「…う?」
目を覚ました孝一が最初に見たものは、センターテーブルで、ノートパソコンを操作している初春飾利であった。彼女は一心不乱に、キーボードを操作し、何らかの作業をしている。
孝一は自分の周りを良く見る。どうやら自分はベッドに寝かされているらしい…。そして、女性特有の可愛らしい小物や、家具、部屋の配色などを見ると、どうやらここは初春の部屋であるということが分かってきた。
とりあえず孝一は初春に声を掛けようと、ベッドから起き上がろうとするが…
「がっ!?」
とたんにアバラに激痛が走り、息が出来なくなる。
この痛みよう…。どうやら肋骨が折れているようだった。
「…起きましたのね。広瀬さん…」
孝一の足元のほうから、知っている声が聞こえる。
部屋にいるのは初春だけではなかった。孝一の寝ているベッドを背もたれにして、白井黒子がこちらに視線を向けていた。だが、その顔色は、かなり悪い。見ると彼女も、右のわき腹を庇うようにして、手を当てている。彼女も肋骨を怪我したのだろうか。
「たいしたこと、ありませんわ。ちょっと…銃で撃たれただけですから…。まあ、実弾ではなくて、プラスチック弾だった様ですけど…」
孝一の表情で、自身の怪我のことを心配していると察した白井は、孝一にそう説明する。
だが、それでも疑問が残る。これほどの怪我をしている自分たちが、何故、病院にも運ばれず、初春の部屋にいるのかである。
「広瀬さん。それだけの怪我をしているのに、何故、私が病院に運ばなかったか、不思議に思っているでしょう?それは、今、広瀬さん達を病院に入れるわけには行かないからです。二人が入院してしまったら、どうなります?一体、誰が佐天さんと、エルちゃんを助けに行くんですか?だから私の独断で、二人を私の部屋に連れてきたんです。佐天さん達を助ける、計画を練るために」
初春はこちらに顔を向けず、そう説明する。その間にも、パソコンのキーボードの手が止まる事はない。
「佐天さんが?あいつらの狙いは、エルのはずだろ?何で、佐天さんを…」
「それは分かりません。ですが、この後の結末は目に見えています。おそらく、佐天さんは数日後、身元不明者として河原や人気のない所で、死体として転がっている事でしょう。この、出来て間もないテログループによって…」
そういって、初春はテレビのリモコンスイッチを押す。
「…繰り返します。11時35分頃、第七学区で起きた謎の爆発事件は、『宵の明け星』と名乗るテログループが犯行声明を発表しており、多額の現金と、第十学区に収容されている、仲間の即時開放を求めています。もしこの要求が通らない場合、今夜未明にも、今度は第三学区のホテルを爆破すると、犯人は声明文を残しており…」
「…なんだ、これ?」
ニュースキャスターのしゃべる言葉に、孝一は大きな違和感を覚える。
(どういうことだ?敵は徳永製薬会社で、目的はエルの奪回のはずじゃないのか?それが何で、テログループの犯行という事になっているんだ?)
「…すべて嘘。作り話ですわね…。架空のテログループを作り上げ、自分達には火の粉がかからないようにする。…その後、適当にスケープゴートを用意して、全ての罪を擦り付ける…。悪党の、常套手段ではないですか」
「そんな…」
白井の説明に、孝一は絶望する。敵は一体どれだけ大きな後ろ盾がいるんだろう…。そんなヤツラと対峙して、果たして無事、エル達を救出できるのだろうか…。だが、このままここにいても、何も解決しない…
「ぐ…」
孝一は、痛むわき腹を庇いながら、何とか立ち上がる。そしてそのままドアを目指して歩き始める。
「…どこへ、いくんですか?」
そんな孝一の背中に初春が声を掛ける。
「…決まっているだろう?エルと佐天さんを、助けに行くんだよ…。もうあれから1時間以上経ってる…。いつエル達が殺されていても、おかしくない…。作戦会議なんて、そんな悠長なこと、言ってられない…。いますぐ、いくんだ…」
そういって孝一はドアに手を掛ける。しかしその手を、白井がガッチリと掴む。
「外には、行かせませんわ。まだ、作戦会議が、終わっていませんもの」
「だから、そんなもの、待っていられないって、いってるじゃないですか!二人はここにいてください!後は僕一人で…」
カチャ…
作業が終わったのか、初春がキーボードの手を止め、立ち上がる。そして孝一の方に歩み寄る。
「佐天さんが言っていました。広瀬さんって、重荷を何でも自分一人で背負い込んでしまうって…本当にそうですね…」
そして右手で孝一のわき腹にちょんと触れる。
「!!!!!!」
あまりの激痛に、孝一はその場に崩れ落ちる。
「…そんな状態で、一人で行って何が出来るって言うんですか!いいですか!佐天さんとエルちゃんを助けたいって言う気持ちは、私達も同じです!だから、皆で助け合うんです!皆で、力を合わせて、エルちゃん達を助けるんです!その為に、作戦会議をするといっているんです!広瀬さんは、そんなに私たちの事が信用できませんか?頼りなく見えますか!?」
「うっ…うっうっ…。ちくしょう…」
孝一は泣いた。わき腹の痛みだけじゃない。こんなに無力な自分が、情けなくて、許せなくて、泣いた…。
「泣かないでください!今欲しいのは、涙なんかじゃない!絶望から這い上がる、意志の力です!」
…本当は、一緒になって泣きたかった…。でも、だめだ…。今はまだ、泣けない…。泣くのは、この戦いが終わった後。佐天とエルを助け出したときだと、初春は決めたのだ。だから今は心を鬼にして、孝一を奮い立たせよう。だから、零れそうになる涙を、孝一に悟られないように、初春は拭った。
◆◆◆
第七学区の外れの方にある倉庫街。
そこに一人の中年男性が、人目を気にしながらやってきた。
男は立派な口ひげをはやし、少し小太り、Tシャツに短パンという出で立ちだ。
やがて男は目的の場所まで来ると、携帯に電話を掛ける。
「…よぉ、親友。呼ばれて早速やってきたぜ?何か、トラブルらしいな?」
「…」
しばらくすると、物陰から孝一が姿を現す。
「…すいません。ジャックさん。どうしても、あなたに協力をお願いしたい事がありまして…」
そういって孝一は後ろの二人にも、出てくるように促す。
「どうもですわ…」
「お久しぶりです、ジャックさん」
白井と初春はそれぞれ、ジャックに挨拶をする。
「…しかし三人とも、その服装はどうしたんだ?どうしてアンチスキルの服なんか着ているんだ?…まさか…」
「そうです、盗んできました。そして、あなたにも、その片棒を担いで欲しいんです」
そういって孝一は、倉庫の中に隠してある"あるものを"ジャックにみせる。
「…おいおい。こいつは…」
「アンチスキルの所有する車輌です。ジャックさんには、こいつを運転して欲しいんです」
とんでもないことを言う坊やだな…ジャックはそう思った。先程、携帯に孝一から重用案件という内容のメールが届き、開けてみると、第七学区の指定された倉庫街の一角に来るようにという内容が入っていた。それで来て見たら、いきなり、これから行う犯罪の片棒を担げという…。まったく、呆れるを通り越して、逝かれているとしか思えない。通常は誰でもそう思うだろう…。だが…
「…こいつは、一体、何のためにやるんだい?…金の為?」
「違います。友達のためです。友達のために、僕たち全員、命を掛けて、戦うつもりです」
「…乗った!いいねぇ!ダチの為に、命を掛けられるなんて、早々あることじゃねぇ。こういうトラブル、俺様大歓迎よ!ガッハッハッハッ!!」
そういって、ジャックは笑った。世代は違えど、このジャックという男も、孝一と同じ側の人間。トラブルを愛し、愛されている男なのだ。
◆◆◆
徳永製薬会社に向け、アンチスキルの車輌が突き進む。その間に、孝一はジャックに事のあらましを説明する。
「…なるほどねぇ…。細菌ウイルスの次は、クローンか…。つくづくお前さんもトラブルに愛される性格らしいな」
「…まあ、否定しませんけど…」
「所でこの車輌。どうやって持ち込んだんだ?そこのツインテールのお嬢さんの能力かい?」
そういってジャックは白井の方をちらりと見る。
「ええ。テロ事件の影響で、人が殆んどで払っていたので、さほど難しくはありませんでしたが…。はぁ…ジャッジメントのわたくしが、まさか窃盗をすることになるとは、思いませんでしたわ」
そういって白井はがっくりと肩を落とす。例え友達のためとはいえ、犯罪に手を染めてしまった自分に、良心が咎めているのだ。
「大丈夫です、白井さん。これは、犯罪ではありません。ちょっとしたレンタルです。後で返しさえすれば、まったく持って、問題ありません。むしろアンチスキルの人には、手柄を立てさせてあげるんですから、プラスマイナスゼロです」
そういってにっこりと初春が微笑む。
「…」
こういうときの彼女の笑顔ほど、恐ろしいものはない。孝一はそう思った。
「手柄?そいつは一体全体どういうこった?」
ジャックが、「良く分からん」と行ったような顔で、初春に質問をする。
「私達は犯罪を起こしに行くんじゃありません。テログループを捕まえに行くんですから」
◆◆◆
徳永製薬会社。そこのオペレーター室にて、現場は混乱を極めていた。
「も、もう一度いってください!ありえない…。私達はテログループなど、匿っていない!」
オペレーターはある人物と通信で会話をしていた。その人物は、アンチスキルの人間であった。
「ですが、これは統括理事会から下された、正式な命令です。あなた方、徳永製薬会社は、テログループ『宵の明け星』の活動を支援し、現在そのメンバーを匿っていると。今すぐ引渡し、投降しなさい。そうでなければ、強制的にでもあなた方を排除することになる。すでに部隊は展開し、そちらに向かっています。抵抗するのか、それとも投降するのか。あなた方が決めなさい」
そういって、アンチスキルの男からの通信は、途切れてしまった。
「…ば…ばかな…!」
◆◆◆
「…アンチスキルのサーバーにハッキングを仕掛け、データを改ざんしました。大部隊が、徳永製薬所めがけて押し寄せるはずです。私たちは、"たまたま"他のアンチスキルの人達より早く、現場に到着するんです。その間に、私たちがエルちゃん達を助け出します!」
「なるほど…例え嘘の情報でも、中の施設にゃあ、人体実験の証拠が山ほど転がっている。奴らは別件で逮捕されるって寸法だな!やるじゃねえか!嬢ちゃん!」
初春がジャックに作戦の内容を説明する。その間に、徳永製薬所の正門が見える。
「この際だ、ぶち壊して前に進むぜぇ!!!」
ジャックはそういって、アクセルを全快にして正門に狙いを定める。そして
グワシャァァァァァァァァン!!!!!!
正門が派手に吹き飛ばされる!
それは、まるで反撃の狼煙のように、辺りに響き渡った。
車で、正門をぶち壊すという展開は、以前から一度やってみたかったので、今回やってみました。
問題は、幸一君たちが未成年なので、誰も車を運転できないこと。
なので、再びジャックさんの登場と相成りました。