広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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逃げない勇気 ―内田和喜―

「・・・・・・うっ。ううっ」

 

 頭が痛い。ズキズキする。

 僕はどうしたんだっけ?

 確か、電話を発見して、その後銃声がして・・・・・・

 それから・・・・・・

 そうだ、殴られたんだ。

 後ろから、後頭部を思いっきり。

 

 そうだ、委員長は?

 あの後どうしたんだ!?

 

 「う・・・・・・くっ・・・・・・」

 

 意識がゆっくりと覚醒していく。

 周りの状況は?

 僕がゆっくりと目を開けると、そこには大勢の人達がいた。

 それも十人や二十人の話しではない。百人、いやそれ以上の人間がこのフロアにいた。

 彼らは十人単位で円陣を組まされ、後ろ手をロープで拘束されていた。

 

「あ!?」

 

 かくいう僕も同じ立場だ。

 僕も周りの人達と同様、後ろ手を拘束されていた。

 拘束されている両手を何とかしようとしたが、手に食い込むばかりでどうしようもなかった。

 自力でこの拘束を解くのは、あきらめたほうが良さそうだ。

 

 辺りは電源が落とされているらしく、薄暗くなっている。

 でも、ここのフロアには見覚えがあった。

 

 ここは確か催し物をやっていたフロアだ。確か『ゲコ太48』とかいう着ぐるみショーを開催していたはずだ。という事は、ここは一階か?

 

 

 PM 13:15 1F ラウンジ・催し物広場

 

「・・・・・・オ、オっ、オマエラ。抵抗するな。てっ、抵抗するヤツ。みっ、みんな殺す」

 

 ラウンジのエレベーターの前に、巨漢の男が立ち、僕達を見渡していた。

 スキンヘッドに軍服を着た男は、手には何も持っていない。

 でも抵抗しようと考えるものはきっとこの場には誰もいないだろう。

 あの筋肉隆々の腕で殴りかかられたら・・・・・・。そう思うだけで体がすくんでしまう。

 

「おっオマエラ、人質。うっ、動かなかったら、何もしない。あっ後で全員、解放。OK?」

 

 巨漢の男はどもりながら、それだけ伝えると、後は何もしゃべらなくなった。

 

 

 どうしよう?

 まさかテロリスト?

 委員長は、無事だろうか?

 この中にいるんだろうか?

 でも体を拘束されている今の僕には、彼女を探すことも叶わなかった。

 

「――ちくしょうっ。ぐぐぐっぎぎぎぎっ。このロープ、かてぇええっ」

 

 僕の右隣で拘束されている男の人が、この戒めから逃れようともがいていた。

 しばらく、四苦八苦していたが、やがてこのロープの拘束を解くのは無理だと判断したのか、急に静かになった。

 

「ゼー。ゼー。まったく、何て日だ。大食い大会で無料券目指すはずが、ゲコバッグ一年分も貰うわ、テロリストには襲われるわ。不幸なんて言葉じゃ形容できねぇ。・・・・・・呪いだ。もうこれは呪いですよ」

 

 男の人は自傷気味に笑う。

 

 この男の人。覚えてる。

 たしか9階のファーストフード店で店員に泣きついていた人だ。

 名前は確か・・・・・・上条さん。

 まさかこんな所で一緒のグループになるなんて。

 

「あ? 悪りぃ。騒がしちまったな。だけど、俺はここでジッとしているわけにはいかねえんだ。インデックスを、助けねえと」

 

 インデックス?

 何のことだろう?

 あの大食いの女の子のことだろうか?

 

「――助けに行くのは賛成だ。俺も、上にダチを残してきちまってる。見捨ててはおけねぇ」

 

 今度は僕の左隣の人が声を掛けてきた。

 小太りで、たくましい口ひげを蓄えた中年男性だった。

 

「俺の名前はジャックってんだ。短い間だが、まあよろしくたのまぁ」

 

 小太りの男はそういって僕達にウインクをして見せた。

 

 

 PM 13:30

 

 事態の急変を告げたのは、巨漢の男が持っている無線機からだった。

 

『――ザ、ザザザザ。デク。おいっデクっ。返事をしやがれ。』

 

「どっ、どうした。あ、アニキ」

 

 デクと呼ばれた巨漢の男は無線にでる。

 

『――想定外の事が起こった。あのガキ、なかなかやりやがる。それに仲間もいやがるみたいだ。オメエの力が必要だ。すぐにこっちに来い』

 

「でっでもアニキ。こ、ここ。どうする? もっ、持ち場。離れていいのか?」

 

『そいつらは無能力者のクズどもだ。そいつらが束になってかかっても、おれたちゃ負けねぇ。そいつらは後回しでいい』

 

「――わ、分かった」

 

 デクと呼ばれた巨漢は、無線を切ると僕達を一瞥する。そして会場の建て看板に視線を移すとそれをにらみつけた。

 

 その瞬間。

 建て看板から火柱が上がり、激しく燃え上がった。

 

「うわあああああ」

 

「ひっひぃいい」

 

「きゃああああああ」

 

 その光景を見て、周りの人質になった人達が、恐怖で悲鳴を上げる。

 

「おっ俺達逆らう。みっみんなこうなる。しっ死にたくない。なら。そっそのまま、おっおとなしくっ」

 

 巨漢はそういい残すと、エレベーターに乗り込み、姿を消した。

 

 後に残ったのはザワザワという騒音だけ。

 

「――無能力者のクズどもか・・・・・・。いってくれるぜ」

 

 上条さんはそういって悪態をついた。

 

「見張りはいなくなったか。こいつはチャンスだ」

 

 ジャックさんはそういうと、上体をそらしたり、下半身をねじったりと変な運動を繰り返している。

 やがて、ジャックさんのポケットから、ゴトリと何かがこぼれ落ちる。

 それは、万能ナイフだった。

 

「よっ」

 

 ジャックさんは足を器用に使い、それを手元まで手繰り寄せると、ナイフで拘束しているロープを切断した。

 

「お、おい。ジャックさん。俺も! 俺のロープも切ってくれ!」

 

 拘束を解き立ち上がったジャックさんを見て、上条さんはあわててお願いした。

 

「ぼ、僕も」

 

 それに便乗して、僕もジャックさんに拘束を解くようお願いした。

 

 

 PM 13:45

 

 この場にいる全員の拘束を解いた僕達は、これからのことを話し合っていた。

 

「こ、これからどうしようっ」

 

「こ、このままおとなしく助けが来るのをまってればいいよ! 余計な事はしないほうがいいっ!」

 

「シャッターが開かない! くそっ、誰でもいいからドアを開けれる能力者はいないのかよっ!」

 

 外に出るためのシャッターは、硬く閉ざされ、素手では破壊できそうもない。出るためにはレベル4かそれ以上の能力者の助けを借りでもしない限り難しそうだった。

 だがこの場にはそんな能力者はいないことは明白だった。

 僕達はうすうす感ずいていた。

 この場にいる人間は、皆、能力を持たない人間ばかりなのだと言うことを。

 

「――これで決まりだな。この音波兵器は、能力者にしか効果がない。だから無線の男は俺達を無視して現場に駆けつけろとあのデブにいったんだ。俺達なんか、すぐにでも始末できるからってな」

 

 ジャックさんはそう結論付けるとその場を離れ、階段のほうへ向かっていった。

 

「おい、あんた!? どこにいくんだ!?」

 

 それに気づいた数人がジャックさんを呼び止める。

 

「――上にダチがいるんだ。エレベーターで行ったんじゃ、ヤツラに感づかれちまう。だから階段で上へ昇る。俺じゃ、力にならねぇかもしれんが、駆けつけたい」

 

「馬鹿な!? 殺されるぞ!?」

 

 ジャックさんはその言葉には答えず、すたすたと階段を駆け上っていく。

 

 

「・・・・・・いいじゃん、上のヤツラが何人死んだって・・・・・・」

 

「・・・・・・なに?」

 

 誰かがポツンと言った言葉に、ジャックさんは足を止めて視線をこちらに向けた。

 

「・・・・・・そうだよ。いいじゃん。あいつらが死のうが、どうなろうが。上の倒れているヤツラって、みんな能力者なんだろ!? だったらいいじゃん!」

 

 さっきとは違う誰かの発言に、ジャックさんはその顔を歪ませた。

 

「だってさ、あいつら、いつも偉そうなんだもん。ちょっと能力のレベルが高いからって、いつもうちらのこと見下すしさ」

 

「そうそう。無能力者のあたしらを見る目つき、なにあれ? まるで害虫でも無る見たいな目で見やがって! あたしらも生きてるんだっつーの!」

 

「今回の事ってさ。いわば天罰なんじゃね?」

 

 周りの人間は口々に能力者への悪口を言い合う。みんなよほど普段から冷遇されてきたのだろう。

 それでも、いっちゃいけない言葉だってある。

 上の階に大事な人間を残してきた人達だっているんだ。

 その人達に、「死んでもいい」だなんて、そんなこといっちゃいけない。

 そんな彼らの罵詈雑言を、ジャックさんは「それでもっ!」と大声でさえぎった。

 

 

「それでも、だ。能力があるとかないとか。そんなことはどうでもいい! 意地を通さなきゃならねぇ時があるんだ。あいつは・・・・・・。孝一は、俺の都合でこの事件に巻き込ませちまった。このまま俺だけが無事で、アイツが死ぬなんて事あっちゃあならねぇ。そんなこと、俺が許せねぇ・・・・・・」

 

 ジャックさんが肩を震わせながらそう答える。

 

「つきあうぜ、あんた」

 

 そんなジャックさんに対し、横に並んだ上条さんがポンと優しく肩を置いた。

 

「――俺にも守りたいやつがいる。悲しませたくないやつがいる。・・・・・・初めてだったんだ。誰かの為に、命をかけてもいいと思える存在と出会えるなんて。そいつの為に、何かをしてやりたいと思える自分がいるなんて。あいつは今、上の階のどこかで、一人おびえている。悲しんでいる。だからさ、俺が迎えにいってやらなきゃならないんだ」

 

「・・・・・・そうかよ。じゃあ、もう。俺らからは何も言う事はねぇよ」

 

 それきり、周囲の人間は上条さん達に構うことはなくなった。

 

 上条さん達は二人そろって、そのまま階段を上り始める。

 

 きっと、大抵の人間は上条さんたちを見て、何て馬鹿なヤツラなんだと思うことだろう。

 わざわざテロリストが上にいるというのに、そこに向かうなんて馬鹿げている。自殺行為だ。そんなに死にたいのかと彼らを嗤うだろう。

 でも、僕は笑わない。笑えない。

 僕も同じだ。委員長を、助けたい。

 そうだ。僕は馬鹿で、どうしようもなく子供で、たまにとんでもない間違いも犯す。

 でも、そんな僕でも、守りたいと思える人に出会えたんだ。

 それが一方通行の片思いでも、今はいい。

 その勘違いを動力源にしろ。

 そして、命を賭けろ。

 

 必ず、生きて委員長ともう一度再会すると、心に誓うんだ。

 

「まって!」

 

 僕は階段を上る上条さん達に追いつき、声を掛ける。

 

「・・・・・・僕にも、守りたい人がいます。一緒に、行かせてください!」

 

「いいのかい?こっから先は俺らの独断。生きるも死ぬも自己責任。それでも、来るかい?」

 

 ジャックさんがそういって僕を見る。その目はまるで僕を値踏みするようだった。

 だけど僕は動じない。

 今の僕には絶対的な信念があるからだ。

 委員長を助ける。

 それだけが今の僕の行動原理だ。

 だから僕はジャックさんにこう言い返してやった。

 

「構いません。 僕も、馬鹿の一人ですから」

 

 するとジャックさんは嬉しそうに笑うと僕に対して手を差し出してきた。

 

「へっ! いいぜぇ。馬鹿同士、よろしくやろうや。えーとっ」

 

「・・・・・・和喜。僕は内田和喜です」

 

 ジャックさんと上条さんに僕はそう挨拶し、差し出された手を握った。

 

 

 

PM 13:45 2F 生活雑貨・食品売り場

 

「――悪りぃ。待たせたな」

 

 ジャックさんが戻ってきた。

 

 二階のフロアに着いたとたん、ジャックさんは「ちょっとここで待っていてくれ」とだけ言い残すとそのままフロア奥に姿を消してしまった。

 

 そして行きがけには持っていなかったリュックサックを背負っていた。

 

「それ、どうしたんです?」

 

「何。客の誰かが落としたものをちょいと拝借したのさ。なんかの役に立つかもしれないからよ」

 

「ずいぶん膨らんでいますけど、何が入っているんです?」

 

「ちょっとした生活用品さ。さすが学園都市。一般では入手不可能なものまで売りに出してやがる。まったく使う必要がねぇかもしれんが、一応、な」

 

 ジャックさんはリュックの中身を教えてくれたが、使う機会があるのか疑問なものだった。

 

 

 PM 13:50 3F 階段

 

「・・・・・・敵の目的は、一体何なんでしょう?」

 

 上の階を目指す間、僕は疑問に思ったことを二人に尋ねてみた。

 別に回答が欲しかったわけじゃない。ただなんとなく、この二人ならこたえてくれる気がしたのだ。

 

「ヤツラの目的は、わからねぇ。俺が4階で拘束されるとき、見たのは4人だった。いきなり周りの人達が倒れて、駆け寄った瞬間、後ろから銃を突きつけられた。そしてそのまま拘束されちまった。ちくしょうっ。インデックス・・・・・・」

 

 上条さんが悔しそうに下唇を噛む。よっぽどそのインデックスという少女の事が大切なのだろう。

 

「――ヤツラの目的は、麻薬さ」

 

「麻薬? 何か知ってんのか!? あんた?」

 

 唐突にそう答えたジャックさんに、上条さんが詰め寄る。

 

「俺も全部知ってるわけじゃねぇ。ただこの麻薬はかなりヤバイ代物で、それがこの『オーシャン・ブルー』内のどこかに隠されているって事だけだ。ヤツラの目的はひょっとしたら、テロじゃなくて、それを取り返すことなのかも知れねぇ」

 

 麻薬?

 それを取り戻すためだけに、ヤツラはこんな大掛かりな事件を起こしたっていうのか?

 

「――悪りぃが、情報の出所はいえねぇ。あいつは最悪の仕事をしているが、まだやり直す事が出来る。だけど、この事が学園の上層部にでも知られたら、あいつの身の保障は出来ねぇ・・・・・・。だから、言う訳にはいかねぇ・・・・・・」

 

 あいつ?

 アイツって誰のことだ?

 

 だけどそれきり、ジャックさんは口を開くことはなかった。

 

「・・・・・・二つだけだけ聞きてぇ。そいつは、間接的にこの事件に関わってんのか?」

 

「ああ」

 

「そしてあんたは、そいつの事が守りたいんだな?」

 

「ああ、そうだ」

 

 口をつむぐジャックさんに上条さんはそう訪ねた。

 上条さんはしばらく黙っていると、最後には「わかった」と答えた。

 

「いいのか? 俺を信じるのか? こんなどこの馬の骨とも分からない俺を信じんのか?」

 

 ジャックさんの問いに上条さんは「ああ」と答えた。

 

「俺はあんたのことを信じたんだ。だからあんたが信じるそいつの事も信じてやる。だから、絶対助けろ。命がけで、守ってやれ。」

 

 そういって右手でこぶしを作ると、ジャックさんの胸を軽く小突くようにした。

 

 ジャックさんは嬉しそうに「ありがとうよ」とだけ答えた。

 

 

 PM 14:10 5F 階段

 

 突然の轟音が上の階を目指している僕達に響き渡った。

 

「!! なんだ!?」

 

 単発的な爆発音が少しづつ近付いてくる。

 

「!?」

 

 それと共に、誰かが階段を下りてくる足音が聞こえてくる。

 

 敵が、きた!?

 

 僕達は慌てて階段を下り、五階のフロアに身を隠す。

 

「どうしましょう!? ジャックさんっ。上条さんっ」

 

「ちっ。あの轟音からして、相当やばい能力者なのは間違いねぇ。一歩間違えると、全滅コースだな。何とかやり過ごせりゃいいが・・・・・・」

 

「多角的な戦闘だったら、こっちが不利だ。何とか一対一に持ち込めれば・・・・・・」

 

 このまま身を隠そうと考えているジャックさんと、攻めに転じようと考えている上条さん。

 どっちの答えが正解だなんて、僕には分からない。

 分かっているのは、このままだと一分もたたずに戦闘になるかもしれないと言う事実だけだ。

 

 

 今更ながら、体が震えてきた。

 あの轟音からして、何かヤバイ能力の持ち主なのは明白だ。

 だが、ここで疑問が生まれた。

 今もずっと聞こえているこの「ブゥウウウウウン」という音。これが原因で能力を持っている人間に影響を及ぼすのだとすれば、あの轟音を出しているヤツは、何で能力を使えるんだ?

 分からない・・・・・・

 分からないことだらけだ。

 

 そして僕達が敵に対して身構えているその瞬間。

 

 天井が大きく振動し、やがてドロリと、まるで雨細工の様に、天井が溶け出した。

 

「う、うわあああああああ!!」

 

「や、やばいっ!!」

 

「階段まで、はしれぇっ!!」

 

 突然の出来事に僕達は脱兎のごとく駆け出した。

 無理だっ!

 あんなヤツに、かなうわけない。

 逃げるんだ!

 

 天井から何かがズシィィンという音を出し落下してくる。

 

「ガキィイイイイイイ!! おんなぁああああ!! どこいったぁあああああ!!!!!」

 

 そういって、まるで狂ったかのように炎を連射するアイツに、僕達は見覚えがあった。

 ソイツは、一階で僕達を監視していた巨漢のデク呼ばれたテロリストだった。

 

 

 PM 14:15 

 

「ハーッ。ハッーっ。何だ、あいつは? どうしたってんだ。俺達のことなんてまるで眼中にないみたいだった」

 

 息も絶え絶えにそういうジャックさん。

 

 そうだ、あいつの様子は何かおかしかった。 

 まるで誰かを探すみたいに、やたらめったら攻撃していた。

 一体誰を?

 だけど一番気になるのは、あいつが来た道だ。

 あれだけ派手に暴れまわったのだ。

 上の階がどれだけ破壊されているのか想像もつかない。

 場合によっては人死に(ひとじに)も出ているかもしれない。

 ・・・・・・嫌な予感がした。

 まさか。

 まさか・・・・・・

 

「上の階が気になる。急ぎましょう!」

 

 僕は焦る気持ちを抑えて、上条さん達にそういった。

 

 

 

 PM 14:25 10F 洋食・レストラン街

 

「――委員長っ!」

 

「う・・・・・・ち・・・・・・だ・・・・・・君?」

 

「しゃべらなくていいっ! 良かった・・・・・・委員長が無事で・・・・・・」

 

 10階に到着した僕達はそれぞれに自分達の大切な人間を探し始めた。

 僕は委員長を。

 上条さんはインデックスさんを。

 フロアは激しい戦闘があったのか、物が散乱したり、銃弾の後があったりと、酷い有様だ。

 焦りの気持ちが次第に大きくなる。

 まさか、最悪の事態が・・・・・・

 だが、それは杞憂だった。

 

 僕は無事、委員長を発見することに成功したのだ。

 委員長は、とあるレストランの一角で後ろ手を縛られ、拘束されていた。

 よく見ると他のお客の人達も、同様に拘束されている。

 

「まってて、今、ロープを解くから」

 

 僕は拘束されている委員長達のロープを解く。

 

「い、けない・・・・・・。に、げ、て・・・・・・」

 

「え?」

 

 委員長の様子がおかしい。

 何かを伝えようとしている?

 

「ば、くだん・・・・・・。重力子爆弾(グラビトン・ボム)。12階。ちゅうおう、かんりしつ・・・・・・」

 

「爆弾!?」

 

「おんなのこ、と・・・・・・はなして、た・・・・・・おとこの、こ、が・・・・・・ぜんぶ、ふきとばすって・・・・・・」

 

 そんな・・・・・・。

 爆弾で、全員吹き飛ばすつもりか!?

 どうしたら・・・・・・

 

「・・・・・・・・・」

 

 委員長は再び、意識を失ってしまったようだ。

 ぐったりして動かない。

 

「ぐっ・・・・・・」

 

 どうする?

 このまま逃げる?

 委員長だけ担げば、何とか逃げられる?

 

 ・・・・・・・・・

 

 ――違うっ!

 まだそんなことを考えるのか!?

 僕らだけ逃げるだなんて、そんなこと出来ない。

 今、状況で、僕達だけが状況を把握できている。

 僕達しかいないんだ。

 出来るやつが、出来ることをやらないで、どうするっ!

 

 ・・・・・・でも、まだ勇気が出ないんだ。

 だから、委員長。

 後でいくらでもしかられるから。

 ひっぱたいてもいいから。

 僕に、勇気をください。

 

「・・・・・・委員長、ごめん」

 

 僕は気絶した委員長の前にひざまずくと、そっとその唇に自分の唇を合わせた。

 

 

 PM 14:30

 

「上条さんっ」

 

 僕は委員長をその場に残し、上条さんと合流することにした。

 上条さんは、待ち合わせの自動販売機の前で僕を待ってくれていた。しかしその表情は、暗い。

 まさか・・・・・・

 

「・・・・・・見つからなかった。俺、あいつに言ったんだ。ここで待ってろって。それなのに・・・・・・ちくしょうっ! どこにいったんだよぉ・・・・・・。インデッスク・・・・・・」

 

 感情を抑えきれなくなったのか、上条さんが自動販売機横のゴミ箱を思い切り蹴り上げた。

 

「ウギュ」

 

「・・・・・・へ?」

 

 ・・・・・・ゴミ箱から何か声がした。

 自動販売機横のゴミ箱は、街で見かけるゴミ箱よりかなり大きめな作りになっている。

 それこそ人一人隠れるのに十分な・・・・・・

 と、いうことは、まさか!?

 

「ま、まさか!? インデックス!? いるのか?」

 

 上条さんがゴミ箱の蓋を開けると・・・・・・

 

「・・・・・・とーま?」

 

 そこには空き缶の中で涙を浮かべてうずくまっている修道服姿の少女がいた。

 女の子は上条さんの姿を確認すると、涙目の瞳を大きく見開き、そのまま上条さんに抱きつき、大声泣き出した。

 

「うわあああああんっ! こわかった、こわかったんだよっ! いきなり悲鳴や銃声がするし、とーまは帰って来ないし! 一人ぼっちでさみしかったんだよぉ!!!」

 

「悪かった! 俺が悪かった! ゴメン。怖い思いをさせて・・・・・・」

 

「ううん。いい。こうしてとーまが帰ってきてくれたんだもんっ」

 

 上条さんと女の子はお互いに抱き合い、無事を喜び合った。

 

「――感動の再会の所を悪いがよぉ・・・・・・」

 

「!?」

 

 僕達の後ろで声がする。

 この声は、覚えているぞ。

 無線で聞こえた男の声だ。

 巨漢の男はアニキとか言っていたヤツだ。

 

 男は白髪をオールバックで固めており、まるで鷹のような鋭い眼光で僕達を睨みつけていた。

 白い髪に、白いスーツのリーダーと思わしき男。

 この雰囲気。只者じゃない。

 完全に僕達の住む世界とは別な所。

 もっと血なまぐさい世界の住人だ。

 男の後ろには銃を構えた仲間が2人控えていた。

 三人か・・・・・・

 一人なら何とか逃げられそうだが、銃を持ったヤツラが三人。

 状況は圧倒的にこちらが不利だ。

 

「お前ら、あいつの仲間か? ずいぶんと滅茶苦茶にかき回してくれたよなぁ! お前らのお陰で、俺はボスに大目玉だ。場合によっちゃあ始末されるかもしれねぇ。・・・・・・よくもここまでコケにしてくれたよなぁ!! ただで済むと思うな!? 全員、この場で串刺しにしてやるっ!!」

 

 男の額に青筋が浮かびあがり、怖い顔がさらに恐ろしい事になっている。

 

「・・・・・・何のことだか、わからねぇな。それによ? ただで済まそうだなんて、これっぽっちも思ってねぇよ。逆だぜ。お前等がどこの誰だかしらねぇが、俺達の街でよくも好き放題してくれたな! 絶対に! テメエ等は許さねえ! 必ず、その面に一発お見舞いしてやるっ!」

 

 上条さんは少女を自分の後ろに隠すと、身構える。

 

「おもしれぇガキだ。さっきのガキといい、まったくむかつく面してやがるぜ!」

 

 男は何も構えない。武器らしいものも持っていない。

 でも、なんだ!?

 この男の体から、像(ビジョン)のようなものが浮かび上がってくる!?

 ・・・・・・なんだ、これは!?

 

 男の体から浮き出たものは、氷の彫刻で出来た鷲のような形をしていた。

 そいつが口をあんぐりと開け、中から出したのは・・・・・・

 つらら!?

 直径3cmくらいの馬鹿でかいつららが、口の中から・・・・・・

 

「でやあああああああ!!!!」

 

「なにっ!?」

 

 その時、男達の背後から忍び寄ったジャックさんが、筒状の何かを投げた。

 それも一本ではない10本以上である。

 煙を吐き出しながら周囲に落ちるそれは、たちまち僕達の周囲を覆い、煙幕を作り出す。

 これは、発炎筒!?

 

「今のうちだっ! 当麻! 和喜! 逃げろっ!!」

 

 ジャックさんの声に僕達はすぐさま反応し、男達に背を向け走り出す。

 

「ちくしょう! このままコケにされて、黙ってられるか! お前達、絶対に逃がすんじゃネェぞ!」

 

 背後で男の怒声と銃声が聞こえる。

 

「グぅッ。・・・・・・おい、全員無事かぁ」

 

 煙の中からジャックさんが合流してきた。

 よかった。全員集合だ。

 

 これからどうする?

 このまま隠れてやり過ごすというわけには行かない。

 それは出来ない。

 僕はジャックさんたちに委員長が聞いたことを伝えることにした。

 

 

「・・・・・・ジャックさん。上条さん。僕達はどうあっても上の階に行かないといけません」

 

「なんだって!? 上じゃ、どうあがいてもやつらをまけねぇ。逃げんなら下だろ!?」

 

 ジャックさんが言う事はもっともだ。普通逃げるなら下の階だろう。

 でも、それは出来ないんだ。

 

「爆弾が、設置されているんです。このビルを吹き飛ばすくらい。強力なやつが。たぶん、テロリストたちも知らないことだと思います。知ってたら、こんな悠長に僕達を追うわけない」

 

「まじかよ・・・・・・証拠隠滅ってわけだ。痕跡を全部残さず、綺麗さっぱり消し去るってわけかよ」

 

 ジャックさんが立ち止まり、息を呑む。

 しばらく考えた後。

 

「和喜。これ持て」

 

 そういって背負っていた自分のリュックサックを僕に渡してくる。

 

「なんです?」

 

「上にいくにしても、敵を分散しておく必要があるだろ? おとりは俺がやってやる」

 

「そんな!? それなら僕がやりますよ。」

 

 僕がそう食い下がるとジャックさんは首を横に振った。

 

「意地があんだよ。おっちゃんにもよぉ。それに、こういう役割は昔っから年寄りの仕事だって相場が決まってんだ・・・・・・。ぐぅっ!?」

 

「おいっ!? ジャックさん!? どうした!?」

 

「とーま。この人、すごい血なんだよっ」

 

 よく見るとジャックさんのわき腹が血でべっとりと赤く染まっている。

 

「・・・・・・へへっ。しくじった。流れ弾に、当たっちまった」

 

 ジャックさんは額に汗を滲ませると、そのままヨロヨロと歩き出す。

 

「同情はすんな。そういう役回りが回ってきたってだけさ。もちろん、死ぬつもりもねぇ。こうみえても俺はしぶといんだ。・・・・・・いいか、和喜。当麻。お穣ちゃん。やれるやつが、やれることをやるんだ。今お前等がしなけりゃなんねぇ事は、俺に悲しみの目を向けることじゃねぇだろ。・・・・・・行け。行って、皆を救って来い」

 

「ジャックさんっ!」

 

 僕の叫びに、ジャックさんは答えることなく駆け出していく。僕達の行く上の階段とは逆の方向へ、敵の数を一人でも減らすために!

 

 それに呼応するかのように、「ブゥウウウウウン」という音で能力者の皆を縛っていた、あの音が消えた。

 そして、僕達の遥か下の階層から、轟音が轟いた。

 

 PM 15:00 へ続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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