ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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二十四夜 裁定者に下されるモノ(上)

 

 

 

 

 

 崇高にして聖なる乙女は、冬木の街並みを高き(ビル)より見渡した。

 

 陽が沈もうとしている時分。街は帰宅の途上にあるらしい人々でごった返している。

 誰かに怯えるでもなし。貧困に喘ぐでもなし。当たり前の日常を、当たり前のように享受する人々。彼らにも抱えるものはあるはずだが、少なくとも昔の時代に比べると遥かに生きやすい時代になっているのは疑いようがない。

 文明とは人の血と知の集積。より善き明日のために積み上げた研鑽の成果。血と鉄に彩られた惨禍の世を超えて、例え束の間のものに過ぎないのだとしても確かな平和を築いている。もしも自分が駆け抜けたあの日々が、この時代の一端にでも繋がっているのだとすれば、それはひどく誇らしい事だと思った。

 

 学がない身だからだろうか? 現代という未来を見るこの感動を、上手く言葉にする事が出来ない。なので敢えて一言で纏めると、良い時代――そんな陳腐な感想になる。

 過去の影に過ぎない英霊にとって、この景色は宝だ。人々は宝だ。聖杯戦争なんていうものに巻き込んで良いものではない。

 

「――――」

 

 裁定者(ルーラー)の座を以て現界した聖人、ジャンヌ・ダルクは冷静に……しかし憂いを帯びて呟いた。こんな都市部で聖杯戦争をするだなんて、と。その呟きは風に巻かれて消える。

 高位のサーヴァント一騎だけで一つの都市を灰燼に帰さしめるのは容易い事だ。それが十四騎もいて、殺し合う。それは想像を絶する被害を撒き散らすだろう。

 それを諌め、律するのが自身の役目だ。しかし総じて英霊というものは強烈な自我の持ち主ばかり。それを上手く律する事が出来るのか、今から頭が痛くなる思いだ。

 

「――――?」

 

 冬木の全土を、とはいかないが、しかしルーラーとしての感知能力でおよそ全騎の存在を把握できている。その位置に到るまで。

 例外はアサシンである。気配遮断を可能とするサーヴァントは、“いる”のが分かっても何処にいるかまでは分からない。だがルーラーはこの時、近くにアサシンが潜んでいるのを察知した。スキル“啓示”によるものだ。

 それとなく周囲を窺うも、全く気配を読めない。ルーラーは聖人であり、絶対的な特権を有するサーヴァントだが、その機能が通用しない存在に対しては弱かった。

 元が主の声を聞いただけの民草である。武術の修練はそれなりに積んだが、師が特筆して優れていたわけでも、ジャンヌ自身が武人として優れた資質を持っていたわけでもない故に、彼女自身の単独戦力は平凡な域にしかない。その技量はサーヴァントとしての能力とスキルがなければ、現代の剣術家と互角がいいところだろう。

 超人的な武芸者であっても隠れ潜んだ暗殺者の英霊を見つけ出すのは至難だ。そんな暗殺者を、ルーラーとして見つけられない時点で彼女には打つ手がない。だが構わない――ルーラーという存在を警戒するのはサーヴァントであれば当然の心理であり、暗殺者に襲われても撃退出来る自信はある。流石に名のある戦士の英霊相手は、宝具を抜きにすれば不可能だが。

 

 ルーラーは確信していた。近くにアサシンがいる、と。それだけ分かれば充分で、好きなだけ覗き見ればいいと思った。疚しいことなど何もない、ルーラーとしての役割を果たすだけだ。

 

 彼女はまず、どんな英霊が現界しているかを確かめる事にした。そして厳重に忠告をする。無関係な人間を巻き込まないように、と。これを破れば罰則を下さざるを得ないのだ。叶うなら高潔なサーヴァントである事を願う。弱者を食い物にするような手合いであれば、強硬な態度を取らねばならないだろう。場合によっては与えられた令呪で縛り付け、律する必要がある。正常に聖杯戦争を終えさせるために。

 だからルーラーは近くにいるサーヴァントの陣営に、接見を申し出る事にした。幸い距離は近いが、集まっているサーヴァントは五騎もいる。油断は出来ない。

 しかし――ルーラーを除いて十四騎の英霊がいるはずが、ジャンヌが現界するまでに十騎まで減っているのは想定外だ。余程に血気盛んであるにしろ、見た所街に目立った被害がないのは喜ばしい事かもしれない。だが考えようによってはルーラーを脅威と見做し攻撃してくる積極性がある可能性も含むため、安易に気を抜く事はなく奇襲を警戒するのを忘れてはならないだろう。

 

 ルーラーは霊体化し、五騎のサーヴァントが固まっている拠点に向かった。

 

 そこは武家屋敷である。彼女にとっての異国の趣は風情があり、また防戦に向いていない造りに意外な気持ちになるも、実体化して門前に立つ。人払いの魔術でも張られているのか、周囲に人気は少しもなかった。

 いんたーほん、というのを押すべきだろうかと一瞬悩む。すると、一騎のサーヴァントが声を掛けてくる。いるのには気づいていたが、気配を悟れずにやや驚かされた。

 

「おや――風に誘われたか。それとも闇夜の先触れか? ふらりと舞い落ちる花弁の如くに可憐でありながら、月のように静かな輝きと共に乙女が参るとは」

「――貴方は。……失礼、私はルーラー。聖杯戦争の進行を監督するサーヴァントです。この屋敷、ひいては貴方がたの主人に接見を望みます。お取次を願います、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ほう……これはしたり。名乗る前に名を知られるとは面妖な。暫し待たれよ、貴殿の来訪は既にこちらの知るところ。然程に待たせる事はなかろうよ」

 

 玲瓏な美貌の青年は、自身の風流な物言いが聞き流されたのにも気を悪くせず、しかし自身の真名とクラスを一目で看破された事に面白そうな表情になった。

 あらかじめマスターにでも言い含められていたのだろう。滞りなく返事が返されて、ルーラーは暫しその場に待たされる事になる。

 

 ――彼は、正規のサーヴァントではありませんね……。

 

 この冬木の聖杯戦争には、アサシンは山の翁しか現れないはず。にも関わらず彼は山の翁ではないのにアサシンだった。真名看破というクラス別スキルによってその事実を知り、ルーラーは表情を微かに曇らせた。

 この陣営の何者かがルール違反をしている。これは明確に罰則を与えねばならない案件だ。出来れば穏便に済ませたいが、そういうわけにもいかない。気を強く持って毅然と糺さねばならないだろう。

 

 そうして顔を険しくさせるルーラーを、“白”のアサシンは楽しげな表情で見据えていた。その切り刻むような眼差しに、ルーラーは視線を強く返す。

 何か動きがあれば斬れと言われているのだろう。サムライ……というものらしい格好をしている青年を、ルーラーは油断無く見詰める。

 やがて門がひとりでに開いた。入れ、という事だろう。ルーラーがアサシンに目で問うと、彼は何も言わずに屋敷の中に入っていく。先導して案内してくれるのだろうか。意を決して彼の後について行くと、ルーラーは屋敷の庭に通された。

 

 そこには四騎のサーヴァントがいた。錚々たる顔触れに、ルーラーは内心ギョッとした。

 

 バーサーカー、ギリシャ神話最大にして最強の大英雄、戦士王アルケイデス。

 セイバー、アーサー王伝説のブリテンの赤き竜、騎士王アルトリア・ペンドラゴン。

 アーチャー、ギリシャ神話にて勇猛で鳴らしたアマゾネスの女王ペンテシレイア。

 キャスター、同じくギリシャ神話にて“奇跡の王妃”と讃えられた王妃メディア。

 

 ――相手陣営が哀れになる戦力じゃないですか……。

 

 全騎が武装していた。黒服を纏い、白亜の魔槍を提げ、バーサーカーはこちらを一瞥すらしない。白髪の美の女神が如き女アーチャーと、蒼いバトルドレスの上に白銀の甲冑を纏ったセイバー、そしてアーチャーをさりげなく間に挟んだキャスターがルーラーそっちのけで議論を交わしていた。

 

 

 

 

 

「――我らの内、誰が盟主となるかいい加減はっきりさせるべきだ。無論盟主にはこの私がなる。異論はあるか?」

 

「あるに決まっている。私はアマゾネスの女王だぞ、何者の風下にも立つ気はない。全て私に采配を任せよ。何、この私が率いたなら必ずや勝利するであろうよ」

 

「戯けた事を。貴公は元は“黒”のアーチャーだ。バーサーカーならばいざ知らず、貴公だけは認められない。騎士王であり“白”のセイバーである私の方が資格がある。そしてこれが聖杯“戦争”である以上、盟主は“王としての”戦歴が最も長く実績のある私が相応しいとは思わないか」

 

「あら? 今更“黒”とか“白”とか気にするのかしら。そんな区分、なんの役にも立たないというのに。ましてやマスターを無視して盟主を決めようとするバーサーカーに迎合する気?」

 

「抜かせキャスター。マスター達は興味がないと既に断っている。自身の娘と私の区別もつかなかった節穴が差し出がましいぞ」

 

「うふふ、それは確かに失態だったわね。まさかこんなにも()()()娘と間違えちゃうだなんて、一生の不覚だわ。似てるのは顔だけ……弁解させてもらえるなら、間違えたというのは正確じゃないわよ。“こんなにも娘に似てる子と対面できて感激”しただけで、着せ替えして遊びたいって思ったのを口走っただけなんだから」

 

「………貴様。どこが小さいと?」

 

「言わなくてはだめ? これでも乙女には気を遣う方なのだけど……」

 

「――そこまでにしておけ。キャスター、私の眼を見れもしないのなら……というより、その()()()姿()を解いて我らと相対する気概もないのであれば茶々を入れるな」

容姿(これ)の事は言わないでっ! これでも貴方の近くにいるのに、結構勇気振り絞ってるんだから!」

 

「そ、そうか……。……アーチャー、お前もだ。より強い者が盟主に相応しいとは思わないか? お前よりも私の方が強い。認められんと言うなら後で立ち合ってもいいが、負けたのなら素直に私を盟主と認めよ」

 

「面白い。いいだろう、吐いた唾を飲むなよヘラクレス。私は負けん、貴様を地に這わせて従えてやろう」

 

「セイバー。戦略眼や戦歴からして、確かにお前こそが盟主に相応しいやもしれん。しかし今のお前は騎士としてエミヤシロウに仕えているのだろう。“仕える者”が陣営に君臨するのはどうかと思うが?」

 

「それは貴方にも言える事のはず。バーサーカー、貴方は何よりイリヤスフィールを優先するのでしょう。そんな貴方が盟主となると、我々を良いように使い回す事が懸念される。公正に見て私が盟主になるべきだと判断しますが」

 

「いいや。我がマスターは聖杯を預かるアインツベルンの姫だ。マスターを優先する事は即ち陣営の勝利に繋がるものと言っていい。立場とマスターを鑑みれば、私が盟主となるべきだ。戦略を練る際にはマスターらにも合わせ、セイバーの見識と経験、戦術をあてにさせてもらう。アーチャーは私が納得させよう、キャスターは……まああれだ。そしてセイバー、お前が私に任せたのなら穏便に、そしてお前自身の立ち回りにもなんら足枷となるものがなくなる。盟主の座は私に任せてもらえないか?」

 

「……確かに私はシロウを生きて返す義務があります。ならば聖杯を預かるアインツベルンをマスターとする貴方の方が適任ではありますね……いいでしょう、私は貴方を推そう。しかし意見を出すのを控える気はありません。そして王として風下に立つ気もない。構いませんね?」

 

「ああ、元より王としての格はお前が上だ。大いに頼らせてもらおう」

 

「わ、私が戦士王より上? そ、そんな事は……」

 

「あら可愛い。照れてる顔、いいわよセイバー」

 

「――黙れキャスター」

 

「フン、図に乗るなよ。王としての格? そんなもの、斬り従えてしまえばいいだけの事。格が上だの下だのと、くだらんな」

 

「……ふ、蛮族らしい考えだ。ピクト人の先祖とはアマゾネスの事らしい。貴公と刃を交わす時はひと摘みの慈悲も無用と心得よう」

 

「蛮族だと? 小綺麗にしているだけで文明人ぶるとは滑稽だな。騎士道やらで華美に着飾ったところで、やっている事は同じではないか。戦に身を汚したモノは例外なく醜いのだと弁えよ。それとも何か? 貴様は正義や悪で命の価値が変わるとほざく口なのか? ならば貴様の方がよほど蛮族に相応しいだろう」

 

「……貴様。言うに事欠いて――」

 

「――やめろ。お前たちが諍いを起こしたとて私が微笑ましく感じるだけだ。二人共、私の腕の中で愛でてほしいのか?」

 

「貴方の腕の中で愛でられると全てが拉げるわよ……」

 

 

 

 

 

 喧々諤々、騒々しい有り様にルーラーは呆気に取られた。

 

 延々と話し合っていたのだろう。やっと終わった、とでも言うようにバーサーカーが嘆息した。キャスターは不満げ……というよりはバーサーカーの近くにいるのが嫌だと感じてはいるらしいが、バーサーカーが盟主となるのに異議はないようである。

 クラスが視ただけで解るだけに、ルーラーは(狂戦士が盟主……?)と驚愕させられる。こんな場面に出くわしたのもそうだが、剣士と弓兵はともかく関係が良好そうな雰囲気に驚きが隠せない。

 例え一時は味方であっても、本質的には聖杯を巡る敵同士であるはずなのに。彼らは全くそれらしいものを感じさせない団結力がある。ルーラーにはそれが意外で、“白”の陣営から聖杯への野望を感じられずに彼らのやり取りを最後まで黙って見てしまった。

 アサシンが肩を竦めている。その仕草も眼に入らず、ルーラーは感じる。盟主など決めずとも、既に彼らの中心にはバーサーカーがいるのが見て取れたのだ。

 

 ――あれが、戦士王……ですか。

 

 ギリシャ神話唯一にして、最強の武神へと祀り上げられた大英雄。“味方として存在している”だけで圧倒的な安心感を与える、カリスマとは違う存在感。それが比類ない理性の力で制御されているが故の戦略兵器。

 騎士王の聖剣もそうだが、恐らく彼は単身で――武器など使わずともこの冬木を更地にしてしまえる力がある。警戒せねばならない、そう思うのに彼なら大丈夫だと感じさせる何かがあった。

 

 アーチャーが好戦的に気を荒ぶらせているが、そんな彼女とキャスターへ早速とばかりにバーサーカーが提案する。

 

「さて、色々と遠回りをしたが、目下最大の問題を片付けよう。アーチャー・ペンテシレイアの魔力不足の解消についてだ」

「む……」

「ペンテシレイア、お前は今のマスターをそのままに、我がマスターから魔力の供給を受けてほしい。“黒”との決着がつくまではな。この件については既にマスターへは了解を取り付けてある。キャスターがいれば契約と魔力供給のパスを別に分け、繋げるのは容易かろう」

「……待ってちょうだい。バーサーカー、まさかあの子、貴方に魔力を供給していて、なお余裕があるというの?」

 

 腕を組んで思案するアーチャーを尻目に、信じ難いというようにキャスターが反駁する。それにバーサーカーは肩を竦めた。

 

「いいや、余裕はない。私が全力戦闘を避け、活動は魔力の節約を心掛けているからこそ、平時は保っているに過ぎん。故にアーチャーへの魔力供給は、私が戦闘を行なっていない時に限定する。何、弓兵のクラス別スキルでマスターが不在でも一度や二度の戦闘は熟せるのだろう? 問題はあるまい」

「……アーチャー、貴女は何かないの?」

「生命線を将来的な敵に託すなど論外だ。施しは受けん――と言いたいところだがな。これほどの戦を前に、参戦も叶わぬまま消えるなどそちらこそ受け入れられん。いいだろう、甘んじて施しを受ける。返礼など期待はするな、私は“黒”を消した後は真っ先にヘラクレス……貴様を殺しに掛かるぞ」

「構わん、何時なりとも挑むがいい。私は逃げも隠れもしない。――この話は終わりにしよう。客人を待たせている」

 

 にこりともせず、バーサーカーの眼がルーラーを捉える。一斉に向けられたサーヴァント達の眼に、しかしルーラーは怯まず口を真一文字に引き締めた。

 全員がルーラーが来ているのには気づいていた。気づいた上で無視し、自分達の話を優先していたのである。悪意を持ってそうしたのではなく、単に誰が盟主として応じるか話し合っていたに過ぎない。

 

 ルーラーは目礼する。頭は下げない。媚びず、厳粛な監督役として彼らに告げた。

 

「お初にお目にかかります。私はルーラーのサーヴァント、まずはこうして迎え入れてくれたことに感謝を」

「ああ、そのような前置きは要らん。貴様がどのような立ち位置を持つ存在かは理解している。中立の傍観者に徹する貴様に対して、僅かながらにも時をかけるのは億劫だ。速やかに要件を済まし立ち去るがいい。ルーラーよ、貴様には一寸の価値もないのだ」

 

 嘲るでもなく、端的にバーサーカーは言う。言葉通り、彼の眼には微塵も興味や関心の色はなかった。

 ルーラーの持つ特権を意識し、味方に引き入れ利用しようという安い魂胆など皆無。そんなバーサーカーの言葉に異論を差し挟む者もまた居なかった。

 

 頷く。ルーラーとて諂う気も阿る気もない。変に親密な関係になる必要はないのだ。冷め切った認識こそ不可欠であり、バーサーカーの態度は監督役のルーラーの望むところだった。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 だからルーラーはそう言った。バーサーカーの理性ある言葉の裏にある、ルーラーの職務への気遣いを汲んだからこその礼だった。

 王の厳つい目元が緩む。まるで小さな女の子の聡明さを褒めるような父性の光に、微かな擽ったさを感じるも、ルーラーは毅然と通達する。あくまでこの素晴らしい時代に生きる人々に、累が及ばないように使命を果たすべく。

 

「では率直に。偉大な戦士の王である貴方や、他の高名な英霊の方々には無用の忠告とは思いますが――聖杯戦争のルール、これを厳守してください。逸脱するような行為が確認され次第、私は裁定者として戒めねばならなくなります。よろしいですか?」

「いいとは言わん。当事者ではない者の言には耳を傾ける価値はない。故に私はこう言おう。――言われるまでもない。必要に迫られぬ限りルールを破る真似はせん」

「必要があれば無辜の人々に危害を加えると?」

「不可抗力というものもある。確約はできんということだ。そして我が陣営の内に、貴様の令呪を恐れる者はいない。よいか、我らを律し得るモノなど、それこそ各々の信念とマスター以外には有り得ないのだ。ルーラーなど抑止力たり得ぬと知れ」

「………」

「さりとて貴様自身を蔑ろにするつもりもない。ルーラーの座に据えられた貴様の精神性と、無辜の民草を思いやる心には一定の敬意を払いはしよう。話はそれだけか? ならば早々に立ち去るといい。どこまでいっても部外者でしかない者を、我々の陣幕に置き続けるのは煩わしい」

 

 表面上はどう言い繕っても冷たいものだ。しかし彼は彼の立場から出せる温情を態度にしている。

 ルーラーは理解していた。王である彼にとって、不確定な動向で在り続けるだろう裁定者のサーヴァントなど、それこそ目障りなものでしかない。故に彼らにとっての最善とは、ルーラーを排除することなのだ。最高ランクの対魔力を持つセイバー・アルトリアが此処にいる、令呪にすら対抗策を用意し得るキャスター・メディアもいる。彼らが襲い掛かってくれば、ルーラーはほとんど成す術なく斃されてしまうだろう。

 それをせず、立ち去れとバーサーカーは言った。これは最大限の譲歩であり温情だ。表面上の取り付く島もない言動に騙され、怒りを露わにするようではこちらの沽券にも関わる。ルーラーは素直に頭を下げ――しかし。

 

「いいえ。話は終わりではありません」

 

 そう言って、彼女はアサシンを見る。

 

「彼は正規のアサシンではありませんね? この冬木の聖杯戦争でアサシンのサーヴァントとして招かれるのは山の翁のみ。にも関わらず彼は違う。この陣営の何者かが重大なルール違反者であるのは明白。私はこの不正を暴き、罰則を与えねばなりません。彼のマスターは誰ですか?」

 

 風雅な侍が肩を竦める。そんな彼を一瞥し、バーサーカーは嘆息した。

 

「アサシン。貴様、山育ちか?」

「――ふむ? 問いの意味は解せんが、その通りだ」

「享年は何歳になる?」

「さてなぁ……はっきりとは覚えておらぬよ。何せ土と語らい、無聊を慰めるために刀を振るっていたに過ぎぬ人生だ。無銘のまま没した身の上ゆえに、正確な齢など私にも分かりかねる。ただまあ……そうさな。この腕が枯れ木のように細くなり、肌が皺に覆われる程度には生きたとも」

「では老年期に到るまでは生きたということだな。それならいい。――ルーラーよ。この者は山で生き、そして老いて死んだ。広義の意味合いにおける『山の』『翁』と言えるのではないか? 何も問題はあるまい」

「………本気で言ってます? それ」

「本気だが」

 

 面白くもない冗談に、ルーラーは拍子抜けしたように毒気を抜かれた。

 山の翁とは、そんな意味合いの英霊などでは断じてない。暗殺教団の歴代当主のことだ。眉根を寄せてなんとか険しい顔を崩さなかった。

 そんな戯言で誤魔化されはしない。重ねて問い糾そうとすると、バーサーカーは掌を向けて制止してきた。

 

「まあ待て、早まるな。貴様は何か思い違いをしているぞ」

「思い違い……?」

「そうだ。我が陣営にいる総ての()()の中に、聖杯の定めた理を捻じ曲げ英霊を召喚した者などいない。この私が英霊としての誇りと戦士王の名に誓おう。それにイレギュラーの一つや二つ、此度の聖杯戦争にはあってもおかしくはあるまい。ルーラーなどという最上のイレギュラーが発生しているのだ、なんらかの手違いで山の翁が喚び出されず、この者が喚び出されたのではないか?」

「それは………」

 

 彼の戦士王が誇りと名に於いて誓ってきたのなら、確かにそこには嘘偽りはないだろう。ルーラーは微かに言い澱む。その間に彼は更に言った。

 

「聖杯に異常がある事を我らは把握している。問題があるとすれば、原因はそちらにあるのではないか? 確証もなしに罰則を強いるのは傲慢と怠慢が過ぎるぞ、裁定者」

「………」

 

 何か、煙に巻かれている気がしていまいち釈然としない。しかし言い返すことができなかった。こういう時にジルがいてくれたらと漠然と思うも、ルーラーは諦めて頷くしかなかった。実力行使が出来る相手ではない。確たる論拠を掴むまで糾弾はできないだろう。

 武力に長けた神話最強の英雄。死後はギリシャ神話唯一にして最強の武神へ祀り上げられた戦士。しかし武辺者ではあっても、王は王だった。その弁舌に太刀打ちできる気がしない。ルーラーはひとまず引き下がることにした。

 

「……分かりました。では私は大聖杯に関して調査して、それから事の真偽を確かめ裁定を下すことにします。分かっているとは思いますが、その時は……」

「ああ、その時は言い逃れはせん。――()()()が来たならな」

「………?」

 

 ――ルーラーはその場を辞した。『白の陣営』の拠点から離れていく彼女の耳に、戦士王の残した言葉がこびりついている。

 『貴様には死相が視える。再び相見えることはあるまいよ』

 その言葉が正しいかもしれないと、ルーラーは無意識の内に感じ取っていた。スキル『啓示』によるものではない、曖昧模糊とした本能的な直感で。

 

「意外と狸なのね、ヘラクレス」

 

 ルーラーが立ち去ったのを見届けたキャスターが、呆れたように大英雄を揶揄した。

 

 

 

 

 

 

 

 




なろうの方の箸休め的な執筆。また暫く空きます。

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