閉塞する世界
ぼくは今、いじめにあっています。相手は4人。同じクラスメイトです。きっかけは、ぼくにも分かりません。きっと、ぼくの体格が人より小さく、体力も劣っているからだと思います。でも、なんでぼくなんだろう。なんでぼくだけが・・・・・・。
最初はぼくの私物がなくなりました。それが陰口、やがて暴力になりました。それからはもう地獄です。今日、10万円要求されました。ないといったら血が出るまで殴られ、蹴られました。もうぼくは耐えられません、お願いです。だれか、あいつらを
そこまで文章を書き込んで、内田和喜(かずき)はその内容を見返し、すべて削除した。
「何やってんだ・・・・・・。こんな事書いても、誰も助けてなんかくれないのに・・・・・・」
●さくら : 今日の授業むずかしかったー。そちらの学校はどうでしたか?
●ゆにこ : 右に同じですよ。特に物理がむずかしかったですー。あの教師、絶対嫌がら
せしてるよー
●フラワー: まあ、授業がむずかしいのは、あたりまえですよ。私達、勉強しに来ている
ということをお忘れなく。
●キング : でた!KYっ。委員長かよ。
●さくら : KY-!退散ーっ!
●ゆにこ : 退散ーっ!
●フラワー: (涙)
学園都市が運営している とあるチャットルーム。そこでは各学校の生徒達が日々の出来事やちょっとした悩みなどを気軽に書き込んでいる。そのやり取りを画面越しに眺めながら、和喜はいっそう憂鬱な気持ちを募らせていった。
楽しそうに、しやがって・・・・・・。お前らは、ただ運が良かっただけだ。ぼくだって、あいつらと出会うタイミングがちょっとでもずれていたら、そちら側に行けたんだ・・・・・・。ちくしょう!なんで、なんでぼくなんだ!?なんで!?
頭の中でグルグル同じ事を考える。
「・・・・・・明日中に、30万なんて、無理だ・・・・・・」
和喜は椅子の上で膝を抱え込み、ブルブルと震えだした。
・・・・・・あいつらにボコボコにのされた直後、リーダー格の少年が和喜にこう告げた。
--今日10万もって来れなかったのでー。和喜君には利子が加算されますー。明日は30万もって来てくださいねー--
冗談じゃない、とてもそんな金は作れない。和喜はそういうと
--銀行襲ってでも持ってきてくださいねー?でなければー。罰ゲームが待ってまぁーす--
そういってリーダー各の少年とその取り巻きは、その場を去っていった。後には、絶望で顔を歪めた和喜だけが残された。
銀行を襲うなんて出来ない。とてもじゃないが、無能力者の自分がどうこう出来る訳がない。でも、持って来なければ、あしたはもっと酷いイジメを受けてしまう・・・・・・
・・・・・・もう、限界だ・・・・・・。
「死のう・・・・・・」
和喜はそうつぶやき、机の引き出しから、この日のために用意しておいたロープを取り出した。
その時----
和喜の携帯からメールの着信を告げる効果音が鳴った。
「?」
誰からだ?
和喜はそう思い、受信したメールを開けてみた。そこにはこんな内容が書いてあった。
件名:あなたは選ばれました
本文:人生に絶望感を感じ、生きていくのが辛いとお思いのあなた。
我々はそんなあなたに、救いの手を差し伸べる事が出来ます。
内田和喜様。
クラスメイトからイジメられている現状。変えたくはないですか?
我々を信じ、指定された場所まで来られたならば、あなたに新しい才能をお与えします。
場所は第3学区の×××××××
時刻は本日午前0時。時間厳守のこと。
「なんだこりゃ?」
見るからに怪しい内容だ。新手の迷惑メールだろうか?だが、その文面には心惹かれるものがあった。
”あなたに新しい才能をお与えします”
その一文に、どうしても目を離せない。そして、このメールの送り主は自分のことを知っている。
悪戯の、メールではない。だとしたら・・・・・・?
本当に・・・・・・?
和喜はゴクリと唾を飲み込み、メールの文面を何度も読み返した。
どうせ、死のうとしてたんだ・・・・・・。失うものなんて、なにもない・・・・・・
・・・・・・和喜はそのメールの誘いに乗ることにした。
◆◆◆◆◆◆◆
指定された場所は、誰もいない廃ビルだった。まあ当然だろう。こんな怪しいメールを出してきたのだから。それは予想していた。驚いたのは和喜以外にも複数の男女がいたことだった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
数は4人。男女2組の学生だった。彼らは和喜を一瞥すると、すぐに興味をなくし、視線を戻した。その様子から、和喜はメールの送り主が彼らではないことを理解する。恐らく、彼らも和喜と同じ理由でこの場所へやってきたのだ。彼らは所在なさげに腕組みをしたり、石を蹴ったりしている。メールの送り主はまだ来ていない。--担がれたか?--
和喜がそう思い始めたとき--
「やあやあ、時間通り。どうやら誰も欠ける事なく来てくれた様だね。結構結構♪」
階段の暗がりから、にこやかな顔をしたビジネススーツの男が現れた。
「あ、あんたが? メールの主?」
先に来た男子学生の一人が、その男に声を掛けた。
「いかにも! 月の光も届かぬ漆黒の廃ビル。こんな所までご集まりいただき痛み入ります。皆さんよっぽど現状が切羽詰っているご様子で・・・・・・」
そういって男は、どこか芝居がかった調子で和喜達に頭を垂れると自己紹介をした。
「はじめまして、皆さんにメールをお送りした佐伯と申します。以後お見知りおきを」
「・・・・・・そ、そんなことより。どういうつもりなんだよっ! あんなメールを送ってきたりしてっ!」
4人組のうちの一人、小柄で太った男子学生が、佐伯に文句をいう。
「はて? どういうつもりとは?」
「とぼけんなよっ。どうやって俺のこと調べたんだよ。プライベートの侵害だぞ! 何より目的は? ここに俺達を集めた理由は何だ?」
「まあまあ、そんなに目くじらを立てないで・・・・・・。メールにも書いてあったでしょお? 君達に特別な才能を与えてあげるって・・・・・・。”これ”でね」
憤りを隠せない太った男子学生を佐伯は宥め、指をパチリと鳴らす。
「・・・・・・」
すると、今まで待機していたのだろう。佐伯と同じ暗がりから、褐色の肌の少女が姿を現した。その手には大きなトランクが握られている。そして、佐伯の所まで来ると、パチリとロックを解除し、中身を和喜達へと見せた。
「なんだ? 試験管?」
そこには緑色の液体が入った試験管が5本入っていた。5本。ちょうど和喜達と同じ数である。・・・・・・まさか・・・・・・
「はいはい。ご静粛に。これが、君達に才能を与える薬です。君達には、今からこれを投与してもらいまーす」
まるで引率の先生の様にして佐伯はパンパンと手を叩く。だが、もちろん進んで彼らの元に来る物はいない。
「・・・・・・は、ははっ。 やっぱりなっ。・・・・・・やっぱりなっ! そんなこったろうと思ったぜっ!」
太った男子学生は、乾いた笑い声を上げると佐伯を指差し大声を上げる。
「コイツは何か未認可の試験薬で、表沙汰に出来ないヤバイ薬なんだろう? そいつを俺らに投与して実験データを得たいんだ! つまりモルモット代わりってこった。 その結果、俺らが死のうが生きようがどうでもいいんだ! そんなんだろ? ええっ?」
「いやあ~。スルドイッ! 大正解。まったくもってその通り」
まったく悪びれる様子もなく、とんでもないことを口走る佐伯に、四人の男女は、開いた口が塞がらなかった。事実佐伯を糾弾した太った男子学生は、パクパクと口を金魚の様に動かし、言葉が出てこない様子だった。
「そんなにおかしなことかなぁ? 私達は研究データが欲しい。君達は、能力が欲しい。お互い、利害が一致していると思うんだけどなぁ~」
「だ、だけど。倫理ってもんが・・・・・・」
「・・・・・・倫理ぃ~?」
四組の男女の一人が放った言葉に、佐伯がせせら笑う。
「あのねぇ・・・・・・。君達は、状況は違えど、お互い尻に火がついてここにいるんだろう? あんなメールを送った後で何なんだけど、よくここに来たね? 私なら絶対来ないね。それくらい怪しいメールだよ、あれは。・・・・・・だけど、君達はきた。その理由は?」
そういって佐伯は彼らを値踏みするように見渡す。
「現状を変えたい。逃れたい。違う自分になりたい。そう思ったからこそ、ここに来たんじゃないのかい? でも、ただではあげられない。君達にはリスクを背負ってもらう」
佐伯は緑色の試験管を一本とり、和喜達の目の前に掲げて見せる。その場にいる全員がその試験管に釘付けとなっていた。
「何かを得るためにはリスクを犯さなくちゃならない時がある。それが”今”さ。・・・・・・さあ、どうする? 私達は強制はしない。止めたいのなら帰ってもいい。・・・・・・・だけど、言っておくよ。君達はすでに”禁断の果実”を目にしてしまった。忘れることなど出来ない。ここを去ったら必ず後悔する。あの時、違う選択をしておけばってね。嫌でも惨めな自分達の現状を呪いながら生きていくんだ、永遠にね」
佐伯の言葉に、誰も反論できなかった。確かに彼らは、現状・何らかのトラブルに巻き込まれたり、どうしようもならない事態に追い込まれてはいる。しかし、それでも、一歩踏み出すきっかけが掴めない。だが--
「ぼくは・・・・・・。ぼくは・・・・・・現状を、変えたいっ。もう、あんな生活は、嫌だ」
そのきっかけを作ったのは、他でもない和喜だった。
「・・・・・・おめでとう。君は、一歩進めたようだね」
佐伯がニッコリと和喜に微笑みかけた。
その和喜の行動をきっかけとして、残り4名の男女は、ゆっくりとした足取りで佐伯の掲げる試験管の前まで集まってきた。
◆◆◆◆◆◆◆
和喜達が薬品の投与を受け、帰宅した後。ビルの内部で佐伯はほくそ笑んだ。
「ふふふふっ。大成功。やっぱりまだまだ子供だねぇ。あんな言葉一つでコロッと騙されるなんて」
「・・・・・・佐伯さん。悪の幹部みたいですね。もしくは、悪代官?」
佐伯の笑みをみて、褐色の肌の少女は率直な感想を口にした。
「ひどいなぁ、ネリー君は。・・・・・・まあ、実際、悪巧みは大好きなんだけどね」
「・・・・・・薬の効果が現れるまで、2、3日。わたしはそれから彼らの経過を観察すればいいんですね?」
ネリーと呼ばれた少女は、使用済みの試験管を回収し、カバンに収める。
「ああ。”スタンド”能力は同じ”スタンド使い”である君にしか見ることが出来ない。しっかり観察してくれたまえよ。・・・・・・それにしても、君は幸運だよねぇ。こうしてここにいられるんだから・・・・・・。もし”R”事件の時に君に出会っていたら。間違いなく標本棚行きだったね」
「・・・・・・今からでも、わたしをばらばらに分解します?」
「まっさかぁ。もう、その段階は過ぎたよ。これからはビジネスの時代だ。この試験薬を売り込んで、評価をつけてもらう。そして、製品を世界中のマーケットに流す。うふふふ。戦争の有り様が、様変わりするかもしれないねぇ? ・・・・・・そういえば・・・・・・まだ、この薬品に名前を付けていなかった・・・・・・ネリー君。何かいい候補はないかな?」
佐伯はニッコリとした笑顔でネリーをみる。ネリーはしばらく考えた後・・・・・・
「・・・・・・”タイト・ロープ”なんでどうですか? 私達の現状にぴったりだと思いますけど?」
「タイト・ロープ。・・・・・・綱渡り・・・・・・。あっはっはっはっ。確かに確かに・・・・・・。結構、危ない橋を渡っているからねぇ。・・・・・・良し決定。薬品の名前はタイト・ロープ。T-01とする」
そして佐伯は支度を終えたネリーと共に、その場を後にする。その際、先ほどまでいた5人組の学生の事を思い出し、顔が緩む。
「・・・・・・それにしても、本当に単純だねぇ・・・・・・。”怪しい人物の甘い言葉には気を付けよう”って、学校で習わなかったのかねぇ・・・・・・」
クスクスクスっと、佐伯は彼らの末路を想像し、ほくそ笑んだ。
とりあえずプロローグ部分(?)です。これからどっちの方向に舵を取ればいいか悩み中です。