ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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二話目だゾ☆ 前の見逃しちゃ駄目なんだからね!





9.3 幕間の物語【ヒッポリュテは寄り添う】

 

 

 

 最初はその身に充謐する強者の佇まいに惹かれた。

 其の名を知り、彼の強さを証明されて体が求めた。

 狂気を吹き込まれ、狂ってしまった己を鎮める為に成した献身に――

 

 高潔な魂と、異端とも言える在り方へ……魅了された。

 

 一目惚れだった。彼にとっては傍迷惑極まりないと冷静になってみると理解出来る。

 私とて、彼の基準に合わせるなら強さを見ないにしても――見ず知らずの男から求婚されたとしても応えようとはしない。

 むしろ私なら邪険にあしらい、付き纏わぬように手を打っていたはずだ。

 それをしないで、同行を赦してくれた彼の優しさと甘さには頭が下がる。あまつさえもしもまた狂気を吹き込まれても、絶対に守り通すとまで誓ってくれたばかりか、本当の名前を授けてくれた。私なら憐れに思いこそすれ、そこまでしないだろう。

 この誠意と優しさは、ますます私の恋を熱くした。

 アマゾネスの地を離れ、彼と彼の配下……アルケイデスから言わせてみると仲間か。アルケイデスの一党と行動を共にする中で、彼の人柄をより深く知ることになった。

 彼は身内に対して兎に角優しく、甘かった。アマゾネスにも引けを取らない女狩人、アタランテと友誼を交わし、彼女と親しくしているとよく解る。アルケイデスはアタランテを歳の離れた妹か、歳の近い娘のように可愛がっているのだ。好物を優先的に回すのは当然で、出自故に浅学な彼女に字の読み書きと礼法、格闘術と武器術を惜しみなく教えている。それとなく甘えるアタランテにも鷹揚に応じ、慈しんでいた。

 今は別れたがテセウスやテラモンにも同様だった。こちらは甘くするのではなく、己より遥かに弱い英雄だというのに、彼はあくまで対等な仲間として付き合い見下すことをしない。隔絶した武を有し、私でも偉大な父の分体たる軍章旗がなければ戦闘を成立させられないだろう。戦いになったとて其の先にあるのはほぼ確実な敗北である。それほどまでに強いのに、他者を遙か高みから見下す真似をしないのは、ひとえの彼独自の価値観故にだろう。

 

 根底にあるのは、言葉にするとしたら「我も人、彼も人、ゆえ対等」といった所だろうか。武人であろうが、英雄だろうが、狩人だろうが……王であっても奴隷であっても……強者でも弱者でも……同じ人であるなら対等であると見做している。

 故に彼は区別はしても差別しない。無論のこと身内とそれ以外に対する扱いの差はあるが、それは人として当然のものだろう。

 

 竜を狩った。王女を救った。冒険をした。旅をした。

 

 その道中で……笑ってしまうが、アルケイデスの酒癖を知った。普段溜め込んでいるものがあるのだろう。一旦吐き出しはじめれば、なかなか止まらなかった。それを思い出す。

 

(遠い異国の英雄達をもてなしたい)

 

 そう言って、アルゴノーツに合流する前に訪れた国の王が宴会の席を催した。

 特に断る理由もなかった一行は、旅の垢を落とす意味もあって厚意に甘えることにしたのだ。王としても旅の英雄達を歓待することには意味がある。招いて酒の席を一つ設けるだけで一種のステータスになるのだから、殊更に遠慮する意味もないのだ。

 そこで勧められたのは、国王秘蔵の神代の酒。オリンポス十二神の一柱、酒造神による神酒である。大枚をはたいて手に入れていたというそれを、王は惜しみなく供してくれた。

 

 アルケイデスも神酒には興味を持ったのか、遠慮なく頂いたものである。神酒はこれまで深酒をしたことのない彼もつい飲みすぎてしまうぐらい美味なもので、イオラオスも見たことがないという酔った姿を見れるかもしれないと、テセウスやテラモンも含め全員が勧めた。

 この時、獣の本能なのか、ケリュネイアだけが静かにその場から離れた意味を、私達は酒の席の熱気に当てられて察することができなかった。

 だがそれで良かったのかもしれない。過ぎた今となってはよき思い出で、普段から溜め過ぎるアルケイデスの毒を吐き出させられたのだから。

 

(■■■■■■■■■―――ッ!!)

(うわぁぁあああ!? 伯父上ご乱心、伯父ご乱心ぅー!?)

(ヘラクレスを止めろ!)

(僕に任せぐあぁぁ!?)

(うぉぉおお! 酔っている今なら勝て――るわけなかったかぁ……)

(アルケイデス! おっぱい揉んで落ち着け!)

 

 我を見失ったアルケイデスは途端に暴れ出した。振り回した腕に直撃し、傍にいたイオラオスが弾き飛ばされ、抑えに掛かったテセウスとテラモンが捻じ伏せられ、アタランテは投げ飛ばされてイオラオスの上に落下した。

 その都市の城壁は半壊し、鎮圧に出た軍隊は逆に制圧され、酔っていても流石の手加減具合で死傷者ゼロに収める災害が発生したのである。暴れるアルケイデスを抑えようとヘーラクレイダイ総出で本気を出し、なんとか捕縛しようにも手に負えない。私など最も血迷っていた。少なからず酒が入っていたし、酔っているならイケると思って抱かれようとしたのだ。……ケリュネイアに蹴られて酔いは醒めたが。

 これ以上は堪らぬと、その国の王が総ての都市の守護神アテナに祈りを捧げ懇願し、アルケイデスを鎮めるために神々が応援に来た。爆笑して騒ぎを見ていた我が父も、自身の属神の一柱である戦いと恐怖を司る女神エニュオを派遣してくれて、強さと力の神格クラトス、勝利の神格ニケ、暴力の神格ビアー、怯える皆を鼓舞する神格ゼーロスが集まった。

 

 武器もなく暴れるアルケイデスを鎮圧するのに、まさか殺しに掛かるわけにはいかない。総ての神々は死闘の末に倒されて、私達も力尽きた。もはやこれまでかと絶望しかけたところで、

 

(――――む。なんだお前達。こんな所で寝ては風邪を引くぞ)

 

 微妙に酔いの醒めたアルケイデスが宣い、その騒ぎは終わったのだった。

 

 始末に負えないことに、酔っていた時の記憶がないらしい。どうやら酔ったら記憶が飛ぶタイプらしかった。

 賠償としてコルキスに運んでいた財宝の半分を支払うことになったが、とうの本人は申し訳なさそうではあったものの、記憶にないことで非を認めることに釈然としないものを感じていそうな顔だったのが可笑しかった。アルケイデスでもそんな顔をするのかと。超然とした英雄、非現実的なまでの誠実さに隠れた、彼らしくも人間らしい不服そうな表情を見られた。それだけで随分と気分が良くなったものである。

 尤もアルケイデスには二度と酒を飲ませないと決まったのだが。それはそれ、これはこれである。私からすると二人きりになれたなら、もう一度酔わせてみたいところではあった。

 

 旅をした。アマゾネスの地から離れ、様々なものを見聞した。

 

 アマゾネスとして生まれ、軍神の子として育ち、女王となった私が本来なら見聞きできないはずだった様々な事柄に触れられて。柵から解き放たれ、その中で過ぎ去る時間を、好いた男と気の合う友人、仲間達と旅をする気楽さと楽しさを得た。

 この楽しさを知らぬまま女王として君臨することの惜しさを知り、素晴らしい仲間達と歩む朗らかな気持ちを体験できなかったこれまでを惜しみ。そして妹のメラニーペとペンテシレイアにも、同じ気持ちを知ってもらいたくなった。

 いつか妹たちとも旅がしたい。私が叶わぬ願いをポツリと溢すと、アルケイデスは微笑して提案してくれた。

 

(では……総てが片付いたら、とは言わん。折を見て誘いに行くか?)

 

 私は嬉しさを覚えたものだが、流石に首を横に振った。本来自分のおこないは無責任である。妹たちにそんな汚名は被せられない、と。

 やるにしても、私が王位に戻り、その間に外の世界を見聞させるのが精々で、ともに旅をするなど夢のまた夢である。私の現在こそ最も罪深いのだから。

 

(……だが、人は夢を見ることをやめられん。夢を見続けろ、ヒッポリュテ。やもするとその夢が叶う時が来るかもしれんぞ)

 

 そうだろうか? ……そうなのだろう。その胸に秘めた何かを、彼は話してくれないが……それも彼の優しさなのだと思う。そしてアルケイデスがそう言うと、ほんとうにいつか夢が叶うかもしれない気がしてきた。

 

 共に食するものは、食べたことがあるものでも味わったことのない美味に感じ、国や土地ごとに夜空の景色の見え方が異なることに感動して。様々な人々とふれあい、異なる考え方に触れ、知見を高める。こんな得難い体験を、愛する妹たちと共にできる日を――夢見ても、いいのだと。彼は赦してくれた。

 

 いつしか私はアルケイデスに露骨な求愛をしなくなっていた。

 恋が冷めたわけではない。むしろもっと心は熱くなり、昇華された。

 

 共にいたい、それだけでいい。愛されたいが、求めない。愛したいから愛する。それでいいのだと思った。アマゾネスの使命だとか、そういうものを度外視した……アマゾネスからすると度し難い想いを懐いた。

 こういうのを、愛、と言うのだろうか。

 不思議な男だ。包み込むような暖かさに触れられることの喜びは、抱かれずとも満たしてくれる。女としては物足りなくても、人間として満たされていく。蒙が啓く、とでも言えば良いのか。狭い世界が開かれていく心地が、堪らなく爽快だった。

 

(ケリュネイア。貴様も……こんな気持ちなのか?)

(………)

 

 私は愛馬の意志ならなんとか感じ取れる。しかし他はだめだ。ケリュネイアと意志の疎通ができるわけではない。

 一方的に突っかかられ、いなしていただけで。一行の中でアルケイデスに次ぐ強さを持つと自負する私は、所詮は獣と見下していたのかもしれない。

 その時、はじめてケリュネイアの言いたいことがわかった。

 

 やっと、()()に至ったのか。

 

 ケリュネイアはそう言っている気がした。そしてこれまでケリュネイアに対して見せていた態度が失礼なものだったと自覚する。

 すまなかった。そう謝った。これからは対等のモノとして相手になってほしいと。

 牝鹿は目を逸らし、もう突っ掛からないと言わんばかりに、寂しげにアルケイデスを見た。しかし同時に誇らしげで、私を激励するように身を寄せてくれる。

 微笑む。そうか、恋では足りなかったのか。真の意味で愛する心を持って、はじめてアルケイデスの傍に立つことを赦してくれるのか。なら――貴様に恥じぬ女と成ろう。友と呼んでもいいか、そう訊ねると調子に乗るなとばかりに角で小突かれた。

 

(アルケイデスっ!)

(なんだ?)

(ふふ)

(………?)

 

 肩を寄せて歩くと、激しい身長差で見上げるカタチになる。

 理知的な赤い瞳と目が合うと、私は私にできる限りの想いを込めて、伝えた。

 

()()()()()()()()()()

(――――)

(だが、お前から愛を請う気はない。応えてくれたら嬉しいが! ……まあ、応えてくれなくても良い。例え報われずとも寄り添って、添い遂げる覚悟はある。なに、私も武には自信がある。女としては見れずとも、戦士としてなら役に立てるはずだ)

 

 まるで、幽霊を見たかのような瞳。呆然とするアルケイデスに気づかぬまま目を離し前を向いた。

 どこまでも続く地平線。果てに太陽が沈んでいく。美しい夕焼けだ。

 願わくばこんな日々が続けばいい。貴い、宝石のように輝くこの日々が――

 

 

 

 ――奇しくも。

 

 

 

 その告白は、彼の妻が末期に遺したそれと同じ言葉で。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はずのヒッポリュテは、知らない。

 神ならぬ者は、知れない。

 人である彼女は、永遠に――気づけない。

 

 自身に絡みつく抑止の鎖に。アルケイデスに絡みつく修正の鎖に。彼に関わり外れた総ての者たちに絡みつく、人理の重みに。

 

 されど、それを超えてこその英雄なれば。

 易々と踏み越える者もいるだろう。少なくとも――()()()()()()()()()が寄り添っていない場合に限って。

 

 前途は翳り、未来に待ち受ける不可知の暗雲を人の身では察知できず。

 試練の時は、今か今かと、産声を上げる時を待っていた。

 

 

 

 

 

 




絆レベル、4。(最大5)
悲恋とか悲劇とかが好物のひと、おりゅ? 答えは聞いてない。
拙作でそれを取り扱うかは秘密。
ドキドキをみなさんに味わってもらいたい。そのためのスパルタクス――じゃなくてスパイス。

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