ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

75 / 111
カルデアは勝つもよし、負けるもよし。カルデア側が負けたらこの世界線は焼却される。sn編は別の世界線の正史から来た的な感じになるだけなので。二次創作なのだ、特異点側が勝ってもいいじゃない。逆にカルデア勝って王道!ってなってもいいじゃない。

この精神で書いていく所存。

それから。

――いったいいつから、原作通りの陣容だと錯覚していた……?



外伝 神権禅譲戦国【トロイア】
序幕 三千五年後の未来から


 AC2015 南極 5/25 06:31 p.m.

 

 

 

 ぴ、ぴ――ピッ、ぴ……。

 

 魔と物理、双方の観点から徹底して不浄を排された無菌病室(クリーンルーム)に木霊する電子音。

 計測されているのは生体の命脈。脳波・心音・血圧にはじまり、魔術回路・レイシフト適性・マスター適性、それらを総括した人間のあらゆる生命属性である。

 隔離された病棟内部は、空調設備により清浄な無菌状態を保持されている。もはや、このカルデアの生命線とも、儚い人理の命綱とも言える白い少女は、医療カプセルの中で静かに眠っている。さながら死んでいる様だと、青年は沈痛な表情で経過を見守っていた。

 

 銃弾程度なら問題なく跳ね返す硝子張りの窓から病室を眺める青年は、名をロマニ・アーキマンといった。彼はここ、人理継続保障機関フィニス・カルデアに於いて、所長代理として指揮を執る最上位意思決定者である。

 

 人類の裏切り者レフ・ライノールによるカルデアの破壊工作により、多くのカルデア職員は殉職した。そしてカルデアの所長オルガマリー・アニムスフィアも死亡したが為に、本来その職掌を担うはずもなかったロマニが所長代理として、適性があるとは言えない指揮官の役を熟す羽目になったのだ。

 人類史焼却の謎。それを解明し、人理を修復する事こそがカルデアの使命。おそらくカルデアの外部が焼却されている今、此処こそが人類最後の砦であり。何を犠牲にしても、人理定礎の復元を絶対に失敗するわけにはいかない戦場に挑まねばならないのだ。

 

 切り札であるA班は壊滅した。

 彼らを除くマスター候補も壊滅した。

 一般公募枠のマスター候補はそもそも見つからなかった。

 

 ――此処に、マスター適性とレイシフト適性を持つ一般人。異なる世界線に於いては人類最後のマスターで、カルデアのデミ・サーヴァントから『先輩』と呼ばれ慕われる少年、或いは少女はいなかった。

 だから、必然。()()()()()()()だけで奇跡なのだ。

 

「ドクター、異常はありませんでしたか?」

 

 検査が終わり、眼を覚ました英霊憑依召喚実験の検体、マシュ・キリエライトが声を掛けてくる。ロマニは努めて柔和で、どこか間が抜けている様な表情を作り応対する。

 

「――ああ。至って健康そのものだ。凄いなマシュは」

「ぁ……」

 

 英霊ギャラハッドのデミ・サーヴァント、マシュはロマニに髪を梳く様に頭を撫でられ、心地良さげに眼を細めた。

 ロマニは人の心の症状に関しては専門外だ。然し仮にも最先端技術の結集するカルデアにて、その医療部門のトップに立つ男である。専門ではないが、ある程度の知識は保有している。そんなロマニの眼から見て、マシュの精神は病んでいた。いや、病むというほど深刻なものではない。まだ辛うじて健常の域に留まっている。

 マシュは、ロマニに依存していた。彼がいなければ、彼女は立ち上がれないほどに、心の拠り所にしていた。

 

 ――あの運命の日。カルデアが爆破された時。マシュは瓦礫の下敷きになり、腰から下が押し潰され死ぬ寸前であったという。

 

 特異点F……冬木。その地に事故でレイシフトさせられたマシュは半死半生……いや、既に死亡するまで間もなかった。だがマシュは自らの死による意識の断絶の間際、ふとロマニの事を思い出したのだという。

 何かと気にかけてくれて。様々な知識を与えてくれて。カルデアの中で遠巻きにされている中、マシュに親身になってくれた数少ない優しい青年。知識の上でしか知らないものだったが、まるで――おとうさん、みたいで。また会いたいと……話がしたいと、思い。聡明な知性を持つマシュは、この後カルデアが壊滅し、人理が滅び去ると理解してしまっていた。

 守りたい。助けて。その二つの思いが純粋なものだったからだろう。彼女の身に宿らされていた英霊は、マシュの求めに応え、彼女はデミ・サーヴァントとして成立した。

 

 マシュは懸命に立ち上がったが、独りでは余りに弱かった。

 

 だって彼女は――普通の、女の子だったから。戦いになんて向いていない心優しく、臆病な少女だったから。

 オルガマリーと合流し、カルデアと通信が繋がった時点で、マシュは心労で顔色を青くしていた。ロマニが通信に出るとマシュは泣き出して。宥めるのに苦労して。

 戦ってもらわねばならなかった。

 歯を食い縛りマシュは戦った。傍に誰もいない孤独な戦いに挑まざるを得なかった。はじめて英霊召喚を、デミ・サーヴァントの身で行い、マスターとして……盾の憑依英霊として戦場に赴いた。

 

 恐らくその初の英霊召喚で彼を――狂戦士の座で招かれた湖の騎士を呼び出せていなければ、マシュは冬木で斃れていただろう。

 

 湖の騎士は単純に強かったのもあるが、何より彼女の中の霊基の繋がりからかマシュを安心させてくれた。心強いという感情が湧いてきて、親身に接する事ができた。

 然し彼と共に戦い、キャスターの座で現界していたアイルランドの光の御子と共に戦うも。冬木の聖杯を確保したマシュはレフの裏切りを知って、オルガマリーの死を目の当たりにしてしまう。

 傷ついただろう。レフはロマニと同じで何かとマシュを気にかけてくれていたから。だから――デミ・サーヴァントではない素のマシュはもう、ロマニに縋らなければ立ち上がれない少女になってしまった。

 

 訓練と、検査、レイシフトしている時以外は、常にロマニが傍にいないと落ち着けない。特異点に挑んでいても、頻繁に通信を行ってロマニと会話しようとしていた。

 傍で誰かが支えてくれない心細さが強いのだろう。湖の騎士が傍にいないと戦場でも怯えてしまう。怯えて逃げてしまいたくなる。マシュは、二人きりになると、ロマニを『ドクター』ではなく……おとうさんと、呼んでもいいでしょうか……? なんて。照れたような、縋るような、怯えたような目で甘えてきた。

 ロマニは受け入れた。彼女には心の支えが必要で、それは自分にしかできなかったから。

 

 そうしてフランスを駆け抜けた。

 ローマで死力を尽くした。

 

 第一特異点のフランスで、彼女の召喚に太陽の騎士が応えて。第二特異点のローマで哀しみの子の名を持つ弓騎士が応えた。

 奇しくも円卓の騎士のサーヴァントが、マシュの元に集い。辛い戦いを乗り越えてこれた。

 

 様々な出会いと、別れがあり。マシュは確かに成長している。然しそれでも、だからこそなのか。尚の事ロマニへの依存は深まり、カルデアにいるマシュと、特異点という戦場に立つマシュは二面化しつつある。

 カルデアのマシュは普通の女の子で、甘えん坊。

 戦場に立つマシュは円卓の騎士を従える、マスターにしてデミ・サーヴァント。

 生身を持ち、カルデアからの魔力供給があるため、マシュには寄りかかれるマスターは不要だった。例えいたとしても、あくまで心の支えでしかなかったかもしれない。

 

「ドクター、お勉強しましょう。私はまだまだですから、もっと知識を蓄えねばなりません」

「そうかい? マシュはすごいな、ボクなんか隙あらばだらけていたいなぁ……」

「ふふ。そんな事を言ってますけど、私知ってるんですよ? ドクターが頑張ってる事ぐらい。皆さんもそうですけど、ドクターは一番忙しなく働き通しじゃないですか」

 

 食堂で夕食を摂る。注文を頼む。

 人目があるからだろう、マシュはロマニを『ドクター』と呼んでいた。甘えん坊な顔が覗くのは、二人きりでいる時の心の聖域がなければならないという想いがマシュにはある。

 微笑ましいが、良くない傾向だ。だがこの緊急事態の中では、それで精神が安定するなら受け入れねばならない。チクリと心が痛むのを堪えた。ロマニは微笑む。極めて自然に。総ては、マシュを安心させてやるためだけに。

 

「所長代理! ドクター・ロマン、大変です!」

「――どうかしたのかい? 落ち着いて」

 

 食事中に部下の職員が駆け寄ってくる。それに、父娘(ふたり)の時間を邪魔されたと思ったのか、マシュは可愛らしくむくれていた。ロマニはそれに苦笑しつつも部下を迎え、慌てている訳を訊ねる。

 心優しい職員である。マシュがいるのに気づくと目を見開き、動揺を呑み込むとごめんねと謝って。マシュがいいですよ、なんてむくれながら溢すのに苦笑しつつ、ロマニに耳打ちする。その時には声と顔は強張っていた。

 

「新たな特異点の座標を特定しました」

「――ついにか。うん、そろそろだとは思っていたよ。けどどうしてそこまで慌ててるんだい? いつかは来ると解ってたはずだよ」

「それが。……落ち着いて聞いてください。――発見した特異点の年代は、紀元前。神代です」

「―――」

「それも反応が強すぎて、後回しにして他の特異点を探ろうにも、観測できない不具合があります。西暦以降の近代に近い特異点の座標の特定は……不可能だと、ダ・ヴィンチちゃんさんが……」

「ッ! ……は、ははは……ダ・ヴィンチ『ちゃん』『さん』? どっちだよそれっ」

 

 ロマニはマシュの手前、情けない悲鳴を上げそうになるのを必死に飲み込み、職員の可笑しな呼称に笑ってみせた。

 何か不穏な気配を感じ不安そうに瞳を揺らしていたマシュはそれで安心した。体が弛緩する。

 

 今は、駄目だ。今のマシュは『女の子のマシュ』だから。彼女の二面性の片割れは、余りにも柔らかく、脆い。『マスター兼デミ・サーヴァントのマシュ』になるまでは。自己暗示で切り替えるまでは、マシュには何も言えない。

 部下は下がらせ、レイシフトの準備をさせる。そしてマシュに一言断った。ごめん、ちょっと手洗いに行ってくるよ、と。マシュは、はい、と大人しく食堂で待った。間もなく注文したご飯が届くから、それまでには戻るよと。

 職員は心得たもので、食堂の外でロマニが出てくるのを待っていた。そしてモニターを見せてくる。これを、と。目をザッと走らせて、ロマニの目元が険しくなった。

 

 ――なんだこれ……。特異点反応が強すぎる。これじゃあ確かに報告通りだ。()()()()()()()()()()。それに……()()()、神代だって? 場所は地中海、年代と地域からギリシャ神話が関わってるのは確実じゃないかっ! 特異点化の原因はなんだ? 人理定礎が崩壊するほどの歴史なんて……オリンピアかな? ……いやトロイア戦争? それともエジプトとヒッタイトの戦争? いやいやあのえげつない神様連中が関わってるのかも……いずれにしろ、()()()に挑んでいい所じゃないっ!

 

 だが、やらねばならないのだ。ロマニは唇を噛む。

 この特異点反応の強さは異常だ。西暦以前の……紀元前へのレイシフトのノウハウなんて無いのに、そこにしか跳べず。そして確実にレイシフトが成功してしまうような、そんな特異極まる時代。それが意味するのは……。

 

 ――急いでいかないといけないほど、人理定礎が崩壊している……? それともこんな反応が出てしまうほど()()()()()が待ち構えてるのか?

 

 今のマシュが挑んで、勝てるのか。乗り越えられるのか。ロマニの胸中は荒れた。

 然し現実は変わらない。此処しか特異点を特定できないなら、ここを超えねば人類史は焼却される。人類は滅びる。いや、既に燃え尽き滅んでいるが、その復元を成す事が叶わなくなる。

 ロマニは肚を据えた。マシュに挑ませるしかない。ロマニが早々に覚悟を決められたのは、自身がマシュの心の拠り所であるという意識があるからで。マシュを安心させられるのが自分しかいないからで。彼女のために、ロマニは心を固めざるを得ない。

 

 食堂に戻り、席を外したことをマシュに謝って、一緒に和やかにご飯を食べて。

 

 そして彼女のマイルームで話をする。ただ一緒にいるだけでいい。その傍らでロマニはそれとなく事前知識をマシュに仕込むことにした。

 元々マシュは豊富な知識を持っている。然し予習復習はしなくていいわけではない。

 

「マシュはギリシャ神話についてどこまで知ってる?」

「ギリシャ神話ですか? えっと、おおよそは。メジャーでポピュラーな神話ですし、()()()()が思ってるほど知識に穴はないはずです」

「そうかな? それは心強い。じゃあ問題だ。こんな諺を知ってるかい?『まるでヒッポリュテを前にしたヘラクレスのようだ』とか』

「はい。どんなに豪胆な英雄でも、恋をした乙女の前では()()()()になってしまう様を表したものですよね」

「うん、そうだね。じゃあ『テセウスとペンテシレイア』っていうのは?」

「む。……えっと、たしか、一つの事柄に於いて、望外の幸運を得たヒトと、割を食ってしまったヒトがいる事……でしたよね」

「そうだぞ。偉いじゃないか。ちゃんと勉強してたんだね」

「もちろんです!」

 

 えへんと胸を張るマシュに微笑んだ。

 敏い子だ。そうして、暫くギリシャ神話について話していると、彼女は徐々に『マスター』としての顔に変わっていく。

 空気が固くなっていくのを感じて。彼女の傍に寄り添っていた小動物、白い毛玉のようなフォウが小さく鳴いた。ふぉぅ、と。マシュは、云う。

 

()()()()。……次のレイシフトが、近いんですね」

「――ああ」

「ギリシャ、ですか……? それとも、この前みたいにローマが関わってくるのでしょうか……?」

「ああ。多分、ローマに密接に関わるから、その縁かもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ今度レイシフトする時代は――神代になる」

 

 ロマニの言葉に、マシュは目を見開く。然し、マスターであるマシュは、決然と頷くのだ。怯えを隠し、()()()()()()、そしてカルデアのため。彼女は戦う。

 青年は思う。そんな事のために戦わなくてもいいんだよ、と。

 自分のため、生きるために戦ってもいいんだ、と。

 だがそんな事は言えない。彼女の寿命は、あと一年も保たないのだ。そんな彼女に生きるために戦ってくれなんて、そんな残酷な事は言えない。せめて自分からそう思えるようになってほしいと、ロマニには祈るしかなくて。そう思えるようになれる事を、なんとか支援するしかない。

 

 マシュが準備のために仕度をするのを見ながら、青年は慚愧の念に胸を締め付けられる。誰か――マシュを救ってやってくれと。自分じゃ無理だと泣き言を溢してしまいたくなりながら。けれど決して投げ出さず、ロマニはあくまでマシュの味方で居続ける。

 人類の味方ではなく、一人の少女の味方。そうしてやるしか、ロマニにはできない。

 戦いの時が来る。恐らくこの人理を巡る旅路の中で、一、二を争う熾烈な戦いが。レイシフトするためにコフィンに入るマシュを見る。戦闘服の礼装を身に着け、彼女のためにオーダーメイドされた防護服と外套を装備させ。ロマニは自分の白衣をマシュに持たせた。

 

 湖の騎士、太陽の騎士、弓の騎士。彼らに頼む。マシュを守ってあげてくれ、と。

 

 円卓の騎士達は、静かに頷いた。体を彼らは守る。そして、心を守るのは貴方だと。我らは戦友だと。

 

 

 

 そうして、レイシフトした先で彼らは出会う。

 

 

 

 このギリシャの特異点で、彼らを導く放浪の賢者と。そして――マシュは、人理のために、()()()()に加担せざるを得ない事を知るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




ころやん氏! 以前貴公が感想にくれた故事ネタついに使ったどぉ!
ありがとう。そしてやっと約束を果たした……わ、忘れてなんかなかったんだからね! ほんとなんだからね! この場面で使う気だったんだ。
(テセウスとペンテシレイア)
(まるでヒッポリュテを前にしたヘラクレスのようだ)

それから、カウンター鯖は特異点の黒幕が鯖を呼んでないと出てこないっぽい設定だったはずだけど(うろ覚え)、例外として何騎かカウンターで出てきます。何へのカウンターなのか? ……敵脅威度に応じて黒幕側に鯖いないのに出てきたのさ……(人理の抵抗)


そしてこの世界線のカルデアに、作中にあるように藤丸立香はいない。カルデアに招かれてすらいない。スカッちゃったんだ、スカウトの人。原作とは違う世界線だからね、仕方ない。

マシュがデミ鯖兼マスター。けど専らマスター業に専念してて、現段階では指揮に専念してる。胸にあるのは「先輩」ではなく「ドクター」というお父さんを助けたい、カルデアの皆のために頑張るといった想い。

そんな彼女の鯖は現在三騎。
ガウェインでセイバー枠
ランスロットでバーサーカー枠
トリスタンでアーチャー枠

現地戦力は現在未公開。ただカウンター鯖の数は四が限度かな。七じゃないのは、アルケイデスが鯖召喚するわけないから。彼個人へのカウンターで四騎は来る。絶対に来ないのは、冬木第五次勢。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。