Fate/Double Rider   作:ヨーヨー

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最終話『それぞれの選ぶ道』

大聖杯を破壊し、サーヴァント達が新たな命を得るという形で冬木の聖杯戦争は終結。

 

 

そんな中、光太郎とライダーの帰還を仲間達が喜ぶ姿を木陰から傍観している者達がいた。

 

 

 

「ハッハッハッ…まさかこのような形で聖杯戦争どころか、聖杯そのものが消滅する世界があるとはな」

 

豪快に笑う老人は本当に愉快だと言わんばかりに泣きじゃくる義妹の頭を撫でている光太郎の姿を吟味していると、その背後からため息交じりに手にしたカメラのシャッターを切る青年が口を挟んだ。

 

「だから言っただろう?この世界をアイツが守ってるというのなら、俺が通りすがる必要はないと」

「ふむ。しかし、彼は君の知っている『彼』ではないのだろう?」

「ああ…けど、例え世界が異なろうが、アイツがアイツである事には変わりない。それに…」

 

ファインダー越しに映る傷だらけの光太郎はとても晴れやかに笑っている。今さらお節介を焼く必要もないだろう。その理由は、彼に回りにある。

 

(この世界ではあんなにも多くの仲間がいる。アイツが負けられな理由なんて、それだけだろうな)

 

マゼンタ色の2眼レフカメラのシャッターを再び切る青年の口元は自然と綻んでいる様子を見た老人は変わらずニヤニヤと笑っている。それに気が付いたのか、表情を一変させた青年は一気に不機嫌となる。

 

「なんだよ爺さん。俺の顔に何かついてんのか?」

「いやいや、君の笑顔を道中初めて見たのでな。今のうちにしっかりと見ておこうとしただけだ」

「悪趣味なんだよ…」

「では、これ以上機嫌が悪くならないように次の世界へ行くとしようか」

「おい、まだ俺をひっぱり続けるのか?」

「なに、旅は道連れというだろう?次の世界でも聖杯戦争は起きているが、少し特殊でね。裁定者(ルーラー)だけでは心もとないのだ」

「…ったく、俺は便利屋じゃないんだけどな」

 

老人の強引な手引きに呆れながらも青年は後に続く。どういった経由で青年と老人が行動を共にしているのか、この世界で知る者はいなかった。

 

老人が手に持った杖の装飾である宝石が強く光ると同時に、老人は世界から姿を消した。続けて青年が進む先に灰色のオーロラが出現。オーロラを潜る前に一度だけ振り向く。

 

 

「じゃあな南…いや、ここでは間桐光太郎か。この世界は任せたぜ、仮面ライダーBLACK」

 

 

片腕を上げて届くはずのない言葉を送って、青年はオーロラの中へと消えていった。

 

 

『宝石翁』キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグと『世界の破壊者』門矢士。

 

誰にも悟れることなく、こことは違う世界へと向かったのであった…

 

 

 

 

 

 

 

2人の旅人とはまた違う木陰で、その者は深くため息をついていた。

 

「ったく、確かにアイツの望みは『みんなで』ではあったけど、まさか会ったばかりの俺も含まれているとはねぇ」

 

低い声とは裏腹に陽気な喋り方をする彼もまた、光太郎の姿を見る。彼は大聖杯から放たれた光を浴びて立ち上がった後、外にいた士郎達が気を失っている間に空洞を脱出して現在いる樹木の裏へと移動していた。

 

「しっかし、いくら昔過ぎて身体がないからってこうなるか普通?ま、やったのは俺なんだけど」

 

そういって自分の身体となってしまった銀色の胸板を拳で何度か叩いてみると、彼の頭に苦情が舞い込んだ。

 

「わぁーってるって。今はすんごくデリケートな状態なんだろ?でもわざわざ遠くの秘密基地へ修理に行かなくても、今出てってみんなと一緒に埋もれた施設掘り返すの手伝って貰えばいいじゃん?」

 

その木陰には彼一人しか立っていない。だと言うのに、まるで他にもう一人そこにいるかのように会話は続いていく。

 

「あ、ひょっとしてアイツとお別れした手前下手に顔を見せられないとか?かぁー、以外に照れ屋なこと。いーじゃんむしろ会ってやんなよ。泣いて喜ぶぜきっと…あっそ、会う気はなしと。なら、俺がとやかく言ってもしょうがねぇや。でもよ、せめて『あの娘』くらいにゃ声かけといたらどうだ?」

 

そう言って『もう一人』の彼に見せるように、緑色の複眼は白い少女へと視線を移す。聖杯という宿命から解放された少女もまた、満面の笑みでお人よしの少年とじゃれついている。その姿を見ただけで、もう一人の彼はこの場を後にするように、今身体を動かしている意思へと伝えた。

 

「必要ない、ね。あいあいさー。んじゃ、とっとと離れますかね。実は言うと、俺もカッコつけて消えといて実は生き返っちゃいましたーって言うの、正直はずいし…」

 

そして金属を打ち付けるような音を立てる足音が次第に人間と同じそれへと変わっていく。

 

銀色の装甲が消え、1人の青年へと姿を変える。その顔は昔の面影を残しながら成長した光太郎の家族であり、親友のものであった。そして振り返ることなく、その場から離れていく。

 

「んじゃ、縁があったら合いましょうや。英霊(お仲間)の皆さんに、仮面ライダーさんよ」

 

 

他のサーヴァント達と同様に、光太郎の願いによって新たな命を得た彼らは、どういう理由かは不明だが1つの身体を2人の魂が共有する形となってしまった。だが今のところはお互いに不満はないらしく、成り行きということで行動を共にすることに決めていた。互いの任意によって身体の主導権を交代するという2重人格のような状態となった彼らは、どのような道を歩んでいくのだろうか。

そしてしばし歩いた後に、一度だけ人格が入れ替わる。

本来の身体の持ち主である彼の言葉は、余りにも簡単なものだった。

 

 

「達者でな、光太郎…イリヤスフィール…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗黒結社ゴルゴムが壊滅したという情報は瞬く間に日本に、そして世界中に広がった。絶望の淵にいた人々にとって、希望を取り戻した瞬間である。

 

 

海外に避難していた多くの日本人は次々と帰国し、侵略による被害の復興作業は各国の支援もあり円滑に開始されていく中、ゴルゴムの支配を終わらせ名を知られることのない功績者達は、それぞれの道を歩み始めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2ヵ月後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衛宮邸の前に停車している黒いリムジンの背後に2台のバイクが止まっており、うち1台のエンジンの調子を確認した少女は、門の前で名残惜しそうな目で自身を見る家主の前へと立った。

 

 

「それでは、短い間ですがお世話になりました」

「ああ。そっちも、元気でいてくれよ」

「セイバーさん、また会いましょうね」

 

士郎と桜の言葉に頷いたセイバーの姿は衛宮邸で見せた洋服ではなく、つま先まで黒で統一されたダークスーツを纏っている。髪型も後頭部で縛るという簡単まものであるが、その姿は男装の麗人といっても過言ではない。

 

「…イリヤの事、よろしく頼む」

「ええ。貴方の父君の忘れ形見なのですから」

 

士郎の願いを聞き入れたセイバーは、イリヤ本人から聞かされたことを今でも忘れられない。

 

彼女こそかつて騎士の名において守りぬくと誓った女性、アイリスフィールと前マスターである衛宮切嗣の娘であると知った時、彼女は今までの無礼をお許し下さいと頭を下げ続けてたのだ。イリヤも少し困らせるつもりで言ったことであったが、母親を守れなかった事がセイバーの中では唯一の心残りであったと知り、逆に謝罪を続けてしまったのだ。

 

お互いに謝り続ける中、セイバーはある決意をする。

 

世界を回ってみたいというイリヤと同行し、彼女の母親の願いを共に叶える。守り抜くという果たせなかった誓いを、今度こそ果たして見せると。

 

「セイバーッ!そろそろ出発するわよッ!!」

 

リムジンの後部座席の窓から身を乗り出したイリヤが元気いっぱいに呼びかけた。これから見て回るであろう世界に、期待を隠しきれていないのかもしれない。

 

 

サーヴァント達に新たな命を宿したあの眩い光の恩恵は、白い少女にも及んでいた。戦いが終わった後、時間をかけて検査を行った結果、イリヤの身体は意思を持った聖杯ではなく限りなく人間に近いホムンクルスとなったと判明する。

 

凛や光太郎が世話になっている医者の見立てではテロメアを始めとした身体機能が外見通りの年齢となっており、これから先、止まってしまった第二次性徴が再開されるであろうという見込みだ。

 

これにはイリヤも大はしゃぎし、士郎に5年後を楽しみにしていなさいと告げていた。

 

しかし、士郎をからかう以前にイリヤは世界を回りながらどうしてもやらなければならない目的を抱いているのである。

 

 

(待ってなさいよシャドームーン…絶対見つけて、文句を言ってやるんだから!)

 

 

あの時、イリヤだけが木陰からこちらの様子を伺っていた行方不明のはずである世紀王の後姿を目撃し、急ぎ後を追いかけるものの既に姿はなく、足跡すら残っていなかった。

 

シャドームーンが生きているという喜び以上に自分に何の一言もなく姿を消した事に憤慨したイリヤは世界を回りつつシャドームーンを見つけ出し、自分が飽きるまで罵ってやると決意を固める。そして心身共に疲れ果てた姿を光太郎に見せてやろうと画策しているため、シャドームーンが生存していると付人であるセラとリーズレットにしか打ち明けていなかった。

 

そんな中、生まれの家であるアインツベルン家からは早く戻るように言われているが知ったことではない。どうせ自分の身体について調べようという腹だろう。

 

あちらが強行手段に出たとしてもこちらには護衛のセイバーとバーサーカーがいるからと、イリヤは別れの挨拶を続けているセイバーと、既にバイクに跨っているバーサーカーの姿を見る。

 

新生して以来、相変わらず無口を通しているバーサーカーであったが、イリヤが主催した終戦パーティーで多量のアルコールを摂取した後に信じられないほど饒舌になり、慎二とランサーをグルグルと振り回した姿は出席者全員の記憶に残る出来事であった。さらにその時の事をはっきりと覚えていた様子であり、羞恥心からより無口となってしまったが…

 

バーサーカーの姿もセイバー同様に特注のダークスーツを着用し、遊ばせていた獅子の鬣を思わせる頭髪も使用人たちに丁寧に梳かされ、オールバックとなっている。気心知れている士郎達以外であれば、お近づきしたくない御仁と化してしまった。

 

 

「では、さっさと出発しようではないか」

「…なぜ、貴方に指図されなければならないのでしょうか。そして触れないでください」

 

突然姿を現し、セイバーの肩に手をかけるギルガメッシュは普段と変わらないライダースーツである。セイバーに手の甲を抓られても照れるな照れるなと言って離そうとしない光景に、士郎も段々と慣れ始めてしまった。

 

ギルガメッシュも途中まではセイバー達と同行すると言い出した時はいつもの気まぐれかと誰もが考えていたが、光太郎との会話を聞いていた桜は違った。

 

 

 

 

 

数日前の間桐邸の庭で、光太郎はギルガメッシュの突然の要望によりキャッチボールを開始。いつもなら新作のテレビゲームを持参して現れていたが、その日は珍しく手ぶらで現れ間桐家に保管されてたボールとミットを勝手に掘り返したのであった。

 

暫しの間、ボールを受け止める音だけが庭に響く時間が続き、桜が2人の休憩用にお茶を持ってきた時、光太郎が思わず聞き返した声が耳に届いたのであった。

 

「言峰綺礼の娘に、合いに行く?」

「そうだ。以前に奴から聞いていてな。生きているか死んでいるかも不明だが」

「でも、なんで?」

「あの破綻者の娘だぞ?どのような面をしているか我直々に謁見してやろうというのだからありがたい話だろう」

「…君らしい理由だよホント」

 

そしてまたボールがミットの中へ納まる音だけが響く時間が続くと、再びギルガメッシュが口を開く。

 

「ついでに、父親の最期ぐらい教えておいてもいいだろう」

「…そっか」

 

恐らく、それが本来の目的。

 

ギルガメッシュと言峰綺礼は前回の聖杯戦争からの付き合いだと聞いている。2人の間に絆のようなものがあったかどうかは定かではないが、ギルガメッシュの行動が答えになっているのではないかと、光太郎と桜には思えた。

 

人類の敵であるゴルゴムに加担した言峰綺礼を許す人は決していない。それでもギルガメッシュは彼をただの求道者として、迷う1人の人間として認めていた。それは光太郎達には理解の及ばないギルガメッシュ本人しか分からない基準で彼と付き合っていたからだろう。

 

そんな人物に娘がいるというなら見てみたい。ただ、それだけのことだとギルガメッシュは言い切るだろうが、彼が言峰の生涯を娘である人物に知っておいて欲しいという彼が言う気紛れという名の優しさなのだと、光太郎は考えている。決して、本人は認めないだろうが…

 

 

 

 

 

 

「…桜よ」

「はい」

「貴様の兄に伝えておけ。我のいない間に腕を上げておけとな」

 

不敵に笑いながら自身の宝物庫から出現させたバイクに搭乗する姿を見て士郎は不覚にもカッコいいと思い、あの光太郎と堂々と勝負を挑むのであろうかとセイバーは少しだけ感心する。

しかしその内容は光太郎と対戦中のゲームであるとただ1人理解してい桜は笑顔を崩さない。

彼女は空気を読める人物である。

 

「では、私もそろそろ。シロウ…」

 

セイバーは優しく微笑みながら、士郎へ手を差し出しだ。何を意図したか理解した士郎は笑い返してセイバーの手を取り、握手を躱す。

 

「離れていても、貴方は私のマスターです。もし私の力が必要となる時があるのならば、再び貴方の剣になりましょう」

「ありがとう。けど、そうならないように俺も強くなるよ。俺なりに『正義の味方』を目指して」

 

貴方らしいですと手を離したセイバーは続いて桜へも握手を求めた。桜は迷うことなく手を握ると、セイバーは桜に顔を近づけ、すぐ傍で自分達を見ている士郎に聞こえないようにそっと桜に耳打ちをする。

 

 

「負けませんよ」

「…っ!?」

 

何のことであるか、聞き返すまでもない。宣戦布告された桜は最初こそ驚くものの、一度目を伏せると自信たっぷりに胸を張り、言い返してやった。

 

「望むところです!」

 

 

 

 

やがてイリヤを乗せた黒塗りの車両が発進し、続くようにバイクを駆った3人の英霊が追走していく。士郎と桜は戦友達が見えなくなるまで、その場で手を振り続けていた。

 

 

「いっちゃいましたね」

「ああ…」

 

門の前に並ぶ2人はしばし無言のまま立ち尽くす。つもりであったがそうは問屋は下ろさない人物が現れてしまった。

 

「何を黄昏とるが若人がああぁぁぁぁぁぁッ!!」

「うぉッ!?」

「きゃッ!?」

 

背後から2人へと飛びついた藤村大河は今度はわしわしと頭を撫でるた後、クルクルと回りながら衛宮邸の門を潜っていく。

 

ゴルゴムの侵略が続く中、実家である藤村組のお兄さん達と共に逃げ遅れた民間人への炊き出しや励ましを必死になって勤しんでいた大河だったが、平和になった直後にいつもの自由奔放な虎へと様変わり。余りにも早すぎる変わりように溜息を付く士郎に対し、大河はピタリと動きを止めると2人へと指を差した。

 

「全く、いくらセイバーちゃん達がいなくなったからって落ち込み過ぎよ?出会いがあったんだから当然別れだってある。だから、別れて悲しむ以上に出会って、一緒にてくれてありがとうって気持ちを大きく持ちなさい。そうすれば、自然と笑えてくるんだから!」

「……………………」

 

本当に、極たまにまともな発言をするのだからこの人物には敵わない。士郎に取って日常の象徴とも言うべき姉貴分にはあのままでいて貰いたい。

 

「あ~お腹すいた。桜ちゃーん、士郎がこっそり買った大福食べましょー!あ、お茶も入れてねー」

 

腹を空かしたトラとなった大河は靴を乱暴に脱ぎ捨てると居間へ駆けていくのであった。

 

「はぁ…藤ねぇは本当に」

「フフフ…」

「どうした、桜?」

「いえ。ただ、いつも通りに戻ったなって」

「ああ。そうだな…」

 

桜に同意した士郎は、空を見上げる。

 

絶望に染まった空がこんなにも透き通る空となったのは、間違いなく自分達が…いや、あの人が勝ち取った平和なんだ。この平穏を守っていけるような…そんな正義の味方に、自分もなりたい。

と、考えていたことが余程顔に出ていたのだろうか。士郎の考えを見透かした桜は士郎の頬を軽く叩いた。触れた、の方が正しいかも知れない。

 

「無茶だけはしないで下さいよ?そんな人、私は光太郎兄さんだけでたくさんなんです」

「…耳が痛いな」

 

苦笑いする少年へ満面の笑みを向ける少女は士郎の背中を押して、玄関へと連れて行く。これ以上トラを放っておくとヘソを曲げてしまうだろう。だから2人で急いでお茶を入れる準備に取り掛からなければならないのだ。

 

(でも、先輩…)

 

 

(もし、本当にそんな無茶をしなければならない時は、私を頼ってくださいね)

 

それをはっきりと口に出せるように、自分も強くなる。その気になれば、不可能なんてない。

 

そう兄が、教えてくれたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………」

 

間桐慎二は自室の机で頬杖をつき、自分宛てに届いたエアメールへ目を落としていた。発送元はイギリス…しかもロンドンであるのだが、ご丁寧に全て日本語で記されている。

 

内容は簡単に言えば勧誘、である。

 

しかも魔術協会総本部である時計塔の名物講師から直々の便りであり、慎二へ留学の案内という内容であった。

 

この1年で様々な魔術に関しての触れる機会が増えた慎二であったが、魔力を持つことのない彼に魔術教会の人間から誘いがあるなど異例中の異例であることは理解している。

なぜ魔力回路のまの字すら持っていない慎二へこのような便りが届いたのか不思議ではあったが、その内容を見てああ、と呟いて理解した。

 

慎二は光太郎と桜を助ける為に様々な魔道書を読み漁り、術式の組み立てだけでなく利用した武具を作りあげ、慎二自身が実践した訳ではないが神代の魔術師であるキャスターの結界を破る方法を思いつくなど、ただ魔術を知っているだけの人間の域を超えてしまった。

 

慎二に便りを出した人物は魔術師に取って最低限の常識である『血筋こそが全て』という縛りに囚われない変わり者らしい。そのため魔術師以上に魔術の知識を有し、様々な術式と道具を組み上げた慎二へ興味が湧いたようだった。

 

だが、自分へこのような連絡を寄越すという以前に自分の情報があの魔術協会へ筒抜けという事に疑問が浮かぶ。いや、だいたいの予想はついているのだが。

 

(完璧に漏れてんじゃん。監視役意味ねぇー…)

 

溜息混じりに聖堂教会のザル隠蔽を追及したくなる慎二であったが、その中心人物はあの悪評高い神父である。覗き見していた魔術協会を敢えて無視していた可能性だって捨てきれない。しかも犬猿の関係に当たる教会と協会だ。

聖堂教会の不祥事を魔術協会は鼻で笑ったことからまた関係が拗れてしまう原因を自分に押し付けるなど死んでもなお人を困らせるとは始末に負えない。

 

魔術師でないにも関わらず魔術という神秘を研究する慎二の存在は双方から危険視されているはずだが、この2ヵ月間に接触がこの手紙一通であるというのは、やはり義兄が関係しているからだろう。

 

聖杯という神秘を破壊したということで目の仇にしているという反面、自分達では敵わなかったゴルゴムを壊滅させ、人類を窮地から救った『英雄』の身内を狙うなど、多方面から白い目で見られることは避けたいはずだ。

 

そんな中、手紙を送った人物は純粋に慎二の実力を買っての行動だった。必ず今以上に慎二の特性を伸ばして見せると豪語すると記載されていたが、慎二の回答は…

 

 

「確か、こうして…」

 

封筒に入っていた状態とは違う折れ目を入れていく慎二は手紙を紙飛行機へと変えてしまう。そして窓を全開し、白地に黒い文字が羅列されているという不格好な紙飛行機を風に乗せるように、飛ばした。

 

(僕は、ゴールのない研究なんかに一生を費やしたくないね)

 

魔術師の到達点とされる根源。そこにたどり着くまで魔術師は何代もの世代を重ねているという。

 

ただ一度きりの人生に一つの事に囚われるなど、慎二には無理な話であった。

 

「さぁて、今日は何を読もうかね…」

 

大きく背伸びをした慎二は間桐家に眠る魔道書を手に取る。恐らく、読み切るには一生を懸けても足りやしない量だ。

 

同じく一生をかけるなら、迷うことなく祖父の残した本を慎二は選ぶだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ~…」

「凛。口を動かすよりも手を動かして貰えないか?」

「分かってるわよ!はぁ…」

 

遠坂凜の溜息は止まらない。これならばイリヤ達を見送りに行った方が気は紛れたのかもしれない…

 

戦いが終わった後、枯渇しかけていた冬木の地脈は回復に向かっていた。大聖杯へ注がれた魔力はサーヴァント達に命を与えても余る程膨大な量を抱えていた為、凜はキャスターの力を借りて魔力を地脈へ返還させるという方法を思いついた。これで地脈は安定するのだと安心しきっていたが、そうは問屋が下ろさなかった。

 

ゴルゴムの潜伏を許し、再生怪人の復活のため地脈を好き放題使われた事にこの街の管理者として監督不行届と扱われ、さらには後見人である言峰綺礼へ繋がっているとの疑いから聖堂教会のお偉いさん達による監査が執り行われることになってしまったのだ。

 

何を今更偉そうに…と考える凜であったが、今回の件は彼等に出来たことはただ怪我人の手当だけであり、ご自慢の代行者達も埋葬機関を除いて世界中へ颯爽と現れた『謎の戦士』という異能に助けられてしまったのだから立つ瀬すらない。

聖堂教会に取っては今回の監査は体裁を取り繕う為、苦し紛れに断行しているのであろう。

 

「そして、気持ち良くさっさとお帰り頂くためにも掃除はしなければならんのだが…」

 

黒いシャツとズボンにエプロン姿となっているアーチャーは暖炉の雑巾がけの手を止めている凜に向かいワザとらしく言葉を強めてみたが通用した様子はない。逆に溜息を付きたくなるアーチャーだが、凛の悩みの種はこれから来る輩のご機嫌取りなどではなかった。

そんなもの、いつもの口八丁で丸め込む自信はあるし、いざとなれば自分は英雄の知り合いだと言ってしまえばいい。使えるものは実妹の義兄すら使うのだ。

 

凛を悩ませたのはアーチャーの正体…元サーヴァントであるという事が知られてしまった場合のことであった。魔術協会であれば嬉々として標本にしたがるであろうし、これから来るであろう聖堂教会に至っては異端は抹殺対象…ましてや前例のない命を得たサーヴァントであるアーチャーがもし狙われてしまったのなら…

 

凛を悩みを見抜いたのか、アーチャーは凜の背後に立ち、手を頭に乗せた。

 

「…君が思い悩む必要はない。もしここにいることで君にも迷惑が蒙るというのなら、私は姿を消すだけだ」

「そんなことっ…!」

 

こうして変に自己犠牲をするところは今とまるで変わっていない。

 

聖杯が未来から呼び寄せた衛宮士郎の一つの結果である英霊『エミヤ』。それがアーチャーの真名であった。

 

衛宮士郎に的確な助言を与えられたのも、彼に合わせて投影を行っても成功するのは当たり前の話だ。かつての『自分』に合わせるだけだったのだから。

 

 

多くの命を助ける為に『世界』と契約した彼の人生は、ただ傷つくことしかなかった。人殺しという汚名を被り、摩耗し続けるだけの彼の姿は、余りにも悲し過ぎる。しかし、成り行きとはいえこうして新たに道を選べるのだから、これ以上誰かの為に命を懸ける必要なんてない。

彼の人生の一端を夢としてみた凜は、彼が…アーチャーが再び同じ道を歩むのではないかと不安になってしまったのだった。

 

「なるほどな。しかし、無用な心配だ。以前程の力を有していない私に前のような戦いはできない」

「え…?」

 

以外にもあっさりと自分の不安(口にしていないが)否定したアーチャーの発言に呆気にとられ、思わず振り返ってしまう。そこにあったのは散々見てきた皮肉な微笑みではなく、彼の面影を確かに残す、優しく笑うアーチャーの姿。

 

 

「だが、君ぐらいなら守り抜く自信はあるつもりだ」

 

 

そして耳元で囁くアーチャーの言葉を理解するまでに時間を要した凜は耳まで真っ赤に染まると顔を押しのけて乱雑に壁を雑巾で拭き始める。

 

「馬鹿なこと言ってないで、さっさと掃除やりなさい!明日には連中踏ん反りながらやってくるんだらね!!」

「やれやれ…」

 

肩を竦めたアーチャーは凜の指示通りに清掃を再開した。

 

機嫌を直す為に、後で腕によりを懸けて紅茶を入れなけばなと考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…こんなところかしら」

「ご苦労様です。メディアさん」

 

柳洞寺の門で掃き掃除をひと段落したキャスターは階段の方へと振り返る。愛するマスターの弟分であり、教え子の柳洞一成が労いの言葉をかけてくるのだが、その視線は今し方キャスターの掃除した門へと向けられている。

 

「…まずまずと言ったところでしょうな」

「そ、そう…」

 

眼鏡を指で押し上げる彼の眼光に思わずたじろいてしまうキャスター。一成は宗一郎を慕っている分、彼の婚約関係となっているキャスターの挙動一つ一つに目を光らせていた。宗一郎に相応しい女性であるを試しているかのように…

 

「ではこれにて…また夕食時に」

「ええ。ああ、それと…」

 

なんですかなと振り返る一成に躊躇いならも帰ってきた人へむける挨拶を向けた。

 

「お、お帰りなさい…」

 

段々と小さくなってしまったが、相手に確かに届いた。その証拠に、先ほどとは打って変わり、表情を柔らかくした一成はしっかりと返事をしてくれる。

 

「はい。ただいま戻りました」

「…………」

 

小さく頭を下げたは一成は自室へと向かっていく。その後姿を見てホッと胸を撫で下ろしたキャスターは階段から見下ろすと、風が彼女の長い髪を微かに揺らした。

こうして挨拶一つに戸惑ったり、返事をされて嬉しくなってしまうなど以前では考えられなかった…

今彼女が手にしたのは、かつて渇望した愛する人との平穏な暮らし。それが夢ではないのかと、今でも疑ってしまう。

 

だが、間違いなく現実なのだ。

 

その証拠に、キャスターは階段を上がってくる人物へ一成に向けた以上に心を籠めて、言葉を贈るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、飛び道具持ってるなんて聞いてねぇぞ?」

「今更言っても仕方がありません。合図を送ったら正面突破でいきます」

「…少しは作戦練ったらどうだい?」

 

岩陰に隠れ、銃弾の嵐から身を隠しているランサーは皮手袋をはめ直すバゼットの直情思考に溜息を付きながら手に紅い槍を出現させる。

 

命を得たサーヴァント達は以前のように宝具を使用できるが、その力は聖杯戦争時の半分を下回っている。人の身に落ちたのだがら仕方がないと受け入れてはいるが、あの金ピカのみが関係なく宝物庫を持ち続けているというのが唯一不満であるのだが…

 

軽く槍を振るったランサーは拳同士をぶつけて義腕の調子を確かめているバゼットへと視線を移す。間桐家経由で知り合った人形師から買った腕はバゼットの身体に完全に馴染んでおり、その威力は語る事すら怖いほどだ。

 

「にしても、囮のつもりがこっちが本命だったとはねぇ…電気の兄さん、怒りの余りに雷落としかねねぇな…」

「…そんな被害を出さない為にも早く決着を付けなければなりません」

 

同時に深くため息を付いた両名は、ひと月ほど前から身を置いた組織で知り合った人物の顔を思い浮かべた。

 

聖杯戦争後、元サーヴァントであるランサーと行動することを選んだバゼットは魔術協会との関係を切ってしまい、自分達へコンタクトを取った組織で行動をとる方針を取っていた。その組織を一言で言い表すのならば、『正義の味方』だろう。

彼等の目的は悪の殲滅と世界平和と随分とシンプルな行動指針であり、その作戦の中では今回のような荒事など日常茶飯事である。しかも、その敵はゴルゴムのように人の常識を逸脱した兵器や怪人であるという。

暴れられるならば構わないというランサーの承認を得たバゼットは組織への参加を決めたが、自分達と行動を共にする特殊部隊は随分と荒々しい連中であり、その中で出会った青年は自分達の知人と同じく『変身』出来ると知った時は2人して驚愕した。

そして、自分たちが光太郎の知り合いと判明した時、彼に関する様々な質問を投げかけてきた。まるで自分の身内を心配するかのように。

 

「…だってのに、黒い兄ちゃんの話をする度に嬉しいのか悲しいのかわかんねぇ面すんだもんなぁ」

「私達には理解の出来ない事なのでしょうね」

 

それは彼自身が抱えているものが原因なのかも知れない。と、考えた所で銃撃はさらに勢いを増してしまった。どうやら増援が現れたらしい。

 

「しゃーねぇ…さっさと終わらせて連中と飲み比べだッ!!」

「全く、貴方という人は…!」

 

そんな会話を繰り広げながら、銃弾の雨へとランサーとバゼットは駆け出して行った。

 

今回の仕事は再生怪人を生み出すプラントの破壊任務。

 

2人にとっては、当たり前となりつつある新たな戦いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉ~い、佐々木ぃ!そろそろ飯にすっぞぉ!!」

 

燦々と輝く太陽の下で土を鍬で耕していた青年は帽子を脱ぎ、額の汗を拭うと自分を読んだ老人の方へと顔を向けた。

 

「すぐに行く」

 

土まみれの作業着を纏ったアサシンは返事をすると老人達の元へと歩いていく。

 

戦いの後、アサシンはある農村へと身を置き、農業に勤しむ日を送っていた。戸籍に関しては凜からキャスター経由で買い取り、老人に呼ばれた通り佐々木小次郎という名を名乗るがこの村ではまるで歓迎されるかのように受け入れられる。

その理由を知った後、アサシンはなるほど…と苦笑するしかなかった。

 

「しっかし佐々木も気の毒になぁ。ゴルゴムの連中のせいで家が全焼しちまうとは…」

「そんで行きついたのが先祖が住んでたっつうこの村だってんだから、わかんねぇもんだ」

「でもお蔭で助かったわぁ。唯でさえ若い連中は手伝わねぇですぐ都会に行っちまうしなぁ」

 

農業を職としているのは多くが老人であり、村で暮らす若者は手伝いすらしないというのが現状らしい。弁当であるおにぎりを一つ取りながら老人達の話を聞くアサシンは老人達はつい最近住み始めたばかりだというのに、積極的に農業を手伝う姿勢も相まってえらく気に入りられてしまったのだ。

今し方老人達の会話にあった内容は勿論偽りではあるのだが、先祖…というのはあながち間違いではない。かつて農民であり、土いじりをしながら剣技を磨いたアサシンは何かに導かれるようにこの土地へとたどり着いた。もしかしたら、ここが自分の生まれ育った場所かも知れないと。

ならば、この地で住まうのも悪くはあるまいと考えていると、自分に湯呑が差し出されているとようやく気が付いた。

 

「ど、どうぞ…」

「…ああ。これはかたじけない」

 

同じく作業着を着た若い女性から湯呑を受け取ったアサシンは味わい深い緑茶を啜る。その様子を不安そうに見つめる女性を見て、アサシンは安心させるようにお茶の味を伝えた。

 

「安心するがいい。見事な味だ」

 

アサシンの感想を聞いてパァっと表情を明るくした女性は続いてアサシンに落ち着かない様子で小声で尋ねる。

 

「あ、あの…佐々木さんはこちらに引っ越してまだ間もないですよね…」

「ああ。まだまだ不慣れな部分があり、皆には迷惑をかけているだろう」

「そんなことありませんっ!じゃ、なくてですね、その…」

 

つい大声を出してしまった事を恥じたのか、再び小声となってしまった女性は手をモジモジさせながら勇気を振り絞り、この村を自分が案内すると伝えようとしたその時だった。

 

「あーッ!!またムサシがコジローに声かけてるーっ!!」

「早く戦えよー!!」

「ライバルなんだろーッ!?」

 

「そん名前で呼ぶなって何度言えば分かるんかお前らあぁぁぁぁーッ!!!」

 

アサシンの前では借りてきた猫のように大人しかっただけあったのか。女性は学校帰りの少年少女達に向かって全力で走っていく。自分達に迫る脅威を悟った子供らも笑いながら逃走を始めている。

そんな光景をクックと笑うアサシンは自分が歓迎された理由をつい思い出してしまった。

 

(宮本…むさし、か。出来過ぎているな、本当に)

 

漢字ではなく平仮名であるためどうにか固いイメージを逃れているというのが彼女…むさしからの愚痴であった。この名を付けた今は亡き祖父に相当の恨み節を見せる彼女には悪いが、アサシンはそれ程悪い名だとは思っていない。

それが彼女にとって嬉しいような悲しいような複雑な気分を持たせてしまっているようだが…

 

佐々木小次郎と宮本むさし…成程、名勝負を繰り広げた侍達と同じ名を持つ者がそろうなど、こんなにも愉快なことは無いだろう。

 

だからこそだろう。こうして自分を笑いながら受け入れてくれたこの村を、守りたいと思えてしまうのは。

 

(どうやら、影響を受けたのは私も一緒だったようだな)

 

今の自分が生きる世界を守り抜いた男の顔を浮かべながら、アサシンは再びお茶を口にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カランッとドアが開くと同時に店内に響く音を聞いて、カウンターの奥で雑誌に夢中になっていた少女は立ち上がると入店した女性へといらっしゃい、と笑顔で声をかける。同じく笑顔で会釈する女性はカウンター席に座るとメニューに目を通し、お勧めとされている品を指さした。

 

「このスペシャルコーヒーをお願いします」

「ありがとうございます!ちょっと待ってて下さいね~」

 

明るい表情で注文を受けた少女はコーヒーミルで豆を挽き始める。その姿を女性が見守る中、少女は気にする様子もなく作業へ没頭していた。

 

やがて完成したコーヒーを差し出され、女性はカップを口元に持ち上げると香ばしい香りを楽しみながらゆっくりと啜る。染み渡るとても優しい味だ。

 

「似ていますね…」

「え?」

「いえ、独り言ですよ。とても美味しいです」

「えへへ~コーヒーだけは自信ありますからね!」

 

と、右手の指で鼻を擦る少女は誇らしげに胸を張る。その時、女性は少女の右手首へと目を向ける。少女の白い肌には不似合いであるギザギザとした古い傷が手首を一回りしていた。その視線に気が付いたのか、特に気にする様子もなくその傷を掲げて見せる。

 

「あ、これですか?覚えてないんですけど、物心つくまでに大事故に巻き込まれて付いた傷みたいなんですよね~」

「大事故…ですか?」

「はい。しかも不思議なことに母も…この店の店長なんですけど、同じ傷を持ってるんです」

「あったらしい…ということは、その時の記憶は…」

 

女性の質問にう~んと腕を組んだ少女は目を瞑った数秒後、ニコリと笑う。

 

「それがな~んにも覚えてないんですよね。私は物心つく前でしたし、母も全然。その事故で父と兄は死んでしまったらしんですけど」

 

と、一瞬だけ悲しげな表情を浮かべるが、あくまで一瞬だった。すぐに笑顔を浮かべると少女は両手を広げて店内を見渡す。

 

「でも、もう昔のことです!今はお母さんと一緒にこのお店を開いて、ここに来る人達に美味しいコーヒーを入れる…それが私の今ですから!」

 

明るく笑う彼女の表情は、女性の知る『彼』を連想させる。面れて笑ってしまった女性はその後、少女と取り留めのない会話を続けた。

 

時計を見てそろそろ…と離席した女性は会計を済ませると、少女に微笑みかけながら尋ねる。

 

「そう言えば、お名前を聞いていませんでしたね。私は、メデューサと申します」

「へぇ、珍しいお名前ですね。今日はありがとうございました、メデューサさん。私は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「杏子。秋月杏子といいます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

杏子の名を聞いたメデューサ…ライダーは喫茶店キャピトラを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ライダーはキャピトラから100メートル程離れた位置で待っていた光太郎と合流する。彼女か店員である杏子の様子を聞くと、ありがとうと一言呟いてバイクを駐車してあるスペースへ移動を開始した。

ライダーも光太郎に続いて歩き始め、彼の表情を伺う。普段と変わらないように努めているようだが、笑うのを必死に我慢しているように見える。余程、嬉しかったのだろう。

 

杏子と母親は生きている。

 

そうシャドームーンから聞かされたのは、光太郎が大聖杯を破壊へと向かう直前の時だった。

 

過去に養父である秋月総一郎がオニグモ怪人に殺害された時、光太郎の目の前に放り出された2つの右手首。見覚えのあった手首を見て光太郎は2人は見せしめの為にゴルゴムによって殺されたと考えていたが、真実は違った。

確かに杏子と母親はゴルゴムによって右手を切断されてしまったが、直ぐに応急処置を受け、仮死状態のまま生かされていたのだ。

 

そしてゴルゴムは2人の手を再生手術によって五体満足にするという条件で信彦へ世紀王としての記憶を受け入れろと取引を持ちかけた。総一郎の手引きによって脱走した光太郎を逃してしまった手前、後がない大神官達が持ち出した条件はもはや

脅迫に近かった。

囚われのままであった信彦には他の選択などある訳もなく、条件を受け入れるしかなかった。自分が自分でなくなる変わりに、母親と妹が生き延びる事を信じて。

 

結果、2人は右腕を再生して生き延びることが出来た。しかし、ゴルゴムによって精神操作され襲われる以前の記憶を完全に失ってしまったのだ。ゴルゴムにとっては既に用済みで殺されてもおかしくはなかったが、もし目を覚ましたシャドームーンによって不況を買ってしまうのではという

恐れから生かしていたのだという。

 

光太郎に取ってゴルゴムの都合などどうでもよかったが、死んだと思っていた2人が生存していたことは何よりも嬉しかった。

 

そう、生きているという事実だけで。

 

 

 

「…会わなくて、良かったのですか?」

「記憶の操作だって、絶対じゃない。俺と会った事で襲われた事がフラッシュバックする可能性だってある」

 

だから、会ってはならない。杏子にも、母親にも…

 

ようやくゴルゴムの呪縛から解放された2人に今更怖い思いをさせるなど、光太郎には出来なかった。

 

「だから、いいんだ」

 

ライダーは無言で光太郎の手を握る。突然の行動に驚く光太郎へライダーは光太郎の顔を見上げると、決意に満ちた瞳で彼の目を見つめる。もう、視界に捉えた者を石に変えてしまう呪いが消え去った美しい瞳で。

 

 

「私は、貴方の傍にずっといます。決して、離れませんから…光太郎を1人などにはしません」

「…ありがとう」

 

光太郎は笑いながら、ライダーの手を優しく握り返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「大学を卒業したら、義父さんの手伝いをしようと思うんだ」

「間桐が保有する土地の管理…でしたか?」

 

間桐家は祖父が残した土地…霊地を魔術師に貸し出すことで収入を得ているのだが、その規模は日本だけでなく、世界に幾つも保有していたという事実が最近発見された遺言書で明らかになったのだ。

流石に手が回らないと鶴野は海外の管理者に委託を依頼しているのが現状である。そこで光太郎は卒業までに父から聞いた必要な知識を学び、資格を取って海外にある土の管理をしながらその国を回ろうという目的を立てた。

 

「シンジとサクラが寂しがりますね」

「ハハ、でも中心は日本だからそう頻繁に離れる訳じゃないよ」

「…続けるのですか?戦いを」

「……………」

 

ライダーの問いかけに、一度口を閉ざした光太郎は空いている手を腹部へと当てる。

 

あの戦い以来、キングストーンは何の反応も示さなくなっている。大聖杯を破壊した際に全ての力を使い果たしたのではないかとキャスターから推測されているが、光太郎は力を蓄えるまで眠っているだけではないかと考えた。

 

時がくれば、キングストーンが再び力を取り戻す。

つまり、また仮面ライダーへの変身が可能となるのだ。

ランサーから時折届く連絡によれば、世界にはゴルゴムの残党やそれ以外の悪が人々を苦しめていると言う。もし、自分に戦える力が戻ったのならば、迷いなく力を振るう。その為に、『彼ら』と同じ名を名乗っているのだから。

 

「ああ。俺にこの力がある限りね」

「本当に貴方らしい。その変わり―――」

「分かってるよ。その時は、また一緒に戦ってくれるか?」

「無論ですよ」

 

聞くまでもなかったな、と光太郎が笑っている間にバイクの駐車スペースへ到着。光太郎はライダーの手を離すと素早くバイクにエンジンをかけ、ライダーへヘルメットを手渡すと提案を持ちかけた。

 

「メデューサ、少し遠出してもいいかな?」

「構いませんが、どちらに」

「…信彦と戦った時、父さんには挨拶したよね」

「はい。光太郎達の、思いでの場所ですよね」

「うん。だから、今回はお父さんとお母さんのところに行こうと思う。今まで行けなかった事も含めて報告したいし、メデューサの事も紹介したいんだ」

「そういうことでしたら、是非」

 

ライダーは光太郎の過去を夢で見た時に、幼い光太郎が1人で訪れた南家の墓を思い出す。光太郎の生みの親である南夫妻が眠る場所。恐らく、光太郎が1人となった時以来訪れていない場所なのだろう。

 

バイクへ搭乗した光太郎の後ろへと座ったライダーは両腕を光太郎の腹部に回し、しっかりと掴まる。

 

「じゃあ、行こう」

「はい」

 

ライダーの返事を聞いた光太郎はバイクをゆっくりと発進させるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルゴムとの長く、辛い死闘と多くの犠牲者を生んだ冬木の聖杯戦争は終焉を迎えた。

 

 

 

その中で間桐光太郎は一度全てを失った。大切な家族と、人間としての肉体すらも。

 

 

 

それでも、光太郎は立ち止まることをせず、前へと進み続けた。

 

 

 

運命に抗い続け、出会った多くの仲間と愛する人の為に、光太郎はこれからも戦い続けるだろう。

 

 

 

自分の力が、今を生きる人々に望まれる限り。

 

 

 

彼は、人類の自由と平和を守る『仮面ライダー』なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダーBLACK × Fate/stay night 

 

 

Fate/Double Rider

 

 

 

~完~

 




というわけで、完結でございます。

まさか、終わるまで続くとは、作った本人がびっくりです…実はビルゲニアが学校を襲った辺りで『本当の戦いはこれからだ!end』にしようかと考えていたのですが、話を作るのが段々と楽しくなり、皆様からの感想が嬉しくなり、そして今日という日まで続けることが出来ました。
ただただ、感謝の言葉しか浮かびません。

当初はこちらでよく見られる転生者がRXの力を持ってFate世界へ→サーヴァント達を次々とリボルクラッシュ→勝利!!というプロットを組み立てたのですが
『やばい。超つまんねぇ!!』
という事で現在の形に落ち着きました。
それにBLACKに負けないくらいにFateキャラにも愛着があるため、どちらも活躍させたいという気持ちも強かったからかもしれません。

そして他作品同士のカップリング…光太郎とライダーの組み合わせに関しても受けれて頂く声も多く貰えたのも非常に励みとなり、続けられたひとつの理由です。さらに言えば恋愛描写が微妙なものばかりで申し訳ありませんでした…

最初は余りにもコアすぎる組み合わせで見てくれる人がいるのか…という不安もありましたが多くの人にお気に入り登録して頂き、嬉しい日々が続きました。近年では多くの媒体でBLACKが注目され、他様でもBLACK作品が見れるようになり、励みとなりました。


さて、BlACKの話を終えたのだから次は…とご期待頂いている方がいらっしゃるかもしれないのですが、現在のところは保留、という状態です。散々伏線振りまいといてなんじゃそりゃと思われる方もいらっしゃると思いますが、申し訳ありません。
と、いうのも仮に続編を作るとなると原作ではご存じの通り、もはや『あいつ一人でいいんじゃないかな』という状態に陥り、サーヴァント達に活躍する場面が少なってしまうのが主な原因です。せっかくのクロスオーバーなので、Fateキャラ達にもしっかりとした活躍する方法が思いつくまではアイディアを練る期間が続きそうです。と、言っても私は気まぐれですので来週公開される映画を見てテンションが上がり、すぐにでも製作に取り掛かってしまうかもしれません(笑)

しばらくは未だに残る誤字脱字の修正、文章的におかしい部分の手直しと番外編の投稿をする予定です。

近日中に作成する予定の番外編のテーマは
『慎二と桜の兄妹喧嘩』
『小次郎と野菜泥棒』
となっています。あくまでテーマであってタイトルではなりませんので、これは重要です。

さて、長くなってしまったのでここまでとさせて頂きます。

本当に、ありがとうございました!!

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