ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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第四節 英雄旅団(ヘーラクレイダイ)(前編)

 

 

 

 

 

 ――何処にいる?

 

 彼女は探していた。

 

 ――先月までは此処にいたはずなんだ……忙しない奴、今度はどこに流れた。

 

 ただ、探していた。

 

 ――何が敵かなんてどうでもいい。私が()()()のは、あのばかに会ってからでないと駄目なんだ……。

 

 未練があった。望みがあった。それが叶うかもしれない。だから探している。

 根無し草の相手を一人、探し求めて各地を彷徨う。

 彼女の戦いは、まだ始まってもいない。再び戦場に立つまで、今暫くの時を要するだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ、ヘラクレス王が特異点化の原因って……どういう事ですか!?」

 

 血相を変えて訊ねるマシュに、イオラオスは飄々とはぐらかす。会えば分かる、と。

 その答えは簡単に納得して流せるものではない。マシュ達カルデアからすると、いきなり敵首魁と目される人物と顔を合わせる事は歓迎できる事態ではないからだ。

 入念な準備が必要だ。オルレアンやローマの例があるように、この特異点にもカウンターのサーヴァントがいるはずで、彼らと合流し万全の陣容を整えたいのである。

 敵があのヘラクレスともなれば、容易ならざる脅威となるのは目に見えている。更に聖杯まで所持しているともなれば、オルレアンの邪竜、ローマの神祖ロムルス、戦闘王アルテラを上回る強大さだろう。会話を聞いていたカルデアの方でも動揺は抑えきれていない。管制室はざわめいていた。

 

 ――だがカルデアは、勘違いをしていた。思い込みをしていた。致命的な認識のズレである。

 

 特異点Fや、フランス、ローマでの経験が仇になっている。()()()()()()()()()()()()などと。サーヴァントであるなどと彼らは誤認していた。まさか()()()()()()()()()()()()()()()()であるとは、カルデアの常識ではまだ想定できていないのだ。

 単純なその戦闘能力は、英霊など比較にもならない。これまでの最強の敵だった魔神柱が、ヘラクレスを前にすれば雑魚であるなどと、どうしたら思い至れるというのか。

 異なる世界線のカルデアが戦い抜いた人理復元の旅路。その後に待ち構えていたクリプターと異聞帯との戦い。その中でも特に強大だった光の御子、授かりの英雄、獅子王と円卓、ゴルゴン、意思持つ宝具、雷帝、北欧の巨人王を単身で撃破できる存在。生身でありながら冠位英霊に匹敵する単独戦力であるなどと――どうしたら思い至れる。

 

 彼らの誤解は、さしものイオラオスとて思い至れない。未来でも伯父上の武勇は知られているんだな、なんて呑気に喜んでいる始末だ。

 

「知られているなんてものじゃありません!」

 

 マシュのそれは悲鳴じみていた。

 

「ギリシャ神話最大の英雄、半神の身で戦神と戦える武力、世界最高クラスの知名度は伊達ではありません! 彼に匹敵するような英霊なんて、片手の指で数える程度なんですよっ!」

「へぇ? 伯父上に匹敵するようなのが片手の指程度にはいるのか……ぶっちぎりじゃないってだけで、世界の広さが知れるというものだな。正直驚いた」

『――って、イオラオスさんは何呑気にしてるのさっ!? ヘラクレスだぞ!? ギリシャ神話内で抵抗できそうなのはアキレウスぐらいなものだ! そのアキレウスだって勝てるかどうか……世界を見渡してもインド神話の施しの英雄、世界最古の英雄王、ええと他には――ともかく! 大変だぞ! な、何か弱点は……!?』

「ドクター、残念ながらヘラクレス王の死因は病です。直接的な武器や魔術は効果は薄いです。英雄にありがちな『死に繋がった要因』はありませんっ!」

 

 ――その通りである。原点にして頂点である、宇宙最悪のヒュドラの神毒が直接的な死因となるはずだった『ヘラクレス』ではないのだ。

 英霊となり見る影もないほど弱体化した『ヘラクレス』は、死因であるというだけでヒュドラ種の毒で致命傷となってしまうのだが、この世界線のヘラクレスにそんな物は通じない。神毒であれば死に至るが、英霊が用いるようなヒュドラの雑種が持つ猛毒程度、多少息苦しくなる程度である。

 ましてやこの特異点のヘラクレスは生きている。死因となった武器や因果が仮にあったとしても、まだ死んで英霊となっていないのだから平然と乗り越えてのけても不思議ではない。

 

「ロマニ・アーキマン、それにマシュ、危惧してしまう気持ちは分かるが、そこまで深刻になる必要はないと思うぞ」

 

 だがイオラオスには悲愴な色はない。ヘラクレスと聞いて顔を険しくさせている円卓の騎士達にも見向きもしなかった。

 誰よりもヘラクレスについて知っているはずの男が平然としている様を見て、マシュは落ち着きを取り戻す。そして平然と構えていられる理由を訊ねた。

 

「どういう事ですか?」

「伯父上はトロイア戦争に参戦する事なく没したというのがおまえ達の言う『本来の歴史』なら、伯父上がその戦争に参戦するべく向かっている事で発生する差異は、確かに今後の歴史を塗り替えるものだろう」

「へ、ヘラクレス王がトロイア戦争に!? そ、それってどうなるんでしょうか……」

「普通にアカイアの連合軍は全滅するだろうな。アガメムノン以下、主だった連中は全員縊り殺される。特にアガメムノンはイアソンを殺した。トロイアの要請で大義を得た伯父上は喜々としてアガメムノンを殺すだろう」

「――あの、それって、かなりマズイ気が……」

「どれぐらいマズイのかはおまえ達の方が詳しいだろ? だが伯父上は敵として見たら絶望的だが、それ以外の立場なら話が分かり過ぎる理性的なヒトだ。おまえ達が誠心誠意、訳を話して引き返すように説得し、聖杯を譲ってくれと頼めば案外戦わずに終われるかもしれない」

 

 イオラオスの言に、マシュは目に見えて顔色を良くした。戦わずに、話し合いで事が終えられるのなら、それに越した事はない。

 実際に話し合いで終えられる可能性は高いとイオラオスは思っている。自分の知っているヘラクレスなら、とは口に出さなかったが。

 然しふと、マシュは思い出したようにイオラオスを見る。おずおずと訊ねてくる様はまるで幼子だ。個性がない、意志が薄い、主張がない。体だけは年相応、知識量だけは学者顔負け。然しその()()()()は頼りなさしか見て取れない。

 

「その……いいんですか?」

「何が?」

「イオラオスさんは、ヘラクレス王に会っても……」

「ああ……そんな事か」

 

 後世にどう伝わっているのかは知らないが、何やら誤解されているようなので苦笑いする。敬愛する伯父とは訣別している、その事を言っているのだろうが――

 

「神話とかいうのと歴史で、どう語られているのかは知らないが、わたしは伯父上に二度と会わないと言われた覚えはない」

「え、そうなんですか?」

「オリンピアを追放され、二度とこの地を踏むなとは言われたし、一箇所に留まらず旅を続けろとも言われた。だがその面を見せるなとは言われていない。伯父上がオリンピアから出さえすれば、わたしはいつでも伯父上に会えたのさ」

 

 ただ。少なくとも十年は、オリンピアからヘラクレスが出てくる事はないと理解していた。だから遠くを旅して来たのだし、オリンピアの復興が終われば国から出る事もあるはずだから、その時に改めて会いたいと想っていた。

 成長を見てほしかった。ガキ臭いが……褒めて、もらいたかった。よくやったと、立派になったなと……言ってほしかったのだ。だからオリンピアから出る事なく、ヘラクレスが病死するのが本来の歴史だと知った時は絶望しかけたものだが。どうやら――イオラオスにとっては運良く、然し世界にとっては運悪く、特異点の原因が『ヘラクレスの生存』にあるらしい。オリンピアから彼の大英雄が出た以上、再び会える機会が出来たのだ。

 

(俺は英雄になれたらしいよ、伯父上。何せこんな()()に巡り会えた)

 

 人理焼却の危機とやらの中、不謹慎ながら久し振りに心が昂ぶる。如何なる死地、無理難題の最中にも感じられなかったものだった。

 トロイアに向けて進撃しているオリンピア軍を追って、カルデアの一行とイオラオスは進んでいく。意外な事にオリンピア軍は強行していないらしく、進軍速度は並の軍勢と同程度のようだ。その事を立ち寄った漁村で知った彼らは、次第に緊張の色を深めていくマシュと共に先を急ぐ。

 

 そして、マシュ達とイオラオスは、オリンピアの軍勢を遠目に見つける。

 

 謁見の時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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