opening
「う……!?」
閉じるまぶたの上から強烈な光を感じた彼は、思わず右手で視界をさえぎり顔の向きを逸らす。
「ここ……は?」
意識が次第にクリアになり覚醒した彼は、上体を起き上がらせ、周囲を窺う。
「……」
白いコンクリートの壁が四方を取り囲んでいた。上には蛍光灯のジジジという人工的で耳障りな音が聞こえる。出口らしいところは……
彼はそこで自分が何らかの機械の中で眠らされていたことに気がつく。
卵形の人一人分が入れる容器の中。容器には良く分からない機械や、デジタルパネルの表記がされている。
そのパネルには「open」とだけ記されていた。
そう。この卵形のふたは当初閉まっていた。それが、彼の覚醒によりふたが開かれたのだ。一体何故!? 誰が、何の目的で!?
「あ……!?」
彼はそこではたと気がつく。自分が納められていたのと同じ容器が、計八つ。彼の横にずらりと並べられていたのだ。覚醒時にはまだ意識が薄らぼんやりだったので、完全に意識の範疇外だった。だが何なんだ、一体これは!?
彼は恐る恐る容器から降りると、自分の隣の機械を覗き込む。この容器の中に自分が入っていたという事は、これらの八つの機械の中にも人が入っている可能性が高い。現状を確かめる意味でも、確認しておいたほうがいい。そう思い、容器に収められているはずであろう人物の人となりを確認する。
「うっ!?」
彼はそこでひどい頭痛に襲われた。その容器に収められている人物を、彼は知っている。それはいつも彼のそばで、彼と一緒に行動を共にしていた……
「ぐっ……うううう……」
頭痛がひどい。これ以上は思い出そうとすると、こちらの頭がはじけ飛びそうだ。だけど確かに知っている。自分は、この容器に納められている少女を知っている。名前は、たしか……
名前……?
そこで気がつく。
「ぼくの……ぼくの、名前は。なんだっけ? 思い出せない……」
彼は自身に関する、すべての記憶を喪失していた。
■
「……ここ、は……?」
覚醒した意識の中で彼女が目にしたものは、人工的な光で周囲を照らす蛍光灯だった。その無機質な光はどことなく不気味な感じがして彼女は思わず目を逸らし、その後体を起こす。一体ここはどこなんだろう? あたしは一体なんで、こんな知らない場所に? 記憶が思い出せない。思い出そうとすると頭がひどく痛む。彼女は両手で顔を覆い、しばらくたっても頭から何の記憶の欠片も出てこないことを理解すると、現状を確認するために自身が眠っていた機械から降りる。
「やあ」
その時彼女に声をかけるものがいた。思わず声のした方向へ顔を向ける。ひょっとしたら、この人はあたしのことを知っているんじゃないか。そんな淡い期待をこめ、その人物を探す。だがその期待はものの見事に外れる。
「いきなりの質問で悪いけど、君は僕の事を知らないかな? 何故か、君の事を知っている気がするんだけど、思い出せなくて……」
「……あなた、誰なんです?」
まったく見覚えのない少年が自分に声をかけてきた。少年は困ったような顔をして自分を見つめている。どことなく頼りなさそうな、人が良さそうな顔つきの少年だった。
「それが、僕にも分からないから君にこうして話しかけているんだよ。どうやら、僕は君の事を知っているらしい。でもその記憶がない」
「たちの悪いナンパってわけでもなさそうですね」
「そ、そんな!? ナンパだなんて、考えたこともなかったよ!?」
少年は顔を真っ赤にして少女に抗議する。その動作や必死そうな表情がどこかおかしくなり、少女はくすりと笑みをもらす。そして確信した。この少年は嘘を言っていない。それどころか自分と同じ境遇なんだと。
「ごめんごめん。からかうつもりはなかったんだけど、ね。とりあえずここから出ることを一緒に考えましょう?」
とたんに親近感が湧き、口調も少し砕けた感じになる。同じ境遇の人物いるという事実が、彼女の不安を和らげているのだろう。少しずつ体に活力がみなぎり、思考もクリアになっていく。
ふと、そこで。
奇妙な一団が目に留まった。
「……こども? なんで?」
思わず彼女は驚きの言葉を口に出してしまう。
彼女の視線の先。四方を白いコンクリート壁に囲まれた一角に、7人くらいの少年少女がたむろしていたからだ。
彼、ないし彼女達は入院中の患者が着ているような服を着込み、それぞれが壁に寄りかかったり談笑したりしている。歳は自分たちより若い。……と、思う。
なにしろ自分の顔や名前すら分からない現状だ。自分が彼らと同い年ではないという保証はどこにもない。
だが10歳程度の外見をしている彼らを見ると、自分がそれと同様の歳を重ねているとはどうしても思えなかった。
「順番的に言うと君が最後だ。僕が一番最初に目が覚めて、その後あの子達が目を覚ましたんだ。でも、彼らは僕たちと同じ立場というわけではないらしい」
「それってどういうこと?」
彼は苦笑いを浮かべて、彼女に説明する。
「僕はあの機械から出てきた彼らにすべて声をかけたんだ。ここはどこか知ってる? 君たちも記憶がないのかい? ってね。結局、誰も質問には答えてくれなかった。みんな無視するか、嘲笑の笑みを浮かべるだけだったよ」
彼は苦笑いをやめ、諦めにも似た表情を浮かべ説明を終える。そしてがくっと大きく肩を落とす。完全に八方塞といった感じだった。
「彼らは何かを知っている。けどそれを僕たちに教えるつもりはさらさらないらしい。それが単純な悪意なのか、それとも……」
「それとも、なによ?」
「いや、ただなんとなく怖いことを考えてしまって」
そういって彼は口ごもる。しかしそんなもったいぶった言い方をされれば、気になって仕方がない。案の定、彼女は少しいらだった口調で彼に続きを話すよう促す。
「……僕たちが拉致・監禁されたって言うのは間違いない事実だと思う。目が覚めたらいきなりこんな場所に連れて来られたんだ。そう思わないほうがどうかしている。だけどそうなると疑問に思うことがある。犯人は一体どんな奴らなんだろう?」
「どんなって……。単独じゃこんな犯行できっこないし、複数なんじゃないの?」
「複数にも色々あるよ。4人? 10人? それとももっとたくさん?」
「わかんないよ。君が何を言いたいのか」
ついに彼女が音を上げ、彼に答えあわせを求める。
「つまりさ……。あの子達が僕の質問を無視したのは、言えないから。正確に言うと『答える権限を与えられていないからなんじゃないか』って思ったんだ」
「なにそれ。じゃあ、あの子たちも犯人側の人間って事? 何の為に? 何で一緒の部屋に寝かされてた訳?」
「それはわかんないけど。……例えば、僕たちを監視するため、とか?」
彼も自分の推理に矛盾が生じていることがわかったのだろう。彼女の詰問にしどろもどろになりながらかろうじてそう答える。よく見ると目があらぬ方向へ泳いでいる。
……はあ 埒が明かない。
こんな不毛な議論なんて時間の無駄だわ。
彼女はため息一つつくと視線を子供たちへと向ける。
さっきは気がつかなかったが、あの一角にドアらしきものが見える。おそらく彼らは待っているのだ。外からドアを開けてくれる人間を。
「……確かにただの推論、当てずっぽうな所があるのは認めるさ。でも方向性はあっていると思う。犯人はおそらく何らかの大規模な組織で……」
彼がまだ何かまくし立てているけれど、そんな不毛な議論はもううんざりだ。あそこに、答えを知っているであろう人間がいるんだ。なら、直接聞いて確かめればいい。
「あ、おい!?」
彼女は彼の制止しようとする手を振り払うと、彼らのもとまで歩み寄る。
「聞きたいことがあるの」
「あん?」
「あたしたち、ここで目覚める以前の記憶がないの。目が覚めたらこんな四角い部屋にいた。名前も顔も思い出せない。あなたたち、何か知ってる? 何が起こっているの? 知っているんなら、どうか教えて頂戴」
彼女は強気の姿勢を崩さず、子供たちの一人に質問する。彼らが怖くないといえば嘘になる。だけど、それ以上に何も知らない、何も分からないこの現状に彼女は耐えられなかった。
彼女が質問した少年は、いきなりの来訪者に若干苛立ちの声をぶつける。
年齢は自分より若い、はずだ。おそらく12歳くらい。顔立ちは本当に歳相応の幼さがにじみ出ている。しかしその口から発せられた言葉は、嘲笑だった。
「ぷっ、くっくっくっ……」
「な、なにがおかしいのよ!? あたしは本気で……」
「いやあ、スマンスマン。今回はそういう趣向なんやなって、思うただけやわ」
関西弁を使う少年はそういうと、心底おかしそうに彼女を笑う。
「なにを、いって……」
「ルイコのねーちゃん。そんで後のコーイチのにーちゃん。やっとまともに話せて嬉しいわぁ。短い間やけど。ま、せいぜいよろしゅうな」
少年は手をひらひらとさせ、二人に挨拶する。
「ルイ、コ? それが、あたしの名前?」
ルイコ。
自分のことを少年はそう呼んだ。それが、あたしの、名前?
そして自分の後にいる彼の名前は、コーイチ。
その名前、知っている。いや、知っていた。
どこかで……
いつ……
「っ」
鈍い激痛が脳内に走り、思わず頭を抑える。
だめだ。これ以上考えられない。
それは後のコーイチも同じだったようだ。ルイコが後を向くと彼も自分と同様、こめかみ辺りを押さえている。
「リク。余計な情報。与えるのは駄目」
「ええやんシロ。名前くらい。それにどうせもうじきいなく人達やし」
シロと呼ばれた白髪の少女が、リクをたしなめる。だが、そんな制止などリクはどこ吹く風だ。
一方のルイコはリクたちの会話など耳に入っていなかった。
それ位頭に響く頭痛は酷く、動揺していたのだ。
あたし……
あたしはなんで、こんな所に……
頭の中でその疑問の言葉だけがグルグルと反芻する。
しかしその彼女の問いに答えてくれるものは、誰もいなかった。
「佐伯さん怒る。いいの?」
「う。……わかった。黙る。だからチクらんといてな」
シロが「佐伯」という人物の名前を出すと、とたんにリクはおとなしくなる。
(佐伯……?)
彼らのボスの名前だろうか。
ルイコはその名前を聞いて何か引っかかるのを感じたが、再び頭痛がぶり返してきそうだったので考えるのをやめた。
その時だった。
ピピッと言う電子音と共に、閉ざされていたはずの扉が開かれた。
それはつまり。
自分たちを閉じ込めたであろう人物かその仲間が、目の前に現れるということ。
不意に訪れた来訪者に、ルイコは緊張で一瞬身をこわばられた。
「へ?」
しかしそれも一瞬だった。
あまりにも似つかわしくない人物が扉から姿を現したからだ。
「全員。目覚めているのね。yeah。これから
その人物はその部屋にいるルイコ達全員を見渡すと。事務的にそう告げる。
「いやいやいやいや……」
あまりの突然のことにルイコが思わず待ったをかける。
いくらなんでも、おかしすぎるでしょ。
この現状にもだいぶなれ、ある程度の事には驚かない自信はあったルイコだが、その人物の容姿には驚きと突っ込みを入れざるを得なかった。
中から出てきた人物。
ウエーブのかかった髪でどこかジト目の研究服を来た女。そこまではいい。
問題はその容姿だ。
その背丈はルイコの半分にも満たない。そしてその外見はリクたちよりも幼い。
ルイコの見間違えではなければ実年齢6歳くらいの少女(幼女)が、白衣を着てルイコ達に指図していることになる。
だからルイコは思わず。本当に心のかなで湧き上がった感情を口に出してしまう。
「子供じゃん!?」
その言葉を聞いた少女は、意外な俊敏さでルイコに近づくと彼女のかかとを思いっきり蹴り上げる。
「ぎゃ!?」
痛みで思わず屈んだ瞬間ルイコが見たのは、驚くほどの跳躍力で自分に回し蹴りを食らわせる少女の姿だった。
「きゃん」
後頭部に鈍い衝撃を受け、そのままルイコは地面に突っ伏した。
「口の利き方に気をつけなさい。……
そういって乱れた髪を掻き分ける布束の言葉を、ルイコはまったく聞いていなかった。
「きゅー」
……今日はきっと厄日ね。
目が覚めたら知らないところに監禁されていて、知らない子供がたくさんいて。
おまけに知らない子供にローリングソバットを食らうなんて。
人生最大の厄日……
願わくば。
目が覚めてとき、これがすべて夢でありますように。
ルイコは薄れゆく意識の中でそう祈るのであった。
間が空いてしまい申し訳ありません。
仕事が忙しくてあまり執筆に時間がとられませんでした。
これから少しずつでも更新できたらいいな。