029.橘晃強化計画
橘晃が遊戯王部に入部してから2ヶ月半ほどが経過した。
現在は6月の中旬。梅雨に入り始めた時期。
その間に色々な事があった。
勘違いと勢いで遊戯王部への入部。
日向茜との対戦で諦めず立ち向かうことを学んだ。
実力者。才能を持つ氷湊涼香と出会う。
その涼香すら圧倒した新堂創が部長としての実力を見せた。
さらには生徒会との対立。
勝つこと拘ったデッキで立ちはだかる生徒会メンバーたち。
かつての遊戯王部の一員であった二階堂学人と現部長の創の勝負。
団体戦に参加するために5人のメンバーが必要だが人数が足りない。
転校してきた風戸有栖は遊戯王が好きでありながらも向きあうことができなかった。
彼女に対し涼香が説得することでメンバーが5人となった。
これで団体戦に参加することができる。
部長である新堂創が望んでいたことであり、現在は遊戯王部メンバー全員の目標でもある。やるからには優勝を目指す。そんな意気込みであったが遊凪高校遊戯王部には一つの問題が抱えられていた。
橘晃だ。
遊戯王経験、二ヶ月半。
使用デッキは譲り受けた【武神】。
カードについての知識は乏しいものの、最近では克服してきている。
引き、戦術、デッキ構築、カードの運用。その全てが平凡で特出しているものが無く限りなく普通のプレイヤーだ。
だが肝心な勝負どころで常に敗北している。
遊戯王部メンバーと勝負しても負け越しだ。運が巡りギリギリの僅差で勝利を手に入れることはできる場合があっても、それは100回に1度程度の確率しかない。
氷湊涼香には、毎度圧倒的な引きと破壊力で圧倒される。
新堂創は、そもそも涼香すら超える実力を持ち何より彼自身が部のトップだ。火がついたときの爆発的な勢いに抗う術は無い。
日向茜は、上記の二人よりも実力が劣るものの、デッキをことあるごとに改良し応用力と工夫で勝利を収める。
風戸有栖は、【ガスタ】特有の守りの堅さで攻撃を防ぎつつ崩す堅実な戦いで隙が無い。
遊凪高校遊戯王部は人数が少ないながらも選りすぐりの少数精鋭ということになる。
しかし、その中で晃は何ができるのだろう?
もうすでに初心者という枠から抜け始めた彼であるが一向に実力で勝てる様子が無い。
これは、そんな才能を持たない決闘者の物語。
+ + + + +
遊凪高校遊戯王部。
活動時間は、放課後の4時ぐらいから6時までの二時間ほど。
活動内容としては、主に遊戯王OCGというカードゲームの研究ということで学校側には提出されており、内容通りデュエルをしていたりカードの考察を行ったりというのが主な活動内容だ。
部員も5人となり賑やかになった頃の月曜日。
いつも通りの活動をせずに部員が集まった遊戯王部の部室には、一つの回転式の大きなホワイトボードが立てられていた。その前に立つ新堂創が真剣な顔付きで語る。
「今日はみんなで、コレについて話し合いたいと思っている!」
などと語りながらホワイトボードをくるりと勢い良く半回転させる。
今日の議題について文字が見え、まずは真っ先に茜が手を上げて指摘をする。
「部長! 文字が逆さまになってますっ!」
「何っ!?」
どうやら文字は反対側から書いたらしく回転をさせたら上下が逆さまになって見えてしまう仕様らしい。指摘されるまで気付かなかった創は驚きの表情を見せ、涼香は呆れたようにため息を吐き、まだ部の雰囲気になれない有栖はポカンと言う表情でみんなのやり取りを見ている。
「ったく、いい加減なのはいつものことでしょ? 逆さまでも読めるし続けてもらえる?」
「ああ……すまん。そんなことで今日は、これについて話合いたい!」
バンッ、と音を立ててホワイトボードを叩く。
読みあげない創に代わり有栖が読みづらそうに逆さまの文字を読み上げる。
「え、っと……たちばなあきらきょうかけいかく。橘くんを強くするの?」
読み上げた通りホワイトボードには漢字6文字で『橘晃強化計画』と記載されている。
ここで読んで字の如く、橘晃を強くする計画だと理解したが、女性陣からそれぞれ言葉が交わされる。
「何を今さら、って感じよね?」
「色々、やっているんですけどね」
「今さらなの?」
橘晃を強くしようと、始めたのは涼香が入部して少したった後の事だ。
引きが悪い彼をどうにかしようと、半分ふざけで購買でドローパンごっこを行って以降も遊び半分なのか冗談半分かもしれないような対策が何度も行われてきた。
ただし、成果が伴わなかったのは言うまでも無い。だからでこそ、今回も同じようなものなのかもしれない。
「いや、悪いが今回ばかりは冗談を言っていられないんだ。なあ、晃」
「そうッスね。オレも、もう後が無いことぐらいわかっています」
だが、反対に男性陣二人は神妙な顔つきで語る。
まるで訳ありでも言うかのような話し方をする二人。
「へぇ、何かあるみたいね?」
「ああ、それは──」
「部長! オレが言います」
どちらかと言えば真面目に物事を語るタイプの晃だが、今回に限っては余裕が無いのだろうか、切羽詰まったとでも言いたげな表情でホワイトボードの前に立つ。
「実は昨日──」
話は昨日の日曜日にまで遡る。
+ + + + +
日曜日の午前10時過ぎごろ。
近所のカードショップ『遊々』には、遊凪高校遊戯王部の男性メンバーである創と晃の二人が来ていた。大き目の店内には他にも多くの客が訪れており普段とは違う賑わいを見せていた。中でも立て付けられた看板にはデュエル大会などと書かれているのが大きな原因だろう。
「さて、橘」
「何スか部長?」
むさ苦しく男二人で店内を巡回して歩きながら創は小声で話かける。
「俺たちはやっと5人となって大会にエントリーできるようになったよな」
「そうッスよね」
「けどさ、こういう時にこそ結束を固めなければいけないと思うんだ」
『部長にしては珍しく正論だな』なんて晃は創の言葉を聞く。
人数も揃いやっと大会に出場できるとなった今では、勝ちぬくためにも結束を固め挑むのが当然だ。心を一つにして挑むなんて言葉では容易いものの、実際には難しいものだ。
「だがよ。なんで俺たちはこんなにも集まりが悪いんだ?」
「そりゃ。部長がいきなり『遊々に来てくれ!』なんて、電話で呼び出しを受けても暇人しか集まらないと思うッスけど?」
晃が語る通り、この場にいる彼は暇人だ。
だが、女性陣メンバーに至っては、日向は友達と約束があるからと申し訳なさそうに断り、涼香は『何で行かなきゃなんないのよ?』なんて言って拒否、有栖は引っ越ししてきたばかりのために荷物の整理をしなくてはならないと言うことだ。
結果として来たのは、晃だけだった。
「こんなバラバラな結束でいいのかよ? 良くないだろっ!」
「そうッスけど。用事があるのなら仕方ないんじゃないッスか?」
「そうだがな……」
どうにも納得いかない。
そんな感じで言いたげな創は、ただ無言で店内を歩いて行く。
ガラスケースで保管されたレアカードのコーナーへとたどり着いた時に、一人の青年とすれ違おうとした途端に突如、声を掛けられた。
「ん、晃? お前、晃じゃないか?」
「え……?」
創よりも高い身長に整った顔は、モデルでも成れるのではなんて思うような人物。
知らない人物、かと思いきやどことなく見覚えがあるような顔。
ほんの少しの間をおいたのち、晃は彼の名前に思い当たった。
「リョウ、兄?」
「知り合いなのか?」
あだ名のような呼び方のために親しい間柄なのだろう。
ふと、気になった創も彼らの関係について思わず聞いてしまうが、それに答えたのはクロ兄と呼ばれた彼だ。
「風祭高校、遊戯王部3年の
「俺は遊凪学園2年の新堂創だ……です」
創はいつも通りの口調で語るものの、最後はあまりにも不自然に語尾に『です』と付ける。先輩であるはずの生徒会長にも普段からタメ口で語る辺り、敬語自体が苦手なのだろう。そんな創に対し烏丸は爽やかに笑う。
「ははっ、敬語が苦手なら無理すんな。タメ口でも気にしないぜ」
「そうか? なら、よろしくな!」
「面白いぐらいに切り替えが早いやつだな。というか、晃。カードショップにいるってことはお前も遊戯王をやっているのか?」
手元に持たデッキケースを見せるように持ち烏丸が聞く。
ちなみにこのカードショップ『遊々』は遊戯王専門店だ。
「やってるよ。一応、遊戯王部にも入ってる」
「へぇ……強いのか?」
これは、烏丸からしたら何気ない質問なのだろう。
だが、晃はそれを言いづらそうに目を逸らしながら小さな声で正直に答えてしまった。
「部活で300回ぐらいは負けて勝ったのは数回ぐらい、だと思う……」
「さ、さんっ!?」
あまりに予想外の回答だったのか、目を見開き声を乱す。
遊戯王が弱くて敗北を重ねる人間というのは珍しく無い。だが、それでも3桁を越えれた辺りからはそれなりに強くはなるものだ。それ故にあまりの敗北数に驚きを隠せない。
「おいっ、新堂って言ったな。お前も遊戯王部の部員か? それに、晃がそれほど敗北してるってのも本当なのかっ!?」
先ほどの爽やかな雰囲気とは一変し、焦燥を露わにして創に問う。
肩をガッシリと掴み前後に揺らすように尋問するのは彼が取り乱している証拠だ。
「お、おい、あまり揺らさないでくれ。本当だ。俺は遊戯王部の部長で、晃もそれぐらい負けてると思う」
「っ……!?」
晃の言葉が真実だと知った烏丸は歯を強く噛みしめた。
怒り。言葉を聞かずとも、今の彼は表情を見るだけで怒りの感情を持っていることがわかってしまう。もっとも、怒りの表情はすぐになりを潜め、今度は晃の肩を掴み説得するように告げた。
「おい、晃。気付かないのか、お前はイジメられてるだけなんだよっ!」
「……え?」
「……は?」
今度は、晃と創にとって予想外の言葉だったのか口を開けて呆気にとられてしまう。
烏丸の目は真剣そのものであり、冗談で言っていることは無いというのがわかる。
だが、それ故に創もまた彼ほどでは無いが怒りを見せた。
「おい、いくら橘の兄貴分だろうが、さすがにイジメ扱いとか言われて黙ってられないぜ!」
「お前は黙ってろっ!!」
烏丸へと手を伸ばすものの、勢いよく振り払われる。
最初に会った親しみのあるような雰囲気は無く、今有るのは彼らに対する怒りと敵意しか見せていないようにも見える。
「晃は遊戯王が弱いかもしれないけどな、ここまで負け続けて何もしてやっていないって何なんだよ!? 先輩ってのは、後輩の面倒を見るもんだろっ!」
「……っ」
いつもは陽気な創も今回ばかりは言い返すこともできずに、表情を濁してしまう。
「何もしてやらずに、ただ負けを繰り返させるなんてイジメじゃなくて何なんだよっ!?」
「それは……」
無論、創は晃に何もしていないわけでは無い。
もっとも才能に恵まれた創と恵まれない晃では、決闘者としての性質も大きく違い、適切な指導などできるはずもない。また、創の適当な性格もあり大体は裏目に出てしまう。
しかし、そんなことを烏丸は知るよしも無い。彼は晃へと言い聞かせるように語った。
「晃、お前は向いていないんだ部活をやめろ」
それは悪意や悪気など一点も無く、ただ純粋に晃のためを思っての言葉だ。
晃や創の言葉を聞き、若干の偏見も交えてしまったかもしれないが『橘晃という人間は遊戯王に向いていない』。それが烏丸司が出した結論だ。
「いや、オレは──」
だが、晃は例え真正面から『向いていない』など言われても覆せないものだってある。
「オレは、自分の意思で遊戯王部にいるんだ。やめるつもりなんてない!」
真っ向から烏丸の言葉に立ち向かう。
だが、彼もそれで簡単に引くことはしなかった。
「だがな、俺は才能に恵まれずに負けを繰り返してやめた人間というのも何人も見てきたんだ。例え、頑張ったとしてもな……結果を残せずにいれば全てが無駄になるんだよっ!」
「けど、オレはそれでも諦めない!」
「っ、そうか……」
頑なに言葉を拒む晃を見て、どんな言葉でも彼が揺るがないと悟った。
だがそれでも、晃が遊戯王を続けていればどんな結末になるかは、烏丸は見えてしまっている。何ごとも成せずに無駄になってしまう。それだけは、させたくは無いのだ。
「だったら、見定めてやるよ。風祭高校の主将である俺が、お前が遊戯王を続けていけるかどうかをな?」
「っ、決闘を!?」
「デッキは持っているな? 悪いが、俺は手加減する気はまったく無いぞ!」
デッキホルダーからデッキを取り出す。
彼の気迫と敵意は完全に晃を打ちのめすと告げていた。