広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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ガナンシィ ―孝一編その⑥―

 ――これは!? 一体何があった!?

 

 ――おい。こっちにガキがいるぞ!

 

 孝一達が去った数十分後。

 騒ぎを聞きつけたマークの部下達が現場に駆けつける。

 周囲は惨憺たる状況だった。

 店内の衣類や小物が、まるで火炎放射器で焼かれた後の様に消し炭となり、ブスブスと煙をあげて、嫌なにおいを充満させている。

 そんな中に少年が一人。

 壁に寄りかかり、額から血を流した少年がいた。

 仲間の無線連絡による特徴と一致する。この子供が仲間を惨殺したのだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

 少年は虚ろな表情で虚空を見つめている。

 何か大きな衝撃が彼を襲ったらしいが、そんなことは男達には関係ない。

 男達は銃を構え、壁に背をつきもたれかかっているリクを取り囲む。

 

「よくも、仲間を殺してくれたな。もうテメェをただのガキだとは思わねぇ」

 

 中央にいた男が歩み寄り、リクの眉間に銃を突きつける。

 リクはそれでも反応しない。ただ、ブツブツと何かを呟いている。

 

「――なんだ? 何を言ってやがる?」

 

 男が耳を傾ける。

 

「――油断した、油断した、油断した・・・・・・。エフェクトを壊してしもうた・・・・・・。どないしよ、どないしよどないしよ・・・・・・」

 

 ブツブツ同じ単語を呟いている。そしておもむろに懐からナイフを取り出す。これは最初のナイフとは違う同一のナイフだ。唯一違う所といえば、柄の部分にある宝玉が赤から黄金色に変わったことだけだ。

 

「――エフェクト、起動」

 

 リクがその単語を発し終わるのと同時に、宝玉が怪しく輝きだす。

 

「!?」

 

 何かやばい。そう確信した男は、銃口の引き金をリクに向って引く。

 だが、弾は発射されなかった。

 それどころか、男の視界から持っていた拳銃が消えた。

 

「な、にぃ!?」一瞬、鈍い痛みが襲う。

 

 よく見ると、拳銃を持った自分の腕が、在らぬ方角へと捻じ曲がり、プランと垂れ下がっている。

 

「ぐあっ!?」

 

「ぐへっ!?」

 

「ごっ!!!」

 

 リクを取り囲んでいた周囲の男達が、1人、また1人と、見えない何者かに殴れらるように、弾かれ、宙を舞い、血反吐を撒き散らし悶絶する。そしてついに残っているのはリクに銃口を向けた男ただひとりとなった。

 

「な、なんだ!? おまえ、一体・・・・・・!?」

 

 折れ曲がった片腕をかばい、男は後ずさりをする。

 

「・・・・・・・・・」

 

 リクは男を見ているんだか分からない表情で見つめ、ナイフから発現したスタンドに命じる。

 それは、かつて孝一達と激戦を繰り広げた、音石アキラが本体の『レッド・ホット・チリペッパー』だった。

 

「・・・・・・・・・」

 

 チリペッパーは意思を持たない表情で男の体に触れると、力をほんの少しだけ加える。

 

「うがぁぁぁぁあ!?」

 

 電気のスパークによる放電現象が起き、男の体を駆け巡る。

 男はビクンビクンと激しく痙攣し、のた打ち回り、やがて黒煙と異臭を体内から発生させると、そのまま動かなくなった。

 

「・・・・・・ほんま、どないしよ。佐伯さんに、何て報告しよ・・・・・・」

 

 全てが終わったフロア内で、リクはブツブツとそれだけを繰り返し、その場を後にした。

 

 

 

 

 

「――ハァ。――ハァ。――ハァ」

 

 連続して発生する銃声が僕達の背後で聞こえてくる。あの形状からするとマシンガンだ。広いフロア内、おまけにこの暗闇だ。そう簡単に当たることはないだろうが、それでも、死への恐怖は消え去らない。

 僕達は移動を頻繁に繰り返し、逃げ惑っている。

 現在は、本棚の陰に、姿勢を低くして隠れている。

 廊下周辺は完全に男達に固められてしまっている。このままだと身動きが取れない。

 

 ――あの少年との戦闘の後、轟音を聞きつけた男達が次々と下の階段から昇ってきた。

 僕達は男達の姿を見るなり、急いでこのフロアに逃げ込んだ。

 そしてこの銃撃戦である。

 時計が無いため時間の感覚が分からないが、30分程、こうしてこの場所に足止めを食らっているんじゃないだろうか?

 周囲に本やCDなどが散乱している。

 たしか見取り図だと、ここは5階だ。

 下のフロアまで、あと半分もあるのか・・・・・・

 軽いめまいを覚える。

 

「孝一。このままだと埒が明かない。お前の能力で何とかならないのか?」

 

 サルディナさんが小声で僕に話しかける。

 もちろん僕もそれはわかっている。

 しかし、それはあまりにリスキーだ。

 

 僕のエコーズは多角的な戦闘には向いていない。

 基本的にエコーズは周囲に罠を張り、相手がそれに引っかかるのを待つという戦法を得意としている。そのためこうして広範囲から複数の人数で攻められると、とたんにその特性を封じられてしまうのだ。

 

 だけどサルディナさんの言うとおり、このままこうしていては埒が明かない。

 ――打って出るべきか?

 

「いたぞ! こっちだっ!」

 

 5mくらい先で男と目があう。

 仲間を呼ばれた!?

 瞬間、僕はact2を出現させ、男に殴りかかる。

 

「ぐはっ!?」

 

 シッポ文字で殴られた男はその場にうずくまる。

 

「――死ね」

 

 僕ははっとする。僕の背後で銃の引き金に手をかける音が聞こえたからだ。

 もう1人、男が背後から忍び寄っていたのだ。

 しまった。エコーズは5m先。今から戻しても間に合わない。

 

Caidil!!(眠れ)

 

 その時、サルディナさんが何かを叫ぶ声が聞こえた。

 そしてその数秒後、誰かが倒れる音。発砲音は聞こえなかった。

 僕は恐る恐る後ろを振り返る。

 

「これは!?」

 

 そこには意識を失い、昏睡する男の姿があった。

 男の額には、不思議な文字が書かれた鳥の羽根がくっついており、うっすらと紫色に発光している。

 

「私も見習いとはいえ魔術師の端くれ。相手を眠らせる魔術は心得ているつもりだ」

 

 これはサルディナさんがやったのか。今まで実感したことはなかったけど、これが、魔術。

 ・・・・・・まてよ。

 こいつを使えば、現状を打開できるんじゃないのか?

 

「ねぇ。サルディナさん。この魔術って、難しいものなんですか? 複数同時にって、出来ます?」

 

「まあ、所持しているアイテムが無くならない限り、何度でも使用は出来るが・・・・・・」サルディナさんがローブから複数の羽を取り出す。「なにか、考えたな? 私に出来ることなら協力するぞ」

 

「なに、作戦はいたってシンプルですよ。僕のエコーズだけなら勝率は低かったですけど、サルディナさんが加われば、それがぐっと跳ね上がりますよ――」

 

 

 

 

 

「いた! 12時の方角だ! 本棚の陰に隠れていやがった!」

 

 男の声と同時に銃声が轟く。

 その音に反応し、複数の男達が声のする方向へ向う。

 

「どこだ! ガキはいたのか!?」男の一人が叫ぶ。

 

 周囲を見渡す。

 薄暗い店内でガサゴソという、人の移動する声が聞こえる。

 孝一達2人の姿は見えない。また移動したのか。

 その時。

 

「捕らえたぞ! 捕まえた! こっちだ。早く来てくれ!」

 

 仲間が孝一達を捕らえたと声高々に宣言する。

 男達がにやりと笑う。

 ここまでコケにされたのだ。

 この落とし前はきっちりとその体と命で償ってもらおう。

 早足で声のするほうへと向う。

 

「こっちだ! 早く来てくれ!」

 

「わかった。そうせかすな」

 

 薄暗いが、『ビッグフェア・最終セール』と張り出しされた棚の奥から声がするようだ。

 そして男達は到着する。

 

「こっちだ! 早く来てくれ!」

 

「・・・・・・いない?」

 

 仲間の声はする。しかし、誰もいない。その姿を確認することは出来ない。

 なのに「こっちだ! 早く来てくれ!」という声は断続的に聞こえてくる。

 もし彼等がスタンドを見る事が出来たのなら、棚に貼り付けられている文字が発生源だと気が付いただろうが、普通の人間である彼等には土台不可能な話だ。

 ということは、幸一達の作戦は、この時既に成功していたといえる。

 

「一体何なんだ? この声はどこから・・・・・・」

 

 男達が緊張の糸を緩めたその瞬間、サルディナと孝一は物陰から躍り出した。

 

Caidil!!(眠れ)

 

 サルディナは男達に羽根を4枚同時に投げ、魔術を発動させる。

 額や胸に、魔術の刻印(ルーン)が刻まれた羽は紫色に輝き、張り付く。

 

「ぐっ」

 

「あぅ」

 

 男達はその場で昏倒した。

 

3 FREEZE!!(スリー・ フリーズ)

 

 act3の放った奥義が、残った男の体を地面に倒す。そして拳で顔面を殴りつける。

 

「がぁっ!!」

 

 男がビクリと痙攣し、動かなくなる。

 それは一瞬の事。

 そして騒音が収まった後、辺りは再び静寂に包まれた。

 

 

「やったな。孝一」サルディナが孝一の手をとり、互いの健闘を喜び合う。

 

「ええ。さっきやっつけた3人とあわせると、これで8人倒したことになります。恐らく、敵の数はもうそれ程多くはないはずです。後もう少し、同じ方法で片付けていきましょう」

 

 act1の能力で敵をおびき寄せ、油断した隙に攻撃するという孝一の作戦は成功した。

 孝一とサルディナは作戦の成功を喜び合うと、残った男達を狩るため再び移動を開始した。

 

 

 

 

「――ふう。これで全部片付いたな?」

 

「たぶん。このフロアには敵はもういないはずです」

 

 僕とサルディナさんで昏倒している敵を拘束する。

 彼等の所持している道具に手錠があったので、それを利用させてもらった。

 

 あれから――

 

 敵を誘い出し、サルディナさんの魔術で眠らせ、一人ひとり確実にその数を減らしていった。

 そして先程、めでたく、フロア内の敵全てを拘束することに成功したのである。

 

「オガムの羽根が足りてよかった」サルディナさんが僕に一本だけ残った羽根を見せる。

 

 敵は僕達を取り囲み、散策範囲を狭くしていくという戦法と取っていた。

 もし僕1人で敵を倒していったのなら。

 確かに1人2人は倒せるだろうが、その瞬間、本体である僕が無防備となり、敵に蜂の巣にされてしまっただろう。今回の作戦はサルディナさんがいたからこそ、成功したんだ。

 

「――み、みんな・・・・・・。みんなが・・・・・・」

 

 その時、フロア入り口から声がした。

 僕は驚き、その方向へ振り向く。

 そこには、巨漢の男がいた。

 この男に見覚えがある。

 会議室に閉じ込められていた時に、オールバックの男といた、デクと呼ばれたヤツだ。

 

「うぉぉおぉおおお!? みんなが! みんながぁ!!」

 

 デクは両目から大粒の涙を流し、狂ったように泣き叫ぶ。

 もしかして、僕達がこいつの仲間を殺したと思っているんじゃないだろうな?

 

「うぁあああああ!!」デクは絶叫しながら僕を睨みつける。

 

 まずい!

 こいつの能力は、発火能力!!(パイロキネシス) 確か、机を睨んだだけで、発火させる事が可能だった。だとしたら、こいつに見られるとヤバイ!

 

「逃げろっ! サルディナさん!!」

 

 僕達は急いで身を翻して、デクの視界に入らないよう、本棚の影に身を隠す。

「ボンッ!!」という爆発音にも似た音が、僕達の身を隠したすぐ後に聞こえ、黒煙が立ち昇る。

 危なかった。

 もう少しで、黒焦げになる所だった。

 どうやら銃声に導かれて、とんでもないヤツまでこのフロアに呼び込んでしまったようだ。

 

「――ふぅ」

 

 一息を入れ、僕は少し冷静になる。

 あのデクの能力。

 確かに危険だが、気をつければ対処できない能力ではない。

 発火能力(パイロキネシス)は面と向って使用されれば厄介だが、それでもスタンド能力を持っている僕のほうが有利だと思ったからだ。

 デクはスタンドを見ることは出来ない。だとしたらact2のシッポ文字をヤツ目掛けて投げつければ一瞬で方がつくのではないだろうか?

 気を付けるとしたら、相手の流れ弾に当たることだ。

 以前、街の不良と戦いになった時、相手の能力がエコーズに触れた瞬間に僕にもダメージが来た事を思い出す。

 学園都市の能力者の攻撃は、スタンドも影響を受けるという事があの時分かった。

 そのことを肝に銘じておけば、倒せない相手じゃない!

 

 act2で文字を作り出す。

 あの巨体を倒せるだけの、特大の文字を生み出す。

 相手の視界に入らないようにact2を移動させる。

 そして、完全にこちらの様子に気づいていないことを確信すると、デクの前に躍り出た。

 

「!?」

 

 デクの様子がおかしい。

 体をブルブルと振るわせ、口から泡を吹いている。

 なんだ!?

 何かの発作か!?

 床を見ると、何かのアンプルのようなものが落ちている。

 もしかして、これを飲んだからか!?

 

「ああああああああああああああがぁあああああ!!!」

 

 デクの絶叫とともに、異変が起こった。

 

 ――あつい!? 部屋中の温度が上昇している!?

 

 フロアに熱気が蔓延しだす。

 例えるなら、まるで溶鉱炉の前にいるようだ。顔はチリチリと熱を帯び、息がしづらくなる。

 

「うがぁあああああ!!」

 

 デクが吼える。それと同時に、目の前の本棚から煙が上がり、瞬く間に炎に包まれ、爆発を起こす。

 黒い塵となった本達は、熱風により周囲を舞い、まるで雪の様に僕達の上空を待っている。

 

「ガァアアアアアキィイイイイ!! おんなぁあああああ!!!!」

 

 デクがズシンという音を発生させ、こちらに歩いてくる。

 一歩。

 一歩。

 そのたびにデクの体から煙が上がり、歩いた床は溶け、足跡を生み出している。

 僕達の周囲にある本棚は次々と爆破炎上し、巨大な爆発音と熱風がこちらに襲ってくる。

 その際、僕達が拘束した男達も巻き添えになっていく。

 男達は蝋燭に、火をともすように全身を燃えあがらせ、抵抗する暇も無く消し炭となった。

 完全に見境無しだ。

 

 マズイ!!

 この状況はマズイ!

 周囲を移動しながら僕は戦慄する。

 どんな手品を使ったか分からないけど、あの薬品を飲んだとたん。デクの能力が桁違いに跳ね上がった。

 ・・・・・・桁違いに跳ね上がる?

 

「――あ!?」

 

 ――服用すれば、人間の身体機能を一時的にだが、飛躍的に向上させる事が出来るらしい――

 

 ジャックさんの言葉が思い出される。

 まさか、これは・・・・・・

 

「ガナンシィ・・・・・・」

 

 サルディナさんが呟く。

 

「ぐぅっ!!?」

 

 また爆発が起こる。

 次々と身を隠す場所が炎上していく。

 このままだと駄目だ。いずれ逃げ場所すらなくなってしまう。

 

「にぃげぇるぅなぁああああああ!!! うううううううううぉおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ、と地面が震えだす。

 

 デクが僕達の方向をものすごい表情でにらみつけている。

 目が血走り、血管を浮き上がらせ、口からは唾液が滴る。

 完全に悪鬼のそれだった。

 

 フロアの温度は益々上昇しているように思う。

 暑い・・・・・・。

 息が出来ないほどだ。

 

 やがて、地面のコンクリートから水蒸気のようなものが立ち昇る。

 

「あ・・・・・・あ、ああああ」思わず呻く。

 

 コンクリートが赤く変色し、まるで飴細工の様に溶けはじめる。

 どろどろになった床は、重力に逆らえず、そのまま下に落下していく。

 

「うわぁ!?」

 

 僕達のいた床が、重さに耐え切れなくなりまるで引きずられていくように下に崩落し始める。

 

「サルディナさん! つかまれ!」

 

「孝一!」

 

 このフロアはもう駄目だ。

 こうなったら、一か八か、賭けるしかない。

 僕はサルディナさんを抱き上げ、思い切って、穴の中へと飛び込んだ。

 

「にがぁすかああああ! ガキィイイイ!!」

 

 デクの激高する声を聞きながら、僕達は重力に身を任せ、下の階層へと落下していった。

 

 

 

 


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