●橘晃 LP4400 手札1枚
□武神─ヤマト
□武神器─ムラクモ
■D・D・R(対象:武神器─ムラクモ)
■unknown
●日向茜 LP6200 手札5枚
■unknown
晃と茜二人のターンを合計し4ターンが経過した。
ボードアドバンテージにおいては、晃が優勢のように見えるが手札はたったの1枚。対して茜の手札は5枚と豊富だ。『決闘者には手札の数だけ可能性がある』と、初代遊戯王の主人公である武藤遊戯が語っていたが、まさに今の状態では全体的に見て茜の方が優勢だろう。
そうして、5ターン目である茜のターンが開始される。
「では、私のターン、ドロー! やるようになってきましたね橘くん。そろそろ、私も本気で行かなければいけませんね」
「っ……!」
瞬間、晃は毛が逆立つような感覚に陥った。
悪寒や恐怖と言った感情だろうか。目の前にいる、自身よりも小さい少女のはずなのに闘気を剥き出しにしただけで、それはまるで別人だ。
「(これが……
「まずは、《シード・オブ・フレイム》を召喚!」
シード・オブ・フレイム
☆3 ATK/1600
茜が召喚したのは、ただの植物族の下級モンスターだった。
攻撃力も“ヤマト”に及ばずせいぜい“ムラクモ”と同士討ちをする程度だ。枠は橙色であり何かしらの効果を持っているにしても、このカードだけで戦局を覆せるとは思えないと晃は考える。
「続けて、《炎王炎環》を発動です!」
今度はSという字の曲線を縦よりにしたようなマークを持った速攻魔法とされるカード。
他の魔法カードと異なりスペルスピード2と分類されるこのカードは、相手ターンでも使用可能、チェーンを組めるという利点があるが、通常の魔法のようにも扱えるある意味一番使い勝手が良い種類だろう。
「この効果により、場と墓地より炎属性モンスターをそれぞれ選択します。場で《シード・オブ・フレイム》を墓地より《姫葵マリーナ》を選択し、《シード・オブ・フレイム》を破壊と同時に《姫葵マリーナ》を特殊召喚です!」
「また、出て来やがった……」
晃が厄介だと思ったモンスターが蘇る。
おそらく《シード・オブ・フレイム》は炎属のため《炎王炎環》を使用するために召喚したのだろうと思考する晃。それは、半分当たりであり半分ハズレであった。そもそも、彼女の本気がその程度で済むはずがない。
「さらに、《シード・オブ・フレイム》がカード効果により破壊された事で私は墓地からレベル4以下の植物族、《ローンファイア・ブロッサム》を特殊召喚します。……代わりに、橘くんの場に《シードトークン》を特殊召喚しますけどね」
シードトークン
DEF/0
そう言いながら茜は、カードケースの中から灰色の枠。青い色の丸っこい羊のイラストのカードを渡された。それには、攻撃力、守備力などの表記はない。晃は、一度頭押さえてプレイブックで読んだ中のトークンとやらを記憶から引っ張り出した。
「トークン……確か実際にカードにない、モンスターか」
プレイブックを読んでいると中々面倒だと思った一つだった。
実際にカードにないモンスター。通常モンスターとして扱う。場を離れる時、消滅する。裏側表示にできない。エクシーズモンスターの素材にできないなど。モンスターでありながら通常のモンスターと大きく異なるのだ。
「そして、《ローンファイア・ブロッサム》の効果を発動! このカードをリリースしてデッキから《コピー・プラント》を特殊召喚です!」
「っ……守備力、だけじゃなくて攻撃力も0!?」
コピー・プラント
☆1 DEF/0
前に《ローンファイア・ブロッサム》で特殊召喚されたのは、大型モンスターである《姫葵マリーナ》をアタッカーとして出したのだ。しかし、今回出されたのはレベル、ステータス共に“ブロッサム”よりも劣るモンスターだった。
とはいえ、彼女が無意味な事をするとは考えられない。ましてあのモンスターの攻守は0なのだ。ならば、現状で使うべき何かがあると見るべきだろう。
「《コピー・プラント》は1ターンに1度、エンドフェイズまで場の植物族のモンスターのレベルをコピーできます。これで《姫葵マリーナ》のレベル8をコピー!」
「レベルを変えた……?」
コピー・プラント
☆1→8
ステータスが変動しない行為。
しかしながら、プレイブックを読んだ晃もこれに関しての知識はあった。
シンクロとエクシーズだ。
チューナーと呼ばれるモンスターとそれ以外でのレベルの足し算を行うのがシンクロ召喚。対となるのが、チューナーなど特別なモンスターはいらず、同レベルを一定数重ねるのがエクシーズ召喚だ。
《コピー・プラント》には、『効果・チューナー』と記されているためシンクロ召喚を行う条件は満たしている。だが、レベルを揃えば16とレベル上限の12を越えてしまっている。ならば、ここで出されるのは同レベルを必要とするエクシーズ召喚の方だ。
「レベル8《姫葵マリーナ》と《コピー・プラント》でエクシーズ。《
No.107 銀河眼の時空竜
★8 ATK/3000
2体のモンスターを重ね、その上からエクストラデッキと呼ばれる本来のデッキとはん別の上限15枚までの束から1枚のまるで宇宙を連想させる黒い枠のカードを乗せ合わせた。
「エクシーズ召喚……」
「どうやら、ちゃんと知っているようですね。行きますよ、バトルフェイズ開始時にエクシーズ素材を1つ取り除いて効果を発動! このカード以外のモンスターの効果を無効に攻撃力を元々の数値にします」
普通、強力な効果を使うのには何かしらの代償としてコストが要求される。
しかし、エクシーズモンスターは一味違い、召喚に使うために重ね合わせたモンスター“エクシーズ素材”をコストとして発動するのが大半だ。
故に、召喚してはすでに効果を使用するためのコストを内蔵しているモンスターとも言えるだろう。
とはいえ、晃は『どういう事だ?』と思考した。
“銀河眼の時空竜”以外の効果の無効とはいえ、晃の場にはエンドフェイズに効果を使用する《武神─ヤマト》、墓地で発動する《武神器─ムラクモ》、効果を持たない《シードトークン》の3体だ。まして攻撃力を元々の数値に戻すとしても変動はない。あまり使う意味はないのではと首を傾げた。
しかし、その疑問を茜はすぐに解決させた。
「“時空竜”には、この効果を適応したバトルフェイズ中に相手がカードの効果を発動する度に、バトルフェイズ終了時まで攻撃力の1000上昇と追加攻撃ができます! ですので、カードの発動は考えて使うことをオススメします」
「っ……!?」
その効果を聞いて晃は、手札の《武神器─ヤタ》を見た。
“武神”と名の付く“獣戦士族”への攻撃を無効にし、攻撃モンスターの攻撃力の半分を与えるこのカードは、防げるのは1度のみ。しかし、追加攻撃ができるとなれば使用は考えなければならない。
「では、“時空竜”で《武神─ヤマト》に攻撃です!」
「くっ…………手札から《武神器─ヤタ》を発動。攻撃を無効にし、その攻撃力の半分、1500のダメージを与える」
「いえ、“時空竜”はカードの発動時に攻撃力が上がるので4000。私は、2000のダメージとなります」
No.107 銀河眼の時空竜
ATK/3000→4000
茜LP6200-2000→4200
嬉しい誤算だった。
一時的とはいえ残りライフは、晃が上回ったのだ。残り半分と少し。
おそらく、あともうひと頑張りで削り切れる数値だろう。
「ですが、これで“時空竜”は2度目の攻撃が可能です。もう一度、“ヤマト”に攻撃します」
「っ……」
晃LP4400-2200→2200
しかし、現実はそこまで甘くはない。
そのリードもすぐに覆され、残りは“銀河眼の時空竜”の攻撃を直接受けるだけで敗北に喫する数値まで落ちた。所謂、レッドゾーン突入と言えるだろう。
「では、カードを1枚伏せ。エンドフェイズに、2枚目の《ナチュル・チェリー》を除外し“アマリリス”をまた特殊召喚させます」
「そういえば、そいつもいたなぁ……」
破壊と再生を繰り返すコイツも破壊すれば800のダメージを負う。
前は、そう対して気にしなかったが今となればその大きさがよくわかる。残りライフ2200のこの状況では後、3回効果を使うだけでゲームオーバーとなってしまうのだから。
加え、《武神器─ヤタ》を使用した事で晃の手札は現在、0枚。
状況は芳しくないどころか最悪だ。
「っ……オレのターン、ドロー。…………っ、カードを1枚伏せ“ムラクモ”を守備表示へと変更。ターン終了だ」
晃のターンに移る。
とはいえ、彼がしたのは今引いたカードを伏せては、攻撃表示のモンスターを戦闘ダメージが受けなくなく守備表示へと変更しただけだ。ただ守りを固めただけ。
だが、彼の目には火が消えた様子はない。遊戯王における戦況を覆す事ができる1枚を引いたからだ。
「さあ、来い!」
「何を引いたか知りませんが行きます! 私のターン、先ほど伏せた《リビングデッドの呼び声》を発動し、墓地から《姫葵マリーナ》を特殊召喚させます」
罠の《死者蘇生》ともいえるカード《リビングデッドの呼び声》は、発動すれば自分の墓地からモンスターを1体特殊召喚できるという優れ物だ。しかし、《超栄養太陽》、《D・D・R》と同じく破壊されれば蘇生モンスターも破壊されるというデメリット付き。
これで今回3度目とされる《姫葵マリーナ》が降臨した。
「また、そいつか……」
「ええ、さらに“アマリリス”を攻撃表示に変更し、バトルフェイズに入ります」
フェニキシアン・クラスター・アマリリス
DEF/0→ATK/2200
これで星8つのモンスターが茜の場に3体攻撃表示で並んだ。
攻撃力2000を超える大台に乗るモンスターたちの猛攻が始まる今、必要ないのかはたまた使うべきでないのか“銀河眼の時空竜”の効果を使わずに攻撃が開始される。
「まずは、“アマリリス”で“ムラクモ”を攻撃です」
「攻撃宣言……よしっ!」
この時、晃は待ってましたと言わんばかりに前のターンに伏せた1枚を勢いよく返す。それは青白い障壁が赤い光線を弾く遊戯王における昔から存在する代名詞の1枚。
「《聖なるバリア─ミラーフォース─》発動!」
「っ……!?」
この効果は『相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。相手フィールド上に攻撃表示で存在するモンスター全てを破壊する』などと言う強力無比なものだ。これさえ決まればたとえ上級クラスとはいえ全滅し、逆転のチャンスも十分できるのだ。
だが、茜もただ黙ってそれを受け入れるわけがなかった。
1番最初のターンに伏せて移行。1度、《武神─ヤマト》の召喚を阻害しようと考えた同じく強力無比なカウンターカード。モンスターの召喚等に魔法、罠の全種類を封じるまさに“神”と名の付くのに相応しいカード。
「ライフを半分支払い、チェーン! 《神の宣告》です!」
茜LP4200→2100
あらゆるカードを無効にできる1枚により晃の《聖なるバリア─ミラーフォース─》は不発に終わる。しかし、その強力なカードを発動した代償として茜は残りライフを半分支払わなければならなかった。その数値は決して軽くない。
「そ、そんな……」
「攻撃は、続行されます。“アマリリス”が“ムラクモ”を破壊……その後、攻撃したこのカードは破壊され相手にダメージを与えます」
「そんな効果もあったのか……」
晃LP2200→1400
たった800。元ライフの10分の1もここまでくれば大きく感じる。
まして、その後にはさらに大きな攻撃が待ち構えてくるのだ。
「その前に、植物族が破壊されたため《姫葵マリーナ》の効果が発動します。私は伏せカード……いえ、《シードトークン》を破壊します」
おそらく“銀河眼の時空竜”の効果を発動しなかったのは、このためだろう。植物族が破壊される度に効果を使える《姫葵マリーナ》、攻撃すれば自壊する《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》。この2枚の相性は抜群だろう。
これで晃の場にモンスターはいない。後、一撃で勝敗が決する。
「では、とどめです。“銀河眼の時空竜”で攻撃!」
「っ……《ピンポイント・ガード》発動。墓地からレベル4以下、《武神─ヤマト》を守備表示で特殊召喚しこのターンは戦闘及び効果で破壊されない!」
前のターンでは発動する意義など対してないが現在においては、心強い盾となるカードだ。この効果で場に出された《武神─ヤマト》はあらゆる破壊を受けずバトルフェイズ中ではそう簡単に、どうにかできるものではないだろう。
とはいえ、それも単純な一時しのぎでしかない。
彼の場には、《武神─ヤマト》のみ。
手札はなく、墓地には相手のカードを1枚破壊できる《武神器─ムラクモ》と対象に取られた“武神”と名の付くモンスターを1度のみ守る盾となる《武神器─ヘツカ》。その2枚だけで相手の布陣を突破し残りライフを削るのは、限りなく難しいのだ。
「成程。このターンでは、終われませんね。エンドフェイズに最後の《ナチュル・チェリー》を除外し三度、“アマリリス”を特殊召喚します」
加えて、バーン効果を持った破壊と再生を繰り返す《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》の存在。例え、何かしらの手段で次も防ぎきることができたとしてもバーン効果までは防ぎきれない。もって2ターンが晃に課せられた
「くっ……」
終わりか。
晃は、歯を噛みしめこの場で結末を悟った。
勝ちたいと思ったからでこそ、勝てないと理解してしまったのが悔しかった。
「橘くん……君のターンですよ?」
「いや……そんな必要はない。オレの負けだ」
ゆっくりと右手をデッキへと伸ばす。
ルールブックに記されていた行動の一つとして、デッキの上に手を乗せる行為だ。
すなわち、
晃は、勝てないからでこそ自ら敗北を宣告しようとする。
しかし──。
「諦めるのですか?」
凛とした茜の声が、晃の手を止めさせたのだ。
しかし、たった一つの言葉ではほんの一瞬動きを止めさせる程度しかない。
「そうだよ。無理なもんは、どうやっても無理だから……」
「無理……ですか?」
茜は、まるで彼の言葉の意味がわからないように首を傾げた。
「私には、分かりかねません。何しろ遊戯王で諦めた事はないので、それに──」
一瞬、言葉の途中で止める。
それは、彼女の中で何の混ざりもなくただ純粋に言葉を紡いだ。
「諦めるよりも、立ち向かった方がカッコイイじゃないですか」
「……っ!?」
その言葉に晃は身を震わせた。
先ほどまで勝ち負けを意識していた晃だが、そのような意識のを吹き飛ばすぐらい単純な理論で。そう勝ち負けなんてのは後から付いていくものだ。今は、負けてもいいだからただガムシャラに立ち向っていこう、と晃は両手で自分の頬を叩いた。
「っし、わかった続行するよ! オレのターン、ドロー!」
気持ちを取りなおしてカードを引く。
緑色の枠のカード。それは、前に《強欲で謙虚な壺》で選択肢に入った1枚で選ばなかったカードだ。だが、『今ここで使ったとしてもと考えた』が、茜の場の1枚のモンスターを見て可能性に気がついた。
エクシーズモンスター。
デッキをもらった晃だからでこそ、把握していなかったが彼にもまたエクストラデッキが存在する。その中には、やはりと言うべきか多くの黒い枠のカードで構成されていた。
「オレは、《死者蘇生》を発動。墓地から特殊召喚させるのは《武神器─ハバキリ》だ」
墓地から1枚のモンスターを抜き出し場に出した。
攻撃力は彼女の場のモンスターには遠く及ばず勝つ事はできない。だが、場にで揃った《武神─ヤマト》と《武神器─ハバキリ》は共にレベル4という事実。
「そう来ますか……」
「レベルが同じなら出せるんだよな。それに、どうやらこれは“武神”と名の付くモンスター限定みたいだけどこれなら出せる! レベル4“ヤマト”と“ハバキリ”をエクシーズ、《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ召喚!」
武神帝─スサノヲ
★4 ATK/2400
2枚のモンスターを重ね合わせ出されたのは、【武神】の切り札ともいえるモンスターの一角だ。攻撃力は2400と、茜のモンスターには及ばないもののあくまで“武神”は“武神器”と併用する事で相手を討ち果たすのだ。
「スサノヲは、エクシーズ素材を一つ取り除くことで“武神”と名の付いたカードを手札に加えるか墓地に送る事ができる。これでオレは、2枚目の《武神器─ハバキリ》を手札に加え、バトルフェイズに入る! 《姫葵マリーナ》に攻撃だ!」
晃が最初のターンにミスプレイとして場に出してしまったカードを手札に加える。
本来、そのカードもまた手札によって発動する1枚。
それも、単純に力で劣る“スサノヲ”と“マリーナ”の戦力差を覆す能力を秘めているのだ。
「ダメージ計算時、“ハバキリ”を捨てて効果を発動! 《武神帝─スサノヲ》の攻撃力を倍に!」
武神帝─スサノヲ
ATK/2400→4800
攻撃力の大幅な上昇。
それに伴い、茜の場の《姫葵マリーナ》、《No.107 銀河眼の時空竜》の
「っ……」
茜LP2100-2000→100
これで茜の残りライフはたったの100。
ほんの少し押しこむだけでも削りきれるライフであり、この時晃は勝利を確信した。
「これで
「えぇ!?」
茜が取り乱し、驚きの声を上げた。
それも、彼女が《武神帝─スサノヲ》が連続で攻撃をできるモンスターだと知らなかったわけではない。むしろ、そのようなことは熟知しているのだ。何より驚いたのは、晃が攻撃をさせた事であったのだ。
「あ、あのー、ひじょーに申し上げにくいのですが……」
「え……?」
茜は、いつもの丁寧な口調をさらに丁寧な感じで申し訳なさそうに語る。
それを聞き晃も一瞬、手を止めた。
「《武神器─ハバキリ》の効果は、効果を発動したダメージ計算時
「………………マジで?」
晃LP1400-600→800
結果、《武神帝─スサノヲ》の攻撃力は元々の2400。
対して“銀河眼の時空竜”は3000。攻撃力が戻った“スサノヲ”では当然、敵うはずもなく返り討ちに合ってしまうのだ。
「……ターンエンド」
「あの、なんか、ごめんなさい。“銀河眼の時空竜”でとどめです」
晃LP800-3000→0
晃の敗因は間違いなく経験と知識の不足だっただろう。
最後の希望とも言える《武神帝─スサノヲ》が消滅した後は、まるで祭りが終わったような静けさであっけなく決着がついたのだ。
「負け、た……」
がっくりとうなだれる。
本気で、勝てると思ったからでこそ悔しく感じるものだ。だが、悔しくは感じても慟哭はしない今の晃には、次は勝ちたいという気持ちがひしひしと湧き出ているのだ。その気持ちこそが、おそらく決闘者においてもっとも重要な要素なのだろう。
「まあ、始めての対戦であれだけできれば大したものですよ。それに──」
「ああ、次に勝てばいい……だろ?」
茜のフォローの言葉をなんとなく察し、言葉を紡ぐ。
正解だったような茜もわずかに口を綻ばせ頷いた。
「あれ、そういや部長は……?」
二人は決闘に夢中だったが、そういえば途中から部長である新堂創が口を挟まなくなっていたのだ。キョロキョロとあたりを見渡したら、姿がなく『どこに行った?』と思考した直後に、戸が開き創の姿があった。
「よ! 終わったか?」
「部長、なんで急に消え……って、何ッスかそのジュースの山は!?」
よく見れば彼は抱きかかえるかのように缶ジュースを大量に持ってきていたのだ。
どう見ても、3人で飲むには多すぎる。
「ああ、新入部員の歓迎会をしなければと思ってな……ほら、俺のおごりだ!」
「ども」
そういいながら、晃へ一本投げ渡す。
赤いラベルの張られたコーラを晃は躊躇なくプルタブを開けた。
ブシュッ!!
瞬間、プルタブの開け口から勢いよくコーラが噴射され晃の顔面に飛びかかった。
それを見た創は、『いっけね』と小さく呟いた。
「あ、すまん。それ、俺が階段から落とした奴だった」
「そ、そうッスか……」
びちょ濡れになり、体をわなわなとふるわせた。
それでもこの場の空気は和んでおり、悪くない。
晃はそう思ったのだった。