(凄い……)
二人の決闘を有栖は黙って見届けていた。
【炎王】を扱い破壊と蘇生で相手に圧倒的なプレッシャーを与える茜。
それを、悉くいなして退ける涼香。
たった4ターンで行われた攻防も凄まじい応酬が行われていた。
戦いはすでに中盤戦に差し掛かる。
(二人とも、頑張って)
有栖はただ二人を見守っていく。
「スタンバイフェイズですが……ガルドニクスもネフティスも効果を発動できないのでメインフェイズに入ります」
ドローフェイズに発動した《深淵に潜む者》の効果により不死鳥は蘇ることができずに静かに墓地で佇む。このターンの大きなアドバンテージを失ったものの、涼香も効果を封じるための消費は大きく場と手札には《No.80 狂装覇王ラプソディ・イン・バーサーク》1枚しか存在しない。
「行きますよ! まずは《死者蘇生》でガルドニクスを蘇生です。続けて《炎王獣ヤクシャ》を通常召喚」
《炎王獣ヤクシャ ☆4 ATK/1800》
炎を纏った棍と獅子の仮面、民族衣装を纏った獣の戦士。
この場面ではただのアタッカーとしか意味は無いが目の前の壁モンスターをどかすだけなら十分だ。
「バトルです! ヤクシャでラプソディを戦闘破壊。ガルドニクスで直接攻撃!」
炎を纏った不死鳥が翼を羽ばたかせ涼香へと迫る。
激しい攻防で先にクリーンヒットを決めたのは茜だ。
涼香 LP7000→4300
「っ、やるじゃない」
「メインフェイズ2で最後の手札《補給部隊》を発動してターン終了です」
これで互いに手札は0。
だが状況はまったくに違う。茜の場には上級モンスターと下級アタッカーにドローソースの《補給部隊》に対して涼香は場にカードが存在しない。
一見、茜が涼香を追い詰めたように見えるが、茜から見れば逆にこれからが本番だ。
何せ目の前の相手、氷湊涼香にとって手札と場にカード無い状況など逆境でもなんでもないので。むしろ専売特許と言ってもいいぐらいだ。
「私のターン、今引いた《おろかな埋葬》を発動するわ。デッキから《E・HEROシャドー・ミスト》を落として効果でバブルマンをサーチし特殊召喚! このカード以外に手札も場も無いため2枚ドロー!」
(やはりバブルマンを出しましたか)
《E・HEROバブルマン ☆4 ATK/800》
通称、強欲なバブルマン。
発動条件が厳しいにも関わらず涼香が使えば軽々と使ってしまう。
「続けて《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地のブレイズマン、オーシャン、シャドー・ミストで3体融合! 《E・HERO Core》を融合召喚するわ」
《E・HERO Core ☆9 ATK/2700》
漫画版GXの十代がエースとする《E・HERO ジ・アース》が進化したような姿のモンスター。攻撃力はガルドニクスと互角、効果自身も茜は知っているためにこのカードに攻撃さえ控えればそこまで脅威となるわけではなかった。
「行くわ! Coreでヤクシャを攻撃!」
「攻撃は防げませんが戦闘破壊されることで《補給部隊》により1枚ドローします」
茜 LP7600→6700
茜が与えた直接攻撃と比較するとダメージは微々たるもの。
むしろ《補給部隊》のドローで有利になったと言うべきだった。
だが、涼香の反撃はここからが本番だった。
「バトルフェイズを終わらせるけど《E・HERO Core》は攻撃したバトルフェイズ終了時に場のモンスターを1体破壊できる。破壊するのは当然、ガルドニクスよ!」
「えぇっ!? 当然って、ガルドニクスを効果破壊ですか!?」
これには驚愕を隠せなかった。
この場でなら効果を使用せずにいるのが普通だ。なにせ次のターンでガルドニクスが復活して尚、Coreが破壊されるからだ。効果によってアブソルートZeroが復活するにしても攻撃力が足りないし破壊効果も茜の炎王には通用しない。
だが、そのような常識など涼香には通用しなかった。
「メイン2! 《E・HEROエアーマン》を召喚しデッキから2枚目のバブルマンをサーチし手札がこのカードのため攻撃表示で特殊召喚!」
「え……レベル4が3体!?」
涼香の凄さは知っていた。
だが一般的には絶体絶命と呼べる状況からレベル9モンスターとレベル4モンスター3体を一気に揃えるなど普通ではありえないほどだ。改めて彼女の凄さに驚愕した。
「行くわ! バブルマン2体とエアーマンのレベル4モンスター3体を使ってエクシーズ召喚。《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》!」
(っ……やはり、ですね)
《No.16 色の支配者ショック・ルーラー ★4 ATK/2300》
場に現れた天使族とは思えない異形のモンスター。
強力なメタ効果を持つこのモンスターは今、この場で脅威以外の何でもない。
「ショック・ルーラーの効果を発動! 次の日向さんのターン終了時までモンスター効果を封じるわ」
今の涼香の攻撃的なスタイルは茜の破壊に対して蘇生する炎王とは相性が悪い。
そのために蘇生を徹底的に阻害するのだ。
「ターン終了よ」
「っ、私のターンです」
1ターン前までは優位だったのが、今では最悪の状況だ。
墓地のガルドニクスは蘇生せずに他のモンスター効果だって使えない。
前の《補給部隊》で引いたカードだって《リビングデッドの呼び声》で逆転するには一声足りない。
「ドロー!」
だから、このドローに賭けた。
引いたのは赤い枠の罠カード。
(大丈夫。まだ戦えます)
それは彼女が望んだカードだった。
わずかに安堵し闘志はいまだ失われない。
「私はカードを2枚伏せてターン終了です」
「2枚の伏せカード……まあ、いいわ。私のターン!」
対する涼香のドローフェイズで引いたのは《マスク・チェンジ》だ。
この状況では地属性のCoreを《M・HEROダイアン》にしか出来ないがいかんせん。涼香は融合E・HEROにエクシーズモンスターたちでエクストラデッキを圧迫され入れていないのだ。
そもそも、ステータスではわずかに勝ってもこの場では破壊されることでZeroを蘇生できるCoreをみすみす変えることは無いだろう。
「そのままバトルフェイズ! 《E・HERO Core》で──」
「させません! 《リビングデッドの呼び声》を発動して墓地からガルドニクスを蘇生します!」
これで墓地から場へと舞い戻るのは3度目だ。
自身の効果でないために破壊効果は使えないがCoreと同じ攻撃力が立ちはだかる。
だが、これで同士討ちをしてもZeroとルーラーの攻撃を受けて効果によりモンスターか魔法、罠のどれかの拘束を受ける。ガルドニクスも戦闘破壊でモンスターをリクルートできるが不利には違い無い。
「ならガルドニクスの特殊召喚に《激流葬》を発動して場のモンスターを全部破壊します!」
「っ、無茶苦茶な!?」
巨大な水飛沫が飛び上がり場のモンスター全てを流していく。
後に残ったのは《E・HERO Core》の効果で蘇生された《E・HERO アブソルートZero》だけだ。
「《補給部隊》で1枚ドローします」
「いいわ。けど、追撃させてもらう! Zeroで直接攻撃!」
茜 LP6700→4200
これでライフ差はたった100の僅差。
ほぼ互角だと言っても過言ではない。
「カードを伏せてターンエンド!」
「では私のターン! スタンバイフェイズにガルドニクスが場へと戻ります。そして涼香ちゃんのアブソルートZeroを破壊です」
「仕方ないけど簡単にはやられないわ! 《マスク・チェンジ》を発動してZeroを《M・HEROアシッド》へと変身召喚!」
「だけど破壊効果は防げません!」
「そうね。でもZero、アシッドの順でチェーンを組むわ。《補給部隊》を破壊してガルドニクスも破壊する!」
破壊効果の応酬が繰り広げられ両者の場は全滅した。
この状況を見て茜は思考する。
(なんで、この状況で《マスク・チェンジ》を? まさかとは思いますが、場にカードを残さないために?)
普通ではありえないことだが、茜の予想ではきっと涼香は次のターンで巻き返してくる。
相手が無防備の状況で決着をつけたいが今の茜の手札では叶わないことだった。
「《フレムベル・ヘルドッグ》を召喚! バトルフェイズに入って直接攻撃です!」
《フレムベル・ヘルドッグ ☆4 ATK/1900》
涼香 LP4300→2400
さらにライフを追い込むも足りない。
残る手札だって追撃も攻撃を防ぐのもできない魔法カードの《サイクロン》だ。
「カードを伏せてターン終了です」
「私のターン。行くわ!」
「ですが、スタンバイフェイズにまたガルドニクスが戻ってきます。効果で《フレムベル・ヘルドッグ》は破壊されてしまいますが……」
ガルドニクスの欠点は蘇生時に自身のモンスターも巻き込んでしまうこと。
蘇り舞い上がる炎に《フレムベル・ヘルドッグ》は包まれ消滅する。
「悪いけど、この勝負は勝たせてもらうわ! 《戦士の生還》を発動して墓地からバブルマンを回収して特殊召喚! 条件を満たしているためにまた2枚ドローするわ!」
「っ……やはり、ですか」
予想はしていた。
していたものの、彼女の引きの強さは群を抜いている。
ただでさえ厳しいバブルマンのドロー効果を1回の決闘で2度も使うなんて普通ではありえるものだろうか。
「《貪欲な壺》を発動しノーデン、ラプソディ、深淵、Zero、エアーマンの5枚を戻してさらに2枚ドロー。2枚目の《ミラクル・フュージョン》で墓地のバブルマンとCoreで戻した《E・HEROアブソルートZero》をまた召喚するわ!」
何度も蘇生する《炎王神獣ガルドニクス》に対抗するように《E・HEROアブソルートZero》が場に出るのはこれで3回目だ。
「さらに《ゴブリンドバーグ》を召喚。残念だけど特殊召喚できるモンスターが手札にいないけど十分よ。2体で《深淵に潜む者》をもう一度エクシーズ召喚! エクシーズ素材にバブルマンがいるため水属性を強化しZeroも自己強化よ!」
(凄い、本当に凄いです。涼香ちゃん!)
《E・HEROアブソルートZero ATK/2500→3000→3500》
茜の炎王は何度、涼香の軍勢を破壊しようと立ち直してくる。
それにはもはや悔しさや敗北感なんて感じてはこなかった。ただ目の前の決闘者に対する純粋な敬意だけだ。
「エクシーズ素材の《ゴブリンドバーグ》を取り除き《深淵に潜む者》の効果を発動! これでガルドニクスの効果も発動しないわ! Zeroでガルドニクスを戦闘破壊し深淵で直接攻撃よ!」
茜 LP4200→3400→1200
容赦の無いラッシュに茜のライフは後、わずか。
頼みの綱のガルドニクスも戦闘破壊されては蘇生もできずに《深淵に潜む者》がいるためにリクルート効果も発動できない。幾度と無く優位だった状況をひっくり返されて今では絶体絶命な状況であるというのに
(凄い! 凄い、楽しいです)
思わず笑ってしまう。
茜は当然、全力を持って戦っている。
その相手である涼香も勿論、一切手を抜いていない。
ただ互いに全力でぶつかり合うことが今の彼女にとって純粋に嬉しかった。
「最後にカードを1枚伏せてターン終了よ」
「それは残しません。エンドフェイズに《サイクロン》です!」
エンドサイク。
涼香が最後に残したカードを葬り去る。
《神の宣告》だ。最後の最後まで彼女の引きは強い。
「さて、これがきっと私の最後のターンになるでしょうね」
ターンが移りドローフェイズにデッキトップに手を添える。
何も残されたカードが無く破壊されれば道連れにする《E・HEROアブソルートZero》に加えて相性の悪い墓地での発動を阻害する《深淵に潜む者》。おそらくこの引きで《ブラック・ホール》のようなカードを引いたところで涼香なら次の引きでとどめを刺すモンスターを必ず出してくるだろう。
ならば勝利するための条件は一つだけ。
このターンで決着をつけるしかない。
正直な話、茜は涼香ほど優れた引きを持つわけではない。
「涼香ちゃんも言ってくれましたよね。『1%でも勝てる可能性があるなら挑みなさい』ってだから私だって挑みます! ドロー!」
引いたカードを確認する。
緑色の枠の魔法カードの名前とイラストを確認する。
それは僅かな可能性でさえも挑んだ結果を示すようなカードだ。
「引きました! 私は《真炎の爆発》を発動します。墓地より《炎王獣バロン》、《炎王獣ヤクシャ》、《フレムベル・ヘルドッグ》の3体を蘇生します!」
「日向さん……よく引いたわね」
巻き上がる炎の中から再び蘇るモンスターたち。
並ぶ3体のレベル4モンスターの前に決着が見えたのか、涼香は肩を荷を下ろすように力を抜いた。
「3体のモンスターでエクシーズ召喚《No.32海咬龍シャーク・ドレイク》を出します」
《No.32海咬龍シャーク・ドレイク ★4 ATK/2800》
今まで茜が使用していた炎属性とは真逆。
主に涼香が使用していた水属性のモンスター。
「私はもう逃げません。例え姉さんでも立ち向かってみせます!」
「そう。よく言ったわ。さあ、来なさい!」
覚悟を決めるように、ほんのわずかな間を開ける。
すぐさま茜は攻撃宣言を行った。
「バトルです! シャーク・ドレイクで《深淵に潜む者》を攻撃です!」
深海の帝王はサメの頭部を象った青白い光線を飛ばす。
涼香 LP2400→1800
「さらにシャーク・ドレイクの効果を発動します。エクシーズ素材を一つ取り除くことで破壊したモンスターの攻撃力を1000下げて攻撃表示で戻し、追加攻撃を行います!」
《深淵に潜む者 ATK1700→700》
場にいた時には攻撃力が2200だったが水属性のエクシーズ素材を持つことで強化する効果も無く1/3近くまで攻撃力が激減する。さらに追加で戦闘を行うのにも攻撃力差は涼香の残りライフを上回る2100だ。
「追加攻撃です!」
もう一度、同じ攻撃が繰り広げられる。
場のモンスターしかカードが無い涼香はただ黙って彼女の攻撃を見届ける。
涼香 LP1800→0
「二人ともお疲れ様」
「ええ、ありがとう風戸さん」
決着が付き有栖が二人に労いの言葉をかける。
涼香は負けても尚、清々しい表情で答えた。
だが、茜からは何も返事が出ずボーッと空を眺めていた。
「日向さん?」
「涼香ちゃん、有栖ちゃんありがとうございます。おかげで覚悟を決めることができました。私は姉さんに挑みます」
茜は微笑みながらも決意を持った瞳ではっきりと宣言した。