広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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甘い話しには気をつけよう ―佐天涙子―

 ――――暑い・・・・・・

 

 

 

 ――――暑い・・・・・・

 

 

 『おい、なにやってる』

 

 『さっき教えた通り、皆とのタイミングを合わせろ』

 

 『もう時間がない・これが最後の練習だ。もう一度通していくぞ』

 

 「・・・・・・も、もう、無理・・・・・・」

 

 大量の等身大ゲコ太に囲まれながら、あたしはゼーゼーと全身で呼吸するように何度も息を吐く。

 普通に死ねるくらいの暑さだ。

 冷却装置とかついてないの? この着ぐるみ・・・・・・。

 それにこれ、重い・・・・・・。

 さっきから体を動かすだけで一苦労なんだけど・・・・・・

 

 『おい』

 

 「ぎゃんっ」

 

 『おい』と書かれたプラカードで頭を殴られた。

 しかも角で・・・・・・

 痛い! 

 それはあまりにも痛いってば!

 

 あたしを殴ったゲコ太は、キュッキュとプラカードの文字を消し、新しい文字を記入する。

 

 『さっきから言ってるだろ!』

 

 『ゲコ太はしゃべらない!』

 

 『お前は子供達の夢を潰すつもりか!?』

 

 近くにいた他のゲコ太も、あたしの周りに集まってきた。

 

 あたしを取り囲んだゲコ太達が無言でプカラードに文字を書いている場面は、傍から見たらさぞ不気味に映ることだろう。

 

 このプラカード。ボタン一つで書いた文字を消すことが出来ると言う優れもの。

 さっきからゲコ太は何度も文字を書いては、あたしを怒っている。

 というか、お金をかけるところが間違っている気がするんですけど・・・・・・

 さっきも言ったけど、この着ぐるみ、暑いんだよ!

 うううう・・・・・・

 なんで、あたしがこんな目に・・・・・・

 

 どうしてこうなったんだっけ?

 ・・・・・・ああ、そうだ。

 すべてはあの誘いに乗ったことから始まったんだ――――

 

 

 

 ――――事の発端は、四ツ葉さんの一言だった。

 

『ねえ、涙子ちゃん。ちょっと、アルバイトしてみない?』

 

 SADビルで、漫画本を読みながらくつろいでいたあたしに、四ツ葉さんが声を掛けてきた。

 ここ最近、あたしはこのビルに入り浸っていた。

 なんというか、居心地が良かったのだ。

 最初は一般人のあたしが、勝手に立ち入るのって、いけないことなんじゃ? とも思っていたんだけど、なんか意外とゆるいというか、例えるなら学校の部活動の延長みたいだった。

 仮にも学園都市が運営している組織で、それはどうなのよとも思ったけど、ここの責任者の四つ葉さんが「別にいいんじゃない?」というので、気にしないでお言葉に甘えさせてもらうことにした。

 彼らは基本的にSADの活動をしている以外は、ビル内でダラーンとしていることのほうが多かった。

 大抵は漫画を読んだり、他愛ない話で盛り上がったりと、かなりゆるい感じだ。

 

 ちなみに、今日は孝一君はお休みだ。

 後で知ったけど、緊急時以外は自由参加OKらしい。

 その話を聞いて益々部活みたいだと思ったのはナイショだ。

 

『アルバイト、ですか? 一体なんの?』

 

 

『なに、ちょっと知り合いのオーナーのお店が、ゴタゴタで立て込んでいてねぇ。誰か生きのいい人間を貸して欲しいっていうんだよ』

 

『・・・・・・へえ、アルバイトかあ。ちょっと興味あるかも。あたしにも出来る内容なんですか?』

 

 

『大丈夫! 期間は一日、それも土曜日オンリー。ちょっとだけ被り物をしてお客を呼び込む、簡単な仕事だヨ!』

 

 四ツ葉さんはそういって笑顔であたしの肩をポンポンと叩いた。

 

 今になって思うこと。

 

 中年男性の、甘い誘いには気をつけよう。後々後悔すること多々あり・・・・・・。

 

 

 

 AM9:40 1F ラウンジ・催し物広場

 

「ゼハー。ゼハー。し、しぬ・・・・・・。みず・・・・・・」

 

通しのダンスレッスンを終え、あたしはその場にうずくまった。

今あたしが考えている事はただ一つ。

四つ葉のオヤジをひっぱたくことだけだ。

ちくしょう。

なにが誰でも出来る簡単な仕事だ。嘘、嘘。大うそつきめ!

 

今から40分ほど前。

時間ちょうどにきたあたしを待っていたのは、大量のゲコ太達だった。

彼らはあたしの姿を確認するなり、そのままゲコ太の着ぐるみをあたしに着せこう言った(プラカードで)。

 

『時間がない、早速訓練を開始する』

 

「へ?」

 

 ゲコ太達は、状況が飲み込めず、頭に大きなハテナを浮かばせているあたしの体を引っつかむと、そのまま会場まで連行していった。

 

「えええええ!? なにこれ? なにこれ!? ちょっとまって!?」

 

『質問は後だ』

 

 

『とりあえず』

 

『練習あるのみ』

 

 訳が分からなかった。

 練習って何?

 何をする気なの?

 なんでプラカードで会話してんの? この人達!?

 

 そんなあたしの疑問を吹っ飛ばして、地獄のダンスレッスンが始まった。

 

 

 そして今に至る――――

 

「ゼー。ゼー。ゼー・・・・・・」

 

 

『まあ、なんとか形になったな』

 

『技術面では完成系には遠く及ばないが・・・・・・』

 

『そこは熱意と根性でカバーだ』

 

『では、最終ブリーフィングを開始する』

 

 地獄のダンスレッスンのさなか、あたしはやっと状況が飲み込めた。

 

 どうやら彼らは、イベント専門の会社に所属する社員達のようだ。

 ここ一週間この『オーシャン・ブルー』で10時に行われるダンスイベントでゲコ太48(ふぉーてぃえいと)としてダンスを披露していたらしい。

 ところが最終日の今日だけ、社員の一人がどうしても外せない事情があるとかで欠員を出すことになってしまった。

 で。

 その穴を埋めるのが、あたし、と・・・・・・

 

「・・・・・・」

 

 ふ・・・・・・

 ふっ・・・・・・

 

「ふざっ、けんなぁあああああ!!」

 

 あまりの理不尽さに、あたしは吼えた。それはもう、天高く。力の限り。

 やはり四つ葉のおやじは殴る。

 いや、蹴る!

 いや、あの残り少ない髪の毛を一本一本! 毛根から引き抜いてやるううううう!

 

 『うるさい!』

 

 「うぎゅ!?」

 

 おおおおお・・・・・・

 

 また、角で・・・・・・

 

「~~~~~っ!!」

 

 あたしはあまりの痛さにうずくまっていると、『ブリーフィングを、ちゃんと聞け』というプラカードがあたしの目の前に突き出された。

 

「・・・・・・はい」

 

 あたしはしぶしぶうなずいた。

 

『プラカードで!』

 

 これ以上逆らうと頭の形が変形してしまいそうだったので、あたしはプラカードに『はい』と書くしかなかった。

 しくしく。

 

 

 AM9:55

 

『みんな、最後にこれだけは言っておく』

 

 リーダーのゲコ太の手がせわしなく動き、プラカードに文字を生み出す。

 

『中の人などいない!』

 

 何か名言っぽいっけど、絶対しゃべったほうが早いだろうに・・・・・・。

 なんて、ツッコミを入れるとまたプラカードの角が頭にめり込むので黙っておく。

 

『皆も経験あるだろう。遊園地で! 動物園で! イベント会場で! 往来を闊歩するかわいい着ぐるみと、もっと仲良くなりたいと思ったことを! そして、その後を追いかけていったら、中から知らないヒゲ面のおっさんが出てきたときの悲しみを! 苦しみを! トラウマを! 』

 

 ちなみにあたしたちは今、舞台裏でリーダーを中心に円陣を組み、話を聞いている状態だ。48人もいるのですし詰め状態。熱気が着ぐるみの中にまで浸透し、汗が全身から噴き出している。

 

『そんな悲劇を子供達に与えてはならない! 俺たちはゲコ太だ! それ以上でも以下でもない。ただのゲコ太だっ! さあ、いくぞ! 子供達に夢を与えるために! お前達、復唱だ! ・・・・・・復唱っ! ゲコ太はかわいい! ゲコ太はしゃべらない! 中の人などいない!』

 

『ゲコ太はかわいいっ!』

 

『ゲコ太はしゃべらないっ!!』

 

『中の人などいないっ!!!』

 

 あたし以外の47人のゲコ太が興奮状態でリーダーの復唱を繰り返す。

 うう、怖いよぉ・・・・・・。

 うちにかえりたい・・・・・・

 

 知らず知らずのうちに足が出口の方に向くあたし。

 でもリーダーのゲコ太がそれを見逃すはずもない。

 あたしは二人がかりで羽交い絞めにされて、しまう。

 

「あ、あの、あの・・・・・・心の、準備が・・・・・・」

 

『いくぞ! 総員、戦闘準備! GOGOGOGO!!!』

 

「いやあああああああああああ!!!」

 

 あたしはそのまま、47人のゲコ太に押し出される形で、イベント会場に連れ出された。

 

 

 AM10:25 1F イベント会場

 

 ――――暑い。

 ――――腹減った。

 ――――水をクレ・・・・・・

 

 ・・・・・・あたしは燃え尽きた。

 何をどうやって、どんな風に踊ったかなんて覚えていない。

 今はもう、全てを忘れて深く深く眠りたいだけだ。

 

今、目の前にはゲコ太を見にきた小さな子供達が、私達ゲコ太にサインをねだっている。

 

「おねがいしますっ!」

 

「・・・・・・」

 

 あたしは目の前に出されたサイン色紙に、もはや自動書記状態で、なんの感慨も泣くサインをしている。

子供達には悪いけど。あたしの今一番の望みは、この憎たらしい着ぐるみを脱ぎ捨ててしまうことだけだ。

 後何回サインしたらこの苦行から解放されるのか。

 あたしは出所を待つ受刑者。

 サイン一枚一枚があたしの刑期を短くしてくれるのだ。

 なんて

 くだらない事を考えながら、黙々と子供達にサインを行っていった。

 

「――――あの、おねがいします」

 

 その時、あたしの目の前に、良く見知った声と顔の人がサイン色紙を持って現れた。

 茶髪系のショートヘア。

 常盤台の制服。

 紛れもない、御坂美琴その人だった。

 

 な、なんで?

 なんで御坂さんが!?

 いや、そんな事はどうでもいい。

 とりあえず、中身があたしだとバレるのだけは避けないと。

 こんなの、恥ずかしすぎる。

 平常心、平常心。

 大丈夫。

 普通にサインすればバレない。バレるはずがない。

 あたしはドキドキする気持ちを抑えて、御坂さんが差し出したサイン色紙に大きく『ゲコ太』とサインした。

 

「・・・・・・」

 

 しばらくそのサインを眺めていた御坂さんは再びあたしに声を掛けてきた。

 

「あのっ――――」

 

 思わず「はいっ」と返事しそうになる口を、慌てて押し留める。

 なんだろう?

 まさか、ばれた!?

 いや、まさか・・・・・・そんなはずは・・・・・・

 あたしが一人ドギマギしていると

 

「あの、『美琴ちゃんへ』って書いてもらっていいですか?」

 

 へ?

 そんなこと?

 ああ、良かった。

 そんなのいくらでも書いてあげますよ。

 あたしは『ゲコ太』とかいたサインの隣に、御坂さんの希望通り『美琴ちゃんへ』と書き込んだ。

 

「うわあ! ありがとう、ゲコ太! 私、一生大切にするね!」

 

 御坂さんは満面の笑みを浮かべて会場を後にした。

 御坂さん・・・・・・

 変なものが好きだとは思っていたけれど、まさか子供用の会場にまで足を運ぶだなんて・・・・・・

 友達の知られざる一面を垣間見、あたしは複雑な気持ちになるのだった。

 

 

 AM10:40

 

 終わった・・・・・・

 終わったよね?

 いやったああああああ!

 これであたしの仕事は終わった。

 もう帰る!

 絶対帰る!

 

 子供達へのサインを全て終わらせたあたし達は、イベント会場を後にしていた。

 これで終わりだ。

 早くこの着ぐるみを脱ぎたい。

 体中汗臭いし、喉も渇いた。うちに帰ったら最初にシャワーを浴びて、冷たいジュースをがぶ飲みしてやるんだ。そしてクーラーガンガンに効かせて、大の字でベッドに横になるんだ。それから、それから・・・・・・

 あたしがこの地獄から解放された後、したいことリストを脳内で作成していると、リーダーがプラカードを提示してきた。

 そこには、

 『よーし! 軽い昼食後に昼の部の練習に取り掛かるぞ! 気合いれろよー』

 と書いてあった。

 

「は?」

 

 終わりじゃ、ない?

 

 なんで?

 なんで?

 その時、あたしは四つ葉さんとの会話を思い出していた。

 

『――――大丈夫! 期間は一日、それも土曜日オンリー。ちょっとだけ被り物をしてお客を呼び込む、簡単な仕事だヨ!』

 

 まさか、まさか・・・・・・

 

 『期間は一日』

 

 最終日。昼の部。夜の部。これで終わりじゃない。お別れイベントあるかも。ダンス。帰れない。ずっと。一日。今日が終わるまで。

 

 様々な単語が頭に浮かび、あたしの頭はグルグルと回りだした。

 

「・・・・・・」

 

 そして一つの結論に達した。

 

 逃げよう。

 

 もうやってられない。

 そもそもこんなことに付き合う義理はない。

 そうだ、そうしよう。

 

 思い立ったら吉日。あたしはこの着ぐるみ集団の輪から少しずつ離れ、全員の不意をついて逃走した。

 

『あ』

 

『逃げたぞ!』

 

『追え! 逃がすな!』

 

 あたしの逃走に気が付いたゲコ太達が、プラカードにそんなことを書きながらあたしを追ってきた。

 冗談!

 捕まるもんかっ!

 外に出ることはできない。そんなことをしたら、たちまち不審者扱いされてアンチスキルでも呼ばれてしまうだろう。

 とりあえず、喉が渇いた。着ぐるみも脱ぎたい。あたしはとりあえず適当な階に逃げ込むため、上に続く階段を駆け上った。

 

 

 AM 10:55  6F 漫画・コミックフロア

 

 水。

 お茶。

 ジュース。

 なんでもいい。飲みたい。

 

「もう、限界・・・・・・」

 

 もう、いや・・・・・・

 暑いし

 重いし。追っ手は来るし・・・・・・

 今日は何? 悪夢か?

 

 追っ手をまいたあたしはとあるフロアで一息入れていた。

 ここはどこだろう?

 やたらめったら駆け上ったんで、何階なのかまったく分からない。

 まあいいや。

 とりあえずジュースが飲みたい。

 あたしはフラフラとした足取りで、自動販売機の前に歩き出した。

 そして絶望した。

 

 財布が、ない・・・・・・

 そうだ。

 財布は会場に到着した時、手提げカバンに入れていた。

 そのカバンは・・・・・・

 ゲコ太達に拉致されたとき、そのまま、そこに・・・・・・

 

「う、うわああああああん!」

 

 なんてこと!

 目の前に自動販売機があるのにっ!

 手を伸ばせばすぐ手が届くのにいっ!

 お金が、お金がないなんてぇええええ!!

 あたしはこの気持ちをどこかにぶつけたくてガンガンと自動販売機に頭突きを食らわした。

 周囲の人達が危ないものを見るような目つきであたしを見ているが、もうそんな事は気にしていられない。

 もう、いい・・・・・・

 こうなったら、この自販機を叩き壊してでもっ!

 あたしがそんなことを考えていると『ガコン』というあたしが待ち望んでいる音を聞いた。

 その音は、あたしの隣の隣の隣から。

 一人の男の子がいる自販機から。

 

「あ・・・・・・。あ・・・・・・。あ・・・・・・」

 

 男の子が手にしているのは缶ジュース。ヤシの実サイダー。

 あたしは、その缶ジュースに釘付けになり、まるでゾンビのように、それを求めて歩み寄る。

 

「ジュース・・・・・・。冷たい、キンキンに、冷えた・・・・・・」

 

 男の子には連れがいた。おさげ髪で、黒縁眼鏡をした知的そうな女の子。

 男の子は購入したジュースをその子に渡し、自分の分を買うために再びボタンを押した。

 カップルか。

 なら、いいよね?

 一本くらい貰っても。あたしに恵んでくれても、罰は当たらないよね。その幸せを、あたしにちょびっと分けてくれてもいいよね!?

 何か思考が支離滅裂だけど、しょうがない。

 あたしは自分の欲求の赴くままに行動するのだ。

 

「クレ」

 

「はい?」

 

 出来るだけ簡潔に、あたしは交渉を開始した。

 男の子はぽかんとした顔をしていたが、思いは伝わったはずだ。

 

「な、なんなんですか? あなた!? 非常識にも程がありますよ!」

 

 女の子が何かまくし立てているが、そんな事は耳に入らない。完全にシャットアウトだ。

 これはあたしとこの男の子の問題だ。彼女とはいえ、他人がしゃしゃり出ていい事じゃない。

 

「・・・・・・」

 

 しばらく男の子とのにらみ合いが続いたが、やがて根負けしたのか男の子は折れてくれた。

 

「・・・・・・わかりました。どうぞ」

 

 すっとヤシの実サイダーをあたしに手渡してくれた。

 

「おおおおお・・・・・・」

 

 やった!

 交渉成立だ。

 神様は存在した!

 あたしは嬉しさのあまり声にならない声をあげていた。

 

 しかしその時、あたしの視界に忌々しい物体が視えた。

 ヤツラだ。

 『ゲコ太』

 あたしを捕まえにきたのだ。

 ちくしょう。

 こんなところで、捕まってなるものか。

 

 あたしは心の中で、目の前にいる親切なカップルにお礼を言うと、そのフロアから逃げだした。

 

 

 

 AM 11:25  4F 家電・パソコン売り場 倉庫内

 

「んぐっ。んぐっ。んぐっ。ぷはあっ!!」

 

 追っ手から逃れてパソコン売り場の倉庫内に逃げ込んだあたしは、缶ジュースのプルタブを開けて至福の瞬間を味わっていた。

 邪魔な着ぐるみはそのばに投げ捨てた。

 

「ああ。五臓六腑に染み渡るぅ。ジュースがこんなにもおいしいだなんて」

 

 倉庫内はクーラーがないのでかなり暑かったのだが、そんなのこの着ぐるみよりは遥かにマシだ。

 思い出したらむかついてきたので、あたしは脱ぎ捨てたゲコ太の頭部にゴスッと蹴りを入れた。

 

「・・・・・・さて、と」

 

 冷たいジュースを飲み、冷静さをとり戻したあたしは今後の事を考えていた。

 これからどうするか。

 ほとぼりが冷めるまではここにいるとして、その後は?

 人ごみにまぎれて、外にでようか?

 

 あたしがそんなことを考えているとあたしの背後で声を掛けられた。

 

「なんや、おねーちゃん? こないなとこで何をしとるん?」

 

「ひえっ!?」

 

 あたしが振り向くと、そこには小学年くらいの男の子がいた。

 男の子は、商品が納められている棚の一番てっぺんに上って、なにやら品物を物色している。

 まさか、この子、泥棒?

 でも、まてよ?

 この部屋って、密室だったよね?

 ということは、この子、あたしが来る前からこの倉庫の中で一人きりだったって事?

 しかもあたしにまったく気配を感じさせずに?。

 この子は一体?

 

「き、きみこそ。こんな所で何してんのよ? 君、まさか泥棒?」

 

 あたしはそう尋ねるだけで精一杯だった。

 

「泥棒? ちぃとばかし、違うなぁ。・・・・・・ウチの本当の目的はな? これや!」

 

「ええ!?」

 

 男の子はそういうと、棚の商品の一つを強引に地面に叩き落した。

 グシャッという強烈な音が辺りに響き渡る。

 中身はビールか何かだろうか?

 衝撃音の後に、商品を絡んだダンボールからジンワリと液体がにじみ出てきた。

 

「ちょっ!? あんた、何してんのよ!?」

 

 そんなあたしの言葉などどこ吹く風で、男の子は棚の上から飛び降り、そのまま倉庫の扉を開ける。

 

「えへへっ。おねえちゃん。そこにおってもええけど。そしたら、おねえちゃんが真っ先に疑われてしまうな?」

 

 男の子はそういって面白そうに笑うとそのままドアから飛び出した。

 

 嘘でしょ。

 何なのよ今日は。

 厄日なの?

 何でこうも次から次に変な事が起こるわけ?

 

「おい、誰だ? 誰かそこにいるのか?」

 

 やば。

 誰かがやってきた。

 あんな大音量で物を壊したんだから当然だ。

 ていうか、やばい。

 このままじゃ、あたしが疑われちゃうじゃん。

 あたしは、声の主がドアを開けるよりも早く、ドアから飛び出した。

 

「ぐはっ!」

 

「ごめんなさいっ!」

 

 やばい。

 つい、男の人にタックルをかましてしまった。

 男の人は突然の衝撃で受身がとれず、その場にうずくまっている。

 どうやら鳩尾にあたしのひじがヒットしてしまったようだ。

 

 でも、いまは謝っている暇はない。

 あの男の子の後を追わないと!

 

 

 

 pM 12:30  8F ムービーシアター前

 

 

「みつけたっ。 ゼーゼーっ。ちょっと、まって。そこを、動くなぁ・・・・・・」

 

 息切れをしながら、あたしはなんとか男の子を見つける事が出来た。

 

 あたしは必死の思いで男の子の後を追った。

 でもこの男の子、ものすごく足が速い。

 なんだろう。

 身のこなしが普通の子供のそれじゃない。

 あたしは何度も男の子の後を見失ったが、彼が上の階に上っていくのは確認できたので、何とかその後をついて行った。

 そしてシアター前でようやく彼を見つける事が出来たのだ。

 

「・・・・・・うん。任務は成功や。これであの連中。血眼になってウチの事探してくるやろな。そんで、事が起こんのはいつ位や? ・・・・・・なんや、もう時間無いやん。せっかくおもろそうな映画しとったのに」

 

 男の子は携帯で誰かと連絡を取り合っている。

 誰だろう?

 この子の親かな?

 

「ん? ああ。なんでもあらへん。とりあえずしばらくは自由時間やな。なら好きにさせて貰うで」

 

 男の子はそういって携帯を切った。

 

「なんや、おねえちゃんやないか。こんなとこでどしたん?」

 

 男の子はあたしの姿を見ると、にこやかな笑みを浮かべ、そういってきた。

 その笑顔を見たとたん。

 あたしはぶちきれた。

 

「な~にが、”おねえちゃんやないか”よ! 君のお陰で店員さん突き飛ばしちゃうし、あたし犯罪者扱いされてるかもしれないんだから! 店員さんに”ぼくがやりました”って説明してよ!」

 

「あははは。なんや、結局見つかったんかいな。おねえちゃん、どんくさいのぅ」

 

 男の子はまったく悪びれた様子を見せずに、逆にあたしを小ばかにした態度をとってきた。

 むかつく!

 むかつく!

 この子、超むかつくっ!

 

「あ、あんたねぇ・・・・・・」

 

 あたしがなおも男の子に食って掛かろうとすると、彼はそれを手で制した。

 

「おねえちゃん。”あんた”やあらへん。リクや。ウチの名前はリク。間違えんといてや」

 

「・・・・・・あ、あたしは。佐天涙子」

 

 男の子。いや、リク君がそういってきたので、あたしもつられて自己紹介してしまった。

 

「ふふふふっ。おねえちゃんはかわいいなあ。ウチな。おねえちゃんの事、気に入ってしもたわ」

 

 リク君はそういってくすくすと笑い。あたしにこんなことを言ってきた。

 

「だからな、おねえちゃんだけは助けたるわ。もうすぐな、みんな死んでしまうねん。だけど安心してや。ウチのそばを離れんかったら、おねえちゃんだけは助けてくれるよう、佐伯さんに言うたるさかい」

 

 は?

 なんていったの?

 みんな、死ぬ?

 正直言って、この子が何を言っているのか、あたしは半分も理解できていない。

 でも少なくとも、こんな小さな男の子の口から出て良い言葉じゃない。

 

「もうじきや。もうじき、事が起こる。みんな大パニックに陥るでぇ」

 

 時間はもうじき一時を回ろうとしていた。

 ああ。

 やっぱり、今日は厄日だ。

 こんな時、孝一君がいれば、どんなに頼りになるだろう。

 孝一君なら、どんな危機だって必ず乗り越えられる。

 あたしは今までそれを何度も見てきた。

 孝一君・・・・・・

 あたしは無性に孝一君声が聞きたくなった。

 でも、彼はこの場にはいない・・・・・・

 

 ―――そして

 時計の短針は、一時を指し、それはついに起こった―――

 

 pM 13:30 へ続く

 

 

 

 

 

 


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