ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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二回目。





十一夜 剣の陣、聖杯の器(下)

 

 

 

 顔色を豹変させ、桜が体を掻き抱いて蹲っている。

 

 了解した。では、鏖殺だ――告げられた刹那、もはや戦闘は避けられないと断定しセイバーが鋭く呼気を吐く。

 

「マスター、下がって!」

 

 士郎は凍りついていた。天が堕ちて来たが如き、大瀑布の様な戦意に当てられ身動き一つ出来ない。事態の急変について行けていないのか、イリヤスフィールを凝視したまま、なんとか言葉を紡ごうとしている。

 セイバーはそれを責めない。初の実戦なのだろう。どうしたら良いか分かっていたとしても、直前まで上手く行きそうだった話し合いが決裂してしまったため咄嗟に行動出来ず、結果として迅速な始動を行えなくなるのは新兵であれば仕方ない事だ。

 イリヤスフィールに対する真摯でひたむきな説得は、彼の善性を感じさせた。此度のマスターは優しいのだろう。衛宮の姓で誤解していたが、切嗣とは違うとそれだけで理解できる。それは美徳だ、だがいざ戦いとなると迷いになる。今必要なのは果断さだ。鉄の意志で行動を起こせる火急の事態に対する資質である。

 衛宮切嗣は好ましい男ではなかったが、戦闘のバディとしてなら最高だった。確実な戦略、冷酷な戦術、鉄の心で非道をも行うのだ。例えマスターの人間性が好ましいものでも、実戦の場では切嗣のような非情さが不可欠である故に、無意識に彼女が()()()()()()共に戦っていた切嗣の水準を求めてしまうのも無理のない話だった。

 

 セイバーの時間感覚では、十年前の第四次聖杯戦争から一時間と経っていない。同じ『衛宮』が二人目のマスターともなれば、切嗣の果断さを求めてしまうものなのだ。殊に、相互理解の時間がないまま現在の状況に立たされている。同じ状況に切嗣が立たされていたのなら、セイバーに言われるまでもなく撤退に移っていただろう。

 何せ、この場にマスターがいるのは下策である。マスターが此処にいないランサーは好き放題に暴れ回る事が可能であり、バーサーカーに到っては令呪の後押しを受けてその力を解放するであろうから、莫大な暴力が撒き散らされ、人間など一瞬で挽肉にされるのが目に見えている。

 切嗣なら即座に撤退し、体勢を立て直すとバーサーカーのマスターを排除すべく行動しているだろう。セイバーは切嗣の戦闘論理を熟知している故に遅延戦術に切り替え、防禦と回避に専念し敵サーヴァントの足止めに徹していた。

 

 だが今のマスターは()()()()の切嗣ではない。士郎は三流の戦闘者だった。いや、素人そのものである。故に動けないでいる自らのマスターに、セイバーは咄嗟の判断を求められた。

 セイバーと士郎の今の距離はマズイ。戦闘に巻き込んでしまう。ならどうするか。

 

「クッ――!」

 

 彼女はまだ、聖杯を破壊させられた第四次聖杯戦争から意識を完全に切り替えられていた訳ではない。故に士郎の鈍さに足を引かれ、そして熾烈な前回の戦いから認識が変わっていない故に致命的な判断の遅さは巻き返せた。

 セイバーは即断する。即決する。常勝の王である彼女の眼力は、その直感とも合わさり慧眼であると讃えられるべきだった。――バーサーカーの狙い。それは明白だ。セイバーが彼の立場なら間違いなく、自分と同じ急所(マスター)があるサーヴァントを狙う。即ち、このアルトリア・ペンドラゴンだ。

 

 状況は三つ巴。戦況から割り出せるバーサーカーの目的とするものは牽制だ。此処にはランサーもいる。まずは三つ巴の一角を()()()事を狙うのがバーサーカーにとっての最善。直感を裏付ける膨大な戦闘経験値を総動員し最善の行動に移る。

 セイバーは士郎の前に飛び出した。そして士郎に迫っていたバーサーカーが槍を薙ぎ払うのを受け止め――瞬時に手首を返して払いから剣の巻き上げに転じた槍を躱した。この時点でセイバーの腕は痺れていた。対処できたのは此処までだった。此処まで、だったのである。

 騎士王としての戦術眼で狙いを読み、先回りしようとしてなお、そこまで。バーサーカーの踏み込みはセイバーですら肉眼で辛うじて捉えられる程度であり、その豪腕より繰り出された槍は、魔力放出を全開にして振るった剣ごとセイバーの腕を硬直させた。もはや見えていても体が動かない。豪快にして精密な武技が鋭牙となって突き刺さる。

 

「ガッ、」

 

 戦士は手に持つ武具のみで戦うに非ず。バーサーカーは槍術に体技を交え、セイバーの動きを静止せしめるや、その脇腹へ鋭角に足刀を叩き込んだのだ。

 竜の因子を埋め込まれて誕生し、生きているだけで莫大な魔力を精製できるセイバーが、その全魔力の大部分を防禦力に回し甲冑を形成していたからこそ堪えられた。桁外れの膂力が完璧な技量に制御され、指向性を持って鋭角に叩き込まれる――その破壊力は推して知るべし。宝具による打撃にも耐える鎧は粉々に砕け散り、塵芥のように吹き飛んだセイバーは地面を何度もバウンドして間桐邸に突っ込んだ。

 

「……な、」

 

 士郎は反応すらできない。見えてすらいない。呆然とセイバーが視界から消えた事に立ち尽くす。

 轟音の鳴った方角に振り返ると間桐邸の一角が倒壊し、砂塵が巻き上がっていた。瓦礫の山に埋もれたセイバーは出てこない。彼女は背中からぶつかり、吐血していた。防御力の高いアルトリア・ペンドラゴンでなければ即死している。

 五体全てが凶器なのか――その化け物が自分の目の前にいる事を思い出した士郎は慄然と振り返って……そのバーサーカーが白槍を自身に突き込もうとしているのを見て、死を予感した。

 

 だがそこへランサーが仕掛けた。士郎を助ける為ではない。敵を殺そうとする瞬間こそ隙である。徹頭徹尾バーサーカーへの攻撃のためにランサーは突撃したのだ。

 

「――オレを忘れちゃいねえよな? そぉらコイツはオレの奢りだぁッ!」

 

 威勢よく繰り出されるは因果逆転の朱槍。真名解放はされていない。そんな暇と余裕はない。以前バーサーカーが見た速度とは雲泥の差、全開のランサーの突進はバーサーカーの目測をも微かに狂わせた。

 バーサーカーの反応は一瞬の間を千に切り刻んだ先の一。先天的に宿す心眼、後天的な鍛錬で宿した心眼が致命の瞬間を覆す。ランサーの槍は振り向き様に身を躱しつつ、白槍を振るったバーサーカーの甲冑に擦過せしめたのだ。

 傷は無い。だがランサーは穂先にルーンを載せていた。発動するのはアンザス、火のルーン。金色の甲冑“朋友よ、我が身に纏え(クリスィーズ・ネメアー)”の上から戦士王の全身を火焔が呑み込む。灼かれるのにも構わずに振るわれた白槍を、ランサーは大袈裟に躱し槍の余波による衝撃をも回避して飛び退く。

 

 甲冑に傷は無い。――ランサーの槍ではバーサーカーの防具を突破できない。その事実を確かめつつ、ルーンが有効かを確認したのだ。

 

「――なるほどな」

 

 槍兵は獰猛に笑った。豪快に白槍を振り回し、風圧だけで小規模な竜巻すら起こしたバーサーカーはルーンを掻き消していた。そして――甲冑の下に覗く素肌は、火傷している。

 小さな火傷だ。魔術師の英霊としても現界できるランサーの原初のルーンの魔術を受けて、傷がそれだけ。対魔力ではない、単純に化け物じみた耐久力の成せる現象だ。

 だが効果があった。甲冑にも隙間はあった。なら……遣り様はある。ランサーは自身に向けて進撃してくるバーサーカーを正面から迎撃した。

 

「私と槍の技を競うか、ランサー」

「狂戦士風情が、槍兵の真似事でオレの上を行けるかァ!」

 

 ランサーが足を止め、バーサーカーの槍と競う。どちらが上か、どちらが下か――! 応酬されるは神速の穿孔。尾を引く超速の槍の残像は二、三、四と際限なく増え続けて加速していく。ハッ、ハッ、ハッ――! 狗のように喘ぐ呼吸は魔獣のそれ。速く、疾く、もっと速く! 限界に向けて疾走し敵手を上回り続けろ! 速度でだけは誰にも負けない。疾さにだけ特化させた槍術で先には行かせない――ランサーの矜持を懸けた神域の槍術が唸る。眉間、心臓、水月……穿つは三連、全弾急所。悉くを弾き返し、叩き落とし、バーサーカーを驚嘆させた。威力を捨てた光の御子の槍は、確かにこの身を凌駕していると認めたのだ。

 だがそれがどうしたという。速度の一点で上回られたところで屈するほど戦士の頂きに立つ王者は弱くない。()()()()速さで上回られるからこそ巧さで補う。力で押し込む。交錯する単騎からなる幾千の槍衾の交換は、徐々に白槍を逸らし、躱し、いなすランサーの腕に痺れを蓄積させていく。盛大な舌打ち一つ――クー・フーリンは認めた。()()()()槍技の巧みさで上を行かれ、膂力に於いては遥かに上を行かれている事を。

 

 周囲一帯の砂利を根こそぎ吹き飛ばす嵐。ランサーの槍の全ては威力より速度を重視し、全てに魔術属性が込められている。

 突き出されてくる白槍の側面に朱槍を掠めさせて軌道を逸らし、その瞬間ランサーは完全に腕が痺れる前に地面を蹴った。何度見ても阻害の難しい仕切り直しの緊急離脱、生存に特化した本人の技量は、まんまとバーサーカーの間合いから離脱を成功させ。しかし、

 

「それは二度目だ」

 

 一度見た離脱の業。鮭跳びの秘術。ランサーが跳躍した瞬間に、バーサーカーは海嘯の槍を投じていた。()()()()()()、バーサーカーにとってはそれで十全な応手が打てる。

 だがその鮮やかな追撃など予測済み。ランサーの多芸はバーサーカーにも比肩する。彼の師は言った。戦士としてよりも術師としての才覚の方が上である――その言の正しさを証明するが如く、離脱しながらランサーは自らの魔槍へルーンを刻んでいた。

 魔力の充填率、十割。それは魔力石。ルーンに封じていた魔力をそのまま魔槍へ転写し、間髪上げずにその真名を解放した。

 

「見え透いてんだよ――“突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)”ッ!」

「ヌ――」

 

 白槍は投げ放たれた呪いの槍に敗れ去り、弾き飛ばされ虚空を舞う。槍の投擲術ではオレが上だと言わんばかりの全力投擲は、迎撃のために防禦体勢を取ったバーサーカーの甲冑に激突した。

 両腕を交差させ、槍の穂先を受け止める。その呪が心臓を穿たんと突き進むのに、僅かに後退させられながらもバーサーカーは耐え切った。地面を踏み抜き、魔槍の突破力を完全に殺す。魔槍は心臓を穿てず、秘めた魔力を爆散させ周囲を吹き飛ばした。敗北した魔槍は虚空に舞い――

 

「来い!」

 

 両雄が同時に命じ、それぞれの魔槍が担い手の手に収まる。着地したランサーの顔に屈辱はない。防がれると分かっていた。狙ったのは追撃断ちと、一つのルーンによる撹乱。バーサーカーは舌打ちした。甲冑には傷一つ無い、だがその関節部が微かに劣化していた。

 人理に属する武具には無敵でも、魔術に対してはそうではない。甲冑の硬度が下げられた――この時、バーサーカーの顔に過ったのは、憤怒に塗れた称賛。

 

「賛辞を受け取れ。よもやこの私と凌ぎ合い、我が勲へ害を成すとは」

「ハッ……よく言うぜ。こちとら腕がビリビリしてやがるってのに涼しい顔しやがってよ。――だがその賛辞は受け取ろう。オレにとっては誉れだ」

 

 戦士と戦士は、互いを称え合う。そして、だからこそ殺す。戦士の賛辞とはそのまま殺意に繋がるのだ。両雄は刹那の膠着の間を崩し、再度激突した。

 今度は互いに足を止めての凌ぎ合いではない。ランサーが走る。駆ける。疾走する。縦横無尽に馳せるランサーは攻撃的に防禦に回った。痺れた腕が回復するまで凌ぎ切れなければ敗れるのは己だと確信している故に。そしてそうと知るからこそバーサーカーにはもはや遠慮はない。

 厄介な属性魔術のルーンのみを回避し、槍で撃ち落とし、他の全ては防ぎもしない。甲冑に突き当たるのに任せ、己は只管に猛攻に出る。

 

 こうなると追い詰められるのはランサーだ。先刻のそれは、戦士としての腕試し。ランサーの土俵でバーサーカーが付き合った――謂わば胸を貸していたのだ。

 殺りに行くバーサーカーは武人としての防禦を捨てる。何故なら己の甲冑が全てを弾くからだ。攻勢に専心する巨雄にランサーは押される。脚を止めた瞬間に死ぬ。それが解る。腕の痺れが後僅かで回復するところまで逃れても、さらなる豪撃を()()()()()神域の頂にある術がランサーの快癒を許さない。

 次第にランサーは追い詰められた。逃れる軌道を制限するバーサーカーの武芸に、ランサーは息苦しさに吼えた。だが遂に捉えられ、ランサーはバーサーカーの体当たり(チャージ)に弾かれ転倒する。瞬時に跳ね起きるランサーの胴の真ん中へ白き魔槍が突き放たれ――その身を穿つ瞬間、今の今まで回復に努めていたセイバーが介入する。

 

「ハァァッ――!」

「――ッ!」

 

 ちり、とうなじの産毛が逆立つ感覚に、ランサーへのトドメを中断したバーサーカーが槍を真上に跳ね上げる。膂力に物を言わせた強引な軌道修正により、頭上より振り下ろされた剣撃を阻む。

 着地したセイバーが裂帛の気合と共に風王結界を放つ。一瞬顕わになる黄金の聖剣。セイバー自身の桁外れの魔力放出と合わさり、その一撃はバーサーカーをも吹き飛ばした。

 

 たたらを踏んで体勢を立て直すバーサーカーに、ランサーとセイバーが同時に掛かる――が、結託したわけではない。ランサーはこめかみに青筋を浮き上がらせ激怒しバーサーカーへ駆けつつ朱槍を見舞う。

 

「邪魔すんじゃねぇ……!」

「ほざくな、槍兵ッ!」

 

 自身に振るわれた槍をセイバーは見もせず、勘に任せ薙いだ不可視の剣で払い、火花に横顔を照らされながらそのままバーサーカーへ斬り掛かる。

 槍兵もまた忌々しい想いを抱えたまま、セイバー諸共にバーサーカーを火のルーンで焼き払う。だが、セイバーの対魔力を貫くには至らない。バーサーカーは多少の火傷など歯牙にもかけない。三騎は互いの隙を喰らい合い、バーサーカーとの決着に執着するランサーの胸をセイバーの剣が浅く裂き、セイバーを邪魔者と見做すランサーの槍がその秀麗な美貌に擦過傷を与え――返す刀で自身に振るわれたセイバーの剣と、甲冑の隙間を狙って突かれた槍を、バーサーカーは白槍を捨て空となった両手で掴んだ。

 

「ッッッ!?」

「チィ……!」

 

「――視えぬ剣、確かに刃渡りを見て取った。そして足を止めたな、ランサー」

 

 バーサーカーはその掌に裂傷が刻まれるのにも構わず、セイバーの聖剣を払うように手を滑らせ刃渡りを掌握。同時に槍を掴まれ足を止めたランサーに前足刀を見舞い水月を穿った。ランサーは吐瀉を撒き散らし、肋骨が砕ける音を聞きながら礫のように弾け跳ぶ。

 

「返すぞ」

 

 そこへランサーの魔槍を腕の振りだけで擲ち、

 

「ああ。見事な闘志だった」

 

 もはや風王結界で聖剣を隠す意義を失くしたセイバーが風王鉄槌(ストライク・エア)を撃ち出すのを、半身になって躱し様に魔法のように自らの手へ白槍を掴んでいたバーサーカーは得物を薙ぎ、その柄で胴を打ち据えられたセイバーが苦悶する。さらに追撃に蹴撃を放ったバーサーカーの一撃に、セイバーの華奢な体躯が宙に舞った。

 「ぐ、」明滅するセイバーの意識。今度こそ仕留めんと魔槍を扱く戦士の王、本能的に虚空で身を捻ったセイバーの左肩を、白槍の穂先が貫き串刺す。槍を振るいセイバーが地面に叩きつけられ、身動きの取れない騎士王を魔槍が貫かんと馳せた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――自身を灼く火のルーンを掻き消さんと魔槍を旋回させた時、士郎はその風圧で吹き飛ばされていた。その直前、士郎は傍らの桜を抱き締め、咄嗟に庇っていた。

 そのせいだろう。十メートル以上飛び、受け身も取れずに地面に叩きつけられた士郎は、頭から流血して意識を混濁とさせていた。

 

「っ……。先、輩……? ぁ……ぁあ、あああ」

 

 自身に縋りつき、絶望して嗚咽を漏らす桜には、士郎が死んだように見えて。

 絶望する。絶望する。絶望する。

 暗い影が、蠢いた。()()()()()()()()()()()()()()を知覚する。置換する。

 ()()()()()()

 

 泣くな、桜……俺は、大丈夫――

 

 そう、声を掛けようとした士郎の脳裏に。聞こえるはずのない声が響いた。

 

 

 

「―――我が骨子は捻じれ狂う(Iamtheboneofmysword.)

 

 

 

 其れは、遥か彼方に陣取る弓兵の呪文。なぜ聞こえたのか――それが破滅的な破壊を齎すと直感し。無意識に、士郎は令呪を切る。逃げろ、セイバー ――

 

「―――“偽・螺旋剣(カラドボルク)”」

 

 飛来するは螺旋の矢。投影されし虹霓。空間ごと捩じ切る超遠距離射撃。

 巧みにバーサーカーとランサー、セイバーを巻き込む一網打尽の刃。

 

 だが弁えよ、漁夫の利を狙う不届き者。利を攫う一手は通じない。

 バーサーカーが感知する。第六感が察知する。振り向き様に、超絶の視力が己を見据えたのを知った弓兵は、何を思ったか。白槍が、返礼とばかりに投じられた。

 

「“鉦を穿つか、地鳴らしの槍(エノシガイオス・トリアイナ)”――!」

 

 そして、一瞬の遅れが自身をも灼く脅威の破壊を事前に摘み取る。

 

「見事な奇襲だ。だが、効かん。――射殺す百頭(ナイン・ライブズ)

 

 投影宝具による「壊れた幻想」は、バーサーカーの甲冑の護りを突破し得る。それと識っていた訳ではない。だが先天性の心眼はその危険を察知していた。

 故に放たれる徒手空拳の技巧型宝具。予備動作なく繰り出されたそれは、自身に螺旋の剣矢が着弾する前に、空間轢殺の力ごと粉砕した。

 

 弓兵は、遥か彼方にいるはずの自分へ投じられた魔槍の真名解放を防ぎ切れたのか、否か。

 

 だが、知る必要はない。

 

 

 

 ――アイルランドの光の御子は、片膝をついて血反吐を吐き。

 

 ブリテンの騎士王は、令呪で転移させられ士郎の傍で落ちそうな意識を懸命に繋ぎ止めている。

 

 

 

「――あは。やっぱり、バーサーカーが一番強いわ!」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()小聖杯の少女が、勝利を確信した。

 

「いいわよ。そのまま殺しちゃいなさい!」

 

 そして、黒い影が、夜の闇の中に蠢動し。()()()()()

 更地となった間桐邸を眺め、嗤う傲岸不遜なる原初の王が来る。

 

 戦争は終わっていない。

 

 “聖杯”戦争が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 


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