ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

22 / 111
謝罪とスーパー言い訳タイム。読み飛ばし可。

ハデス=某墳墓の支配者じゃ?
と感想で溢れんばかりに言われ(ああ書いてた時の違和感はそれか)と遅まきながら気づく間抜けな作者……。
そんなつもりはなかった……死後の世界の神だから骸骨(エレちゃん的な偽りの姿)にしよ→冥府ってブラック企業だよね→今回はコメディチックにしつつブラックな背景を匂わせよう。ってやっただけなんだ……。
申し訳ない。他作品ネタをやる気はなかったんです。以後気をつけます

あとコメディチックに書いたのは、真面目に今までの作風で通せば間違いなく一話に収まらない上に、ダークでシリアス極まり話の本筋から逸れまくって二話ヘラクレス不在となりかねなかったからです。あとどう考えても胸糞な解釈しかできない点もあり、不必要にヘイトを高める存在がいて、読者の皆様に作者の意図していない部分での心的圧迫現象、要は愉悦を贈ることができないのではと危惧したためです。

今後は作風を崩すシーンはありませんので、そこはご安心ください。





5.5 英雄船への招待

 

 

 アドメトスの治めるペライ国はテッサリア地方にある。何やら死の神タナトスと格闘し、絞め上げてやってアルケスティスの魂を取り戻しただの、冥府に行きハデスと闘ってアルケスティスを奪い取っただの、そうした噂がまことしやかに囁かれていた。

 時折り見掛ける吟遊詩人や行商人などが、根掘り葉掘り聞いてくるのに対し幾度否定しても信じてもらえないのは、ヘラクレスという『英雄』への偏見や先入観が原因だった。『英雄』である。ならばそれらしい振る舞いをするだろう――という。

 つまり力こそ正義、というわけだ。ギリシア世界のみならず、近隣世界はおよそ力が正義で。その力、武に於いて人中無双の評を持つヘラクレスは『正義として、力で解決したのだろう』と思い込まれている。話し合いだので終わった、と言っても現実味がないのだ。世間の常識で言えば。

 

 お蔭様でというべきか、英雄としての名声は更に高まった。好ましいとは言えない過程を経たが、覆せないのであれば利用するしかない。ヘラクレスという英雄は、決して邪道を往かぬ高潔な武人にして英雄であるのだと知らしめる。

 風評による先入観の構築は、日々の積み重ねが物を言う。意図してやるのであれば、なおのこと己の言動には気をつけねばならない。英雄の理想像として大多数が理想的と称する、弱者の庇護者になることで……例え何をしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と信頼されるようにする。人間のみならず、神々からすらも。

 

 それが、大前提。我が願望を成さしめるための橋頭堡。

 

 故にだ。『ヘラクレス』という虚像の英雄は、余程の理由がない限りは()()()()()()()()()()()。拒絶する理由は特に見当たらず、誘いを受けることにする。時間潰しには丁度いいかとすら考えていた。これは慢心か? それとも油断? いいや違うだろう。これは自信、そして何があろうと乗り越えてみせられるという自負だ。人界に起こり得るあらゆる総てを捻じ伏せられずして、己が悲願を遂げられるはずがない。

 

「……面白いな。良いだろう、その船旅に同道する。貴様の主にそう伝えるが良い」

「っ! 彼の大英雄が参加してくれるとなれば、もはや目標は成し遂げられたも同然! 急ぎこの朗報を持ち帰らせてもらう!」

 

 ヘラクレスの返答に、眼下に跪いていた青年は喜び勇んで立ち上がると、礼を示して馬に飛び乗り駆け去っていった。

 あの青年は伝令神ヘルメスの子であるアイタリデスと名乗った。アルゴー号を建造したイアソンの下、使者の役を務めるのだと。高名なヘラクレスが同じテッサリア地方にいると聞いたイアソンが、自分の目的を成就させるためならなんでも使おうと決意し、ヘラクレスに誘いを掛ける程度はしておくべきだと判断したらしい。それでのんべんだらりと旅をしていた自分が招かれたのだ。

 

 ヘラクレスは馬に乗って駆けていくアイタリデスから視線を切り、馬車の御台に座るイオラオスを一瞥した。

 

「お前も来るか?」

「当たり前だろ! 伯父上の行くところにはどこにだっていくさ!」

「そうか……まあ、いいが」

 

 若干の困惑を滲ませ、ヘラクレスはイオラオスの元気の良い返事に眉を落とした。

 少年は書物をしたためるようになっていたのだ。なんでも、ヘラクレスが何度否定しても解けない誤解があるのを見て、ヘラクレスの冒険の正しい伝記を自分が書き残さねばならないという使命感に駆られたらしい。

 ご苦労さまなことだ。だが英雄に成りたいのではなかったのかと問い掛けてみたが、それはそれでこれはこれなのだとか。切り替えの早さは流石イピクレスの息子だ。ヘラクレスとしては文句はないが、何を記されるか分からず、後世に書き残されるのなら甥の前でも気を抜かない方が良さそうである。ヘラクレスとて恥は知っている、あられもない姿を書き残されたくはない。

 

 しかしアルゴー号とやらの船員となって、イオルコス王の求めたコルキスの金羊毛皮を手に入れに航海をするらしいが、他国の宝を略奪する旅に出るのはどうにも気が引ける。コルキスの王と民が不憫ではないか。なんとか穏便に事を終えられるように、船長を務めるらしいイアソンの人となりを良く見ておこう。

 それより気掛かりなのはケリュネイアだ。ヘラクレスは手癖のように牝鹿の毛並みに触れながら訊ねてみる。

 

「ケリュネイア、お前は海は平気か?」

(………)

 

 なんとも言えない顔である。いや鹿に表情筋なんてないので、それらしい雰囲気しか分からないのだが……ケリュネイアは言うまでもなく陸の生物、船の上に出て平気なのか判断が難しい。

 体調的には問題がなかったとしても、不安や恐怖を感じるのであれば、陸でお留守番でもさせるしかない。が、そうなった場合は誰がケリュネイアの面倒を見るのか……一番の悩みどころはそこだ。女神あたりが略奪に来たら大惨事確定である。無論奪われれば取り返すために殴り込みに行くが、できる限り神々との間に禍根を残したくはない。

 どうしたものか頭を捻ってみる。するとケリュネイアは決然とした眼差しで頭を上下した。軽く跳躍して虚空を蹴り抜き、空を走った。

 

「ああ――そういえば空を駆けられるのだったな……」

 

 ならいざとなれば船を飛び出し、空に離脱できるわけである。ケリュネイアの牧歌的な佇まいや、動物らしい愛らしさのせいで女神に己の聖獣にしようと狙われるほどの、飛び抜けた脚力の神獣であることを忘れていた。

 思い出してしまえば不安に思うことでもなかった。ヘラクレスはケリュネイアをアルゴー号の航海に連れて行くことにする。獣風情を乗せたくないと言われれば、その時はヘラクレスも船に乗らないだけだ。

 

 尤も目的地であるアマゾネス族のいる国は黒海の向こう側で、コルキス国のある地方であるという。であるならどのみち向かう方角は同じになる。乗船の如何に関わらず、彼らの姿を見る機会はそれなりに多くなるだろう。『英雄として手助けする』形で干渉し名誉を得るのは可能だ。

 なんであれ最低一度は顔を合わせることになる。招きに応じてイアソンとやらの許に着けば、彼の集めた船員達と邂逅するのだ。アイタリデスは、イアソンは英雄を集めていると言った。自分の船に乗るのなら英雄でなければならないという、自尊心の強い漢のようだ。

 ヘラクレスは英雄という人種を知っている。初対面の第一印象で侮られると面倒臭いことになるのは必然。ならば舐められぬ装いで出向こう。平服姿では駄目だ、完全武装で赴くことにする。

 馬車から獅子の鎧と白剣、細剣の鞘の如き矢筒と白弓を引き出して装備する。ヘラクレスは己の体躯が秀で、威圧感があるのを自覚していた。無駄に力む必要は装備を整えるだけで無用だろう。そうして招かれた地、イオルコスの港に向かった。

 

 ――活気に溢れている、と言えば陳腐に落ちるだろう。海に面した都市国家には海の幸と言える海鮮物を露店で売り捌く漁師や商人の一団がおり、英雄たちの船と言われる船舶を建造したばかりだからか船大工達や、船舶の材料となる資材を持ち込んだ者達で賑わいを見せている。稼ぎを得て、派手に酒宴を開いている者達が見えた。

 そこをケリュネイアに騎乗したまま往く。荷物は馬車ごとイオラオスに売って歩かせて身軽になり、イオラオスも荷を牽いていた馬に乗ってヘラクレスに続いた。それだけで、喧騒が死ぬ。静まり返った。太陽の光を受けて金色に輝く鎧、潮風に揺られる兜の鬣、そして神獣の外套と偉容高らかなる武具。跨る黄金の双角と青銅の蹄を持つ神獣の牝鹿――威風堂々たる大英雄の闊歩に誰しもが圧倒されて自ら道を空けていた。

 

 愉快な光景、と悦に浸れる性根ではない。当然だ、と受け止められる性格ではない。やはりかという諦念と、畏れられる分には構わんかという諦観があるのみ。

 例え英雄を見る目ではなく、化物を見るそれであろうとどうでもいい。弱者を無為に怖がらせる趣味はないが、外見から怖がられるのであれば是非もなし。流石のヘラクレスでも自身の尊厳を損なう変装や、自慢の武具を貶める塗装をおこなうのは屈辱以外の何物でもないからだ。ありのままの自分が畏れられるなら仕方がない。

 港に近づくにつれてヘラクレスは感じた。常人を遥かに超える覇気を有した集団の気配がする。数にして四十は超えている。全員が英雄と讃えられるに足る戦士か、或いは独自の技能を有する者達なのだろう。ヘラクレスはイアソンへの評価を上向かせる。ギリシア世界に限らず、英雄とは我が強い者ばかり。それをこれだけの数を集め、自身を船長だと認めさせているのなら、確かな手腕があることの証となるだろう。

 

 やがてヘラクレスが港の桟橋付近に辿り着くと、そこにいた男達は一斉にヘラクレスを見て――戦慄に震え上がった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あっ――あんたが、ヘラクレスか?」

「如何にも。イオルコスの王子イアソンの招きによって参上した。招かれた者として礼は尽くそう、到着した旨を告げるためにもまずは挨拶がしたい。イアソンはどこだ?」

 

 声を掛けてきたのは、金髪がカールした青年。一目で目を引かれるのは、その背にある白い翼だった。物珍しさに思いを馳せると、そういえばハルピュイア三姉妹の一人の子供にゼテス、カライスという有翼の英雄がいると聞いたことがある。この青年がその片割れだろうか。

 応えたヘラクレスの圧倒的な武威は、呼吸をする程度に自然なものだった。しかし青年――ゼテスは凝固したまま動けない。その他大勢ではなく個人として認識したヘラクレスの視線を受けて、動けなくなってしまったのだ。

 

 嘆息してヘラクレスは辺りを見渡す。しかし誰も動かない。動けない。英雄である故に、無力な民草とは違って彼我の力の差を――ヘラクレスが強すぎる故にその力の天井は解らずとも――理解できたのだ。逆立ちしても絶対に勝てない、武勇に於ける超越者で、死後は神王によって星座とされるか、神々の席に列されるだろうと。

 それほどの規格外。疑う余地のない生まれながらの英雄(ナチュラルボーン・ヒーロー)だ。存在の規格からして桁外れ、そんなモノを前にしては、余程の精神力がなければ自我を主張できまい。彼らは畏怖の念によって縛られていた。

 

 ヘラクレスは船員達を見渡す。案内を受けられないのなら自分でイアソンを探すしかあるまい。すると――おや、と毛色の違う者がいるのに気づいた。

 

 女だ。深緑のドレスを纏い、剛弓を手にしている。美しいかんばせの中に、野生の中にある気品を感じた。狩人なのだろうと雰囲気で洞察する。紅一点だ。

 ヘラクレスは自身の妹が英雄級の実力者であることを知っている。故に女だからと侮りはしないし、見下したりはしない。しかし女一人で大丈夫かと心配はした。英雄は荒くれ者が多い、強引な求愛を受けてもおかしくはない美貌だ。目につけば助け舟は出すとしよう。そう密かに心に留める。

 その狩人は、しかし動けないでいた。ヘラクレスの武威に。そして底の知れなさに。まるで赤子の群れに一騎当千の大人の勇者が現れ、赤子たちの中で存在を示威しているかのような、一種の場違い感すら感じてしまっている。狩人として、そして野生に近い感性の持ち主として、できれば近寄りたくない相手だと苦手意識を持った。

 

 ヘラクレスは嘆息する。気づいたのだ。なにやらペライ王アドメトスがいると。

 なぜこんなところに、と思う。アドメトスはヘラクレスに見られたと気づくと、乾いた笑いを溢した。男の性として英雄船に参加したくなって、こうしてやって来たのだろう。アルケスティスを待たせる気か、戯けが……そう悪態をつきたくなるが、もはや彼の人生は彼のもの。自分から関わろうとするのはやめておく。

 

 見渡したところ、イアソンらしき王子はいなかった。容姿は知らないが、これだけの荒くれ者共を集め、束ねている手腕の持ち主が、ヘラクレスの姿を見ただけで固まる臆病者ではないと思っていた。もしこの中にいたのなら、期待外れも良いところである。

 自分でも場違いな所に来たな、と感じなくもない。というか疎外感を受ける。立ち去ろうかと迷い始めていると、ふと目の前にまだ若い青年が立ちはだかった。

 

「ほう……」

 

 感心する。歳はイオラオスよりやや上、十代後半といったところか。それなりに立派な名剣と、体の動作を阻害しない程度の鎧を着ている。甘いマスクと知性の滲む瞳が印象的で、コバルトブルーの瞳には強い意志と、燃え盛らんばかりの勇気を宿していた。

 他の英雄たちは動けもしない中、完全武装形態のヘラクレスの前に立ち、挑まんばかりに睨みつけてくる青年にヘラクレスは好感を持つ。大英雄は問い掛けた。

 

「良い面構えだ。お前の名を聞いておこう」

「テセウスだ」

 

 テセウス。

 

 その名は生憎と、聞き覚えがない。まだ英雄を志したばかりなのかと思う。コバルトブルーの瞳は眩しそうに、憧憬の滲んだ眼差しでヘラクレスの鎧を見て。青年は一瞬の躊躇の後、しかし決然と告げた。

 

「ミュケナイ王エウリュステウスの課した勤め……ネメアの谷の獅子の退治、ヒュドラの退治、ケリュネイアの牝鹿の捕獲……そして最近になって成した、冥府神から哀れな乙女の魂を取り戻して生き返らせた偉業……どれも、並の英雄なら生涯を掛けて一つ成し遂げられるかどうかといったほどの難行だ。それを後幾つも成し遂げていかないといけないと聞く。だが貴方はいずれも乗り越えていくだろう……目にしただけでそう確信した。特にヘラクレス、貴方の防具となっているネメアの獅子は、貴方以外には決して斃せない怪物だったんだろう」

「そうだな。この場にいる総ての者が力を結集したとしても、ネメアーに勝ることはあるまい」

 

 暗にそのネメアの獅子を斃した私が最も強いと断言したヘラクレスに、しかしテセウスは嫌味を感じなかった。事実であると認めさせられる力の差がある。

 腕に自信のあったテセウスにはいっそ爽快ですらあって、笑いだしてしまいながらテセウスは剣を抜き放つ。

 

「ははは! はっきり言う人だなぁ……だが、それでこそだ。大英雄ヘラクレス! そんな貴方に、僕は敬意を持って挑ませてもらいたい。英雄になるために、本物の英雄を知りたいんだ!」

 

 凛と輝く魂の燦めきに、ヘラクレスは密かに確信する。この青年は間違いなく、この場で最も偉大な英雄になると。無論、己を除けばだが。

 面白い、と思う。この真っ直ぐな青年と、こうして出会えただけで出向いた価値がある。ヘラクレスはしかし、どうするかを考えた。そして結論する。彼らの流儀に則り、絶望的なまでの力の差を教えてやろうと。それでもこの青年なら折れないという予感がある。

 

「いいだろう。掛かってくるがいい。私はこの腕一本で相手をする」

「っ……! その傲慢、油断、慢心――遠慮なく突かせてもらう!」

 

 ヘラクレスは右腕一本を掲げ、言った。

 ざわめきが起こる。テセウスは怒ったのか、最初から全力で斬り掛かってきた。

 

 素早い踏み込んだ。――この場で四番目に速い。一番はケリュネイア、二番目がヘラクレス、三番目が女狩人……。

 裂帛の気合で剣を突き出してくる。――この場で二番目に鋭い。一番はヘラクレス。

 確かな鍛錬を感じされる武練。――ヘラクレスの、影すら踏めない。

 

 一瞬だった。

 

 テセウスは視た。辛うじて見えた。ヘラクレスが拳を握り、真っ向から剣の切っ先に拳の甲を当てて軌道を逸らし、拳撃の一撃で剣を捌くのと攻撃を同時に行ったのを。

 顎下に寸止めされた、大きな拳に……テセウスは静止する。冷や汗が吹き出た。内包された力の圧力から、殴り抜かれていたら頭が爆散して死んでいた、と。

 

「弱い」

「くっ……」

 

 ヘラクレスは身を引いて、端的に言い捨てた。

 青年は自尊心を傷つけられる。しかし、無双の英雄はこう続けた。

 

「だがいい思い切りだった。鍛錬と経験を積めば強くなるだろう……研鑽を忘れるな、テセウス」

「はっ――はい!」

 

 褒められた。才能を認めてもらえた。この最強の大英雄に。テセウスは思わず敬語で返事をし、顔を赤くした。傷ついた自尊心は一瞬で修復され、その胸に確かな憧れが芽生えた。

 

 興が乗る。ヘラクレスは人を相手にすることは滅多にない。相手が格下ばかりだからだ。故にテセウスを相手にしてすら稽古をつけてやった程度の感覚である。

 格下なのは此処にいる全員もだ。彼らにも稽古をつけてやっていいと思ってしまう。

 圧倒的強者故の気紛れで彼は言う。言ってしまった。

 

「どうした。他に掛かってくる者はいないのか?」

 

 答えは沈黙だった。ヘラクレスは気づく。英雄たちは一人残らず、ヘラクレスを化物を見る目で視て、恐れで固まっていた。

 言葉に詰まる。自分は他とは違う存在だと、まざまざと感じさせられる目。何故なら彼らには見えなかった……傍目で見ていたにも関わらず、テセウスを下した一撃がまるで視認できず、英雄と呼ばれるだけの力があるだけに、ヘラクレスがまるで本気ではなかったことを見抜いてしまっていたのだ。

 あんな化物に使命もなく挑みたくない。それが彼らの本音で……気まずさに、ヘラクレスも固まった。

 

 軽い気持ちで言った。それを後悔する。幸いにも己の往く英雄の道に、今の軽はずみな言葉は反していない。他とは隔絶した存在になるのだ、格の違いを誰もに見せつける必要がある。故に彼らの反応は望むところで……しかしそれでも、人としての心が微かに痛んだ。

 

 そんな時である。桟橋に繋げられていたアルゴー号から、一人の青年が出てきた。

 

 最初から見ていたのだろう。その金髪の青年は、傲岸不遜に言い放つ。

 

 

 

「――なるほど、君がヘラクレスか」

 

 

 

 その青年こそ、ヘラクレス終生の友の一人。

 

 

 

「素晴らしい、羨ましい! 確かに噂通りの化け物だ!」

 

 

 

 力なく、弱い、捻くれた、しかし優しい心を持つ船長。

 青年は讃えるように、謳うように、言葉通り羨望を滲ませながら――ヘラクレスが、深層心理内で求めていた言葉を告げる。

 

 

 

「安心してほしい。私は君を優遇し、使ってみせる」

 

 

 

 お前が何者で、例えどれほどの力を持っていても構うものかと宣う、ある種の愚かさ――根拠のない自信、無意味に尊大な性格。

 根底にある確かな志を立脚点に、青年は優しげに、そして怪物じみたカリスマ性を発揮して断言した。

 

 

 

「私……オレと共にいる間だけ、君は化け物じゃあなくなるよ。未来の王を護りし、大英雄だ」

 

 

 

 それが、ヘラクレスとイアソンの出会いだった。

 

 

 

 

 

 




テセウスはまだ、旅に出たばかり。王になるための第一歩を踏み出してません。従ってミノタウロス退治や、様々な英雄としての逸話も残しておらず……というかテセウスは時系列のおかしい人の一人なので、どうしても時系列は書き手側が調整する必要があります。
あれ? となっても(ギリシア神話故致し方なし)と受け流してください。おねがい(震え

イアソンは原作で言ってた。
「ヘラクレスだぞ!? 俺達の誰もが憧れ! 挑み! 一撃で返り討ちにされ続けた男だぞ!」
つまりテセウスすら一撃だった。無情……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。