遊戯王 ~とある男の再出発は少女として~   作:7743

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あーほら、あれです。その、お久しぶりです。


毒蛇の供物

 翌日の、朝のホームルーム。壇上にはクラス委員に選出された暁・ユウヤとシズカ・ラングフォードが立っている。

 東教諭は教室の端でパイプ椅子に座り、教室を眺めている。

 クラス委員の二人の背後、スクリーンに踊る文字は『新春デュエル大会』の文字。シズカが椅子に座る皆を見渡し、切り出した。

 

「昨日の放課後、クラス委員の顔合わせの会合が行われました。そこでさらに、新学期早々に行われる『デュエル大会』についての告知がありました」

 

 スクリーン文字にそこかしこで漏れていた声が、少しだけ大きくなった。みな、突然の告知に驚きを隠せないでいるようだ。

 

「昨日、そんなこと言ってませんでしたよね?」

 

「箝口令が敷かれていたんだろう。クラス委員として、情報を漏らしてはならないと」

 

 遥の小声に、私も小声で返した。シズカもユウヤも、昨日の夕食を私たちと共にしたが、そんなことはかけらも言い出さなかった。まあ、恒例行事のようだから上級生は知っているだろうし、そこから情報を得ているものはいそうだが。

 そう思って横目で見るのは、皆の同様とは一歩離れてすまし顔で座っている香川・冴月。なにやら情報通のような彼女あたりは、事前に知っていてもおかしくはない。

 

「ええと、静かにしていただけますか? これから、大会の詳細をお話ししますので」

 

 シズカの良く通る声に、ざわめきが鎮まる。あとをついでユウヤが口を開く。

 

「このデュエル大会は、新入生の実力をはかるための大会っつー話だ。だけど、生徒全員が出場するわけにもいかないから、出場者を選ぶことになる」

 

「選ぶって、どうやって?」

 

 教室のどこからか、声が上がる。あらかじめ教えられているのか、ユウヤは淀みなく質問に答えていく。

 

「まず、クラスメイト同士、ランダムな組み合わせで戦っていく。一度でも負けた奴はその場で敗退、最後に残った二人が出場権を得る」

 

「1クラス25人、それぞれ戦っていくと一人余るんじゃない? 残り物はいやねぇ」

 

「そのあたりは当たり運だな。希望者は辞退もできるから、数も変わるかもしれないし。あぁ、ただ、辞退は対戦相手が決まるまでの間だけだ。決まったら、少なくともそのデュエルはやり遂げてもらう」

 

「優勝賞品とかはあるんかねー?」

 

「DPが100000ポイント分。それに、副賞でデュエルスペースの優先使用権やら購買の割引券やらだ」

 

 十万、の言葉に少しだけ教室が沸き立った。学園から支給されるDPは少なくはないが、決して多くもない。それだけのDPを手に入れることができれば、それなりに豊かな学園生活を送ることができる。それだけにこの大会、相応の激戦となるだろう。

 

「一応、生徒全員がエントリーされている。放課後に対戦場所の指定メールが来るから、記された時間にその場所に来てくれ。対戦相手は実際に行くまでは分からない。あと、デュエルには教員がジャッジで着くから即サレンダーとかも許されない」

 

 質問は? と言いたげなユウヤの視線に、皆はそれぞれ期待とやる気にあふれた視線を返す。満足げに笑うと、ユウヤは手を打った。

 

「これでホームルームは終了。質問は俺かラングフォードさんのところに来てくれ。アカデミアでの初めての大会だ。せいぜい気張っていこうぜ」

 

 おう、と返さんばかりに熱気の渦巻く中を、壇上の二人は自分の席に戻っていく。入れ替わりで、東教諭が壇上に立った。

 

「この新春デュエル大会は、これからの学園生活を共にするみなさんが、お互いをよりよく知るために設けられたものでもあります。できれば、積極的に参加してくださいね」

 

 教諭の言葉は蛇足だろう。少なくとも、この教室のほとんどの人間はすぐにでもデュエルを始めるような気配を発している。

 しかし、それに冷や水をかける言葉が投げつけられた。

 

「では、みなさん、教科書を開いてください。授業を始めます。デュエルのことで頭がいっぱいでしょうけど、勉強も大切ですからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぅー……この時期は色々大変ですね」

 

 自身の授業を終え、東・千歳は教員室の自分の席に着くと、早々にため息をついた。

 

「お疲れ様です、東先生」

 

 隣席でノートPCにテスト用紙の原稿を打ち込んでいた、教諭補佐の仙石・都筑が苦笑する。

 

「どうです、今年の新入生は?」

 

「例年通り、いい子ばかりで大変ですよ。みんなデュエルに関しては大まじめです」

 

「そりゃいいことですね」

 

 都筑は笑うが、千歳としてはそれどころではない。朝のホームルーム以降、大半の生徒が授業そっちのけで隠れてデッキをいじったり黒板を写すふりをしてデッキレシピを書き込んでいるのだ。壇上から見る千歳にはそれが丸見えだったりするが、例年のことなので度が過ぎない限りはわざわざ注意したりはしない。

 

「新春デュエル大会――前年度は、オベリスク・ブルーのワンツーフィニッシュでしたか」

 

「去年はそうでしたね。おととしの優勝者はあの武御門さんでしたか」

 

「現生徒会長ですね。今はブルー寮ですけれど、入学時はイエローだったらしいですね」

 

「ええ。私は一年生の時しか担任をしていないけれど、いい子でした」

 

 都筑は苦笑する。

 

「先生にとっての悪い子ってのは、アカデミアに存在するんですかね」

 

「どんな子でも、教師にとっての教え子はいい子ですよ。だけど、武御門さんについては――ちょっと難儀しましたね」

 

 肩の凝りをほぐすように首を振りながら、千歳は体の力を抜いた。

 

「問題児、ですか」

 

「その逆ですよ。あまりにも優等生でした。入学時から成績はブルーを抜いてトップを独占、学年別のデュエル大会どころか混合大会でも優勝、実技・筆記――デュエル関係も一般教養科目も抜群。これ以上ないくらい、真面目な優等生でした。そして本人も、そうあろうとする努力家でした」

 

「それのどこに難儀するんですかね」

 

「……文字通り抜群。つまり、みんなと離れてしまうんですよ。近づきがたい、というとちょっと違うかもしれませんが、一人で何でもできるがゆえに、他者を必要としないところがありました。教員ですら、自分の得るものがあれば教わるけれどそうでなければ――っていうところがありましたからね」

 

「スタンドアロン、ただひとり自分が頂点に立って皆を率いるタイプですか」

 

「はい。それだけの能力があることも、自他ともに認めるところですし。それでも一年生の時は仲のよさそうな子がいたんですけれど、ブルー寮に入ってからはその子とも疎遠のようです」

 

「孤独な王、ですね。さて、今年のイエロー寮は、王の僕を打ち倒すことができますか」

 

「うちの子たちは一騎当千ではないかもしれないですけれど、個性的ですから。どうなるかなんてわかりませんし、だからいいんじゃないですか。完成され、結果の見えた生徒は教員の手を離れてしまう。そんな嬉しくて寂しいことはありませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、行ってくる」

 

「はい。頑張ってください!」

 

 犬が飼い主を見送るように、しっぽの代わりに腕を振って遥が私を見送った。

 寮を出ると、やや薄赤く染まった山の稜線から、むっとする緑のにおいが押し寄せてくる。

 放課後。さっそく、私のもとにはデュエル大会の初戦の案内状が来ていた。場所は校舎の教室の一室。直前までデッキの確認をしていたせいで、時間はやや押し気味だ。教室に入ったのは指定時間ぎりぎりで、すでに教員と生徒がひとりずつ、夕焼けに染まった何もない教室に立っていた。

 

「柚葉・奏だな? 次からはもう少し余裕を持ってくるように」

 

 始業式の日に並んでいた中に見覚えのある教員が、手に持ったボードにペンを走らせる。もしかすると、ジャッジ以外にもデュエル中の様子などを観察する役目があるのかもしれない。

 まあ、どうでもよいことだ。まずは勝たなければ、どうしようもない。

 教室の端に立つ。対面に、私と同じ女子制服を着た生徒が、デュエルディスクを構えている。

 

「私は八坂・仁美。知ってるか知らないかはどうでもいいけどねぇ」

 

「柚葉・奏だ」

 

 クラスで見たことのある――その程度の印象の生徒だ。重力に引かれて背中あたりまでまっすぐに伸びる翠の黒髪が一番印象的だった。気負っている様子はなく肩の力を抜いているが、それは場馴れしているというよりももとより気負いがないという風に見えた。

 

「ま、よろしくお願いするわ。勝っても負けても恨みっこナシ。負ける気もないけどね」

 

「同じくだ。では、始めようか」

 

 す、と同時に息を吸う。教員が、片腕を上げ――振り下ろした。

 

『デュエル!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のターン。カードを引き、魔法・罠カードを3枚セット。そのままターンを終了するわ」

 

 仁美の初動は、静。こちらを待ち構える体制だ。

 

「――私のターン。ドロー」

 

 対して、どう出るべきか。六枚の手札の中には、いくつも動き方が提示されている。大技を繰り出すことも、相手の出方を窺いながらテンポを失わずにカードを展開することもできる。

 ここは攻めに出る時だ。攻めきれずとも相手にカードの消耗を強いることができる。だから、と私は二枚の手札を引き抜く。

 

「私は『マドルチェ・ミィルフィーヤ』を召喚する。召喚された『ミィルフィーヤ』の効果により、さらにマドルチェ・モンスターを一体、手札から特殊召喚することができる。『マドルチェ・エンジェリー』を特殊召喚」

 

「……並べてくるわね」

 

 ぬいぐるみの猫と、白いワンピースを着た少女がソリッドビジョンで浮かび上がる。仁美の反応はセリフのみで、カードの発動はない。特殊召喚は成功。

 

「『エンジェリー』の効果を発動。このカードをリリースすることにより、デッキからマドルチェ・モンスター一体を特殊召喚する」

 

 宙に舞い、白く輝く球体へと変わる少女の似姿。光が去った後に現れるのは、デフォルメされたフクロウのぬいぐるみだ。

 

「特殊召喚、『マドルチェ・ホーットケーキ』。さらに『ホーットケーキ』の効果を発動。墓地に存在するモンスター一体を指定。解決時にそのカードを除外し、デッキからさらにマドルチェ・モンスターをリクルートする」

 

「威勢の良いこと。わたしには、発動するカードなんてないわ」

 

「ならば、『エンジェリー』を指定し、そのまま除外。デッキより、『マドルチェ・メッセンジェラート』を特殊召喚。『メッセンジェラート』の効果が発動。このカードの特殊召喚成功時に、デッキからマドルチェの魔法・罠カード1枚を手札に加える。『マドルチェ・チケット』を手札に」

 

 猫とフクロウの間に虚空から飛び出したのは、郵便配達員の格好をしたぬいぐるみ。その肩掛けバッグがひとりでに開き、手紙が零れ落ちる。同時、私の指定したカードがデュエルディスクから排出された。

 

「永続魔法『マドルチェ・チケット』を発動。このカードが存在する限り、効果によってマドルチェ・モンスターがデッキ・手札に戻った時、デッキからマドルチェ・モンスター一枚を手札に加える」

 

「マドルチェ・モンスターには相手によって破壊されたときにデッキに戻る効果があるのよね? 恒常的にアドバンテージを発生させ続ける永続魔法――すこしだけ厄介ねぇ」

 

「そういうことだ」

 

 だが、『チケット』は後々のための保険に過ぎない。なぜなら、このまま順当にいけば、細かくアドバンテージを稼ぐ必要もなく、私が勝利するからだ。

 頭の中で組み立てた道筋を、現実に反映させていく。

 

「いくぞ――レベル3、『ホーットケーキ』『ミィルフィーヤ』でオーバレイ・ネットワークを構築! 虚空の波間を漂いし竜よ、求めに応じてあらわれよ! エクシーズ召喚、『虚空海竜リヴァイエール』!」

 

 二体のモンスターにより開かれた虚空への漆黒の扉から、翠玉色の鱗を持つ、長い胴体に翼を生やした竜が姿を現す。私の身長の三倍はある胴をくねらせた『リヴァイエール』が、光の粒子をまき散らしながら巨大な真円を作り出した。

 

「『リヴァイエール』の効果を発動。1ターンに一度、エクシーズ素材を取り除くことで、除外されているレベル4以下のモンスター一体を特殊召喚する。舞い戻れ、『エンジェリー』!」

 

「これで総攻撃力は4000を超えたわね……たった1ターンで、これだけの展開力だなんて、大したものじゃない」

 

 『リヴァイエール』はともかく、他の二体は見た目は無力そうだが、それでも『メッセンジェラート』は1600、『エンジェリー』にも1000の攻撃力がある。仁美の言葉通り、あとはこのまま攻撃を行うだけだ。だから、というように、私は手のひらを突き出す。

 

「バトルだ。『メッセンジェラート』でプレイヤーにダイレクトアタック」

 

「当然、通さないわ。手札より、『バトル・フェーダー』を特殊召喚。このカードは相手の直接攻撃時に手札から特殊召喚できる。そして、そのバトルフェイズを終了するわ」

 

「通らない、か。まあ、いい」

 

 おおよそ想定済みの結果だ。一応、攻撃反応型罠カードを警戒して『メッセンジェラート』から攻撃してみたが、三枚もの伏せカードがありながら手札からの効果で対応してくるのは少々予想外だったが。

 勝ちきれないのは半ば分かっていた。ゆえに、私は行動を迷いはしない。

 

「バトルフェイズ後、メインフェイズ2。レベル4、『メッセンジェラート』『エンジェリー』でオーバーレイ・ネットワークを構築。マドルチェを統べる、王国の主。その権威をここに示せ。エクシーズ召喚――ランク4、『クイーンマドルチェ・ティアラミス』!」」

 

「ここでさらなるエクシーズ召喚……」

 

 フィールドに君臨するのは、柔和な笑みを浮かべたぬいぐるみの女王。だが、外見に反し、その効果は比類なき性能を持つ。

 

「『クイーンマドルチェ・ティアラミス』の効果を発動。エクシーズ素材を一つ取り除き、墓地に存在する『マドルチェ』カード2枚を選択して発動する。私は、『ミィルフィーヤ』と『メッセンジェラート』を指定。そして解決時に、指定したカードと同じ枚数まで相手フィールド上のカードを選び、すべてをデッキへと戻す」

 

「2体のエクシーズモンスターでコストを稼いでいるのね。そのうえに『チケット』の誘発まで狙っている。無駄のない綺麗なデュエルをするじゃない。私に発動するカードはないけれど……3枚の伏せカードと『バトル・フェーダー』。より取り見取りの中から、どれを選ぶのかしら」

 

 ブラフか、自信の表れか。あくまでも冷静にデュエルを進める仁美。

 『バトル・フェーダー』――攻撃力、守備力がともに0のモンスターカードはさしたる脅威とはなりえない。しかし、これだけ私が動いているというのに一切妨害の様子を見せない伏せカードも、どの程度の脅威かがはっきりしない。

 召喚反応型、攻撃反応型――そういったモンスター除去ならば、すでに使っているはずだ。『バトル・フェーダー』があるとはいえ、伏せた罠は手札で誘発するカードよりも圧倒的に対策されやすい。使えるタイミングで使ってこないのはやや不自然。フリーチェーンのモンスター除去も、撃つタイミングはいくらでもあったはず。

 『チケット』の誘発まで理解しているのなら、『サイクロン』のようなフリーチェーンの魔法・罠除去カードも同じく使わない理由がない。

 すなわち、あの3枚の伏せカードは現状で効果を発揮できるものではない。

 4枚のうち、選べるのは2枚だけだ。実際問題としては二択。バトル・フェーダーを選ぶかどうか。

 

「……伏せカードのうち、両端を選択。デッキに戻してもらう」

 

「あら、モンスターは無視するのね」

 

 仁美は、意外という風にも、当然という風にも受け取れる言い方をした。

 

「攻撃力0、恐るに足らずといいたいのかしら」

 

「さぁ、な。……選択したカードをすべてデッキに戻す。そしてマドルチェ・モンスターがデッキに戻ったことにより『マドルチェ・チケット』が誘発。デッキからマドルチェ・モンスターを手札に加えることができる。そして、天使族のマドルチェがいる場合、そのモンスターを特殊召喚することを選んでもいい。『マドルチェ・プディンセス』を特殊召喚」

 

「レベル5で、攻撃力1000――いや、違うわね」

 

「プディンセスの攻撃力は、私の墓地にモンスターが存在しない場合、800ポイントアップする」

 

 ティアラミスの隣に現れるのは、綿かホイップクリームのような白い装飾のドレスを纏う少女。こちらにはモンスターが3体、相手には1体。魔法・罠ゾーンのカードは等しく、手札はこちらが4枚に対して相手は2枚。この場で勝てずとも、王手までの距離は圧倒的に有利。

 

「カードを1枚セット。ターンを終了する」

 

「まったく、辛い状況ねぇ」

 

 言いながらカードを引く仁美の顔は、しかし欠片も諦めを見せてはいない。

 

「さて、ここからは答え合わせよ。あなたが『バトル・フェーダー』を残したことが正解か否か。私は、『バトル・フェーダー』をリリースし、レベル6の『レプティレス・メデューサ』を召喚!」

 

「やはり、生贄要員か……ならば私の答えはこれだ。罠カード発動、『奈落の落とし穴』!」

 

「――!」

 

 初めて、仁美の顔に分かりやすく表情が現れた。それは初めに驚、さらに楽、そして喜へと一瞬のうちに変化を見せる。

 

「『バトル・フェーダー』は自身の効果で特殊召喚されていた場合、墓地に行かず除外される。そして『奈落の落とし穴』はモンスターを破壊し、除外する効果よね?」

 

 私が頷くと、仁美は唇の端に浮かんだ笑みの角度をわずかに吊り上げる。

 

「いいわ。『奈落の落とし穴』を解決。『レプティレス・メデューサ』は除外されるわ」

 

 醜く肥えた、下半身と髪の毛が蛇の怪物。それは踏み潰されたカエルのような断末魔とともに、粉々に打ち砕かれて粒子となり宙に消え去る。自身を守るモンスターがいなくなったというのに、仁美は笑みを残したまま宣言した。

 

「この瞬間! 罠カード発動!」

 

「このタイミングで……」

 

 仁美のフィールドに残る最後の一枚。それが反転した時、私の表情は仁美とは真逆のそれとなる。

 

「『ゼロ・フォース』!」

 

 重なる声。輝く罠カード。その結果を示すように、私のモンスターたちが脱力したように肩を落とす。

 

「自分フィールド上のカードが除外されたとき、相手モンスターすべての攻撃力を0にする。生贄にした『バトルフェーダー』の除外では、タイミングを逃して発動できなかったというのに、あなたが余計なことをしたせいで面白いことになったじゃない」

 

「まさか、そんなカードを伏せているとはな」

 

 すでに仁美は1ターンに一度の召喚権を使っている。しかし、それはなんの安息も生み出さない。『レプティレス・メデューサ』がデッキに入っているということは、相手のデッキは攻撃力0をキーとする『レプティレス・デッキ』。すなわち、とあるカードの投入は確定されているのだ。

 

「その顔を見ると、知っているみたいね。答え合わせ、方程式の最後の解よ。相手フィールド上の『プディンセス』と『ティアラミス』をリリース! 邪性の美神よ、供物に応え降臨せよ。蛇姫、『レプティレス・ヴァースキ』を特殊召喚――!」

 

「やはり……!」

 

 私の口の端からこぼれた声を、そして2体のマドルチェを、地中から湧き出した巨大な蛇の口が飲み込んでいった。大蛇はそのまま仁美のフィールドに降り立ち、口を裂くように中から艶めかしい人型が現れる。

 上半身はインド風の女性、下半身は大蛇。特殊召喚された『レプティレス・ヴァースキ』の攻撃力は2600。

 

「自分・相手フィールド上の攻撃力0のモンスター2体をリリースしたときのみ、ヴァースキは特殊召喚できる。そしてさらに、1ターンに一度、表側表示のモンスターを破壊することができる!」

 

「リヴァイエールまでっ」

 

 大蛇の尾に薙ぎ払われたリヴァイエールが消散する。たった1枚のカードに、為すすべもなくフィールドが一掃されてしまったのだ。

 

「さぁ、反撃よ。『レプティレス・ヴァースキ』で、プレイヤーにダイレクトアタック!」

 

 さらなる大蛇の一撃は、守るもののいなくなった私を襲う。ライフポイントは残り1400。もはや、次はない。直前までの状況からここまで追い込まれたのだ。余裕の笑みをもって、仁美は、最後の手札をデュエルディスクに差し込んだ。

 

「カードをセットしてターンエンド。次が最後のターンにならなければ良いわね」

 

「なに、それはお互い様だ。ドロー」

 

 引いたカードは、悪くない。だが、勝ちもせず、状況を覆すカードでもない。

 

「『マドルチェ・マジョレーヌ』を通常召喚。このカードの召喚時、デッキからマドルチェ・モンスター1枚を手札に加えることができる。『マドルチェ・ホーットケーキ』を手札に」

 

「効果を発動するためとはいえ、攻撃表示でモンスターを召喚するのね」

 

「破壊したければ、すればいい。ターンエンドだ」

 

 ここが、正念場だ。相手のドローですべてが決まるかもしれない。

 肌を刺す緊張感が心地よい。次のターンが来れば、フィールドを再び覆すことは可能だ。だから、問題はこのターンに生き残ることができるかだ。

 それを相手の不確定なドローにゆだねるしかないのが歯がゆいが、それこそが楽しさでもある。

 

「私のターン。カードを1枚引き――」

 

 仁美は言葉を切り、手札を場を見比べ、宣言する。

 

「ヴァースキの効果を発動! マジョレーヌを破壊するわ」

 

「手札から、『エフェクト・ヴェーラー』の効果を発動! このカードを手札から墓地に捨てることにより、フィールド上のモンスター1体の効果をエンドフェイズまで無効にする」

 

「効果を止められた……なら! ヴァースキでマジョレーヌにアタック!」

 

 鞭のような大蛇の一撃を受け、マジョレーヌが宙に舞う。地面に叩き付けられる前に、鱗が剥がれおちるように空中に消えた。そして、私のライフポイントは1200のダメージを受け、残り200。

 

「戦闘破壊されたマジョレーヌはデッキに戻る。そしてマドルチェ・チケットの効果が発動。デッキから、『マドルチェ・エンジェリー』を手札に加える」

 

「命拾いしたようだけれど、次はないわ。カードをセットし、ターンエンド」

 

 圧倒的な制圧力を誇る『レプティレス・ヴァースキ』と2枚の伏せカードが立ちふさがる。対し、私の手札は残り5枚。リソースは十二分にある。ならば、勝機もあるということだ。

 

「ドロー! そしてメインフェイズ、私は『マドルチェ・ミィルフィーヤ』を召喚! 効果により、『マドルチェ・ホーットケーキ』を特殊召喚!」

 

 仁美が眉を立て、表情を引き締めた。

 

「ホーットケーキの特殊召喚成功時、罠カード『毒蛇の供物』を発動! フィールド上の爬虫類族モンスターと他のカード2枚を選び、破壊する! 対象はホーットケーキとチケットよ!」

 

「手札から速攻魔法、『禁じられた聖槍』を発動、ホーットケーキはこのターン魔法・罠の効果を受けなくなる!」

 

「さらにもう一枚の『毒蛇の供物』!」

 

 やる、と私は息をのんだ。1枚目の『毒蛇の供物』発動時には、『レプティレス・ヴァースキ』がまだ破壊されていない。同系列の効果だがモンスターのリリースが必要な『ゴッドバード・アタック』とは違い、解決時まで指定したモンスターが残ることを利用した二段構えだったのだ。

 

「ホーットケーキとチケットは、墓地に送られる――だが、そちらのヴァースキも破壊だ。そしてホーットケーキはデッキに戻る」

 

「私はこれで手札・フィールドともに0。楽しくなってきたと思わない?」

 

「……ミィルフィーヤで攻撃」

 

「残り、3500よ」

 

 私がこのターンにライフポイントを削りきれない、分かっているが故の余裕。そして、攻撃可能なモンスターを引けば、残り少ない私のライフポイントは一瞬で削り取られる。だが、ターンが帰ってくれば、こちらから仕掛けることができる。

 お互いに綱渡りの危うい状況になってきている。足場が広いのは私だが、ゴールに近いのは仁美だ。

 

「ドロー……エンドよ」

 

 仁美が引いたのは、モンスターではなかったようだ。もはや、こちらがチェックメイトをかけた状況。

 

「ドロー、そして、『マドルチェ・エンジェリー』を召喚! 効果を発動!」

 

「そこよ! 手札から『増殖するG』の効果発動! このターン、相手が特殊召喚を行うたびにカードをドローする!」

 

「この土壇場で――よく、引いてくるものだ。『エンジェリー』により……『ホーットケーキ』を特殊召喚」

 

「カードを引くわ」

 

 たった1枚のカードで、さらに戦況は流転した。

 エンジェリーの効果からホーットケーキ、メッセンジェラート、M-Xセイバー・インヴォーカー、さらなるメッセンジェラートとつなぐことができれば、高々3500のライフなど瞬時に消し飛び、仕留めきれなくとも次のターンでの返しも防ぐことができるはずだった。

 しかし、この状況では特殊召喚の連打は相手にも好機を引き起こしてしまう。相手のデッキに投入されている『バトル・フェーダー』が一枚だけだというのは楽観的に過ぎる。それを引かれれば、リソースを回収した相手は嵩(かさ)に懸かって攻め込んでくるだろう。

 

「『ホーットケーキ』の効果を発動。墓地の『エフェクト・ヴェーラー』を除外し、デッキから『メッセンジェラート』を特殊召喚」

 

「さらにドロー」

 

「『メッセンジェラート』により、『マドルチェ・ワルツ』を手札に。そして、『マドルチェ・シャトー』を発動。発動時、墓地のマドルチェをすべてデッキに戻す。このカードが存在する限り、マドルチェ・モンスターの攻撃力は500ポイントアップする」

 

 ここが限界だ。こちらの総攻撃力は相手のライフポイントを上回った。押し切るには、あと一手でいい。

 

「バトル。メッセンジェラートで攻撃を宣言」

 

「ふふふ、『バトル・フェーダー』よ」

 

 今度は、驚きもなかった。勝負とは得てしてそういうものだ。わたしを取り囲むデュエルの流れが、まるでそれが必然であるようにすら感じさせてくる。

 フィールドに鳴り響く停戦の鐘の音。攻撃は中断され、再びのメインフェイズ。

 

「『ミィルフィーヤ』と『ホーットケーキ』で再びオーバーレイ・ネットワークを構築。『虚空海竜リヴァイエール』をエクシーズ召喚」

 

「……あなたの除外ゾーンに、モンスターなんていたかしらね」

 

「効果を発動せずとも、守備表示でモンスターを特殊召喚することは出来る」

 

「なるほど、攻撃表示の『ホーットケーキ』をうまくフィールドから消したのね。でも、まだ『メッセンジェラート』は攻撃表示のままよ?」

 

「攻撃力が2100あれば、十分だ。カードを二枚伏せる。ターンエンド」

 

 流れが、目の前に停滞している。ならばそれを掴んで引き寄せるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「私のターン。ドロー」

 

 どうするか、と仁美は自分の手札をざっと眺める。

 柚葉・奏の前のターンの行動。『ホーットケーキ』を攻撃表示のまま晒すことは忌避したというのに、メッセンジェラートはそのまま。この違いは何なのか。

 一瞬の思考ののち、仁美は気づいた。

 それはたった100の攻撃力の差だ。そして仁美の場の『バトル・フェーダー』の存在。

 そう、奏が恐れているのは、『レプティレス・メデューサ』の召喚だ。攻撃力2200の『メデューサ』が『ホーットケーキ』を攻撃した場合、奏のライフポイントはちょうど削りきられる。『メッセンジェラート』ならばその心配がない。

 わずかな可能性もつぶすような、繊細なケアだ。『メデューサ』には、手札を1枚捨てることによってモンスターの攻撃力を0にする効果があるが、それを奏が知っているかどうかは別問題。

 そして、その行動は裏目。仁美の手札に、『メデューサ』はいないのだ。奏の行動は、むしろ自分のモンスターを減らしただけに過ぎない。

 

(とはいえ、こちらが有利になったわけでもないのよねぇ)

 

 奇跡と思えるような引きで、どうにか自分にターンを回すことができた。手札は2枚。場には『バトル・フェーダー』。

 手札が表すのはたった一つの分の悪い賭け。

 それをせず、防御を固めることもできなくはない。しかし、おそらくこのまま守っていては、早いうちに押し切られる。

 相手の爆発力は、仁美のデッキとは大違いだ。アドヴァンテージを稼ぎながらも相手を攻めたてていく、すべてが尖りながら、それゆえにバランスの取れたデッキ。それを難なく回す使い手もまた、仁美より数段上手か。

 ならば、勝つためには危ない橋を渡らなければならない。どうせここまでも綱渡りだったのだ。ゴールまでのラストスパートを駆け抜けるのは、悪くない。

 

「魔法カード、『暗黒界の取り引き』を発動。お互いにカードを引き、手札を捨てるわ」

 

 

 

 

 

 

 仁美が勝負をかけてきたことが、私にはひしひしと感じられた。

 この状況での手札交換カードの発動。現在の手札に解決策がないと言っているようなものだ。

 

「いいだろう。1枚引き、私は『マジョレーヌ』を捨てる」

 

「私が捨てるのは――」

 

 引いたカードに視線を落とした仁美は、ゆっくりと顔を上げる。それはまるで、蛇が鎌首をもたげるような動作にも似ていた。

 

「『レプティレス・ナージャ』よ」

 

「……引いたカードを墓地に、か」

 

「ええ。引けなかったらどうしようと思ったけれど、賭けは私の勝ちのようね。魔法カード、『悪夢再び』を発動。墓地に存在する、守備力0のモンスター2枚を手札に戻す」

 

「捨てた『ナージャ』と――」

 

「『レプティレス・ヴァースキ』を回収!」

 

 私の声にかぶせるように言い、仁美はデュエルディスクの墓地から排出されたカードを抜く。これで仁美の手札は再び2枚。つまり、直前の手札は『悪夢再び』と『暗黒界の取り引き』。そこから勝利へとつなぐための賭けが、守備力0のモンスターを引くことができるかどうかということだったのだろう。

 

「『ナージャ』を召喚! そして攻撃力0の『バトル・フェーダー』と『ナージャ』をリリース! 再度降臨せよ、『レプティレス・ヴァースキ』!」

 

 冷たい墓のにおいの吐息を漏らしながら、蛇神の化身が再び私の目の前に立ちふさがった。女体をかたどった上半身の感情のない瞳が、フィールドを睥睨する。

 

「『ヴァースキ』の効果を発動。『リヴァイエール』を破壊!」

 

 太く鋭い大蛇の尾が、烈風とともに叩き付けられ、私の場を薙ぎ払う。

 

「『メデューサ』が出てきたときのための対策は無駄になったわね。バトルよ。『メッセンジェラート』を攻撃!」

 

 相手も、私の意図にある程度気づいていたようだ。

 だが、残念ながら。

 その意図に気づいたこと自体が罠だと、気づいていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「罠カード発動!」

 

 奏の言葉に、仁美は背筋を震わせた。

 このタイミング。『ヴァースキ』の特殊召喚、効果の発動までを通しておきながら、ここでの罠カードの発動。

 

「『マドルチェ・ワルツ』! マドルチェ・モンスターが戦闘を行った時、相手プレイヤーに300ポイントのダメージを与える」

 

「たかが300――それに、戦闘が終われば、あなたのライフポイントは尽きるわ!」

 

 ソリッドヴィジョンで形作られた蛇神の攻撃が、ぬいぐるみを叩きつぶす。

 しかし、攻撃の余波が去った時、奏はそのままの姿、そのままのライフポイントで、悠然とそこに立っていた。

 それだけではない。なぜか彼女のフィールドには破壊されたはずの『メッセンジェラート』までが立ちふさがっていたのだ。

 

「……!」

 

「私は罠カード、『死力のタッグ・チェンジ』を発動していた。攻撃表示の戦士族モンスターが戦闘破壊されたとき、手札から戦士族モンスターを召喚しダメージを0にする効果だ。新たに『メッセンジェラート』を特殊召喚させてもらった。そして、マドルチェが戦闘を行ったな」

 

 『マドルチェ・ワルツ』の輝き。それは一条の閃光となり、仁美を貫く。残りライフポイントは3200。

 

「よく、持ちこたえたわね。でも――それもいつまで耐えられるかしら。ターンエンドよ」

 

「いつまでだと? 次の私のターン、それで十分だ」

 

 奏が、口の端を吊り上げて犬歯を見せる。

 

 

 

 

 

 

 

「な――にを」

 

「すでに勝敗は決している。こういう時はこう言うのだったか――『答え合わせの時間だ』」

 

 ドローフェイズにカードを引くが、私にはもはや必要はない。

 

「問題はこうだ。『なぜ私は『リヴァイエール』を特殊召喚したのか』」

 

「『メデューサ』の召喚を警戒したからでしょう。『メッセンジェラート』なら耐えられるけれど、『ホーットケーキ』を攻撃されるととライフポイントが足りないもの」

 

「ああ、そうだ。そう思わせることが、私の意図だ」

 

 なに、と仁美は目を見開く。

 

「その結果、お前は攻撃対象をメッセンジェラートにした。2200を上回る攻撃力ならば、戦闘で勝利を決することができると判断したがゆえにな。もしも『メッセンジェラート』を効果での破壊対象にされていれば、私の負けだったかもしれない」

 

「まさか、私の『ヴァースキ』の召喚まで読んでいたというの!?」

 

「……そういう流れだと分かっていたからな。私は、デュエリストとして最も必要な才能が流れを読むことだと思っている。お前だって、『ヴァースキ』を特殊召喚できると思ったからこそ、賭けに踏み切ったのだろう?」

 

 返答はなかった。それこそが返答だ。仁美は流れに乗った。しかしその流れは、すでに私へと傾いていたのだ。

 

「バトルフェイズ。『メッセンジェラート』で『ヴァースキ』を攻撃」

 

「自爆する気!?」

 

「『死力のタッグ・チェンジ』の効果を発動。手札から『メッセンジェラート』を特殊召喚し、ダメージを0に。そして『ワルツ』で300ポイントのダメージだ」

 

「そんなもの、痛くもかゆくもない。手札の戦士族が尽きれば――あぁ!」

 

 口を手に当て、仁美は叫んだ。

 

「戦闘破壊された『メッセンジェラート』は――『シャトー』の効果で手札に戻る。これは、無限ループコンボだっていうの!?」

 

「気づいたのなら、分かるだろう。すでに勝敗は決した――2体の『メッセンジェラート』による連続攻撃を、ライフポイントがなくなるまで繰り返す!」

 

「そんな……」

 

 攻撃の度に、300刻みで減少するライフポイント。それが0になる音が、やや暗くなった教室の中に小さく響いた。

 

 

 

 




何か月ぶりだかの投稿で色々投げやりです。自分が過去に書いた話を見直すのが一番つらいんです、面倒くさいんです。半分くらいはノリで書いてますから。残り半分はえも知れぬ使命感的な何かです。書きたい時に書くのがジャスティス。


超栄養太陽?なにそれ食えんの?
いや、まだその時期じゃないっつーか今更直すのも面倒というか、でも直さなくちゃならんよなーと思ってはいるのです。

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