ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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「吹かずとも消えゆく弱々しい残り火(モチベーション)役目を全う(完結)するまで絶えぬよう、必死で抗っているのか……醜い!」

※展開予想はやめて。やめて。モチベで書くタイプの作者的に、予想を書かれるとつらたん。

※エミヤの投影に関しては感想欄で言及しなくてええんやで。というかしないでね。あくまであれは拙作“アルケイデス”の感じ方というだけ。




十三夜 手を取る姉弟、白の陣営となる

 

 

 

「桜! クソッ、待ちやがれテメェ――!」

 

 意識がなく、ぐったりとしている間桐桜を肩に担ぎ、連れ去っていく黄金の王。無論座して見送れるほど、衛宮士郎という少年は物分りが良くなく、また諦めが悪かった。ましてや自分のために命まで懸けた大切な後輩の少女を見捨てるなど有り得ない。

 駆け出そうとする少年は無策だ。なんの考えもなく無鉄砲に、敵対する英霊を追おうと云うのである。そんなもの、殺してくださいと言っているようなものだ。セイバーは咄嗟に手を伸ばし、自らのマスターの腕を掴む。

 

「待ってください、マスター。深追いは危険です」

「ッ……! 離せ! ――いや、セイバーも桜を取り戻すのに力を貸し、」

「落ち着いてください。サクラが彼らの手中にある今、下手に追えばサクラが無事に済む保障はありません。追えば戦闘になります。ランサーのマスターと結託しているらしいあの男を相手にして、サクラを巻き込まないで勝利するのは不可能でしょう」

 

 ――ランサーだけでも強敵であるというのに、あの黄金のアーチャーは自身を上回る英霊である。一騎討ちに持ち込んでも確実に勝てるとは言えない。

 

 それに、とセイバーが一瞥したのはイリヤスフィールと、バーサーカーだ。奇しくも休戦状態となっているが、彼らがどう出るか全く想像できない。

 もしもまた戦うとなれば、どのみちセイバーはバーサーカーに敗れ去る。こんな住宅街で聖剣など解放すれば被害は甚大だろう。上手くバーサーカーを空中に押しやり、真上に放つ形で聖剣の真名解放を直撃させられれば勝機はあるが、その状況に運べる自信はなかった。戦力の定かでない、狙撃してきた弓兵がもしもまだ無事で、こちらに加勢してくれればまだ分からないが――希望的観測は控えるべきだ。

 そして、士郎にあれほど殺意を向けたイリヤスフィールが、セイバーの守護を失くした士郎を無事に帰すとも思えない。自分は良いのだ、サーヴァントである自分は脱落しても良い。聖杯は惜しいが、それを手に入れられる望みが薄い以上、それに拘泥してマスターを死なせるわけにはいかない。

 険しい表情のセイバーの視線の向き先に士郎は気づき、自らの召喚したサーヴァントの懸念を察してグッ、と言葉に詰まる。忌々しい思いから、桜が連れ去られた方角を強く睨みつける。己の弱さが不甲斐なかった。悔しかった。何も出来ずに守られて、挙げ句の果てには桜を守ってやることすらできない。あの黄金の英霊と自分自身へ、士郎は強い憤りを覚えて体を震えさせた。

 

 遣る瀬なさに支配されながら、士郎は青い顔で何事かを考え込むイリヤスフィールを見た。

 

 彼女に対して思う事がないと言えば嘘になるだろう。殺されかかったのだ。それに元はと言えば、彼らに殺害予告をされたせいで今の状況がある。もしもイリヤスフィールが居なければ桜は……いや、と士郎はかぶりを振る。

 切嗣の実子らしく、衛宮士郎の義妹に当たるらしい少女。先程の慟哭を聞いてしまえば、責める気になれない。

 

 ――通常の感性の人間なら、例え如何なる事情があっても自分の命を狙い、あまつさえ大事な後輩を攫われる原因となったのなら同情もできないだろう。だが衛宮士郎という少年は、自身の命に価値を見出さない破綻者である。

 

 まだ()()()()()()じゃないか、と改めて思う。こんな子を責める事は、士郎にはとてもじゃないが出来ない。

 愚かしいまでにお人好しなのは分かってはいるが、そもそもイリヤスフィールの因縁は切嗣の……ひいては彼に引き取られた士郎の問題でもある。きっと……責任を取るべき切嗣がいない以上は、自分がなんとかしてやらないといけないだろう。

 

「……なあ、イリヤ」

 

 強く握り締めていた拳を解き、士郎は深く深呼吸して自分を落ち着ける。桜は絶対に取り戻す。その決意を秘め、今は目先の問題を片付けるべきだと自らに言い聞かせた。

 そうして意を決し、セイバーが油断無く剣を構えるのを横目に声を掛ける。すると、イリヤスフィールはぴくりと肩を跳ねさせた。

 

 ・もうやめよう。よく分からないけど戦ってる場合じゃないんだろ?

 ・もう帰ってくれ。俺は戦いたくない。切嗣も俺達が戦う事を望まないと思う。

 

 ――どう言葉を継ぐべきか、考える。しかしどうしたらいいのか分からず瞳を揺らすイリヤスフィールを見ると、小難しい事を考えるのはナンセンスだと思った。

 

「もうやめよう。俺なんかじゃ具体的な事は分からないけどさ、戦ってる場合じゃないんだろ?」

 

 士郎の言葉は、イリヤスフィールの様子を見て、なんとなくそう思っただけの物だ。

 自分の事情的にも戦いは避けたいのだが、イリヤスフィールはもう士郎をどうこうしているだけの余裕がないのではないか。士郎を殺す気でいるのなら、難しい顔をして、深刻な問題に直面したかのような表情をすることもない。

 なぜならバーサーカーは最強である。きっと勝ち残るだろう。なら小難しい事なんてないのだ。敵対者を全員葬り去ればいいだけなのだから。故に敵対している士郎が此処にいる以上、何も考えず斃してしまえばいい。それをしてこないなら、まだ話し合う余地はある。士郎はイリヤスフィールと和解したかったのだ。当初からのスタンスに、士郎は頑迷に拘る。拘らねばならないと思った。

 

 イリヤスフィールは目を見開いた。

 

「……そうだけど、いいの?」

「何がだ?」

「サクラ……だっけ。あの娘が連れて行かれたのって客観的に見てわたしの責任よね? 普通わたしに怒るところなんじゃないの? どうしてくれるんだ、許さない! ってなるんだと思ってたのに……」

 

 あたかも叱られるのを待つ子供のように怯えるイリヤスフィールは、先刻の無慈悲な殺戮を命じた少女とは乖離して視えた。

 いやこの怖がりな一面も、イリヤスフィールの本質なのだろう。普通の女の子のように、叱られるのが怖い……普通の……。

 士郎は、ふっ、と肩から力を抜いて、安心させてやろうとなんとか笑みを浮かべた。といっても、その顔は強張っていて無理をしているのが明白なのだが。

 

「確かにそうかもしれない。けどイリヤがやったわけじゃないだろ。()()()のした事をイリヤのせいにして逃げるのは簡単だ。でもそうじゃない、俺達の()()()()に割って入りやがったアイツが全面的に悪いんだ」

「……え? 聖杯戦争が……兄妹喧嘩……?」

「違うのか? イリヤは俺が気に食わないからやったんだろ。なら、これは喧嘩だ」

 

 無理のある事を言い張ると、イリヤスフィールだけじゃなくセイバーまで驚愕して目を見開いた。バーサーカーだけが、面白いものを見るように目を細めている。

 殺し合いを――士郎はあくまで自衛のつもりだったのだとしても。聖杯戦争の存在を知って、止めなければならないのだと使命感に駆られただけなのだとしても――少なくともイリヤスフィールは、本気で殺そうとしたというのに。士郎はそれを、その殺意を、あくまで怒りを発端にした喧嘩だと称したのだ。バーサーカーがまじまじと士郎の面貌を見詰める。そして不意に、堪えられぬとばかりに大口を開けて呵々と大笑した。

 

「ハ――ハハハッ! お前の負けだ、マスター! 実力はともかく、器量ではその小僧の方が上らしい。ここで要らぬ癇癪を起こそうものなら、それこそ度量を示した小僧に――いや、エミヤシロウに敗北を宣言してしまうようなものだぞ」

「う、うるさい! 何よ……なんでわたしがいつの間にか負けてる事になってるの? わたしがシロウなんかに負けるはずないじゃない!」

「であればどうする?」

「……別にどうもしないわ。だってセイバーを殺しても、また妙な事になったら意味がないし。……だから殺さない。原因が明らかになるまで、シロウは生かしておいてあげる」

 

 顔を真っ赤にしてイリヤスフィールは自身のサーヴァントに怒鳴り返した。いたいけな、普通の少女に戻った……いや、()()()ように。

 故にこそ、その言葉に嘘はないのだろう。バーサーカーが武装を解除する。しかし彼なら素手でもセイバーを叩きのめしてしまえる力がある。油断できないと警戒を解かないセイバーを、士郎は肩に手を置いて窘めるように首を左右に振った。

 

「マスター……」

「いい。イリヤは俺を殺さないって言ってくれたんだ。なら戦う必要なんかないだろ。それと……なんか“マスター”ってのは背中がムズムズするから名前で呼んでくれよ。俺、衛宮士郎って名前があるんだぞ」

「……マスター。いえ、ではシロウと。ええ、この響きの方が私には好ましい。しかしシロウ、どうするつもりですか? イリヤスフィールとバーサーカーと戦わない、それは構いません。しかしいずれは決着をつけねばならない……それが聖杯戦争というものです。変に情を移すような真似をすれば後で辛くなるだけですよ」

 

 セイバーの忠告に、士郎は難しい顔をする。全く知識がないわけではないのだ。桜に教えてもらった。だから彼女の言っている事は分かる。

 だが士郎は、セイバーにも出来れば戦ってほしくはなかった。もちろんそんなことは無理だと頭では理解している。セイバーには今後も世話になるのだろう。何せセイバーの方が士郎よりも数十倍、数百倍は強いのだから。

 だから――士郎は考えるのを一旦やめる。頭の出来はそこまででもない。悪くはないが、彼の日常から逸脱した事態の連続で処理限界を迎えたのだ。だから士郎は、明確な事だけを頭の中に置く。

 

「……分かってる。けどその前に、やる事がある。――桜を取り戻す。後のことは、後に考えるさ」

「………」

 

 セイバーは呆れた。だが、思考を停止して何もかもを投げ出すよりはずっといい。ひとつ頷くと、セイバーは言いそびれていた事を伝える。

 召喚の儀礼として告げるべきもの。されど、少しこの少年の性質を知って、本心から託せる気がしたのだ。その直感を、セイバーは信じた。ランサーの襲撃で言い遅れていたことを、胸に手を当てて厳かに告げる。

 

「――貴方という人は、善性の方のようです。私としてもそのようなマスターを頂けた幸運に感謝したい。シロウ、改めて誓いましょう。我が命運、我が剣を貴方にお預けする。如何様にもお命じください、貴方に降り掛かる如何なる困難も、我が剣に懸けて切り開いてご覧に入れましょう」

「っ? ……は、はは……な、なんか照れるな、それ……」

 

 セイバーの誓いに、士郎は年相応の少年らしく赤面した。しかし、すぐにそんな場合ではないと思考を切り替える。

 士郎は三流以下の魔術使いだ。そんな自分が――サーヴァント同士の戦闘を目にしたからこそ、自分には右も左もわからないのだと自覚する。こんな有様で、どうやったら桜を取り戻せるのか皆目見当もつかない。

 敵の居場所から探す必要があるのだろうが、見つけた後はどうする? 幾らセイバーが強くても、相手にはランサーまで付いている。二対一は厳しいだろう。数の差はそのまま絶望的な戦力差となるのだから。

 

 士郎はイリヤスフィールを見る。イリヤスフィールも、士郎を視ていた。

 

「……なあ、イリヤ」

「いいわよ」

「俺と手を――えっ?」

「シロウと同盟してあげる」

 

 切り出す前に、イリヤスフィールはまさに士郎の言おうとした事を先回りして言う。

 呆気にとられる士郎に代わり、セイバーが訊ねた。

 

「私としては願ったりですが、いいのですかイリヤスフィール」

 

 セイバーはバーサーカーを見た。誰がなんと言おうと、文句なしに“最強”の名を冠するに相応しいサーヴァントを。

 彼が同盟相手となれば、これほど心強いものはない。その強さは文字通り痛いほど感じられた。王として、騎士として歓迎できる。最終的には雌雄を決さねばならないにしても、あのランサーと黄金のアーチャー……特に後者の脅威は、バーサーカーに匹敵していると感じていた。

 故に騎士王として、同盟には賛成である。そして――まだアルトリア・ペンドラゴンが未熟だった頃。剣使いとして純粋無垢に憧れた戦士の王と肩を並べられるかもしれないという状況は、まさしく心が踊るような喜びを彼女に懐かせる。

 

 イリヤスフィールは遊びのない、冷徹な表情で頷く。

 

 士郎への情で絆されたわけではない。いつかは殺してやるという殺意は依然としてあるのだ。だがイリヤスフィールには、母も成した使命を成すという目的がある。

 故に私情よりもそちらを優先するだけだと自分に言い聞かせるのだ。

 

「ええ。ランサーだけなら……ううん、この第五次聖杯戦争に集ったサーヴァント全部が寄って集っても、バーサーカーの敵じゃないわ。でも……アイツ。あの金ぴかだけは分からない。()()()を考えちゃうの。だからアイツを……前回の亡霊を排除するまでは、シロウと同盟するのは悪い策じゃないの。……マキリも見過ごせないしね」

 

 最後はポツリと溢す。士郎は桜を助け出すつもりのようだが、イリヤスフィールは違う。聖杯は自分の役目だ。それを横から掠め取るような真似をしたマキリを、アインツベルンは粛清せねばならない。

 故に殺す。順番が変わっただけで、結果は変わらないのだとイリヤスフィールは思った。その様をバーサーカーは後ろに控えたまま見守る。そして胸中に苦笑と共に溢すのだ。

 

 ――それは下策だ。殺したいなら、何を置いてでも殺すべきだろう。それを選択しなかった時点で……マスター、お前の復讐は終わる。

 

 自身が躊躇いなく成した凄惨な復讐。それを思い返し、バーサーカーは血塗れた道から外れつつあるイリヤスフィールを祝福した。

 無論、自身の成した復讐に、一欠片たりとも後悔はない。だがイリヤスフィールの復讐は、あくまで身内同士の情の縺れから始まっている。その縺れを正せるなら、やめてもいいと思っていた。

 

 故に。

 

 ――私が去った後の事は……エミヤシロウ、貴様に託そう。マスターと共に在れるのは“家族”だけなのだから。

 

「………」

 

 温かな父性に溢れた眼差しに、イリヤスフィールは気づかない。そしてそんな彼を、セイバーはぼんやりとした目で見詰めてしまった。

 頭を振る。イリヤスフィールが不意に冷徹な表情を崩し、挑発的に士郎へ笑い掛けたのだ。

 

「シロウ。わたしを家に案内して」

「……え? イリヤ、俺の家に来るのか?」

「ええ。だってお爺様が言っていたわ。日本人は親しい相手をオモテナシするものなんでしょ? ならエスコートしてもらおうと思って。駄目?」

「駄目じゃないさ」

 

 目をぱちくりとさせ、しかし士郎は微笑んだ。イリヤスフィールが味方になってくれる、これほど心強いものはない。それに()()として、面倒を見てやりたいという思いもあった。

 士郎はイリヤスフィールを自宅に案内する。こうして――冬木最後の聖杯戦争、その核となる“白”の陣営が成立するのだ。

 

 相反する“黒”の敵と再び相まみえ、決着をつけるまで少年と少女、剣士と狂戦士は共闘する。

 

 ――冬木の街を灰燼と帰さしめるか、あるいは被害を最小に留めて終わらせられるかは、全て正義の味方を志す一人の少年に懸かっていた。

 

 そして戦いの果てに、衛宮士郎は理想の前に現実を知るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 




 ・もうやめよう。よく分からないけど戦ってる場合じゃないんだろ?←拙作選択肢
 ・もう帰ってくれ。俺は戦いたくない。切嗣もこんなこと望まないと思う。←イリヤ、帰る。家に帰り眠っている(セイバー別室)所に何者かの襲撃。死亡。ここまでで三回目のタイガー道場へ。イリヤスフィールがいたら防げる事態だと弟子一号が教えてくれる模様。

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