ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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何を言われたとて作風は変わりません。悪しからず。
痛快で爽快で主人公側が完璧に善で、一切の失敗も報いも無い感じにはならないので、その点には注意。……これあらすじに付け足すべき?

エピローグです。で、次から最終章。



十二幕 人の過ち、英雄の因果、王の責務(下)

 オリンピアの民や戦士、官吏の一人に到るまで、戦士王の帰還は歓喜を以て歓迎された。

 神々の命令で参戦したヘラクレスが、国の危急の際に不在であったのは仕方がないと思われたのだ。彼に責任は無いと。誰も……そう、誰も彼を責めなかった。

 ケイローンすらも、王を責めなかった。激しい後悔に襲われる王を、哀しげに見るだけで。その理知の瞳は王が惑っているか、暗君に堕ちるか見定めているようで。無言の激励をされている気がしてならなかった。

 プロメテウスすらも、王を責めない。だが戒めた。誰にも事の真相を語る事は赦さないと。それを口にすれば国は滅ばないまでも、掲げた大義と懐いた使命を損ない、決して成し遂げられなくなると。人心が離れるだけで、民達が夢想する理想の王としての姿を無残に打ち砕く結果にしかならない、と。

 悔やむなら独りで悔やめと、プロメテウスは言った。永劫におまえ一人が背負うべき善意の民()であると監視(共犯)者は断罪する。

 

 プロメテウスは監視者としてゼウスに報告していた。

 

 ヘラクレスが国の危機に不在だったのは、単身ヘラを捜索していたからで、国の危機を悟り駆けつけるも間に合わなかったのだ。そしてオリンピア復興のために捜索を打ち切るしかないのだ――と。

 大神はこれを信じた。自ら監視者を付けた我が子を信じた。故になんの追及もない。国の復興を支援すると、豊穣を約束までした。不作に苦しむ事はないように、と。ギガントマキアでの功績に報いる形で。

 

 王は独り、友を葬送していた。

 

 自らの私怨が友を殺したのだ。ケイローンの予言はこれを暗示していた。そして、これからの王の在り方を見極めるつもりなのだ。

 王は独り、啼いた。オリンピア全体を見渡せる高台に、聖鹿を葬った。その遺体から骨や肉、蹄や角を盗掘されないために焼いて、灰にした物を壺に入れて埋め、自分の手で墓を立てた。然し黄金の双角と青銅の蹄だけは燃え尽きなかった故に持ち帰り、青銅の蹄は生涯手放さず、鎧に固定した。将来牝鹿の双角は、一本を槍としてヒュロスに。一本を剣としてアレクサンドラに与えられた。

 王はケリュネイアの死に失意に沈む。誰の励ましも心に届かず、追撃を掛けるようにヒッポリュテが王に暇を告げに来た。

 

「今のお前は、独りになった方がいい。私を見れば心が痛み、その痛みはお前を傷つけるだろう。アルケイデス、早く立ち直れ。私には解っている。お前が国に帰ってくるのに遅れたのは、ヘラを探していたからではないのだろう? ヘラの行方が知れない、それだけで解る。――私はアマゾネスの国に一度帰る。ヒュロスとアレクサンドラを連れてな。いいか、私達が戻ってきた時、立ち直っていなければ私はお前を軽蔑する。励ましはしないぞ。アルケイデスは、自らの脚で立ち上がれると私は信じている。何……私の事は心配するな。国に帰ればメラニーペとペンテシレイアがいる。妹たちを交互に連れ出して、外の世界を見せてやりたいという気持ちもあるんだ」

 

 そう言って、ヘパイストスから贈られた銀の義腕を装着した戦御子はオリンピアから去って行った。王はそれを止めなかった。

 鍛冶神は、自身のせいで王の妻の腕を失わせ、戦士として再起できない状態にしてしまったと悔やみ、彼女のために義手を造ったのである。銀の腕の原典だ。その思い遣りと誠意は――然し、王の心を傷つけた。

 有り難い。感謝すべきだ。だがヘパイストスの失態の責任は自分にあると王は知っている。なのにそれを告白する事は赦されず、厚意を受けるしかないなど、なんと恥知らずなのか。王は妻の言葉と鍛冶神の心遣いに少なくない衝撃を受けた。

 だが時は止まらない。ひたすら流れるのみ。王は、王である。オリンピアに在っては英雄でも戦士でもなく、王なのだ。立ち止まる事は赦されない。人の心など求められない。また私欲で国に災いを齎した自覚があるだけに、王としての責務を求められるのなら応えない訳にはいかなかった。

 

 ――ヒッポリュテは去った。然し数年の後に帰還するだろう。それまでの間、勇猛なアマゾネスらしからぬ、姉妹との団欒の逸話が散見された。

 彼女が今後表舞台に立つ事はないだろう。義手の宝具を身に着け、戦力的には高まった彼女は、然し一度腕を喪失した事で、まるで憑き物が落ちたように気性が穏やかになり、自ら戦場に立つ事がなくなったのである。

 

 友が死に、妻が去り。王は歯を食いしばって働いた。国の復興を何よりも優先しなければならない。王としての責務であると共に、人としての王は人知れず償う事を求めたのだ。故に恩義あるエウリュステウスの仇も取れないまま、アカイアの宗主となったアガメムノンを捨て置き、かねて繋がりのあった国々との交易を続け、国を富ませるために奔走する。時にはアガメムノンに便宜を払ってもらいまでした。私情を殺して。

 そうして手始めに、雑事としてヘラをプロメテウスに預け、その権能と神格を人理に溶かした。それで終わりだった。あれだけ憎んでいた女神の消失を見届けても、何も達成感はないままで。ただ、虚しかった。一つの区切りがついて、やっと次に進めると心構えが変わるだけで。女神王ヘラは最期の最後に至るまで王の何も救わず、変容させる事はなかったのだ。

 

 一年が過ぎ、更に二年、三年と経ち。国に残された爪痕はまだ癒えない。

 

 ギガントマキアから六年。事件が起こった。

 

 オリュンポスから戦神マルスが離反したのだ。

 

 ――大神ゼウスと反目したのである。ギガントマキア後の女神王選定の後、ゼウスが議題として挙げた件を受け入れなかったのが原因である。

 大神はギリシャ世界の管理者として剪定の時が来たのを告げる。曰く、ヒトの数が増えすぎた。自然との調和が取れなくなる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、何より自身の名を傷つけるのは避けたい。()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()

 神としてどこまでも正しい。文明の発展は神への敬意を薄れさせ、ひいては自然を崩すもの。人間にだけ肩入れせず、世界そのものの秩序のために大神は必要に迫られて、このような結論を下したのだ。ヒトとヒトを争わせ、戦争という形を執るのも合理的であった。神へ怨みを向けさせないという思惑は、やはり神として最良の選択である。

 大神ゼウスの使命、司るものとしてなんらおかしくはない。咎められるべきではないのだ。ゼウスは行き過ぎた文明の発展を防ぎ、自然とヒトのバランスを保とうとしたのだから。

 

 故に愚かなのは戦神である――とも言えない。

 

 彼が司るのは戦の暗黒面である。彼自身の性質が幾ら変わろうとそれは変わらない。そして戦神個人の信念も変わっていなかった。敢えて戦争を起こし戦争の醜さを知らしめる……それは確かに戦神の司るものとして相応しい在り方だっただろう。

 そして戦神マルスは、父神の決定を是とした。だが同時に反感を懐いた。戦争は醜いと知らしめる好機ではある、だが――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、対象となった国のどちらが勝つかを賭け事の対象にするなど見過ごせるものではない。

 彼は神によるマッチポンプを嫌悪した、それだけである。神による作為的な間引きを是としていながら、大神の提案による戦争を唾棄し、大神の命令で自身の属神エリスにより不和を起こして戦争を起こす事など断固として拒絶したのだ。

 

 ゼウスは正しいが、マルスも正しい。ゼウスが大神として決定したのに対し、マルスは戦神として真っ向から拒んだのみなのである。

 

 だがマルスの力を危険視していたゼウスは、マルスの反抗を赦さなかった。彼の神格を取り上げようとして――然し自分がいなくなれば誰もゼウスを止められない故に、マルスはオリュンポスより離反してゼウスの下を去ったのだ。去り際にこう言い残し。

 

『戦争を起こすってんなら“敵”が必要だろ? なら俺がなってやるよ。掛かってこい、俺が敵として親父が味方する国の反対に付く』

 

 それは彼なりの、親に対する孝行でもあった。自分に取れる裁量の中で、なんとか折り合いをつけての苦渋の決断だった。神によるマッチポンプの戦争は認められない、然しゼウスの意向に反してしまうのも避けたい、ならこうするのがいいのだと。

 だがゼウスはそれに激怒した。そんな真似をされれば神が裏にいるのが明らかになってしまう。そしてマルスが離反したためにもはや戦争を起こす不和の種が撒けず、そして神々の王として自身に逆らったマルスを捨て置けなくなったのだ。マルスを罰するためにも戦争を起こさねば面目に関わるようにされてしまったのである。

 ゼウスは確信した。マルスは自分から世界の支配権を簒奪する気なのだと。マルスこそが自分の予言の相手である可能性があると。超えたはずの運命は、然しまだ己の足に手を掛けていると。――ゼウスもまた己の子から王位を奪われると、かつて予言されていて。それを避けるために運命の三女神を支配し、予言の子が生まれるのを避けるためにアテナの母を丸呑みにまでしたというのに、まだ予言の力が残っていると錯誤した。

 

 そう錯覚させてしまうほどに、マルスは強大で脅威なのである。支配者故の思い込みだった。

 

 斯くして戦争が起こされる。ゼウスの命令を受けて、アガメムノンがアカイアの連合軍を結成してトロイアに攻め込んだのだ。

 大義名分など要らない。何故なら神意である。神命である。若く、野心家であるアガメムノンは、ゼウスの命令に喜んで従った。勝てば褒美は思いのままであると言われ、アガメムノンが猛らない道理はない。神意という錦の旗を手に入れたアガメムノンは、アカイアの勇士達を従わせ進軍する。

 そしてアカイアにゼウスが付いた為に、マルスはトロイアに付いた。トロイアの守護神として、襲い掛かる神々を蹴散らし続け、時にはアテナと戦いまでして撃退した。

 

 これにより、ギリシャに未曾有の戦争が勃発する。

 

 オリンピアは、まだ関われる国力を持たない。トロイアの姫カッサンドラは予言した――太陽神から授かった力で。

 

「トロイアは滅びるでしょう。それを避けるために、オリンピアに援軍の要請を! 彼の国の王なら、要請があれば大義を得られ、単身でも駆けつけてくれる」

 

 だが、同時に太陽神の呪いにより、その予言を誰も信じなかった。

 オリンピアはアカイアの国である。ミュケナイのアガメムノンを宗主とする国で、支援も受けていた。

 トロイア攻めに参加しなかった、これがオリンピアに取れる最大の支援である。国の見解はそれで、非の打ち所のない意見である。事実オリンピアに大義はないのだ。トロイアとミュケナイ、双方から支援を受けていた以上、どちらかに肩入れする事はできない。ヘクトールですら、アガメムノンの参戦要請を蹴ったオリンピア王に感謝して、関わって来ない事に安堵しただけなのである。

 

 王として、それが正しい。

 国として、それが正しい。

 

 カッサンドラは、悲愴な決意を固める。こうなれば、予言の力になど頼らず、自身の力でオリンピアに赴き助力を得るしか無いと。

 トロイアの滅亡を避けるため。愛する家族と、民達のためには、オリンピアの王の力が必要不可欠なのだ。

 

 だが所詮は非力な乙女。彼女は王宮から出られない。自身の一存で遣いを出そうにも赦しが出ない。

 彼女の救難信号はオリンピアに届かなかった。

 

 トロイア戦争の幕開けである。

 

 そして――カッサンドラの声は、オリンピア復興が成った五年後。すなわちギガントマキアより十五年の歳月を隔て、届く事になる。

 

 妹の嘆願に、根負けしたパリス。ヘクトールの弟である彼が、アカイアの連合軍の包囲を抜け、オリンピアにやって来たのだ。

 

 

 

 

 

 ――アルケイデス、五十五歳。冬。病床に伏せていた彼は、間もなく息を引き取ろうとしていた故に、援軍としてトロイアに駆けつける事はできない定めにある。

 代わりに自身の息子と娘、腹心のマタルヒスを派遣するのが精々で。彼自身はその年に没するはずだった。

 

 それが正史だ。まだ辛うじて剪定や、人類史に於ける特異点化を避けられる、ギリギリの転換点。カッサンドラの悲嘆は届かないのが運命である。

 

 だが、()()()()が、運命を捻じ曲げる。或る神が王に秘宝を与えた故に、王女の嘆願は戦士王に届いてしまった。

 

 戦士王アルケイデスは、既に死んでいて。然しその遺体を、アルケイデスの魂は駆動させる事ができた。

 

 彼の手には、()()()()が在った。

 

 

 

第■特異点 BC1503 神権禅譲戦国【トロイア】

 

 

 

 ――此処に開幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




年代は捏造。正確な年代は不明(作者調べでは)だから。
それと第ほにゃらら特異点の難易度おかしい、第なんとか特異点でいきなり紀元前の神代とかおかしい、という点は仕様ですとしか返せません。
だってこれがやりたいがために書き出した面もあるので、そこを否定されるとこの二次創作は破綻します。

こういう作品なのだとご了承いただけましたら幸いです。

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