広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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スタートラインに立つ前に?

「うげ・・・・・・」

 

 さわやかな朝の始まりにふさわしくない声をあげ、孝一はメールの件名を見た。

 

 

 件名:朝ですよ

 本文:さわやかな朝の空気を吸い込むと、身が引き締まりますね。孝一さんはもうご飯を食べら

    れましたか? 朝食は一日の活力の源ですから、出来るだけ食べるようにしましょうね。

    お互い学校は違いますが、今日も一日頑張りましょう。

                                         まとい

 

「・・・・・・」

 

 最近、決まった時間に必ず一通来るこのメールに、孝一は辟易していた。メールの送り主は黛纏(まゆずみまとい)。孝一とメルアドを交換した次の日から、毎日朝八時に一通。夜の八時に一通。このようなメールが送られてくるようになった。最初のうちは、なんとか返信していた孝一だったが、こうも毎日だとさすがにうんざりしてきた。

 

(でも、返信しないと悲しむんだよなぁ・・・・・・)

 

 前に一度返信しない時があったのだが、それはそれでめんどくさい事になったのを孝一は思い出した。その時の件名はこうだった

 

 

 件名:(´・ω・`)

 

 

 あの時は纏をなだめるのに1時間くらいかかってしまった。その時の経験から、纏のメールにはなるべく返信しようと孝一は硬く決心したのだった。

 

「はぁ・・・・・・」

 

 広瀬孝一の悩みは尽きない。だが、これはまだホンの序章だ。孝一が真にうんざりするのは放課後になってからである。

 

 

 

 

 

「おい、あの子また来てるぞ」

「すげーかわいい子だなぁ。おれ、アタックしようかなぁ・・・・・・」

「やめとけやめとけ。お前知らねぇの? あの子はちょっと特殊なんだよ・・・・・・」

「特殊? どゆこと?」

「ああ、それは・・・・・・」

 

 

 最近、柵川中学では放課後になると、校門前で一人の男子生徒を待つ他校の少女が話題となっていた。

 セミロングで 艶のある黒髪。幼い顔立ちにクリクリとした瞳。小動物系とでもいうのだろうか。見ているだけで癒されるような、そんな彼女は大きなリュックサックにカバンという不釣合いな荷物をもって毎日誰かが来るのを待っていた。

 しばらくすると少女は目当ての物を見つけたのだろう。その人物に向かって大きく手を振り、開口一番こう叫んだ。

 

「おーーーーい!! こーいち君っ! 迎えにきたっすよーーー!! 早く本部に行くっすーーーー!!」

 

 その場にいる全員がずっこけるくらいの大声で、セミロングの少女こと、二ノ宮玉緒は、向かいからやってきた少年・広瀬孝一に声を掛けた。

 

「・・・・・・玉緒さん。毎回毎回、大声で名前を呼ぶの、止めてくれよ。あと、僕はまだ隊員になったわけじゃ・・・・・・」

 

「まぁーた、そんなこと言ってるんすかぁ? いい加減観念して、本部に行くっすよ。ほら、ゴーゴー」

 

 孝一は玉緒に引きずられるようにして、その場から離れていった。後に残ったのは玉緒を遠巻きに眺めていた男子学生のみである。

 

「たしかに、特殊な子だよなぁ・・・・・・」

「・・・・・・もったいないよなぁ。あれで口を開かなかったら最高なのに・・・・・・」

 

 男子生徒たちは口々にもったいないと呟き、孝一達が向かった方向を眺めているのだった。

 

 

 そのさらに後方に、孝一たちの姿を見つめる生徒が二名ほどいた。

 

「・・・・・・なんか、面白そうなことになってるねー」

 

 

 

 

 

「Hi! TAMAOを出してプリーズ?」

 

「は、はあ・・・・・・?」

 

 とあるビルの受付にて。

 突然入ってきた金髪のロックバンド崩れの風貌をした男が、手にしたギターを「ジャーン」と鳴らしながら受付嬢に尋ねてきた。受付嬢は若干顔を引きつらせつつも、仕事と我慢して、男に対応する。

 

「・・・・・・も、申し訳ありませんが、TAMAOさん? という方はどのセクションにおられる方なのでしょうか? もう少し具体的な内容を・・・・・・」

 

「ノープロブレムでーす。 TAMAOとミーはソウルブラザー。ミーの熱いソウルシャウトを聞けば、すぐに飛んでくるはずでーす!」

 

 男は受付嬢の言葉をさえぎると、持っていたギターを「ジャガジャガ」と鳴らし、大音量で自作の歌を熱唱し始めた。

 

「You're my friend~♪ 落ち~込んだ~ときは~♪ 大切な~・・・・・・」

 

「ウルセーーーーっ!!! あんた、いい加減にしなさいよぉおおおお!?」

 

 普段は温厚な受付嬢も、ついに切れてしまった。

 

 

 

 

 

「はい、皆さーん。注目~っす!」

 

 S.A.Dのビル。そこでメンバー全員がそろっていることを確認した玉緒は、声を張り上げ、視線をこちらに集中させた。

 

「この一週間の皆さんの働きで、このビルもだいぶ落着いてきたっす。そろそろ自分達は次の段階に進むべきだと思うっす」

 

 次の段階? メンバー全員はお互いの顔を見合わせ、頭に? を作っている。たしかに玉緒を言ったようにS.A.Dのビルは以前のそれと比べるとだいぶ綺麗になった。汚かった天井や壁のヨゴレも取れ、余計な荷物や備品なども殆ど処分した。さすがにビルの外観はなんともならなかったが、それは後でどうとでもなる。今の状態は老舗の中小企業のビル位にはよく片付いていた。

 

「皆に聞きたいっす。今のS.A.Dに足りないものは何っすか? はい、まゆまゆからどうぞっす!」

 

「・・・・・・ええ? 私から?」

 

 突然話をふられた纏(まとい)は戸惑うが、やがてオズオズと「仲間・・・・・・かな?」と、玉緒に返答した。だがそれを玉緒は「違うっす!」とばっさり切り捨てた。纏は「ひどっ!?」と、涙目だが玉緒は気にせず、同じ質問を四ツ葉にもぶつける。

 

「・・・・・・うーん? 予算?」

 

「違うっす! はい次! ハルハルっ!」

 

 ロボットにまで意見を求めるなよ。と孝一は呆れたが、ハルカは玉緒の意見に率直に答える。

 

「戦力、でしょうか。正直、現段階では能力者との戦闘時には、力、能力、共に不安材料が多分にあります」

 

「違うっす! はい、こーいち君っ!」

 

 ハルカの意見もバッサリと切り捨てると、玉緒は最後に残った孝一にも質問をする。孝一はもう面倒くさくなったので、適当に答えることにした。

 

「人徳じゃない? 」

 

 その孝一の答えに四ツ葉と纏は「ひどいっ! こーいち君っ! それはひどい!」と抗議の声をあげたが、あえて孝一はその言葉を無視した。

 

「ぜ~ん、ぜんっ! 違うっす!! 皆はわかってないんすか? この危機的状況をっ!!」

 

 メンバー全員の意見を聞いた玉緒は大声で頭(かぶり)を振ると大声でそう叫んだ。だったら皆に聞くなよと孝一は思ったが、また玉緒が噛み付きそうだったので何も言わなかった。

 

「自分達に足りないのは、”認知度”っす!! 自分、街中でアンケートとって見ました。そしたら、S.A.Dを知っている人は皆無でした。当然スタンドの事についても同じっす。せいぜい電気スタンドの開発会社を連想する位っす!! こんなんで事件の依頼なんて来る訳ないっす!」

 

 その言葉を聞いて、全員が「あ~」と納得した。

 

「そういや、そうだよね~。 本部の清掃にかまけて、そこんとこ考えてなかったわ」

 

 四ツ葉がボリボリと頭をかいた。その言葉を聞いて、孝一はガクンと肩を落とした。胡散臭い組織だとは思っていたがまさかここまでとは・・・・・・。

 

「四ツ葉さん・・・・・・。スタンド絡みの事件って、上層部から何か指令のようなものが届くんじゃないんですか? まさか、そんな情報も入ってこないほど、ボロイ組織なんですか・・・・・・?」

 

 孝一がそう尋ねると、「ははは」と苦笑いして答えをはぐらかす四ツ葉に変わって、ハルカが答えた。

 

「・・・・・・基本的に、上層部からはなんの期待もされていないですから、この組織って」

 

 ブラック企業、どころの話ではなかった。沈みかけの客船。いや、ドロ舟である。孝一は今度こそ、文字通りがっくりと膝を落として、床に両手を付いてしまった。

 

「はいはーい!! こーいち君っ。落ち込んでる暇なんてないっすよ! 話を続けるっす。現状は今、限りなくゼロに近い所からのスタートっす! だから、色んな対策を講じる必要があるっす! そこで自分、こんなものを作ってきたっす!」

 

 玉緒はそういうと、持参したリュックサックからノートPCを取り出し、起動させた。その画面には「ようこそS.A.Dへ」という文字と共に、「S.A.Dの活動内容・理念」「スタンドについて」「事件依頼・募集」「活動報告」などのコンテンツが表示されていた。

 

「うおー。こりゃ、すごい。玉緒君。君、意外と手先が器用なんだねぇ」

 

「玉緒さん。すごいです。私なんて最近顔文字を覚えたばかりなのに」

 

 四ツ葉と纏はノートPCの画面を見てしきりにすごいを連呼していた。

 

「ぬふふふ。いまや企業にホームページはつきものっす。上層部が頼れないなら、こうして自分達で事件を見つけてくるまでっす」

 

 玉緒は腰に手を当て、鼻高々にそういった。

 

「・・・・・・しかし、ファンシーだなぁ・・・・・・」

 

 孝一は率直な感想を述べた。画面はピンクやオレンジで構成されており、背景の画面は玉緒の手書きだろうか(けっこううまい)デフォルメ調の可愛らしい猫が様々なポーズをしている。そしてマウスカーソルも、猫の顔だ。コンテンツをクリックすると「にゃーん」という効果音付きである。とても一企業のホームページだとは思えない。

 

「しかも、これだけじゃないっす。次の一手も用意してあるっす」

 

 そういうと玉緒は、今度はカバンから「ジャーン」といって、ハンドカメラを取り出し全員に見せる。

 

「これでPVを撮るっす! そしてネット上の動画投稿サイトに流すっす! うまくいけば、そこからホームページに依頼が舞い込むかも知れないっすよ!」

 

 そういって「にししっ」と玉緒は笑う。

 

 ・・・・・・すごいな。

 

 思わず孝一は感心してしまった。一体この小さな体のどこに、こんな情熱があるのだろう? 驚きと同時に孝一は胸の高鳴りを覚えずにはいられなかった。人の気持ちというのは伝染すると何かの雑誌で見た事があったが。それがまさにこれだと思った。ここまで情熱を傾けて、何かに打ち込むことの出来る、この二ノ宮玉緒という少女に、孝一もしだいに感化されていっているようだ。毎日のように無理やりこのビルにつれてこられた不平不満など、もはや消し飛んでいた。もっと、彼女の情熱を感じたい、そう思った。だから、玉緒がこの後どういう行動に出るのか知りたかった孝一は、先の話を促すことにした。

 

「でも、PVを撮るといっても、どんな内容にするんだい? そこら変の内容は決まってんの?」

 

「その点、抜かりはないっす! コンセプトは出来てるっす!」

 

 そういうと玉緒は一枚のメモ帳を全員に見せた。それはこういう内容だった。

 

 

 

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ナレーション:スタンドとは、一般の人の目では認識出来ない生命エネルギーの様な物。それを自

       在に操る事が出来る人間のことを、スタンド使いと言う。

(効果音・なるべく派手なヤツ)

 

ナレーション:今、学園都市内ではスタンドを悪用した犯罪が急速に増加しています。

(BGM・少し不安をあおる音楽)

 

ナレーション:あなたの身の周りで起こる不思議な現象、それはスタンド能力を悪用した、何かの

       事件の前兆かも知れません。それらスタンドによる不可思議な事件を解決するため

       に結成された特殊能力対策課・通称S.A.D。

       詳しい内容は以下URLにて。電話・FAXにも対応しております。

       街をスタンド被害から守る事が出来るのは、私達しかいない。(キメゼリフ。出来

       るだけしぶく言う)

(BGM・かっこいいヤツ希望)

 

 

 

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「おお、何かすごいっ。かっこいいっ」

 

「すごいです、すごいですっ! 玉緒さん、文才もおありのようで、私、うらやましいですっ!」

 

 四ツ葉と纏はノートPCを見たときとほぼ同じ感想を述べ、玉緒を称える。

 

「それで、後は背景やら、人物やらを撮影するだけっす! BGMはすでに外注に頼んであるっす。たぶん、もうじきここに来るはずっす!」

 

 玉緒がそういうと同時に、チーンというエレベーターの音が聴こえ、ドアが開いた。そこには---

 

「え? 佐天さんと初春さん? どうしてここに?」

 

「やほー。孝一君。何か面白そうだから、後、つけてきちゃった」

 

「あははは。どうもー」

 

 そこには孝一のクラスメイトの佐点涙子と初春飾利がいた。そして彼女達のノ背後にもう一人、金髪の男がいた。

 

「HAHAHAっ! TAMAO! MY friend! 会いたかったデースっ!」

 

 そういうと男はもっていたギターをジャガジャガと弾き鳴らした。あまりのうるささに、玉緒を除く全員が耳を塞ぐ。

 

「ジュンジュン! ヤホーッス! 迷わずにこれたみたいっすね?」

 

「oh・・・・・・! 手前のビルに間違えて入ってしまいマシター。あいつらアホデース。ミーのこと放り出すなんてー。まったく、芸術のわからない連中デース」

 

 そういってジュンジュンといわれた男は、ボロロンと悲しげなメロディを奏でた。

 

「あの、孝一君? 玉緒さん? こちらのお方達は、どこのどちら様?」

 

 突然の来客に、四ツ葉は知人であろう孝一と玉緒に説明を求める。

 

「あ、彼女達は僕のクラスメイトで佐天涙子さんと初春飾利さんといいます。この組織に興味があるみたいで・・・・・・」

 

「どうもー。孝一君のクラスメイトで佐天涙子といいます。孝一君がちゃんと頑張っているか、見に来たんですけど、なんか、面白そうなことやってますね?」

 

「ど、どうも。同じくクラスメイトの初春飾利といいます。同じく佐天さんの付き添いで来ました。あの、ご迷惑でした?」

 

 涙子と初春は孝一に促され、それぞれ挨拶を済ませる。はじめこそ少々怪訝な顔をしていた隊員たちも、彼女達の人となりを見てすぐにその警戒を解いた。現に纏は携帯を片手に早速彼女達とアドレス交換をしようとしている。

 

「いやいや。孝一君の友達なら心配ないね。ゴメンネ~。お茶もお出しせずに。今ちょっと立て込んでてね~。ハルカ。彼女達にお茶をお願いします」

 

 そういうと四ツ葉は孝一の方に耳を寄せると、ヒソヒソ声で、孝一に耳打ちする。

 

「いや~。孝一君も隅に置けないねぇ。こーんなかわいいガールフレンドが二人もいるんだもの。・・・・・・で、どっちが本命なんだい? あの長い髪の子? それとも花の髪飾りの子?」

 

「んな!? な、な、な・・・・・・なにを言ってるんですか? 違いますよっ。彼女達は、ただのクラスメイトで・・・・・・」

 

 孝一は顔を真っ赤にして反論しようとするが、四ツ葉は「またまた~」と孝一をビジでつつき、いたずらっ子のような目をした。

 

「はいは~い! 注目、注~目っす!!」

 

 玉緒は再びこちらに意識を向ける為に手をパンパンと叩き、大声を張り上げる。

 

「この人はジュンジュンっ! ネットで知り合ったミュージシャンの人っす! 今回のPVの音楽担当の人っす!」

 

「friendの頼みとあっては、断るわけにもいきまセーン。ミーのフルパワーを持って答えたいと思いマース」

 

 そういうとジュンジュンは「ジャジャーン!」とギターを鳴らしはじめた。

 

「と、言う訳で、ジュンジュンにはこのまま作曲をしてもらうとして、自分達は早速街に繰り出すっす!」

 

「・・・・・・え、今から? 全員で?」

 

 突然の玉緒の宣言に孝一を含む全員が驚きの視線を玉緒に送る。

 

「そうっす! 今回のPVのキモは臨場感っす! その為にはゲリラ撮影を敢行するしかないっす! メンバー全員にも出番があるッすから、気合入れて頑張るッす!」

 

「ええええええ!?」

 

 メンバー全員の絶叫をよそに、玉緒はニッコリと全員に笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

        

 

 

 

 




この章は前の話で終了予定でしたが、書きたい事があったのでもう少し続きます。

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