広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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実験 ―孝一編その④―

「くそっ。あいつら、どこ行った?」

 

 女の子を案内所まで連れて行き、両親が来るまで待つこと数十分。

 館内放送で呼び出しが行われ、晴れて女の子と両親はご対面となった。

 ジャックはそれを見届けた後、孝一達と合流するべく携帯を鳴らす。

 しかし何の反応も無い。

 十分おきにかけて見るが、繋がらない。

 

(やばいぞ。何かあったな)

 

 ジャックは理解した。

 孝一はこういう場合に、連絡をおろそかにする男じゃない。

 敵に捕まったか、あるいは――

 最悪の光景が脳裏に浮かび、ジャックはその光景を無理やり打ち消す。

 

(こうなりゃ、しらみつぶしに探すしかねぇ)

 

 ジャックは1階から順に、怪しそうな箇所を探し始める。

 

(孝一! サルディナ! 頼むから、無事でいてくれよ)

 

 焦燥感を覚えつつ、ジャックは各フロアを駆け回るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 僕達が男達に拉致されてから、どれくらいの時間がたったのだろう。

 時計が無く、携帯も没収されてしまった現状では、それを知ることは叶わない。

 僕達がいるのは11階の、複数ある会議室の一室だ。

 スクール形式に設置された机の前方には、プロジェクターやスクリーン。マイクセットなどがある。

 僕達はその一番前の席に座らされている。

 

 僕達は拘束はされていなかった。

 自由に立つことも移動することも可能だ。

 だけどそれをする気にはならない。

 僕達の後方(列でいうと6列目に位置する)で、白髪の男と部下達が見張っているからだ。

 

「ううっ。いてぇ。いてぇよぉ・・・・・・」

 

 ちなみに、アハドも僕達と同じく、前列に放置されている。

 もっとも彼の場合、椅子に座ることも叶わず、床にうずくまったままだ。

 あの男に撃たれた傷が、かなり酷いのだろう。

 

 いざとなれば、串刺し、だよなぁ。

 アハドの末路を思い描き、背筋に薄ら寒い悪寒が走る。

 そしてそれは僕達も同じだ。

 どうにかして、現状を打開しなければならない。

 だけど・・・・・・

 今はまだ、行動に移す時じゃない。

 彼らが何とかばらけてくれないことには、それが叶わない。

 

「――ええ。それは分かっています。ブツを回収した後の、手筈を再確認させてください――」

 

 男達は、先程から携帯でしきりに誰かと連絡を取り合っている。

 話しの内容は詳しく分からないが、単語の中で「ボス」という言葉が数回にわたって出ている所を見ると、こいつらはマフィアか何かで、電話の主の「ボス」と逃走経路の確認や、今後の打ち合わせを行っているらしい。

 

 周囲をちらりと横目で見る。

 電話をしている男の周囲には、さっきまでいなかったサラリーマン風の男がいて、こちらも携帯で誰かにメールを打っている。

 その隣には、巨漢の男がどこを見ているんだか分からない表情で、ボケっとしている。

 見た目どおり、かなり怪しいやつだった。

 そして後には、リーダーの男と一緒にいた部下らしき人間が10人ほど椅子にもたれかかっている。

 リーダーの電話が終わるのをじっとまっている。

 

 逃げることは、叶わない。

 なぜなら、前方の僕達が座っているところには、入り口が無いのだ。

 入り口は後方。

 男達の座っている右側だ。

 

「孝一。お尻が痛くなってきた」

 

 サルディナさんがぼやく。

 それは僕も同じだ。「静かに。今は波風を立てないほうがいい」小声で僕はそう返す。

 

 

 その時、状況に変化が起こった。

 リーダーの男が長電話をやめ、僕達のほうへとやってきたのだ。

 

「――さてと。ちょいと長電話が過ぎちまったな。悪りぃ悪りぃ」

 

 男は僕達を素通りして、床にうずくまっているアハドの元まで歩み寄ると、そのまましゃがみ込み、髪の毛を強引に掴む。

 

「あ・・・・・・がっ・・・・・・は」

 

 ブチブチという髪のむしれる音がして、アハドが強引に顔を上げさせられる。

 

「なぁ。アハドよ。ちょいと教えてくれよ。お前は俺たちと契約したよなぁ。『ガナンシィ』を受け取ったら、俺たちにソイツをそっくりそのまま受け渡すって言う契約をよぉ。たしか、前金も払ったよなぁ。甘い汁も吸わせてやった。なのにどうした? 何トンズラこいてんだてめぇ? ボケちまったのか? んん?」

 

「ゆ、ゆるしてくれ・・・・・・。マークのアニキ。ちょっとした出来心だったんだぁ・・・・・・」

 

 アハドは涙を浮かべながら、マークと呼ばれた男に許しを請う。

 

「出来心・・・・・・。出来心ねぇ・・・・・・」男が口の端を吊り上げ、笑う。「おまえ、この世界で重要な3つの戒律を忘れちまったわけじゃあるまいな?」

 

「・・・・・・ぁ。・・・・・・ぁ。・・・・・・ぁ」アハドはガタガタと震えている。声も出ないようだ。

 

「『嘘をつかない』『裏切らない』相手を『敬う』。どこの世界にもある簡単な戒律だ。それをよぉ・・・・・・」

 

「ぎゃあ!!」

 

 男は空いているほうの手で、アハドの傷口に手を突っ込み、こねくり回す。

 うわぁ・・・・・・ひどい。これは、ひどい・・・・・・

 

「ひぎゃ!? ぐおおおおお!!」アハドが激痛のあまり、叫び声をあげる。

 

「テメェは、3つとも、反故にしたなぁ!? 俺の顔に泥を塗りやがって! お陰で、こんな所まで足を運ばなくちゃいけなくなったじゃねぇか!! 休暇中だったんだぜ!? 俺はよぉ!!」

 

「ゆるしてくれぇ。あにき。あにきぃぃぃ!!」もはや絶叫に近い叫び声をあげながら、アハドは許しを請い続ける。

 

「うう・・・・・・」顔面蒼白のサルディナさん。あまりにひどい拷問だったので、顔を反対の方向へと背けてしまう。僕もそうだ、気分が悪くなってきた。

 

 男はしばらくアハドをいたぶっていたが、気分が落着いたのか、その手を離す。床にへばりつき、そのまま身動きを取れない状態の彼に、「ボスはお冠(かんむり)だ。裏切り者は許さない。だが、同時に寛大な方だ。お前に、チャンスを与えるとよ」そうささやく。

 

「チャン、ス?」

 

 その言葉に、アハドが顔を上げる。

 

「そうだ。お前が隠した『商品』を耳をそろえてきっちり持ってくる事が出来りゃあ。全てを水に流すとよ」

 

 男がアハドの肩をポンと叩きながら言う。

 

「言う。いいます! 4階です。4階の、家電フロアの倉庫です!」アハドが息も絶え絶えの声で叫ぶ。

 

 だけど、男はまったく嬉しそうな顔をしない。むしろ不機嫌そうだ。

 

「おいおいおい。お前よぉ。それだけか? ありかを言って、それで終いか?」

 

「え?」

 

 アハドは男が何を言っているのか分からないといった表情で、見ている。

 

「俺たちは、テメェのせいで、故郷から数千キロも離れた所まで着ちまったんだぜ。それなのによ? わざわざテメェの不始末の荷物を運ばせる気かぁ? ・・・・・・テメェが持ってくんだよぉ! 俺の元まで! 今すぐ! 」

 

 男はアハドを強引に立たせると、「おい。おまえら」と、部下の男2人を呼び、アハドを彼らに渡す。

 

「そいつら2人は、監視役だ。お前が無事、おつかいを果たせるかどうかのな? 言っとくが、手助けはしねぇ。コイツラはただ見ているだけだ。だが、あんまりのろのろしてるとっ!」そういって、アハドの傷口に蹴りを食らわす。

 

「うぎゃああ!」再び叫び声をあげるアハド。

 

「今みたいなケリが、コイツラから飛んでくるぜ?」

 

「うううううう・・・・・・」

 

 泣きべそをかきながら、男達とともに、アハドはフロアから消えていった。

 

 

「――さてと」

 

 男はそういうと、髪を掻き分け、今度こそ僕達の方へと視線を向けた。

 

「商品が見つかるまで、ちょいとお話をしようじゃねぇか?」男が言う。「おめぇ等はどこのどちらサマだ?」

 

 その言葉に反応し、サルディナさんが席を立つ。

 

「私の名は、サルディナ。『アジャンテ』の人間だ。アハドによって奪われた商品を取り戻しに来たのだ――」

 

 

 

 

 

「ひぃっ・・・・・・。ひぃ・・・・・・。ひぃ・・・・・・」

 

 損傷の酷い足を引きずり、アハドが歩く。後ろには男が2名、ピッタリとくっついている。

 逃げ出せるような状況ではなかった。

 よしんば逃げおおせたとしても、必ず燻り出され、そして狩られる。

 それなら無駄な抵抗はしないほうがいい。少しでも生存の可能性があるなら、それに賭けるしかない。

 

 今回の出来事。それは彼の本意では無かった。

 彼は組織の中ではかなり低い立場、いわゆる下っ端の人間だった。

 上からの命令に従い、商品を運び、たまに甘い汁を吸う。それだけで満足だった。

 しかし彼のチームのリーダーはそうではなかった。

 もっと金が欲しくなったのだ。

 『アジャンテ』襲撃をアハドたちに提案したのは彼だった。

 彼は組織に反旗を翻そうとしたのだ。

 その行いが愚かな行為だったことを、彼は後に身を持って知ることとなる。

 しかし、そのとばっちりを受ける身としてはたまらない。

 仲間は次々と消され、組織に泣きつくわけにも行かず、残ったのは、数ケースの『ガナンシィ』のみ。

 正直、泣きたくなった。

 その後どうにかして、学園都市に潜入することに成功した。

 知り合いの魔術師のツテを頼り、大金を払い、ほとぼりが冷めるまで也を潜めるつもりだった。

 ――その魔術師も『アジャンテ』の息がかかったものであり、意図的に見逃されていた事実を彼は知らない――

 

 『ガナンシィ』が保管されている4階の家電フロア。その倉庫に到着する。

 アハドはドアに手を伸ばそうとして、異変に気が付く。

 何か物音が聞こえるのだ。

 

「おい、誰だ? 誰かそこにいるのか?」

 

 中の人間に声をかける。まさか、あの魔術師の仲間だろうか?

 後ろを振り返るが、男達はアハドを助けようとはしない。

 それどころか早く開けろというジェスチャーをしてくる。

 

「うううう・・・・・・」

 

 アハドは観念してドアノブに手をかける。

 その瞬間。

 

「ぐはっ!」中から飛び出してきた人物にタックルをかまされる。

 しかも運の悪いことに、鳩尾辺りだ。

 アハドは突然の衝撃に対処できず、その場にうずくまった。

 

「ごめんなさいっ!」

 

 出てきたのは、黒髪ロングの少女だった。

 彼女はそのままわき目も振らず、上の階へと姿を消していく。

 

「――よせ。ここで銃声は目立ちすぎる。それに逃げたのは上の階層だ。対処の仕様はある」

 

 逃げる少女に向けていた銃口を、もう一人の男が掴み、制する。銃口を向けていた男は「――ちっ」と舌打ちをし、銃を下げる。

 

「マークの兄貴に報告だ。指示を仰ぐ」

 

 部下の男は携帯を取り出し、リーダーの男に連絡を取り始めた。

 

 

 

 

 

 

「――成程。『アジャンテ』の魔女と現地のガキか。おかしな組み合わせだな」

 

サルディナさんの説明をひとしきり聞いた後、男はどうでも良さそうに答える。

 

「お前達の事情は関係ない。だが、そちらが不義理を働いた以上。我々は相応の対応を考えざるを得ない。商品を回収した後、アハドの身柄を引き渡してもらおう」サルディナさんがいう。

 

「身柄ねぇ。」男が鼻で笑う。「おめえ。勘違いしてねぇか? 取引できる立場だと思ってんのか? 現状っつうもんを、理解してねぇのか? お前が許されるのは、泣いて、俺達に惨めったらしく許しを請うことだけだぜ」

 

 サルディナさんには視えていないが、男がスタンドを出し、此方を威嚇している。

 合計12本ものツララが宙に浮かび、いつでも此方に打ち込める様になっている。

 この男は、僕達がどこの誰だろうと興味がない。

 僕達を生かす気はないのだ。

 男の表情には、殺気というか、狂気の様な者が宿り、これから僕達をなぶり殺しにするのは安易に想像が出来た。

 

 男がこちらに来る。

 僕達はガタッと席を立つと、ジリジリと後ろに下がる。だけど後数m下がったら、そこにあるのは壁だけだ。逃げ場所はどこにもない。

 

「商品を取り返しに遠路はるばるご苦労なこった。だが、運が無かったな。お前達は、ここで終いだ」

 

「お、おまえ。私達をどうするつもりだ!? 始末するのか!?」

 

 サルディナさんが声を震わせながら、後退する。

 こうなったらやるしかない

 僕は、彼女の前に立ち、エコーズをいつでも出せる体勢をとる。

 

「中世じゃ、魔女の処刑にゃあ、火あぶりか串刺しがもっともポピュラーな方法だったそうじゃねぇか。・・・・・・おい、デク。こっちにこい」

 

 男がそういうと、僕達より一回りくらい大きな男が、やってくる。

 

「あ、あ、あに、アニキ。な、な、な、なんのよぉ?」

 

 大男はどもりながら男に尋ねる。

 

「コイツラがお前の能力を見たいとよぉ」

 

 男がそういうと、「ひひひひっ。見せる。見せてあげるっ!」大男は上機嫌で、手をパンパンと叩くと、僕達の前にある机をじっと見る。

 その瞬間、巨大な火炎が立ち昇り、机が溶け出す。

 猛烈な熱気が僕達を襲う。

 プラスチック製の机は、中の成分が溶けて液状となり、黒煙を出し、やがて消し炭となっていった。

 消し炭となった机はぼろりと崩れ落ち、原型すら分からなくなる。

 

「こ、こいつは!?」僕は驚きの声をあげる。何故なら、この男の体からは、スタンドの(ビジョン)らしきものが見当たらなかったからだ。それなのに、この男が睨んだとたん、大きな炎が発生し、机を丸焦げにした。まるで、学園都市の能力者の様に・・・・・・。

 

「おい。デクその辺でいいぜ。それ以上やったら、スプリンクラーが作動しちまうからな」

 

「わ、わ、わかった。あ、アニキ」

 

 男は大男の肩を抱き、僕達に向き直る。

 

「どうでぇ。ちぃっとしたもんだろう? うちのデクはこの学園都市でいやぁ。レベル4に匹敵する能力者だ。・・・・・・さあ選びな? 火あぶりか・・・・・・」

 

 デクがニコニコ笑いながら、男の指示を待つ。

 

「それとも、串刺しか・・・・・・」

 

 男の体から、あの鳥のスタンドが浮き上がる。ビキビキと大量のツララを出現させ、僕達を狙う。

 狙うのは、一瞬だ。

 コイツ等がエコーズを見て油断した瞬間が、逃げ出すチャンスだ。

 ――敵がジリジリと間合いをつめ、こちらに近づく。

 その時だった。

 男のポケットから、携帯が鳴り出す。

 

「――ったくなんだよ。これからって時によぉ」

 

 男はぼやきながらも携帯に手を伸ばす。

 

「もしもし? ――なんだと?」

 

 短いやり取りを済ませ携帯をしまうと、男は僕達にきびすを返す。

 

「野暮用が出来た。お楽しみは後回しだ。お前等、ちょっとこい」男は顎をしゃくると、部下数名に「ついて来い」というしぐさをする。

 

「こ、こ、こいつら・・・・・・どうするの?」大男が尋ねる。

 

「お前はどうしたい?」

 

「や、や、やるなら、やるよ?」大男が張り切り、力瘤を作る。

 

「おいまて。逃げ惑い、泣き叫ぶサマを見るのが楽しいんだろうが? 俺抜きで始めるつもりか?」

 

「じゃ、どうする? アニキ?」大男がどうするの? という顔をして男を見る。

 

「それならこうしましょう」

 

 え? 誰だ?

 僕は思わず声がしたほうへ振り向く。

 それまで黙っていたサラリーマン風の男が、こちらに向かって歩いてきた。

 その男は懐から香水のようなものを取り出すと、それを僕達に向かって噴射した。

 

「うっ!?」

 

「っ!?」

 

 目の前がくらっとしたと思った瞬間に、僕達はその場に崩れ落ち、深い意識の底へと落ちていった。

 

 

 

 

「おい。そいつは、催涙ガスか何かか?」

 

「はいそうです。わが社が開発した、製品でしてね。効き目はご覧の通りです」マークの問いに、佐伯はにこやかに答える。「万一逃げられでもしたら事ですからね。彼等にはしばらく眠ってもらいましょう」

 

「すげえ効果だが、無駄になるかも知れねぇぜ? どうせすぐに土の中で眠ることになるんだからよぉ」

 

 マークが声を出して笑う。それにつられて大男のデクも「うっひっっひっ」と嬉しそうに笑った。

 

「それより、さっきの電話はなんだったんですか? なんかトラブルのようですけど?」

 

「――やられたよ。『ガナンシィ』が1箱、破壊された。部下が黒髪の女が倉庫から出てきているのを目撃している。恐らくソイツが犯人だ。今、部下を1階のエレベーター付近に張り込ませている。残りの部下に階段を見張らせる」

 

「成程。それでは、私達は中央管理室に向かいましょう。あそこには監視カメラもありますし、今回の実験にも好都合ですし」

 

「実験?」マークがたずねる。

 

「そうです。私が今回赴いたのは、閉鎖空間における『キャパシティ・ダウン』の効果・影響の程を観察するためでしてね。この際だから、派手にやっちゃいませんか?」

 

「具体的にどうするんだ?」

 

「なに、簡単なことですよ。『キャパシティ・ダウン』作動と同時に、ビル内のシャッターを全て閉鎖させます。それと同時にジャミングも発生させますから、外部との連絡は不可能です。後は私の部下が、周りを固めますから、事件が発覚するのはかなり遅れると思いますよ」

 

 佐伯はこともなげにとんでもない事をいい、マークを呆れさせる。

 

「マジか? このビルにいる人間全部を巻き込む気か? あんた、相当イカレテルな。・・・・・・ちなみに、脱出経路は?」

 

「屋上に、ヘリを待機させています。『オーシャン・ブルー』に来た時とは逆の形になりますね。躊躇うことはありませんよ。学園都市は科学の街。科学には実験が付き物じゃないですか。」

 

「へ、へへへ・・・・・・」思わず笑い声が出てしまう。――ボスといい、この男といい、上の世界の住人の考えていることはわかんねぇ――マークはあまりに常識ハズレな男の言動に、薄ら寒いものを感じた。

 

 

 

 

「――やあやあ。どうも。はじめまして。佐伯というものです」

 

 マーク・ドーバンスがこの佐伯という男とあったのは、昨日の夜のホテルの一室であった。

 マーク達は佐伯の手引きで学園都市に潜入する事が出来た。表向き、外部から来た観光客扱いである。

 もっともそれは建前に過ぎず、本当の目的は、アハドが奪った『ガナンシィ』の回収と、落とし前だ。

 

「まあ、うちとしましてはそろそろ海外で顧客を抱えてもいい時期なんじゃないかと思いましてね? あなた方の組織と接触を図ったんですよ」

 

 そういって佐伯はマークに右手を差し出し握手を求める。

 

「で、お宅らは何を提供してくれるっていうんだ?」マークも右手を差し出し、互いに握手を交わす。

 

「・・・・・・最新鋭の駆動鎧(パワードスーツ)。その設計図と技術者を提供いたします。後は試作品の武器などでしょうか?」

 

「ヒュウ」と、マークが口笛を鳴らす。「えらい太っ腹だな? まあ、新規に顧客を獲得するにゃあ、ケチなことはいえんよなぁ。それで、今回は俺たちに協力することで恩を売っておきたいってわけだ」

 

「まあ、そんなもんです。それと、明日のことですが、私もあなた方に同行させてもらいます。私も私の都合がありましてね――」

 

 佐伯はにこやかにそう告げる。

 その時、マークは物好きな男だと思った。

 彼が佐伯の真意を知るのは、後1日経ってからの事である。

 もっとも、その時には、すでに手遅れとなっているのだが・・・・・・

 この時の彼には分かりようもなかった。

 

 

 

「がっ!?」

 

「ぐぇぇ!!」

 

 中央管理室に侵入したマークは、部下の男達に命じ、オペレーターの男達を殺害した。

 喉元をナイフで切り裂かれたオペレーター2人は、短いうめき声を上げると、そのまま地面に倒れこむ。鮮血が、床一面に広がっていった。

 

「やあ、流石に手際がいい」佐伯は感心した様子で、部下の男達を褒めた。

 

「佐伯さんよ? ちょっと質問があるんだが」マークが佐伯に神妙な顔で尋ねる。

 

「なんです?」

 

「その『キャパシティ・ダウン』ってのが作動すると、能力者に影響を及ぼすんだよな? てことは、うちのデクにも影響があるんじゃねぇのか? 正直、それは勘弁願いたいんだ」

 

 マークが同行したデクの肩を叩く。デクは何だか分からないが、自分が責められているんだと思い、指をもじもじとさせながらしょんぼりとしている。

 

「そういや、ずっと気になってたんですが、デク君って超能力が使えるんですよね? 一体どういうことです?」

 

「・・・・・・デクは、まあ。どこにでもいる人体実験の被害者ってヤツよ――」

 

 マークが佐伯に経緯を簡単に説明する。

 

 超能力という概念は古くから存在した。古くは神通力や、霊能力、神の怒りなど、時代ごとに呼び名を変えながら、それは確かに存在する現象だった。

 

 自分たちも力が欲しい。その力を使いこなしたい。利用したい。

 かつてナチスドイツが積極的に超能力を軍事利用しようとしていた事実があるように、人々はそれらを畏怖するとともに、憧れを抱き、それを収めようとした。

 80年代。90年代になると各国が盛んになって、超能力の実験を行っていった。

 学園都市が誕生し、超能力者が次々と誕生しているという事実がさらに拍車をかけ、各国は躍起になって開発実験を行っていった。

 それはデクの故郷でも同様だった。

 しかしどのように実験を重ねていっても、確固たる成果は上げられない。

 そして彼等は、人体実験に手を伸ばすようになる。

 デクの故郷では、戦争による浮浪者の子供達の増加が大きな社会問題となっていた。その為、政府はその子供達を使って人体実験を繰り返していったのだ。

 名目上は、新たな労働力確保として集められた彼等は、非人道的な実験により次々に命を落としていった。

 だが、中には奇跡的に命を長らえた者もいる。その内の一人が、デクだった。

 彼は、投薬された薬品に耐性を持っており、他の人間ならショック死するような実験にも耐えて見せた。

 その成果は驚異的で、デクは物を見るだけで物体を燃やす事が出来る発火能力(パイロキネシス)を獲得するに至った。

 だが、その代償は高くついた。

 実験の副作用で、知能の著しい低下が発生したのだ。

 IQ75。

 それが強大な能力を得る代わりに支払った代償だった。

 やがて、その非人道的な実験が明るみになり、施設は閉鎖。

 行き場を失ったデクは、マフィアに拾われることとなる――

 

「なるほどね。そういう経緯でしたか」

 

 佐伯は納得し、デクを見る。そこにはきょとんとしているデクがいた。

 

「それならこういうアイテムもあります」佐伯はマークに小型のインカムを渡す。

 

「これは?」

 

「まあ、ノイズ・キャンセラーと似たようなものです。これをつけている間は、『キャパシティ・ダウン』の影響を受け付けない使用となっています。無線機なので、無線越しに連絡を取り合えば意思の疎通も可能でしょう」

 

「おお。何から何まですまねぇな。喜べデク。これでお前は安心だ」

 

「?」

 

 喜ぶマークの意図が分からず、デクは困ったような顔をするのだった。

 

 

 

 

 

マーク達は管理室から去り、再び会議室へと戻った。

 アハドと孝一達を始末するつもりらしい。

 広瀬孝一。

 出来ることなら生き残って欲しいが、あの場で自分が諌めるのもおかしい。

 眠らせるだけで精一杯だった。

 まあ、無理なら無理で構わない。お楽しみが少し減るだけだ。

 

 佐伯は一人管理室に残り、携帯を弄っている。

 誰かと連絡を取るつもりらしい。

 やがて携帯にその誰かが出た。

 

「――もしもし佐伯さん? 言われたとおり、倉庫にあった薬品を壊しといたでぇ」

 

 携帯の相手は子供だった。佐伯は「よくやったね」と答える。

 

「・・・・・・うん。任務は成功や。これであの連中、血眼になってウチの事探してくるやろな」

 

「そうだろうね。元よりそれが目的だ。私達が開発した『エフェクト』の使用運転。彼等マフィアはその栄えある実験台一号に選ばれたというわけだ」

 

「相手は10人程かぁ・・・・・・」

 

 電話口の子供が、ぼやく。

 

「なんだ。自身無いのかい?」佐伯は挑発するように尋ねる。その言葉に相手は「そんな事あらへん。ただあんまりあっさり勝負が決まると、試験にならへんなと思うただけや」と、自信たっぷりに返した。

 

「まあ、部下のヤツラはザコだが、二人ほど手強そうなやつがいる。そのうち一人はスタンド使いだ」

 

「なぁるほど。メインはその男ちゅうわけや?」

 

「その通り。その為にわざわざあの男を『オーシャン・ブルー』におびき寄せたんだ。閉じ込められるのは自分自身だとも気づかないでね」佐伯がクスクスと笑う。

 

 そう。これは実験だ。

 我々の開発した『エフェクト』が、実戦で十分通用するかどうかの。その手頃な相手として、生きのいいスタンド使いを一体ほど、こちらによこしてくれないかと、あちらのボスには話を通してある。

 

「そんで、事が起こんのはいつ位や?」

 

「そうだね。今からセットするから・・・・・・。後数十分ってとこかな?」

 

「・・・・・・なんや、もう時間無いやん。せっかくおもろそうな映画しとったのに」

 

 そういう所は子供だなぁと佐伯は笑う。まあ、わんぱくボウズを希望したのは自分なのだから文句は言うまい。

 

「――とりあえず、しばらくは自由時間やな。なら好きにさせて貰うで」そういって相手の電話は切られた。

 

「――さてと」

 

 佐伯は懐からCDの様な物を取り出すと、管理室の機械に目を通す。フロア全体のスピーカーに直結している機械を探すためだ。やがてそれらしき機械を見つけるとCDをセットする。

 

「それと・・・・・・」

 

 懐から鉄で出来たボール状の物体を取り出すと、真ん中にあるくぼみのボタンを押す。

 カチッカチッというタイマーの音が聞こえだす。

 それを、床で大きな血溜まりを作っているオペレーターの遺体のそばまで持っていく。

 

「悪く思うなよ――」

 

 佐伯は遺体の喉元につけられた傷口を広げ、その鉄の玉を喉の奥に見えなくなるまで押し込む。

 時間は12:59分。頃合だ。

 

「さて、ゲームの始まりだ」

 

 佐伯は『キャパシティ・ダウン』のCDがセットされた機械に手を伸ばし、ボタンを押した――

 

 

 

 

 同時刻。

 

「ふうっ。これで全部か」

 

 上条当麻は、1年分のゲコバック入りダンボールを4階の家電フロアまで持ってきていた。

 大食い大会で優勝したはいいが、まさか景品がゲコバックとは・・・・・・

 

(無理。こんなの家に運び込んだら、パンクしちまう)

 

 当麻は司会の男に泣きついた。

 年甲斐もなく泣きじゃくり、土下座もした。

 その様子を見た司会者が哀れに思ったのか、ついに折れてくれた。

 ゲコバックを4階の倉庫まで運んでくれるのなら、商品券と交換してもいいと言ってくれたのだ。

 その申し出に何度も「ありがとうございます!」といい、当麻は喜びいそんでゲコバックのダンボールを4階まで下ろし始める。

 連れの少女がいたのだが、あの食い物で膨れたお腹で何かが出来るとは思えない。当麻は「その場で待っていろ。動くんじゃないぞ」と念を押すと、借りた台車でダンボールを運び始めた。

 

 その作業がついに終わる。

 

「いよっしゃああ!」

 

 自分で自分にガッツポーズ。

 ものすごい達成感が当麻を襲う。

 

「よく頑張りましたね。はい。約束の商品券です」

 

 司会の男の人が商品券を当麻に渡してくれた。

 

「うぉおおおお!! ありがとうございますっ!」

 

 当麻は司会の男に何度も頭を下げた。

 

 

(――げ。何してんのよあいつ)

 

 御坂美琴は物陰に隠れつつ、当麻の様子を伺う。

 

(まずい。こんなの見られたら、絶対あいつは笑うに決まってる)

 

 美琴は両手いっぱいに抱えたゲコ太グッズを胸に抱く。

 こんな所をアイツに見られるわけにはいかない。

 しかしこういう時に限って、相手は去ってくれないものである。

 当麻は男と長話をし始める。

 

(ああ! なにやってんのよぉ! じれったいわねぇ! はやくどっかいきなさいよぉ!?)

 

 マズイ。

 イライラして髪の毛が逆立ち始めている。

 というか、このまま美琴が後ろに下がれば当麻見つかることなくその場を離れられるのだが、頭に血が上った美琴には、そんなことを考える余裕は無かった。

 

 その時だった。

 

 放送用の館内スピーカーから「ブゥゥゥゥウウウウウウン」という音が聞こえてきたのは。

 

「なに、これ?」

 

 美琴がそう思った瞬間、激しい頭痛が脳内でおこった。

 いや、頭痛だけじゃない。

 めまいや吐き気も同時に沸き起こる。

 

「う、ぐっ・・・・・・。こ、れ、は・・・・・・」

 

 美琴はそれ以上立っていられなくなり、その場にうずくまる。

 これは・・・・・・

 この状態を私は知っている・・・・・・

 

 これは、あのテレスティーナが使っていた・・・・・・

 

「キャパシティ・ダウン・・・・・・」

 

 それ以上は思考が定まらない。

 美琴はそのまま、闇に落ちるようにして意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 


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