「《武神隠》だって!?」
思わず晃は目を見開く。
武神使いとして相手である鏡大輔が使うことは無いと予想したカードが発動したことに。
「効果は君も知ってるやろ。わいは君から奪った《武神帝─ツクヨミ》を除外することで場のモンスター全てを手札へと戻させる。もっとも手札には戻らんけどな君のエクシーズモンスターは」
「くっ……」
瞬間、晃の場に控えていた2体のモンスター。
《武神帝─スサノヲ》《武神帝─カグツチ》は姿を消す。
さらに鏡と晃の周囲には黒い霧のようなものが立ち込めたのだ。
「さらには次の次のわいのターンのエンドフェイズまでお互いに召喚、反転召喚、特殊召喚もできずにダメージも受けへん。まあ、しばしの休戦と言ったところや」
攻め急ぎ過ぎた。
相手が同じ武神使いで自身が使っていたカードと相手をするという異形の状況に飲み込まれて本来の自分を見失っていたのだ。エクシーズを大量に行った結果が全てバウンスされてしまうという最悪の結果に陥ってしまったのだ。
「オレは……」
しかし、幸か不幸か《武神隠》を受けたショックで逆に熱くなりすぎていた心が冷めだした。まずは落ち着いて状況を整理、手札はさほどよくないが幸いにもターンに猶予はある。
「ターン終了」
「ふーん、攻め急ぎ過ぎたってところやな。ならわいのターンやけどモンスターカード1枚を伏せてターン終了や」
召喚や反転召喚、特殊召喚はできずともモンスターを伏せることはできる。
《武神隠》の効果が切れたときの壁か、反撃のための準備かは不明だがまずは1体のモンスターカードが出現する。
ドローフェイズで晃の手札は3枚。
今のお互い攻められない状況は準備に徹することができ逆に好機かもしれなかった。
「カードを1枚伏せてターン終了」
勝負は次の自分のターン。
「さあ《武神隠》の効果適応の最後のターンや。わいも魔法・罠ゾーンに2枚のカードを伏せてターン終了。ここで《武神隠》の最後の効果が発動や」
黒い霧が覆われる。
その先には鏡の場に除外したはずの《武神帝─ツクヨミ》が佇む。
「《武神隠》のために除外した君のツクヨミを守備表示で特殊召喚。さらにはわいの墓地の武神モンスターである《武神─ヤマト》をエクシーズ素材にするで」
「また、オレのモンスターを……」
晃のモンスターがまたしても使われる。
やはり言い気分では無いがまたしても熱くなってしまえば相手の思う壺だ。
「君のターンやで?」
「オレのターン……よしっ、引いたカードは《武神─ミカヅチ》召喚して《激流葬》を発動」
《武神─ミカヅチ ☆4 ATK/1900→2000》
「は……《激流葬》やて? 自分のモンスターを巻き込むつもりか?」
晃が発動した《激流葬》はモンスターの召喚や反転召喚、特殊召喚をトリガーとして場のモンスターを全て破壊する強力無比のカードだ。相手に大量のモンスターが存在するときに自分がモンスターを召喚して発動するというのも珍しくは無い。
「《激流葬》にチェーンして墓地の《武神器─サグサ》の効果を発動し召喚されたミカヅチを選択!」
「ああ、そゆことか」
納得したという表情をする鏡。
1ターンに1度だけ破壊を無効にする効果を使用して一方的に相手のモンスターだけを葬るというのだ。場全体を飲みこむほどの巨大な水飛沫が飛び跳ね全てを飲みこんで行く。唯一無事だったのはサグサの守りを得た《武神─ミカヅチ》のみだ。
「もっともわいが伏せていたのは《カードガンナー》。破壊されたことで1枚ドローするで」
「さらに墓地の武神が除外されたことで手札から《武神─アラスダ》を特殊召喚する」
《武神─アラスダ ☆4 DEF/1900》
アラスダの特殊召喚の効果はタイミングを逃さずに扱える。
加えて効果のチェーン上で除外された場合には全てのチェーン処理を行った後に特殊召喚を行うためにも《激流葬》に巻き込まれることもない。もっとも表側守備表示という条件で追撃には回せない。
「おお、うまく扱こうたな」
「あまり悠長に言ってられないッスよ。バトルフェイズに入り《武神─ミカヅチ》で攻撃!」
相手のライフは残り2000。
そして《炎舞-天璣》で強化された《武神─ミカヅチ》の攻撃力も丁度2000。
この攻撃が通れば終わるわけだが。
「まあ、まだ終わらせへんよ。《攻撃の無敵化》を発動しこのバトルフェイズでの戦闘
ダメージを0にする」
殴りかかるミカヅチと鏡の間に障壁のようなものが壁となり攻撃を弾く。
戦闘ダメージを0にする単純な効果であるが効果は十分だった。
「っ、またオレが入れていないカードを」
鏡には2枚もの伏せカードがあったために何かしら攻撃を防ぐ手段はあっただろうと予想はしていた。もし《強制脱出装置》や《次元幽閉》の類であったのなら墓地に存在する《武神器─ヘツカ》を使用し無効にすることはできたが現実はそこまで甘くは無いようだ。
「だったら、場の武神と名の付くミカヅチとアラスダをエクシーズ召喚に再び《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ召喚! 効果によりエクシーズ素材を取り除きデッキから《武神器─ハバキリ》を手札に加えターン終了」
「ふむ、ここでスサノヲを立てるか。厄介なことこの上ないなぁ」
現在の《武神帝─スサノヲ》の攻撃力は2500という歴代遊戯王主人公のエースモンスター級。手札には攻撃力を元々の倍の4800へと固定させる《武神器─ハバキリ》を持ち究極竜さえも真向から退けることができる。
「まあ、この程度は予想済みちゅー話や」
くすり、と鏡は笑みを浮かべる。
何百という決闘者を退けてきた第七決闘高校の主将がこの程度の状況は逆境なんて思っていない。あるのは獅子の前に兎が全力で抗っているだけなのだから。
「さあ、潰すで。わいは《貪欲な壺》を発動しスサノヲ、ツクヨミ、ヤマト、ヒルメ、ハバキリを戻し2枚ドローや。そして《武神─ミカヅチ》を召喚し墓地の《武神器─ムラクモ》の効果を発動し君のスサノヲを破壊や!」
「させるか! 墓地の《武神器─ヘツカ》を除外し無効にする」
架空の動物である麒麟が武装され角が刃となった《武神器─ムラクモ》が幽霊のような半透明な状態で晃のスサノヲへと突き刺そうと角を向けて突進する。それを同じく半透明の姿で辺津鏡と呼ばれる鏡の甲羅を持つ《武神器─ヘツカ》が甲羅を盾にして弾いた。
「まあ、無効にするのは当然やろな。けど墓地の武神が除外されたことで手札から《武神─アラスダ》を特殊召喚するで。ははっ、前の君のターンと同じやな」
「……」
カードだけでは飽き足らず戦術まで真似される。
「さて、ここで本当ならばカステルや101とか攻撃力も上がっておるし103を呼ぶのも良いかもしれへん。けれどな……相手を圧倒してこそ完全勝利っちゅーことや。というわけでわいは《武神帝─スサノヲ》を召喚するで!」
「っ、またしても……」
思わず熱くなりそうになるのを堪える。
今、この場で彼が《武神帝─スサノヲ》を召喚したのは挑発以外の何物でもないのだろう。晃の場のスサノヲと鏡の場のスサノヲが互いに睨みあう。
「さあ、わいのスサノヲの効果や。デッキから同じく《武神器─ハバキリ》を手札に加えバトルフェイズに入る。さあ血で血を洗うスサノヲ合戦の始まりや」
まったく同じ姿形のモンスターが戦闘態勢に入る。
互いに同じように《炎舞-天璣》で強化され手札には互いに《武神器─ハバキリ》が握られている。このままでは相打ちになるだろう。
「相打ち狙いっ!?」
「悪いなそんな気は毛頭ないわ。先に発動にダメステで《オネスト》を発動させてもらうで!」
「っ、《オネスト》!?」
この瞬間、晃はスサノヲ同士の勝負に敗北したことを確信してしまった。
互いに《炎舞-天璣》で強化されわずか200という数値の差であるがダメージ計算時に発動できる《武神器─ハバキリ》では届かない。
「さあハバキリを発動させるか?」
「くっ……発動させない」
晃 LP6000→3500
光り輝く翼を得た鏡のスサノヲが容赦なく晃のスサノヲを切り裂く。
思わず歯噛みしてしまうがまだライフは残っている。逆転のチャンスは十分にある。
「最後の手札を伏せてターンエンドやで。君のターンや」
相手の場には《武神帝─スサノヲ》が1体と《炎舞-天璣》に伏せカード1枚。
手札には《武神器─ハバキリ》が1枚で墓地にサポートできるカードは無い。
逆に晃は手札が0で場には同じく《炎舞-天璣》と無意味に残ってしまった《リビングデッドの呼び声》のみ。
正直、逆転の望みは薄いものの1度、晃は黒栄高校の霧崎との勝負で同じような絶対絶命の状況をひっくり返したのだ。この男には負けたくない。勝ちたいと願いながら橘晃はカードを引いた。
「ドロー、オレが引いたのは《ソウル・チャージ》。墓地から《武神─ヤマト》と《武神─ミカヅチ》の2体を蘇生する」
引いたのはかつての状況と同じカードだった。
このターンのバトルフェイズを行うことができなくなり、蘇生した数×1000という大量のライフを失うもののモンスターの大量展開という莫大なアドバンテージを得られる必殺のカード。
後は2体のモンスターで《No.103 神葬零嬢ラグナ・ゼロ》を呼び出せばいい。
相手に《炎舞-天璣》が存在する限り獣戦士族モンスターの攻撃力は変動しラグナ・ゼロの効果の条件を満たす。
まず1度は《武神帝─スサノヲ》を破壊しドローできることでアドバンテージを稼ぐ。次いで相手のターンにもし獣戦士族モンスターでもなんでも元々の攻撃力と異なる攻撃力のモンスターを出せば破壊できる。
これで状況は逆転できる──はずだった。
「ふうん、ここで《ソウル・チャージ》か」
対戦相手の鏡大輔はつまらなそうに呟いた。
興味を無くしたかのように肩の力を抜いて脱力する。
「悪いけどここで逆転させてもらうッスよ……オレは今から呼び出す2体のモンスターで──」
「いや、エクシーズなど出来へん。
途端、時間が止まったかのように錯覚した。
発動した《ソウル・チャージ》がスパークし効果を発動させることも無く弾かれたのだ。
「え……?」
思わず目を見開いてしまう。
最後の逆転の切り札が不発に終わった。
「まさか。最後の最後に《ソウル・チャージ》を引くなんて末恐ろしいわ。せやけど。わいの残した最後のカードはカウンター罠の《神の宣告》。当然ながら無効にさせたもろうたで」
鏡 LP2000→1000
彼が最後に残したのはあらゆるカードを封じる同じく必殺ともいえる1枚だった。
手札も無く、場も墓地も逆転できる手段が無く最後の引きに賭けることでしかなかった。晃はもうドローフェイズを迎える前から既に詰んでいたのだ。
「っ……」
思わず息を飲んでしまう。
手札も場も墓地も何も使うこともできずに動くことさえできない。
0.001%なんて夢物語さえも許されない確実な勝率0%。
この場で晃に許されるのはただ二つ。
一つは
「ターン……エンド」
そしてもう一つはターンの終了を宣言することでしかなかった。
「ほう、負けが確定してなお
鏡はドローフェイズで引いたカードを確認しない。
もう必要も無いからだ。
「《武神器─ハバキリ》を通常召喚。バトルフェイズに入るで」
《武神器─ハバキリ ☆4 ATK/1600》
前のターンでサーチした《武神器─ハバキリ》は本来与えられた役割では無くモンスターとして召喚される。しかし牙を向く相手は鏡大輔では無く今まで何度も【武神】使いとして共に戦ってきた橘晃だ。
「《武神器─ハバキリ》──そして《武神帝─スサノヲ》で直接攻撃や」
「くっ……」
2体のモンスターが襲いかかってくる。
敵わなかった。まったく同じデッキを使って同じような戦術だったのにも関わらずに負けた。それはただ単純な実力差。それが純粋に悔しかった。
晃 LP3500→1900→0
ハバキリ、そしてスサノヲの裏切りの一矢。
受け止めるライフが残されていない晃はこの場で敗北した。