広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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今回は、まったり進行です。


劣化複製(デッド・コピー)

…絶対能力進化計画 (レベル6シフト けいかく)と呼ばれるものがあった。

七人しかいないレベル5の内の一人、一方通行を人工的に絶対能力者(レベル6)へと進化させようとする実験である。

 

…実にくだらない実験だと、男は思った。要は科学者の自己満足以外の何者でもない、レベル6になったからといって、私たちが何か恩恵を受けるのか?ただ単に、大量の金が使われるだけではないか?実にもったいない計画だ。

 

むしろ男は以前の計画、量産能力者(レディオノイズ)計画の方に興味があった。レベル5の劣化版である妹達(シスターズ)。その能力はレベル3程度の、オリジナルとは比べられないくらい貧弱な能力である。しかし、それは学園都市においてである。

外の世界に目を向ければ、レベル3とはいえ十分商品としての価値はあるのだ。

 

消費される御坂美琴のクローン体を見るたびに、彼女達を研究用、軍事用、愛玩用、臓器売買など、他国に売却できれば、莫大な富を生み出せるのに…男は常々そう思っていた。

 

そして、一方通行が最弱の無能力者に倒されるという事件が発生する…

 

計画が無期限の凍結を余儀なくされる事となり、男は焦った。そして、とうとう男はある行動を起こす。

 

一方通行との実験により死亡したミサカ10031号。彼女の死体の一部からDNAを採取し、保存するという暴挙にでたのだ。

本当は御坂美琴のDNAを入手したい所だが、自分の権限では無断で使用できるはずもない。そこは折れよう。まずは確かめるのだ。妹達(シスターズ)からの劣化複製(デッド・コピー)が、商品として有効的に機能するのかどうか。

 

男は自宅に自分専用の研究ラボを持っていた。まずはそこで、少しづつ計画を進めていこう。秘密裏に、誰にも知られることなく。そして何時の日か、これらの研究資料を手土産に、他国に亡命するのだ。大丈夫だ。その際、私は死んだ事にし、名前を変え、表舞台に出てこなければ、決してばれることはない。

 

 

…結論から言うと、男の野望は失敗に終わった。製造した劣化複製(デッド・コピー)は、妹達(シスターズ)のそれと比べ、身体的にも、能力的にも、はるかに劣ったものになった。

細胞の衰えからか、髪の色素が生成されず白髪となり、身体的にも虚弱、また、能力のほうも、レベル0~1程度の発電能力しか得られない。そして、脳波のほうにもノイズが混じり、ミサカネットワークを形成することも出来ない。完全なる失敗作であった。

 

男は途方にくれた。夢、欲望、期待。全てをこめ、走り出そうとした計画が水泡に帰したのだ。

しかしこの世には、拾う神というものもまた、存在する。どこから聞きつけたのか、男の前に、一人のビジネススーツに身を包んだ男がやってきたのだ-----

 

 

◆◆◆

 

「…御坂、さん…?」

 

「?…ミサカサン?ミサカサンとは誰ですか?」

 

思わずつぶやいた孝一のセリフに、自らを12号と呼んだ少女は誰のことか判らないような顔をする。

 

(御坂さんのことを知らない?じゃあ、この娘はなんなんだ?ただの瓜二つって訳じゃ、無さそうだし…

サンプル12号といったな?まさか、クローン?なんで?誰が、何の目的で?)

 

頭の中でグルグルと疑問が渦巻く。そんな孝一の考えをよそに、少女が口を開く。

 

「すみません。栄養を補給出来る施設というのは、どこにあるのでしょうか?私は昨日から養分を補充しておりません。このままですと、日常生活動作に支障をきたす恐れがあるのですが…」

 

そういって少女はお腹からクゥ、とかわいい音を出し、孝一に訴える。

 

「あ、ああ。つまり、お腹がすいてるって事?」

 

そう孝一がいうと、少女はコクン、とうなずいた。

 

喫茶店や食堂なら、この辺りに数件あるのは知っている。しかし、それを直接教えるのはどうしたものか?と孝一は悩んだ。なぜなら、彼女の今までの言動からして、商品を注文することや支払いをするという概念を、彼女は、はたして知っているのか?と思ったからだ。

なにより、この世間知らずな少女を連れて行って、そのまま別れるという事は、孝一自身が気になって出来そうにない。

じゃあ食事を彼女におごる?そう思ってみたが、財布の中身は先程クラスメイトの食事代に全て消えてしまっている。

 

「うーん…」

 

孝一は彼女の顔を見る。

 

「…」

 

孝一をジッーっと見る顔が、まるで段ボール箱に入れられている犬や猫に見えてしまい、保護欲を掻き立てられる。

 

「うぐぅ…」

 

孝一の心は揺れた。

 

 

◆◆◆

 

 

「どうぞ入って。いま、お茶でも入れるから。あ、クツは脱いでね」

 

「…はい。失礼します。」

 

孝一の言葉に従い、少女は靴を脱ぎ部屋に入る。結局、孝一は彼女のまなざしに負け、こうして自宅に招き入れてしまったのだ。少女は部屋の中身が珍しいのか、しきりに辺りをキョロキョロと見回している。こう見えて好奇心は旺盛なようだ。

 

「はい。とりあえず、麦茶。待ってて、今簡単な料理を作るから。」

 

孝一はテーブルに少女を座らせ、麦茶を差し出す。そして料理に取り掛かろうとする。しかし少女の一言がそれを制す。

 

「それでは、お願いします」

 

そういって、少女は左腕の袖をまくって、孝一に差し出した。

 

「え?一体何を…?」

 

「?栄養剤を投与しやすいようにしているのですが?」

 

見ると、彼女の白くてきれいな腕に、青紫色の醜い注射痕が付いている。恐らく、日常的に、そうやって栄養剤を投与されているのだ。それに気づいたとたん、孝一は常日頃から、彼女がどのような扱いを受けていたのか、容易に想像できてしまった。

 

「きみは…食事を…とったことが、ないのかい?」

 

孝一は、かろうじて、そう口にする。

 

「おっしゃっている意味が、良く分かりません。食事とは、このように摂取するものではないのですか?」

 

頭がグラグラしてきた。そしてその後に沸き起こったのは、彼女をそのように教育した、大人達に対する怒りだった。

 

「ちがう…。ちがうよ…。食事って言うのはさ、もっと温かくて、うれしくて、食べた瞬間、幸せな気持ちになれるものなんだよ…」

 

それを証明したかった。彼女に、その気持ちを理解して欲しかった。だから孝一は、彼女に「待ってて!」と声を掛けると、急いでエプロンを掴み、調理場に立つ。

作る料理はアレしかない。孝一が子供の頃、母親から作ってもらって、一番うれしかったあの料理だ。

 

フライパンを温め、玉ねぎをみじん切りにし、鶏肉を適度な大きさに切る。

熱したフライパンにサラダ油を入れ、玉ねぎと鶏肉を絡め、調味料を入れる。

 

「なんでしょう?これは…。研究所では嗅いだ事のない匂い…。香ばしく、食欲をそそるような、この香りは…」

 

彼女も興味を持ったのか、孝一の料理の行く末を見守っている。そして、知らないうちに、彼女のお腹がクゥと鳴った。

いい反応だ---孝一はそう思った。早く、彼女にこれを食べさせてあげたい。

 

後はもう簡単だ。ケチャップとご飯を適量混ぜ合わせチキンライスを完成させ、その後、溶いた卵をフライパンに入れ、半熟になるまで待つ。そして先程のチキンライスを投入して、包み込めば…

 

「おまちどおさま。特製オムライスの完成だよ」

 

そういって少女の目の前にオムライスを置き、スプーンをきゅっと握らせ、「食べてみて」と促す。

 

「…」

 

目の前に置かれた湯気を出す食べ物に、最初はとまどっていた彼女だったが、その香りの誘惑には勝てなかったのだろう。スプーンを手に取ると、恐る恐る口に運ぶ。

 

「あむっ…」

 

もぐもぐと何度も口を動かし咀嚼し、彼女は目を見開く。

 

「これは…はじめて味わうものです…咀嚼するたびに、空腹感が満たされ、何度も口に運びたくなります。この食事から香る匂いも、とても心地いい…そして…とても、あたたかい…これが、食事…」

 

そういうと彼女は両方の目からぽろぽろと涙を流した。

 

「お、おい?どうしたの?」

 

「すみません…。私はとても衝撃を受けました…。私が生きてきた中で、これ程あたたかい食べ物は、ありませんでした。食べるたびに食が進み、胸が温かくなる。この感情を、人はなんというのでしょう?」

 

「それは、『おいしい』っていうんだよ」

 

そういって、孝一はその感情の正体を教えてやる。

 

「…おいしい…これが、おいしいという、感情…」

 

少女は自分の中に芽生えた新しい感情を何度も反芻している。

 

「…良かった。君にはちゃんと感情というものがあるじゃないか。君は実験体なんかじゃない。立派な人間だよ」

 

そういって孝一は少女に笑いかける。しかし、少女の顔は暗く翳ってしまう。

 

「…私は、死ぬために作られた実験動物だと教育されました…『とうさま』の為、研究の礎となり、死ぬこと。それが私達に与えられた任務だと入力されました…だから私達には名前も与えられず、ただの"モノ"になり、必要なとき意外は、物陰でじっと待機しているようにと言われました…」

 

少女はなおも話を続けようとするが、それを孝一が手で制す。

 

「…最初に言っておくけど…君を作ったという『とうさま』って奴は、大変な大嘘付き野郎だ。君は人間だよ。ただ人よりちょっと物事を知らないだけの、ただの女の子だ」

 

そういって、少女の真正面に勢い良く座る。

 

「名前も与えられなかった?じゃあ、僕がつけてやる!世界に一つだけしかない、君だけの名前を」

 

そういって、しばらく頭を悩ます。

 

(実験体12号…12…12…は英語で…)

 

ブツブツと口の中でつぶやく。そして…

 

 

「よし、決めた。…『エル』。君の名前は『エル』だ!」

 

「『エル』?それはどういう意味なのでしょう?」

 

少女は孝一に聞き返す。

 

「ああ。12号の12って、英語だとトゥエルブだろ?そこから二文字貰って『エル』。後はアルファベットで12番目の文字という意味もある」

 

そういって、「どうかな?」と少女の顔を見る孝一。

 

「える…エル…私の名前…始めて貰った、世界で私だけの名前…」

 

その表情は、どこかうれしそうに見えた。

 

(良かった…気に入ってくれたみたいだ…)

 

孝一はそっと胸をなでおろす。

 

 

「…じゃあ、名前も決まったことだし、お互い、自己紹介からいこうか?」

 

そういって孝一は咳払いをして、少女に挨拶をする。

 

「始めまして、僕の名前は広瀬孝一です。あなたの名前はなんと言うんですか?」

 

「…」

 

少女は少し恥ずかしそうにしていたが、やがて意を決し、自分の名前を口にする。

 

「…始めまして、孝一様。私の名前は『エル』です」

 

そういって、笑顔を孝一に見せようとしたのだろう。両手で口頬の筋肉を吊り上げ、ぎこちない笑顔を向けてくれる。

 

「ぶっ。あはははっ」

 

その笑顔があんまりにも一生懸命過ぎて、思わず孝一は笑ってしまう。

 

「むぅ…何故笑うのですか?」

 

一生懸命の挨拶を笑われ、エルは少しむくれてしまった。

 

 

 

 

人は、名前を得る事によって、初めてアイデンティティを確立することが出来る。そういった意味では、サンプル12号と呼ばれた少女・エルは、広瀬孝一と出会うことにより、ようやく人間となることができたのではないだろうか。

 

この少女を、守ってやりたい。

エルと一緒に食事を取りながら、孝一はそんなことを考えていた。

 

 

 




改めて見直すと、会話シーンが長すぎるかなと、思ったり、思わなかったり…
バランスの取り方が難しいです。

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