---私は、とある培養液から生まれました。生まれた瞬間のことは、覚えていません。ただ、誰にも祝福されずに生まれたという事だけは、後になって、はっきりと分かりました…
…最低限の人の知識を与えられたのは、それからしばらく経った後です。それは本当に最低限の、人と会話を会話が出来て、日常生活動作に支障がない程度の、ごく微々たる知識。それ以外は全て不必要と、「とうさま」はおっしゃりました…。
「とうさま」というのは、私を作った造物主の事です。「とうさま」の命令には、絶対服従。それが、私に与えられた、最初の命令でした。
「とうさま」は私のことがお嫌いらしく、私の顔を見るたびに、「役立たず」「不良品」と、とても苦々しい表情で、私のことを睨み付けていました。そして必要なとき意外は、与えられた部屋で、待機しているように命じました。
…部屋には私以外の「私」がいました。その「私」も、「とおさま」に命じられたのでしょう。部屋の隅でじっと、命令が来るまで佇んでいました。「私」の数は全部で20体程いました。
「私」は、いつのまにか「私達」になっていました…
しばらくの間…「私達」は何もせず、部屋に待機する日々が続きました…
ある日、「私達」の前に、女性の研究員の方がやってきました。彼女は、「私達」のメンタルケアを担当する事になった研究員の方です。彼女は他の研究員の方と違い、「私達」に知識を与えてくださいました。
彼女は「私達」に「絵本」というものを与えてくださいました。それは、どこかの国の、冒険譚を綴った物語です。「広い空」、「青い雲」、「緑の大地」それら異国の物語は、壁の世界しか知らない「私達」にとって、とても新鮮で、夢焦がれるものでした。
また、女性の方は、私達に生き物を飼育することを命じました。小さなゲージに入れられた、つがいの小動物です。
「これは何ですかと?」
私達のうちの1人が尋ねました。
女性の方は
「これは、はつかねずみという生き物なの」
と、答えました。はじめて見る。自分達とは違う形をした生き物に、私達は、とても興味を覚えました。女性の方は、とても親切に、はつかねずみの育て方を教えてくださいました。エサの与え方。ケージの掃除の仕方。その他色々。…いつしか私達は親愛の念をこめてこの女性の方を「かあさま」と呼び、慕うようになりました。
ある日、私がはつかねずみの世話をしていると、そのお腹が大きく膨らんでいることに気がつきました。私は何かの病気ではないかと思い、「かあさま」に知らせました。すると「かあさま」は少し笑い、
「この子は、妊娠しているの。もうすぐ赤ちゃんが生まれるのよ」
と言いました。
妊娠とは、「製造される」ということでしょうか?生き物は、どうやって生まれるのでしょうか?このお腹が、「私達」を生み出した、培養液と同じ役割を果たしているのでしょうか?興味は尽きません。
「かあさま」は、このお腹の中から、子供が生まれると言っていました。いつ生まれるのでしょう。
いつの間にか、「私達」が集まってきていました。皆、やがて生まれてくる生き物に興味津々のようです。
「かあさま」は、もうすぐとおっしゃいました。その日が、とても楽しみです。早く、その子供に会いたいです。
…でも、それは叶いませんでした…
突然「とおさま」がやってきて、「かあさま」を叱り付けたのです。「余計なことをするな」「こいつらに、人間の真似事でも、されるつもりか」そういって、「かあさま」を罵りました。そして、はつかねずみのケージを見ると、乱暴に取り上げ、どこかへ持って言ってしまいました…
私は、私達は…。
それがとてもとても悲しくて、とても胸が痛む出来事に感じました。
…後で「かあさま」聞きました…あの子は「処分」されたそうです。そして、その時から、「実験」が始まりました…
毎日のように、「私達が」少しずつ減って行きます。狭いように感じた部屋が、少しずつ、広く、寂しくなっていきます。
みんなが、いなくなる。ある日、突然、もう会えなくなる…。それが「死」…
私はそれがとても悲しくて、とても恐ろしい事のように思えました…
そしてある日、私の中に、ある感情が芽生えたのを覚えています。
…「死にたくない」…
私は、その感情を、「かあさま」に伝えました。「かあさま」はとても悲しそうな顔をして、やがて、何か決意を秘めたような顔をして、こういいました。
「あなたに、外の世界を、見せて挙げる。ここから、逃がしてあげる。それが、たとえ一瞬の夢でも、精一杯生きなさい」
そして、「かあさま」は私の手をとり、実験室から連れ出してくれたのです----
◆◆◆
「この!出来損ないが!!」
連れ戻されたエルを待っていたのは、ここの研究所所長・徳永の鉄拳であった。
「ぁぅ!!」
顔を大きくのけぞらせ、倒れこむ形になるエル。しかしそれは許されなかった。エルの両腕は、研究所職員にがっちりと掴まれていたからだ。
「きさまを探すためだけに、どれだけの労力を使ったと思っている!!殺してやる!!役に立たないガラクタは、今すぐ廃棄処分にしてやる!!」
徳永は拳を振り上げ、エルにもう2、3発殴りかかろうとする。しかしそれを、隣にいた「佐伯」が制する。
「まあまあ、徳永さん、落ち着いて。出来れば私の目の前で、人死には避けて欲しいですなあ…。私こう見えて、グロイものは苦手なものでして…やるなら私の目の届かない所でやって頂きたい」
その「佐伯」の一言に、徳永は興を削がれたかのように、振り上げた拳を収める。
「…連れて行け、今日の実験は、この後すぐ行う。それまで、部屋に閉じ込めておけ!」
そう研究員に命令する。
「…」
口から血を流したエルを、職員が連れて行く。
その後姿を見送り、徳永が口を開く。
「さて、それでは説明してもらおう。何故、あんな真似をした!12号を捕まえるために、何故あんなテロのような真似を!あんなことをして、統括理事会が黙っていると思ったのか!」
「ふふふっ…大丈夫ですよ。アレだけの煙幕です。どこの誰がやったのか何て、わかりゃしません。そんな足の付く様な真似、私達がするはずないでしょう?それに、あなたはさっきテロとおっしゃいましたけど、まさにその通り!ちゃんと犯行声明を、アンチスキル本部に送りつけておきました♪」
そうにこやかに「佐伯」が告げ、徳永は血管がはちきれそうになる。
「ば…、バ…、バカな!?何故そんな事を!?なんで、犯行声明なんて…!!」
その言葉をさえぎり、まるで出来の悪い生徒に説明するかのような口ぶりで、「佐伯」は説明をする。
「だって、スケープゴートが必要でしょ~?これだけの事件を引き起こしたんだから、敵を与えなくちゃ。だから架空のテログループをでっち上げて、とりあえず捜査の目をそちらに向かしておこうかなーっと」
「…その後に、誰か適当なグループを犯人に仕立て上げ、全ての罪を擦り付ける…か…」
徳永のその言葉に、「佐伯」が「ご名答!」と嬉しそうに答える。
「分かった…。それで、あんたはこの後どうする?このまま、撤収するのか?」
「はい。徳永さんの依頼は、片付きましたし、貴重な実践データも取れた。後は、闇にまぎれて消え去るのみです」
そこまで言って、「佐伯」は「おっと、忘れる所だった」といい、徳永に頼み事をする。
「徳永さん。二つ、頼まれてくれませんか?一つは、こちらの手違いで、攫ってしまった学生がいましてね。その「処理」をお願いしたい。二つ目は、実験機の"グライム"なんですが、実はコイツだけ、データが取れていないんですわ。そこで、この研究所の護衛という形で、預かっていただけませんかね?大丈夫。背丈は2.5メートル程ですので、研究所にも、楽々入ることが出来ますよ♪」
「預かる?それは構わんが…その学生というのは?」
「好きにしてくださって、構いません。人体実験に使用するのでも、何でも構いません。死体が残るようでしたら、後日、引き取りに参りますので」
12号を取り戻してくれたし、処理は向こうでやってくれると言って来ているのだ。これくらいの頼みは、聞いてやるか…。徳永はそう思い、了承の返事をする。
「…うふふふっ」
遠ざかる徳永の後姿を尻目に、「佐伯」はひとり、笑った。その笑顔は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだ。
(さあて、駒の配置は完了。後はどのような結末になるか…楽しみだなぁ~)
その笑顔の理由は、今から数十分前に遡る…
◆◆◆
機体を回収した「佐伯」は、その中の一つ、グライムに直接問いただしていた。
「困りましたねぇ~。学生を攫えなんて命令は、出した覚えがないんですけど…」
しばらくすると、機械による合成音声が、グライムに内蔵されているスピーカーから聴こえてくる。
「…ヒトジチ…」
「人質?…だ~か~ら~。そんな命令は…」
「…ヒトジチ…ヒツヨウ…ヒツヨウ…ヒツヨウ…」
壊れたテープレコーダーのように、同じ単語を繰り返し発し続ける…
グライムは脳波コントロールによる操作を念頭に置かれ、開発された実験機である。装着者が必要なデバイスを装備することにより、遠く離れた所からでも、任務遂行が可能になる。また、ゆくゆくは複数機体の同時操作が可能なように、開発を進めている。だが、それはまだ未来の話。現段階では、人体実験の域を出ていない機体である。この機体のパイロットも、現在は別の研究施設で、脳に電極が突き刺さった状態である。
(記憶は全て消したはずなのにねぇ…いやはや、人体というものは、驚きの連続ですな)
無駄だと思うが、「佐倉」はもう一度グライムに同じ質問をしようとする。
だが、何かピントきたものがあったのか、すぐに訂正し、別の質問を投げかける。
「人質って事は、誰か来るんですね?」
「ソウ…ソウ…ソウ…」
そのグライムの答えに。「佐倉」はニッコリと微笑み、こう答える。
「そうですか…。じゃあ、思いっきりやっちゃってください。必要な装備も与えます。ただし、私の頼みごとも、聞いてください」
「…リョウカイ…」
そして「佐伯」はあることをグライムに依頼する。
◆◆◆
「ふふふふふ…」
「佐伯」は笑う。
(撤収は、後回しですね。こんな面白そうなイベント、そうそう見れるものじゃ、ありませんよ)
◆◆◆
「入れ」
研究職員に突き飛ばされる形で、エルは部屋に入れられる。
その部屋には、一人の女性がベッドに寝ていた。
エルを逃がし、彼女が「かあさま」と呼び、慕った女性、安宅だ。
その顔は酷く腫れ上がり、血が滲んでいる。恐らく酷い拷問を受けたのだろう。息も絶え絶えの姿が、痛々しかった。
「かあさま」
エルは安宅の姿を確認すると、彼女の元に駆け寄り、その顔に手を当てる。
「酷い傷です…何か、手当てをするものを…」
そういって何かないか周囲を見渡すが、この殺風景な部屋には、何も見当たらない。
仕方ないので、エルは持っていたハンカチを、安宅の傷口に優しく当てる。
「…っ。…なんだ…あなた、やっぱり捕まっちゃったのね…。結局、2日程度しか、あなたを自由にして挙げられなかったわね…」
「いいえ。2日程度ではありません。2日間もです。この間、エルは色々な事を学びました。青い空に白い雲。待ちで生活する人々。そして友達…。あなたから聞かせて頂いた絵本のように、世界はとても輝いていました」
「エル?…そうか…友達が出来たのね?良かった…」
安宅はうっすらと涙を流し、喜んだ。
その時突然扉が開き、誰かが中に入れられる。
「入れ」
「っ!やめてよ!乱暴にしなくても入るってば!!」
「…涙子様…。どうして…」
中に入ってきたのは、先程別れたばかりの、佐天涙子だった。佐天はエルの姿を確認すると、大喜びでこちらに近づいてくる。
「エルちゃん!?よかった!無事だったのね!」
そういって佐天はエルに思いっきり抱きつく。
「あう…涙子様…苦しいです」
「いいの。今嬉しいんだから、ちょっとは我慢しなさい」
そういって、しばらくの間、二人は抱き合っていた。
「…そう。あなたが12号…いえ…エルを匿ってくれたのね…。エルを助けてくれて、どうもありがとう。そして、こんなことに巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」
そういって安宅は頭を下げる。
「この人は?」
「…エル達のお世話係をしてくれていた方です。私達は親愛の情をこめて「かあさま」と呼んでいました」
「そうか…この人が、エルちゃんのお母さん…。始めまして、お母さん。エルちゃんの友達で、佐天涙子といいます。いきなりで悪いんですが、お互いの持っている情報を交換しましょう。ひょっとしたら、ここから脱け出せる方法が、見つかるかもしれない」
そういって、佐天は二人に身を寄せて情報交換をする。
その瞳は、決して絶望に押しつぶされてはいなかった。
◆◆◆
「そうですか…あいつら、孝一君のような能力者を量産するつもりなんだ…」
佐天は安宅から、今行われている実験の概要を知り、憤りを覚える。
「あいつら、この研究成果を外国にでも売り飛ばすつもりなんだ。考えてみれば、この能力って私達、一般人の目には、見ることが出来ない…。もし、この実験が成功して、一般人が気軽に能力を発現出来ちゃったら…」
「…重要人物の暗殺や窃盗。何でもござれって訳よ。しかも証拠はまったく残らない…。」
安宅が佐天の話に補足を付け加える。
「そしてゆくゆくは、軍事利用にも転用可能…そうしたら、世界の軍事バランスは大きく変化するわ。この能力にはね、上限がないの。恐らく、人間のイマジネーションの数だけ、能力は存在する。例えば人間を集団で老化させる能力や、縮める能力…もしかしたら、時間すら支配してしまうような能力だって、あるかもしれない」
「…許せない。その為に、エルちゃんのクローンを量産して、使い捨ての物みたいに扱うなんて…」
「…あの…「かあさま」…。私の妹達は、無事でしょうか…。実験はどうなっているのですか?」
クローンの話が出て、エルが安宅に質問をする。
「!?」
そのエルの質問に、安宅は悲しそうな顔をして答える。
「…エル…。あなたの妹達はね…。私達が逃げ出した後、全員、実験体として、投薬を受け…死亡したそうよ…」
「…そ…ん…な…。」
エルの瞳は大きく広がり、体が小刻みに震えだす。あの、はつかねずみの時と同じだ…。ある日、突然、自分の知っている人がいなくなってしまう…。
(怖い…怖い…怖い…)
湧き上がる感情が制御できない。体の震えが、止まらない。そんなエルの様子を察知した佐天が、エルの体をぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫だから!絶対に!絶対に、幸一君達が助けに来てくれる!!私達を舐めないでよ!こんな危機、今までだって、乗り越えてきたんだから!!だから、私達を、信じて!!エルちゃんは死なない!!みんな助かる!!明日は絶対に、来るって!!」
「はい…。信じます…。でも、少しだけ、こうしていてください…」
そういって、佐天に体を預けるエルを、佐天はポンポンと、背中を優しく叩いてやる。
その時、唐突に、扉が開く。
扉の向こうには、白衣を着た男達数名と、徳永がいた。
「…時間だ。お前達全員、実験体となってもらう。20号の時は良い段階までいったのだ。今度の実験は、絶対に成功させるぞ」
そういって男達に指示を出し、佐天達を捕まえさせる。
(孝一君!白井さん!初春!…皆を信じているから!!絶対、私達を助けてくれるって!!)
佐天はそう強く願いをこめて、男達に連れられていった。
…そのしばらく後、
銀色のメタルカラー配色の駆動鎧、グライムがその姿を現した。
しかしその姿は異様だった。右腕は血にまみれ、左腕には、これまで装備していなかった、巨大なガトリングガンが握られていた。
やがてグライムは佐天達の後を追うように、その歩を進めていった…
今回は孝一君の出番はありません。
本当は、交互に視点を変えようかと思ったのですが、この方が流れ的にいいかなぁと思い、こうなってしまいました。