ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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本日4度目……!


四夜 群像の夜

 

 

 

 ひどく、懐かしい神性を感じた。

 

 堕ちた神霊、怪物へ変生したが故の過敏な嗅覚が拾った感覚だろうか。

 気のせいかもしれない。いや、きっと気のせいだ。錯覚だ。そうであってほしいと、切に願う。

 これは聖杯戦争。儀式としての性質上、敵対は絶対に避けられなくて。この身に護りたいものがある以上、想像し得る限り最強にして最悪の“敵”の存在は容認できない。己が“一度目の生”で辿った人生と同じ、いずれ怪物へ堕ちる運命を負った真のマスター、間桐桜を救うために、あらゆる敵を討ち果たさねばならない。

 サーヴァント・メドゥーサの霊基には刻まれておらずとも、生前に積み上げたスーダグ・マタルヒスとしての経験は活きていた。故に自身がメドゥーサとして召喚された所以を、縁を理解できる。因果は定かならずとも、間桐桜は怪物になるのだろうと。

 “二度目の生”で得た力と宝具があれば、今よりもずっと楽な状況だったかもしれないが、ないもの強請りはできなかった。反英霊の騎兵メドゥーサは、今ある力を尽くしてマスターを救うと誓っている。

 

 だが、ほんとうにままならない。

 

「ひ、ひひひ……! 僕は、魔術師なんだ……特別な、他の奴らとは違う人間なんだ!」

「………」

 

 偽臣の書。聖杯戦争を放棄した間桐桜の令呪で作られた、仮染の令呪の代用品。それを手に、この身のマスターを気取り、魔術師を気取る凡夫を冷めた目で見詰め。彼の無能を補う為に、無関係な人間の血を吸い、魂を吸い、魔力を得る。

 あまつさえ現代の学び舎、桜の母校を忌まわしい宝具“他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)”の対象としている。仮とはいえマスターの命令だと流せるものではない、ないが……この小者はメドゥーサの反抗を受け入れられず、八つ当たりとして桜に暴行を振るうだろう。それは駄目だ。

 もし桜が許すのならこの小者を即刻縊り殺すのだが、過去の小者はそれなりに良い兄だったらしく、その思い出がある故に一度だけ進言した兄殺しを拒絶された。メドゥーサとしては最悪独断で間桐慎二を殺し、返す刀で間桐臓硯も殺してしまうべきだと虎視眈々と機会を狙ってはいるが……慎二はともかく臓硯に隙がない。徹底してメドゥーサの前に姿を現さないのだ。

 理解しているのだろう。人間の器を持たない蟲翁は、魂を吸うメドゥーサが己を殺せる数少ない天敵なのだと。だからこその用心であり、自らの陣営のサーヴァントであるメドゥーサが、慎二に使い潰されかねない現状を黙認する要因である。

 

「ほら、何してんのさライダー! さっさと済ませちゃってよ! ったく、愚図が。まあ桜の召喚したサーヴァント如きじゃあチンタラすんのも無理ないんだろうけどさ、付き合うこっちの身にもなってほしいもんだよ」

「………」

 

 事の元凶、当事者でありながらのこの他人事な物言い。癪に触る。

 

 薄汚い路地裏に追い込んだ少女――無闇矢鱈に興奮している慎二が言うには『美綴』というらしい――を優しく横たわらせ、可能な限り後を引かない程度に押さえた吸魂を終える。ぐったりと意識がないまま倒れる少女に、痛ましい気分になりながら、不愉快な雑言を完全に聞き流した。

 まともに相手をしていては、無意識にその首を圧し折っているかもしれない。自覚している内は手を出さないが、自身の無意識で殺してしまわないように注意しておくのがメドゥーサにとっての難事だった。

 

「なあ知ってるかライダー」

「……?」

「この僕をマスターにしていながら、その程度の能力しか無いオマエみたいな奴って、世間じゃあウドの大木って言うんだぜ? ははは、一つ賢くなったな」

「………」

 

 ほんとうに。

 

 人を苛つかせる天才だ、この男は。ペルセウス以上だと認めてあげるしかない。ともするとアテナ以上でもある。

 メドゥーサはこっそりと嘆息する。貴方がマスターならどんな英霊でも雑魚になるだろう。あのヘラクレスですら……いや、そもそもヘラクレスをサーヴァントにしたら、一瞬で命を枯渇させ死んでしまうか。

 桜さえマスターで居てくれたら、メドゥーサも一級のサーヴァントと互角に戦える自信がある。宝具の使い方を誤らなければ勝利も望めるだろう。ひとえに貴方の無能が私を低位のサーヴァントの如き様に零落させているのだ。――そう言ってやりたい。

 今は、まだ良い。いや良くはないが、それでも桜が心の均衡を保てている内は我慢しよう。あるいは好機が転がり込んでくるその時まで耐え忍ぼう。

 なに……堪えるのには慣れている。待つのにも慣れている。構う事はない。慎二の罪が桜の罪だと言うなら、その罪をこの身が引き受けて消え去るだけのこと故に。

 

 今は、ただただ、堪える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンには、或る目的があった。

 

 衛宮切嗣。己の実の父への復讐である。その為に、日本に来たと言っても過言ではない。

 ドイツの秘境、アインツベルンの本拠地にいた頃に、切嗣の死は聞かされていたが、イリヤスフィールはそれを信じていなかった。いや、信じたくはなかったのだ。

 どんな形であれ、また会いたいと願っていたから。だからこそ代替行為だと分かっていても、唯一残された血の繋がらない家族――衛宮士郎に執着している。切嗣の死を、もしかしたら本当かもしれないと怯えていたから。

 

 復讐。

 

 その行為への理解は、世界最古にして最大の知名度を持つ復讐者でもあるバーサーカーは深い。復讐は肯定されるべきものだと彼は認識している。復讐への応報への理解も、また。

 唯一の家族。現世の繋がり。復讐するという事は、それを自らの手で葬り去る事になると、まだ幼い内面しか持たないイリヤスフィールは気づいていないだろう。

 然しバーサーカーはそれを指摘しない。他者の復讐には口出ししない。自分にはその資格がなく、また仮にあったとしても復讐をやめろだなんて軽い言葉を吐く気にもなれなかった。

 

 後悔するかもしれない。だがその後悔もまた、人生の味だ。

 

 バーサーカーはイリヤスフィールに普通の人間としての寿命と器を献上するだろう。その人並みの寿命の中で、自身の仕出かした事を悔やむ事もあるかもしれない。

 それを込みにして、人生だ。人生は甘いものばかりではない。辛いものもある。罪の意識、後悔、怒り、悲しみ。それら負の感情も内包する。それがイリヤスフィールの心を傷つけ、然し育てるのだ。

 復讐を成す刃となれと命じられれば、喜んで殺そう。バーサーカーは真実、己の一個の人格と矜持を殺していた。自身に許す自我は、徹底してマスターの為になる事、マスターの望みに沿う事のみ。冷徹な殺戮者にだって堕ちる覚悟がある。己の武名を穢す意志がある。父を求める小さき者の為に。

 

「あっ、いた!」

 

 夜。アインツベルンの本拠地で過ごした雪景色に比べれば、遥かに温かい冬木の冬。人気のなくなった道を歩いてくる赤毛の少年を見つけて、イリヤスフィールは嬉しそうに笑みを咲かせた。

 なんて声をかけようか、わくわくとしている。その様に微笑んで、無言でマスターの背後に付き従う。

 やがて間近にまで迫る。イリヤスフィールに気づいた少年が、不思議そうな顔になり……そしてその背後に付き従うバーサーカーに気づき顔を引き攣らせた。

 

「早く喚び出さないと死んじゃうよ、お兄ちゃん」

「――――」

 

 少年との擦れ違い様、イリヤスフィールは歌うように囁く。

 彼に令呪の兆しを見つけて、心底嬉しくて堪らないと。

 

 サーヴァントなんて喚ばなくても、イリヤスフィールは少年を惨殺するつもりでいるから、余計な忠告であると言える。

 だがその余計な行為もまた、是だ。復讐に矛盾した行為が介在するのもおかしな話ではない。特に愛憎入り混じればこそ、矛盾するのだ。

 

 少年が振り返ってくる。然し彼の目には、イリヤスフィールとバーサーカーは見えなくなっているだろう。イリヤスフィールが魔術を使い、かくれんぼのように姿を消したのだ。認識できなくなっているはずである。

 

「マスター。いつ仕掛ける気だ?」

「んー? そうね……三日かな。それ以内にシロウがサーヴァントを喚び出してなかったら、殺すわ。手伝ってくれる?」

「無論だ」

 

 よかった、とイリヤスフィールは笑った。

 

 城に帰る。今日の散歩も終わりだ。

 それでいい。今日はいい夜だ。月がよく見える。

 だから――そう、来客があるだろう。

 

 城に帰ったイリヤスフィールとバーサーカーの許に、来訪する者がいる。

 

 ――よぉ、いい夜だ。あんたもそう思うだろう?

 

 蒼い槍兵が、獰猛に嗤い、城門の上に立ち一組の主従を出迎えた。

 

 

 

 

 

 

 




※ガチめな兄貴。ギャグで死んだりしない、ドジ踏まない、不幸に死なない、極めてマジな槍兄貴である。

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