7話、どうぞ
穂群原学園
3限と4限の間である短い休み時間に間桐慎二は屋上に呼び出された。
「…で、何の用だよ?せめて昼休みに聞くとか思わなかったわけ?」
(ま、予測できてるけど)
不機嫌を装い(事実不機嫌ではあるが)慎二は呼び出した相手――衛宮士郎の出方を伺う。
「慎二…教えてくれ。昨日の光太郎さんは…」
大当たり――と投げやりにぼやきながらも、慎二はどうはぐらかすか考え始める。
昨夜…光太郎が仮面ライダーに変身し、噂の元凶たる怪人を退治する場面を士郎は目の当たりにした。負傷した彼を家まで送った際に光太郎は自分の力を他言無用として欲しいと頼んでいるのを慎二は横から見ていたが…
「あの姿と…あの力は何なんだ?」
言わない代わりに説明が欲しいらしい。士郎は周りに広げるような人間ではないことは知っていたが、やはり彼も人間、自分の常識を逸脱している存在への興味は尽きないのだろうと、慎二は考えた。
「…悪いな衛宮。あれはうちの家系で数十年に生まれるか生まれないかの特異体質なんでね。僕どころか本人すら原因はわかっちゃいないよ。無論、何等かの魔術礼装ってものでもない」
もちろん嘘だ。幸か不幸か、先日の件で士郎に間桐が魔術の家系であることを知られたが彼はそれほど魔術に関しては詳しい訳ではなく、慎二はそこを逆手に取り光太郎の能力を魔術と同様、外部へ秘匿すべき力と説明し、納得させようとした。
「そう…なのか。あの姿は、そういうことなのか…」
「………………」
こうもあっさり信じてしまうのも考え物だが、このまま誤魔化そうと畳み掛けようとした慎二だったが
「もし、あれが魔術を応用したものだったら、光太郎さんに話を聞いてみたかったからさ」
「なに?」
士郎の言葉に眉を寄せる慎二。
「俺、魔術っても簡単な『強化』しか使えないんだ。だから、もし光太郎さんが強化を応用してあの力を発揮してたのなら…『あの姿と力をどうやって手に入れたのか光太郎さんに聞きたかったんだ』。そうすれば光太郎さんみたいに俺も誰かを…」
言い切る前に、慎二は士郎の胸倉を掴むとそのままフェンスに背中を叩き付けた。
「ど、どうしたんだよいきなり!?」
「いいか衛宮…」
その声に士郎はゾッとした。
普段、兄の光太郎に冗談を言われたり、気に食わないことがあると癇癪を起こして声を上げることは珍しくないが、今の慎二はそれと比べものにならないほど『怒っている』。
そして仮にも弓道部の副主将である賜物なのか、押し付けられている腕は筋トレを欠かしていない士郎でも、腕を振り払うことが出来なかった。
「覚えておけよ…僕やお前みたいに無い物ねだりで力を欲しがってる人間もいれば…」
「欲しくもない力を持たされてる奴がいることもなぁ…」
「え…?」
衛宮士郎は間桐光太郎がどうやってあの能力を手に入れたかは全く知らない。知らないのだから、純粋にあの力に憧れることも話を聞いてみたいという要望も当たり前のことだ。『彼の事情』も知らない士郎に対して暴力で打って出る自分が間違っていることも慎二は自覚している。
しかし、先に身体が動いてしまった。
義兄のあの姿とあの力についてを光太郎本人の口から聞こうとした士郎の一言に、どうしても我慢できなかった。
「ど、どういうことなんだ慎二…?」
混乱しながらも、自分を押さえつける慎二の腕を掴む士郎。その時、慎二の目に士郎の手の甲に浮かんでいる妙な痣が目に入った。
「ッ!?」
その見覚えがあった痣に慎二は目を見開く。まだはっきりとした形には浮かんでいないが、同じような痣を、義兄が腕に宿していたのだから。
「…衛宮、まさかお前…」
「慎二…?」
相変わらず士郎をフェンスに押し付けたままであるが、慎二の表情が先ほどの怒りから驚きに変わっていることに士郎は戸惑った。その状況に第三者の声が耳に入る。
「盛り上がっているところ悪いんだけど、そろそろ授業が始まるわよ?」
慎二と士郎が屋上へと出た同じ頃、間桐桜は兄の教室を訪ねていた。
本日は朝練もなく、自宅から学校へ向かった桜だったが、家を出る際に食卓の上に置かれた慎二の弁当箱を発見した。恐らく忘れていったのだろうと桜が持っていき、兄に届けようと現在にいたるのだが、教室に兄の姿が見当たらない。どこにいるのだろうと教室内にいた兄と先輩の知人である柳洞一成に尋ねてみた。
「先程衛宮と共に教室を出るのを見たな。なにやら今朝から思いつめた顔をしていたのだが、それと関係があるのだろうか…」
不安を抱いた桜は弁当箱を一成に預け、2人が行ったと思われる屋上を目指した。屋上へ通じる階段を上る途中、桜と縁の深い人物に声をかけられる。
「あら、珍しいわね。こんな所で会うなんて」
「遠坂先輩!」
「もぉ、周りを見なさい。今なら大丈夫よ」
困ったように笑う先輩の言う通り、周りを見渡す桜。授業開始まであと数分となっているためか、二人の会話に聞き入る生徒は誰もいない。
「…こうして話すのも久しぶりかしらね」
「そうですね、『姉さん』」
嬉しそうに破顔した桜は、同じく優しく笑う遠坂凛―――実の姉にそう答えた。
魔術は一子相伝。しかし遠坂家に生まれた桜は姉にも負けない才能を秘めており、やがて後継者争いになると父親は考えていた。
それを回避するため、同じく魔術の家柄である間桐家の養子とした。二人は古くからの協定により深く関わることを禁じられていた。
だが、こうして誰の目にも止まらない場所では仲睦ましい姉妹としてお互いの近況を報告している。
「けど、どうしたの?この先行ったら屋上しかないのだけど…」
「あ、そうでした」
桜は簡単にここまで来た過程を凛に説明した。
「へぇ…間桐君と衛宮君ね。面白そうだわ」
「面白そうって…え、姉さん!?」
話を聞いてニヤリと笑った凛は屋上へ向かい歩き出す。慌てて追いかける桜は何かを企む姉に問いかける。
「ど、どうするんですか?」
「もちろん、盗み聞きだけどなに?」
さも当然ですと答える姉に思わず溜息をつく桜。そして屋上の扉のドアノブに手をかけようとした時、ガシャンッとフェンスに何かが強く衝突したような音が聞こえた。
「…え?」
「…どうやら面白い話じゃなさそうね」
先程と打って変わり、真剣な表情となった凛は扉を開け屋上に出ると、桜の義兄が同級生をフェンスに押し付けている姿を目にした。
「遠坂…なんでここに?」
「…こんな時に」
現れた凛の姿を見た士郎と慎二は違う反応を示す。
「間桐君?衛宮君と何があったか知らないけど、校内でそういうことは良くないんじゃない?」
「…チッ」
最もな事を言われた慎二は乱暴に士郎を放す。解放され、ホッとした士郎に離れている凛に聞こえないように慎二は小声で伝えた。
「その痣。遠坂には見せるなよ」
「…え?」
それだけ言うと慎二はやって来た凛には目もくれず、足早に屋上から出て行った。
「どうやら平気そうね。藤村先生には報告する方がいいかしら?」
「あ、いや、怪我とかしてないから大丈夫だ!!」
近付いてくる凛に意識を向けた士郎は、取りあえず慎二の言うことに従うように、痣のついた手をズボンのポケットに突っ込む。
「聞く話によると、衛宮君が間桐君を誘ったそうじゃない。もしかして、日頃の行いにとうとう我慢できなくなったという所かしら?」
「…確かにいい加減なところはあるかもしれないけど、アイツはアイツなりに芯を通してはいるぞ?」
「へえ、さすがお友達といった所かしら?」
「あ、ああ。そうなんだ…じゃあ、俺も教室に戻るから、じゃあな」
興味がなさそうに髪をかき分ける凛。どことなく居心地が悪くなった士郎は適当に理由をつけて出入り口に向かった。
「…………………」
その背中を、凛は目を細めて見つめていた。
「……凛」
「わかってるわ。ありえないとは思うけど、可能性は考えるべきで…」
「いや、そうではなく」
凛が姿の見えない『誰か』に答えた直後、授業開始のチャイムが響いた。
「………………」
「ちなみに君の妹は一分前には教室にたどり着いたぞ」
「先に言いなさあぁぁぁぁぁいッ!!!」
この日、遠坂凛は初めて授業を遅刻した。
その日の夜
光太郎は夜の新都を歩き回っていた。いや、厳密には一人ではなく、霊体化したライダーが付いてきていた。
「珍しいね。ライダーから俺に着いていくって言うなんて」
『サーヴァントとして当然のことです。迷惑はかけませんのでご安心を』
「そんな。むしろ心強いよ」
己のサーヴァントを賞賛すると、光太郎は頭を切り替える。あの金髪の青年が英霊がまもなく七騎全て召喚されること以外にもう一つ
伝えられたことがあった。
『港の方で図体のでかい野鳥が飛び回っていてな…童どもと安心して釣りもできん』
と、笑いながら言っていた。少しも不安そうに見えなかったが、それでも怪人がいるのであれば放っては置けない。光太郎は言われるがままだなと思いながらも、こうして冬木の港を目指して足を運んでいる。バイクを使いたい所であったが、士郎を救出に向かった際に何台かのパトカーに追われていた全てを振り切ってしまった。同じバイクではまたエンカウントする可能性もあり、本日は徒歩にての調査であった。
(しかし、今度は人を襲うわけではなく、ただ飛び回っているだけなのか…)
そもそもゴルゴムの作戦はその目的が見えないものが多かった。先日も何故か冬木の魚市場から次々とマグロが消失する事件が相次いだが、まさかと思ったらゴルゴムの仕業であったのだ。
「さて、まずはこの辺りから…」
「コウタロウ」
港近くの貨物場にやってきた光太郎に実体化したライダーが声をかけた。まだぎこちなくではあったが、なんとか光太郎は反応する。
「な、何かなライダー?」
「貴方にまだ聞いていないことがありました。コウタロウ…貴方がこの戦いに参加する理由です」
光太郎の表情が硬くなる。まるで等々聞かれてしまったと言わんばかりに苦笑してライダーに向き直る。
「やっぱり…気になるか?」
「はい。私はコウタロウのサーヴァントとして、聞く権利があるはずです」
きっぱりと言い切るライダー。光太郎が家族を信じて戦いに向かっていることは桜との会話で理解できたが、それでもはっきり
しなかったことがあった。それは聖杯戦争で勝利した時に得る『聖杯への願い』だ。ライダーには、彼が聖杯に託すほどの大望を抱いているとは、どうしても思えず、この質問を光太郎にぶつけた。
「…それは」
光太郎が答えようとしたその時、彼らの頭上で羽音を立てて近づいてくる存在があった。
「ッ!?」
ライダーの肩を掴んで地面を転がる光太郎。彼らが今さっきいた場所には生物の爪で削られたかのように抉れていた。その跡を見てゾッとしながらも上を見る光太郎とライダー。
「…ライダー。申し訳ないけど、その質問は後で答えるよ」
「…ええ、わかりました」
会話を終えた2人は上空で浮遊する3体のタカ怪人を見て身構えた。
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