ドッグォォオオオオオオオオオン!!!
「グエェェェェェェ!」
チリペッパーが吹き飛び、その体が四散する。すでにエネルギーがつき、人型形態を維持できないのだ。
そしてそのまま小さな粒子となり、パリッっと小さく放電し、その姿を消した。
「……」
音石はそのまま立ち尽くしている。だがその様子は、どこかおかしい。
自慢のロングヘアーはいつのまにか真っ白に染まり、目の焦点は定まらない。
口からは泡を吹いており、ぶつぶつと何かうわごとをつぶやいている。
どうやら命は助かったようである。
だがもう、その見た目と様子から分かるように、再起はできないだろう。
彼が孝一たちの目の前に立つことは、二度とない。
「ハァーッ、ハッーッ、ハァーッ……」
終わった……
そう思ったとたん、孝一の体から力が抜ける。
体を支えていた足が、ガクッと崩れる。
ガシッ
崩れ落ちそうになる孝一の体を、駆け寄ってきた御坂美琴と白井黒子が両側から支える。
「す、すみません……御坂さん……ボロボロですね」
「何言っていんの、君のほうがひどいわよ、とりあえず、今はしゃべんないほうがいい」
そういって孝一に口を閉じるよう促す。
今は少しでも体力を使わないほうがいい。
そう判断した美琴の優しさだ。
それに孝一は甘えることにする。
「そ、それじゃ……すこし、や…す…ま……」
最後までしゃべることなく孝一の意識は深い闇へと沈んでいく。
そして
「……」
孝一の意識は完全になくなった。
その孝一の寝顔を、美琴は見る。純粋に、かわいいと思った。
もし弟がいたのなら、こんな感じなのだろうか。そんなことをふと、美琴は思った。
辺りからはサイレンの音がする。おそらく先ほど連絡したアンチスキルがやってきたのだ。
「おーい。コーイチくーん」
「御坂さーん。白井さーん。無事ですかー」
白井たちから安全だと連絡を受けた佐天涙子と初春飾利がやってくる。
だが、負傷し、意識を失っている孝一を見るや、
早く病院に連絡を!と叫んだり、孝一君!しっかりっ!とベチベチ頬を叩いたりと
静かだった空間が、いきなり騒がしくなる。
そんな二人を、美琴達は意識を失っているだけだから大丈夫。となだめるしかなかった。
三階ラウンジに突入したアンチスキルが茫然自失状態の音石アキラを確保する。
それを遠巻きに見つめる美琴達。
すべてが終わった。
悪夢のようなジャッジメント支部襲撃事件も、現金強奪事件も。
二度とおきることはない。
一連の事件は、この瞬間、終わりを告げたのだ。
こうして、世間を賑わせていた"R"事件はその幕を閉じた。
★
「……」
陽のまぶしさから孝一が目を開けると、そこは見知らぬ天井だった。
だがこの天井には見覚えがある。そしてこの独特の薬品の匂いも…
どうやら孝一は、数日前に入院していた病院に再び担ぎ込まれたようである。
時刻は日の高さから考えて、昼ごろだろうか。
とりあえず喉が渇いていた孝一は、テーブルにある水の入った水差しに手を伸ばす。
「やあ、起きたのかい?」
するとそれを察したのか、誰かの手が水差しをとり、孝一の口に含ませる。
この声は女性だ。一体誰だろう。そう思い孝一はその手の主を見る。
そしてむせた。
「ブホッ!」
上半身下着姿の女性が、そこにいた。
「ああ、すまない、こういう介助方法は実は見よう見まねでね。
今初めてやったんだが、結構難しいんだな」
などと、自分の姿など意にも介さずに孝一に話しかける。
「いや…いや…」
孝一は口をパクパクさせて、ベッドから起き上がり、後ろに下がろうとする。
「おい、どうした?どこか痛むのか?必要ならアスピリンを処方するが…」
そういって立ち上がり、逃げようとする孝一の両肩を、女性はつかむ。その形は見るものからすれば、
完全に女性が孝一を押し倒す形となっている。そして運の悪いことに…
「失礼しまーす。先生、孝一君の容態…は…」
佐天涙子が二人の状態を見て、硬直した。
★
「孝一くん、サイテー。お見舞いに来て損したー」
そういって口元を膨らませ、プンプンと怒っている佐天さん。
「だから違うんだって。目が覚めたらあの人が…その…下着姿で…」
そういって最後のほうはゴニョゴニョと聞こえなくなる。
この広瀬孝一という少年は下(シモ)の話にめっぽう弱い。
学校でも男子生徒が話すその手の会話に参加できず、一人顔を赤くするほど耐性がない。
彼は思いのほか純情少年であった。
その原因とも言える女性は、もういない。
彼女は二人に挨拶をすると、そそくさとその場を立ち去った。
彼女の名前は木山春生といい、大脳生理学という、難しい分野を研究している先生とのことだ。
知り合いの医師の好意で、この病院で入院している子供達に定期的に会いに来ているらしい。
(その先生が、なぜ僕の病室に来たのだろう?)
孝一はそう疑問に思っていたが、いまだに口を尖らせている佐天さんをなだめるうちに、
いつの間にか忘れてしまった。
★
「では、広瀬さんの件、よろしくお願いいたします」
「私の専門は大脳生理学だよ、正直お門違いなのだが…」
誰もいない病室の一角で、白井黒子と木山春生は孝一のことについて話し合っていた。
その木山の手には、先ほど孝一から採取した、血液入りの試験管が握られている。
「それでも、先生に頼みたいのです。」
この件についてはあまり表沙汰にしたくない。会話からその意図がありありと見て取れる。
「…わかったよ。君達には借りもあるしな…それにしても、彼は何者なんだい?
正直、普通の少年にしか見えないのだが…」
「そう、普通なんですわ…問題は、その能力のほう…」
これから起こり得るであろう事態を想定し、白井の表情は険しくなった。
★
ここは…どこだ…病院か…?
オレは…たしか…孝一のヤツに敗北して…
それから、どうなったんだ?…よく、思い出せない…
「お目覚めかな、音石アキラ君?いや、世間を賑わしていた怪人"R"と呼べばいいのかな?」
…だれだ?お前は?…
見ると病室には男がいる。その表情はとてもにこやかで、さわやかな好青年といった風である。
場違いだと思ったのが彼の着ている服である。病室に、ビジネススーツはあまりに不釣合いだ。
「君の能力はとても興味深いね。電気と同化することが出来る能力。そして君の体から現れる
見えない像(ビジョン)のようなもの。正直、君は、君が思っているよりも遥かに希少価値が高い存在だ。
各組織が君を手に入れるために、どれだけ血眼になっていたか、分かるかい?」
そういって音石を覗き込むビジネススーツの男。
その顔はにこやかな表情をいつまでも崩さない。
その内音石はこの男が本当に人間かどうか怪しくなり、しだいに不気味に感じ出した。
「そんな君を、私たちは一番乗りで手に入れることが出来た。やっぱり情報は大事だね。
常に根を張り地道な調査。これが一番だよ」
ガラガラガラガラ
白い手術服とマスクをした男達が、様々な機械や手術道具をキャスターに乗せ現れる。
中には電ノコやグラインダーなど、本当に手術に使うのか怪しいものも含まれている。
「私達は君のことが知りたい。君の脳内で、どのような現象が起こっているのか。
一般人と比較して、どう違いがあるのか?細胞や血管、骨や筋肉にいたるまで、全て知りたい」
ブゥゥゥゥゥゥン
なにやら機械の作動音がする
いやだ!助けてくれ!死にたくない!
そう声にしようとするが、出せない。
「ああ、悪いが声帯は切り取らせてもらったよ。手術中に絶叫を上げられると集中できなくなるからね。
ちなみに、意識は残した状態のまま執り行うが、かまわないよね?大丈夫、死にはしない。
君が死ぬのは、私たちが君の全データを取り終わってからだ。
あと、能力で逃げることは不可能だよ?この部屋は電気を通さない絶縁体で出来ている」
男がにこやかにそう宣言する。
…これは、悪夢か?どうしてこんなことになった?ただ、俺は人と違う能力を得て、
自由気ままに生きてみたかっただけなんだ…
やめろ!くるな!やめてくれ!!
そう思っても、声は聞こえない。
誰も助けに来ない。助からない。
ビジネススーツの男は、用が済んだとばかりににこやかに退室する。
そして実験と称した手術が始まった……
★
カタカタカタカタッ
白井黒子は今回の"R"事件についての報告書を作成していた。
しかしその報告書の内容は八割方が本当で、後の二割は多少の捏造が加えられていた。
その二割の方は広瀬孝一に関する記述である。
白井は、広瀬孝一はあくまで事件に巻き込まれた被害者であると、そう捏造したのだ。
「…ふう」
報告書を作成し終え、白井は広瀬孝一とエコーズと呼ばれる能力について考えをめぐらす。
エコーズとは何なのか。どこから来て、何をもたらそうというのか?
現在この不思議な能力を確認できているのは、広瀬孝一と音石アキラの二名のみ。
しかし、この学園都市で二名ということは、潜在的にはもっと多くの、能力者がいるのではないだろうか?
もし彼、彼女たちがその能力を犯罪に使用したら?
白井が恐れるのはそこである。この能力は、一般の人間には認識することが出来ない。
つまり、学園都市のどんな高レベルの能力者でも、太刀打ちできない可能性があるのだ。
そして白井はもう一つのことも懸念していた。
この能力は学園都市だけなのだろうか?
ひょっとすると、日本中、いや世界中に同能力者はいるのではないだろうか。
この現象の意味する所はなにか?
「……」
やめよう。いくら考えても所詮素人の自分には答えなんかでない。
下手の考え休むに似たりだ。
そう思い思考を中断する。
「白井さん。差し入れですよー」
難しい顔で考えている白井に気を使ってか、初春飾利がコーヒーを持って現れた。
「ありがとう。いただきますわ」
そういってコーヒーを受け取る白井。
一口啜り、フウッとため息をつく。
そしてこう考えを改める。
(不必要に、神経質になるのはもう、やめにしますわ。
私達はいつもどおり、今出来ることを少しずつやっていくしかないんですから)
そう思い、コーヒーをもう一口啜った。
★
子供の頃、ヒーローに憧れた。
弱きを助け、悪を倒す、完全無欠のヒーロー。
だけどヒーローの日常は常に大変だ。いつ何時誰かに襲われるか分からないし。
時には大怪我をすることだってある。どこかに出歩くだけで、トラブルに巻き込まれたりもする。
ヒーローは大変だ。彼らと同じように、力を得た今なら分かる…
だから守り抜いた平和な日常がこんなにも輝いて見えるんだ…
久しぶりの登校だ。広瀬孝一は学校に行く道すがら、少し緊張していた。
あれから一週間いや、"R"事件から計算すると二週間以上、孝一は学校に通っていないことになる。
孝一は少し不安になっていた。みんな自分のことを忘れてやしないかと。
だが
「おっはよ~!コーイチ君」
突然表れた元気な声が、孝一の肩を叩く。
クラスのムードメーカー佐天涙子だ。
「おはようございます。孝一さん」
おくれて初春飾利も孝一に対し挨拶する。
「おはよう二人とも、昨日はプリントありがとう。後これ授業のノート。
おかげで助かったよ」
そういってかばんの中から、初春と佐天が授業中に書き写したノートを返却する。
「なんのなんの、コーイチ君には命を助けてもらったからねー。これくらい朝飯前だよ。
なんなら初春のパンツもつけようか?」
「パ…パン…」
「なななななッ、朝っぱらからなんてことを言うんですか~!
つけませんよ?パンツなんて絶対!」
「き、聞こえてる!初春さん!そんな大声出しちゃ、周りに聞こえる!」
「あはははっ、冗談だよ、ジョーダン♪」
「オッス。広瀬」
「怪我したんだっけ?元気だったかー?」
「もし分からない所とかあればいって?ノートかしてあげるから?」
孝一を見かけたクラスメイト達が次々と声を掛けてくれる。
心がスッと軽くなる。そして改めて思う。
自分を受け入れてくれる人がたちがいるだけで、世界はこんな簡単にかわるんだと。
「ゲ!ヤバイ!このままじゃ遅刻するかも!」
「ちょっと歩く速度、遅すぎたかもですね~」
「それじゃ、走ろう!」
三人が、走る。
一日が始まる。何気ない、当たり前の一日が。
だけど孝一はもう知った。当たり前の日常だからこそ。かけがえのないものなんだと。
「いっけぇ~!」
そういって三人は勢いよく、校門の中に足を踏み入れていった。
最初にこの作品を書き始めたときは、自分のモチベーションが続くかどうか、とても不安でした。
これまで小説というものを、ましてやネット上に投降するなんて初めての経験でしたから。
でも皆さんの暖かいコメントのおかげで、何とか完結させることが出来ました。
今はやり遂げた感で一杯です。みなさん、どうもありがとうございました。
引き続き第二部も頑張りたいです。