「こーいち君! こーいち君っ!ちょっと待つっすよ~!」
「げっ! 玉緒・・・・・・さん」
クタクタになりながら帰路を急ぐ孝一に、元気はつらつな玉緒が声を掛けてきた。気力が大幅に消耗しているこの現状で、彼女の大声はつらいものがあった。しかし彼女は、孝一とは逆の方向へ帰ったはずである。一体なんの用事があるのか? 孝一がそう思っていると、彼女は孝一の両手を取り、「お願いしたい事があったのを忘れていたっす。だからこうして追いかけてきたっす!」と目をキラキラさせて言ってきた。
「・・・・・・お願いって、なに?」
出来ることなら早急に退散願いたかったので、ワザと声のトーンを落として不機嫌そうな表情を作ってみたのだが、彼女にはなんのダメージも与えられなかった。そして彼女は孝一にお願いをしてきた。それはもう、シンプルにはっきりと。大声で。
「こーいち君っ! お願いっすっ! スタンド見せてくださいっ!!」
「・・・・・・」
何事かと孝一たちを見つめる人々の視線が痛かった。
◆
「おおおお! これがこーいち君の”エコーズ”っすかあ? 見えないけどぬいぐるみみたいな感触っす!」
「うひゃひゃひゃ!? ちょ!? どこ触ってんだよ、バカっ!?」
広場に設置してあるベンチに腰掛け、玉緒が孝一のエコーズ(act1)の全身をくまなく触りまくっている。玉緒はそのたびに「すごいっす!」と大声を上げるものだから、周囲の人間がしきりにこちらを見ている。一方の孝一もエコーズと感覚を共有しているため、玉緒がエコーズを触るたびに、くすぐられているような感触を味わい、変な声をあげてしまう。
皆の視線が痛い・・・・・・。「あらあら。こんな真昼にはしたない」といった生暖かい視線も含まれているのが辛い。もう限界だ。
「も、もう十分に堪能しただろ!? もう離してくれぇ!!」
「え~? もうちょっとなでなでしたいっす・・・・・・」
まだ撫でたりない玉緒は不満顔だが、これ以上やったら人間として何か大事なものを捨ててしまうような気がする・・・・・・。これでご勘弁願おう。そう思った孝一の視線の先に、見慣れないものが見えた。
「ん?」
それは蛇の様にとぐろを巻いているロープ状の何かだった。そいつは、プカプカと浮かび、自身の体からロープを垂らしている。そのロープはまるで本物の蛇の様に地面を這うと、ベンチに座っている男女に近付く。そして----
(あ!? 抜き取った?)
そのロープは男性の懐に侵入すると、気づかれないように財布を取り出した。そして、再び地面を這い、ロープのような物体の元に戻る。周りの人間はこの物体に気が付いていない。
(これって、スタンド!?)
孝一は直感した。スタンドをスリに悪用しているヤツがいるのだ。あの形状からしてパワーは無さそうだ。遠距離操作型だろうか? 孝一は周辺を険しい目で本体がいないかどうか確認する。するとロープ状のスタンドがすばやく移動を開始した。
「ん? どうしたっすか? こーいち君?」
「しっ。だまって」
玉緒に黙るよう促した孝一はそのスタンドが向かった方向を見る。するとそいつはいた。距離にして約100メートル位。そこでベンチに腰掛けている男。そいつはスタンドから受け取った財布を見て一人ほくそ笑んでいる。だが、その男がふいに孝一たちのほうを見る。しまった。そう思ったときには遅かった。犯人と目が合った瞬間、男は一目散にベンチから逃げ出した。
「追わなきゃっ!」
孝一も犯人を追うために駆け出す。
「おおっ! 事件っすね!?」
孝一の様子から事件のにおいを感じ取った玉緒も孝一に続いた。
「こーいち君っ! 自分達の前を走っている人が犯人なんすかぁ~!?」
「ああ、あいつはスタンド使いだっ! 自分のスタンドを使って、財布を掏っているのを見た! くそ、早いっ」
男の逃げ足が速い。この広場を抜けて、街中に逃げられたら完全に見失ってしまう。その前に何とか捕らえたいのだが・・・・・・
「よ~しっ! ターボかけるっす!」
そう玉緒は言うと、一緒に走っていた孝一を追い抜く。そしてそのままスピードを落とすことなく犯人の男との距離を縮めていく。
「は、早っ!」
かなり早い。そしてそのまま犯人の男を広場の端にまで追い詰めた。逃げ場をなくした犯人は、ジリジリと後ずさるが、後ろに退路はない。
「盗んだものを返してください。今ならまだ軽い罪で済みますよ?」
孝一はエコーズact2を出現させ、犯人を威嚇する。その後ろに玉緒も続く。
「・・・・・・ちっ。まさか俺の能力が見えるやつがいたなんて・・・・・・」
犯人はそう毒突いて孝一を睨み付ける。だが、おかしい。観念したように思えない。なのに何故ヤツは自分のスタンドを出さない?
孝一がそう思った瞬間、孝一の首や手足にロープ状のスタンドが絡みついた。
「し、しまった!?」
そう思ったが遅かった。スタンドがゆっくりと、確実に孝一の首を締め上げていく。
(このスタンドっ! 全身をひも状にすることも出来るのか!)
そして周辺の草木の中に潜み、そのまま孝一の元まで地面を這い、襲い掛かってきたのだ。完全に不意を疲れた。孝一の意識がだんだん薄れていく・・・・・・。act2のしっぽ文字で攻撃する余裕も無い。act3に変更も出来ない。変更するには一度孝一の体内に戻さなくてはならないが、その時間がない。完全に万事休すだ。
「・・・・・・こーいち君。ひょっとして今、スタンド攻撃を受けてます?」
(そういえば玉緒さんも一緒だった。まずいっ! 彼女はスタンドが視えない)
だが、孝一の気遣いもどこ吹く風、彼女は孝一の前に進むと犯人と対峙した。
「おい女ぁ。どうやらお前は能力を持っていないようだなぁ。このまま俺を見逃せばこいつを解放する。そうじゃなかったら、お前にも痛い目を見てもらう。どっちがいい?」
犯人は、自分の優勢を確認し、余裕の表情だ。対する玉緒も、孝一が今まで見たこともなかった真顔を見せ、犯人を凝視している。
「・・・・・・たしかに、このままじゃ分が悪いっすね。こーいち君も動けないみたいだし。よしっ。自分がやるっす!」
そういうと玉緒は孝一の体にぽんと手をおいてこう呟いた。
「・・・・・・そういうわけでこーいち君。”借りますね”」
----その瞬間。孝一の全身に電流が走った。
それは時間にして1秒にも満たない衝撃だ。だがその時、孝一の中で何かが失われていき、同時に新しい何かが孝一の体内に流れ込んでいった。
それは新しい理。孝一がこの学園都市に来て望んでもやまなかった能力への覚醒。
超能力
波束の収縮
物理法則
観測
自分だけの現実(パーソナルリアリティ)
様々な単語が浮かんでくる。やがてそれは孝一の体内で定着し、まるで始めから自分のものであったかのように、能力の使い方が分かった。
発火能力(パイロキネシス)レベル1。
それが孝一の体内に新しく入った能力だった。
一方の玉緒も、自分の中に新しい能力が入ったことを肌で感じ、孝一を見る。そこには今まで彼女が見る事が出来なかった物体が視覚情報として認識できるようになっていた。
「見えるっす! こーいち君を縛っているひも状のスタンドがっ」
そして玉緒は意識を集中させると、自身の体内から能力を発現させた。
それは紛うことなき、広瀬孝一のスタンド・エコーズact2であった。
「なるほどぉ。これがこーいち君のエコーズっすかぁ。実物はこんな感じなんすね」
玉緒はエコーズをくるりと一回転させたり自分の肩に止まらせたりして、操作の仕方を確かめている。一方の犯人と孝一は開いた口が塞がらなかった。
「おおお、お前っ!? お前は、一体!?」
そう犯人が動揺している隙に、玉緒は犯人に向かってエコーズact2を飛ばす。そして自身も犯人に向かって走り出す。
「良く観察してたんすけど、犯人さんのスタンドって、一人しか縛れないんすね? そうじゃなかったら自分はとっくに縛られているはずですし。つまり、今は無防備状態って事でいいっすかぁ?」
そういうと玉緒はエコーズact2に命令を出し、シッポ文字で犯人の後頭部を思い切り殴りつけた。
「ぎゃんっ!」
そしてそのまま犯人を後ろ手で縛り拘束する。
「はい終了っす」
ぱんぱんと手をはたきながら、玉緒は犯人の拘束から解けた孝一に「ブイッ」とピースサインを出しニッコリと笑った。
「・・・・・・」
孝一はなんとなく、人差し指に意識を集中させてみた。すると「ポン」と小さな火が指先から出てきた。
「君は・・・・・・。君の能力って・・・・・・」
思わず口から出た言葉を玉緒は「うん、そうっすよ」と何でもない事の様に言ってのけた。
◆
「能力の交換・・・・・・」
四ツ葉が教えてくれた玉緒の能力を、ハルカは何度も反芻する。
「うん。触れた対象と自分の能力を強制的に交換する。というのが彼女の能力だ。実際に体験者がここにいるんだから間違いないよ」
「それで彼女をスカウトしたのですか?」
「まあ、元々、元気そうな子だったし、ムードメーカーになるかなぁと思って声を掛けてみたんだけど、これが大当たりだった訳。身体検査(システムスキャン)にも感知されない原石の少女。恐らくどんな能力でも交換できてしまうだろうね」
四ツ葉がタバコを吸殻に押し付け、消す。
「それはある意味脅威ですね。もしその能力で、学園都市が誇るレベル5に触れでもしたら・・・・・・」
「まあ、本人はそんなこと望んじゃいないけどね? 彼女曰く、”今の能力(発火能力)が気に入ってる”そうだから、悪用することも無いでしょう。・・・・・・あの性格だしね」
四ツ葉は「ヨッコラセ」と重い腰を上げ、手早く荷物をまとめる。彼も帰宅の途につくようだ。
「・・・・・・それにしても、ずいぶんと個性的な人達を集めてきましたね。これからこの組織をどう運営していくのか、堅一郎の采配にハルカは期待します」
ビルを出た直後、ハルカはそういって四ツ葉に声を掛ける。四ツ葉は頭をかきながら、空を見上げた。空は日没が近いのか少しオレンジがかっていた。その日没前の冷たい空気を吸い込み四ツ葉はこう答えた。
「まあ、肩肘張らずに行きましょう? 組織は人なりってね。結局、一緒にやっていく上で重要なのはその人が好きかどうかだからね。この組織はまだ発展途上。これからどうなるのかは想像もつかないよ」
そういって、四ツ葉はビルのドアを施錠すると、ハルカと共に帰路についた。
◆
「・・・・・・うううううっ。よかったっ! エコーズが戻ってきたぁ」
玉緒と再び能力を交換した孝一は、エコーズにヒシッと抱きつき、再会を祝っていた。
「大げさっすねぇ。ちょっと借りただけじゃないっすか」
玉緒は両手をうーんと広げ、大きく伸びをする。上空はいつの間にかオレンジ色になっていた。
「さてと、犯人は無事捕まえたし、こーいち君のエコーズも体験できたし。今日は言うことないほど充実した一日だったっすっ!」
そういうと玉緒は孝一にビシッと敬礼をして、「これからよろしくっす!」と、ニカッと笑い、そのまま全力ダッシュで駆け抜けていった。
「なんというか・・・・・・。台風のような子だったな・・・・・・」
誰もいなくなった広場で、孝一は先ほどの光景を思い出していた。夕日に照らされてニッコリと微笑む玉緒は、どこか幻想的で、昼間とは違う印象を受けた。
なんだろう、予感がする。孝一はこれからも彼女と関わっていくような、そんな予感が・・・・・・。
そしてS.A.Dとも・・・・・・
初めてエコーズの能力を得たときに感じた、世界が変わっていく音。
その音を、孝一は彼女から聞いた気がした。
とりあえず終了です。
この話で目指したのは、テレビシリーズの第一話っぽい感じで話を進めること。
一応、最初に考えていた話から、ほぼ修正することなく完結させる事が出来たので満足です。
以下、玉緒の能力です。
名前 :二ノ宮玉緒
能力名 :能力交換(リプレイスメント)
自分の能力と相手の能力を強制的に交換する。その特性ゆえに学園都市の身体検査(システムスキャン)にも引っかかる事がなかった。ほぼ全ての能力を交換してしまう彼女の能力は、うまく活用すればこの上なく脅威な能力であるが、本人にその意思がないため(今持っている能力で十分らしい)宝の持ち腐れとなっている。
弱点は相手の体に触れないと能力が発動しないことと、遠距離からの攻撃にはほぼ無力なこと。
以上です。いい名前が浮かばなかったので、てきとーに付けた感がありありと見て取れますがご了承下さい。
さて、次回はどうしようかまだ未定です。
ネタがあまり無いので、いいネタを思いついてから、また投稿しようと思います。
それでは失礼します。