「駆逐艦? あぁ、ウザい」
さもつまらなさ気にそう言ってお下げを揺らすのは、重雷装巡洋艦『北上』である。
片舷20門、合計40門もの魚雷発射管を有する鎮守府の雷撃番長だ。
こと雷撃戦において彼女の右に出る者はなく、故に水雷戦隊の切り札的存在なのだが……
「出撃ですね! やらなくては……が、頑張ります!!」
「えー、駆逐艦と同じ艦隊? ふーん。ま、いいか」
「あのっ、北上さん、その……」
「あれー、大井っちどこ行ったんだろ」
「……ひえぇぇん!!」
っとまあご覧のとおり駆逐艦との仲が致命的なまでに悪い。
もとよりやや不愛想なきらいはあったものの、相手が駆逐艦ともなると露骨である。
気にしないで任務に就く子も多いが、気弱な艦娘――例えば潮などはいつも委縮してばかりだ。
「あちゃあ、また北上のヤロー潮を泣かせてやがるな……」
「悪意がなさそうなのが複雑よねぇ~」
「笑いごとじゃねぇだろ龍田‼」
と、そんな日常を影から眺めて歯ぎしりしているのが天龍と龍田である。
こちらの二人も水雷戦隊を率いる身。あながち他人事というワケでもない。
「見ろ、潮のやつ泣いちまって……あぁもうしょうがねぇな、ちょっと行ってくる」
「は~い、天龍ちゃんこういうの得意よねぇ」
「う、うるせぇ!!」
そう言ってさも偶然通りかかった風を装って天龍は潮に近づいていく。
こうやって、北上との距離感が掴めず落ち込む駆逐艦たちを慰めるのが最近の天龍の日課になっていた。
――その後
「わたし、北上さんと仲良くしたいんですっ!!」
「お、おう。なかなか度胸あるよなお前……」
タイミングよく厨房に詰めていた間宮から差し入れてもらった羊羹を頬張りつつ、潮は天龍と龍田の部屋に来ていた。泣き止んだことでようやく落ち着きを取り戻すと、潮はきっぱりとそう言う。
「北上さんって意外と不思議ちゃんよね~大井さんとは仲がイイみたいだけど~」
「あぁ、そういやベッタリだなあの二人は……」
泣き止んだ潮はそのまま気落ちするかと思いきや、意外や意外。北上と仲良くなりたいと言い出した。それを放っておくわけにもいかず今に至るわけだが、そもそも思い付き程度でどうにかなるなら始めからこんなことになっていない。
「天龍姉様、どうしたらいいと思いますか?」
「だから姉様はよせって。う~んそうだな……」
「大井さんに訊いてみたらいいんじゃないかしら~? それが一番早いかも~」
「おお、その手があったか!!」
自分で考えてダメなら人に訊く。なるほど実に理にかなったやり方である。
同じ重雷装艦であっても大井はそれなり以上に話の通じる性格だ。
「そうですね。潮、大井姉様に会いに行ってきます!!」
羊羹の最後の一切れを放り込み、鳳翔の淹れてくれた茶を飲み干して潮は部屋を出ていった。
「……気弱なようでいてなかなかゴリ押し系だよな、潮は」
「あら~私はそういう娘も好みよ~♪」
妙に色めき立つ妹をジト目で見やりつつ、天龍は潮の出ていった後を見つめていた。
穏やかな日差しが降り注ぐ午後。潮は運よく出撃から帰ってきた大井を発見した。
「え、北上さん? そうね、確かに仲は良いわね。同じ重雷装艦だもの」
「そのっ! 同じ水雷戦隊として、どうしたら北上姉様と仲良くできるでしょうか?」
「そうねぇ……」
自分以外の娘と仲良くされたくないという本音はさておき、このままでは任務に差し障る。
ここはどうにかせねばなるまいとしばし思案した結果、大井はそっとある事を潮に耳打ちしたのだった。
――某月某日
「北上姉様!」
「あ、駆逐艦……って、なにしてんのさ?」
港に戻った北上を出迎えたのは、潮の大声だった。
なにごとかと胡乱な瞳を向けてみると、そこには大変発育のよろしい胸を逸らした潮がいる。
「……なにさ?」
頭の奥で警報が微かに鳴るのを自覚しつつ、北上は問いかける。
「私、北上姉様と仲良くなりにきました」
「あ、そう。私は大井っちがいればそれでいいから……って、ええ!?」
いつも通りの受け答えでその場を去ろうとすると、いきなり潮が背中から抱きついた。
「行かないでください北上姉様!」
「ちょ、やめ……発射管はぁっ!!」
そのまま揉みあうこと数十秒。ようやく落ち着いた二人は、黙ったまま向かい合う形になった。
「北上姉様は、潮の事が嫌いですか……?」
「うっ……」
分かっている。自分が少々愛想に欠けることくらいわかっている。
しかしだ。これはあんまりに卑怯である。目を潤ませて上目づかいに見上げてくるなど、これではこちらが完全に悪者だ。
「い、いやそんなことないけどさ。あたしは別に嫌いなわけじゃ――」
確かにうっとおしく思う時がないわけではないが、だからと言ってそこまでの事はない……ような気もする。そう言いかけた北上だったが……
「よかった! じゃあ北上姉様は潮の事が好きなんですね!?」
「はい……?」
しかし何を勘違いしたのか、北上の真意は伝わらなかったらしい。
潮はそのまま北上を押し倒すと、そのままニコニコ顔で抱き着いてくる。
「大井姉様に聞きました。北上さんは恥ずかしがり屋だけど、体と体のスキンシップで仲良くなれるって!」
「え゛?」
なにか致命的な勘違いをしている潮を引き剥がそうとしているちょうどそこへ、物音を聞きつけた他の艦娘がやって来てしまう。
「お、お前ら……」
「あらあら~まだ夜戦には早いわよ~?」
「ち、違う! 違うんだよー!!」
言い訳するも既に遅い。これは間違いなく鎮守府の噂になるだろう。
(ああ、やっぱり駆逐艦はウザいなぁ……)
しかしそんなウザさもたまにはいいかな、と思う北上なのであった。