラックフェザーの名に反する白い羽が目立つが、その身に纏った学ランに似た服のおかげで違和感はない。いや、問題はそこではない。

 

「バトルフェイズは終了。再びメインフェイズに移る」

 

 ユウヤが、挑発するように口の端を上げた。

 

「ヴァーユはいわゆる『チューナーモンスター』だ。他のモンスターと合体することで、エクストラデッキから強力なモンスターをシンクロ召喚できる」

 

 だが、と指を振り、

 

「俺はこのターン、カードを一枚、場にセットする。そしてターン終了だ」

 

 ユウヤの行動に、周囲がまたざわめき始めた。シンクロ召喚によって現れるモンスターは、当然素材となるモンスター一体一体よりも強力だ。特に、ヴァーユの攻撃力は800と頼りない。誰もが、ヴァーユをそのまま場に残すことに疑問を感じていた。

 

 ユウヤを見る。返ってくるのは、思わせぶりなウインクだ。手を抜いているわけでは、ないはずだ。つまり、これはこちらの出方と力量を窺う一手。

 

 私は、小さく舌を出して唇を濡らした。ケンタロウの下で、代理デュエルをやっていた時には感じなかった高揚感がある。シズカのことがなければ、全力で相手をしたいところだし、そうしないと厳しいかもしれない。

 

「私のターン、ドロー」

 

 相手の場には、2体のモンスターと1枚の伏せカード。ブラックフェザーは、観客の声からも分かる通り、非常に有名なデッキだ。それ故に、搭載されているカードもある程度予測はつく。

 

 相手の立場で考えればいくつかの選択肢で伏せカードを絞れる。さらに、露骨なまでの誘うようなプレイング。私の中で、伏せカードはほとんど確定した。

 

「メインフェイズ。私は手札から、『マドルチェ・ミィルフィーヤ』を召喚!」

 

「どうぞ」

 

 にゃあご、と高い声とともに現れるのは、ぬいぐるみの猫。現実にはありえないピンク色の毛皮に覆われた手で、眠たげな半目の顔を拭う。

 

「では、場に出たミィルフィーヤの効果を発動。手札から、マドルチェモンスター一体を場に特殊召喚出来る。私は、『マドルチェ・メッセンジェラート』を、攻撃表示で特殊召喚!」

 

 ミィルフィーヤの脇に、更なるモンスターが追加された。今度は人型だ。モチーフは郵便配達員。やはりぬいぐるみの、蒼い髪をした少年だ。

 

 この二枚は、すでに公開して手札に入れたカード。ここまでは、ユウヤの想定内で間違いない。

 

「メッセンジェラートは特殊召喚時に獣族のマドルチェモンスターがいれば、デッキからモンスター以外のマドルチェ・カードを手札に加える効果があったね」

 

「その通りだ。当然、発動させてもらう」

 

「俺に発動するカードは無い。どうぞ」

 

 ここが、考えどころだ。サーチする選択肢は何枚かある。どれを選ぶか。ユウヤの中では、何が選ばれているか。

 

 私は、一番無難な選択肢を選んだ。無難ということは相手の想定内で、それだけに互いの次の一手が読みやすくなる。

 

「サーチ対象は、『マドルチェ・シャトー』。そのままシャトーを発動」

 

 カードをディスクに置くと、うっすらと甘いにおいが漂った――気がした。モンスター単体を映し出していたソリッドビジョンが、二つのデュエルディスクによって巨大な背景を形成していく。

 

 私たちの周りを囲むのは、半透明のお菓子の城だ。まるで童話に出てくるような、焼き菓子とクリームが中心の、甘いモノ好きでなければ胸焼けがしそうな光景だった。

 

「フィールド魔法『マドルチェ・シャトー』。このカードがある限り、私のデッキに戻るモンスターは、代わりに手札へと還ってくる。さらに、フィールドに存在するマドルチェモンスターの攻撃力・守備力は500アップする!」

 

 言葉と同時、表示されたステータスに変更が入った。メッセンジェラートの攻撃力は1600から2100へ。ミィルフィーヤは500から1000へ。これで、相手のモンスターの攻撃力をどちらも上回った。

 

「このままでは、俺のモンスターは全滅かな」

 

 言葉とは裏腹に、ユウヤの顔から笑みは剥がれない。虚勢か、罠か。確かめるには攻めるしかない。

 

「バトルフェイズ。ミィルフィーヤで、ヴァーユを攻撃」

 

「まあ、そうなるわな。……(トラップ)カード、発動!」

 

 伏せられたカードが反転した。紅い枠。一度伏せてから次ターン以降は任意で発動できるカード。

 

「『ゴッドバードアタック』! 発動コストとして、攻撃されんとするヴァーユを墓地に送り、そちらの場の二枚の魔法カードを選択! それらを破壊する!」

 

 『シャトー』『チケット』が、光の粉となって四散。攻撃対象を失ったミィルフィーヤは飛びかかった勢いを殺せず、顔から地面に突っ込んだ。ソリッドビジョンとはいえ、こっちまで痛みを感じそうだ。

 

 だが、そんなことを気にしている場合じゃない。ソリッドビジョンは縮小し、菓子の城が打ち砕かれる。

 

「これで、そちらのモンスターの攻撃力は元通り。1800のシュラを抜くことが出来ず、ヴァーユはすでに俺のフィールドに無い。まだバトルフェイズを続けるかい?」

 

「いいや、遠慮しておこう。メインフェイズに入り、カードを1枚伏せる。そのままターンを渡す」

 

 無表情を作り、ディスクに裏向きでカードを差し込む。ユウヤは笑みのまま。互いに、仮面を被っている。相手がどこまでを読んでいるか。それが問題だった。

 

「そりゃどうも。では、俺のターン。カードを1枚引き、スタンバイフェイズを経てメインフェイズに」

 

 引いたカードを見たユウヤが、一瞬眼の色を変えた。何を引いたのか。

 

「そちらの手札は?」

 

「4枚だ」

 

「どうも。じゃあ、カードは出さずにバトルフェイズに入ろうかな。シュラでミィルフィーヤを攻撃」

 

「罠カードを発動。『和睦の使者』。このターン、私のモンスターは戦闘で破壊されず、私に戦闘ダメージは届かない」

 

「……いいぜ。攻撃は実質的に無効化。メインフェイズに移行」

 

 水面下の読み合いを見せずに、仮面をかぶったまま言葉が飛び交う。ここまでは、様子見のつばぜり合いだ。ブラックフェザーもマドルチェも、手の内を見せてはいない。

 

 ユウヤが、動いた。

 

「そちらの場に伏せカードは無い。存分に動かせて貰おうかなっ。永続魔法、『黒い旋風』を発動」

 

 あぁ、と叫びにも似た声が、各所から漏れる。椅子に座る審査員も、僅かに身を乗り出した。ブラックフェザーの、大きな一手。その切れ味の鋭さはよく知られている。

 

「『黒い旋風』は、俺の場にBFが召喚されるたびに、それよりも攻撃力の低いBFモンスターをデッキからサーチする効果を持つ。通すとおっかないぜ?」

 

「あいにく、止める手立てがない。出したければ出せ」

 

 手札も見ずに、私は応えた。盤面が大きくユウヤに動き始める。その流れの先を見極める必要があった。

 

「では、『旋風』が場に。さらに、手札からもう一体のシュラを召喚。デッキから1800未満の攻撃力を持つBFモンスターを加えていいかな」

 

「ブラストか?」

 

「さぁて。質問の答えになってないねぇ」

 

「――通す」

 

「では、ご指定のあった『BF(ブラックフェザー)―黒槍のブラスト』を手札に。このカードは、自分の場にBFモンスターがいるときに手札から特殊召喚できる。おいで、BFの尖兵!」

 

 名に恥じぬ、私の背丈よりも長い槍を構える鳥人。BFで統一されたモンスターが3体も並ぶのは、敵ながら壮観だった。だが、このままで済むはずがない。ここから先がある。

 

「俺はカードを2枚セット。そして、2体のシュラで、オーバーレイ・ネットワークを構築!」

 

 固唾をのんで戦局を見守っていた観客たちが、大きく身を乗り出す。審査員たちにも、それを諫める余裕はなく、釘づけになっている。

 

 フィールドに現れる、銀河にも似た、輝く粒子を吸いこむ漆黒の渦。エクシーズが来る、と誰かがつぶやいた。あるいは、私自身の呟きかもしれない。

 

「オーバーレイ・ネットワークを構築する2体のレベルは4。俺はエクストラデッキから、ランク4のモンスターをエクシーズ召喚できる! さあさあ本日初公開のエクシーズモンスター! カモン、『零鳥獣(れいちょうじゅう)シルフィーネ』!」

 

 観客を楽しませるプロデュエリストの癖か、両手を広げた大ぶりな仕草で高らかに名を呼ぶ。

 

 甲高い鳥の鳴き声で応えて渦から現れたのは、鋭い氷山。それが、変形していく。一本一本が剣のような羽根となり、それが集い分かたれ、槍の穂先に似た翼を作る。

 

 尾羽か、脚か。どちらを模しているともつかない穂先が腰を囲む。その間から、二本の細い足が突き出した。左右に開かれた穂先が割れ、五指を持つ手のひらが、続く腕が露出した。

 

 鳥のように見えたのは、黒の翼を背負い、刃物じみた黒の羽を纏った人型。黒の兜から、涼しげな視線が覗く。

 

 それに覗きこまれた瞬間、私の肝が冷えた。効果を訊かずとも、本能で、それが持つ強力な力を感じる。

 

「シルフィーネの、効果を発動! オーバレイ・ネットワークにあるオーバレイ・ユニットを一つ取り除き、次の俺のターンまで、今ここに存在する相手フィールドのカードすべての能力を封印する!」

 

「次のターンまで……だが、私のモンスターは、場に出た時には効果を使い終わっている。不幸中の幸いだな」

 

「そいつはどうかな!?」

 

 私が言うのを待っていたように、ユウヤが指を鳴らした。効果が封印される演出か、ミィルフィーヤとメッセンジェラートが凍りついていく。寒気が全身を襲った。

 

 シルフィーネの圧力が増していく。表示された攻撃力が、一気に増大した。元々の2000から、4100へと。

 

「シルフィーネの効果は、それだけじゃない。発動時のすべてのフィールド上のカード1枚に付き300ポイント攻撃力を上げるのさ!」

 

「攻撃力4100だと――」

 

 一瞬にして二倍以上に攻撃力を底上げしたのだ。一撃で、相手のライフポイントを削り取るのに十分な攻撃力。相手の場には2枚の伏せカードと『旋風』、ブラストとシルフィーネ自身。私の場には、2体のマドルチェモンスター。合計7枚のカードが展開されていた。

 

「本当は、このターンで決めたかったんだけどな。俺はターンを終了する。だが、シルフィーネの効果は次の俺のターンまで有効だ。攻撃力4100、超えてみな?」

 

 ユウヤの表情は、喜。勝利の喜びだけではない。こちらが、超えることが出来ることをどこかで臨んでいる。それが出来そうな相手と相対したことへの喜びだと、私にはわかった。

 

 圧倒された身体に、深呼吸で活を入れる。吸う空気は、特に冷たくもない。それに気付くと、見るべきものが見えてくる。

 

 私も、笑みを返した。

 

「私のターンだ」

 

 ドロー。場には、2体のマドルチェモンスターがいる。あちらが、先に手の内を見せた。ならば、こちらも見せつけるまで。

 

「攻撃力で抜くような真似は、私のデッキでは出来ない」

 

「諦めて降参かい?」

 

「まさか」

 

「そう、こないとね」

 

 息を詰める周囲で、戦場に立つ二人だけが笑っていた。見せてくれ、と視線で言われた気がした。言われなくても、そうしてやる。

 

「私は、『マドルチェ・クロワンサン』を召喚。レベル3の、マドルチェモンスターだ」

 

 舌を出した犬が、私の許に出現するが、ユウヤは動くそぶりを見せない。こちらの動きをどこで止めるかを窺っているのか、それとも伏せカードはシルフィーネの攻撃力を上げるためのブラフか。どちらにせよ、動いたからには突き進むまでだ。

 

「私は、クロワンサンとミィルフィーヤで、オーバーレイ・ネットワークを構築する」

 

 再び出現する渦。ユウヤが目を細める。見定める気か。どこまで読んでいるか、この一手で分かる。

 

「エクシーズ召喚、ランク3、『M-X(ミッシング・エックス)セイバー インヴォーカー』!」

 

「なるほど、見事な答えだ」

 

 笑みが濃くなった。ユウヤには、この後の展開が分かっているようだ。私の予測には、2枚の伏せカードという霧がかかっている。

 

「インヴォーカーの効果を発動。デッキからレベル4、戦士族または獣戦士族、地属性――この条件を満たすカード1枚を特殊召喚する! 私が選ぶのは、レベル4の地属性戦士族、マドルチェ・メッセンジェラート!」

 

「これで2体のレベル4マドルチェモンスターが並ぶ。見せてもらおうか、切り札を」

 

「レベル4のメッセンジェラート2体で、再びオーバーレイ・ネットワークを構築。マドルチェを統べる、王国の主。その権威をここに示せ。エクシーズ召喚――ランク4、『クイーンマドルチェ・ティアラミス』!」

 

 どこからかフィールドに、ぬいぐるみのリスとウサギが駆けこんできた。小さなイチゴを捧げるウサギに、差し伸べられる手が見えた。光の粒子が集まり、その先をぼんやりと形作っていく。玉座に座り足を包むドレス。王錫と、それを握る腕。羽織るのはガウン。現れたのは、温厚そうな一人の女性だ。ぬいぐるみで出来た、ぬいぐるみの女王。

 

 周囲を凍らせるシルフィーネに比べれば、温かみのある優しさは感じるが、威圧感は無い。シルフィーネに慄いた観客は、それに対抗するのがどんなに凶悪なモンスターかと期待したようだが、悲しいかな、その期待に沿うのは難しい。しかし、それは外見だけの話。

 

「クイーンマドルチェ・ティアラミスの効果を発動。まずはコストとしてオーバーレイ・ユニットを取りのぞき、自分の墓地にあるマドルチェカード2枚を指定。コストとして送ったメッセンジェラートと、『マドルチェ・シャトー』を選択する」

 

「解決は待ってもらうよ。俺は、伏せていたカードを発動。『安全地帯』。対象は当然」

 

 周囲を見、

 

「『ティアラミス』だ。そちらは何か発動するかな?」

 ユウヤの選択に、なぜ、という声がいくつか上がった。

 

 罠カード、『安全地帯』。対象のモンスター一体を、あらゆる効果の対象から守り、さらに破壊されない能力を付加するカードだ。多くの場合、その防御は鉄壁となる。

 

 それでシルフィーネを守らないのか、という疑問を持っている者が多いのだろう。観客の半数といったところか。審査員は、流石に微動だにしない。

 

 私は苦笑して見せた。

 

「マドルチェ・デッキ。そちらのBFとは比べるまでもないが、やはり知名度は高くないかな」

「気にするなって。こうしてBFと張り合うのはどんなデッキにも出来ることじゃない。それで、効果の解決に入っていいかな?」

 

「いいだろう。まずはティアラミスに対して安全地帯が撃ち込まれる」

 

 伏せカードが、1枚残っている。『ゴッドバードアタック』の可能性は、高くはない。私の選択次第ではコストとなる鳥獣族モンスターがフィールドに存在しなくなるし、そのあとに打てる確率も低い。使うなら、使っているはずだ。

 

「そして、ティアラミスの効果を解決。まずは、選択したカードを、自分のデッキに戻す」

 

 『メッセンジェラート』と『シャトー』が加わったデッキが切りなおされた。そこで、私は口を閉じてフィールドを見なおした。

 

 相手の場には、強大なシルフィーネと添え物のようになったブラスト。『黒い旋風』と『安全地帯』に伏せカードが一枚。

 

「その後、ティアラミスは相手フィールド上のカード2枚を選んで持ち主のデッキに戻す」

 

「さぁて、どれを選んだものかな」

 

 挑発する笑みを見せるユウヤ。

 

 一枚は、シルフィーネしかありえない。問題は、もう一枚だ。

 

 ブラストをフィールドから消したところで、自軍の総攻撃力は3800、ライフを削りきることはできない。

 

 安全地帯は無視。強力な防御力を与える半面、『安全地帯』自身が場を離れたときに、打ち込まれたモンスターを破壊する効果があるのだ。ここで選べば、ティアラミスが破壊される。

 

 『旋風』は相手フィールドに置かれているものの、今すぐに対応すべきカードかというと、難しい。ユウヤの手札には、カードが1枚しか残っていないからだ。それと、次に引くカード。どちらかがBFモンスターでなければ、『旋風』はただの置物に過ぎなくなるし、引いたとしても攻撃力の低いモンスターでは十分に機能できない。

 

 やはり、伏せカードを選択するしかなかった。

 

「伏せカードは、『聖なるバリア―ミラーフォース―』。攻撃モンスターを全滅させる罠カードだ。そのまま攻撃していたら、危なかったね」

 

 シルフィーネをエクストラデッキに、表にした『ミラーフォース』をデッキに戻しながら、ユウヤが言う。この選択は、彼にとっても想定内だろう。伏せカードが消え、私の見通しも良くなった。このデュエルだけでなく、さらにその先すら見通せるほどに。頭のどこかが冷えていく。

 

 観客は、あっさりとシルフィーネが除去されたことに驚きを隠せないようだったが、二人の間では、とうに分かっていたことだ。

 

「あれだけ鳴り物入りで繰り出した切り札が、随分と簡単に引き下がるものだな」

 

「なぁに、出そうと思えばもう一度出せる。それより、君が期待通りの使い手だったことが嬉しいくらいさ」

 

「あとは、その知ったかぶった笑顔を打ち砕くだけだな」

 

「そこまで出来たら、期待以上だ」

 

 こちらには、2体のエクシーズモンスター。相手にはティアラミスを縛る『安全地帯』と切り返しを助ける『黒い旋風』、穂先を掲げた『BF(ブラックフェザー)―黒槍のブラスト』。

 

 勝負の行く末は、まだ分からない。私が仕掛けるべきことは仕掛けた。決めるのは次のユウヤのドローだろう。

 

「俺のターン、ドローからスタンバイ、メインまで」

 

 2枚の札。ユウヤが、それを見つめている。小さく、息を漏らした。

 

(かなで)……って呼んでいいかい?」

 

「なんだ、いきなり」

 

「いやね、俺もセミプロとして結構な場数踏んだつもりだけどさ。こう熱い戦いは久しぶりだったんだよ。だから、敬意と親しみをこめて、君を『奏』と呼びたい」

 

 いきなりの問いかけに、私はたじろいだ。意図が読めない。だが、なぜか、呼ばれることに嫌悪感は感じていなかった。

 

「そうだな、私に勝てたら、呼び捨てでもいい」

 

「じゃあついでに、俺のことも名前で呼んでくれないかな?」

 

「デュエル中に口説き文句か?」

 

「いいや。ただ、名残惜しいだけだ。君の読みは素晴らしかったし、俺もここからどう逆転するか、考えるつもりだった。だが、それは無理そうだ」

 

「諦めて降参でもするつもりか」

 

「まさか」

 

 ユウヤは、不器用な笑い方をした。それまでとは違う、ふてぶてしく不敵な口の角度。

 手札を広げ、片方を抜く。

 

「俺は――『BF(ブラックフェザー)―蒼炎のシュラ』を召喚」

 

「3枚目のシュラ……引き当てたか、この土壇場で!?」

 

 『黒い旋風』を残したことが、裏目に出た。モンスターが2体。さらに『旋風』で追加。脳裏に、来るべき未来が映し出されていく。それに沿うように、ユウヤが言った。

 

「『黒い旋風』の効果が誘発する。シュラ未満の攻撃力を持つBFモンスター、『BF(ブラックフェザー)―黒槍のブラスト』を手札に加える。そして、手札からブラストを特殊召喚」

 

 まるでパズルのピースが嵌まっていくように、フィールドが埋められていく。相手の手札に残された一枚。それが、私の思っているカードならば。

 

「手札から、速攻魔法、『サイクロン』を発動。対象は、俺の『安全地帯』だ。通るかい?」

 

 見えた。これが通った先の未来。私とユウヤは、同じものを見ていた。ただ、立場が違うだけだ。

 

「……私に、それを止めるカードは無い。『安全地帯』が破壊されることによって、ティアラミスが道づれとなる。私に残る壁は攻撃力1600の『インヴォーカー』だけだが、そちらのモンスターの総攻撃力は5200。差分の3600、私のライフポイントに等しい値が、ダメージとして与えられるな」

 

「この状況を覆すカードは存在する。あとは、君の手札にそれがあるかだ」

 

「読んでみろ、ユウヤ」

 

「読むまでもないさ、奏」

 

 肩の力を抜き、私はデッキの上に手を置いた。

 

 

 




つ、つかれた……次はもっと気楽にかけたらいーなー(願望

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