一色だった
大切なのは何よりも『楽しむこと』。軽く呼吸を整えながら今の自分の状況と相手の場のカードと手札の枚数と墓地を確認し戦略を練り上げる。
勝つためでは無く、楽しむための。
「メイン1で続けるッスよ。《武神─ミカヅチ》を召喚」
《武神─ミカヅチ ☆4 ATK/1900》
現れる青の武神モンスター《武神─ミカヅチ》。攻撃力は相手の彼女の場の《キングレムリン》を下回るが自身の効果と武神器のサポートで大きく上回るのは明白だ。
だからでこそ彼女は伏せていた1枚を発動させた。
「じゃあ《奈落の落とし穴》を発動! ミカヅチ君には悪いけど消えてもらおう」
せっかく出した《武神─ミカヅチ》の真下にぽっかりと穴が開いた。
底が見えない穴は言う通り奈落と呼ぶには相応しい。吸い込まれるように落ちたミカヅチは破壊されるだけでなく除外までされる。
「ふふっ」
「……ん? 何かな?」
主軸モンスターが破壊されたというのに晃は笑った。
それを首を傾け彼女は不審に思う。
「いえ、さっきまで壊滅的な手札事故を起こしたって言うのに今はまるで出来過ぎてるかってぐらい良くなったのが可笑しく思ったんスよ。オレは手札から《武神降臨》を発動!」
「あちゃー、《武神降臨》かこれは奈落を撃ったのは悪手だったかな?」
「墓地から《武神器─サグサ》除外から《武神─ミカヅチ》をそれぞれ特殊召喚!」
《武神器─サグサ ☆4 ATK/1700》
破壊され除外された《武神─ミカヅチ》と《手札抹殺》で墓地へと送られた《武神器─サグサ》の2体が突如、開いた孔より出現する。《奈落の落とし穴》を使ったことでこの状況へと成ってしまったことに失敗したと彼女は苦笑を浮かべた。
「さらに! 墓地から《武神器─ムラクモ》《武神器─ハチ》の効果を発動し《キングレムリン》とその伏せカードを破壊!」
墓地から幽霊の如く半透明の姿で現れた麒麟モチーフのムラクモが角でグレムリンの王を貫きムカデモチーフのハチが伏せカードの《デモンズ・チェーン》を飛びかかり押し潰す。残された2枚のカードが破壊されることにより今度は彼女の場がガラ空きとなった。
「おっと、やるねぇ」
「バトルフェイズに入るッスよ。まずはサグサで
? LP8000→6300
攻撃、と言おうとした瞬間に1枚もカードがなかった彼女の場に変化が訪れた。
まるで闇のような黒い煙がどこからか溢れだし暗く重い色をした漆黒の扉が出現したのだ。
「相手の場にカードが無いから攻撃のチャンス。そう思うのは迂闊だよ。なんと私は《冥府の使者ゴーズ》を握っていたのだから!」
《冥府の使者ゴーズ ☆7 DEF/2500》
《冥府の使者カイエントークン ☆7 DEF/1700》
扉が開きバイザーで顔を隠しパンクロックにも見えるデザインながら人の姿形をした悪魔族のゴーズと西洋の甲冑を着こみ片手剣を携える女性のカイエンの2体が現れる。
《冥府の使者ゴーズ》は自身の場にカードが無いときにダメージを受けた時に手札より特殊召喚できるモンスター。さらにダメージが戦闘での場合は受けた数値と同じ攻守を持つカイエントークンを生み出す。その効果はまさにピンチをチャンスに変える
「ゴーズ……だったらミカヅチでカイエントークンを攻撃」
今のヤマトではゴーズに敵わなくてもカイエントークンなら倒せる。せめてモンスターを減らしておこうとミカヅチが拳でカイエンを殴り飛ばす。
「メイン2。ミカヅチとサグサで《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ召喚し素材を一つ取り除くことでデッキから《武神器─ハバキリ》を手札に加える。カードを2枚伏せてターン終了」
《武神帝─スサノヲ ★4 ATK/2400》
2体のモンスターが渦を描き《武神─ヤマト》に様々な武具・防具が装着され強化され武神を超える武神帝が現る。手札には攻撃力を上げるハバキリに今、コストで取り除いた破壊耐性を付与するサグサと高いステータス以上に盤石の布陣を築き上げた。
「ハハッ……」
今度は彼女が笑った。
破壊耐性、1度切りと言えど4000打点を超える攻撃力と成るモンスターがいるのに関わらずだ。破壊を介さないバウンスなどで除去できるような状況であれば別だろうが生憎と彼女の手札にはそんなカードなど存在しないし出すこともできない。
「何スか?」
「ハハ、ごめんごめん。もう既に君なりにアレンジされているとはいえそのデッキを使いこなしていることが嬉しくてね」
「……?」
彼女の意図が掴めずに首を捻る。
そんな晃の様子とは対照的に意味深な笑みを見せる彼女はプレイを続行する。
「さあ続けようか。私は場のゴーズをリリースしスピリット上級モンスター《鳳凰》をアドバンス召喚」
《鳳凰 ☆6 ATK/2100》
鳥と呼ぶには巨大で炎を纏った姿を茜が使用する《炎王神獣ガルドニクス》と似通った感じのモンスターだ。攻撃力ではスサノヲに及ばないもののその効果を発動させんと翼を羽ばたかせ炎を巻き起こす。
「《鳳凰》の効果は召喚・リバースしたときに相手の魔法・罠の伏せカードを全て破壊する。これで君の2枚の伏せカードを割らせてもらうよ」
「まずは、厄介な伏せカードからッスか。けど破壊されるなら発動させてもらうッスよ! 1枚目《激流葬》。チェーンして墓地のサグサでスサノヲを対象に。さらにチェーンして2枚目《剣現する武神》で今、除外したサグサを墓地へと戻す!」
途端、大きな水飛沫が巻き起こり場を飲みこんだ。
破壊しようとした《鳳凰》は流されたのか姿が消え去っていたがサグサという武神器によって守られた《武神帝─スサノヲ》は健在である。
「おっと、やるねぇ」
思惑が失敗したのにも関わらず彼を誉めたたえる。
「撃つ手無しだね。私はカードを1枚伏せてターンエンド」
「オレのターン。スサノヲの効果でデッキから《武神─ヤマト》を手札に加えて召喚。そのままバトルフェイズに入りヤマト、スサノヲの順で攻撃!」
? LP6300→4500→2100
ヤマト、スサノヲの連続攻撃が決まっていく。
ライフ差は5100と大きな差が付いた。
「1枚のカードを伏せてエンドフェイズにヤマトの効果でデッキから《武神器─ヘツカ》を手札に加えて墓地へ」
「対象無効か。守りをさらに固めるんだね。ならエンドサイクを使わせてもらうよ」
「っ──!?」
彼女が伏せたカードは《サイクロン》。伏せたターンには使用することも敵わず晃が伏せた《神の宣告》は見事に撃ち抜かれる。それでも──。
「場には2体の武神獣戦士に墓地には耐性を付与するサグサとヘツカ、そして手札にはハバキリ。崩すことも突破することも困難だね」
今の晃の守りは十分過ぎるほど。
並み大抵の決闘者では目の前が城塞のような大きな壁に見えること間違いない。
状況は明らかに晃が有利だ。
「楽しくないかい?」
「え?」
「こういう不利な状況。それを今からの引きで覆すことができるか、そう考えると楽しくてたまらないって。私が……そして君もよく知っている人物ならこの場でならきっとそう言うだろうね」
「オレも知っている、人物?」
そんなことを言いそうな人は晃が知っている中で一人しかいない。
「かつての私も、今の君も。きっと足りないのは
デッキトップに指をかける。
ほんのわずかな間を開けて彼女は勢い良くカードを引いた。
「ドローッ!!」
引いたカードを一別するように確認する。
それは望んだカードだったのか彼女の表情から笑みが漏れた。
「さあ、逆転してみせよう。私は3枚目《和魂》を回収して通常召喚。さらに効果でもう一度、スピリットモンスターを通常召喚可能! 《和魂》をリリースして《砂塵の悪霊》をアドバンス召喚!」
「さ、《砂塵の悪霊》ッ!?」
《砂塵の悪霊 ☆6 ATK/2200》
砂煙が巻き起こる。
白く長い髪に鬼を思わせるような醜く赤い体躯。鋭い爪。さらには焦点の定まっていない瞳はまさに禍々しい悪霊と言えた。
「《砂塵の悪霊》は召喚・リバースしたときこのカード以外の表側モンスターを破壊できる。加えて《和魂》が墓地へ送られ場にスピリットが存在するためドロー効果も発動」
「っ……墓地のサグサの効果でスサノヲの破壊を防ぐ!」
まるで砂塵を操るかのように悪霊が腕を振り上げると晃の場のヤマトとスサノヲへと襲いかかるように巻き上がった。半透明なサグサが盾となることで破壊を防ぐがヤマトはズタズタに引き裂かれてしまう。
凶悪無比なこの効果はまさに悪霊に相応しい。
「《砂塵の悪霊》の攻撃力は2200と《武神帝─スサノヲ》に及ばない。けれど、これならどうかな《強制転移》を発動!」
「なっ!?」
両者互いのモンスターのコントロールを入れ替えるカード。
それは対象に取らないためにヘツカで無効にできず、コントロールを奪われるためにハバキリも無力になる。
「お互いモンスターは1体ずつだし悪霊とスサノヲのコントロールが入れ替わり私の場のスサノヲで攻撃することはできるけど、私はカードを1枚伏せてターンエンド。そしてこのターン召喚した《砂塵の悪霊》はスピリットモンスター。持ち主の手札に戻るよ」
「くっ……」
そうだ。
スピリットモンスターは召喚・反転召喚したターンのエンドフェイズに手札に戻る。コントロールを交換したと言うには理不尽にも《砂塵の悪霊》は彼女の手札にへと戻っていく。
状況は悪い。
だが、それ以上に大きいのは《武神帝─スサノヲ》のコントロールを奪われたことだ。心強い味方が敵として立ち向かう状況はあの鏡大輔との勝負を彷彿とさせてくる。あのときの敗北の恐怖を思い出させてくる。
「さあ、君のターンだよ」
こんな状態で楽しむことは普通はできない。
でも、彼女が言っていたようにきっと彼──新堂創なら晃と同じ立場だったとしても楽しんでみせたのだろう。
だからでこそ晃も楽しもうとする。
作り笑いでもいい。笑みを浮かべてこのターンの引きに神経を捧げる。
「ドローッ!」
引いたのは緑色の枠。
かつて晃に逆転をもたらした魔法カード。
「オレは《ソウル・チャージ》を発動! 墓地より《武神─ヤマト》《武神─ミカヅチ》《武神器─ヘツカ》《武神器─ヤタ》《武神器─イオツミ》の5体を蘇生する」
晃 LP7200→2200
大幅なライフと引き変えにずらりとモンスター5体が同時に並ぶのは圧巻だった。
エクシーズ召喚を行うには十分過ぎる。
「まずは獣戦士レベル4ヤマトとミカヅチで《武神帝─カグツチ》をエクシーズ召喚。効果によりデッキトップ5枚を墓地へ送る。送られたのは《サイクロン》2枚目の《武神器─サグサ》《武神─アラスダ》《強欲で謙虚な壺》《成金ゴブリン》《光の召集》。武神が2枚墓地へ送られたため攻撃力が200上がる」
《武神帝─カグツチ ★4 ATK/2500→2700
「さらにヘツカとヤタで《鳥銃士カステル》をエクシーズ召喚。効果により素材を二つ取り除くことで相手の場のスサノヲをバウンスする」
《鳥銃士カステル ★4 ATK/2000》
紫色の羽毛を持った鳥人カステルは銃を構え相手の場のスサノヲへと狙いを定める。引き金を引き解き放つ一撃は敵を屠るものでは無く弾丸が命中した瞬間に魔法のようにスサノヲの姿が消え去った。
「そして手札のハバキリを通常召喚しイオツミと共に《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ召喚!」
帰るべき場所へと帰ったスサノヲは再び主の手により場へと駆り立てる。
「ふーむ。見事に奪い返したってわけだね」
3体のエクシーズモンスターが並ぶ。
《ソウル・チャージ》のデメリットでこのターンは攻撃ができないものの相手から奪われたスサノヲを奪還した挙句に戦力を整えられた。これはこれで上出来だろう。
「スサオヲの効果で2枚目のハバキリを手札に加えて、オレはこれでターンエンドッスよ」
「そう。じゃあ私のターン。まずは《貪欲な壺》を発動し《カゲトカゲ》《和魂》2枚《荒魂》《キングレムリン》を戻して2枚ドローだ」
手札を補充し4枚と十分な数。
それでも、いくら彼女の手札には凶悪な効果を持つ《砂塵の悪霊》がいるとはいえ墓地には破壊耐性を付与する《武神器─サグサ》に破壊耐性を持つ《武神帝─カグツチ》が存在するのだ。突破するのは容易ではないだろう。
けれど彼女は告げた。
「これは、このターンで終わりかな?」
「えっ!?」
「私は
再び砂嵐が巻き起こる。
破壊はさせまいと晃はこの場で動いた。
「墓地のサグサの効果を発動。スサノヲを1度だけ破壊を無効にする!」
ここでチェーンの逆処理が行われていくのだろうと晃は予想した。だがそれを超えるかのように彼女はさらにチェーンを繋ぐ。
「だったらさらにチェーンし手札から《サモンチェーン》を発動しよう。《和魂》の追加召喚効果を別として私はさらに2回まで通常召喚ができる」
「召喚権を増やした?」
「さて、ここでチェーンの逆処理が行われるよ。サグサの効果、《和魂》で1枚ドローし《砂塵の悪霊》でこのカード以外のモンスターが破壊される」
「っ、サグサの効果でスサノヲ、自身の効果でカグツチは破壊されない!」
強力な除去効果といえど破壊されたのはエクシーズ素材がなくなったカステルのみ。《砂塵の悪霊》を超える攻撃力の《武神帝─スサノヲ》《武神帝─カグツチ》のどちらも健在だ。
「けれど私はさらに召喚ができる《砂塵の悪霊》をリリースし2枚目の《砂塵の悪霊》をアドバンス召喚」
「2枚目、だって!?」
同名カードをリリースしてアドバンス召喚は帝のようなアドバンス召喚時に効果を発動するカードではたまに見られる光景だ。凌いだと思われる砂嵐は止まること無く再び2体の武神帝を襲う。
「くっ……カグツチは破壊を無効にできる。けど、スサノヲはもう……」
スサノヲの破壊耐性はあくまで一度のみだ。
2度目は防ぐこともできずに前に破壊されたヤマトやカステルと同じ運命を辿る。
「またも防がれたけどもう、エクシーズ素材は無い。つまり次は防げないってわけだね。だからこそ、私はもう1度《砂塵の悪霊》をリリースし3枚目の《砂塵の悪霊》をアドバンス召喚しよう」
「さ、3枚目も!?」
さすがにこれは驚きを隠せない。
手札を全て使いきったプレイだが、その実使われたうちの1枚はこのターンの《和魂》で引いたカードだ。運の要素が大きいながらも彼女は見事逆転の術を見せたのだ。
「再び効果が発動するけど、もう防げないよね?」
「っ……そうッスね」
抗ったものの結局のところ全滅した。
彼を守るモンスターは存在せずに《ソウル・チャージ》で大きくライフを失ったせいで残りライフは2200と今の彼女の《砂塵の悪霊》とドンピシャなのだ。
「さて、バトルフェイズに入って《砂塵の悪霊》でダイレクトアタックを行おう」
彼女の指示でモンスターは攻撃態勢に移り襲いかかる。
そのわずかな間に呟いた。
「君が最初から本調子だったなら違う結末になっていたかもね。今回は私の勝ちだ。けれど──もし、君が心の底から
「え──?」
そもそも名前すら知らない初対面の人が何故、そんな風な言葉を言えるのかは晃はわからない。ただ不思議と彼女の言う言葉は信じられるように思える。
晃 LP2200→0
そして攻撃が通り決着。
ブザーが鳴り響き晃の敗北。やはり敗北の味は苦いが大会で負けたときのような悔しさとは何かが違う。負けられない戦いではなかったためだろうか。励まされたからなのだろうか。理由はわからないが、逆に心が軽くなった気がした。
「さて時間を取らせてしまってすまなかったね」
「いえ、こっちこそありがとうございました」
決着がついてソリッドビジョンが消え去り彼女は晃の元へと近づく。
借りた決闘盤からデッキを抜いて返す。
「吹っ切れたようだね。それじゃあ私は帰るとするよ」
そう言いながら踵を返そうとする。
晃は声をかけて引きとめた。
「あの、名前を教えてもらっていいッスか?」
「名前。そういえば名乗ってなかったね。私は
名前を聞いてもやはり知らない。
ほんの少しだけどこかで聞いたようなひっかかりを感じたのだが、あまりに小さく気のせいだと流した。
「それじゃあ。頑張りなよ」
別れを告げるように片手を上げて橋本暦は立ち去る。
彼女が一体、何者で何のために決闘を申し入れたかなんて晃は理解することもできないままに姿を消した。
+ + + + +
橋本暦は決闘を行った広場のような公園を出て行くとそこには見知った顔があった。
「久しぶりだな……ですね」
あまりにぎこちない敬語を使う彼は相変わらずのまま。
思わず暦はくすりと笑った。
「ふふっ、相変わらず敬語が苦手だね。久しぶりとはいえ、別に普通でいいんだよ。創君」
「そうか。そいつは助かるぜ橋本
創はニカッと子供のような笑みを浮かべる。
「もう部長はよしてくれ。今の部長は君だろ?」
「けどそっちの方が呼び慣れてるからな。そういえば生徒会長から聞いたんだけど橘……うちの後輩と会ったんだよな」
「そうだよ。前から二階堂君から話を聞いていたからね。想像した通りの人物だったよ。私はもう卒業した身だし見守ることぐらいしかできないだろうけど──」
暦は何かを思い出すように空を見上げる。
その瞳には映らずとも先ほど戦った橘晃の姿が目に入った。
「創君。君は実に面白い子を見つけたようだね」
「そうだろ!」
「彼はもっと強くなれる。私も楽しみなくらいね」