広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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 残された後に

3 FREEZE(スリー・ フリーズ)!!」

 

 act3の放った拳が竜一のスタンドに向って伸びる。

 あの剣山のような球体に触れたならば、act3もただではすまないだろう。

 覚悟をきめなければならない。

 最低限のダメージで、敵のスタンドの動きを封じる。

 それはイコール、本体の竜一の動きを封じることに繋がるのだから。

 

 act3の拳がスタンドに接触するまで後、数mもない。

 だが、そこで予想外の事が起こった。

 

「!?」

 

 孝一は息を呑む。

 スタンドの形状が、まるで伸びた餅の様に変化し、act3の拳を(かわ)したのだ。

 そしてそのまま、act3のわき腹へ突き刺さる。

 

「ぐはっ!?」

 

「孝一君っ!?」

 

 わき腹に発生した激痛に、孝一の顔が歪む。その異変を感じ取り、涙子がそばへと駆け寄る。

 だが――

 

「・・・・・・だめだ・・・・・・。来るんじゃない。巻き添えを食うぞ・・・・・・」

 

「でもっ」

 

 孝一は左手で涙子を押しのけ、庇うようにして前に出る。

 

「・・・・・・あたしは。お荷物なんかじゃない」

 

 涙子は無理やり孝一の隣に立ち、右手をかざす。その手にあるのは、シャーペンだ。

 

「佐天さんっ!?」孝一は驚きの表情で涙子を見る。

 

「あたしも、戦う。もう、誰かの足枷なんかにはならない。二人でかかれば、あいつを倒す事が出来るかもしれない」

 

「あっはっはっはっ。おい、ずいぶんと勇ましいお嬢ちゃんだなぁ? それで? その手にしたシャーペンで、何をしてくれるってんだぁ」

 

 竜一はさもおかしそうに笑い、涙子を馬鹿にした表情で見据える。

 

「・・・・・・馬鹿にしないでよ。空力使い(エアロハンド)。その気になれば、あんたの目を潰すくらい、簡単に出来るんだからっ」

 

 本当は、まだ木の葉を飛ばす程度の力しかないのだが、威嚇の効果も込めて、目標の竜一に狙いを定める。

 

「馬鹿な!? なんでっ」

 

 孝一は涙子の行動が理解できず、思わず怒鳴ってしまう。

 

「・・・・・・・・・」

 

 涙子はその言葉を無視したように、正面を向き、狙いを定めたまま動かない。

 やがてポツリと、孝一に聞こえない位小さな小声で口を開く。

 

「少しくらい、かっこつけさせてよ・・・・・・。あたしだって・・・・・・(好きな人くらい)守りたいし・・・・・・」

 

「・・・・・・え?」

 

 途中の言葉が良く聞こえなかった。

 

 

 

「――そこまでにしたまえ」

 

「!?」

 

 その時、二階の階段から声が聞こえた。この高圧的な、人を見下したようなしゃべり方は・・・・・・

 

「双葉ぁ!!」

 

 声のする方を向き、孝一は怒りのこもった声で、思い切り叫んだ。

 

「やあ、孝一君。ずいぶんと苦戦しているみたいだね。やっぱり佐天涙子がいると、全力で戦えないのかな?」

 

「きゃ!?」

 

「なにっ?」

 

 涙子の小さな悲鳴が聞こえ、孝一は慌てて隣を見る。だが、その場所にいたはずの涙子がいない。

 

「え?」

 

「――任務完了。佐天涙子を捕獲しました」

 

 涙子はいた。孝一の上空。天井の辺りを浮かんでいる。

 

「そんな・・・・・・なんで・・・・・・」

 

 孝一の見上げた先。そこには涙子の体を拘束しているエルと、大量の黒ねずみがいた。

 黒ねずみ達は背中から羽を羽ばたかせ浮遊しており、エル達はその上に乗っている。

 

「孝一君が驚くのも無理はない。一つネタ晴らしをしてあげよう。――おい」

 

 双葉は後ろの誰かに声を掛ける。すっと、現れたのは初春飾利だった。

 孝一は思わず「初春さんっ!?」と声をあげてしまうが、当の初春は顔色一つ変えず、ロープで後ろ手を縛った男子生徒を、双葉の前に連れてくる。

 

「ご苦労。・・・・・・さて、ボクの能力『ザ・ダムド』。記憶を奪う影のスタンドな訳だが、実はもう一つの能力も持っている」

 

 双葉は『ザ・ダムド』を出現させ、その触手で男子生徒を切り裂く。

 

「!!」

 

 男子生徒の体内から、大量のシャボン玉が飛び散る。

 

「さて、ここからが本題だ。孝一君。彼の傷口を見てごらん?」

 

 双葉の指し示す箇所を孝一は見る。スタンドに切られた箇所が少しずつ塞がっていくのが分かった。

 

「そう。『ザ・ダムド』に切りつけられた箇所は、すぐに塞がる。――その前にっ!」

 

 『ザ・ダムド』の黒い触手。その先端部分が、丸い球体となり膨らんでいる。そしてそれを塞がる前の傷口に埋め込む。

 

「がっ!?」

 

 男子生徒はビクッと体を振るわせ、一瞬項垂れるが、すぐに立ち上がる。しかしその表情はどこかおかしい。まるで意思を持たない人形のようだ。

 

「記憶を奪った空っぽの心。『ザ・ダムド』はその心に偽りの記憶を植えつける事が出来るのさ」

 

 双葉が「こんな風にね」といって指をぱちんと鳴らす。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 意思を持たない人形のような目をした生徒達が、双葉の背後からゾロゾロと姿を見せる。その顔ぶれは、すべて孝一のクラスメイト達だ。

 

「――お前はぁ!!」

 

「ふふっ。面白い趣向だろ? 」

 

 激高する孝一と涼しい表情の双葉。

 ふいに双葉の表情がにやりと歪む。

 

「もっとだ。もっと怒りの表情を浮かべたまえ。それはつまり、君がボクの事で頭が一杯になっているって証拠だろ? もっと、もっと、もっと、もっと・・・・・・。四六時中、ボクで頭の中を満たすんだ」

 

 その表情は、完全に正気を失っているように孝一には見えた。

 

「・・・・・・お前は、狂ってるっ」

 

「ふふ、ここで君と狂人と正常な人間の違いを論議するのも面白いかもしれないけど、それはまたの機会だ」

 

 双葉が上空に浮かぶエルに目配せをする。エルがそれを察知し、黒ねずみ達を双葉の元へ移動させる。

 その間にもクラスメイト達はゾロゾロと、階段を降り、孝一達の元へと向う。

 

「彼等には、君が肉親や親しい友人の敵だという記憶を植え付けてある。死ぬ気で逃げ回りたまえ。何なら殺しても構わない。・・・・・・大丈夫。孝一君なら、逃げ延びられるさ。ボクの認めた君なら、必ずね」

 

 黒ねずみ達が経羽音を強め、移動を開始する。

 

「嫌っ! 離してっ! 孝一君っ!!」

 

 涙子が必死に高速から逃れようとするが、双葉の支配下にあるエルは決してその拘束を緩めることはなかった。

 やがて、窓ガラスを割り、双葉達を乗せた黒ねずみが上空へと飛び立っていった。

 

「・・・・・・佐天さんっ!!」

 

 だが、その孝一の叫び声は、虚しく廊下に響き渡るだけであった。

 

 

「――ちくしょう・・・・・・」

 

 孝一の胸の奥に去来するのは、圧倒的な敗北感だけであった。

 

「――さて。話もすんだことだし。そろそろ戦闘続行といこうや」

 

 孝一達の様子を伺っていた竜一は、双葉達が去ると再びスタンドを出現させ、孝一に向って攻撃を再開し始める。

 高速で移動する液体金属は、傷心の孝一に向って真っ直ぐと突き進んでいく。

 

「!」

 

 意識を反対の方向へと向けていた孝一は、突然の攻撃にかろうじてact3を出現させ、防いだ。

 

「グッ!?」

 

 丸い球状のスタンドを、act3は両手で受け止める。

 

「それで終わりだと思うか?」竜一が笑う。

 

 その瞬間。

 スタンドからたくましい二本の腕が生え、握りこぶしを作ると、act3に向けて連続のパンチをお見舞いした。

 顔や胸部などを思いっきり殴りつけられ、act3は大きくのけぞる。

 

「ぐはっ!?」

 

 当の孝一も、頭部にまるで鉄アレイで殴りつけられたような衝撃を受け、体をぐらつかせる。

 

 このままではまずかった。

 正面には、敵のスタンド。

 後方には、自分を襲ってくるクラスメイト達。

 完全に挟まれた状況だ。

 

(それならっ・・・・・・)

 

 孝一はact3で窓ガラスを割り、外に飛び出す。

 

「逃がすかよっ!」

 

 竜一も瞬時に反応し、後を追う。

 

 だが、これでいいと孝一は思った。

 少なくとも、クラスメイト達を相手にしなくて済むからだ。

 

 

「――くらいなっ!」

 

「ちぃ!」

 

 校門前付近まで逃げだした後、ついに敵に追いつかれた。鋭い、一本の尖った氷柱の形体へと変化したスタンドが、孝一を襲う。

 

「act3!」

 

3 FREEZE(スリー・ フリーズ)!!」

 

 act3の拳で攻撃を食い止めようとする。だが、その拳はまたしても空を切る。

 

「まただっ!? また、形状が変化したっ!」

 

 攻撃はロープの様にひも状へと変化したスタンドによって華麗にかわされる。

 そしてその攻撃は真っ直ぐ孝一の元へと伸びていく。

 鋭く尖った先端が、孝一の喉元へと――

 

「オラァ!!!」

 

「え?」

 

 その瞬間。

 敵のスタンドが見えない何かに吹き飛ばされた。

 あまりに早くてそのようにしか見えなかった。

 やがてそれが、スタンドの繰り出した拳だと孝一が理解したのは、孝一の目の前に現れた男の体から、透けるように人型のスタンドの(ビジョン)が見えたからだ。

 

 逆立った頭髪。

 たくましい、古代の拳闘士のような肉体。

 そのスタンドが繰り出した拳が、孝一を救ったのだ。

 

「――やれやれ。悪い予感は当たっちまったか・・・・・・」

 

 そういった男は学帽を被り直し、敵と対峙する。

 

「あ、あなたは・・・・・・?」

 

 孝一は突然現れたこの男に困惑の表情を浮かべながら問いかける。

 

「名乗るほどのもんじゃねぇよ。この学校にいるらしい双葉って奴に、合いに来ただけなんだが・・・・・・」

 

「ふ、双葉っですって?」

 

 男・丞太郎は、真壁竜一と彼のスタンドをじろりと睨む。

 

「中学校にしちゃ、ちょいと場違いな野朗じゃあねえか。どうやら、あいつを締め上げりゃ、居所が分かりそうだな」

 

 そのまま、竜一の下まで歩を進めていく。

 

「危険だっ。敵は状況に応じて形状を変化させるスタンドなんだっ! 一対一じゃ・・・・・・」

 

 その時、孝一の背中を誰かがツンツンと叩いた。

 

「え?」

 

「――やっほー。こーいち君」

 

 振り向いた先にいたのは、双葉の姉。二ノ宮玉緒だった。

 

 

 

 

「――てめぇは、何もんだ」

 

 竜一が丞太郎にガンを飛ばし、威嚇する。

 

「・・・・・・・・・」だが、その質問に、丞太郎は答えない。あえて無視を決め込んでいる。

 

 晴天の中、柄の悪い男が2人。敵意を向き出しで対峙する。

 それを見守るのは、孝一と玉緒。

 互いに何もしゃべらず、沈黙だけがその空間を支配する。

 まるで西部劇の決闘のようだと、孝一は思った。

 やがて丞太郎がその沈黙を破る。

 

「女の場所まで案内しな。そうしたら、殴るのは許してやる。だが、抵抗するのなら・・・・・・」丞太郎はスタンドを出現させ握りこぶしを作る。筋肉隆々の丸太のような腕が、力を入れたことにより大きく膨れ上がる「――容赦はしねぇ。ボコボコに、完膚なきまでに叩きのめす」

 

「やってみろよこのボケがぁ!!」

 

 竜一のスタンドが鋭い突起物を全身に出現させ、丞太郎に向けて突進させる。

 

「オラァ!」

 

 丞太郎のスタンドが両手を出し、スタンドを取り押さえる。「ブシュ」とスタンドの突起物が両手に突き刺さり、本体である丞太郎の両手に鮮血を滴らせる。だが、傷の痛みを押し隠し、そのまま、力で強引に地面に叩きつけようとする。

 

「!!」

 

 敵のスタンドの形状がまた変化する。ぬるりと軟体状のアメーバに変化すると、丞太郎のスタンドと同様、二本のたくましい腕を出現させ、パンチの連打(ラッシュ)を叩きつける。

 その連打(ラッシュ)に、丞太郎は応戦する。

 

「オラオラオラオラオラッ!!!」

 

 スタンドの叫び声と共に、弾丸のような鋭い連打(ラッシュ)が2人の間に巻き起こる。その凄まじい速さの突きは、遠目から見る孝一にはまるで認識する事が出来なかった。スタンドの両腕が消えているかのような錯覚すら覚えた。

 やがて、この連打(ラッシュ)の勝利者が決まる。

 

「オラララァッ!!」

 

「ガァッ!?」

 

 勝利者は、丞太郎だった。丸太のような二の腕が繰り出すスタンドの連打(ラッシュ)は、竜一のスタンドの拳を破壊したのだ。周囲に砕かれたスタンドの体液が飛び散り、地面に吸い込まれていく。

 スタンドのダメージを受け、竜一が口から血を滴らせ、ガクッと膝を落とす。

 

「てめぇのスタンド・・・・・・。確かにスピードはかなりのものだが、俺と張り合うには若干パワー不足だったようだな。吐いてもらうぜ。女の居所をよぉ」

 

「ふざっけんなぁ!!」

 

 竜一は体を振るわせ、丞太郎を睨み付ける。それに呼応して竜一のスタンドが全身を鋭利な刃物と化し、丞太郎目掛け一直線に突っ込んでいく。タイミングはばっちり。丞太郎の腹部に直撃コースだ。もし相手が広瀬孝一だったなら、その超スピードに付いてこれず、スタンドごと彼を串刺しに出来たことだろう。

 竜一の唯一の誤算は、相手が丞太郎だったことだ。

 

「オラァッ!!」

 

「なぁ!?」

 

 丞太郎のスタンドが、その異常な動体視力で竜一のスタンドを止める。両の手で、鋭利な刃物と化したスタンドを受け止める。賊に言う真剣白刃取りという奴だ。

 

「捕まえたぜ。・・・・・・言っとくが、抵抗はしないほうがいいぜ。そうじゃなきゃ、お前は激しく後悔することになるぜ」

 

 その敗北宣言に、竜一は激怒し、激しく抵抗する。スタンドの形状を変化させ、うなぎの様に手の平から逃れようとする。

 

「ひゃはははっ! 馬鹿がっ! 誰がそんな戯言を聞くかよっ! 後悔だとぉ!? それをするのはお前だっ! この至近距離から、テメェを――」

 

 そういいかけて、竜一の地面に倒れこむ。

 突然後頭部に、鈍器で殴られたような衝撃を受けた為だ。

 

「――やれやれ。自分の事ってのは本当に見えにくいよな。もしくは自分の置かれている状況か・・・・・・。てめえの周囲を、ちゃんと確認してみな」

 

「な、・・・・・・に・・・・・・」

 

 竜一がフラフラとした足取りで何とか立ち上がる。

 そこには金属バットや角材を携えた男達が、竜一を取り囲んでいた。

 

「・・・・・・黒妻の舎弟達だぜ。こいつ等が、お前に気が付かれないように、物陰から忍び寄っていることに気が付かないとは・・・・・・。よほど頭に血が上っていたようだな」

 

「・・・・・・丞太郎さん。こいつ、やっちゃっていいんすよねぇ・・・・・・」

 

「俺ら舐めんなよコラ」

 

 男達がメンチを切り、竜一に迫る。

 

「こんな、こんなヤツラぁ・・・・・・。俺のスタンドで・・・・・・」そこまで言いかけて竜一は「あっ」と叫ぶ。

 

「おいおい忘れたのか? テメェのスタンドがどこにいるのか(・・・・・・)。その状況で、テメエはどうやって(・・・・・・)こいつ等の攻撃から身を守んだ?」

 

 竜一のスタンドは丞太郎のスタンドの手のひらで、いまだもがいている。つまり、今はまったくの無防備状態だ。

 

「歯ぁくいしばれやこらぁ!!」

 

「ひぃぃ!? ウギャアアアアア!!」

 

 男達がそれぞれの獲物で、竜一を殴りつける。頭部を殴り、腹をけり、急所を潰す。完全なリンチ状態だ。

 やがて、丞太郎の手の平でもがいていたスタンドが姿を歪ませ、完全に消滅する。

 

「・・・・・・・・・」

 

 竜一は男達にフクロにされ、ピクリとも動かない。

 髪は乱れ、白目を向き、口から血を流し・・・・・・・。完全に意識を失っている状態だった。

 

「――やれやれ。この状態でこいつから女の居所を聞き出すのは、ちと骨が折れそうだな」

 

 丞太郎は学帽を被りなおし、孝一達に視線を合わす。

 敵を倒したことで安堵した孝一と玉緒が、丞太郎の方へと向ってくるのが見える。

 

「・・・・・・・・・しかしこの短期間で、こうも複数のスタンド使いとめぐり合うとは・・・・・・」

 

 その現状に、丞太郎は奇妙な何かを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 


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