ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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五夜 明日を語れば鬼が笑う

 

 

 

 婀娜として満ちた月光を背に、城塔に立つのは獣のしなやかさを持つ槍兵であった。

 己の根城に帰還した主従を出迎えた彼は、真紅の魔槍を肩に担ぎ、爛々と輝く赤い双眸で小さなマスターに従う大英霊を見据えている。

 イリヤスフィールが、自身の城に侵入していたサーヴァントに一瞬、目を眇めた。このアインツベルンの森には探知の結界に始まり、多様な魔術の罠が仕掛けられている。結界多重層、猟犬代わりの悪霊、魍魎数十体、無数のトラップ、森の一角には異界化させている空間もあった。

 

 それらに一切引っ掛からず、あまつさえ城の内部にいるであろうリーゼリット、セラにも気づかれた様子もなかった。それだけで彼が、神代の魔術師に匹敵する魔術の業を持つ証明となり、そして暗殺者の英霊にも伍する隠密術の持ち主である証となる。

 刺し貫くような、物理的な圧力すら感じさせるバーサーカーの殺気を受けて尚、涼やかな笑みを湛えていられる胆力。戦慄せず、冷や汗一つ掻いていない。槍兵は余裕を持ち、軽やかに声を掛けてきた。

 

「――よぉ、いい夜だ。アンタもそう思うだろう?」

 

 答えずにバーサーカーは肩を竦める。現代風の衣装を身に纏ったまま。その洒脱な所作が、どうしてか精悍な彼にはよく似合っていて、思わず槍兵も口笛を吹く。

 自身の頭越しに従者へ声を掛けた槍兵に、イリヤスフィールは不快げに眉を顰める。

 

「月の風雅を解するのね、ランサー。けれど品性はそこまででもなさそう。人の家に勝手に上がり込んでおいて、その家の主人を無視するだなんて……躾がなってないんじゃないかしら」

「ほう……? 小せぇ(なり)して気の強ぇお嬢ちゃんじゃねぇか。いいねぇ、オレとしても嫌いじゃないぜ、そういうの。お嬢ちゃん、名は? 覚えておいてやる」

 

 端正な風貌に楽しげな色を乗せ、問い掛ける槍兵にイリヤスフィールはあくまで傲岸な構えを解かなかった。

 怯えはない。最強の従者を従える自負が小さな女主人に無慈悲な威厳を与えている。最強のサーヴァントに相応しい、最高の主人が己だと確信しているのだ。

 

「名を訊ねるなら貴方から名乗りなさい。城の主に先に名乗らないなんて、英霊として恥ずべき非礼だわ」

「ハ、違いない。こいつは一本取られたか。あーあ、嫌な仕事だな。これからアンタらを殺さなくちゃならねぇとは。……サーヴァントとしての縛りでよ、無粋だが名は名乗れねえ。ご賢察の通り、ランサーのサーヴァントだとでも名乗っておく」

「真名を名乗れとは言わないわ、ランサー。その名で充分よ。だって貴方……ここで死んじゃうんだから。わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。脱落する者の多少の無礼ぐらい、軽く流せる度量はあるつもりよ、わたし」

「――そいつは剛毅な答えだ。気に入った。よぉオッサン、此処で会ったのも何かの縁……って言うには無理のある必然だが、一手オレと遊んでいけよ。アンタが冬木に来て以来、肌がピリピリして堪らねぇんだ。お嬢ちゃんの赦しは出たぜ? オレもアンタも、戦場で四の五のと口舌を交わすタマじゃあるまい」

 

 にやりと骨太の笑みを浮かべるサーヴァントに、バーサーカーもまた微かに笑みを返した。

 

 サングラスを外し、真紅の双眸でランサーを見上げる。その所作一つに匂い立つ武の気配。犬歯を剥き出しにする槍兵は、尋常な勝負を望んでいるのか仕掛けてこない。

 ちらりとバーサーカーはマスターを見る。少女は自信に満ちた表情で、頷いた。

 それが合図だった。ゆったりと戦士が進み出る。戦闘の赦しが出た以上、不可知の鎖で自らを律する道理はないのだ。おもむろに口を開いたバーサーカーが、ランサーを揶揄する。

 

「口舌の徒ではないと囀る身でよく喋る。ああ、()()()()()()()()()()()()()ようだが、せめて悔いは残すな。戦士との立ち合い、無為に穢すものでもあるまい」

「――視ただけで判るもんなのか? 嫌なところに気づいてくれやがる。だが、嘗めるなよ? 万全でなけりゃ戦えねえなんざ、三下の言い訳に過ぎねえ。出せる力で結果を残す、それが一流ってもんだ」

「その通りだ。望み通り、まずは貴様から先に逝け」

 

 バーサーカーが虚空に腕を翳す。その手に、白亜の魔槍が握られた。そして全身に、月光を弾く金色の鎧が纏われていく。

 遠吠えが聞こえた。幻の咆哮。獅子の顕現。金色の鬣を夜風に靡かせ、外套を翻す至強の戦士。その鎧と、魔槍を視認したランサーの眼が見開かれる。

 

「おいおい……マジか。金獅子の全身甲冑……白亜の魔槍。……ハッ――堪らねえなあ! オッサン、アンタまさか、()()ヘラクレスか――!」

 

 其れは、興奮だった。昂揚だった。感動だった。

 古代、戦士を志した多くの者が目指した一つの極致。遠く異邦の地、エリンにまでその名を轟かせ、神殺しの魔女スカサハをして対決を夢想させた至強の半神。

 総ての勇士の代表者にして勇者の語源、まず間違いなく全英霊の中でも最強の座を競う――戦士であるなら誰もが一度は相対するのを夢見る黄金の武威。

 

 嘗て、エリンのヘラクレスとまで讃えられた無双の戦士がいた。

 

 なぜこのオレを他でもないオレとして讃えない。その賛辞を聞く度に腹を立てた。そしていつしか師と同じ様に夢想した。伝説の勇士、ヘラクレスと戦い雌雄を決する瞬間を。後世に於いてケルトのヘラクレスと揶揄される武勇が、真実ヘラクレスを超えるものだと証明したかった。

 

 眼を限界まで見開き、わなわなと体を震えさせる。武者震いだった。予想だにしていなかった……否、本能的にもしかしてと予感させていた戦士の勘が正しいと証明された歓喜がある。

 そう、歓喜だった。

 戦士王を目前に戦慄に震えるのではなく、戦士として相見えられた僥倖に歓喜している。生前では名を成して以来、化け物のように恐れられるばかりだったバーサーカーに対して、戦える喜びに打ち震える猛者。自然、バーサーカーにも笑みが浮かんだ。ヘラクレスが相手なら負けても仕方ない――そんな負け犬の発想を持たない初見の相手。それも時代の異なる稀代の戦士。なるほどこれが聖杯戦争の妙か、と不覚にも心躍るのを自覚させられる。

 

「――だが、解せねえな」

「何がだ、ランサー」

「おう、それよ。槍兵(ランサー)はこのオレだ、だってのに何故テメェが槍を持っていやがる? クラスはなんだ?」

「簡単な話よ、ランサー」

 

 イリヤスフィールが自慢げに微笑んだ。事実、自慢したくて堪らないのだろう。ランサーの眼が自分に向くのに、雪の妖精のような少女は歌うように唱えた。

 

「剣は持ってないから剣士じゃない。弓もないから弓兵でもない。槍は持ってるけど、槍兵は貴方。じゃあ騎兵? それとも魔術師? いいえ、暗殺者かしら」

「……なんの冗談だ?」

「うふふ、気づいたわね。騎兵だと云うなら、騎乗するモノを喚び出してるはずよね。だってヘラクレスは戦士を相手に手は抜かないもの。ライダーじゃない……ならキャスター? でも残念ながらキャスターの適性はないのよ。暗殺者はやれなくもないけど、生憎と山の翁なんて兼任した逸話はない……なら答えは一つよね?」

「おいおい……オレの目はイカれてんのか? どう見たって、そのオッサン狂気の欠片もねぇぞ……!」

「――お喋りはおしまい。じゃあ、殺すね。やっちゃえ、()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ――ぜぇぇえりゃァア――ッ!」

 

 突き刺す殺気に始動の気配を視るや、獣の如き敏捷性で槍兵が跳ねた。足場にしていた城塔を蹴り崩し、虚空に身を踊らせた蒼い影が満月を翳らせる。

 落下の勢い、旋回させた槍の遠心力、そして自身の膂力。それらを乗せた裂帛の気合が一閃され、頭上より叩きつけられる魔槍を白亜の槍が受け止める。

 バーサーカーの両足が地面に陥没する。刹那、拮抗した槍と槍。交わされる真紅の視線。ランサーの背筋に痺れが奔る。この私を相手に、力で挑むか? そう嗤われたのを確信した。

 その膂力、使い魔(サーヴァント)に堕ちたりとはいえ、反英霊をも含めた全英霊の中でも最大無比。単純な力比べで勝るモノは絶無。無造作に払われる白槍、逆らわずに赤槍を基点に跳ぶ槍兵。生前はオレも怪力で鳴らした口なんだがな――己の見る影もない膂力を自嘲しながら、ランサー……アイルランドの光の御子は魔人の挙動で身軽さを魅せる。

 

 競り合う槍と槍を基点に跳ぶなど生半可な体幹、感覚、柔軟さと力の成せるものではない。アインツベルンの城の壁に脚で着地し、それを足場に更に跳ぶ。鮭跳びの秘術、師に教えられるまでもなく身に着け、師の指南により更に磨き抜かれた歩法の極致。狂戦士の英霊の槍が届かぬ間合いに跳び、地面を蹴り神速で背後に回り込むと赤槍を突き出す。

 

 上体を倒し背後からの刺突を躱すや、バーサーカーはこともなげに赤槍を掴んだ。自身の刺突を見切る眼力に驚嘆するも、難なく得物を掴まれる恥辱はない。()()()()()()()のだ。バーサーカーは白槍を手放している。赤槍を引き、ランサーを引き寄せ、その巌の如き拳を握り締めていた。

 死の塊。振り抜かれたならランサーを即死させかねない拳砲。然しランサーは笑う、呪いの朱槍を掴む手を狙っている。魔槍の“呪”が炸裂した。接触している掌を穿たんと槍から棘が飛び出した。

 

「む――」

 

 掌は、鎧に包まれていない。突き立つ呪棘の牙。不意の痛み――されど構わず。魔槍を掴んだまま、バーサーカーは拳撃を放つ。

 ランサーの顔面を粉砕せんと唸る一撃に、堪らずランサーは木っ端のように吹き飛んだ。だが手応えは浅い。身軽である、あのタイミング、あの姿勢から、見事に衝撃を逃してのけたのだ。槍だけでなく体術もまた神域のものでなければそうはいかないところだ。

 

 呪槍がさらなる棘を出す前に手を離す。圧し折らんと白槍を振るうも、幾何学的な軌道を描いた魔槍は白槍の閃光を躱し主人の許に帰還していく。

 手から滴る血を、傷ごと握り潰す。久しい……いや、はじめてかもしれない。僅かな間で手傷を負ったのは。知らずニヤリと笑みを浮かべていた。ふつふつと闘志が湧き出てくる。サーヴァントに堕ちた第二の生で、予期せぬ好敵手との邂逅に歓喜が弾けそうだった。

 

「冗、談……!」

 

 そして、歓喜はランサーにも通じた。

 樹木を何本も圧し折りながら吹き飛んでいた槍兵は、飛来する魔槍を掴み取り、よろめきながら立ち上がっていた。

 完璧にいなした。完璧に避けた。そのはずが、脚に来る衝撃がある。あの拳をまともに受けていれば頭が柘榴の如く弾けていたという確信にゾッとして――狂気に通ずる狂喜に悶える。

 ああ、クラスの縛りがもどかしい。生前なら闘争の齎す狂熱に、英雄光を光らせ闘争形態に移行できたものを。今はただ、失われた狂熱が嘆かわしいまでに恋しい。

 だが理性によってのみ戦うのも是だ。今この瞬間を愉しむ――真実、ヘラクレスが最強の名に恥じぬ力量の持ち主だと実感として理解できた。

 

 そして、残念ながら、無粋な令呪に縛られ、二流のマスターの走狗となっている今の己では、余程の奇跡を起こさない限り凌駕するのが難しいとも。

 せめて二度目。初見を終えた後でなら、劣化に劣化を重ねた霊基ではあるものの本気が出せる。

 

 左掌から血を滴らせ、バーサーカーは白槍を掴んだ。喚ばれ、担い手を殺さんと迫った魔槍を受け止めたのだ。

 白槍を構える。言葉は不要か――震える脚を殴りつけ、赤槍を手に槍兵が馳せる。

 残像を残す魔速の踏み込み。自らの敏捷性を活かした一撃離脱戦法。繰り出される四方八方からの穿孔を、バーサーカーは足を止めて迎撃する――ような王者の余裕を見せなかった。

 

 自らもまた獣の疾走に追随する。光の御子の眼に驚愕が弾けた。己に比肩する同格の疾さ――速度ではない、巧みな追い込み猟。仕掛けられる度に間合いを削られる。白槍が己の軌道を制限する。速射砲の如き刺突の乱舞が交わされ、その都度に身を走らせる余地を狭められ、アインツベルンの城の壁に追い立てられていく。

 

「ヅッゥ――!」

 

 このままいけば狩られる、その予感に従い光の御子は戦士王の白槍を上から押さえつけるように逸らし、そしてその勢いに利して魔槍を地面に叩きつけ跳躍。鮮やかにバーサーカーの領域から離脱した。

 不利な戦況から脱出する仕切り直し。芸術のような戦線離脱。だが些か強引に過ぎた故か手が痺れ、汗を滲ませランサーは呻いた。時間にして五分、常人の眼には追えぬ高速の機動戦に敗れた。それは屈辱である。然し全力ならと負け惜しみを懐きかけ、それを捨てた。代わりに素直に賛辞する。それすら負け惜しみに聞こえる無様を自覚して。

 

「ハッ……やるねえ。まさか()()()()()()()()狂戦士に遅れを取るとはな」

「お互い様だろう。決着を望まぬ偵察兵のような立ち回りでもしやとは思っていた。だが槍を交わし改めて確信したぞ。マスターに恵まれなかったな、槍兵」

「チッ。自慢ぶりやがって。ああそうだよ、白状する。オレには()()()()()()()()()()()()()、なんて馬鹿げたマスターの令呪が働いてやがってな。全力で獲りに行けねえのさ」

 

「――あら。嘗められたものね」

 

 手傷を負わされたサーヴァントを心配する素振りもなく、悠然と戦闘を見守っていたアインツベルンの最高傑作が優雅に言った。

 彼女にとって戦いはバーサーカーが勝って当然。故に拘るのは結果ではなく過程だ。完全無欠の勝利を当たり前のように求めている。それを傲慢と言えない実力が、彼女とそのサーヴァントにはあった。

 

「ねえ、貴方の望みは何? ランサー」

「あ? んな事聞いてどうする」

「アインツベルンとして聞いているのよ、()()()()()()()。聖杯を預かる身として、聞いてあげているの」

「――テメェ、オレの真名を」

「サーヴァントの事で、わたしに分からない事はないわ。答えなさい、その答え如何では見逃してあげる」

 

 獣の如き敏捷性を持つ槍使い。イリヤスフィールが治癒の魔術を送っても癒えぬバーサーカーの左手、呪いの朱槍、独特な戦装束、そして瞳を見れば解る神性。これだけ揃えば、目敏い者なら蒼い槍兵の真名は瞭然である。

 その真名を聞いたバーサーカーにも驚きはない。彼にも見当はついていた。槍兵は舌打ちする。有名すぎるのも考えものだな、と。戦士王は若干の共感を懐く。確かにな、と。クー・フーリンは苦笑して嘯いた。隠すほどのものでもないと。

 

「オレの願い、ねえ……まあいい、教えてやるよ」

「なに? 第二の生を得て現代を謳歌したいのかしら」

「間抜け。英霊なんてのはな、第二の生なんざ欲しがらねえよ。余程の業突く張りでもなけりゃあな。オレはこの聖杯戦争で死力を尽くした殺し合いがしたい。それだけだ」

「ふぅん? なら、いいわ。逃げる事を赦してあげる」

 

 あっさりと、イリヤスフィールは言った。ランサーは探るように視線を向ける。

 バーサーカーと、そのマスターに。その真意は何かと。

 

「死力を尽くしたいんでしょう? なら初見は、貴方には無理な話ね。だからまた挑みに来なさい。その時こそちゃんと殺してあげるから。わたしを間抜けと罵った口汚さの代償も、その時に支払ってもらうわ」

「おい、いいのかよ? みすみすお嬢ちゃんのサーヴァントの真名、オレに知られたまま見逃して。そこのオッサンなら、全力で掛かれば今のオレ程度さして苦戦もすまい。――此処でオレを脱落させなかった事、後悔するぜ。必ずな」

「させてみせなさい。わたしのバーサーカーの真名を知った程度で勝てると思うなら、そんな無能生かしてあげる気にもならないわ」

「へぇ、気を吹くじゃねえか! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と来たか! いいねぇ、ますますやり甲斐がある! バーサーカー……それからアインツベルンの小娘。決着は次に預ける、その心臓、オレ以外に獲られんじゃねえぞ!」

 

 愉快げに嗤い、ランサーは身を翻した。逃走する槍兵を追わず、バーサーカーは眼を細める。イリヤスフィールが嗤っていた。

 

「心臓、ね。わたし相手に、その冗談は笑えないわ。やっぱり殺しちゃえばよかったかな?」

「なら追うか、マスター。今からでも遅くはないぞ」

「――いいわ。追わなくても。一度見逃すって言ったんだもの。けど、次は殺してね」

「承知した。だが酔狂が過ぎる、倒せる敵は倒してしまえばいいものを……」

 

 バーサーカーの苦言に、イリヤスフィールは嘯いた。

 冗談のようではある。然し、掛け値なしに本音でもある信条を。

 

「わたしは聖杯だもの。ささやかなお願いぐらい、聞いてあげなくちゃ。それに、バーサーカーも本気じゃなかったじゃない」

「手並みを拝見していただけだ。様子見と言い換えても良い。私にも通じるやもしれぬ隠し玉を警戒する、サーヴァントとして当然の心構えだろう」

「あはは、じゃあ、次はそれも無し。最初から狂化して、全力で殺して」

 

 本気で言っているとバーサーカーは感じて、娘の我が侭を聞くように頷いた。

 仕方がないな、と。どのみちサーヴァントの身だ、マスターに逆らう真似はしない。個人的な誓いもある。ならばどう言い繕ったところで、イリヤスフィールを翻意させるのは不可能だろう。

 然し――久々に心が踊る戦士だった。次は全力で来るだろう。ならば、その全力がどれほどか楽しみでもある。戦士の性だった。

 

 イリヤスフィールは微笑する。そして呟いた。

 

「ランサーの驚く顔が目に浮かぶわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()バーサーカーと戦う羽目になるなんて」

 

 くすくす、と。

 ころころと笑う。

 

 天使の無邪気な微笑みは、残酷な子供のそれ。虫の手足を削ぎ落とし楽しむ、残虐性の発露である

 

「ここで戦っておけばよかったと、後悔しないことね」

 

 見上げた満月は、ゾッとするほど綺麗だった。

 

 

 

 

 


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