広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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脱出 ―孝一編その⑤―

キャパシティダウン作動から数十分後。

マーク・ドーバンスは11階会議室ロビーに戻ると、部下達に指示を出す。

 

「よし前ら、準備に取り掛かれ。行動開始だ。まず、倒れていないヤツラを、1階に全部集めろ。ガナンシィを破壊した賊の女がいねぇか、その時に確認だ。その後は、倒れているヤツラを、一人ひとり調べ上げろ。確認できた奴等は、邪魔だからふん縛って個室にでも押し込めておけ」

 

 現在、11階に存在している人間は、マーク達だけである。

 そのほかの人間――会議を行っていた人間など――は既にこの場からご退場願っている。逆らった人間は、この世界から強制的に退場してもらった。

 部下達は私服を脱ぎすて、紺色の迷彩服を装着している。

 閣員各々が、スポーツバッグから小銃やショットガンと言ったものを取り出し、装備している。

 

「焦らず、急いで行動に移せよ? 俺もガキ共を始末したらすぐに行く」

 

 マークが片手を上げ、「出撃せよ」の号令を出した瞬間、部下達は迅速な動きで下の階層へと降りていった。

 その様子を見届けたマークは一人ポツンと取り残されたデクに声を掛ける。

 

「おいデク。おめぇにも仕事を与えてやる」

 

「な、なに、アニキ?」

 

「おめぇは1階に移動しろ。そこで集められたヤツラを見張れ。妙な動きをするヤツラがいたらかまわねぇ。焼き殺せ」

 

「わ。わかった・・・・・・アニキ」デクは指を折りながら、マークがさっき言った命令を反芻し、ゆっくりとその場から離れた。「1階・・・・・・。おりる。その後、見張る・・・・・・。そのあと・・・・・・、そのあと・・・・・・」

 

「――さて、俺たちも行こうか。3人仲良くあの世へのランデブーだ。寂しくないだろ? なあ、アハド?」

 

「う・・・・・・。う、う、うう・・・・・・」

 

 マークは散々痛めつけられ、息も絶え絶えで床にへばっているアハドに目を向けた。

 

 

 

 

 

「ああ、デク君。ちょっと待ちたまえ」

 

 デクが下の階へ降りる為、エレベーターが来るのを待っていると、誰かに声を掛けられた。

 顔は覚えている。マークのアニキと一緒にいた佐伯という男だ。

 

「・・・・・・なに?」デクは頭の中で反芻する作業を中断され、少し不機嫌そうだった。

 

「君にプレゼントを持ってきた。いざというときに使いたまえ」

 

 そういって渡されたのは何かの液体が入ったアンプルだった。

 

「ナニこれ?」

 

「君の力を数倍にも高めてくれる薬さ。ここぞというときに飲めばいい」

 

「じゃあ、今飲む」デクはアンプルの蓋を開けようとするが、それを佐伯が止める。

 

「ああ、まてまて」佐伯がたしなめる。「今は飲むな。この薬の効果は一時的なんだ。ずっとは持たない。敵と対峙して手強そうなヤツがいたら、その時に使うんだ」

 

「ふーん?」

 

 デクは最後まで良くわからないといった表情だったが、薬をポケットにしまう。

 その時「チーン」という音がしてエレベーターのドアが開く。

 

「あはっ。きたきた」エレベーターに乗り込み、デクはそのまま下の階へと降りていく。

 

 たぶん数分もしたらさっきの会話も頭の片隅に追いやれることだろうが、構わない。元よりただの好奇心だったのだから。佐伯はしばしの間、一人エレベーターの前で佇む。

 

 そして、数分経った頃。

 

「――おーい。もう出てきていいよ」誰もいないはずの空間声を掛けた。

 

「――パパ良かったの? せっかく回収した薬だったのに」

 

 少女が物陰からすぅっと姿をあらわす。彼女もまた、リクと同じく佐伯に買われた少女だった。

 

「なに、リクがから受け取ったサンプルはまだあるんだ。1本位彼にあげたってかまやしない。それに、見てみたいじゃないか。レベル4クラスの能力者に『ガナンシィ』を投与したらどんな反応を見せるか」

 

「ふうん」少女はあまり興味の無い様子で曖昧に返事をした。「私はこれからどうしたらいいの、パパ?」

 

 すると佐伯は小型のハンディカメラを少女に渡す。

 

「シロ。君は撮影係だ。キャパシティダウンの効果を出来るだけ詳しく知りたい。能力者の状態。店内の様子。デクを追っていく途中で、それらを撮影しろ。1階についたらデクから目を離すな。そのままじっと撮影だ」

 

「わかったよ。パパ」

 

 そういうと受け取ったカメラを早速起動し、少女は再び闇の中へと姿を消した。

 

 

 

 

「――おい。おい、孝一。おきろ」

 

 誰かが僕の体を揺り動かす。

 その声に導かれるように、意識が次第にはっきりとしてくる。

 

 そうだ。

 僕は、僕達はサラリーマン風の男から変な薬品を噴射されて、そのまま意識を失ってしまったんだ。

 ということはこの声の主は、サルディナさん?

 目はゆっくりと開ける。

 

「おお。気が付いたか。孝一」

 

 サルディナさんが僕を覗きこむ。青い瞳を心配そうに細め、僕を見ている。

 

「うう・・・・・・。僕達はどれくらい眠らされていたんだ?」

 

 

 周囲を見渡す。

 場所は、意識を失う前と同じ部屋だ。

 だけど、男達がいない。

 ということは――

 

「チャンスだぞ孝一。ヤツラがいない。逃げ出すならば、今のうちだ」

 

 そうだ。サルディナさんの言うとおり、ここから逃げ出す、千載一遇のチャンスだろう。

 僕は起き上がり、辺りの様子を伺う。

 その為に、エコーズを出現させ、会議室周辺の音を拾い集める。

 

 コツコツコツコツ。

 会議室の廊下。

 足音が四つ。

 

 ――おい。きびきび歩け――

 

 男の声。これはさっきのオールバックの男だ。

 

 ――ひぃ。ひぃ。う、ううう・・・・・・――

 

 男の悲鳴にも似た泣き声。コイツはアハドの声だ。

 その後ろ、アハドを挟むようにして二人分の足音。

 これは、部下のものだろう。

 

 この四つの足音は、次第に大きくなり、僕達のいる部屋のほうへと近付き、やがて止まる。

 運が悪かった。僕達がもう少し早く起きられたら、安全に逃げられたのに。

 仕方ない。

 こうなったら――

 

「サルディナさん。よく聞いて。僕が合図したら――」

 

 サルディナさんに指示を出し。僕達は、入り口のドアのある場所まで移動する。

 ドアノブが回り、男達が入ってくる。

 オールバックの男はドアを開けたとたん僕達が視界に入ったもんで、目を見開いて驚いた様子だった。

 でもそれも一瞬だ。すぐに「運が無かったな」とばかりに、にやけ顔を作る。

 

「これはこれは。どこかへおでかけかな?」

 

 いやみったらしい笑みを浮かべ、僕達を見ている。

 

「このまま、見逃してくれたりは、してくれません・・・・・・よね?」

 

 サルディナさんを背中に隠すようにし、前に立つ。

 

「そりゃ、無理な相談だな」男が言う。

 

(サルディナさん。いい? 耳、塞いどいて?)

 

(わかった)

 

 僕の合図で、サルディナさんが両耳を塞ぐ。

 

「そうですか、無理ですか。じゃあ――」僕はエコーズact1を出現させ、男達に向い、音文字をぶつける。

 

「――戦うしか、ありませんよね?」

 

 

 出現させた音は何でもいい。

 そこらへんで拾った、適当な雑音だ。

 ただし、音量は最大。

 それを無防備な状態で受けたら――

 

 『ビシュッ』『ビシィ』『コツコツコツ』『ガチャァァァン』

 

 男達の顔面に、エコーズの作りだした文字が張り付き、反響させる。

 

 何度も。

 何度も。

 何度も。

 

「うがぁああああああ!?」

 

 男達は両耳を押さえ、その場にうずくまる。

 彼等からしたら、突然スピーカーの大音量を聞かされたようなものだろう。

 悪いとは思うけど・・・・・・。いや、思わないか。

 彼等に対して良心が痛むことはまず無い。

 このまましばらくそこでうずくまっていてもらおう。

 

 僕はサルディナさんに合図を送り、ドアから脱出する。

 

「てめぇぇぇぇぇ!? 殺す、殺す! ブチ殺してやる!!」

 

 リーダー格の男が床に這いつくばりながらも、ドアから顔を出し、叫び声をあげる。

 鳥型のスタンドを出し、つららで攻撃をしようとしている。

 すごいタフだな。この人。

 それじゃあ、なおさら捕まるわけには、いかないよね。

 僕はダメ押しにエコーズの顔文字を、もう一発、男の顔に貼り付けた。

 

「うぎゃああああああ!!」

 

 これで大丈夫だろう。

 僕達は一目散に、この階層から脱出することにした。

 

「・・・・・・待て、孝一。あいつを――」

 

 サルディナさんが逃げずに立ち止まり、指差す。その先にいるのはうずくまっているアハドだ。

 

「このまま、ヤツラに殺されるのは忍びない。助けてやってはくれまいか?」

 

「――本気?」

 

 昨日はしかるべき報いをとかなんとか言っていたのに。

 ジャックさんの言葉が聞いたのだろうか。

 

「頼む」

 

 そう必死になってお願いされてしまうと、断れないじゃないか。

 しかたない。

 僕は、アハドの元まで駆け寄ると、体を抱え、その場から一緒に連れ出した。

 

 

 

 

 

 一階下の飲食フロアまで降りると、アハドを店内の隅に隠した。

 いくらなんでも、けが人を担いで下まで逃げられないからである。

 

「う・・・・・・。う・・・・・・。ううう・・・・・・」

 

「少し痛いぞ? 我慢しろ」

 

 サルディナさんは、負傷したアハドの足の部位を、周囲を散策して発見したゴム紐で縛る。

 出血を食い止めるためだ。

 アハドは「ぐぅっ」という短いうめき声をあげる。

 かなりきつく縛ったようだ。だけど、これで出血のほうは収まるだろう。

 

 

 逃げるので精一杯だったので気が回らなかったが、辺りは電源が落ちたのか薄暗く、視界はかなり悪い。

 周囲を散策すると、懐中電灯があったので、店の持ち主には悪いが失敬させてもらうことにした。

 しかしこの懐中電灯、かなりアナクロだ。

 学園都市製の懐中電灯とは違い、一回りほど大きい。

 これはあれだ。

 僕が学園都市に来る前。つまり外の世界のものだ。

 中の単一電池を取り出すと、中身が空洞になるタイプのやつ。

 おそらく店主はレトロ物を集める趣味が合ったらしい。

 よく見ると店内も、どことなく、昭和臭い内装だ。

 

「ここまででいい。後は、神がこの男の運命をきめてくれるだろう」

 

 サルディナさんは短い祈りをアハドにささげると、立ち上がる。

 アハドは荒い息を吐き、サルディナさんを見ている。

 

「・・・・・・なせだ? どうして俺を助けた? 『アジャンテ』の教えに反するんじゃないのか?」

 

 サルディナさんはしばらくの沈黙の後「わからない」と答えた。

 

「分からないだって?」アハドが驚きの声をあげる。やがて「・・・・・・そうか。お前はまだ、アジャンテの教えに染まりきっていないって事か。だったら、お礼にアドバイスしてやる。手を引け。全うな世界にい生きな。俺もクソだが、お前がいる組織は肥溜めだ。奴等が何かを運ぶたびに、周囲に恨みを買っている。俺の聞いた話だと、ある国を筆頭に、大々的な報復措置が取られるらしいぜ。『アジャンテ』はもう終いだ。悪いことはいわねぇ。そのまま逃げな」

 

「アジャンテが・・・・・・終わるのか・・・・・・」

 

 サルディナさんは呆然とした表情で、アハドの言葉を聞いていた。

 

 

 

 

 

 アハドと分かれた後、僕達は11階の階段下の様子を伺っていた。下にヤツラの仲間が待ち伏せしているとも限らないからだ。

 それにあのオールバックの男。

 すでに射程圏内を離れたため、エコーズの能力は解除され、こちらを追撃してくる頃だろう。

 おそらく、鬼のような形相で僕達を襲ってくるに違いない。

 

「これも、因果応報か・・・・・・」

 

 サルディナさんの発する声は、低く、暗く、抑揚の無い感じだった。

 そりゃ、そうだ。いきなり自分のいる組織が、生活の場が、跡形も無く消滅してしまうなんて聞いたら、誰だってショックを受けるだろう。

 

「全ては『アジャンテ』の為だった。『アジャンテの』ために生き、『アジャンテ』の礎となる。その為に今日という日を生きてきたのだ。・・・・・・だけど、気が付いてしまった。その影で、犠牲となり、今も苦しんでいる人間がいるということを。私達の行いが、世界に悲しみを広げる一端になっていることを・・・・・・。こんな気持ち、お前達に指摘されるまで、考えたことも無かった。ちょっと考えれば、子供にだってわかるはずのことなのにな。・・・・・・私は、愚かだった」

 

 サルディナさんの声が震える。

 泣いているのだろうか。

 でも、この暗闇の中、彼女の表情を見ることは叶わない。

 

「アジャンテはもう、止まらない。止められない。私が組織に帰り、事実を伝えたとしても、決して止まることはないだろう。・・・・・・孝一。私はこれからどうしたら、どうすればいい?」

 

 僕に答えは出せない。たかだか十数年しか生きていない僕に、彼女を導く言葉を吐けるはずもない。

 でも、しゃべらなくては。

 どんな言葉でもいい。

 彼女の心に何かのきっかけとなれば・・・・・・

 だから、言葉を紡ぐ。僕が思ったことを。僕の言葉で、サルディナさんに伝わるように。

 

「・・・・・・組織を捨てて、仲間を見捨てて、生きてください」

 

「・・・・・・孝一?」

 

「どんなに惨めでも、かっこ悪くても、罪悪感に苛まれても・・・・・・。それでも生きてください。人間は、生きることを諦めちゃ、思考を停止させちゃ駄目なんだ。・・・・・・だって生きているんだもの。生きている以上、最後まで生きなきゃ。それが人として生まれた以上、人に課せられた使命のはずです。サルディナさん。組織に戻っちゃ、駄目ですよ? 戻ればあなたは確実に死ぬ。・・・・・・いいじゃないですか。全部投げ出したって。それでも生きてさえいれば、幸せになるチャンスは巡ってくるはずです」

 

「幸せか・・・・・・。見つけられるのだろうか? この私が」

 

「見つけるんですよ。幸せは、それを願う人間の所にしかやってこないって言いますし・・・・・・」

 

 

 ――その時、

 

「――あのガキと女は? お前の仲間だろ? 誰に頼まれた? 他に何人、仲間がいる?」

 

 あの男の声がする。

 どうやら僕達を追ってきたようだ。

 だけど、様子がおかしい。

 誰かと話をしているようだ。

 

「――やったのはウチだけや。仲間なんかおらへん――」

 

 子供の声が聞こえる。

 この暗がりでよく分からないけど、男と子供が言い争っている?

 

「――聞くところに寄るとえらい強そうなスタンドもっとるらしいの? ひとつ、ウチに見せてくれへん?」

 

 今、なんていった? スタンド?

 その瞬間だ。

 

「――エフェクト、起動や!」

 

 男の子はナイフのようなものを取り出すと、掛け声とともに、それをかざす。

 そのとたん、ナイフを中心に周囲が赤く輝きだし、人型の物体が出現した。

 鳥のような頭。

 たくましい人間のような肉体。

 その異形な姿は、男の子に付き従うように、命令を待っている。

 

「――な、にぃぃ!? てめえも、スタンドを!?」

 

 男が驚くのも無理はない。

 どうやらあのナイフ、正確にいうとそれにはめ込まれた赤い宝石のようなものに秘密がありそうだ。

 あのスタンドは宝石が赤く輝いた瞬間、その中から出現したように感じたからだ。

 やがて少年はスタンドに命令を下す。

 

「燃えて、消し炭になれ!!」

 

 スタンドの体から、巨大な火の手が上がる。

 炎を纏ったスタンドは手をかざし、男の部下達目がけそれを放った。

 炎がまるで生き物の様にうねり、男達を攻撃する。

 

「!?」

 

「がっ!」

 

「~~~!!」

 

「!!」

 

 燃える。

 人間が燃えていく。

 自由自在に形を変える炎が、男達の体にまとわりつき、逃がさない。

 どんなに苦しくても、逃げ出しても、炎が離れる事はない。

 やがて、一人。

 また一人と、男達がまるで人形の様にその場に崩れ落ちていく。

 

 少年はそのままリーダーの男と対峙する。

 マズイ。

 このまま戦闘になったら、こっちにまでとばっちりを食う可能性がある。

 早々にこのフロアから脱出しないと。

 

「サルディナさん。ごめん」

 

「なんだ? なにをあやま――」

 

 僕はサルディナさんの体を倒し、抱きかかえる。

 続に言うお姫様抱っこというヤツだ。

 

「な!? ななななななな、何をする!?」

 

 珍しく顔を赤らめるサルディナさん。

 ゴメンよ。

 だけどこれには理由があるんだ。

 

「ちょっと我慢して下さい。少々危険だけど、強行突破します」

 

 僕はエコーズact3を出現させる。そしてサルディナさんを抱えたまま助走をつけ、走る。

 戦闘を開始寸前の男達の間に割ってはいる!

 

「act3! その場で固定!ジャンプした僕達の踏み台になれ!」

 

 act3を僕達の前方に配置し、土台代わりにする。

 勢いをつけて走った僕は、act3の構えた手に乗り、大きくジャンプする。

 僕の足にact3の両の手のひらの感触が伝わる。

 

「でやああああああ!!」

 

 そしてact3は僕の足を思いっきり持ち上げ、上空に放り投げた。

 着地地点は――

 

「ぐはっ!?」

 

 男の後頭部だった。

 男はもんどりうって倒れこみそのまま動かない。

 恐らく死んではいないだろうが、確認する暇なんて無い。

 サルディナさんを抱きかかえたまま、僕は下の階へと急いで駆け下りた。

 

 

 

 

 

 サルディナさんを抱えたまま、1階。また1階と順調に降りる。

 飲食フロア。

 ムービーシアター。

 ミリタリールーム。

 懐中電灯を照らして、ネームプレートだけを確認する。

 フロアの状況は薄暗くて見ることは叶わない。

 各階ごとに開催されていた催し物が、これで見納めになるかと思うと、かなり残念だ。

 本当なら、もっとゆっくりと。

 それこそ友達を誘って楽しみたい所なのに。

 

 ――う、ううううう――

 

 ――頭が、痛い――

 

 ――ハァ。ハァッ。ハァッ――

 

 エコーズが周囲の音を拾い、僕に教えている。

 どうやら各フロアごとに、数百人規模の人間が拘束されているようだ。

 しかし今はどうすることもできない。

 僕達にできることは、一刻も早く中の状況を外部に知らせることだけだ。

 

「!?」

 

 背後から音がする。

 誰かが階段を下りてきている。足跡からして子供のもの。

 もしかして、さっきの子供か?

 

 僕は階段下に見えた、暗がりの広がるフロアに飛び込み、身を隠す。

 暗がりなのでここがどんなフロアか分からなかったが、しだいに夜目に慣れてくる。

 辺りに洋服のようなものが見える事から、どうやら夫人用ブティックのフロアらしかった。

 

「どうした? 追手か?」

 

「ええ。どうやら、さっきの子供のようです。どうやらあちらは僕とやる気のようですね」

 

 サルディナさんをその場に下ろし、僕は遠目に階段を見る。

 おそらく、僕達がこのフロアに逃げ込んだのは、あの子供も分かっているはずだ。

 問題は、戦うことになった場合の対処の仕方だ。

 正直、男達を攻撃した際に使用したあの武器は、かなり厄介だ。

 あの炎。

 どのエコーズを使用しても、防ぎようが無い気がする。

 と、なると――

 

 

 

 

「おーい。おにぃちゃーん。遊ぼうでぇ」

 

 階段をゆっくりと下りてきた子供が、僕を呼んでいる。

 スタンドは・・・・・・すでに発現している。

 炎を纏った鳥頭のスタンドが腕を組みながら、少年の後からピッタリとくっついている。

 

「出てこんならぁ・・・・・・。炙り出すでぇ!」

 

 フロア内に入ってきた少年はナイフを前に突き出し、スタンドに命じる。

 スタンドが少年の命令に応じ、赤く、巨大な火の玉を作り出す。

 その数は6つ。

 少しずつ。

 少しずつ。

 力を貯めるように、炎の威力を凝縮し、やがてそれを少年の指し示す方角へと連続して打ち出した。

 

 一つ目、二つ目はまったく違う場所へと着弾する。

 その威力は凄まじく、触れた瞬間、衣服が火の粉を上げ燃えあがった。

 そして三つ目だけど・・・・・・。

 ・・・・・・ちくしょう、いい勘している。

 まっすぐに僕達の隠れている所へと、炎の玉が飛んできた。

 僕達は急いでその場所から身をかわす。

 身をかわした瞬間。さっきまで僕達のいた所に火の手が上がった。

 

「見つけた!」

 

 少年が続けて二発。三発と、火炎の玉を僕達に浴びせかけるように打ち出す。

 

「どうしたぁ!? おにぃちゃんのスタンドを、ウチにみせてぇな!」

 

 少年は嬉々として、まるでゲームを楽しむかのような表情を見せる。

 だけど、悪いけど・・・・・・。

 それはお断りだね。

 僕のようなタイプのスタンドは、力を見せびらかすべきじゃない。

 能力というものは使用すればするほど、相手に情報を与えてしまう。

 使うのはここぞという時のみ。

 それ以外は、知恵と工夫で何とかするさ。

 

 僕は少年の前へ躍り出ると、ポシェットの中から銃を取り出す。

 ジャックさんに渡された、麻酔銃入りの拳銃だ。

 それを少年に向けて構える。

 一瞬のことだ。少年は一瞬驚き、必ず拳銃を攻撃するだろう。

 何故なら、彼は僕のスタンドと遊びたいのだから。

 それなのに、拳銃なんて無粋なものを持ち出したことに怒り、必ずそれを破壊しようとするはずだ。

 

「なにしとるん自分? なんでスタンド出さへんのや? アホちゃうか!?」

 

 案の定、声色が怒りのトーンに変わる。

 

 ――これでいい。

 ――これで相手は、僕のことしか目に映らない。 

 

 そして、スタンドの口から直線状の炎が吐き出され、僕の拳銃にまとわりつく。

 

「っっ!!」

 

 銃身が溶け、グリップが熱を帯び、持っている事が出来なくなる。

 僕は拳銃ををすぐさま投げ捨てた。

 今だ!

 

「エコーズ!!」

 

 僕はエコーズに命令を下す。

 

『今すぐ、一直線に降下をしろ』

 

「!?」

 

 エコーズは僕の命令どおり、降下を開始する。

 驚く少年の真下に。

 纏っていた女性用ポンチョを少年目掛け投げ捨てて。

 

 

 act2は最初から動いていない。

 少年がが来るまでの間、ずっと上空に待機させていた。

 この暗がりの中。

 僕と戦うことしか頭にない少年だ。

 きっと僕がまともに戦うことを期待して、上空のことなんて視界に入っていないだろうと思っていた。

 そういう純粋なところは、まだ年相応の子供だ。

 

 投げつけられたポンチョが少年の視界を塞ぐ。少年が「なんや!? こんなもん!!」と憤慨し、振り払う。

 それでいい。

 一瞬。意識がそれただろう?

 それで十分だ。

 

 act2はするりと少年の真下にもぐりこむと、その尻尾で持っていたナイフを弾き飛ばした。

 

「あっ!?」

 

 一瞬少年が「信じられない」と言った表情をして、その後すぐさま弾き飛ばされたナイフを回収しようとする。

 その手がナイフに触れる。

 ・・・・・・ごめんよ。

 この勝負。僕の勝ちだ。

 

 ナイフに少年の手が触れた瞬間、少年の体はまるで巨大な衝撃波に襲われたように跳ね飛ばされ、ブティックの洋服をなぎ倒し、やがて壁に激突した。

 

「・・・・・・・・・」

 

 少年は叫び声をあげることも出来ないまま、衝撃で意識を失ってしまったようだ。

 

『ドッ! ゴォオオオオオオン!!』

 

 ナイフを弾き飛ばした際に貼り付けたシッポ文字が、ナイフから離れる。

 僕はナイフをまじまじと見る。

 これは危険な武器だ。こんなのを持っていたら、また僕を襲って来るかもしれない。

 僕はとりあえずそのナイフをact3の3FREEZE(スリーフリーズ)で破壊しておいた。

 

「やったのか? 孝一」

 

 身を潜めていたサルディナさんが、辺りが静かになってきたのでひょっこりと顔を出す。

 

「まあ、なんとか。あいつが何者なのか分かりませんけど」

 

 たぶんマフィアの仲間だとは思うが、いまはそんなことは後回しだ。

 エコーズが、この階層に駆けつける声と足音をとらえたからだ。

 

 ――今の音は? ――

 

 ――分からんが、何かの爆発音の様だった――

 

 ――とりあえず、現場に急げ! ――

 

 マフィア達がここにやってくる。

 いそいで移動しなければいけない。

 

「サルディナさん。急ぎましょう。早くこの現場から離れるんです」

 

 僕達は再び出口を目指して、下の階層へ降りていった。

 

 

 

 

 

 




補足。

エフェクト。
佐伯たちが開発した武器。
現段階では、ダガーナイフのみ。
ナイフの柄の部分に埋め込まれた宝玉にボタンがあり、それに触れている間だけ使用者はスタンド能力が発現する。コンセプトは誰でも使用可能な強大な武器。
スタンド能力者から切り離したスタンドを、宝玉に移植して能力を獲得している。
現在開発が成功しているのは、魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)と音石のレッド・ホット・チリペッペーのみ。しかし、スタンドの暴走状態を抑えるため、その能力は本来のものと比べるとかなり落ちる。スタンドの意思もないため、複雑な技は使用できない。
それでも、スタンド能力を一般人が認識する事が出来ないという利点は大きく、将来的には、能力者制圧用に大量生産を目指している。




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