ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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八幕 怒りの日、報復の時(中)

 

 

 

 戦女神の御手に導かれ前古未踏、未曾有の力量神の如き武人は神々の領域へと招かれた。

 

 ギリシャに於ける“天界”とは、読んで字の如く天の世界、即ち雲上のもの。神々の首魁であるオリュンポス十二神は、オリュンポス山を居所とするものだ。

 オリュンポスの山頂にある人界ならざる異空の世は、人の在る次元を隔て神の威光に満ちている。荘厳でありながら華美、綺羅びやかな神の宮に仕える給仕の者達は、誰を見ても絶世の美貌を持つ少年や女ばかりであり、また神造の宮の造りの精緻さは人智を超えている。

 切り目のない白檀の石床は鏡面の如く。豪奢にして豪華なる装飾、工芸品の壺や剣、盾などの配置の巧妙さ。まさに神の居所、人の身ならば感嘆の念に呑まれるだろう。

 

 戦女神の先導を得て歩むアルケイデスは、然し、やはりというべきかなんら感心した様子はない。究極的に無感動ですらある。人の心を感動で塗り潰す神の居所の偉容など心動かすほどのものでもないと言いたげであった。

 そんな英雄の中の英雄、真なる勇者の平常なる様に、背後を窺って気づいたアテナは眼も眩まんばかりの美貌から蠱惑的な微笑みをくすりと溢す。

 かつん、と硬質な床を踏む足音を連ならせ、ふと思い出したようにアルケイデスは問いを投げた。

 

「アテナ、そういえば貴様は我が祖ペルセウスに加護を与えたのだったな」

『なんだ、藪から棒に。……ああ、与えたよ。それがどうかしたのか?』

「いや。伝え聞く伝承の貴様と、私の目の前にいる戦女神アテナがどうにも結びつかなくてな」

『……何が言いたい? 貴様の不躾さ、不遜な物言いには慣れている。いつものように端的に切り込むといい』

 

 あくまで世間話のような会話をアテナは愉しんでいる。

 然しそれを気にも留めず、アルケイデスは平然とアテナの秘める悋気を擽った。

 

「メドゥーサ。ゴルゴン三姉妹。怪物に成り果てた大地母神の末路。女神の零落に密接に関わり、怪物に堕ちるよう謀った女神……それが貴様らしい。然しどうにも私の知るアテナとも思えん。この齟齬が何か、気に掛かったのだ」

『……ほう。この私の前でアレの名を口にする者がいるとはな。貴様でなければ縊り殺してやるところだったぞ、ヘラクレス』

 

 明らかに機嫌を害したらしいアテナの怒気に、アルケイデスは肩を竦めた。

 その仕草に毒気の抜かれたアテナは嘆息し、特別目を掛けている英雄に忠告する。

 

『ヘラクレス、貴様も識っているのだろうが、貴様の不敬が赦されてきたのはこの戦いのためだ。ギガースを滅した後は、貴様の傲慢な振る舞いを許容する神はいまい。今の内に改めておけ』

「忠告痛み入る。だがアテナ、貴様もそうなのか? 利用価値がなくなれば、これまで通りの態度を赦さぬ口だと?」

『バカめ。私の程度を低く見てくれるな。ギガントマキア以後も以前のように振る舞う事を赦す。前言を翻すような無様は晒さないよ、この私に限っては』

「そうか。では遠慮なく問いを穿り返そう。メドゥーサの髪の美しさに嫉妬し、理不尽に呪って辺鄙な島に追い込んだ貴様と、今の女神アテナの差異の原因はなんだ? ペルセウスの代からたかが数世代跨いだ程度だ、信仰の変遷は然程でもあるまい。今の貴様と比べて性質が変わっているとも思えんが」

『……ヘラクレス。忠告の真意を察せられぬ愚鈍ではあるまいに……』

 

 苦々しい表情で顔を背け、正面に視線を戻したアテナは苛立っているようだった。

 背後でアルケイデスが忍び笑う。その気配に怪訝なものを女神が感じると、英雄はなんでもないように言い放った。

 

「貌は見えずとも今、どんな表情をしているか手に取るように分かる。そう、その顔をさせたかったのだ。常に猛々しく凛々しい、端倪すべからざる賢智の女神。その顔色を変える……その偉業を成し遂げたかった」

『……女神であるこの私をからかうとは肝の太い男だ。戦の後、私の怒りを買ったとして呪われたらどうするつもりだ?』

「アテナはそのような底の浅い真似はすまい。ならば何を恐れる必要がある」

 

 平然と宣う武人の放言に、もはやアテナは一周廻って機嫌が良くなってきた。

 普段なら決して口にはすまい。然し戦女神として、戦の前の高揚もあるのだろう。アテナはアルケイデスの問いに答えた。

 格別の厚情である。神の域に在る最強の英雄相手だからこそ――そして最早メドゥーサが過去のモノで、此の世に存在しないと思っているからこそ――アテナは自身の本心を吐露する事を己に赦した。

 

『……メドゥーサ。奴は美しい女神だった。女神の神核を持つ者には珍しい、不死ではない女だった。特に髪が私から見ても素晴らしく美しく……そうだな。私は女として嫉妬し内心快く思っていなかったのさ。だから私は……人づてに聞いた、メドゥーサがこの私と美を競い、自慢しているという戯言を真に受け怒りに呑まれてしまった。……後から思い返せば……アレは自身の美を鼻に掛ける女ではないと思い到れたが。当時の私はありもしなかった不敬を赦せず、あまつさえあの下衆……ポセイドンめと私の神殿でまぐわっていた故に、アレを罰した。私に抗議したアレの姉妹ごとな』

「………」

『怒りはすぐに引いたよ。だが一度口に出し、ペルセウスに討伐を命じた後だった。先程も言ったな? 私は前言を翻さん。そのままアレを破滅させた。私がアレの名を聞くのも嫌がったのは私にとって恥だからだ。自らの犯した軽挙が恥ずかしく、直視するのが耐え難かった。私の神殿でまぐわうという罪は、奴の髪を蛇にし、形のない島に追放しただけで赦せる程度であったのに、恥を隠蔽したくて討ち滅ぼすところまで追い込んだ。……どうだ? そんな私をどう思う。直言を赦す、罵倒を赦す、今だけな』

 

 そうか、とアルケイデスは頷いた。

 自嘲するアテナに、然し彼は手加減せず、手心を加えず、恐れもせずに断じる。

 淡々と、語気を荒げるでもなしに。糾弾するでもなしに。断罪するでもなく。

 ただ事実を突きつける。

 

「安い女だ、貴様は」

『ッ……そう、か。フン、殺してやりたいぐらい憎たらしい答えだ』

「ついでに底が浅い。度量が小さい。見てくれは随一の美を誇ろうと、内面はそこらの女よりも幼い自尊心の塊だ。戦女神としての能と智慧がなければ、貴様の取り柄は容姿だけだろう」

『……!』

 

 夥しい怒気と共に殺気が向けられる。背筋が凍りつき、肝が潰れるような重圧だ。

 だが案の定、アルケイデスに堪えた様子はない。怯えも怒りもなく、透徹とした眼差しは――女神をしてたじろがせる。

 信じがたい光を瞳の奥に視たのだ。まるで――幼子の成長を願う父のような。そんな光を。

 馬鹿なと嗤う。異母姉弟であるアルケイデスから、父を感じるとは血迷ったかとアテナは動揺した。無理矢理に嗤い動揺を隠すも、殺気は霧散する。

 

「……難儀なものだな。ヘスティア神にアルテミス神と共に憧れ、処女で居続ける権利を得たというが……貴様はどうしようもなく強き英雄に惹かれる性質がある」

 

 桁外れの洞察力を持つアルケイデスの見識は、アテナの秘めた……彼女自身が自覚していない本能を見抜いていた。

 その指摘にアテナは身じろぎする。ぴたりと脚を止めた。立ち止まった女神の背に、アルケイデスは言の葉の矢を射掛けるが如く続ける。

 

「処女神は処女でなくなれば、別の神格として独立する。故に例え何者を見初めまぐわう事があろうと、アテナは永遠に処女神のままだろう。清き身を嘲るわけではないが、貴様の持つ女の本能は永遠に満たされまい。満たされぬが故に渇き、些細な嫉妬に理性を狂わせ常の理知を手放してしまう。女の癇癪だ、それも八つ当たりの性質をした」

『………』

「始末に負えない。然し純潔の身を望んだのは貴様自身だろう? 真に女神としての矜持を持つなら、貴様はその女の情念を克服するか、理性の手綱で御せるようにならねばならん。それが貴様自身の望みを叶えた責任というものだ」

『……容赦がない。私が……女として満たされたがっているだと? ……否定はできないのだろうな。だが……ああ、認めよう。貴様の言はどこまでも正しいよ』

 

 女神はいっそ、清々しい舌鋒だと苦笑した。怒る気にもなれないほど事実を叩きつけられ、どこか気を萎えさせてしまう。

 アルケイデスはそんなアテナを笑わず、あくまで真面目腐って言った。

 

「重い荷だと思うなら、投げ出してしまえ」

『な、なに……?』

「権利を持つからこそ縛られるのだろう。ならば権利を返上すればいい。処女神でいるのに疲れたなら――女として満たされたいのなら、要らぬものなど還せばいい。ポセイドン神や大神に襲われようと、貴様ほどの武練の持ち主なら簡単には遅れをとるまい。後は……そうだな。マルス様にでも保護を頼めば、まず意に沿わぬ者から手出しはされまいよ」

『は――』

 

 そう結んだアルケイデスに、アテナは一瞬、硬直する。それはプライド故か。対立はしていないにしろ、嘗ては啀み合った腹違いの弟へ保護を願い出る事への躊躇い故か。

 どちらでもない。アテナは純粋に、アルケイデスの言葉が愉快だったから笑った。

 

『――はははは! なんだ、貴様……要は私を、マルスの側に引き込みたいだけではないか!』

 

 女神の断定にアルケイデスは首を竦める。剽軽な仕草にますます笑いがこみ上げ、アテナは腹を抱えて笑い転げてしまいそうだった。

 なんとかその無様を抑え、必死に笑いを抑えようと、アテナは途切れ途切れに言う。

 マルスとゼウスの間に確執が生まれているのに気づかないとでも思ったか、と。マルスはゼウスを尊敬し、父として敬っているが、とうのゼウスは自身に匹敵する力を隠し持っていたマルスを疎み、危険視しているのだと。それに気づいていたアルケイデスはもしもの時のため、信仰しているマルスの味方を作ろうとしているのだろう、と。

 流石の叡智である。アルケイデスは肯定も否定もしなかった。長々と女神に語った真意は、アテナの言うように収束しているのは事実であるのだから。

 

『まったく、神を謀らんとするとは、とんでもない不敬者だよ。赦せんな。ああ、赦せんよ。故に罰を与える』

「む。前言と異なるぞ。赦すのではなかったか?」

『知らん。神の理不尽を知れ。ヘラクレス――貴様の死後、人の肉体が滅したら、貴様の神の部分を召し上げ私のものにしてやる。光栄に思うのだな』

「丁重にお断り申し上げる。私は神にはならん」

『ふふん。この私に目を付けられたのだ、どこまで足搔けるかな?』

 

 楽しげに微笑んだアテナは、アルケイデスの不満そうな表情を見て笑みを深めた。

 してやった、やり返してやった、そんな稚気が覗いている。英雄は嘆息した。

 人としての己と、神の血を宿す己は、死後は切り離される定めにある。人としてのアルケイデスはエリュシオンに。神としての『ヘラクレス』は天上に。それが定めであるのは解っていた。

 だからどのみちアテナの決定は履行されまい。己はヒトだ、神ではない。ヒトとして駆動する己の魂と自意識から外れた、自分(ヒト)ではない神としての己がどうなろうと知った事ではなかった。

 

『さあ着いたぞ。オリュンポスの十二柱は、貴様の来援を心より歓迎する』

 

 門の前での立ち話だった。アテナは笑って門を開く。

 広間があった。其処に立つアテナを含めた十二柱の神々の許へ、アルケイデスは歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 居並ぶ神々は二列に並び整列している。その先頭、広間の奥に数段連なっている上座に立っているのは、十二柱の長にして神々の王、大神ゼウスである。

 

 彼は光り輝く鎧を纏っていた。人型の光の姿である。至高の具足『光輝』を防具とする大神の威光は、ヒトが目にすれば魂を灼かれ絶命するほど鮮烈なもの。

 然しアルケイデスは眩しくは感じるも、人の形を持つゼウスを問題なく視認できている。神の血を宿す強大な魂の英雄は、視ただけで絶命するほど儚い命ではない。

 その右手は無形の紫電を発し、腕に纏わりついている。天空を統べる大神は広義の意味合いに於いて太陽も手中に収める。太陽の光を凝縮したような熱を宿すそれは、まず間違いなく『雷霆』だろうと目された。魔法鎌アダマスは手にしていないが、ほぼ完全装備であると言える。

 その偉容、威光、最大の英雄アルケイデスを凌いで余りある。当然と言えば当然だ。至高の武具を携えたゼウスは、武具の性能の差でマルスをも上回るのだから。この姿のゼウスを上回る存在など、それこそ魔獣神テュポーンぐらいなものだろう。

 

 その傍らに立つのはゼウスに次ぐ力を持つ海神ポセイドン。そして正妃である女神王ヘラである。

 ヘラは特に武装を整えてはいない。凄まじい嫉妬と憎悪に濁った目でアルケイデスを睨んでいる。然し柳に風、アルケイデスは意にも介さない。然し無視もしない。恭しく一礼してみせると、鳩が豆鉄砲を食らったような表情になった。

 目を引くのはポセイドンだ。三つ又の槍を持つ、堂々たる巨漢。白い顎髭を豊かに蓄え、太腕は筋肉の網で覆われている。筋骨逞しく、浅黒い肌をした老偉丈夫の姿形をする巨漢の神は、三メートルを優に超える雄大な存在感を放っていた。

 

 大神を上座に。正妃の女神王とゼウスの兄弟である海神をその下座に。残る神格は対等な座に列している。

 戦神マルス。両腕を組んだ戦神は、アルケイデスの視線を受けてニッと好戦的な笑みを投げて寄越し、最早隠す理由はないと言わんばかりに凄まじい神威を迸らせている。その対面に戦女神アテナが立つ。神の盾アイギスと神鉄の兜、神槍を装備し超越的な美貌を上機嫌に綻ぼせて場に満ちた緊張感を愉しんでいた。

 対面の伝令神ヘルメスは焦りに焼かれた表情で。対照的に鍛冶神ヘパイストスは無表情に立っている。

 太陽神アポロンはふてぶてしい面持ちで弓を携え。月女神アルテミスはにこりと微笑み手を振ってきている。然しどこか寒々しい。アルテミスの機嫌は最悪で、その微笑は取り繕ったものであると看破する。あれはアルケイデスに向けたものではない。やり場の無い怒りを持て余しているらしい。

 それは祭祀神ヘスティアも同様だ。常ならのんびりとして、緊張感の欠片もない様を見せるだろうに、どことなく険しさを孕んでいる。ヘスティアの対面に在る大女神デメテルもまた、たおやかな美貌を微笑みの形で固定し不機嫌さを隠していた。

 そして愛の女神アプロディーテ。彼女はヘスティア、デメテル同様、戦に出る気は皆無なのだろう。平服姿で自然体に立っている。アテナに伍する美の女神は、特に着飾るまでもなく、見る者の心を奪う美貌を誇っていた。

 

 アルケイデスは夥しい神気に満ちた場に、圧倒される事なく踏み込む。魔槍と白剣、白弓を携え、堂々と。頷いて迎え入れた大神が鷹揚に告げた。

 

『見よ。無双の勲を築きし人界最大の英雄が――我が大計成就の証である息子が――我らオリュンポスに勝利を齎すべく来援した。喝采せよ、もはや我らは勝利している!』

 

 戦を前にして、早くも勝利を宣言する大神のそれは油断であろうか。浅はかである。だが絶大な力と自信、そして原初の大地母神ガイアとの暗闘を制した大神の豪腕は、断じて空虚な響きを感じさせるものではない。

 勝利したと言うのなら、既に勝利を掴む算段は確立されたという事である。

 当然だと頷く男神たちと、誇らしげにする女神たち。その様を見渡すアルケイデスは、兜を被り冷め切った表情を覆い隠していた。

 

 大神が朗々と謳う。予言の通り、以前は神々だけで初戦を迎えたがギガースは倒せず宇宙の辺境に押し込むのが精々であった。人間の助けがなければ倒せないと確認した。アルケイデスを迎えた今、もはや勝てぬ道理などありはしない。

 ヘスティアの代理にディオニューソスがいる。ヘカテーが広間の隅にいる。冥府より招かれた、ゼウスも畏れる神格である。妖しい光を宿した眼差しが英雄を観察していた。

 

 戦前の宴はない。戦の時が来たのだ。古き神々より支配者の座を奪い取って以来の大戦が起こるのだ。勝って戦を終え、その時こそ改めて祝おうと神は言う。

 太陽神がにやりと嗤いを英雄へ投げる。君の傲慢はもはや赦されないぞと牽制する笑みだ。英雄は一瞥のみを向け、関心なさげに視線を切る。ひくりと喉を引き攣らせる気配があっても、今の英雄『ヘラクレス』にあるのは一事のみ。

 

 戦だ。――いいや。

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 暗く醜悪な笑みが、アルケイデスの貌を歪ませる。獅子の兜が其れを隠す。

 

 ゼウスが腕を振るうと、世界は一変する。オリュンポス山に在った戦陣が、ゼウスにより転移され、拓けた広大な大地に移っていた。

 星々の一つを取ってすら太陽のように煌めく異界。人界を統べる神の領域。位相を異とする別次元。天空に在る星座を掴むように大神が天を指し示す。

 

『見よ。宇宙の果てより智慧足らぬ蛮勇の輩が襲来する。なんと虚しい。なんと儚い。自ら討たれに来るとは愚劣の極みであると云えよう。宙の果てで息を潜め、ほそぼそと暮らしていたなら滅びずに済むものを!』

 

 遥かなる星海の彼方。数百を数える巨大な山々に匹敵する巨人がやって来る。

 オリュンポスより宇宙と世界の支配権を奪い取るべく。既存の世界の悉くを踏み躙ってでも。

 全身は鬱蒼と生い茂る草木のように生え揃った体毛に覆われ、腰から下が竜の形をした異形の巨人だ。ギガース――ギガンテスとも呼ばれる終末の巨人の軍勢が、今、地球という惑星に襲来する。

 

 開戦を告げるかの如く、ゼウスは右腕を帯電させる。雷霆(ケラウノス)が膨大な光と熱を宿し、大神は先制の一撃を繰り出した。

 

 天地を震撼させる轟音が轟く。人界と位相を隔てた異界に激震が奔る。アルケイデスはその力の強大さに戦慄を覚える。巨人の軍勢を一撃で半壊させる破壊の力は絶大の一言でしか言い表せない。

 だが、巨人はただの一体も死んでいない。神に対し『敗北しない』という加護を持つ巨人は、逆説的に『神には殺せない』存在だった。

 アルケイデスは、魔槍の穂先を上げる。何事も無かったように立ち上がる巨人を、図抜けた視力で視認して。その身の裡に潜む、或る狙いを成就させる瞬間を虎視眈々と狙い。

 

 ゼウスが再び雷霆を撃ち放ち、号令した。

 

『ヘラクレス、征け。オリュンポスの神よ、征け。ああ、我が姉ヘスティア! デメテル! 願うのだ、我らに栄光を! アプロディーテ、声を上げよ! ――マルス、貴様の力、あてにするぞッ!』

『おう、(まぁか)ぁせろォォオオッッッ!』

 

 真っ先に戦神が切り込むべく走り出した。戦える神々は遅れじと己が獲物と見定めた巨人に次々と襲い掛かる。

 アルケイデスは一瞬出遅れ。兜の裏で、目を凝らした。

 

 その瞳は、女神の無防備な背中を捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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